(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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明けましておめでとうございます。

予想外に時間がかかってしまいました。
……なぜだ。

今回は基本4話ベースですが、細部や展開が異なります。

持ってる銃が違うのも仕様です。


ゲルトルート・バルクホルン

Erica Hartmann

 

 

ふと日付を見てみると、五月もそろそろ後半に差し掛かろうとしている。

どうやら私達がエミヤを召喚してから二週間ほどたったらしい。

 

 

 

アイツは人類の英雄なんて肩書きなもんだから、最初は遠慮気味だった人もいたけど、最近ではすっかり打ち解けてきていると私は思う。

まぁ最初から全開だった奴らもいたが……、

あ、そうそう、あいつらは最近エミヤにストライカーを履かせようとしているみたいだ。

未だに逃げ足の速いエミヤを捕まえることはかなっていないが、まぁそれも時間の問題だろう。

なぜなら、名付けて『エミヤウィッチ化計画』は次第に参加者を増やし始めている。

各国から集められた精鋭達である501隊員が結託すれば、英霊の一人や二人ストライカーを履かせることなど造作もない。

……かくいう私も次回の作戦から参加することになっていてね、カールスラントの黒い悪魔の異名を思い知らせてやるのだ。

 

まぁそれは置いておくとして、彼に対して未だにブツクサ言っているのはペリーヌくらいなもんだろう。

でもそれも彼女特有の照れ隠しのようなものだと私は思っている。

 

ここで名前の挙がらないトゥルーデはと言うと、いよいよエミヤのことすら目に入っていないようだった。

 

 

 

最近トゥルーデは朝起きてくると必ず目に酷いクマを作っている。

体力的には問題ないようだがおそらく精神的には大分参っているようだ。

基地のみんなとの会話も減り、訓練中も集中できていないように感じる。

 

妹のクリスを気にかけて焦っているのかと思っていたが、最近は何か別の要因もありそうだ。

 

飛行に関しても以前の精彩を欠き、おとといの戦闘では本当に危なかった。

私もついに我慢できなくなって、ついに昨日ミーナにトゥルーデに戦闘禁止命令を出すよう進言した。

ミーナも同じ考えだったらしく、坂本少佐と協議して近日中に言い渡すらしい。

……これで少しは頭が冷えるといいんだけど。

 

 

エミヤの話に戻ろう。

 

ネウロイはあれからエミヤが召喚された日以外に二回現れた。

 

そして彼はその二回の戦いに関しては、全くの不参加(・・・)だった。

 

これは別にエミヤが戦うのを拒んだ訳でもミーナの命令という訳でもなく、純粋に参加できなかったのである。

最初の日の超遠距離射撃には正直驚かされたが、あの距離までネウロイが接近することは非常に稀なことで、見張りのミスでもなければ大概私達の戦場は基地の沖合百km程度のところなのだ。

さすがにエミヤもそんな距離では視認すら不可能なので射程圏外らしい。

 

……視認さえ出来れば届かせると言っているようにも聞こえたが、まぁさすがにそれはないだろう。

よってその二回ともエミヤは基地待機組と留守番をすることになった。

私達が出撃するときはひどく不機嫌そうな顔をしていた。

 

 

性格は正直なんとも評価するのが難しい人物だと思う。

キザで皮肉屋、厭世的なところもあるのに実は結構お人好し、意外と子供っぽいところもあるのに現実主義者(リアリスト)

 

……こんなところだろうか。

うん、もしかしたらただの捻くれ者なのかもしれない。

 

そしてエミヤと言えば、初日の矢について疑問がある。

帰投直後はみんなの言葉に流されて納得してしまっていたが、よく考えるとあの時あの矢は私達が避けるのを待ってなどいなかった。

 

私は確かに発射するのを感じ取ったし、あの時は状況が見えてないトゥルーデのせいで私も半ば逃げるのを諦めてしまっていたのだ。

あの状況で逃げきれると確信するのは未来予知でもできない限り不可能だろう。

まぁ結果的には助かったことだし私も今はどうとも思っていないが、その後見えてきた彼の性格からするとどうにも腑に落ちない。

私にはエミヤが、あのときは見ず知らずだったとはいえ、私達を巻き込んでまで攻撃するような奴とは思えない。

 

……それとも私の性格分析は間違っていて、彼は本来目的のためなら他人を犠牲にするような冷酷な人間なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

数日経った。

 

 

 

宮藤の夕食にいつものように舌鼓をうった後、私はそのまま部屋に帰り布団に潜り込んだ。

 

消灯時間を少し過ぎた頃私はトイレに行きたくなって目を覚ます。

正直布団を出るのは億劫だったが、ここで変に我慢して明日の朝大惨事というのは勘弁したい。

 

部屋のゴミ山をかき分けてなんとか廊下に出る。

廊下の照明は当然のごとく点いていなかったが、窓から入ってくる月の光のおかげで暗さはあまり感じなかった。

角を曲がるとミーナがトゥルーデの部屋から出て行くところが見えた。

例の命令を言い渡していたんだろうか。

 

トゥルーデの反応が気になった私はこっそりドアの隙間から部屋の中をのぞきに行った。

照明を点けていないのか、部屋の中は暗くてよく見えない。

そして部屋の中からは話し声が聞こえた。

 

……この声は、エミヤか。

 

エミヤとトゥルーデは何やら話し合っているようだが、内容までは聞き取れない。

時折トゥルーデの怒ったような大声が聞こえた。

 

十分ほど粘っていたが話が終わる様子は無い。

一向に話の内容も聞こえないので私は諦めて自室に戻ることにした。

 

……なにか忘れているような気がするけど、まぁいっか。

 

 

 

 

 

 

翌朝私は危うく大惨事を起こしかけた。

 

今度から寝る前にはちゃんとトイレにいくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Gertrud Barkhorn

 

 

眼下では故郷の街が燃えている。

カールスラントの大きくも小さくもない一都市、最初に軍に志願した時は義務感とは別にこの生まれ育った場所を守りたいという気持ちも大きかった。

 

―――だが今この目の前にある街は本当に私が守ろうとした街なんだろうか。

 

だって私が愛した街は、こんなに悲しみと怨嗟に満ちた地獄のような街ではなかったはずだ。

 

 

 

現実が受け入れられない。

 

 

 

火に包まれている行きつけだったパン屋。

攻撃を直接受けたのか、完全に崩れ落ちてしまっているかつて通った学校。

そして私が、私と妹と両親が暮らした家、

家があったはずの場所には、しかしすでに家と呼べる構造物などなく、ただ瓦礫の山が見て取れるばかりであった。

 

時間を追うごとに熱に耐えられなくなって崩壊していく建物群。

火はさらに勢いを増している。

おそらくもうこの街はダメだ。

絶対認めたくない筈のその事実を認めるしかないほど街は壊滅していた。

 

 

間に合わなかった、その事実とこの惨状を生み出した敵に激しい怒りが沸いてくる。

そして私の目は街の上空を悠々と、あくまで無機的に飛行する黒い物体(ネウロイ)を捉えた。

 

……あいつか。

あいつが!! 私の街を!

 

 

「ッ! ぅうおおおおおおおおおおおお!!」

 

魔導エンジンに魔法力をありったけ込めて機関銃を掃射しながら肉薄する。

銃身の冷却のことなど頭から飛んでいた。

ただ自身の怒りをぶつけるためだけに引き金を押さえ続ける。

 

敵は大した抵抗をするでもなく、あっけなくコアをさらけ出しそのまま破壊された。

 

爆散するネウロイの残骸。

怒りをぶつけたかった相手があっけなく破壊されてしまったせいで、私の中には達成感ではなく一種の虚しさが満ちていた。

 

爆散した残骸を目で追っていると、私の目はその視界の中にいてはならないモノを街の道路上にみとめた。

 

全員避難し終わったんじゃなかったのか!!

 

道路で泣いている見覚えのある青いワンピースに茶色のショートカットの少女、

それは考えうる最悪の人物だった。

 

 

「クリス!!」

 

 

私の絶叫と共に景色が変わる。

 

 

最愛の妹を助けようと伸ばした手は空をきり、そして私の目は新しい惨状を写していた。

 

 

周囲を見渡しても目を遮る物が無い。

しかしここは別に平原というわけではない、建物がすべて倒壊しているだけだ。

倒壊した建物をさらに溶解させようと炎が一面で踊っている。

瓦礫の下には炭になってしまった人型のナニか、周りの無機物より先に溶け落ちようとする人型のナニか、私に助けを求める人型のナニか……。

 

ここではすでに生き物もそうでないものも等しく価値のないものに還されようとしている。

 

この状況で何かを助けるのは不可能だ。

だって私ももうじき彼らの仲間入りをしてしまう。

むせ返るほどの熱気に喉が焼け、肉が焦げた臭い有害なモノを燃やした煙が肺を犯す。

ここは人間の居場所ではない。

 

救いを求めて空を見上げても、そこには炎と太陽に以外には何も……、

 

 

太陽はあんなに禍々しい黒色だっただろうか。

 

 

その太陽から目を離せなくなり、次第に激しい悪寒と吐き気に襲われて私は倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました。

 

ここ最近毎晩私はこの悪夢にうなされている。

この夢から覚めるといつも体にはじっとりとした嫌な汗がまとわりついていて、微妙な頭痛と吐き気を感じる。

 

……嫌な朝だ。

窓から入ってくる日光は私を苦しめようとしているのだろうか。

二日酔い明けにウイスキーを一気飲みしたような最悪の気分だった。

 

以前は前半の故郷の惨状の記憶が夢となって現れるだけだった。

しかしここ一週間ほどはそれに加えて、先程のような見覚えのない戦地までリアルな感覚で夢に現れる。

まるで誰かの記憶を追体験しているような……、いや、ないな。

 

あそこはまさしく地獄と言っていい場所だった。

本当の地獄を垣間見ているのかもしれない。

私は地獄に指定席でも予約してしまったのだろうか。

 

 

汗で湿ったベッドから体を起こす。

体の汗をタオルで拭ってから服を着ていると、外から声が聞こえた。

 

窓際に行って三階下の滑走路を見ると、この前やってきた新人が少佐とランニングをしている。

元気に走り回る新人に、元気に走り回れなくなってしまった妹を重ね合わせてしまう。

 

「……違う。あいつはクリスではない」

 

首を振り言葉に出して頭に浮かんだイメージを追い払う。

 

 

 

クリスことクリスティアーネ・バルクホルンは私の実の妹だ。

年齢が離れているせいか私達姉妹はいがみ合うこともなく、自分で言うのもなんだが本当に仲の良い姉妹だったと思う。

 

あれは祖国を捨てて我々が撤退した「ビフレスト作戦」の数週間前のことだった。

 

オストマルクが陥落した後、次いでカールスラントを侵略してきていたネウロイは一向に衰える様子もなく進軍を続けていた。

最前線では常に激しい攻防が繰り広げられていたが、当時現れた新型爆撃機型ネウロイ「ディオミディア」に苦戦した私達は徐々に押し込まれていき、消耗も激しかった。

次第に基地の中にも撤退の二文字を囁く者も現れ始め、軍の士気は最悪のものだった。

そんな時、いよいよ敵が私の故郷近くにも進軍を始めたという知らせが入ってきた。

敵の領土とは接していなかったはずなのだが、どうやら大規模の飛行型部隊を陽動に小規模な部隊が進行するのを見逃したらしい。

しかし私は、急な避難勧告に街は阿鼻叫喚の騒ぎになったらしいがなんとか避難は終了した、と言う報告を真に受けてほっとしていた。

 

結果、夢の通りに避難できていなかったクリスは、大きな外傷こそなかったものの私が破壊したネウロイの破片を浴びてしまった精神的ショックから目を覚まさなくなってしまったのだった。

 

後から聞いてみると、避難できていなかった人は他にもいたらしい。

軍の杜撰な避難誘導を責めることは出来るが、それほど当時は疲弊し消耗しきっていたのも事実だ。

自分の無力さをあれほど強く感じたことは無かった。

 

私は一刻も早くネウロイを駆逐して世界に平和を取り戻さなくてはならない。

目を覚まさないクリスのためにも、

こんな悪夢などに歩みを止められてはならないんだ。

 

 

―――君一人が死に急いだところでこの世界は何も変わらないだろう。

 

 

頭のなかに昨晩のあの男の言葉が甦ってくる。

昨日は思わず逆上してしまったが、もちろん私にもそんなことは分かっていた。

 

 

―――君の命は君だけのものでは無い。それを失って悲しむ者は君の思う以上にたくさんいる。

 

そんなことも分かっている。

だけどもう私に賭けられるものなんて自分の命くらいしかないんだ。

 

 

―――自分に絶望することには、結局なんの意味もない。過去を否定したところでその過去を無かったことになど出来ないのだから。

 

 

……。

どうしてこの男はこんなにしつこい。

何故日をまたいでもまだ頭の中でしつこく説教してくる。

……クソ。

こんなことに頭を悩ませている場合ではないのに。

 

 

 

食堂の席に着いて朝食を摂る。

キッチンでは新人とリーネがせわしく動き回っていた。

ふと新人に目をとめてしまう。

 

 

昨晩あの男と一緒にミーナが来た。

いや、あの男がミーナに着いて来たのかは分からない。

 

要件は私に戦闘禁止令を言い渡すことだった。

 

彼女の言いたいことは分かる。

最近動きの悪い私が実戦に出るのは危険だという判断なんだろう。

 

だが聞く気などない。

確かに動きは悪い、でもそれで死んでも私は構わなかった。

抗命罪で裁かれるのもそれはそれで文句はない。

 

 

「どうしたのートゥルーデー? いつも食事だけはしっかり摂るトゥルーデが全然食べてないなんてめっずらしいー」

 

ハルトマンか……。

一人で考え事をしたかった私は、彼女に返事をせず食器を持って席を立つ。

ふと食器を見ると申し訳程度にパンが一口かじってあるだけだった。

 

 

 

「よう! 最近調子悪いみたいじゃんか」

 

ハルトマンとの飛行訓練のためにストライカーを履こうとしていた私にリベリアンが声をかけてきた。

 

「それは、戦闘禁止令を受けた私に対する冷やかしか?」

 

私はあくまで拒絶するように彼女に言葉を返す。

我ながら随分と意地の悪い返答だと思うが、コイツが相手だと何故かいつも否定的な態度をとってしまう。

 

「ッ! そういうことじゃない。……お前まだ戦うつもりだろう」

 

「だったとしたらどうするんだ?」

 

「危険だって言ってるんだ。何に悩んでるかは知らないが一度頭を冷やしたらどうだ、みんな心配してるんだぞ」

 

リベリアンはいつになく真剣な表情をしている。

何をコイツはそんなにムキになっているんだろうか。

 

「だからなんだ? 私は一刻も早くネウロイ共を葬らなければならない。……もしその過程で私の命が消費されたとして

 

「そんなこと言うな!! 冗談でも次言ったら殴るからな!」

 

そう怒鳴ってリベリアンが掴みかかってくる。

しかし私は抵抗せずにされるがままにしていた。

ハンガー内では突然の大声に驚いた整備兵達がこちらに注目している。

反応をしない私にリベリアンが言葉を続けた。

 

「いいか、お前本当に一回休みを取った方がいい。訓練は禁止されてないみたいだけど、訓練もやめておけ。……しばらく戦場から離れ

 

「お前には関係のないことだ」

 

そう言って私は彼女の手を払いのける。

そしてストライカーに足を挿しこんで魔導エンジンを起動させた。

 

クソ、今日はエンジンの調子が悪いな。

 

「関係ある。私達は家族なんだってミーナも言ってるだろ。家族の心配くらい誰だって、お、おい! まだ話は終わってないって!」

 

制止するリベリアンの言葉を無視して私はハンガーから飛び立って行った。

 

今日は本当に憎らしいくらいに雲が無い晴天だ。

上空で待っているハルトマンのところに急ぐ。

 

―――君の命は君だけの

 

うるさい。

お前に私の何が分かる。

 

クリスの姉はあの日死んだ。

 

ここにいるのはもうただの抜け殻なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

午前中の訓練を終えた後私は一度自室に戻った。

箪笥の上に倒してある写真立てが目に入る。

 

……。

目を逸らしてベッドの上に倒れこんだ。

午後の訓練まで少し眠ろう。

 

 

―――私達は家族なんだって

 

―――君の命は君だけのものでは無い。それを失って悲しむ者は君の思う以上にたくさんいる。

 

火に包まれる故郷の街。

 

呑み込まれそうなほど黒い太陽。

 

 

 

全く寝た気がしない。

体には例のごとくじっとりとした嫌な汗。

覚えてはいないがどうせまたあの夢を見ていたんだろう。

 

時間を見るともうあと十分もすれば午後の訓練が始まる頃だった。

 

午後は坂本少佐と新人たちを交えたロッテの訓練だ。

 

 

 

「すまない少佐、遅れたか?」

 

「いや、時間通りだ」

 

装備を整えて滑走路にいる少佐達と合流する。

訓練に参加するメンバーはすでにそろっていた。

 

「それでは今日は編隊飛行、ロッテの訓練を行う。宮藤はバルクホルンの二番機に、私の

 

「ちょっと待って」

 

少佐が訓練の説明をしようとしていると基地から走ってきたミーナがそれを止める。

ミーナは私の前で立ち止まり、居住まいを正して私に向き直った。

 

「ゲルトルート・バルクホルン大尉に臨時の辞令を言い渡します」

 

……まさか。

 

「待てミーナお

 

「只今より大尉は無期限の自宅謹慎とします。なおその間大尉のストライカーは凍結します。……理由は分かりますね?」

 

クッ……リベリアンか。

どうやらミーナに余計なことを言ってくれたらしい。

そしてさらに有無を言わせぬ雰囲気でミーナが聞いてくる。

 

「異論は?」

 

ここで引くわけにはいかない!

ストライカーを凍結されてしまったら出撃すらできない。

 

「異論はあ

 

 

その時敵の襲来を告げる警報が鳴り響いた。

 

にわかに慌ただしくなる基地。

 

遠くで整備兵が出す地区を示す連絡板を確認した私はミーナ達をおいてすぐに飛び立った。

 

「待ちなさいトゥルーデ!! 命令違反です! 止まりなさい!」

 

「ミーナ! 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう! 処分なら帰った後で受ける!」

 

そう言ってミーナの制止を振り切る。

後ろから少佐と新人たちが追い付いてきた。

 

「いいのかバルクホルン?」

 

「ああ。それより少佐、指揮を」

 

 

 

私達に遅れる形でミーナなど数名も追い付いてきた。

ミーナは怒っているように見えたがこれからの戦いに対しては冷静なようだった。

 

 

「―――おい、聞いているのか?返事をしろバルクホルン。お前の二番機はペリーヌだ」

 

「あ、ああ。聞いている」

 

 

 

 

 

遠くに黒い影が見えてきた。

海面にはいくつかの島が見える。

 

中型か……。

 

「敵機確認! およそ一分後に敵と接触すると思われる。準備をしておけ」

 

 

 

 

 

「よし、戦闘開始!」

 

「バルクホルン隊、突入してください」

 

「了解」

 

100mほど前方に敵はいた。

敵もこちらに気が付いたようで幾筋ものビームを放ってくる。

 

 

―――燃え盛る故郷の街、その上を我が物顔で飛行するネウロイ。

 

 

嫌な映像が頭をよぎる。

悪いイメージを振り払うためにも私は敵との戦闘に没頭する。

 

致命的なものはシールドで防ぎ、あとのビームはロール等で回避しながら敵に肉薄する。

 

そして敵の表面に一通り掃射しては距離を取る一撃離脱を繰り返す。

……こいつ反応は大分悪い、もう少しいける!

 

―――赤い空を穿つ暗い孔が無数の屍を照り付ける。

 

―――ここでは生あるものも無いものも等しく無に帰ろうとしている。

 

あの夢はこの世界の未来を暗示してるのかもしれない。

きっとこの、こいつらのせいで滅んだ世界なのだ。

 

……させない!

 

もう何度目か分からない急降下で敵に迫る。

 

―――見覚えのある青いワンピースに茶髪のショートヘアーの少女が戦地に一人取り残されている。

 

―――泣いている少女に迫る(ネウロイ)、そのまま赤い光をその少女に向かって……

 

「ッうおおおおおおおおおお!」

 

機関銃の引き金を引き続ける。

 

 

行ける!

このまま押しきれば!

 

唐突に機関銃の掃射が止んだ。

 

……詰まった!

 

そんな、ありえない、

いくら冷却をせずに打ち続けたとはいえ同時に詰まる筈がない!

 

私は瞬巡の後右手に持っていたMG42を捨ててもう一方の銃身を取り換える。

 

この予想外の事態に私は大分動揺してしまっていた。

鼓動が一気に早くなり始め、

焦っていくつかの弾倉を海に落っことしてしまう。

 

震える指でようやく掴んだレバーを引いて銃身を捨てる、またしまう暇などない。

 

そして気が付いた。

 

……予備銃身を持ってきていない。

思えばあのときは訓練中だった。

 

再び近づく手間を憂いて、その場で交換しようとしたことが仇になった。

依然敵は目の前にいる。

 

とりあえず距離をとらないと!

 

 

 

「きゃあ!」

 

真後ろからその声が聞こえるのと、何か大きなものが自分にぶつかるのは同時だった。

 

ぶつかってきたペリーヌに大きく体勢を崩された私は、目の前に迫った赤い閃光に直前で気が付いた。

 

「ッ!」

 

あわててシールドを展開する。

しかし急造したやわなシールドはネウロイのビームに紙切れのように切り裂かれた。

 

 

胸に走る鋭い痛み。

遠退いていく意識の中自分が落下していることだけは理解できた。

 

―――黒い太陽が私の

 

「バルクホルンさん!!」

 

 

……私の中に浮かんだイメージを遮るように誰かの声が耳に響く。

 

そして私の意識は闇に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸がじんわりと温かい。

背中と後頭部に硬いものを感じる。

おそらく私は地面に横たわっている。

 

落下したのかと思ったが誰かが受け止めてくれたらしい。

下に感じる地面はおそらく海面に見えた島々の一つだろう。

 

胸にビームを受けたときに走った痛みは感じない。

ただ自分の体がひたすら重く感じた。

 

 

「焦らない、ゆっくりと、集中して……」

 

誰かの自分に言い聞かせているような声が聞こえた。

目をゆっくり開けてみると、その声は新人のものだった。

どうやら体の暖かさは彼女の治癒魔法のものらしい。

 

……こんな力を持っていたのか。

 

「今、治しますから……」

 

真剣な表情の新人の額には大粒の汗が浮かんでいる。

彼女の向こうを見ると誰かがこちらに飛んでくるビームをシールドで防いでいた。

 

「私に張り付いていては、お前たちも危険だ。……離れろ。私なんかに構わず、その力を、敵に使え……!」

 

「嫌です、……必ず助けます! 仲間じゃないですか」

 

私の言葉に新人は真剣な表情で返してきた。

……昼間のリベリアンと同じ表情をしている。

 

空ではまだ仲間が戦っているのが見える。

 

―――私はまた自分のふがいなさで人を傷つけてしまうのか?

 

 

「……敵を倒せ。私の命など、……捨て駒でいいんだ」

 

昨日あの男に言った言葉を繰り返す。

 

「あなたが生きていれば、私なんかよりもっともっと大勢の人を守れます!」

 

「……無理だ。みんなを守ることなんてできやしない。……私は、たった一人でさえ……」

 

ゆっくり目を閉じる。

脳裏には燃え盛る故郷の街とその中心で泣いている一人の少女が映っていた。

夢の中でさえ私はその少女の手を掴むことが出来ないのだ。

そんな私に一体なにが出来ると言うんだ。

 

「もう行け……私に、構うな」

 

全てがどうでもよくなってしまっていた。

もう、休ませてほしかった。

 

「みんなを守るなんて、無理かもしれません。……だからって傷ついている人を見捨てることなんて出来ません。一人でも多く守りたい、守りたいんです!」

 

青臭い理想論……まるで昔のわたしのようだと心の中で自嘲した。

意識が次第に遠のいていく。

 

―――自分に絶望することには、結局なんの意味もない。

 

 

 

 

 

いつもの夢。

 

いったいいつまでこの少女はこの地獄で泣いていなければならない。

 

 

一度助けられなかっただけでもう私は諦めてしまっている。

 

……そうじゃないだろう。

 

この力を、一人でも多くを守るために。

 

掴めなかったのなら、もう一度掴めばいい……!

 

 

脳内で再生し続ける惨状の光景を停止させ、いつものようにこちらを覗き込んでいる暗い孔を睨み返す。

 

私はゲルトルート・バルクホルン、

誇り高いカールスラント軍人だ。

 

いつまでもこんな陳腐な夢に怯えて部隊の新人に心配をかけていてはいけない!!

 

 

 

 

目を開いた。

体の上に新人が倒れかかってきていたが、どうやら力を使って気を失っているだけらしい。

 

近くにペリーヌも倒れていたがこちらも気を失っているだけのようだ。

 

 

 

……随分と迷惑をかけたらしい。

 

 

新人を横に寝かせて立ち上がる。

胸にはもう痛みはない。

 

 

転がっているストライカーを履き誰かの銃を拾う。

 

魔導エンジンに息を吹き込む。

もう迷いはない。

 

重い身体に渇をいれ上空の敵を見据える。

 

「……バルク、ホルンさん」

 

背後から新人の声が聞こえた。

 

……お前のおかげで目が覚めたよ、宮藤。

 

 

 

全力で地面を蹴る。

頭上の黒い飛行体のなかに赤く輝く正十二面体が見えた。

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

機関銃を掃射しながら敵に接近する。

敵も最後の足掻きなのか私に向けてビームを溜め始めた。

 

……構わない、突っ切る!

 

 

「トゥルーデ!」

 

 

ミーナの声が聞こえると同時に前方のネウロイが突然ぶれた。

私に向けて溜められていたビームは関係ない方向にとんでいく。

 

行ける!

 

 

数瞬後敵のコアはガラスが割れるような音を立てて砕け散った。

 

雪のように舞い上がる白い破片。

その様子を眺めていると背後にミーナが飛んでくるのが見えた。

 

「ミーナ!」

 

振り返って彼女を見る。

 

目は覚めたよ。

私はもうまよ

 

「何をやっているの!」

 

右頬にするどい痛みが走った。

 

「あなたまで失ったら、私達はどうしたらいいの!?」

 

そう言ってミーナは私を強く抱き締めてきた。

私は茫然と彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「故郷も何もかも失ったけれど、私達はチーム、いえ家族(・・)でしょう! この部隊のみんながそうなのよ! ……あなたの妹だってきっとよくなる。……だから、妹のためにも! 新しい仲間のためにも死に急いじゃだめ!」

 

 

ミーナの腕の力が私をもう離さないと言わんばかりに強くなる。

 

―――君の命は君だけのものでは無い。それを失って悲しむ者は君の思う以上にたくさんいる。

 

そんなことは分かっている、そう彼には返事をした。

だがそれは間違っていた。

 

私は何も分かってなどいなかった。

大切な人の悲しみは何よりも、辛い。

平手打ちされた右頬よりも、泣き出しそうな顔をするミーナを見るほうが苦しかった。

 

ゆっくりと、言葉を選びながら腕の中のミーナに声をかける。

 

「……すまない。そうだったな。……私達は、家族なんだよな」

 

昼間のリベリアン、いや、シャーリーの姿が甦ってくる。

私は本当にたくさんの人に心配をかけてしまっていたんだろう。

 

 

「休みを、もらえるか? ……見舞いに行ってみる」

 

頭を冷やそう、そう思った。

そして一度いままでの気持ちをリセットしよう。

 

 

 

 

夕焼けを背に基地へ向かう。

急ぐ気にもなれずゆっくり飛ぶ。

道中ミーナが何も言わず私に付き添って飛んでくれた。

 

 

 

 

「おかえりなさい!」

 

基地に到着した私達に一足先に戻った宮藤達が手を振ってくる。

夕陽に照らされた宮藤達の笑顔が眩しかった。

 

―――私はまた彼女()に救われたんだな。

 

思わず笑みを浮かべてしまう。

自分もまだまだだなと思いながら小さく手を振りかえした。

 

 

ハンガーの中は外の夕焼けの赤で満たされていた。

ストライカーを脱ぐのを手伝ってくれている整備兵に声をかける。

 

「今日は大分酷使してしまったからしっかり整備しておいてくれ」

 

「分かりました」

 

ストライカーを彼に預けて出口へ向かう。

去り際に私は思いついたように言葉を発していた。

 

「……いつもすまないな」

 

私の口から零れ落ちた一言に、整備兵は鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をする。

 

「……い、いえ! これが仕事ですから!」

 

数瞬後、そう言って彼は私に笑顔で敬礼を向けてきた。

 

確かに今の言葉は普段の私からは考えもつかない言葉なんだろうな。

整備兵と別れたあとふとそう思って笑顔になる。

 

……いかん、大分頬の筋肉が緩んでいるな。

こんなところハルトマンにでも見られたらど

 

「トゥルーデー随分ご機嫌だねー」

 

最悪だ。

 

「ケガしたって聞いたから心配して見に来てみれば……ニヤニヤしてるんだもん、……なんかいいことあった?」

 

「さぁな」

 

投げやりに返事をして表情を真顔に戻す。

 

「あ! 分かった宮藤でしょ! 宮藤となんかあったんでしょ!」

 

!?

 

「な、なななななんでそこで宮藤が出てくる!? ……大体お前はだな、いつもそ

 

「もう、……大丈夫みたいだね」

 

急に焦り始めた私の言葉を遮るようにようにハルトマンは呟いた。

 

あぁ、コイツにまで心配をかけていたんだな。

私はつくづく自分の愚かさを実感した。

 

 

「今度、ちゃんと宮藤にお礼するんだよトゥルーデ」

 

「あぁ、分かってる。ミーナにも、シャーリーにも謝らないとな。……それにあの、アーチャーにも」

 

あの男も、今思えばなんだかんだと言いながら、私のことを気にかけてくれていたんだろう。

 

ハルトマンは娘を見守る母親のような優しい目でこちらを見つめている。

なんだか照れくさくなってしまって私は目をそらした。

 

「というかお前、今日何が起きたか知ってたんじゃないか」

 

「まあねー」

 

そう言ってハルトマンはいつもの調子に戻った。

やる気が無さそうに頭の後ろで手を組む。

 

「なぁ、ハルトマン。……1つお願いしていいか?」

 

「んー? 特別に聞いてあげてもいいかなー」

 

「そうか。……今度、クリスの見舞いに行ってみようと思うんだ。もしよければ

 

「車を出して欲しいんでしょ?」

 

ハルトマンは私の言葉を引き継いでそう言った。

 

「あぁ、……頼む」

 

「うん、いいよ!」

 

一瞬の迷いもなく彼女は私に笑顔でそう告げた。

そうだ、コイツは昔からこういう奴だった。

 

「……ありがとう」

 

床に向けていた視線をハルトマンの顔に合わせて礼を言う。

 

……私もちゃんと笑顔を作れただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は色々ありすぎてよく覚えていない。

 

ただ、久し振りに自分が501の一員であることを実感した。

 

夕食の前に風呂に入ろうとして、居合わせた宮藤やルッキーニ達が騒ぎながら胸を触ろうとしてきたり、

 

食堂では、何を血迷ったかエプロンをつけたアーチャーが料理をしていて、正直気持ち悪いくらい美味しいその料理にみんなで騒いだりした。

 

 

夜、ベッドに入る前に箪笥の上の倒れた写真立てが目についた。

いつの間にか積もっていたほこりを払って箪笥の上に立て直す。

 

……きっと良くなる。

 

胸の内でそう呟いてベッドに潜り込む。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜は久し振りに夢も見ずぐっすり眠ることができた。

 

 

 

 

 

 




一部セリフがアニメの完パクだったような気がしますが気のせいでしょう。

まぁなにはともあれお姉ちゃん覚醒です、よかった。

今回さらっとお料理の話が出ましたが、次回しっかりやろうと思います。
思っているだけなんで実際どうなるかは分かりません。

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