(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ 作:にんにく大明神
archer
どうにか基地へと帰投できた日の翌日、私は数枚の書類を前に朝から頭を抱えていた。例の島の施設で拾ってきた書類である。
私は、そこに書いてある幾つかの事実についてミーナにだけでも報告しておくべきか迷っていた。通常なら主である彼女には、私が見聞きした一通りのことを伝えておくべきなのだろうが、今回のこの書類に関しては私はどうにも気乗りがしないのだ。
私は私室の机に広げたそれらから一旦目を離し、椅子から立ち上がって窓際まで歩いた。窓の外では夏の太陽が力を持て余し気味に輝き、その下でウィッチ達は存分に夏を楽しんでいた。今日は非番らしい。朝からコンクリートの照り返しにも負けずはしゃぎまわる彼女たちを見て、私も彼女たちが本来あるべき姿はこうなのだと再確認することができた。
少しの間彼女たちの中にミーナを探したが、当然のようにそこに彼女の姿はなかった。もちろん外で遊んでいるのが彼女を除いた全員であるというわけではないが、彼女のことだ、大方また執務室のデスクで渋面を作っているのだろう。
「……」
ため息をついて窓から目をそらし、再び机の上の書類に意識を戻す。ざっと眺めただけでも幾度も目に飛び込んでくる『コアコントロールシステム』という単語に、やはりミーナに報告するのは止めておこうと決意させられた。ただでさえいっぱいいっぱいの彼女には些か刺激が強すぎる。
――面倒なことになりそうだ。
私たちがいたあの島は地図になかったらしい。正確には、軍の上層から各基地に配布される地図には、だ。彼女たちが私とサーニャを迎えに来ることができたのは、その地図ではなく、リーネが個人的に所有していた古地図であの島を確認することができたからだという。しかし、その地図自体も元はといえば、すでに退役した彼女の姉が配属された当時に軍にもらったものらしい。
ここから導き出される結論は、どうやらあの島がある時期から意図的に隠されようとしていたという事実だ。しかも、よりにもよって軍上層部にだ。
加えてあの海域に発生していた通信障害、あれはおそらくチャフの効果によるものだ。細かい金属箔を空気中に散布することで電波を阻害するあの兵器は、私のうろ覚えの知識では英国によって開発され、この時代にはすでに登場していた。おおかたその発射口をネウロイに乗っ取られでもしたのだろう。
これらの過剰なまでの隠蔽意識、そして『コアコントロールシステム』という字面から、あの島ではろくなことが行われていなかったことが容易に想像できる。
気になることはそれ以外にもあったが、私はいつまでもここで頭を悩ませても仕方がないことにも気が付いていた。
「……私が個人的に確認しに行くしかあるまい」
それが確実だ。私が確認したうえで、思った通りろくでもないものであれば彼女たちが気付かないところで叩き潰せばいい。
幸いあのような計画を考えそうな人間にはあたりがついている。この世界ではその必要性の無さから実戦登用されていないチャフを持ち出してくるという発想。ウィッチの力とは別の力を必要としているところから考えるに、おそらくミーナに敵愾心をむき出しにしているあの男だろう。
「トラッフォード・リー・リー=マロリー。いや、この世界ではトレヴァー・マロニーというのだったな」
私の世界ではノルマンディ上陸作戦成功の立役者だったりするのだが、そういった先入観は捨てた方が良いだろう。
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Sakamoto Mio
「今日はご馳走ですよ坂本さん!!」
まだ昼過ぎだというのに割烹着を身に着けた宮藤を見咎めて声をかけると、そんな返答が帰って来た。昨日までと打って変わり、嬉しそうに横にはねたくせ毛を揺らしている。
「ほう……」
「サーニャちゃんの帰投祝いです!」
昨晩すでに豪勢だったが、それを上回るご馳走になるということなのだろうか。年甲斐もなく夕飯が楽しみになってくる。
いや、しかしまだ十四だというのにお玉を持つ姿が異様に様になっているのは、将来良いお嫁さんになるということなのだろうか。
「とーーりっ、ぶーーたっ、うーーしっ! うきゃあああははは」
「肉だーーーーうははは!」
食堂ではルッキーニとシャーリーが転げまわるように叫びまわっている。普段なら注意するところだが、今日は私も混ざって踊りまわりたい気分である。
「宮藤」
「はい?」
「楽しみだな」
「はい!!」
大きな声で返事をして、宮藤は厨房に駆け戻っていった。私も邪魔にならないようにこっそり覗き込んでみると、中からは何とも言えずに良い匂いが漂ってきていた。
「どうした、つまみ食いか?」
当然のように中から現れた褐色の白髪男にからかうように声をかけられる。私は居住まいを正しその男の瞳を正面から見つめ返す。
「できるのか?」
「できると思うかね?」
私とエミヤの間に一瞬の静寂が現れる。不敵に笑うエミヤを前に、私はため息をついて返答した。
「やめておこう。せいぜい腹を空かして待っておくよ」
笑いながら踵を返し、私は厨房を後にした。
さて、夕餉まで時間がある。私は、久方ぶりの平穏を取り戻した基地内を見て回ることにした。
今のような時間がずっと続けば、それはどんなに良いことだろう。
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夕飯は思った通りのどんちゃん騒ぎになった。軍隊としてよいのだろうかと思うくらいに騒ぎまわってしまったが、私はミーナがいつぶりになるか分からない笑顔を作っているのを見て、とても嬉しくなってさらに騒いでしまった。
みんなに囲まれているサーニャは少し照れながらも楽しそうにしていた。あまり騒がしいのは得意ではないのだろうと思っていたので、それが私は少し意外だった。もしかしたらサーニャは以前より少しだけ明るくなったかもしれない。きっと島でいろいろ思うことがあったのだろう。
宴がお開きになった後、私はハンガーでサーニャとエミヤを見つけた。なにやら話しているようで、私は少し失礼だとも思ったが、発射台の陰で聞き耳を立ててしまった。
「本当に行くのか? 一応バルクホルンが宿直に入ってくれるらしいが、ミーナも今日までは休んでいいと言っていたぞ」
「いえ、大丈夫です。夜間哨戒は毎日やらないと意味がありませんから。……もう何日も休んじゃいましたし」
「……そうか。それならば行ってくるといい。一応私も行くが、また何かあればこれを」
「はい」
そう言ってエミヤは何か本らしきものをサーニャに手渡した。サーニャはそれを受け取ると、いかにも大事そうに首からかけたポーチにしまった。
「それから水筒」
「はい」
「ハンカチは持ったか?」
「大丈夫です」
そんなに持たせて邪魔にならないだろうかと思ったが、サーニャの口元に笑みが浮かんでるのを見てその心配は杞憂になりそうだと思った。
そして、私はこの光景を見て一つのことに気が付いた。明らかに二人の距離が縮まっている。
「……これは島で何かあったな」
「だろうね」
私の独り言に返答する者がいた。
振り返ってみればシャーリーが顎に手を当てながら難しい顔をして立っていた。しかし、頬はひくついているのでにやけるのを我慢しているだけだろう。
「うう、何てことダ……」
そのさらに後ろでエイラががくがく震えていた。トンビに油揚げをかっさらわれそうな気持なのだろう。
やがてサーニャはストライカーを装着し、夜の闇へと出発した。その去り際に小さく、
「行ってきます、…………シロウさん」
と、顔を赤くしながら呟いた。
エイラは泡を吹いて倒れた。
「あー、こりゃエイラ完全敗北かな」
後ろでそう呟いたシャーリーに、私は少しだけ訂正を加えた。
「いや、どちらかといえば負けたのはバルクホルンだろうな」
シャーリーはそれを聞いて納得したと言わんばかりに手をポンと打った。
「――――なるほど、ありゃ確かに年の離れた兄妹みたいだ」
これでようやくこの章終わります。
長いことお付き合いありがとうございました。
あと、前の話でサーニャがあることを思いついたとかなんとかモノローグで言ってましたが、それはシロウさん呼びをする、ということでした。
はい、誰も覚えてませんね。言ってたんです実は、はい。ごめんなさい。
次にちょっと短い章を挟んでまた長いのに入ります。
いったいいつ終わるんでしょう……。
次の更新もいつになるか分かりませんが気長に待っていただければ幸いです。