(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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お久しぶりです。
少し短めです。


Re:contact

 

 

 

Charlotte E Yeager

 

 

 セイバーさんの孤軍奮闘によって助かったかに思われた輸送機だったが、どうやら手遅れだったらしく、私たちが挨拶をしている間に爆発とともに海に沈んでいった。私たちの食料とともに沈みゆく輸送機を見て、しかし一番悲しそうな顔をしていたのは、セイバーさんに担がれていた若い兵士だった。なんでも今回が初仕事だったらしく、基地に戻って別れるまで泣きそうな顔で私達に謝り続けた。そんな彼に、実は今食料が無くてあの輸送機を失うのは大きな痛手だ、などと言って追い打ちをかけることが出来るはずもない。そのため私たちは基地への帰路、口では兵士を宥めるようなことを言いながら、頭の中でだけこれからしばらく蕎麦しか食べられない現実を嘆いた。まあ自業自得ではあるので諦めが付かないことは無かったのだが……。

 

 さて、どうにか基地にたどり着くと、陽はすっかり落ちてしまっていた。日も短くなってきたなあ、などというぼんやりとした所感を抱いていると、隣でハルトマンが雨が降って来たと騒ぎ出した。見れば、確かに滑走路には所々雨粒の後のような染みが出来ていた。それを確認すると同時に、私も頬に水滴の冷たい感触を感じたので、慌ててハンガーの中に引っ込んだ。

 ハンガーの中では、兵士を降ろしたセイバーさんがストライカーを脱いでいるところだった。そのわきでは、一足先にストライカーを片付けたエイラが、まくしたてるように話しかけていた。その様はさながら飼い主にしっぽを振る仔犬のようで、普段の比較的落ち着いたエイラからは想像もつかない興奮の仕方だった。それがなんだかおかしくて、私とハルトマンは思わず顔を見合わせて笑った。

 エイラと楽しげに会話をするセイバーさんを横目に、私が装備を片付けていると、バルクホルンが姿を現した。

 

「おい、リベリアン。……あれが――」

 

「ああ」

 

 バルクホルンは状況確認のためなのか、まず私に話しかけてきた。その注目の先はやはりセイバーさんで、私と話しながらも視線を彼女から逸らすことは無かった。

 ――まったく。無線で先に簡単な説明だけはしておいたのだから、今更聞くこともないだろうに。

 バルクホルンにしては珍しく気後れでもしているのだろうか。

 自分が見られていることに気が付いたのか、セイバーさんはエイラとの話を切り上げ、こちらに向かって歩いてきた。さすがにそれを立って待つのは悪いので、私とバルクホルンも彼女の下へと向かった。

 

「現在、一時的にこの隊を預かっているゲルトルート・バルクホルンだ」

 

「私はシャーロット・E・イェーガー。まあ気楽にシャーリーって呼んでくれセイバーさん」

 

 よろしく、と手を差し出そうとしたところで、バルクホルンにそういうのは後にしろと窘められた。私が渋々手を引っ込めると、バルクホルンが口を開こうとするセイバーさんより先に話し始めた。

 

「貴女のことはなんとなくエイラから窺っているが、決まり事なので、所属と用向きを教えてもらいたい」

 

 あくまで形式の則った対応をしようとするバルクホルンに合わせたのか、セイバーさんはエイラと話していた時のような柔らかい雰囲気ではなく、引き締まった剣のような緊張感を纏った。

 ――ああ、やっぱり私はこの人を知っている。

 

「私のことはセイバーと呼んでください。実は現在軍属では無いのですが、軍関係者の知人の意向で、ヴィルケ中佐に手紙を届けに来ました」

 

「軍属では無い……? その知人というのは――」

 

「申し訳ありませんが、中佐が許可した場合を除いて、中佐以外には明かすなと言われていまして。手紙も本人に手渡す必要があります」

 

 バルクホルンは怪訝そうに眉をひそめつつも、そこを追求することは無かった。

 

「中佐は現在司令部に出向している。今夜か、明日の朝には帰ってくるだろうが」

 

「それでは、それまでこの基地で待っても?」

 

「ああ、構わない。そうだな、それまではエイラにでもこの基地を案内してもらうといい」

 

 そこまで話してバルクホルンは一息ついた。こいつの役回りは終わったのだ。それを見てセイバーさんも纏っていた緊張感を解き、先ほどまでの柔らかい雰囲気で私に手を差し出してきた。

 

「よろしく、シャーリー。私のことはセイバーで構いませんよ」

 

「ああ、よろしくセイバー」

 

 笑顔で握手を交わしていると、セイバーの背後からルッキーニが近づいてくるのが見えた。例の洗礼をするつもりなのだろう。

 ルッキーニは猫のように音もなく近づき、いつものようによく分からない奇声を上げながらセイバーの胸に手を伸ばした。

 しかし、ルッキーニの両手が、セイバーの慎ましい胸をわし掴むことはかなわなかった。

 

「まったく、どこの隊にもこの手の不埒者はいるのですね」

 

 セイバーが両手をクロスさせることで、ルッキーニの両の手をそれぞれがっちり捕まえたのだ。呆れたように呟くセイバーの背中に、ルッキーニはそのまま飛び乗った。

 

「ルッキーニだよ、よろしくセイバー」

 

「ええ。よろしく、ルッキーニ」

 

 おんぶの状態でルッキーニとセイバーが挨拶を交わす。その周りに徐々に501のメンバーが集り始め、自己紹介が始まった。人が集まって来たので、私はひとまず、入り口でその様子を見守っているバルクホルンの下へと向かった。

 

「怪しいと思わないか?」

 

 開口一番、バルクホルンが口にしたのはそんな言葉だった。私は思わず聞き返す。

 

「セイバーのことか?」

 

「ああ」

 

「なんでだよ。良い人そうじゃんか」

 

 人の輪の中ではルッキーニに加えエイラまでセイバーにじゃれついていた。セイバーもそれに抵抗することなく、されるがままになっていた。とても害をなすような人間には見えない。

 

「いや、そういうことではなくてだな」

 

「じゃあなんだよ」

 

「おかしいと思わないか。軍属では無いのにストライカーの個人所有を認められていて、しかもそのストライカーは手入れが行き届いている」

 

 バルクホルンは壁に立てかけてあるセイバーさんのストライカーを見ながらそんなことを言った。つられて私もセイバーのストライカーを観察する。

 

「スピットファイアだね。リーネのとは少し型が違うから、一個前かな……。いや、でもMkⅡはもう少し違ったような――」

 

「それに、ミーナにしか明かせない素性とはなんだ」

 

 不満そうに鼻息を荒げるバルクホルン。それを、ミーナが帰ってくれば分かるじゃないかと私は宥めたが、確かに不思議といったら不思議だった。

 

「どっかのお偉方だったりするんじゃないのか?」

 

「……かもな」

 

 バルクホルンは私のあてずっぽうに大真面目に頷くと、思い出したかのように呟いた。

 

「そういえば今日はアイツを見てないな」

 

 バルクホルンの言うアイツとは、まあ、今朝私のバイクを借りていったアイツのことだろう。ミーナには内緒にしておいてほしいと言われたことを思い出し、私は一瞬迷ったが、行き先が司令部だということは伏せて、今朝出て行ったことをバルクホルンに伝えた。どの道、ミーナが帰ってきてしばらくの間に戻らなければすぐばれてしまうのだ。

 それを聞くと、バルクホルンは握りこぶしを固めて引きつった笑みを作った。

 

「一人で市街観光とは良い身分だなぁ、エミヤ」

 

 バイクでどっかに行った、とだけ言ったのがまずかったらしく、どうやらバルクホルンは勝手な思い違いをしてしまったようだ。おそらく、というか間違いなく観光ではないのだけど、面白いので訂正するのは止めておいた。

 そのとき、唐突に視線を感じて、視線の方向に顔を向けてみると、セイバーがこちらを見ていた。怒りにこぶしを震わすバルクホルンを見ているようだ。私が見ていることに気が付きセイバーが微笑んできたので、私も満面の笑みで返した。

 

 

 

 

 

 夕食は蕎麦だった。

 言うまでもなく宮藤の実家から送られてきたものである。扶桑以外で、この蕎麦なる植物を栽培している国があるのか私は知らないが、少なくとも軍の補給品でコイツを拝むことは無いだろう。もしかすると、私は一生のうちに、宮藤の実家から送られてきたもの以外の蕎麦を口にすることがないかもしれない。まあそんなことはどうでもいい。私が一縷の期待を持って食堂にやって来たとき、食堂の机の上には、大量に茹でられた蕎麦のざるがいくつも鎮座していた。それは私に、本日の昼食を想起させる光景だった。以下略。

 夕食は蕎麦だった。蕎麦だけだったのだ。

 

「と、いうわけでしばらく三食蕎麦なんです。せっかくセイバーさんが来てるのに、おもてなし出来なくて申し訳ありません」

 

「いえ、私のことはお構いなく。しかしそれはなんとも、……深刻ですね」

 

 宮藤から隊の食料事情を聞いて、セイバーはこの世の終わりのような顔でつぶやいた。それを見て、私も思わずため息を漏らした。

 蕎麦は昼から変わらず美味しかったが、どういうわけだろう。昼と同じメニューというだけで、私は心の隅に一抹の味気なさを覚えていた。どうやら私は恵まれた食事に慣れきってしまっていたようだ。まったく、私は三食コーラとハンバーガーを許容できる、唯一にして選ばれし人種リベリアンではなかったのか。

 セイバーは宮藤から蕎麦の話を聞いてから、しばらく難しい顔でうつむいた。そのタイミングで、私は彼女に話しかけようと試みた。バルクホルンが疑問に思っていたセイバーの職というか、立場に見当がついたのだ。私はその仮説の答え合わせをしようと思ったのだが、しかしセイバーは私が声をかける前に顔を上げた。

 

「あの、電話を貸していただけますか?」

 

「ん、ああ。どうぞ」

 

 丁度よく近づいていた私に、セイバーはそんなお願いをしてきた。私個人としても、軍人としても当然断る道理はないので、快く許可した。もしかしたらバルクホルンあたりからやいやい言われるかとも思ったが、そんなことはなかった。

 セイバーは私の返答を聞くと、食堂の壁にかかっている黒い受話器を手に取り、ダイヤルを回した。そして食堂中の誰もが見守る中、セイバーは電話越しの誰かと話し始めた。

 人の電話に聞き耳をたてるというのはなかなかに失礼なことだと思うが、聞く気がなくともセイバーの声は耳に入って来た。それだけ食堂は静まり返ったのだ。

 沈黙の中、セイバーの淡々とした声が響く。その私達に筒抜けなセイバーの電話の内容は、明らかに私たちの食料問題の話だった。セイバーは補給の輸送機がネウロイに襲われたことを強調し、また自身の落ち度で輸送機ごと私達の食料を失ったと電話の相手に告げた。正直あの時のセイバーに落ち度など一切ないし、むしろパイロットの命を救ったことを称えられるべきだろうと私は思ったが、電話越しの相手に要求を通すにはそれが有効なのだろう。

 数分後、電話を感謝の言葉で締めくくったセイバーは、受話器をそっと戻した。そして、電話の内容をほとんど把握していた私たちは、期待のまなざしで彼女の第一声を待った。

 セイバーは、私達の期待に応えるとかそういった気負いを一切見せずに、何でもないことのように私達が望んでいた言葉を発した。

 

「少しだけですけど、501に追加の補給をすぐ回していただけることになりました。早ければ明後日の朝には――」

 

 セイバーの言葉は、私たちの歓声でかき消された。ルッキーニは机を飛び越えてセイバーに抱き着き、ハルトマンは机の上で小躍りした。笑ってしまうことに、バルクホルンも立ち上がってガッツポーズした。もちろん私も席を離れて雄たけびを上げた。

 このようにして、セイバーは基地に到着してものの3時間ほどで、ほとんどの隊員の心をつかんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 盛り上がりがひと段落したところで、少し困った事態になってしまった。といっても、三食蕎麦しか食べられないとか、そんな大層な問題ではなく、本当にちょっとした問題だ。

 それは、エイラが何とはなしに口にした、セイバーへの感謝の言葉に端を発した。

 

「――逆に、セイバーさんは私達に何かして欲しいことないカ?」

 

「そうだな、何かお返し出来ることは無いかい?」

 

 エイラの言ったことは至極当然の発想だったので、間髪入れずに私は同意してセイバーに尋ねた。周囲のウィッチ達も同じ考えのようで、皆しきりに頷いていた。

 私たちの申し出を聞いて、セイバーは少し考えるそぶりを見せた。そしてしばらくしてセイバーが口にした返答の内容に、私たちは困ったのだった。

 

「そう、ですね。……あの、この基地に赤い弓兵がいると思うのですが。彼と話が、――いえ、彼のことを教えていただけませんか?」

 

 ぎこちなく呟かれたセイバーの言葉を聞いて、私たちは動きを止めた。

 

 さて、少し前の話だが、ミーナが501の隊員を集めてこんなことを言った。曰く、エミヤのことは部外者には口にするな。なんでも、アイツの存在はあまり公になるべきではないかららしい。

 たしかに、エミヤの能力は個人で保有するにはあまりに大きすぎる。ミーナが言うには、ウィッチに大きな力を持たせることを嫌がる将校が、上層部には少なくないらしい。そいつらにいちゃもんを付けられる隙を、少しでも減らしたいのだとミーナは言った。隙と表現されることにエミヤは不満そうな顔をしたが(実際は眉毛をピクっと動かした程度だが、あれはあいつなりの不満の表れに違いないと私は思っている)、ミーナにつづいてエミヤも同じようなことを言った。

 そんなわけで、私たちはエミヤかミーナが許さない限り、隊員以外の人間にエミヤの話を出来ないのだ。

 ところで、顔を見合わせあう私達をよそに、セイバーはセイバーでどこか様子がおかしかった。これまでずっと保ってきた凛とした雰囲気はどこへやら、微かに落ち着きがなく目を泳がしている。

 そんなセイバーの様子に気が付いていない様子で、エイラが顔を引きつらせながら口を開いた。提案に答えてくれたにも拘らず、その提案を自ら提案を撤回しなければならないことに負い目を感じているらしい。

 

「あー、それは――」

 

「どこでソイツの話を聞いたのか知らないが、悪いがその話は私達の一存ではできないんだ」

 

 申し訳なさそうに言葉を濁したエイラの代わりに、バルクホルンがきっぱりと告げた。セイバーはその言葉に一瞬驚いた風だったが、すぐさま得心がいったように頷いた。そしてテーブルの上のカップを手に取り、紅茶を啜った。どうやら断られたことで逆にセイバーは落ち着きを取り戻すことができたようだ。

 

「それもミーナ中佐の許可があれば?」

 

「ああ」

 

「それでは中佐が帰ってくるのを待たせてもらうことにします」

 

 エイラが安堵のため息をつくのが聞こえた。いや、もしかすると自分のふがいなさへの落胆のため息かも。

 話はこれで終わるかに思われたが、501隊員が騒がしさを取り戻すよりも前に、セイバーがソーサ―にカップを置く音が響いた。陶器がぶつかる甲高い響きに、エイラは弛緩しかけていた身体を再び緊張させた。

 

「……いえ、待ってください。少しだけ食い下がらせてください」

 

「少しだけ?」

 

 バルクホルンの問いかけにセイバーは首肯した。

 

「ええ。無理を承知で一つだけ聞かせてほしいのです」

 

「それはなんだい?」

 

「彼が自分のことをなんと名乗ったのか教えてほしいのです」

 

 セイバーは神妙な顔つきでそんなことを聞いてきた。漠然とした違和感に、私は思わずバルクホルンと顔を見合わせてしまう。

 

「おかしな質問だということは分かっています。しかし、彼と顔を合わせるにあたって、それは私にとって重要なことなのです」

 

 セイバーが続けた言葉を聞いて、私はようやく違和感の正体に気が付いた。彼女の口ぶりはまるで――

 

「アイツのことを知ってるのか?」

 

 セイバーは曖昧に頷き、再び紅茶のカップに手を伸ばした。私達の間に驚愕が走った。

 

「貴方達も分かっているでしょうが、彼の名前は知られることで不利になるようなものではない。ですから、彼が初めて貴方達の前に姿を現したとき、いったいなんと名乗ったのか知りたいのです」

 

「しかし――」

 

 バルクホルンは迷っているようだった。ミーナの命令を言葉通りに守るか、臨機応変に対応するか。実際彼女の言う通り、エミヤの名が広まったところで問題は何もない。知名度の低さは折り紙付きだし、こう言っては何だが、見ず知らずの人間の名前なんてものは文字の羅列と何ら変わりない。出回ってはいけないのは彼のその能力だ。

 

「いいじゃないか。彼女の言うことはもっともだし、知り合いだっていうなら問題ないよ」

 

 お気楽に言う私をバルクホルンはキッと睨み付けた。答えは否らしい。仕方ないので、私は肩をすくめながら代替案を出した。

 

「じゃあ、まずセイバーがアイツとどういった関係なのか聞こうじゃないか。判断はそれからでも遅くは無いはずだ」

 

「私は構いませんよ」

 

 即答するセイバーを見て、バルクホルンは渋々私の案を受け入れたらしく、セイバーの向かいの席にどっかりと腰を下ろした。そうして宮藤に自分の分の紅茶を淹れてくれと頼んでから、セイバーの目をまっすぐ見つめた。

 

「言っておくが、貴女とアイツの関係を聞いたところで、答えない可能性はある」

 

「ええ、そういうことで結構です」

 

 バルクホルンはそれを聞いて私を見た。その表情からもう文句は無いらしいと読み取れたので、私はセイバーに話をするように促した。そうして、セイバーはとんでもないことを、なんでも無いことのように口にした。

 

「私は、生前の彼との知り合いです。……そうですね。この言い方は何かしっくりこないのですが、一番近い表現は戦友でしょうかね。そう、私と彼は戦友なんです」

 

「……え?」

 

 今聞いたことに頭が追い付いてこなかった。私はてっきりエミヤが稀にする外出の、その出先でちょっと顔を合わせたとか、そんな程度の想像をしていたのだ。ところが話はそんな単純なものではなかった。

 硬直からいち早く立ち直ったバルクホルンが、セイバーの言葉の意味を詳しく尋ねようとする。

 

「……貴女が言ったことは、なんというかとてもおかしい。その言葉だけでは――」

 

「ええ、信じるのは難しいでしょうね。ただ、私の言葉に嘘は無い」

 

 バルクホルンが口を挟む前にセイバーは言葉を続ける。

 

「そして、私は今のところこれ以上詳しく話すつもりはない。もちろん貴方達が私の質問に答えてくれたなら話は別ですが」

 

「くっ……」

 

「これは一本取られたなバルクホルン」

 

 意地悪なことを言ってすみません、とセイバーは笑って付け加えた。バルクホルンは悔しいのか、いつもやる怒りを抑えつけようとするときの表情をした。

 事実セイバーは上手くやった。私達とエミヤの関係を予想し、エミヤのあまり自分のことを話さない性格を考慮したうえで、私達が気になるような言い方を選んだのだ。私はセイバーに清廉な騎士のような人格を想像していたのだが、案外腹芸もこなせるタイプなのかもしれない。

 私はバルクホルンの耳元で囁いた。

 

「答えてもいいと思うぞ。”戦友”はともかく、この人は生前と言ったじゃないか。少なくともエミヤがどういう存在なのかを知っている」

 

「…………ああ、私の負けだよ」

 

 バルクホルンは諦めたようにそう言って肩の力を抜いた。頭の固いカールスラント軍人も、好奇心に負けたのだ。

 私は脱力して背もたれに寄りかかるバルクホルンの代わりに、セイバーの質問に答えた。この回答に一体どんな意味があるのかも分からぬまま、セイバーにとって大事らしい事実を口にした。

 

「アイツは初めて私達の前に現れたとき、自分をエミヤシロウと名乗ったよ。私達には馴染みのない名前だったけどね」

 

「…………シロウ。確かに彼は衛宮士郎と名乗ったのですね?」

 

「ああ、間違いない」

 

「そう、……ですか。やはり聞き間違いではなかったのですね」

 

 私に確認した後、セイバーは机の上のカップに目を落とし、そのまましばらくの間言葉を発することは無かった。悲しさと寂しさが入り混じったようなその表情は、私に彼女は私達なんかよりはるかに年を重ねた人間であるかのような錯覚をさせた。

 セイバーはそのあと長いこと黙り続けた。気付けば夜も更けていたので、その日はそこでお開きになった。誰もがセイバーとエミヤの関係について聞きたいと思っていたに違いないが、セイバーに少し気持ちを整理したいからその話は明日で構わないかと問われて、駄目と言える人間はいなかった。

 

 

 その夜、問題の男は帰ってこなかった。まったく、お前が基地にいるだけで問題はすべて解決するんだよ、と文句を言いつけてやりたい気分だったが、まあそれはどうしようもない。挙句、そもそもバイクなぞ貸さなければよかったのではないかとも思ったが、考えても仕方ないのでさっさと眠ることにした。




この章は短くなるとかほざいた記憶がありますが、短く収まらなさそうです……。

なんというかあらゆることに申し訳なさしかありませんね。
とりあえずごめんなさい。

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