(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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この章は前よりは短いです。


来訪者は軽やかに
束の間の日常と 1


???

 

 

 

 

 獣の唸り声のような轟音を耳にしながら、私は背中に固い鉄の感触を感じていた。そこから伝わってくる振動もまた獣の腹の蠕動のようで、気を抜けば私は竜の体内にでもいるのではないかという錯覚を覚えてしまう。

 もう輸送機に乗って移動することなど数え切れないほど経験したというのに、どうにも私はこの鉄の固まりに身を揺られながらする移動に慣れることができていない。私はやはり草原を馬を駆って走り回るか、ストライカーを履いて大空を自由に飛び回る方が性に合っている。輸送機の後部に載せてある自身のストライカーユニットのことを考え、私は思わず口元が緩むのを感じた。何度体験しても、あれは素晴らしいものだ。

 きつく締めたシートベルトがどうにも苦しく、私は先ほどから何度も居住まいを正していた。正直私の運動神経ならば、このようなベルトが無くともこの振動の中直立していられる。下品なのでやることは無いが、おそらく逆立ちすらしていられるだろう。しかし、今回が初めてのフライトだと出発前に緊張しながら告げてきたあのパイロットを安心させるためにも、私はこうして鉄の椅子に縛り付けられているべきなのだ。

 とはいえ、やることがなく退屈なのにも変わりはない。猫の額ほどの大きさの窓から窺える外の景色も、抜けるような青空と少しばかりの雲が見え隠れするだけ。

 

「……いえ、少し赤みがさしてきましたね。陽がそろそろ落ちるのでしょう」

 

 そんな私の呟きも、外の風の音と輸送機が作り出すエンジン音にかき消された。

 

 することもないので、私はこれから会いに行く人物のことを考えることにした。最後に会ったのはもう数年前になるので、記憶の中の彼の顔は少しぼやけてきている。

 私は、どんな顔をして彼に合えばよいのだろう。私は、彼のことを()として扱えばよいのだろう。よくよく考えてみれば、私と彼の関係は複雑極まりないのだ。

 事実を知らなかったかつては気にする必要がなかった。ただ敵と味方の、斬り斬られる関係だ。

 しかし、知ってしまった今となっては、その善悪二元論のような単純な区分けは出来ない。

 

「……考えても結論は出ませんね。そうです、会ってから見定めれば良い」

 

 することがないからと始めた思考を、私はあっさりと放棄してしまった。そもそも彼に会いに行く目的自体曖昧だ。先達としての忠告が二三あるだけで、それすら私には本来行う義務もない。

 予定ではあと三十分ほどで目的地に到着することになる。

 501JFW。統合戦闘航空団屈指の人数と実力を誇ると評判の隊だ。

 

「ふふ。本当に、どこに行っても女性が付きまとうのですね」

 

 少しばかり意地悪なことを呟いて、ふと、今になってある疑問が浮かんできた。

 

 

 

 ――――彼はどんな気持ちで私を見ていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

Charlotte E Yeager

 

 

 

 

 早朝。

 滑走路で本部へと向かう輸送機に乗り込む中佐と少佐を見送った後、寝直すにも中途半端な時間だったので、私はバイクの整備をすることにした。

 空は今日も今日とて青く青く晴れ渡っている。風の無い穏やかな海を臨みながら滑走路で大きく深呼吸をすると、磯の香を感じると共に少しだけ残っていた眠気もきれいに飛んで行った。

 

「今日も一日頑張りますか!」

 

 大きく伸びをして一日の抱負のようなモノを口にすると、なんだかやる気がわいてきた。我ながら単純な体だとは思う。バルクホルンが嫌うマイペースさ故なんだろうけど、自分のこういう単純なところは結構気に入っていたりする。

 少し眠たげにしている整備士達に適当に挨拶を済ませ、倉庫内に勝手に間借りしている私物を引っ張り出す。今日も誇らしげにメタリックな輝きを放つ愛車を見て私は満足げに頷いた。

 と、そこで工具が部屋に置きっぱなしであることに気が付いた。

 

「参ったな。最初はそのつもりじゃなかったもんなぁ……」

 

 頭をかきながら天井を見上げると梁の上で寝ているルッキーニが目に入った。お気に入りの毛布の上で猫のように丸まっている。そんなところで寝ていると危ないぞ、と声をかけようかとも思ったが、いつものことなので放っておくことにした。なによりこんな朝早くに起こすのはかわいそうだ。

 工具については取りに行くのが面倒なので、整備士の人たちに借りることにした。

 

「工具借りるよー」

 

「了解でーす」

 

 二つ返事で了解をしてしまう整備士に感謝をしつつも、そういうのは職務上大丈夫なんだろうかと不安にもなる。借りることはたまにあるけど、もしミーナあたりにバレたら彼らがどやされたりするんじゃないだろうか。

 

「うん、今後は慎むことにしよう」

 

 うん、そうしよう。とうんうん頷きながらバイクの方に振り返ると、そこにエミヤが仏頂面で立っていた。こんな気持ちの良い朝には失礼なんじゃないかと思うほどの表情だけど、これがコイツの通常モードだっていうことは私も分かっている。

 

「おはようエミヤ。何か用?」

 

「ああ、ところで――」

 

 朝の挨拶を適当に済ませようとするエミヤに、私はちょっと意地悪をすることにした。

 

「ああ、とはなんだねエミヤくん。朝には朝の挨拶があるんだよ」

 

 私の予想通りエミヤはあまり表情を崩さなかった。しかしその代わりに眉毛の端が一瞬だけピクっと反応したのも私は見逃さなかった。きっと本当は苦いものを口にした時のような顔をしたいのだろう。

 私は満面の笑みでエミヤの返答を待つ。しばらくしてエミヤは諦めたかのようにため息をついて、首を振りながら口を開いた。

 

「おはようシャーリー。今日も元気で何よりだ」

 

「うん、それでよし」

 

 少しだけエミヤの表情が柔らかくなったのを確認してから、私は再度エミヤの要件を確認した。もちろん先ほどの意地悪について謝罪もした。

 エミヤの要件というのはバイクを貸してほしいということだった。なんでも本部に行くらしい。

 それならば何故ミーナ達と一緒に行かなかったのか、ということは尋ねなかった。朝ミーナ達が出発するのを知らなかったということは無いだろう。みんな指摘はしないが、エミヤがここに来た当初には想像もつかないほどミーナはコイツを信用している。バルクホルンという副官をさしおいて秘書のようにこき使っているのだ。だから本部に行く予定を知らせていないなんてことは無いだろう。

 なんにせよコイツがあえて別々に行こうとしているなら、きっとそれには理由があるのだ。

 私は特に悩むこともなく、エミヤにバイクを貸すことを承諾することにした。うん、私もコイツのことを相当信頼してしまっているのかもしれないな。

 幸い、頻繁に整備しているため私の愛車はいつでも臨戦態勢である。跨れば今すぐにでも発進できる。

 

「オッケーだ。貸すよ。……夜には帰ってくるんだろ?」

 

「いや、もしかしたら二、三日戻らないかもしれない」

 

 難しい顔をしながらエミヤはそう言った。もしかしたらかなりまじめな用事なのかもしれない。

 

「まあ何日貸そうが私はいいけど、……ミーナには内緒にしておいた方がいいのか」

 

「ああ、頼めるか」

 

 私は半ば冗談のつもりでそう言ったのだけど、エミヤは相変わらずの渋面で大真面目に頷いて見せた。いつもと少し気色の違うエミヤに私は少し不安になったが、次の一言に私は大いに安堵させられた。

 

「あまり、彼女に余計な心労をかけたくない」

 

「……」

 

「……」

 

 一瞬の沈黙。それを破ったのは私だった。

 

「――ふふ」

 

「何か言いたそうな顔をしているな」

 

「べっつにー」

 

 にやけた顔を見られないように、私は頭の後ろで手を組みそっぽを向いた。

 コイツはコイツだ。これまでの短い期間で知り得たエミヤシロウだ。私はなんだかそれが無性に嬉しく感じた。

 

 さて、バイクを貸すにあたって、私はエミヤに幾つかの買い物を頼むことにした。私たちは仕事の都合上彼のように街に行こうと思ったときに行けないのだ。これくらいはしてもらってもいいと思う。こんな時ばかりは何にも属していない彼の身分が羨ましくなる。

 買い物のリストを紙に書きながらふと、彼の身分とは何だろうという疑問に思い至った。少しばかり手を止めて思案する。

 当のエミヤに目を向けると、腕を組んで扉のわきに立って険しい顔で中空を見つめていた。その姿を見て、最初私は命令を待つ執事を連想した。しかし、その服装がTシャツにジーンズであること、そして見つめていたのは梁の上のルッキーニだということに気が付いて、すぐさまそのイメージを振り払った。きっとルッキーニを注意するか迷っているに違いない。

 そうして私はぴったりの役職を思いついて、大変満足した。

 

「家政婦だ。ふふ、第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウだ」

 

 みんなに教えよう。

 

「待て、今君は何か不穏な言葉を口にしなかったか」

 

「気のせいじゃないか。あはは」

 

 私がこの名誉ある称号をみんなに伝えることを決心していたその時、ハンガーに本日二人目の闖入者が現れた。

 

「あ、あのエミヤさん。対大型ネウロイ特殊、えーっと、個人なんとか……」

 

 ハンガーの入り口から慌てて入って来たのはリーネだった。しかし当初の勢いはどこへやら、エミヤに何かを伝えようとするも、口ごもって上手く話せないでいた。助けを求めすがるような視線をエミヤと私にちらちら向けてくるが、あいにくと読心術は持ち合わせていない。結果、私とエミヤはその様子を穏やかに見つめることになる。

 やがてリーネは諦めたのか、自暴自棄になったように目をつぶって叫んだ。

 

「エミヤさんのストレス解消訓練がやりたいのですが!!」

 

 そこでようやく私達は彼女の意図を理解した。私はエミヤの眉毛の端が再びピクっと動くのを今度も見逃さなかった。

 

 

 エミヤはリーネと二、三言葉を交わした後、私にバイクを借りるのは一時間後でも良いか尋ねてきた。どうやらリーネと先に約束があったようだ。私としてはバイクをいつ貸そうが関係ないのでもちろん快諾した。むしろエミヤの用事には時間はあまり関係ないのかと、特にする気もないのに頭の中でエミヤの用事について推理をしてしまっていた。

 二人の話を傍で聞いていたところ、エミヤとリーネは毎朝この訓練をしていたらしい。それが、一昨日までエミヤがサーニャと行方不明になっていたためしばらく休止していたのだ。そして、エミヤはサーニャと島でバカンスを楽しんでいるうちに朝の約束のことを頭の中からほっぽり出してしまい、先ほどすぐに思い出さなかったというわけだ。

 エミヤは約束を果たせなかったことについての謝罪を口にし、さらに明日も訓練に付き合えないことをリーネに謝っていた。対するリーネもエミヤの手間を煩わせることを謝っていたので、年の離れた男女が謝りあうという何とも面白い図が出来上がっていた。

 やがてリーネの準備が整い、訓練が開始した。

 訓練の概要としては、走り回りながらエミヤが矢を放ち、リーネがそれを交わしながら反撃するという単純な訓練だ。しかしその少し間抜けな字面から見て取れる以上に、この訓練はハードである。エミヤの鬼のような猛攻は、避けるだけで骨が折れる。『エミヤのストレス解消訓練』とはよく言ったもので、正式な名称は『対大型ネウロイ模擬戦闘訓練』というのだが、もはや名付け親の少佐すら『エミヤのストレス解消訓練』と呼ぶ始末である。この訓練は言うまでもなく人気がない。

 そんなわけで私はリーネに大変感心していた。人知れずこの訓練をしていたというところはもちろんだが、なにより明らかにリーネの実力が上がっているのだ。私の知っている彼女はこんなに器用に飛び回ることは出来なかった。

 ひらりひらりと身をかわし、時にはシールドを展開しながらもうまいこと避けている。

 

「でも、それだけじゃダメなんだよなぁ」

 

 そう、避けるのがうまくても攻撃できなければ意味がない。相手はネウロイという設定なのだから、実戦では相手を倒さない限りこの状態が続いてしまう。ジリ貧だ。

 リーネも攻撃しようとしていないわけではない。しかし、それがどうにも間が悪く上手くいかない。反動の大きい対戦車ライフル――今はペイント弾だが――を使用する彼女にとってそれは致命的である。シールドを展開しながら発砲しようとしても、エミヤがそれを許すはずもなくシールドの耐久値をはるかに上回る攻撃をしてきて遮られる。

 リーネは防戦の中で反撃するのが苦手なようだ。

 傍から見ていて気付ける主な改善点はそんなところだった。

 

 何度か撃墜されてもその度にリーネは再戦を要求した。結局リーネのペイント弾がエミヤを捉えることは無く、エミヤは先ほどの宣言通り一時間ほどしたところで訓練を切り上げた。

 息も絶え絶えにエミヤに感謝を言うリーネ。対して汗一つかいていないエミヤ。なんとも対照的な二人だ。

 自身の実力に気を落としているのか、がっくりと肩を落として去っていくリーネを私はなんとなく見ていられなくなり、つい後ろから声をかけた。

 

「飛ぶのが上手くなったなあリーネ」

 

 リーネは振り返ってとんでもないという顔をしながら慌てて手を振った。

 

「そんな、私なんか全然――」

 

「今度ルッキーニが飛んでいるところを見せてもらうといい。きっと勉強になるよ」

 

「……ルッキーニちゃんですか? 分かりました」

 

 私のアドバイスになってるんだか何だかわからない言葉にもリーネはしっかり頭を下げてから戻っていった。その姿に、私も頑張らないといけないなと思わされた。

 

「それじゃあ借りていくぞシャーリー」

 

「ん、ああオッケー」

 

 何事もなかったかのように話しかけてくるエミヤに、私は買い物リストを渡した。代金は立て替えておいてくれというと、全て自分持ちでいいと返された。あいつも給料をもらっているんだろうか。

 エミヤは手慣れた様子でバイクにまたがり、すぐに出発した。その表情にはやはりどこか暗いものがあり、私にはどうにもそれが良くないことを連想させられた。

 まったく、こんなに良い天気なのだから、笑顔の一つくらいでも作って行けば良いのに。

 

 

 

 

 




実験的に一話の分量を減らしてみました。
この方が読む方も書く方も楽なのでいいかもしれない……。

あくまで話の区切りを優先しますが、もしかしたら今後もこの長さになるかもしれません。

次回は割と近日中になると思います。

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