(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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全然近日中ではありませんでした……。


束の間の日常と 2

 

 

 

 

Charlotte E Yeager

 

 

 

 

 昼食は蕎麦だった。

 なんでも宮藤の実家から送られてきたものらしい。私が食堂へやって来た時、食堂の机の上には大量に茹でられた蕎麦のざるがいくつも鎮座していた。それは私にいつぞやのリーネのブルーベリーを想起させる光景だった。

 宮藤が来てからというもの、私達はそれまであまり口にしたことがなかった食材を食べる機会が増えた。それは単純にレパートリーの多い料理の作り手が現れたからというだけでなく、食事は好き嫌いなく食べなければならないという宮藤の信念の下、私達が苦手にしていたものにも挑戦するようになったというところが大きい。蕎麦はこの場合前者、すなわち宮藤が現れたことで初めて私の前に並べられることとなったメニューである。

 私はこの蕎麦という料理が好きだった(宮藤に言わせれば茹でるだけなので料理でも何でもないらしいのだがそんなことは私の知ったところではない)。細い麺に絡みつくあっさりとしたスープ(つゆというらしい)、麺からほのかに香る独特な香り、そして何より麺を音を立ててすするというのが私のお気に入りだ。ペリーヌや中佐なんかはその光景を見るたびに卒倒しそうな表情をするが、私としては食事はこれくらいにぎやかな方がいいと思う。

 さて、長々と蕎麦について考えてしまったのには理由がある。

 昼食は蕎麦だった。蕎麦だけだったのだ。

 

「と、いうわけでしばらくは三食蕎麦のみです。それで構いませんか、バルクホルンさん?」

 

「……ああ」

 

 珍しく凄みを聞かせる宮藤に、バルクホルンはただうなだれることしかできないようだった。初めは抗議の姿勢を見せていたウィッチ達も、宮藤の一時間を越える淡々とした状況説明に心を折られていき、たった今最後の砦であるバルクホルンが折られたというわけである。

 

「シャーリーさんも、文句はありませんね?」

 

「あ、うん」

 

 他人事のようにふるまっていた私にも、宮藤はしっかり威圧してくる。そんな宮藤の背後ではリーネが困ったように笑っていた。うん、そう。まあこれは笑いごとみたいな話だ。

 事の次第は簡単なことで、つまりは食料が無いのだ。食料が無い理由は、昨晩のサーニャおかえりパーティで、浮かれたバルクホルンと私、あと少佐が、備蓄量を考えずに調理室に食材を運んだせいだ。

 軍事基地として絶対に必要な兵站を失ったかに思われた私達だったが、幸いなことに宮藤の蕎麦があった。そのおかげで私達が飢え死にする可能性は無かったのだった。

 

「蕎麦だけかぁ……。それはなんとも気が滅入る話だねえ」

 

 めずらしく事件の中心にいないハルトマンが呆れたように首を振る。普段の仕返しのつもりなのか、その仕草は心なしかバルクホルンに向けられているように思われた。

 笑い話のような展開だが、食料が蕎麦だけしかないという深刻な事態であるため、みんなの間には笑えば良いのか深刻そうな顔をすればよいのか図りかねているような雰囲気が漂った。

 そんな気まずい沈黙を破って、リーネが口を開いた。

 

「あの、もしかしたら私、部屋に何か食べ物があったかもしれないんで。ちょっと探してきますね」

 

 そう言って席を立ったリーネは、曖昧な笑みを浮かべながら食堂を出て行った。

 その様子を見て、きっと誰もが同じことを思ったのだろう。ウィッチたちは互いに顔を見合わせるまでもなく、

 

「あ、じゃあ私も……」

 

「私も探してきます」

 

 などとリーネに倣って席を外していった。

 気付けば、食堂には威圧感の主である宮藤と、当事者である私とバルクホルン、そして何が起きているか良く分かっていないルッキーニだけが残されていた。まったく薄情な連中だ。

 宮藤は萎縮する私たちを前に、ゆっくりと窓際まで歩いて行った。

 

「朝はあんなに晴れてたのに、なんだか曇ってきましたね……」

 

 宮藤が外の様子を窺った隙に、私はこっそりとバルクホルンに目配せをしてみた。すると、どうやらバルクホルンも同じことを考えていたようで、いつになく自信なさげな彼女の視線が私の目を捉えた。同時に顎をクイッとこちらに突き出し、視線を窓の外を眺めている宮藤の方へ向けた。

 ――…………オーケー、私に聞けってことだな?

 私が目を細めてそう問いかけると、バルクホルンは一瞬だけいつもの憮然とした表情を取り戻して横柄に頷いた。

 この奇妙なやり取りはほんの2秒ほどで行われた。この部隊に来てからそれなりの時間が経つが、悔しいことにここまで完璧なアイコンタクトができたのはこれが初めてだった。

 心の中でこれは貸しだぞとバルクホルンに念を押してから(こんなのは貸しに入らないという返事が来たような気もする)、私は意を決して宮藤に話しかけた。

 

「あの、宮藤……」

 

「なんですか?」

 

 幸いなことに振り向いた宮藤の顔は、特に怒っている様子もなかった。私は若干肩透かしを食らったような心持ちにもなったが、一方で大いに安堵しながら質問を続けた。

 

「あー、私とバルクホルンも部屋にその、うん……」

 

「食料探しですか?」

 

「あーそうそう。そう」

 

「あっ、じゃあお願いできますか?」

 

 予想以上に優しい口調で言われた私は今度こそ拍子抜けした。なんだ、ぜんぜん怒ってないじゃないか宮藤。

 そう思った矢先だった。

 

「――直ちに」

 

 幾分かトーンを落として呟かれた宮藤のその言葉に、私とバルクホルンは慌てて立ち上がった。

 

「「直ちに!!」」

 

 宮藤の言葉を大きな声で復唱した私達は、狐に駆られたウサギのように食堂を飛び出した。

 まったく誰だ、宮藤にあんな迫力を持たせたのは。ウィッチとしての実力はまだまだだけど、迫力だけは少佐級を飛び越してミーナ級だ。

 

 

 後に知ったことだが、宮藤に「台所事情に階級は関係ない。割烹着を着ている間は君が(キング)だ」などというはた迷惑な台詞を吐いた奴がいたらしい。とんでもない英才教育を施してくれやがったそいつは、丁度良くこの日は出かけていた。

 

 

 

 

 

 

 一時間とちょっとの間自室を探し回った結果、見つかったのはカビが生えたパンと箱に入ったキャンディーだけだった。大体、昨今の消費文明を象徴するようなリベリオンから来た私に、食料をその場で食べずに備蓄するなんていう発想はない。仕方がない。

 しかし、仕方がないで宮藤は許してくれるのだろうか……。

 

「でも無い物は無いんだから仕方がないじゃないか。……うん。キャンディーがネズミの餌になる前に救出できただけましだ」

 

 うんうんと頷きながら部屋を出てみると、ちょうどバルクホルンが通りかかるところだった。すかさず私達は互いの手の中に抱えられたものを観察し合う。

 次の瞬間、私達はどちらも勝ち誇った顔をして相手の顔を見つめていた。最初に口を開いたのはバルクホルンだった。

 

「なんだリベリアン。お前は私達にカビたパンと飴玉で飢えをしのげとでも言うのか?」

 

「パンは捨てに行くだけだよ。まあ、どうしても食べたいっていうならやるよカールスラント軍人様。あんまりお勧めはしないけどね」

 

「まさか、私にはこのレーションがある。その生ゴミはどうぞご自由に処分するがいい。なにせ私にはこんなにもレーションが――」

 

「まあ見てろって」

 

 レーションレーションうるさいバルクホルンの言葉を遮る。私には彼女の差し入れが歓迎されないだろうという、確かな自信があった。

 バルクホルンは両手にあふれんばかりの金属光沢を持つ袋を抱えていた。バルクホルンに言われるまでも無く私はその袋の中身を知っていた。なぜなら、あいつは忘れているのだろうが、あれは私が大分前にあいつに押し付けたものだからだ。

 バルクホルンの勝ち誇った表情を見るに、あれを口にしたことが無いんだろうな。

 

 バルクホルンと嫌味を言い合いながら食堂に着くと、中では宮藤による厳しい食材仕分けが行われていた。

 がっくりとうなだれるペリーヌやルッキーニを見るに、宮藤審査は容赦が無いらしい。審査待ちの列に私とバルクホルンが加わると、ちょうどハルトマンが持ち寄ったものを宮藤が吟味しているところだった。普段から口に何かしらのものを入れている彼女らしく、ハルトマンが持ってきたものはどれも食するに足るものばかりだった。

 と、その時バルクホルンが、前に並んでいるサーニャの姿を見咎めた。

 

「ん、サーニャ。なんだそのバケツは?」

 

 声をかけられたサーニャはいつものように粛々と振り向いた。しかしその姿は何かがおかしかった。というよりおかしなところしかなかった。

 

「あ、お魚です」

 

「ほう、こりゃ大漁だ」

 

 サーニャの姿はひとまずおいてバケツの中を覗いた私の第一声は、そんな間抜けなものだった。バケツの中では数尾の小魚がびちびちとのた打ち回っていた。私の中の魚類図鑑には、ほんの数種類の魚しか載っていないが、それによればこの小魚はニシンであると思われる。

 わたしがカビの生えたパンを抱えながら感心していると、バルクホルンが私の当初の疑問につっこんでくれた。

 

「というか、サーニャ。その格好……、お前が釣ったのかこれ?」

 

 サーニャの格好はいつものオラーシャの軍服だったが、ストッキングは履いていなかった。代わりに少々大きすぎる麦藁帽子を小脇に抱え、肩には釣竿らしき棒がかけられていた。

 

「私が釣りました。あの、私部屋に食べ物とか全然無くて、でもそれだと芳佳ちゃんに悪いから……」

 

「だから釣ったのか?」

 

「はい、上手くいってよかったです」

 

「な、なるほど……?」

 

 分かったような分からないような曖昧な納得をしてバルクホルンは引き下がった。サーニャの番が回ってきてサーニャが踵を返した後もバルクホルンは不思議そうに小首をかしげていた。まあ私にもその気持ちは分かった。食べ物が無い、じゃあ魚を釣ろうという発想はなかなかとんでもない飛躍だ。

 サーニャの持ち込んだ魚は宮藤に絶賛された。

 そしてとうとう私たちの番が回ってきた。

 バルクホルンは先ほどの宮藤の圧力を思い出したのか若干気後れしていたが、山と抱えたレーションを見て自身を鼓舞したらしく、私に見せ付けるようにレーションの山を宮藤のテーブルの前にどっさりと置いた。その表情は少しばかりの自信を取り戻しているように見えた。まあその自信はすぐに崩壊するわけなのだが。

 

「どうだ、これだけの携帯糧食(レーション)があれば二週間は持つぞ。部屋にまだたくさんある」

 

 妹に自慢する姉のように鼻高々にそう言ったバルクホルンだったが、宮藤の反応はバルクホルンが期待していたものではなかった。

 

「え、でもこれMREですよね。リベリオンの」

 

「は……?」

 

 事情が飲み込めていないバルクホルンの代わりに、私が宮藤に返答した。

 

「MREだな」

 

「えむあーるいー……?」

 

「Meal Ready to Eat。まあすぐ食べれるって意味だけど、これは我が祖国リベリオンが誇るゲロ不味(・・・・)レーションだな。ついたあだ名がMr.E(ミステリー)。すぐ食べれるところに全力尽くしすぎたんだろうなあ……」

 

 次第に眉間に皺が寄っていくバルクホルンに、宮藤が追い討ちをかける。

 

「エミヤさんが言ってました。”リベリオン産のレーションには気をつけろ。アレは食べ物に見せかけた(トラップ)だ。まあ食育とかにはいいかもな”と。私も坂本さんにもらって少し食べたことがありますけど、すっごいケミカル味で、もはやMeal Ready to Eatというか、Materials Resembling Edibles(食べ物に似た何か)といった感じです」

 

「……」

 

 何かを言おうと口をパクパクさせるバルクホルンだったが、あまりの衝撃にしばらく言葉が出てこないようだった。そしてついに「ブリタニア語が達者になったな宮藤」と蚊の鳴くような声で呟いて背を向けた。

 燃えカスとなったバルクホルンにの背中に、宮藤の「却下です」という言葉が投げかけられた。

 

「さて、私の番だけど。申し訳ないけど、実はキャンディーくらいしかなかったんだ」

 

 保険のために謝罪から入る私だったが、宮藤の返答はまるで予想外のものだった。

 

「いえ、いいですよ。今回はみんなに食事のことをもっと考えてほしかっただけなんです。それに、実は今日の夕方に輸送機の補給があるので、蕎麦三昧になることはありませんよ」

 

 そうさらっと言って宮藤は何事も無かったかのように笑った。同時に食堂中の誰もが一瞬の驚愕の後、ほっと安堵のため息を漏らした。

 聞けばミーナが今朝本部に行く前に、宮藤にみんなを絞るように頼んだらしい。

 

「はは、ミーナらしからぬやり方だけど。それを聞いたらなんだか納得できたよ」

 

 へなへなと椅子に座り込むバルクホルンを横目に、私は自分が持ってきたキャンディーを一粒口に放り込んだ。

 瞬間、私の鼻を強烈な臭気が襲った。

 

「オエッ!! なんだこれ!!」

 

「だ、大丈夫ですかシャーリーさん?」

 

 思わず飴玉を思い切り吐き出した私を、すっかりいつもどおりに戻った宮藤が私のことを心配する。しかし、当の私ですら、今何が起こったのか正確には把握しきれていなかった。とにかく不味かったのだ。

 

「あ、これエイラの……」

 

 私が吐き出した黒い飴玉を見て、サーニャが呟いた。その横からリーネも何か知っているらしい反応を見せた。

 

「これ、サルミアッキっていうスオムスのお菓子です」

 

「げぇ、こんなのがお菓子なの?」

 

 いったいどの単語に反応したのかは分からないが、食堂の隅からエイラがわたわたと駆け寄ってきた。そして机の上に吐き出されたサルミアッキを見て、もったいないとかいいながら口に放り込んだ。

 

「というかシャーリー。コレ私が大分前にあげたやつだゾ。スオムスにはおいしいお菓子とかあるのかって聞かれたから箱ごとあげたのニ」

 

「うえっ、そうだっけ」

 

 言われてもまったく記憶に無い。そんな私の様子を見てエイラはじっとりした目をして不満そうに鼻を鳴らした。そのままエイラは机の上にあるサルミアッキとやらの箱を開け、その中身を全部机の上に出した。

 

「ホラ、やっぱりぜんぜん食べてナイ。シャーリーのそういういい加減なところは良くないナ」

 

 尊大に諭してくるエイラに、サーニャが横から他人のこと言えないでしょと釘を刺した。そんな光景を見ながら、私は机の向こうにいるルッキーニにサルミアッキを掲げて見せたが、すごい形相で首を横に振られた。どうやらこれが不味いことをルッキーニは知っていたらしい。

 

「あれ、これなんだろう?」

 

 その時、宮藤がサルミアッキの箱の中に引っかかっていた何かを見つけた。みんなの視線を一手に負いながら宮藤がそれを取り出してみると、それは写真だった。

 

「あ、こんな所にあったのカ!」

 

 すごい勢いで宮藤から写真を取り上げると、エイラは写真をなんとも懐かしそうな表情を浮かべながら眺めた。

 そんな反応をされては私達も気になるので、みんなエイラの後ろに回って写真を覗きこんだ。写真はウィッチ達の集合写真だった。エイラもその端に写りこんでいる。

 リーネはすぐさまその写真の正体について思い当たったらしく、エイラに尋ねた。

 

「これ、もしかしてスオムス義勇独立飛行中隊の……」

 

「お、流石ダナ、リーネは」

 

 部隊名などには疎い私でも、スオムス義勇独立飛行中隊の名前ぐらいは耳にしたことがあった。確かスオムスで結成された世界初の多国籍部隊だったはずだ。言うなれば統合戦闘航空団のはしりだ。

 例の如くちんぷんかんぷんな顔をしている宮藤に、リーネがその成り立ちから活躍まで丁寧に説明して見せた。

 私も写真の左端で背筋を正して立っている扶桑人を指差して説明に口を出す。

 

「この人くらいは宮藤も知ってるんじゃないか? 扶桑では映画になったって聞いたけど」

 

「智子ダナ。ちょっと頑固だったケド飛ぶのは抜群に上手かったナ」

 

「私は映画見てないんですけど、名前くらいは知ってますよ。穴拭智子さんですよね」

 

 知り合いの話に満足げに頷くエイラ。そこにどこから現れたのかハルトマンが口を出す。

 

「お、ウルスラもちゃんと写ってるね。よしよし」

 

「実は私は中尉よりウルスラの方が先に知り合ったんダナ」

 

 エイラの説明を聞きながら写真を眺める。お世辞などは抜きに、それは良い写真だった。ただ少女たちが集まって写真に写っているだけなのに、彼女たちの結束が伝わってくる。きっとお互いが大事で、共に様々な苦労を乗り越えてきたのだろう。

 今でこそ評価を受けているスオムス義勇独立飛行中隊だが、もとはいらん子中隊などと馬鹿にされる各国の問題児の寄せ集めだったと聞いている。他の少女たちのことは知らないが、リベリオン出身のキャサリンについての噂は私もいくつか聞いたことがある。なんでも着陸が出来ずに、母艦に搭載されていた他人のストライカーまでダメにしたとかなんとか。

 そんな少女たちが自分の居場所を見つけ、連合軍上層部に多国籍部隊の有用性を証明して見せるほどの戦果をあげたのだ。きっと良い隊だったのだろう。

 私達も彼女たちのような良い部隊だろうか。いや、そうに違いないな。うん。

 めずらしく湧いてきた感傷を振り払うように、次いで私は当然の質問をエイラにぶつけた。

 

「それで、なんでエイラがここに一緒に写ってるんだ?」

 

 エイラとはそれなりに長い付き合いだが、これまでこの中隊に所属していたことがあるなんて聞いたことがなかった。同じ疑問を抱いていたのか、サーニャまで私の質問に頷いていた。

 

「あれ、サーニャにも言ってなかったっケ? 三年くらい前に部隊の移動でちょっと手違いがあった時、エル姉頼ってこの中隊に一ヶ月くらい置いてもらったんダヨ。これはその時の写真」

 

 エイラは写真の中の”エル姉”ことエルマ・レイヴォネンを指差しながらそう説明した。と、私はふとそのエルマ・レイヴォネンの隣に立っている少女に気を引かれた。

 年の頃はエルマと同じか少し低いぐらいのように見えるのに、この少女がこの写真の中で一番大人びて見える。そんな不思議な雰囲気を持つ少女について、しかし私は雰囲気以上に気になることがあった。どうにも私にはその少女の顔に見覚えがあるようなのだ。

 エイラは写真の中の少女たちを端から紹介していっていたが、私は一時彼女の説明を聞くのを止め、自身のなかの奇妙な既視感について考えてみることにした。

 まあ普通に考えてみれば、顔に見覚えがあるということは、出会ったことがあるということなのだろう。しかし、正直言って私はこの少女に会ったことがないという自信があった。なにせ私は人の顔と名前は忘れにくい性質だし、なによりこの少女にはなんというか、”オーラ”があった。街ですれ違ったら十人中十人が振り返るような華が。こんな子は一度見れば忘れるはずはない。

 もしかしたら親戚や知人に似た顔の人がいたのかもしれないと思って、何とか思い出そうと唸ってみるが、それらしい人物には思い当たらなかった。

 私はどうしてもその少女のことが気になってしまい、迫水ハルカの危険性を大仰な手振りで説明していたエイラを遮った。

 

「あー、説明中悪いんだけどエイラ。この子は――」

 

「あ、私も気になってました。他の人はフルネームで分かるのに、この人のことは存在すら知りませんでした」

 

 私の台詞を半ば奪う形でリーネが引き継いだ。そんなリーネの言葉にエイラは目を丸くして驚いた。

 

「え、知らナイ?」

 

「うん」

 

「うーん、有名じゃないのかナ。ブリタニア出身らしいしリーネなら知ってると思ったんだケド……。まあよく考えれば私もスオムス出身なんて同期くらいしか分からナイし、そんなもんなのカ」

 

 釈然としないらしく、しばらく首を傾げるエイラ。よほど優秀なウィッチだったのだろうか。

 そのことを尋ねるとエイラは大きく頷いて見せた。

 

「優秀も何も、もしかしたら私が今まで会った中で一番飛ぶのが上手いカモ。なにせシールドを張ってるところも見たことないし――、まあこれは私にも言えることなんだケド」

 

 そう言ってエイラは自慢げに私達を見渡したが、いちいちそこに賛同して見せる者はいなかった。サーニャが呆れたような表情で聞いてもいないことに答えたエイラをたしなめる。

 さて、当然私たちの中に、何も自分が世界で一番飛ぶのが上手いと思っている者などいないが、それでもエイラにそこまで言わせるウィッチのことなど気にならないわけがない。

 なかなかその名前を言わないエイラに痺れを切らしたバルクホルンが問いただそうと席を立ったその時、基地内に警報が鳴り響いた。

 

「クソ、こんな時に」

 

 バルクホルンはそう吐き棄てると共に、丁度食堂に集まっていたウィッチたちに指示を下し始めた。ミーナと少佐が不在の今、指揮を執るのはバルクホルンである。この場合、私は前線に出て指揮を担当し、バルクホルンは基地で全体の指揮をするという形になる。

先程まで和気あいあいとしていた私達の空気も引き締まり、各々が慌ただしく自身の持ち場へと向かおうとした。

 ところが、私達が食堂から出ようとしたとき、ちょうど食堂の扉から一人の工兵が駆け込んできた。彼は焦った様子で、私たちにとって良くない知らせを報告した。

 

「輸送機から救援信号が出ています!」

 

 私たちの誰もが一瞬その言葉の意味を理解できずに動きを止めた。輸送機が危機に陥っているという事実が意味すること、それに最初に気が付き動き出したのはハルトマンだった。

 

「三食蕎麦は勘弁したいなあ」

 

「……っ! 急げリベリアン!!」

 

 バルクホルンの怒号を背に、私は今度こそ食堂を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ハンガーで愛用のブローニングを肩にひっかけ、昼間より幾分雲の多い夏の夕空へと飛び出す。

 

「輸送機はもうダメだろうナ」

 

 背後からそんなエイラの言葉が聞こえてきた。彼女の言う通り輸送機一機が大型ネウロイ相手に持ちこたえられる可能性は低い。私たちが向かっている間に輸送機は乗組員ごと海の藻屑と化してしまうだろう。

 私は彼女の言葉を肯定も否定もせず、ただ先を急いだ。

 

 遠くに赤い閃光が見え隠れし始めてから、私は真っ先に輸送機の影を探したが、当然のように空にはネウロイの趣味の悪い黒影しか認められなかった。私が諦めとともにみんなに指示を出そうとしたとき、背後からリーネの鋭い声が聞こえた。

 

「あそこ! 輸送機が!」

 

 リーネが指をさした先びは、海面に浮かぶ今にも沈みそうな輸送機が確認できた。動力部からは火が出ており、沈むのが先か爆発するのが先かといった瀬戸際である。

 私は当初考えていたのとは違う指示を出す。

 

「ペリーヌとリーネは輸送機まで行って生存者の確認及び救出をしてくれ。いつ爆発するか分からないから、死にたくなかったら常にシールドを展開しとけよ」

 

「「了解!」」

 

「その間に私とエイラ、ハルトマンは敵を引き付けるぞ!」

 

「待ってシャーリー。誰か飛んでる」

 

「なに?」

 

 ハルトマンに言われて敵機周辺に目を凝らすと、確かにウィッチらしき影がネウロイの攻撃をひらひらとかわしているのが見えた。ビームをすれすれで器用に躱してネウロイを翻弄している。しかし武器を持っていないのか、ウィッチから攻撃しているようには見えなかった。

 私は再び自身の指示に修正を加える。

 

「私たち三人は、まずは彼女と合流する! そのあと彼女には救助に――」

 

「いや、大丈夫だと思うゾ、シャーリー」

 

 私の言葉を遮ったエイラを振り返った瞬間、背後から轟音が聞こえてきた。慌てて再びネウロイを視界に収めようとしたが、それはかなわなかった。

 もはやそこには敵機は存在せず、その粉々になった残骸だけが季節外れの粉雪のように舞い散っていた。

 

「言っタロ?」

 

 なぜか得意げなエイラの言葉に、私はただ頷くことしかできなかった。いったい今の一瞬に何が起きたのか私の頭はまるで理解が追い付いていなかったのだ。

 と、ネウロイの残骸が降り注ぐ中、飛んでいたと思われるウィッチが私達に向かって下降してきた。それに対応するようにエイラも高度を上げていくので、私もハルトマンもエイラについて上昇した。

 

「セイバーさん!」

 

「お久しぶりですエイラ。元気にしてましたか?」

 

 エイラと挨拶をしたそのウィッチは、あろうことか彼女より明らかに上背のある兵士を一人背負っていた。加えて、たった今戦闘を済ませてきたばかりだというのに息一つ切らしておらず、私と目が合うと軽く微笑んで会釈をしてきた。

 私はすぐさまそのウィッチの正体について思い当たった。というか、つい先ほどまで食堂で見ていた写真に写っていたあの少女が、寸分違わぬ姿でそこにいた。

 

 

 

 

 




この時代にMREは無いという事実に気が付いてしまった人はそっと見守ってください。許して。

次もいつになるやら……。

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