(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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本当にお久しぶりです。話は1mmも進んでおりません……。


模擬戦

archer

 

 

 

 朝に基地を出立してから、途中一度の給油をはさんでシャーリーに借りたバイクで走り続けた結果、陽が傾いたころにはロンドン郊外に到着した。陸路でロンドンを目指したのは初めてだったのだが、のどかな田園風景が都市部に変わっていく様は、近代化という歴史の1ページを目にしているようで興味深かった。

 流石に連合本拠地がある都市周辺なので守りは固いらしく、戦火の跡は見て取れなかったが、軍属らしき集団とは幾度かすれ違った。彼らのどこか薄暗い面持ちから、決して戦況は良くないということがうかがい知れた。それも当然だろう。彼らの相手は正体すら不明で、ジリ貧になっていく自軍に対して消耗しているかすらようとして知れないのだ。だからこそ彼女たち(ウィッチ)のようなスター性溢れる個人戦力が軍の、民衆の士気を支えているのだろう。道中、上空を飛んでいくウィッチに手を振る市民たちという構図を何度か目にした。

 市内に入るにあたって、まずシャーリーのバイクの置き場所に困った。この時代に駐車場などという概念は乏しく、人々は路上駐車が基本のようなのだが、借り物を放置して損害を出すなどということはできるだけ避けたい。ソードフィッシュを傷つけた前科がある以上、今度はバイクを盗まれたなどとは口が裂けても言えないだろう。仕方がないので、数十分かけてどうにか整備屋を探し出しそこに預けた。

 今回の私の目的は司令部の資料室を覗くことであるが、対外的には部外者で通ってる私が見せろと言って見せてもらえるはずもない。したがって必然的に忍び込むことになるのだが、それにはまだ陽が高すぎる。仕方がなくシャーリーのお使いや、その他調理器具や基地に不足しているもの等々を買いあさっていると、これから忍び込むというのにずいぶんと大荷物になってしまった。はたから見れば観光客そのものである。持って歩くのも面倒なので整備屋まで戻って荷物も預かってもらうことにした。整備屋の主人は何とも言えない渋い顔をしたが、店でいくらか買い物をすることを条件に引き受けてもらえる運びになった。

 さて、夜も更け日付も変わろうかという頃、私は行動を起こすことにした。

 連合本拠地といっても、彼らが戦っている相手の性質上、建物の警備は意味をなさない。そういった事情から最低限に抑えられた警備を突破するのは、はっきり言って簡単だった。

 建物の中は必要最低限の明かりしかついていなかった。電気の節約以上に人間を休ませようとしているように思えてしまうあたり、私自身人間側に限界が近いと思ってしまっているのかもしれない。内部の構造は前回ミーナ達と訪れた際にある程度把握していたので、別段迷うこともなく五階の資料室までたどり着いた。

 都合よく資料室内には誰もいなかった。古紙の独特なにおいを鼻腔に感じながら書棚をざっと見まわしていると、窓の外から光が差し込んできた。

 静かに窓際まで移動して外の様子をうかがうと、ちょうど隣の滑走路から輸送機が離陸するところだった。ふと思い立って魔力のパスに意識を集中すると、輸送機内にミーナと美緒の存在を感じることができた。これから501に帰るのだろう。

 

「泊っていけばよいものを……」

 

 彼女のことだ。きっと用件が済んですぐさまこの地を後にしようとしているのだろう。隊を預かる人間として出来るだけ基地を空けないようにしているのだろうが、彼女には少し余裕も必要だ。

 遠ざかっていく輸送機を見届けた後、私は再び資料室の中を見回した。書棚にびっしりと詰め込まれた紙の束を見て、思わずため息をついてしまう。

 

「やれやれ、これは表題に目を通すだけでも骨が折れるぞ」

 

 不満を口にしていてもやるべきことの量は変わらないので、私はおとなしく端の棚から漁り始めた。どのみち時間はあるのだ。今日終わらなかったら、また明日がある。しかし同時に、基地に戻った時のミーナの追及を想像して、げんなりしている自分がいることも確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

Charlotte E Yeager

 

 

 

 

 遠くに聞こえるストライカーのエンジン音で目が覚めた。重たい瞼を無理やりこじ開け、ベッドからのそのそと手を伸ばしてカーテンを開けると、外はまだ薄暗かった。

 

「こんな朝早くから訓練か……?」

 

 時計を見ればまだ6時前である。こんな時間に自主訓練するなんていうストイックな奴は少佐とあと一人くらいしか知らないが、少佐はまだ本部だろうし、もう一人のカールスラント軍人は最近は睡眠時間はしっかり取るようにしているようだからどちらも当てはまらない。

 

「サーニャが哨戒から帰ってきたのかな」

 

 いつも一人で頑張っているのだから、たまには帰投を迎えてあげてもいいかもしれない。そう思った私は急いで顔を洗い、椅子に掛けてあったシャツだけはおって部屋を飛び出した。早朝の基地は静まり返っており、廊下を走る私の足音だけがよく響き渡った。

 ハンガーまでたどり着いた私は、滑走路に輸送機が止まっているのを見つけた。どうやらミーナ達はもう帰ってきているようだ。相変わらず遊びのない人たちである。

 滑走路まで出ると少しだけ生ぬるい風が私を迎え入れた。夏の終わりも近いのかもしれない。ふと空を見上げると星は空の端っこの方まで追いやられていた。

 その時、空を鋭く横切る影があった。ウィッチだ。恐らくあれが私の眠りを妨げた者の正体だろう。

 

「うん、サーニャじゃあないな。……あれは――」

 

 少しだけ考えて、私はその正体に思い当たった。彼女(・・)に違いない。

 私はすぐさまハンガーに戻り、ストライカーユニットに足を突っ込んだ。そして、クリスマスを前にした少女のようにワクワクしながらハンガーを飛び出す。ちなみに、飛び出すついでに訓練用のペイント銃も肩に引っ掛けていった。

 もうすっかり目は覚めていた。私はじわじわと明るくなっていく空をまっすぐ見据え、その中でも小さなウィッチ一人をしっかり捉える。

 

「よーっし……!」

 

 魔法力を最大限に体に行きわたらせ、ストライカーの魔導エンジンに熱を一気に吹き込む。次の瞬間、私の体は弾丸のように夜と朝の交じり合った空に飛び出していった。

 垂直に急上昇していきながら、目標物一点のみに意識を集中させる。

 

「にしても、えらい高高度にいるな……」

 

 風を切りながら思わずつぶやいてしまう。具体的な数字が分からないので何とも言えないが、自分と彼女の高度差を目算で鑑みるに、おおよそストライカーの限界高度近くを飛行しているようだ。

 しかし、それがためらう理由にはならない。彼女はあのエイラをして『飛ぶのが一番上手い』と言わせる腕前らしいではないか。上昇志向がそれほど強いわけではない私だが、やはりその実力と競い合ってみたいという欲求は抑えられなかった。

 徐々に射程圏内に近づいていく。幸い向こうはこちらにまだ気が付いていないようだ。

 

「そんじゃあ、お手並み拝見させていただこうかな」

 

 自然と吊り上がる口元に気づきながらペイント銃を構え、初撃のエイムを合わせようとスコープを覗く。そうして射程圏内に入ろうかという頃、スコープ越しに彼女――セイバーの顔がこちらを向いたのが見えた。

 

「今更気付いても、遅いぞ、っと――!!」

 

 ためらいなく引き金にかけた指に力を籠めた。勢いよく発射されるペイント弾が無手のセイバーを襲う。しかし、セイバーはそれを危なげなく水平にロールすることで躱して見せた。

 その程度は当然予想の範疇なのでラピッドファイアを保ちながら銃口でセイバーを追う。対するセイバーは、そのまま上方向へのループをする軌道に移った。きれいな弧を描きながら上昇するセイバーを目で追いながら、銃身の冷却の意味も込めて、私は一旦引き金から指を離しセイバーとの距離を詰める。

 こと空戦において、高高度とはそれだけで優位性を持つ。セイバーが教科書通りの対応を見せるなら高度を保ったまま応戦してくるだろうが――。

 さて、この勝負を(勝手に、しかも一方的に)持ちかけるにあたって、私はかなり卑怯だった。それは単純な話で、私だけが武器を持っているという事である。ウィッチ同士の模擬戦は、被弾もしくはシールドを展開した方が負けというルールが一般的であるので、そのルールからすれば私はほぼ負けようがない。

 この圧倒的に不利な状況でセイバーがどうするのかを私は見たかったのだが――。

 

「ハハッ、まるでハルトマンみたいなことをするなセイバー――!!」

 

 その選択を見て、私は思わず声を上げた。セイバーはループの頂点からそのまま私めがけて急降下を始めたのだ。距離はあるものの位置関係的には降下するセイバーと上昇する私が正対する形となる。

 ただやられるだけじゃないということらしい。

 

「でも、それじゃあいい的だぞ!!」

 

 私は当然正面のセイバーに集中砲火を浴びせる。ばらばらと空を切るペイント弾を前にセイバーがとった行動は、あろうことかさらに加速するというものだった。

 

「オイオイ、当たったら痛いじゃすまないぞ……」

 

 私もセイバーも向かい合った状態であるため、弾丸の相対速度は本来のそれをはるかに上回る。必然的に訓練用の非殺傷ペイント弾でも、ともすれば大怪我を免れられないかもしれない。

 その予想外の行動を見て一瞬思考が『何故?』で支配される。唯の蛮勇か、私の情を誘ったのか、はたまた私の予想もしない抜け道があるのか……。

 距離にして数100メートル。もはや発砲音とほぼ同時に着弾しかねない距離である。私のほんの一瞬の困惑は、すぐに驚きと奇妙な歓喜で塗りつぶされた。

 

「嘘だろ……!!」

 

 セイバーは飛来するペイント弾を体を少し傾けるだけで見事に回避していた。見事としか言いようがない曲芸飛行である。しかし私も感心しているだけではいけない。状況の分析は後回しにしてすぐさま次の行動を選択しなければならない。

 1秒にも満たない時間で判断を下す。すなわち、ここは引き時ではない――!

 

「……ッ!!」

 

 唇をかんで覚悟を決める。私がとった行動は、こちらもさらなる加速をするというものである。

 頬を打つ風は痛いくらいになり、長い髪の毛がバサバサとたなびく音すら背後に置いていく。結果、十秒後であったはずの接触がほんの数秒まで縮んだことを、脳ではなく体が知る。

 息を吞む数瞬、私は自然と引き金から指を離していた。このまま距離を詰めても私の弾は当たらない予感があった。

 次の瞬間、互いの姿を目で追うのも難しいような速度で私とセイバーは向き合うようにすれ違った。見えるはずもなかった彼女の口元が、笑みを浮かべていたような気がした。

 さて、私の勝負所はここである。

 彼女は恐らく驚異的な動体視力と高い姿勢制御能力、そしてまさに神がかり的な直観で私の弾を躱していたと考えられる。そんな曲芸に対して、私は邪道では逃れられないほどの圧倒的な正道で対することを考えていた。すなわち、背後を取ることである。

 彼女の飛行センスはもはや疑いようがないところであるけれど、こと速さに関しては後れを取る気は毛頭ない。背後から距離を詰めて確実に仕留めればいい。

 

「ふっ……!」

 

 私はストライカーの魔導エンジンを一気に失活寸前まで回転を落とし、同時に伸ばしていた腕を振り下ろす反動で体を丸める。ストライカーを滑らせるように進行方向へ、そして頭を後方へと入れ替える。ちょうど水泳のターンをするような形だが、これは体の折り曲げが自由に利く人間だからこそできる無茶な軌道である。おそらく飛行機でやろうとしても不可能だろう。

 体の入れ替えが済むことを三半規管の揺らぎで確認し、すぐさま魔導エンジンを全開まで回す。途端すさまじいGに意識が遠のきそうになるが、体は幾度となく繰り返した機関銃を構えるという動作を寸分違わず行ってた。

 

「捉えた……!」

 

 セイバーはまだすれ違った時の軌道を保っていた。この、普通ならば簡単には埋まらない距離をすぐに縮める術を私は持っている。固有魔法『超加速』、私はここで切り札を切らせてもらおう。

 ストライカーの初速が十分に乗ったことを確認して、私は切り札を使った。瞬間的に周りの景色が一段と早く遠のく。ぐんぐんと近くなるセイバーの背中を見ながら、しかし私はまだ発砲しなかった。彼女のことだ、この距離なら難なく避けて見せるだろう。

 そして数瞬後、私が必殺の間合いを意識した瞬間、セイバーの両足が不自然なバタつきを見せた。

 

「へえ……」

 

 その動作は私も目にしたことがあった。それは少佐がたまに見せる、左捻り込みと呼ばれる空中機動の初期動作に酷似していた。左捻り込みは厄介な技で、基本的な軌道は斜めの宙返りなのだが、左捻り込みをしている相手の背後を取ったまま同時に宙返りをすると、結果的には何故か逆に背後を取られてしまうのである。

 この宙返りに付き合ってはいけない。私がとった行動は、先ほどと同じく空中でほぼ真逆へのターンをするということだった。また正面から相対する形になるだろうが、正対状態での照準合わせなど先ほどより上手くこなす自信のようなものもあった。

 そうしてセイバーから目を切ってターンした私は、すぐにそれが失策だったと気が付いた。

 

「な……」

 

 左捻り込みを行っているはずのセイバーはその軌道におらず、一瞬私の頭は完全に停止した。エンジン音すらしない。その時、斜め後ろの上空から鋭い声が聞こえた。

 

「風よ――!!」

 

「…ッ!」

 

 慌てて振り返った時はもう遅かった。眼前にはセイバーがすさまじい勢いで迫っており、ペイント銃を構える余裕も回避する余裕もなかった。

 次の瞬間、セイバーは私の胸にハグするような形で飛び込んできた。反動で私たちは空中を二、三回転した。

 

「捕まえました」

 

 ようやく姿勢が整ったとき、セイバーはいたずらっ子のような笑顔でそう言ってきた。セイバーのストライカーは完全に停止しており、しばらく私が支えてあげる必要があった。ほどなくして彼女は私の腕の中から離れ、私の前で静止した。その顔を見て、私は昨日から感じていた既視感を再び覚えたが、まず最初に言うべきことがあることを思い出した。

 

「おはようセイバー。完敗だ」

 

 私は降参したことを伝えるように両手を上げて見せた。実際完敗である。無手の人間に一方的に戦いを仕掛けて、反論の余地がないほど負けたのだ。

 

「おはようございますシャーリー。朝から良い運動になりました」

 

 セイバーはそうにこやかに返してきた。あるいは怒っているかもしれないなと心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「いや、悪かったねいきなり」

 

「いえ、ああいった奇襲はスオムスにいたころは日常茶飯事でしたので。昔の気持ちを思い出して懐かしくなりました」

 

 そういってセイバーはいやに大人びた微笑みを見せた。やはり不思議な人である。

 さて、完敗してしまった私だったが、一つだけ気になったことがあった。それは最後の一瞬、セイバーがエンジンを停止した状態で私に肉薄した方法である。恥を承知でそのことを尋ねるとセイバーは逡巡した後、

 

「そうですね。魔法(・・)です」

 

 そう言って笑って見せた。どうやら答える気はないらしい。

 少しだけ悔しくなった私は、セイバーさんが基地にいる間に再挑戦することを心に誓った。……まずは敗因の分析からだ。

 

 気付けば辺りはすっかり明るくなっており、水平線からは朝日が少しだけ顔をのぞかせていた。今日も一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 




前回投稿から一年近くたってしまって本当にすみませんでした。


最後シャーリーが見失ったところすごい分かりづらいと思うので補足しておきます。今後文中で説明することもなさそうなので。

まず、セイバーはすれ違った後のシャーリーのターンの様子を確認していました。そこでターン中は相手を見失うという欠点を見抜き、わざと背後を取らせ、かつ警戒されやすい左捻り込みの初期動作を行うことで同じ状況を作り出そうとしました。予想通りターンを行おうとしたシャーリーを見て、セイバーはループの初期段階でストライカーのエンジンを停止させ、ある程度の慣性挙動を経て自由落下を開始します。最後に飛び込む際の位置修正はお気づきかもしれませんが魔力放出をしたという感じですね。

全然表現できてませんでしたね。はい。
次回は何時になるやら……。


一応報告なのですが、Twitterで投稿報告垢のようなものを作りました。まるで機能していませんが……。
もし最新話すぐに読みたいと思って下さる方がいらっしゃれば、作者ページにリンクがあるので、よろしければ監視しておいてください。

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