(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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非常に難産でした。

今回もなかなかひどい文ですがお付き合い下さいませ。




弓兵

 archer

 

 

 

 

「サーヴァント、アーチャー、召喚の儀に応じて参上した。お手柔らかに頼むよ、マスター。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つんと鼻をつく潮の匂い。

コンクリートの地面を目で横に追っていくと50mほど先に海が見える。

ここは航空機の滑走路なのだろう。

ということは前方に見える格納庫のような空間はおそらくハンガーだな。

 

 

 

 

 

 

 

微かに頬をなぜる海の潮風が心地よい。

 

 

 

 

 

 

……どうやら私は聖杯戦争と同じ方法で召喚されたらしい。

足元の魔法陣はいつか凜の家の地下で見たものに似ていた。

体にも新たなマスターとのリンクを感じられる。

 

 

 

そして異変に気が付いた、

……マスターは誰だ……。

 

 

 

私は現在10人程度の少女達に取り囲まれている。

召喚したのはおそらく彼女達のうちの誰かだろうが、私の最初の言葉に反応を示す者はいない。

皆一様に言葉を失っているようで、ただ呆然と私の顔を凝視していた。

 

 

おそらくまだ20にも満たない子供がほとんどだろう。

凛も若いマスターだったが、その凜より明らかに幼い少女もいる。

一見すると彼女達の国籍は様々なようで、その中でも欧州方面の顔立ちが目立った。

ふむ、……軍服を着ている者がちらほら見えるが統一性はない、なによりこんな年齢の少女達が軍属ということは考えにくいだろう。

いったいどういう集団なんだ……?

 

 

依然とマスターが誰かは分からないが、それを確かめるためにも、私はまずこの少女達を現実に引き戻すことにした。

手始めに、目の前で尻餅をついている少女に手を差し伸べながら声をかける。

 

 

「まったく、初対面の人間にそこまで驚かれるとさすがに傷つくな。……立てるか?」

 

 

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

そう言って彼女は私の手を取った。

引っ張り上げてやると、ゆっくり起き上がって……浮いた。

何故今まできがつかなかったのか不思議なくらいに、彼女達はおかしな恰好をしていた。

少女達は全員微妙に浮いており、足にはプロペラの付いた機械を装着している。

ひざ上まですっぽりとその機械に覆われていて、プロペラは今も高速で回転していた。

しかし、その小さなプロペラの風で浮かんでいるとは常識的にいけば考えにくい。

何らかの魔術的な効果が関わっているのは確かだな。

よく見ると彼女達の頭には人間本来の耳とは別に、動物の耳まで生えて……ん?

 

 

 

 

 

 

……今まで脳が理解しようとしなかっただけなのかは分からないが、私はようやく彼女達の一番おかしな点に気が付いた。

 

 

 

 

この少女たちはみんな、ズボ――

 

「しゃ、しゃべったああああああああああ!」

 

私のすぐ右横で頓狂な声が上がった。

その、黒い軍服に金髪のショートヘアーの少女の声を皮切りに少女達がにわかに騒ぎ始めた。

……そして彼女もやはりズ――

 

「うわあああああああ!しゃべった、しゃべったよトゥルーデ!聞いたよね!聞いたよね!?」

 

「聞いたも何も、最初に出てきたときもしゃべってたぞハルトマン……。いやしかし本当に出るとは……、おい!きさm

 

「はっはっはっは!見たかミーナ!私の扶桑刀で武蔵がでたぞ!やはりウィッチに不可能はないな!はっはっはっは!!」

 

「だぁっはっは!!武蔵なわけないだろ少佐!」

 

「えぇ、……肌を見るにおそらく中東の方の方ですわね。」

 

「男かぁ……、男じゃネウロイとの戦いには役に立ちそうにないナ。」

 

今まで私を取り囲んでいた少女達はようやく我に返ったらしく、元の円形を崩して自由に会話を始めている。

しかし、私を怒鳴りつけようとしたやけに重装備な少女だけは機関銃を構えてこちらを警戒している。

―――構えている銃は明らかに本物だった。

あれは、MG3、いや大戦時のMG42か。

MG42を両脇に抱えて背中には、……パンツァーハウストか。

バカな、……首から提げている弾薬も合わせれば総重量40kgは軽く超えるぞ……。

魔術で筋力強化をしているのだとしても無茶苦茶だ。

なにより、まだこんな年齢の少女が銃器を慣れた手つきで扱っているのはあまりいい気分がしなかった。

 

 

あまり認めたくはないが、この状況は確かに彼女達が軍人であることを示していた。

 

 

 

……そして彼女もまたやはりz

 

「みんな!一端静かにしなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まったく、アヴェンジャーめ。

到着早々平和な日常というのが怪しくなってきたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、これでようやく話ができるな。すまないが状況を説明してくれるとありがたいんだが……。今の私には、ここがどこでいつの時代かすらわからないものでね。」

 

 

私は大騒ぎを一言で静めた赤髪の少女に尋ねたが、彼女は彼女で何やら思案し始めてしまっていた。

 

「えーっと、こんなときどういう風に挨拶すればいいのかしら……、やっぱり相手は英雄なのだしそれなりの

 

考えていることが口からそのまま垂れ流されているぞ……。

少女達の中ではかなり精神的にも成熟してるように見えたがやはり年相応な面はあるようだな。

言葉を続けるべきか迷っていると白い軍服を着た少女がこちらに歩いてきた。

右目に眼帯をつけている。

 

「おいミーナ、気持ちは分かるが話を進めてくれ。彼も困っているぞ。」

 

眼帯の少女が声をかけるとミーナと呼ばれた少女は我に返った。

 

「あ、ごめんなさい。」

 

そういうと彼女は居住まいをただし、ひとつ咳払いをして私に向き直った。

やれやれ、挨拶だけでこんなに手間取ったのは初めてかもしれないな……。

 

「紹介が遅れてごめんなさい。私は、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐、ここ第501統合戦闘航空団の隊長を務めています。隣は坂本美緒少佐、普段は私たち二人でこの部隊を統率しています。」

 

やはり軍隊らしい。

それにしても中佐に少佐か……。

異例のスピード出世ということも考えられないことはない、だがそうではないだろう。

 

ここにきて私は一つの結論に至った。

年端もいかない少女が軍の要職を担い、秘匿されるべき魔術が軍という公の場所で行使されている。

そういった諸々の状況を鑑みるに、

―――ここは異世界だ。

私が、衛宮切嗣に救われ運命の少女騎士との別離を体験し、そして世界と契約してしまった……あの世界ではないのだ。

だが、そんなことは関係ない。

ここが火星だろうがなんだろうが、どちらにせよ私はここで凛の言う幸せとやらをふん捕まえないといけないのだから……。

 

考え込んでしまった私にヴィルケ中佐が心配そうに声をかけた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「ん?あぁ……いや。すまない、君達の階級が年齢のわりに高かったので少し驚いてしまっただけだよ。」

 

私がそう言うと彼女はなんだそんなことかと安心したらしく、顔に浮かべていた心配そうな表情を消した。

 

「私達ウィッチは諸事情により軍曹階級から始まるんです。」

 

……ウィッチ、というと魔女のことになるのだろうか。

私が元いた世界にも魔術師の一種として魔女と呼ばれていた人種はいたが、おそらくそれとは関係ない。

なにより彼女達の魔術に関する技術体系は我々のそれとは大きく異なる可能性が高い。

 

「それで……、あの、―――ちょっと失礼します。………美緒、本当に聞くの?」

 

「当たり前だろう。これが判らないと何も始まらん。そうだろう!ハルトマン?」

 

「もっちろん!」

 

ヴィルケ中佐と坂本少佐は私をおいて話合いを始めてしまった。

話している内容は分からないがひどく嫌な予感がする。

ふと空を見上げると、陽は傾きかけていたが日没までにはまだ時間がありそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ビームって出せます?」

 

……。

 

ふむ、はたして予想は的中したらしい。

この一見するとふざけているとしか思えない質問は、しかし彼女達にとって重要な意味を持っているようだ。

向こうで集まっている少女達が私の返答にかなり期待しているのが手に取るようにわかる。

やめろ、目を輝かすな金髪ショートヘアーと癖毛セーラー服。

 

「……逆に聞くが、出せると思うのかね。」

 

「い、いえ思いません。……ごめんなさい、バカなことを聞いてしまって。」

 

恐縮するヴィルケ中佐。

そして目に見えて落胆する少女達。

……どうやらこの世界の男性はビームを出せるかどうかで評価されるらしい。

少女達の中にはまるで私のことを役立たずとでも言いたげな目で見る者さえいた。

お前のことだ、お嬢様風金髪眼鏡。

 

 

「期待に添えなかったようで申し訳ない。それで、質問はもう終わりかな?」

 

「あ、あとひとつだけ……。―――あなたのお名前を教えて下さい。」

 

「アーチャーと名乗ったと思ったが……。」

 

「しかしそれは本名ではないのでしょう?私達はあなた個人、英雄であるあなたの本名を聞いているんです。」

 

坂本少佐が口を挟んできた。

それにしても、私は相当不機嫌な顔をしたのだろう。

さらに恐縮してしまったヴィルケ中佐は、しかし最後に今後の私の振る舞いを決定付ける質問をしてきた。

少女達が再びざわめき始める。

 

「……。」

 

私はなんと答えるべきなのか迷った。

黙りこんでしまった私に、重装備の少がMG42を構えたまま叫ぶ。

 

「記憶喪失などと言ってみろ!!その瞬間貴様の身体は蜂の巣になるぞ!!」

 

「トゥルーデ!!」

 

「……ミーナ、こいつはどうにも怪しい。私にはとてもこいつがみんなの言う英雄とやらには見えない!」

 

「確かに……。ビームも出せない男性の方が英雄だなんて信じられませんわ。でしょう?ハルトマン中尉?」

 

 

 

またビーム……。

 

記憶喪失だと言うつもりはなかった。

無銘という返答も浮かんだがすぐに却下した。

そう、凛はこの世界で私に私個人としての幸せを掴めと言っていた。

それならば名乗る名前は一つしかないだろう。

 

「私自身英雄などと呼ばれるだけのことはしていないからな、君達はおそらく知らない名前だろう。」

 

そう前置きをして、私は久しく名乗っていなかった自身の名を口にした。

 

 

 

 

「私、いや俺の名前は―――衛宮士郎だ。」

 

 

 

 

 

自分自身で招いた境遇に絶望して、一度はかつての自分をも抹殺しようと考えた。

そんな私がいまさらこの名前を口にするのはひどく滑稽に思えて、思わず自嘲したような笑みを浮かべてしまう。

 

案の定というかやはりというか、まぁ当然なのだが、少女達は私の名前に首をかしげるばかりだった。

 

私の答えにヴィルケ中佐が反応しようとしとする。

 

瞬間、けたたましい警報の音が周囲に響き渡った。

何事かと周囲を見回すと、ハンガーの中から整備兵と思しき青年がひどく焦った様子でこちらに走ってきた。

 

 

「坂本少佐!BA6F8地区にネウロイです!こちらに向かって直進中です!」

 

「なんだと!予測ではあと5日はあるはずだぞ!」

 

焦ったように叫ぶ坂本少佐。

 

途端に少女達のまとう空気が変わる。

重装備の少女はそれを聞くと、なにやら二言三言叫んだあとものすごいスピードで海の上へ滑るように飛び出していった。

……飛んだな、飛行することもできるのか……。

 

そうしてあっという間にその姿は小さくなっていった。

 

どうやら何か大変なことが起きたらしい。

大声で指揮を執り出すヴィルケ中佐。

 

状況を把握しなくてはならない。

ネウロイという言葉に思い当たる節はない、……敵軍の総称かなにかだろうか?

私は動き出そうとする少女達の一人を呼び止めた。

 

 

「待て、何が起きた。」

 

「ネウロイです!」

 

「ネウロイとは何かと聞いているんだ。」

 

彼女は一瞬の逡巡の後こう答えた。

 

 

 

「ネウロイは―――私達の敵です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滑走路の端まで歩いて行き、眼球に強化の魔術をかけて重装備の少女が飛んでいった先を見る。

 

数十キロ先の海上には、とても人の構造物とは思えない黒色の異形がこちらに向かって飛行してきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Minna-Dietlinde Wilcke

 

 

 

突然のネウロイの出現に私達は騒然とします。

美緒が言ったように、ネウロイの出現予測では次に現れるのは五日後のはずでしたから。

みんなに指示を出そうとしていると、今まさに飛び立とうとするトゥルーデが声をかけてきました。

 

「ミーナ!私が先行する!その男から目を離すなよ!」

 

「トゥルーデ!!待ちなさい!!あなたも魔法力を消耗しているんだから一人で行くのは危険よ!」

 

私の制止する言葉も聞かずにトゥルーデは一人で飛んでいってしまいました。

最近のあの子は焦って本来の自分を出せていない上、なにより今私達はアーチャーさんの召喚に予想以上の魔法力を消費してしまっています。

彼女は確かに優れたウィッチですが、今一人で戦闘を行ったらどんな危険があるかわかりません。

 

―――このままだとその内実戦で命を落としかねないぞ。

 

そんな美緒の言葉が頭をよぎります。

………。

 

「私が行ってトゥルーデを援護、っていうか落ち着かせる。戦闘はできるだけ避けるから後援早めにお願いねー。」

 

「……フラウ、トゥルーデをお願い。」

 

「はいよー。」

 

よかった……フラウが行ってくれるみたい。

しかし召喚の時から銃を持っていたのはトゥルーデだけだったので当然フラウも武装していません。

……早く指示を出さないと。

 

「みんな!聞いてちょうだい!今現在バルクホルン大尉とハルトマン中尉が先行しています。今から私達はハンガーに行って武装、その後、坂本少佐、イェーガー大尉、リネット軍曹、クロステルマン中尉が後援に。残った人は有事の際のため基地待機とします。」

 

基地待機に人員を割いたのは少し危険かもしれませんが、私もやはり少しアーチャーさんを基地に残すのが心配でした。

 

「現場の指揮は坂本少佐に執ってもらいます。あと、クロステルマン中尉はハルトマン中尉の兵装も持っていってあげて下さい。以上です、それでは状況開始!」

 

「「了解!」」

 

私達は急いで兵装を揃えにハンガーに向かいます。

途中滑走路の端で海の先を見ているアーチャーさんが目に入りました。

……何をしているのかしら。

 

 

 

 

 

 

銃を持ってハンガーから出ると、どこから出したのか弓を持っているアーチャーさんと先にハンガーを出た美緒が話していました。

美緒は後援組なのに、何かあったのかしら……。

 

 

「あれに人は乗っているのか?」

 

「見えるのですか!?……いや、失礼。アレはまず人類の作ったものですらありません。だから当然人も乗っていません。」

 

「ちょっと美緒!何をしているの!」

 

「私が彼女を呼び止めたんだ。他も出撃を待ってほしい。」

 

この男は今なんと言ったの?

トゥルーデとフラウがたった二人で先行しているのに後援に行くなと言ったのか?

英雄だか何だか知らないけど、そんなこと言わせないわ!

 

あとからハンガーから出てきたみんなも、私達の様子を見て出撃していいものか迷っているようです。

 

「みんな!構わないわ、行ってちょうだい!」

 

「まぁ待て。……見たところ彼女達があれと接触するまであと2分はある。」

 

まさか見えているの!?

BA6F8地区といったらここから40kmはあります。

報告からの経過時間とネウロイの速さを多めに見積もってもまだ最低30kmはあるはず……。

 

「……それで、あなたは何をしようというの?私にはあなたがこの状況で何かできるとは思えません。」

 

「なに、ただ君達の私に対する無能(・・)という評価を改めようと思っただけさ。―――私があれを撃ち落してやろう。」

 

「そんな……!一体何kmあると思って

 

「待てミーナ、彼にも何か考えがあるのだろう。」

 

「でも!そn

 

私は美緒に反論しようとしましたが、思わず自分から言葉を続けるのをやめてしまいました。

矢を弓につがえる、アーチャーさんのただそれだけの行動に目を奪われてしまったのです。

私はその流れるような動きから目を離すことが出来ませんでしたが、おそらく周りのみんなもそうだったでしょう。

 

 

 

華美な装飾など一切施されていない武骨な黒塗りの洋弓に、これまた黒塗りの平凡な矢がつがえられる。

 

 

ゆっくりと引き絞られる洋弓、ピンと張られた弦がキリキリと悲鳴をあげ始める。

 

 

 

―――あぁ、これは当るな。

 

 

 

常識的に考えたら届くはずもない距離。

しかし私は自然とそう思いました。

 

 

やがて離される指、

 

空気を切り裂いて飛んで行く矢。

 

 

 

 

 

 

「……命中した。」

 

二十秒ほど後にぽつりと美緒がつぶやきました。

その声に驚きはなく、またそれを聞いた私にも驚きはありませんでした。

私はどうやら息もせずにこの光景に見とれていたようです。

足りなくなった酸素を求めて私は息を整えます。

しかし私まだこの張りつめた緊張感が消えていないことを肌で感じていました。

 

 

「ふむ、再生したな。」

 

「え、えぇ。ネウロイは体のどこかにあるコアを破壊しない限り消滅しません。」

 

美緒がアーチャーさんの言葉に反応します。

 

「さすがにこの距離でそんなものを撃ち抜くのは無理だな……。まずどこにあるかもわからん。」

 

一見諦めたようにもとれる言葉でしたが、彼の言葉にはまだどこか自信のようなものがあるように感じられました。

 

「コアの位置は……中心ではなく少し左に、

 

「いや、構わん。」

 

美緒がコアの位置を教えようとしますがアーチャーさんはそれを口で制します。

……一体どうするつもりなの?

 

気が付くとさっきまでの私の怒りと焦燥はとうに冷め、今はむしろどこかアーチャーさんに期待している自分がいました。

 

 

そして周囲の空気を、さっきまでとは比べものにならない痛いほどの緊張と集中が満たしました。

海の向こうを見据えるアーチャーさんの目はさらに鋭くなり、私にもその目が確かに敵機を捉えているのが伝わってきます。

そして彼は口を開きました。

 

 

 

「――――I am the bone of my sword.」(我が骨子は捻じれ狂う。)

 

 

 

アーチャーさんの手に一振りの剣が現れます。

青い柄に、見事な金の装飾が施してある反り返った鍔。

そしてなにより目を引くのはそのドリルのような捻じれた刀身。

一目見ただけでそれにとんでもない魔法力が込められていることが伝わってきます。

しかしその見事な剣はすぐに細長く変形していき、やがて矢のような形に収まりました。

 

洋弓に剣を矢のかわりにつがえるアーチャーさん。

そして先程と寸分違わない滑らかな動きで洋弓を引き絞っていきます。

一瞬アーチャーさんの目がこちらを見ました。

 

―――二人を射線からどかせろ

 

!!

 

彼の目は確かにそう語っていました。

先行している二人のことをすっかり忘れていた私は、彼のその視線で我に返ります。

二人が危ない!!

次の矢は明らかにさっきの物とは違う。

その破壊力は確実に二人を巻き込むだろうことが容易に想像できました。

 

 

「フラウ!!トゥルーデ!!聞こえる!?……お願いだから返事をして!」

 

私は焦ってインカムに叫びます。

視界ではアーチャーさんが矢にどんどん魔法力を込めていきます。

その光景を見て私は断頭台のギロチンが吊り上げられていく様子を連想しました。

インカム越しのフラウとトゥルーデに叫び続けます。

しばらくしてフラウから返答がありました。

 

『どうしたの?……っていうかさっきね!すごいのg

 

「フラウ!」

 

良かった、フラウからは返事があった……。

けどトゥルーデはから返答がありません。

まだネウロイと接触はしていないはずなのに……。

 

「トゥルーデは一緒!?無事なの!?」

 

『さっき追いついたよ。二人とも無事だけどどうk

 

「いますぐ二人でそこを離れて!できるだけ高くまで逃げて!!早く!」

 

『……ッ!了解!』

 

どうやらフラウも基地から放たれる殺気に気付いたみたい……

アーチャーさんの周りには赤い電光がほとばしり始めます。

まずい!

もう放たれる!

 

インカムからはフラウがトゥルーデに必死に呼びかける声が聞こえます。

 

『トゥルーデ!逃げるよ!早く上へ!おいトゥルーデ!!』

 

『どうした怖気づいたかハルトマン!敵をめn

 

「トゥルーデ!上官命令です!今すぐそこを離れて!」

 

『むっ、ミーナまでどうした!誇り高きカールスラント軍人としてわt

 

『どうしてわかんないんだバカトゥルーデ!!……もういい、こうなったら力づくでッ!』

 

 

そして矢をつまむ指から力を抜いていくアーチャーさん。

 

「あぁ、待って、お願い!」

 

―――私はもう諦めてしまったのでしょうか。

ふと、フラウが叫び声を聞くのは久しぶりだな、などとぼんやり考えてしまっています。

 

 

「―――“偽・螺旋剣”(カラド・ボルク)

 

 

矢を放つアーチャーさんを見て言葉を失ってしまっていた私の耳に、宮藤さんの叫びごえが響きました。

 

 

「バルクホルンさん!!!」

 

 

アーチャーさんの放った矢は、音を置き去りにして海の向こうへ消えていきます。

 

海面には剣の圧倒的な破壊の爪痕がしばらく残っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Erica Hartmann

 

 

 

私は一人で飛び出して行ってしまったトゥルーデを追って基地を飛び出した。

だって最近のトゥルーデは少し焦りすぎている。

そのせいか普段の飛行が出来ていなかったからすっごく心配だったんだ。

こんな状態で戦ったらケガじゃすまないことになるかも……。

 

ふと胸から血を流して落下していくトゥルーデの姿を幻視してしまう。

 

ッ!

何を考えてるんだ私のバカ!

私は嫌なイメージを振り払うようにスピードをあげた。

 

 

 

基地を出発して一分ほどでトゥルーデに追いついた。

冷静さを完全に欠いているのかと思ったけどそうじゃなかったみたい。

トゥルーデは一応後援が追い付いてこれるくらいのスピードで飛んでいる。

とりあえず一安心かな?

 

それにしても……ちょっと失敗。

顔には出さなかったけど、実は私さっきの召喚で結構魔法力を持っていかれてしまっている。

ジークフリートが特別よかった訳ではないんだけど、ああいうのってやっぱりわくわくするじゃん?

詠唱中に吸い上げられる魔法力に上乗せしてさらに魔法力を流し込んじゃったんだよね……。

加えて今魔法力の配分考えずにトバしてきちゃったから、もうかろうじてシールドを張る程度の魔法力しか残ってない。

なんとかネウロイとの接触を送らせて応援を待とう。

 

どうやこっちに気が付いたみたいだ。

トゥルーデは私のいる高度までゆっくり降りて来る。

 

「私はお前が一番に来ると思っていたぞハルトマン。お前にもやっとカールスラント軍人としての自覚g

 

うえぇ、まーた始まったよ。

私は適当に相槌をうちながらトゥルーデのありがたい(・・・・・)お説教を聞き流す。

 

なんか背中がチリチリしてむずかゆいな。

 

 

 

 

トゥルーデのお説教もそろそろ中盤差し掛かるかな……ん?

唐突にヒュっと風切り音をたてながら私の真横を何かが通り過ぎた、いや通り過ぎ去ったあとの衝撃波かな……。

 

「トゥルーデ!今なんかすんごいもんが横通った!見た?」

 

「―そうした日頃の生活k、ん?今なんか言ったかハルトマン?」

 

「……なんも言ってないよ。」

 

ウソだろ……。

少し遠かったけど衝撃波まで起きていたのに、コイツは説教に夢中で気付かなかったのだ。

 

ため息をついて横に顔をむける。

陽はあと十分もすれば水平線と接触しそうだった。

海面に反射した太陽の光は、真昼のそれをダイヤモンドの輝きだと称するなら今はくすんだ琥珀のようだ。

 

……私だって乙女なことは考えるんだ、悪いか?

それにしても恥ずかしいな、コレ。

ペリーヌなら真顔で言いそうだけど。

 

 

景色を眺めていたら少しネウロイのことを忘れてしまっていた。

でもこの分だと上手くいけば夕日を見ながら帰還できるな……。

 

はぁ、トゥルーデの心配したせいでお腹すいてきちゃったよ。

 

 

 

 

 

 

「ハルトマン。見えてきたぞ。」

 

しばらく飛んでいるとネウロイの輪郭がぼんやりと見えてきた。

後援はまだ来そうにないしちょっとまずいかも……。

 

「ねートゥルーデー背中かゆいー。」

 

「そのぐらい自分でかけ!だいたいおm

 

むう、この程度じゃスピードは落とさないか……。

しかも説教再開したし。

 

それなら、ん

インカムからノイズが聞こえた気がs

 

『フラウ!!トゥルーデ!!聞こえる!?お願いだから返事をして!』

 

うわっ!びっくりしたぁ。

ミーナか。

どうしたんだろう。

ミーナは何回も私達の名前を呼ぶ。

トゥルーデのほうをチラと見るとこの騒音でも、マイ説教ワールドから出てきていないようだった。

仕方ないから私が応対しよう。

 

『どうしたの?……っていうかさっきね!すごいのg

 

『フラウ!』

 

どこか安心したようなミーナの声に私はとても嫌な予感がした。

ああもう、背中かゆい!

 

『トゥルーデは一緒!?無事なの!?』

 

『さっき追いついたよ。二人とも無事だけどどうk

 

『いますぐそこを離れて!できるだけ高くまで逃げて!!』

 

逃げる?

一体何から……。

そう思って後ろを振り返った瞬間とてつもない寒気がした。

途端に早まる鼓動、私の使い魔の物なのかは分からないが、私の野生の勘が全力で警鐘を鳴らしていた。

―――ここは、マズイ!

 

『……ッ!了解!』

 

さっきからチリチリしていた背中は、きっとあのゾッとするほど静かな殺気に反応していたのだ!

あれは野生の動物を狩るハンターが、獲物に気付かれないように出す殺気のようだった。

 

急いでここから離れないと!

 

トゥルーデは隣でまだブツブツ言っている。

私は危機的状況にまるで気付いていないアホに叫んだ。

 

「トゥルーデ!逃げるよ!早く上へ!おいトゥルーデ!!」

 

早く気付け!

お願いだから!

ここにいたらこの尋常じゃない殺気で気が狂ってしまいそうなんだよ!

 

 

「どうした怖気づいたかハルトマン!敵をめn

 

誰か!

このバカをなんとしてくれ!

私はこの場から今すぐ逃げ出したいっていうのに!

このままだと私は親友を見捨てて一人で逃げ出しまう!!

 

『トゥルーデ!上官命令です!今すぐそこを離れて!』

 

「むっ、ミーナまでどうした!誇り高きカールスラント軍人としてわt

 

「どうしてわかんないんだバカトゥルーデ!!……もういい、こうなったら力づくでッ!」

 

背後から放たれる殺気は最初の押し殺すようなものから、いまやその殺気で敵を仕留めんとしているかのように私達に重くのしかかってきていた。

心臓が口から飛び出そうなほど早く鳴っている。

 

ああもう!!

いつまでも理解しないトゥルーデを私は横から抱きしめるような形でつかむ。

そのまま急上昇を試みる、上手くいかない!

おい!

暴れるなって!!

……クソッ、こいつほんとに力強いな!

ダメだ、このままじゃ!

 

「おい!何をするハルトマン!はなs

 

 

殺気の主が決定的な何かをしたのが感じた。

 

 

あぁ、遅かったか。

短い人生だったな。

私はついそんなことを考え始めてしまう

 

 

 

そんな時私たちの耳に宮藤の声が響いた。

 

「バルクホルンさん!!!」

 

「ッ!」

 

良かった、トゥルーデも気が付いたみたいだ!

私達は何も言わずに急上昇を始める。

 

だが今から回避が間に合うか、いや。

間に合わせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………クソッ魔法力が……もう…。

 

酸欠の時のように頭が重くなり視界が暗くなっていく。

魔導エンジンがその働きを途切れさせ始める。

 

あ、これはダメなやつだ。

 

私は閉じかけた視界の中に親友の顔を捉えた。

まったく、世話のかかる奴だ。

死んだら化けて出てやろう。

 

 

はぁ、お医者さんになれなかったのは残念だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が諦めるなバカ!」

 

ガシっと捕まれた腕の感触で再び意識が覚醒する。

 

 

―――ダメだ。まだ死ねない!

 

私はなかばトゥルーデに引っ張られながら最後の力を振り絞って上を目指す。

 

どんだけ馬鹿力なんだよ……。

手が痛いじゃんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

私達が元の高さから200mほど上昇したときそれは私達の真下を通り過ぎて行った。

つまり数瞬あとだ。

 

正確にはなにが飛んできたのかなど見ようがなかった。

だが、衝撃波が海面を切り裂いて生じた激しい水しぶきと、数瞬遅れて聞こえた爆音から私はそう判断した。

この高さまで上がってきたのに私達のところまで軽い衝撃が伝わったのには正直ゾッとしない。

まるで芝刈機が空気という雑草を刈り取っていったかのようだ。

 

気付くと前方のネウロイはもはや原形を留めていなかった。

平べったいテントウ虫のような巨大なやつだったと思ったが、それは気のせいだったのだろうか。

いまや穴が半径10mほどある少々いびつな黒い指輪にしか見えない。

………どうやら先程の飛来物は、ネウロイを粉砕したときにでるはずの白い破片すら消し飛ばしてしまったらしい。

 

次第に残された部位もボロボロと崩れ去っていった。

 

 

 

 

切り裂かれた海面はいまだにその形を保っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、トゥルーデはさ、モーゼの「十戒」て話知ってる?海がドバーって割れるやつ。」

 

 

なんとなくそんな言葉を口にしてしまった。

 

「さぁ、知らんな。聖書など読んだこともない。」

 

「……知ってるじゃん。」

 

 

 

私はどうやらよほど気が抜けてしまったらしい。

なにか言葉を続けようと思ったがもう何も思いつかなかった。

 

 

「それにしても……、」

 

「何?」

 

「すさまじかったな。……お前がいなかったら今頃私はミンチ肉だ、二人仲良くカールスラントハンバーグだな。……はは。」

 

!?

今トゥルーデが冗談を言った!

……明日は槍でも降るのかもしれない。

ミーナにも報告だな、きっと喜ぶぞー。

 

そしてトゥルーデは私の返事を聞かずにこう続けた。

 

 

「……ハルトマン。」

 

 

「んーなにー?」

 

 

「すまなかったな。」

 

 

……どうやら本当に槍でも降りそうだ。

 

 

「別にいいって。」

 

 

微妙な沈黙が私達の間に流れる。

不思議と居心地は悪くなかったが、なんとなく照れくさくなって私は口を開いた。

 

「あぁーお腹すいたー。ハンバーグたべたーい。」

 

「なっ!お前今の流れでそんなこと言うな!」

 

「えぇーなんでー。食べたい食べたい食べたいハンバーグ食べたいー!」

 

「えぇいうるさいぞハルトマン!いいからさっさと帰るぞ!」

 

 

そうしてようやく私達は帰り始めた。

水平線に夕陽が輝いている。

 

それにしてもいろいろあった一日だったな。

もう一週間分の運動はしたような気がする。

 

決めた!

明日は一日中ゴロゴロしていよう!

 

 

 

 

 

「トゥルーデー。おーんーぶー。」

 

「自分で飛べ。」

 

「私はどっかの誰かのせいで魔法力もうないんだよー。」

 

「クッ。……来い!」

 

「やったー。」

 

 

 

 

 

 

 

基地に向かってダラダラ飛ぶ。

トゥルーデの背中はお世辞にも快適とは言い難かった。

 

夕陽はもう完全に沈もうとしている。

その輝きは……、

やめやめ。

やっぱりこういうのは性に合わない。

 

 

 

 

 

 

……きっとトゥルーデの焦燥はまだ解消されてないんだろう。

 

でもそれでもいい。

 

いつかそれが解決するまで私が守ってやろうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、なんかほんとにハンバーグ食べたくなってきた。

基地に帰ったら宮藤につくってもらおう。

 

 

 

 

 




まずアーチャーさんの弓そんな届くのかよと思った方がいると思います。

私も思いました、ごめんなさい。
でも冬木市横断したら30kmくらいありそうだしいけるかなーと。

あとミーナさん、というかデスマスモノローグ組は非常に書きづらい。

誤解されそうなんですが、お姉ちゃんは大好きです。


※2014 五月三十一日 追記

ご指摘された通り冬木市三十キロもあるわけありませんね。申し訳ないです。
ただ、感想欄でも宣言した通り、この作品ではこの距離を「見える」「届く」前提で行かせてください。

また、バルクホルン周りの重量に関して修正しました。
調べたところによると、米陸軍においても、行軍は別として正常な戦闘を行えるのは20kg以下とされておりそれ以上は推奨されていません。(それでも防弾チョッキ等必要装備を揃えると40kgは行ってしまうので無理を承知で行っているそうですが……)
バルクホルンの体格からして、ぱっと見て鍛えているようには見えないうえ、機関銃を下ろさず構え続けるというのは装備の重量以上に負荷がかかります。そこは現実的でないといっても過言じゃないかと。

ただ、やはり素人意見なので正しくない可能性が大いにあります。
もしミリタリー関係で詳しい方がいらっしゃったら間違い等指摘していただけるとありがたいです。

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