(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

7 / 18
今回キャラ崩壊酷いかもしれません。




ストライカー事件  ~エミヤの受難えくすとりーむ~

archer

 

 

 

 

 

この世界に来てもう少なくとも二ヶ月は経つ。

長いとも短いともとれるその期間で、私はいくつか気が付いたことがある。

 

 

まず初めに。

 

 

 これはこちらに来てからすぐに分かったことだが、はっきり言ってこの世界は平和などではない。

成人すら控える少女達が日々命を賭さねばならばいこの世界を、平和と称するのはあまりに無理があるだろう。

日々、慣れた手つきで銃を手入れし、トレーニングをし、出撃する。

彼女達はそんな当たり前でないことを当たり前のようにこなしてしまっていた。

もちろん私もどこぞの未熟者のように、女の子は戦っちゃだめだ、などとのたまうつもりは毛頭ない、がやはり気分がいいことではない。

私としては彼女達には年相応それなりの平和な生活を送ってほしいのだ。

しかし残念なことにこの世界の実情はそれを許すことはできない。

 

ただ、救いはある。

 

この世界はネウロイという正体不明の共通の敵を持っている。

そのせいか、――たとえそれが表面的とはいえ――私がもといた世界では考えられないほど人同士の争いが少ない。

戦争時中の彼女達にそこまで悲壮感が無いのは、敵が人ではないという面も大きいのではないのではないだろうか、まぁ持ち前の明るさというのもあるとは思うが。

私はむしろ敵を殲滅し終わったときのこの世界の先行きが心配になってしまう。

世界を守ったその力で彼女達が互いに争う、なんてことになるのはあまりにも報われない。

 

 

次いで二つ目。

 

 

 これはこちらに来てしばらくして気が付いたことだが、今回の私の召喚には疑問点が多い。

未だに判明しないマスターの問題、未来どころか別世界の存在である私を呼び寄せた触媒の問題など多々ある。

だがそれ以上に問題なのは、私の認識の齟齬の問題だ。

私は確かに彼女達に召喚された(・・・)、しかしよくよく考えると私はアヴェンジャーと凛に送り出されたのではなかったのか。

それともあの不思議な空間での出来事は全て私の都合のいい妄想にすぎなくて……いや、それはない。

私は確かにあそこで幸せになるようはっきり告げられた、それは確かだ。

だが、恐ろしいことにここ最近の私は、ふと気が付くと自分が元からこの世界の住人であったと錯覚をしている瞬間がある。

なんともバカげた話だが残念なことに自分のことだ。

…………私はやはりストレスが溜まっているのだろうか?

 

 

そして最後に。

 

 

 これはついさっき思い知らされた(・・・・・・・)ことだが、彼女達は未だに――まことに遺憾なことではあるが――私にストライカーを履かせることを諦めていなかったらしい。

食事中、着替え中、見張中、訓練中、そして極めつけにミーティング中。

時を選ばずミーナを恐れず彼女達は襲い掛かってきた。

ただの少女達ではないことが余計にやっかいで、手を変え品を変え魔法まで惜しげもなく使ってくる彼女達の相手をするのは非常に骨が折れた。

しかし弛まぬ努力のおかげか、最近の私の周囲は静かなものだった。

そのため、もう諦めたのか、などという甘い所感を私はひそかに抱いていたのだが…………はぁ。

どうやら私は最後の最後でドジってしまったらしい。

 

現在、目算でおよそ地上500メートル。

眼下には夏のまぶしい日差しをこれでもかと反射している北海のきらめき。

残念なことに長年培ってきた心眼も今回ばかりはどうしようもないらしい、まぁ端的に言えば絶体絶命という奴だった。

溜め息をもうひとつついて、今日も今日とて飽きれるほど快晴の空を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――なんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Charlotte E Yeager

 

 

 

 

 

 

 

さて、みんな今日はよく集まってくれた。

ありがとうなんて言わないぞ、なにしろ私達は同じ目的のために集まったんだからな。

……ああ結構結構、拍手もそこまでに! 任務が成功する前から成功した気になっていたら何が起こるか分からないぞ。

今までだって痛い目見てきただろ? ほらルッキーニも嫌な顔しないで。

大丈夫、今回は行けるって。

……よしじゃあペリーヌ、とりあえず今までの戦績を確認しようか。

 

………

 

……うん、聞くに堪えないね。あははは!

ん? どうした宮藤。

だーいじょーぶ! 今回の作戦は今までとは出来が違うんだって。

もう、海に突っ込んだり風呂に突っ込んだりミーナに怒られたり激怒されたりしないから、安心してくれていい。

……あ、でもミーナはやっぱり分かんないかなー、でもまぁ作戦の出来次第だな、うん。

お前だってエミヤが飛び回る姿、見たいだろ? え? そんな事より次は腹筋に触りたい、と。

あー、うん分かった分かった、いつもみたいにドサクサに紛れてやってくれ。

 

よし、じゃあそろそろ『エミヤウィッチ化計画エクストリーム』の説明を始めるけど、その前にまだ何か質問がある人はいるかな?

ん、リーネなんだ?

……あぁ、人数か。

聞いて驚くな? なんと今回の参加人数は

――――10人だ!

なんだ、あんまり盛り上がらないな。

501ほぼ全員参加だぞ?

まぁ分かると思うけど、不参加は当然ミーナだ、もっとも………あぁいや、なんでもないよ。

エイラとサーニャは別行動だ、先に説明はしてあるよ。

……わーかってるってバルクホルン! 今始めるから。

 

いいか、今回の作戦のキモはそこにいる絶賛不機嫌中の大尉様だ。

まぁ簡単に言えば……

 

……………

 

………

 

 

どうだ、すごいだろう?

 

……

 

え? もしかしてダメ、かな?

 

うわ!

待った待った、喜んでくれるのは嬉しいけどココでそんなに騒ぐとイロイロ来ちゃうから!

え? 天才? そうだろそうだろ! ふふん、私だって負けっぱなしは嫌なんだ。

一週間かけて考えた案さ、きっと今回は上手くいく。

 

……とにかく、決行は明日の十一時!

その時間ならアイツはハンガーだ、たぶんハンドガンを分解しながらニヤニヤしてる。

 

いいか? 自分の役割は守れよ、それが肝要だ特に宮藤!

やるなら終わった後だ、いいな?

 

よし! みんな、今度こそ成功させるぞ!

 

 

 

 

 

私が立てた作戦は、まぁ言ってしまえば単純なものだった。

バルクホルンの固有魔法『怪力』で一時的にだけでもエミヤを羽交い絞めにして、その隙に服をなんとかしてストライカーに足を突っ込ませる。

それだけのことだ。

 

この発想は大分前から持っていたのだが、実現させる方法が無くて泣く泣くお蔵入りさせていた。

 

英霊であるエミヤ、そんな化け物と力比べで拮抗出来るのは、全力で固有魔法を行使したバルクホルンだけだった。

しかし世の中そう上手くいかないもので、バルクホルンのフルでの固有魔法行使はもって10秒が限界なのである。

流石に10秒で全てをこなすことは不可能だ、何より地に足がついている時点でバルクホルンごと持ち上げられて連れ去られてしまうかもしれない。

――――まぁそれも見てみたい気もするが。

 

だが私はあるときふと気が付いた。

10秒で全てをこなす必要はない、10秒で相手がどうしようもない状況に追い込んでしまえばいい。

その状況とはどんなものか。

私はそこにはすぐに思い至った。

そう、それは生身の私達が英霊と拮抗に渡り合いうる唯一のフィールド。

 

――――――空である。

 

 

 

 

十一時になった。

事前にみんなに渡したインカムから、すでに全員配置につき終わったことは確認してある。

ターゲットは予想通りハンガーにいて、なにやら整備兵と談笑している。

服装は今日も黒のワイシャツに黒の長ズボンで、まったくの予想通りの展開に思わず口元が緩む。

――――作戦開始だ。

 

 

私は現在自分の愛用している複葉機――主翼が二枚あるプロペラ機である――の整備をしている、という体でハンガーにいる。

ストライカーを使用する仲間のエンジン音をごまかすためにエンジンは常に蒸かしている状態だ。

作戦の開幕として、機体にかけたはしごの上から私は驚いたような声をあげた。

 

「うわ! おいおい嘘だろ!? ……エミヤちょっと来いよ!」

 

私の呼び声に反応したエミヤは会話を中断してこちらに歩いてくる。

……それにしても今の私の驚いた演技は素晴らしかったんじゃないか?

これはもしかしたら女優になるという道もあったかもしれないな。

 

「どうかしたのかね、シャーリー」

 

「どうしたも何もこれ! お前だろう」

 

上の主翼の表面を指差しながら、私はエミヤを咎めるようにそう返した。

私の指先には人の足跡のような形に窪んだオレンジの装甲がある。

実はこれに気が付いたのは大分前なのだが、この凹みに関しては主に、というかほぼ私に非があるので今までは黙っていたのだ。

私が指差す傷は下にいるエミヤにはとうてい見えるはずもない。

場所を譲るように私が降りるとエミヤは当然のように代わって梯子に手をかけた。

 

――――かかった!

 

彼が梯子を登り始めたのを見た私は、大急ぎで近くに隠しておいたストライカーを取りに行く。

そして私と入れ替わるようにバルクホルンが梯子の脇に陣取った、手筈通りである。

 

「む、これは確かに私だ。……まぁそこは素直に謝らせてもらおう。ただ、あの状況で弓を射るんだ、むしろ踏み抜かなかっただけましだと言いたいのだが」

 

「おいおい、そこは弓の英霊なんだからなんとかしてくれてもいいんじゃあないか? これはわざわざフェアリーの本社まで行ってお願いした特注のソードフィッシュなんだ、私の残念に思う気持ちも少しは汲んでくれても……汲めよ」

 

「……次からは気を付けよう」

 

どこか申し訳なさそうに梯子を一段ずつ降りるエミヤに返事をしながらストライカーに足を突っ込む。

それにしても律儀な奴だな、後で気にしないよう伝えておこう。

 

梯子を降り終わったエミヤはこちらを見て不思議そうな声をあげる、背後に近寄るバルクホルンにはまだ気が付いていない。

 

「それにしても君はそこでな

 

「もらったあああああ! いよいよ年貢の納め時だなあ! エミヤ!」

 

「よし! よくやったぞ!」

 

エミヤは両手ごとガッシリと後ろから抱きつかれるようにバルクホルンに押さえられた。

それを見越していた私はすでにスタートを切っている。

 

「お、おい早くしろリベリアン!」

 

「分かってるって!」

 

「待て、何をしているんだ君たちは……まさか」

 

「そのまさかだよ、舌噛むから口は閉じておいた方がいいぞ――――!」

 

既に三秒。

私はバルクホルンごと身動きの取れないエミヤを担ぎ上げて出口を目指す。

――――重い!

二人合わせて軽く100㎏は超えている。

こんなものは普段なら到底持てないが、作戦への気概と気合でなんとか飛び立つ。

 

「う、うおおおおおおおおお!!」

 

「正気か!?」

 

 

六秒経った。

ハンガーの入り口を潜り抜けて明るい外へ飛び出す。

さらに悪あがきとして自身の固有魔法『超加速』を用いて飛距離を稼ぐ。

限界などとうに超えている、だが私はこんなところで負けていられない。

 

出来るだけ遠くへ―――――!!

 

 

 

 

 

「―――――なんでさ」

 

エミヤがぽつんと呟く。

それは私達の行動に対してだろうか、それともいともたやすく連れ去られた自身に対してだろうか。

すでにその顔からは抵抗しようという意思は見て取れなかった。

現在基地は遠くに小さく見えるのみで、眼下には果てしない海が広がっている。

とにかくこれでもうコイツは下手な動きはとれまい。

 

基地からストライカーを抱えた宮藤が飛んできて、それをバルクホルンに履かせる。

ようやく役目から解放された私はエミヤから離れる。

……疲れた。

だがこれで第一段階が終わった。

基地から少佐を筆頭に数人のウィッチが飛んでくるのが見える、あとはもう消化試合だ。

 

 

 

奴の抵抗を抑える次に厄介だったのがズボンの存在だ。

暴れまわる人間のズボンを脱がすのはかなり難しい、まして敵は英霊。

その場合要するであろう苦労は押して図るまでもない。

 

この問題の突破口となったのが、そもそも奴の履くスボンとはなんなのかという疑問だった。

これは別にこの世界におけるズボンの存在意義がどうとかいう月並みな話ではなく、ズボンが何で出来ていたのかということだ。

思えばなんでもっと早く疑問に感じなかったのか不思議なくらいだ。

 

彼はよく黒い長ズボンに黒のワイシャツという非常にコメントし難い服装をしているが、彼が初めてその恰好をしたのは召喚された翌日であった。

一体どこからあの服は出てきたんだろうか?

ミーナが用意したのかとも思ったがそうではないらしい。

召喚されてから約二ヶ月、その間エミヤは非番の日も街には出ておらず、かつエミヤに服を買って帰ったという者もいない。

ならばあの服は一体どこから出てきたのか、そうして私が至った一つの結論。

それはエミヤの超便利固有魔法『投影』だ。

 

私達ウィッチの固有魔法と違って名前からどんな魔法か全く伝わってこないうえ、誰も見たことも聞いたこともなかった魔法だ。

聞けば彼が生きていた時代でも相当マイナーなモノだったらしい。

それだけでも感心したのだが、加えてその能力を聞いたときはたいそう驚いた、……だって魔力で物体を作り出すなんて―――!

 

まぁそれはいいとして、ズボンの正体についてそれを投影品だと考えるとすべてがしっくりきた。

 

投影について詳しく聞き出してみると、投影品はなんでも時間とは関係なく半永久的に存在することが出来るそうだ。

ほんとに、なんなんだよそれ! と叫びたくなるような魔法だが、

ただし、とそれには注釈が入る。

投影品にわずかでも欠損が生じるとそれは元の魔力という形に霧散してしまうのだ。

ここまで聞いて私は今回の作戦を思い立った。

 

 

 

「暴れるなよ、エミヤ。万が一にでも人は斬りたくないんでな」

 

「いやいや少佐、そんな振りかぶる必要ないから! 端っこの方ちょこっと切ればいいから!」

 

「……そうか、なるほどよく考えたものだ。もう好きにしてくれ」

 

諦めた表情をするエミヤ。

まるでそれを両断しようとでも言うように扶桑刀を構えた少佐を見て、私はあわてて叫んだ。

別に本体を攻撃する必要ないから!

……なんだつまらん、そう口にしながら少佐はしぶしぶ刀を下した。

……たまにほんとにこの人が分からなくなるよ。

 

ほどなくしてエミヤの下半身は武装解除された。

ちなみにパンツまで黒のボクサーパンツである。

……うん、なんとも犯罪臭のする絵面だな。

 

「うわ! 変態だー」

 

そう言いながらハルトマンとルッキーニがそれぞれストライカーを片足分ずつ抱えて飛んでくる。

勝負は決まった。

がっくりうなだれるエミヤに呟くように告げる。

 

「私達の勝ちだ、エミヤ」

 

「あぁ、そして―――――――私の負けだ」

 

私は密かにガッツポーズをした。

 

 

 

 

 

 

「んねえーシャーリー。はいんなーい」

 

「あぁ、入んないなこりゃ。ダメだよシャーリー、ふくらはぎを突破できない」

 

私の勝利への確信は、しかし思いもよらないところで崩されてしまった。

サイズが合わない――――だと?

十代の女性の足を入れることを想定されたストライカーなのだ、この小憎らしい褐色のふくらはぎが入らなくても特別驚くようなことではない。

 

「なぁ、ほんとにダメか? ……こう、グイっといかない?」

 

諦めきれずに私はそう尋ねるが、返ってきた答えはノーだった。

肩を落とす私と対照的にバルクホルンはまだあきらめていない。

何せ一番重要な役割を担っていたうえ、成功は間近だったのだ。

 

「おい、ハルトマン全力を出してるんだろうな?」

 

「全力だよ。さっきから、ね!」

 

「クッ、おいエミヤ! お前ふくらはぎに力入れてるだろう、抜け! 今すぐ力を抜け!」

 

「残念だったな、力は入っていない」

 

何もかもが終わってしまっていた。

なんだったんだ、私のこれまでは……。

 

 

 

「いや、方法ならあるゾ、たぶんナ」

 

「本当か、エイラ!?」

 

すごすごと基地へ戻って来ると、エイラが一人滑走路で待っていた。

エイラがエミヤの格好を一通り冷やかすのを待ってから事の顛末を話すと、意外な言葉が返ってきた。

――ちなみに支えるためとかなんとかいいながらエミヤにべたべた触っていた宮藤だけは目的を達成したと言えるだろう。

 

「私が今のメルスを使い始める前使ってたやつ、シャーリーも知ってるダロ? リベリオンのビヤスターバッファロー。長いこと使ったしいい機体だったから捨てるのが惜しくてサ、まだとってあるんダ」

 

「本当か!」

 

「ああ、今ちょっととってくるヨ」

 

そう言ってエイラはハンガーの方へ駆けて行った。

ビヤスターバッファローとは、私の祖国の航空機メーカーであるビヤスター社が開発したバッファローという名前のストライカーのことである。

直径が大きいサイクロンエンジンが搭載されたせいか全体的に寸胴なフォルムのあのストライカーなら、たしかに穴が広くてもおかしくない。

……それにしてもバッファローか、私は重いイメージがあって苦手だったんだけど、まさかこんなところでお世話になるとは。

 

数分後エイラは台車を押す数人の整備兵と共に戻ってきた。

 

「あったゾ、思った通り直径は少し大きいしたぶん行けると思う。しばらくほっといたから整備しないといけないけど」

 

「保存状態がいいんで簡単なパーツ交換をする程度で済みますね。……まぁ三十分はかからないと思います」

 

「だってさエミヤ。あったかいし別にズボンは履き直す必要ないんじゃないか?」

 

いつのまにか新しいズボンを手にしているエミヤにそう提案する。

私見だけど、人前でズボンを脱ぐっていうのは結構恥ずかしいことだと思うしね。

 

「いや、履かないぞ」

 

「ん? 履こうとしているじゃないか」

 

「あぁ、ストライカーのことさ。確かに私は君たちの一回の(・・・)勝利に敬意を表して一度試した。……だがもう履く義理は無いな」

 

ズボンを履き終わったエミヤは、ベルトを締めながらすまし顔でそう言う。

しかしまるで何事もなかったとでも言いたげな彼に対して、私達もはいそうですかというわけにはいかない。

 

「んな! お、大人げないぞ! いいじゃんかちょっとくらい!」

 

そう喚きながら私はバルクホルンに目配せをする。

バルクホルンもそれに気が付いたようでゆっくり位置取りを変え始めた。

拒否されるならもう一度繰り返すだけだ。

 

「まぁ今回の作戦はなかなかの出来だったと認めよう、よく考えたな。……ただ、相変わらず詰めが、おっと」

 

「クソ! 動くな」

 

「二回同じ手にはまるほどなまってはいないさ」

 

――――何てことだ。

バルクホルンは完璧な死角からはいったはずなのに当然のように避けられてしまった。

まだ諦めず掴みかかっているが、その指先がエミヤに触れることはかなわない。

正直これでもう私に出来るのは奇跡を待つことだけだ。

 

 

することも無くなった私達はぼんやりとバッファローの整備を眺める。

エミヤは整備兵を手伝ってストライカーをいじっていた。

 

ほどなくして整備は終わる。

会釈をしてから去っていく整備兵を見送ったあと、いよいよ私達の空気は解散の流れへと変わった。

 

「ちょっと待ってもらえるかしら、エミヤさん。少し話があります」

 

――――来た!

 

私達を引き留めたのはミーナだった、後ろにはリーネとサーニャを連れている。

エイラが先に戻っていたから失敗したのかと思っていたが、どうやら説得は成功したらしい。

私もまさか最後の切り札が機能するとは思っていなかったけど、これで今度こそチェックメイトだ。

 

 

この作戦はいわば二段構えであった。

しかも二段目だけで十分という、本当に一段目が必要なのか甚だ疑問な作戦なのである。

ただ、二段目は卑怯な気がしたので一段目に力を入れたのだが、正直こうなったら卑怯も何もない。

使える手はすべて使わせてもらおう。

 

二段目について簡単に説明するなら、まぁミーナにお願いするだけだ。

説明終わり。

 

 

 

「それはあまりにもバカげた命令という奴だろう! 私が聞く必要はないのだが」

 

「いいえ、そんなことありません。あなただって自身の力をよく理解しているでしょう? あなたの参加する戦闘が増えることはそのまま私達の生存確率を上げることに繋がります。その可能性があるなら私は部隊長として試さなくてはなりません、……お分かりいただけたでしょうか?」

 

わざとらしく笑顔を作るミーナに思わず息を呑む。

周りを見渡すとみんな我関せずといったようにそっぽを向いていた。

言い分が正論なだけにエミヤも言葉に詰まっている。

でも実は戦闘についてなら参加する方法は確立したんだけど、そこまで頭がまわっていないようだ。

 

「……どうやら逃げ場はないようだな」

 

「じゃあ!」

 

「あぁ、――――履こう」

 

エミヤは観念したかのように目をつぶって言葉を絞り出した。

 

 

バッファローが設置された発射台の上に膝丈の海水パンツ――もちろん黒い――を履いたエミヤが腰掛けている。

 

履くことを了承したエミヤは、せめて自分で着替えさせてほしいと申し出てきた、まぁ当然だろう。

着替えるために一度彼がハンガーへと姿を消したとき、私はふと彼は黒のブーメランパンツで出てくるんだろうな、なんて考えてしまっていた。

おまけに彼がその恰好で私達と同じくらいの歳の少女を追い回す光景まで目に浮かんできたのだ。

膝まである海パンを履いた彼を見たとき、私は自分のあまりにも変態的すぎる発想を恥じて思わず赤面した。

後で万が一にでもそんなことしてないか聞くと酷く不機嫌になって否定されたが、まぁ私としては一安心だった。

 

 

「それでは始めてください」

 

ミーナの声でエミヤが足を恐る恐る入れ始める。

それを私は万感の思いで見つめた。

ハンガーの中から数人の整備兵たちがこちらの様子を窺っているのが見えたが、やっぱりこれは誰にとっても気になることなんだろう。

 

「……つっかえたな」

 

エミヤがやれやれといった表情でそう私達に告げた。

見ると前回と同じようにふくらはぎがギリギリ通っていない。

私は思わず肩を落としたが、ミーナはそれに動じることなく次の指示をだす。

 

「宮藤さん、持ってきてくれたかしら?」

 

「はい! 食用油(・・・)を持ってきました!」

 

「よろしい、やって頂戴」

 

なるほど、油で滑りをよくしてねじ込むのか。

足に油を塗りたくられるエミヤはひどく嫌そうな顔をする。

宮藤が、機械油でもいいって言われてたんですけどねー、なんて呟くと不快そうな顔が少し青ざめた。

 

「……で、ここからどうするのかね」

 

「そこはもうお察しの通りです」

 

気付くとバルクホルンをはじめとした数人がエミヤの足元に群がっていた。

結局最後は力技なのだ。

 

「お、おい。言っておくが無理なものは

 

「みんな、やって頂戴」

 

「「「了解!!」」」

 

「ちょ、ま、あたたたたたたたたた!!?」

 

数秒後、スポンと小気味いい音をたててエミヤの足はストライカーの中に納まった。

ついにこの時が来たのだ、私は知らず涙を流していた、ような気がする。

 

 

結局のところ、結果は失敗だった。

エミヤの流す魔力にバッファローの魔導エンジンは反応せず、ついぞレシプロのプロペラが回転することは無かった。

だけど今私の中には達成感と大きな喜びがあった。

だって当初のストライカーを履かせるという目的も果たせたし、なにより――これを言うとエミヤは怒りだしそうだが――楽しかった。

 

最後にバルクホルンに頼んでストライカーを履いたエミヤとみんなで記念撮影をする。

みんな笑顔だったが、中心に座る彼の顔だけは普段の二割増しほど不機嫌に見えた。

 

 

 

 

付け加えておくと、その日の夕飯は米と味噌汁だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

archer

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、今日はとんでもない目にあったな。今後ああいったことは控えてほしいのだが」

 

「まぁそう言うな、なんだかんだお前も楽しんでいただろう? はっはっはっは!」

 

「ごめんなさいね。……でも、たまにはああいう息抜きも必要かと思って」

 

「……」

 

夕食の準備を済ませるとミーナに呼び出された。

なんでも本部から急な呼び出しがあったとかですぐに基地を発たないといけなくなったらしい。

良い機会だし、ついでに私の紹介もしたいから着いてこいとのことだった。

美緒の提案で、まだ欧州に慣れていない芳佳に街を見せるために彼女も連れて行く運びになる。

結局私、ミーナ、美緒、芳佳の四人で本部を目指すことになった。

 

私達は現在輸送機に乗って本部を目指す途中である。

時刻は深夜、窓の外には満点の星空と果てしない雲海が広がっていた。

最初は景色にはしゃいでいた芳佳もすでに眠りについており、することもない私は思わず今日あった珍事について不満を漏らしていた。

 

「……それにしてもどうして動かなかったのかしら」

 

「うむ、あれはがっかりしたなぁ」

 

「あぁ、それならたいした話じゃない」

 

私が履いても動かなかったストライカーについて不思議そうな顔をしたミーナに簡単に説明する。

履いている状態で解析をかけて分かったことだが、あの魔導エンジンという機械は魔法力を増幅するというトンデモ機能の代償として、あまりに大きな魔力には正常に動作することができないのだ。

生前の魔力保有量があまり大きくなかった私でも、英霊である時点で神秘の塊なのである。

魔導エンジンが反応しなくてもおかしくない。

 

「なるほど……、それじゃあ桁外れに魔法力が大きいウィッチがいたとしたら」

 

「まぁストライカーを扱うことは難しいだろうな」

 

「……今度本国の技術省に伝えておきますね」

 

得心がいった、という顔をしてミーナが頷く。

……それは私に履かせるためか、という恐ろしい疑問は口にしないことにしておいた。

むやみやたらと余計なフラグをたてる必要はない。

 

 

 

 

ブリタニア心臓部の大都市、ロンドン郊外に現在人類連合本拠地は置かれている。

ブリタニア国内での移動であったのでそんなに時間がかかるはずもなく、私達は深夜に基地へ到着した。

一見城と見間違うような、というより城だな、基地は月明かりに照らされてどこか幻想的な雰囲気を持っていた。

呼び出したのは向こうだとはいえ、深夜に将校を叩き起こして謁見するわけにもいかず、結局その日は基地内で眠ることになった。

 

翌朝、朝一番で謁見することにしたらしい二人は、呼ばれるまで待っているように私に告げて豪奢な扉へと入って行った。

仕方なく扉の脇にもたれかかって目を閉じる。

芳佳は探検してきます、と言ってどこかに行ってしまったが、まぁ彼女は待っている必要もないし問題はないだろう。

……怒られることはあるかもしれないが。

 

昨夜輸送機の中で、良い機会だし私を召喚した経緯について聞いてみることにした。

召喚した方法は聖杯戦争と酷似していたが、この世界でそれが起きている気配はないし、一体私はなぜこの世界に呼び出されたのだろうか?

聞いてみるとその内容はなんともおかしな話だったが、しかしミーナは何も疑問に思っていないようだった。

 

なんでも、ある日ルッキーニが本を拾ってきたらしい。

その本の内容を確認した結果、どういうわけか彼女はそれを本部に持っていき、指示を仰いだそうだ。

そこまででも十分おかしいのだが、さらに本部の将校はそれを実行するように命令したというのだ。

そしてその本の内容を実行した結果、私が召喚されたらしい。

 

正直真実味の欠けた、というより全くない話だと思ったが、それも今日の謁見でなにか分かるかとも思って私もその時は黙ったのだった。

 

既に十五分は経過したが一向に私が呼ばれる気配はない。

いい加減中の様子を窺うべきかと思ったとき、青ざめた顔をしたミーナとなにか難しい顔をした美緒が出てきた。

 

「どうしたのだ、私は行かなくて良かったのか?」

 

「いえ……それが……」

 

呼び出された内容は経費の削減についてだったらしい。

そこに関してはなんでもないただの報告だったのだが、そのあと私についての話に持っていったときに問題がおきたらしい。

 

将校たちは召喚について、口を揃えて知らないと言ったのだそうだ。

ミーナもそんなことはないはずだと食い下がったそうだが、次第に自分でも自らの記憶に自信を持てなくなって引き下がったらしい。

その場はなんとか美緒が取り繕って事なきを得て、適当にごまかしながら退出し今に至るということだった。

 

唇を噛むミーナに今は落ち着くように諭す。

それにしても、やはり彼女の話は間違っていたのだ。

これで謎はさらに深まったのだが、この謎の答えが他の疑問も解決するんだろうと私は感じた。

 

私達が言葉もなく出口を目指していると、正面から芳佳が走ってきた。

 

「あ、終わったんですか?」

 

「あぁ。……悪いな宮藤、今回は観光は無しだ。また今度の非番にでもみんなと行ってくれ」

 

「分かりました」

 

私達の間のどこか重い空気が芳佳の登場によって少しだけやわらいだ。

心なしかミーナの顔色もよくなって、美緒も宮藤を連れてきたのは正解だったななどと呟く。

 

出口も見えてきたころ、芳佳がそういえば、と口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「体中に変な模様、入れ墨かな、が描いてある半裸の人に、アーチャーによろしくって言われたんですけど…………これ、エミヤさんのことですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 




本部の位置を勝手にロンドンにしちゃったんですが、ほんとはここだよ!! という場所を知ってる方、恐れ入りますがご指摘いただけるでしょうか。
本文に反映させたいと思います。

お察しの方もいるかもしれませんが、次回は原作六話メインになるかと思われます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。