(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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随分お久しぶりになってしまいました。こんなはずでは……。


今回も長いわりによく分からない感じになってます。


夜明け前が一番暗い

「Die Luft ist kühl und es dunkelt,」

 

「Und ruhig fließt der Rhein;」

 

「Der Gipfel des Berges funkelt」

 

「Im Abend sonnen schein.」

 

 

 

 

 

 

 

 

Sanya V.Litvyak

 

 

 

 あれがいつのことだったか今となってはうまく思い出せないのだけれど、以前シャーリーさんがこんなことを言っていた。

 

『すべてのことに意味はあるんだ。どんなに馬鹿げているように見えることだって、馬鹿げているなりにバカバカしい意味を持っているものさ』

 

 ネガティブに考えがちな私にとって、彼女のこの言葉は至言だった。忘れなければとてもやっていけないような失敗、直視したくない悲しい現実。それら全てに意味があり、いや、意味を見出すことによって、さらに前へ進むという姿勢。

 いつもチャレンジングなシャーリーさんらしい前向きな考えだな。と、少なくとも私はそう解釈しているのだけど……。

 

 

 

 

 

 夕日は遠い水平線へと消え、燃えるような夕焼けに宵闇が混じり始めている。私とエミヤさんはこの島での二日目の夜を迎えようとしていた。

 今日の夕ご飯も当然のように魚である。もともと小食の私としては、日に何食か抜いてもまるで問題はないのだけど、エミヤさんにそれは止められた。確かに考えてみれば、安定して食料を確保できるとは限らない。食べられるうちにきちんと食事をとっておくのは大事である。

 そんなわけで、また昨日の広場でたき火をすることになった。昨日は寝てしまっていたせいでまるで準備を手伝わなかったので、今日は率先して薪となる小枝を拾い集める。

 季節が季節なのであまり枝は落ちていないだろうと予想していたけれど、いざ拾い始めればそんなことは無かった。まるで誰かが折って回ったかのように、等間隔に近い距離を置いて、一本、また一本、と小枝は見つかった。

 

「Ich weiß nicht, was soll es bedeuten」

 

 小さく歌いながら枝を集め終えて広場に戻る。

 広場ではエミヤさんが何やら包丁で魚をさばいていた。今日は丸かじり形式ではないらしい。

 

「Das kommt mir nicht aus dem Sinn.」

 

 いつかお父様に習ったカールスラント語で儚い旋律を紡いでいきながら、薪を広場の中央に重ねる。ちなみに、この時薪の間に空気の通り道ができるようしっかり隙間を開けておくことが重要だ。どちらかと言えばインドア派の私でもそれくらいは知っていた。

 

「Ergreift es mit wildem Weh;」

 

 準備が整おうかという頃、歌もいよいよ終盤に入ろうとしていた。

 と、ふと視線を感じ顔を上げた。そこには険しいような、懐かしいような、何とも言えない表情を浮かべたエミヤさんが呆とこちらを眺めていた。その手は珍しく作業をする手を止めており、私は何か彼の作業を邪魔してしまったのではないかと少し不安になった。

 

「あの、うるさくしてごめんなさい」

 

「……いや、続けてくれて構わない」

 

 気にしていないというそぶりを見せてから、エミヤさんは再び手元に視線を戻した。それを見届けてから私は再びその歌、『ローレライ』を口ずさみ始めた。ただ、さっきまでよりもこころなしかエミヤさんが耳を傾けているような、そんな気がした。

 この歌に何か彼の心を留めるモノがあったのだろうか。『ローレライ』はカールスラントの民謡で、たしか――水の精の美しい歌声に誘われてきた舟人が、その小舟を岩にぶつけてしまう。舟人は波にのまれ命を落とし、川にはローレライの妖しい美声のみが響き続ける……そういった内容だった。内容としては民謡らしく少し怖いところもあるけれど、私はこの少し悲しげなメロディーが好きだった。

 もしかしたら、オラーシャ出身の私がカールスラントの歌を歌ったからかもしれない。カールスラント語は音楽をしている人なら馴染みは深いし、そのつながりで私もお父様から習っていた。『ローレライ』自体もたしかその時教えてもらったのだけれど、言われてみれば私が歌うのは少し珍しかったかもしれない。

 何故だかここ最近その旋律がよく頭に浮かんでくるのだ。ついこの間、ラジオを通して生きていることを確認できたお父様たちが恋しいのかもしれない。

 

 エミヤさんの奮闘によっていつもより、というより昨日より少しだけ豪勢になった夕食を終え、昨日のようにたき火を眺めるだけの時間が始まった。

 時折パチパチと爆ぜる薪の音の中、開け放たれた星空に一筋の煙が立ち上っていく。ゆらゆら揺らめく炎は、それを眺めているだけでいろいろなことを考えさせられてしまう。

 

「君の家族は――」

 

 不意にエミヤさんが口を開いた。しかし、いつものように難しい顔をしてそのまま一瞬固まった。どうやら意図しない発言だったらしい。その逡巡の後、ため息をつくかのように言葉を続けた。

 

「いや、すまない。今のは忘れてくれ」

 

「……元気ですよ」

 

 少しの希望的観測を織り交ぜて、エミヤさんが聞こうとしたであろう質問にはっきりと答えた。そうしてそのまま、聞かれてもいないのに私は自分の家族の話をした。お父様たちの話をすることで、この地球のどこかにいるその存在を近くに感じようとしたのかもしれない。

 人に何かを説明するなんてことを今まであまりしたことが無かったので、なんとも支離滅裂な語り口になってしまった。それでも、エミヤさんは私の言葉尻を上手く掴まえて、質問を交えながら話をちゃんと聞いてくれた。

 そして、私は話の終わりを質問で締めくくった。

 

「――エミヤさんの、家族について教えてもらえませんか?」

 

 エミヤさんはその質問が完全に予想外だったようで少し目を丸くした。私も、いつになく積極的に会話をしようとしている自分に少しドキドキしながら、エミヤさんの反応を待った。

 エミヤさんは少し遠い目をしてたき火をしばらく見つめた後、一言一言自分に確認するかのように話を始めた。

 

「オレには、三人の家族がいた。……父親と、姉代わりの人と、妹のような姉の三人だ」

 

 そのとってもおかしくてちょっぴり悲しい話を、彼は大切な宝石を扱うかのように慎重に、言葉を選んで話した。汚したり傷つけたりしないように、しっかりと絹の手袋を着けて。(話に登場する衛宮士郎少年を、彼は自分とは少し距離をおいて話していたように私は感じた)

 調子が狂うな、とかときたま照れくさそうに話を区切っていたけれど、そのたびに私は彼がそうしてくれたように質問をした。エミヤさんのように上手くは出来なかったけれど、彼は最後まで話してくれた。

 そして、長い話が終わるころには、私はもはや彼をどこかの英雄などではなく、一人の人間として認識していた。優しくて不器用な一人の人間。

 家族の話が終わっても、私たちはまた違う話をした。人生でこんなに話したのは数えるほどしかないんじゃないだろうかと思うくらい話して、どこか心温まる夜は更けていった。

 

 眠りにつくとき、私はあることを思いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

Sakamoto Mio

 

 

 

 

 大切な仲間を欠いたまま、また一つの夜が明けてしまった。

 ミーナの執務室で朝を迎える時はだいたいよくないことが起きている時なのだが、今回はこれで三日連続である。今日も今日とて規則正しく昇って来る丸い太陽を、私とミーナは深いクマを作った目で恨めしそうに眺めた。

 万策が尽きた、とは今のような状況を言うのだろうか。

 目を皿にして様々な地図を確認したし、少しでも可能性のある島には探しに行った。今はもう一度探した島を、交代でもう一度探している状況だ。

 ミーナは執務室の椅子に腰かけており、机に肘をついて眉間を押さえている。その姿からはどうしようもない疲労が見て取れる。

 

「ミーナ、少し休んだらどうだ?」

 

 普段からただでさえ多忙なのだ。これ以上無理をさせれば倒れてしまうかもしれない。

 しかしミーナは顔を上げ薄く微笑むと、「いいえ」と首を振って見せた。

 

「私は大丈夫。私はずっとここで指示を出していただけだから。そう言う美緒こそ出撃しては戻ってきての繰り返しでろくに休んでないでしょう。魔法力も体力も使っている貴女のほうが疲労度は高いはずよ。休んでちょうだい」

 

「問題ない。なにせ私は体力だけが取り柄だからな、はっはっはっは!」

 

 私の笑い声が一通り響くのを見届けると、ミーナはまるで自らの仕事を見つけたかのように生き生きと言った。

 

「笑ってごまかそうとしてもダメよ。休みなさい」

 

「いや、ミーナが先だ」

 

「いいえ、貴女が先よ」

 

 この押し問答はしばらく続いた。

 私も大概だが、ミーナは大変頑固であると思う。

 先を譲り合ういかにも扶桑らしいやり取りは、結局順番で休息をとるという形に落ち着いた。言うまでもなく、順番を決めるのにもひと悶着あったが、最終的には私が折れた。順番は私、ミーナの順となった。

 

「では私は少し休息をとるが、私の後にはちゃんと休むんだぞ」

 

「分かってます」

 

 私はミーナがそう答えるのをしっかりと聞き届けてから、執務室を後にした。

 もっとも休息と言っても、私は風呂に入るだけで済ますつもりである。さっさと入ってしまってミーナを休ませなければならない。

 私は足早に廊下を通り過ぎ、浴場の扉に手をかけた。

 

 結果として、私の少しだけ休息しようという目論見は簡単に潰えてしまった。いや、休息ができたのは確かであるのでこの言い方はおかしいのかもしれないが、とにかく当初の予定通りとはいかなかったのである。

 体を洗っていると、泡と一緒に疲労が体が取れていくかのようであった。温かいシャワーで火照った体に、足の裏から伝わってくる大理石の冷たさはとても心地よかった。そして湯船につかったとき、すべては崩壊した。

 かなり熱めのお湯は私の体の凝りをほぐし、私はまるで自分の体が浴槽に溶けていくような錯覚をした。覚えているのはそこまでである。

 端的に言えば、寝てしまったのだ。言い逃れができないほどぐっすりと。

 しばらくして目を覚ました私は浴場内の時計を見て愕然とした。一時間以上経っていた。

 そこからの私は素早かった。水蒸気爆発でも起こしたかのようにお湯をぶちまけながら浴槽から飛び出し、滑る大理石の床を可能な限り急いで駆け抜けた(一度転んだ)。体中を大雑把に拭いて軍服の替えを身に着けると、再び外に向かって幾分軽くなった体で駆け出した。

 私は自分が恥ずかしくて仕方がなかった。ミーナを休ませようとしたはずが、自分がしっかりと休んでしまったのだ。まさに修行不足である。なんとなくミーナの策略にはまってしまったようで余計に恥ずかしかった。

 裸足で基地内を駆けずり回り、ようやくたどり着いた執務室にノック無しで飛び込む。

 

「ミーナ! お前の――」

 

 私の叫び声は途中で立ち消えた。執務室には私が出て行ったときよりも、数人人が増えていた。シャーリーとバルクホルン、そしてリーネだった。

 私の騒々しい登場に振り向いた彼女たちの表情には、今までにはない希望の光が灯っていた。

 

 

 

 

 

 

 

Sanya V.Litvyak

 

 

 

 

 

 

 白い少女の歌は、夢の中だというのにいやにはっきりと耳に残った。

 妹のような姉。なるほど、これでは確かに妹にしか見えない。

 しかし、彼女がふと振り返って彼を見るその表情は、これまた確かに弟を見守る姉のそれであった。

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな昼下がりの夢の中に、断続的に甲高い金属音が割って入って来た。

 それは目覚まし時計のアラームのように私を眠りから呼び起こそうとする。音たちはカン、カン、カン、と規則的に続いたかと思えば、たまに少しタイミングがずれて音と音の間が等間隔ではなくなったりした。アラームの騒々しさが実は私は大嫌いだったりするのだけれど、この規則性のなさにはアラーム以上の不快感を感じた。

 目覚ましのスイッチを押そうにもそんなものは何処にも無く、仕方なく私はまだ重いまぶたをゆっくりと開けた。少し寝たりない。

 寝起きでまだ少しぼんやりとした視界に音の出所を捉えると、それはエミヤさんだった。彼はここから少し離れた茂みの手前で、手をせわしく動かしながらこちらに背を向けて立っていた。

 もう起きろ、ということなのだろうか。しかし私の体内時計からすれば、まだ日が昇ってからそう時間がたっていない。この何もない島で起きるには少し早すぎる気がする。

 そんなわけで若干の非難の目を向けながらノロノロと立ち上がろうとしたとき、私はエミヤさんの大きな背中の向こうに黒い影を見咎めた。昨日まではなかったそのナニカを見定めようとして――

 

「…………ネウロイっ!?」

 

 私はようやく自分が危険な状況に陥っていることに気が付いた。慌てて私は武器が無いなりにも、落ちている枝を拾って精一杯の武装をする。

 私たちが普段相手にする大型と比べるとかなり小さいが、エミヤさんの前に立っている(・・・・・)黒い影は紛れもなくネウロイである。高さはちょうどエミヤさんと同じくらいで横幅もエミヤさんと同じくらいだ。

 エミヤさん越しでその全体像は上手く捉えられないけれど、その姿は、おそらく、たぶん、ヒト、のように見えた。

 

「起きたのかサーニャ。まだもう少し寝ていてくれても構わんが」

 

「……い、いえ」

 

 今日の夕飯はカレーだよ、と教えてくれる時の芳佳ちゃんのような気楽さでエミヤさんが告げてきた。そして思わず私も普通に返答してしまった。

 しかし彼のその冷静さのおかげで、なぜこんなところにネウロイがいるのかとか、このネウロイがヒトの形をしていることとか、様々な疑問で頭がめちゃくちゃになりそうな私も、ひとまず落ち着くことができた。

 

「ああそうだサーニャ、レーダーを使ってみてくれないか?」

 

「はい」

 

 言われて、数日ぶりにリヒテンシュタイン式魔導針を展開する。ここ最近私の固有魔法はろくな働きを見せていなかったので不安だったけれど、長いこと不調だった私の目は、しっかりと目と鼻の先の脅威に反応してくれた。わずかな安堵と同時に私は、やはりそこにいる存在がネウロイであることを確認する。

 

「あ、あの、ネウロイです。ソレ……」

 

 どう報告すればいいか迷った挙句、なんとも間の抜けた報告になってしまった。しかしエミヤさんはそれを気にすることなく、軽くお礼を言って前の存在に意識を戻した。もしかしたら私の魔導針が使えるか確認したかっただけなのかもしれない。

 少し心に余裕ができてきた私は、エミヤさんとネウロイの戦いを冷静に観察することができるようになった。そうして私は、現状が思った以上に安全であることに気が付いた。

 エミヤさんはどうやら両手にそれぞれ白と黒の剣を握っているようで、それを器用に振り回すことでネウロイの攻撃をいなしていた。素人目から分かるネウロイ側の決定的な隙もエミヤさんは見逃しており、なにやら観察しているらしかった。普通ならさっさと倒してしまうに越したことはないのだろうけれど、しかし今回ばかりは彼の気持ちも分かった。このネウロイは普通では無いのだ。

 まず姿かたちがヒトであるという一番のおかしな点は言うまでもないだろう。そしてその見た目に匹敵するほど異質なのは、その攻撃方法だった。そのネウロイはビームを撃たずに、どうやら物理攻撃を仕掛けてこようとしているみたいなのだ。

 人でいう手に当たる部分に、槍のように長くした自身の体の一部が掌で持つかのような形でついており、そのネウロイはそこを振り回したりして、懸命にエミヤさんを攻撃していた。

 その姿は、私にひどく恐ろしいものとして映った。

 もちろんエミヤさんに危険が及ぶから、という意味ではない。彼ならおそらくその気になれば三秒で敵を細切れにできるだろう。そんなことはすぐにわかった。

 恐ろしいのはネウロイの挙動だ。このネウロイは遠くから見れば長柄の得物を持った人のシルエットのようにも見える。その動きが、どこか人を意識していて、真似ようとしているかのように見えたのだ。

 アレは、いったい何をしようとしているのだ。

 

「ふむ、大体君の底は見えたな」

 

 しばらくしてエミヤさんがそう呟いた。次の瞬間、ネウロイの槍は真ん中から折れ、その頭部は胴体から離されて真っ二つに断ち切られた。

 

「む、そういえば人ではないのだったな」

 

 思い出したようにそう付け加えて、エミヤさんはネウロイの体を流れるような勢いで寸断していった。ほどなくしてネウロイは塵となって原型をなくしていった。

 

「模倣にしては程度が低い。まったく、アレの十分の一も再現できていたなら私には十分脅威になりえたというに」

 

 呆れたようにもういないネウロイに向かってそう呟いて、エミヤさんはようやくこちらに向き直った。

 

「ところで、今日の朝食はどうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の最中、普段食事中には口を開かないエミヤさんが珍しく話しかけてきた。今日の朝のネウロイについてだ。

 彼の見解によると、飛行能力のないあのネウロイが単独でこの島にいたとは考え辛く、もしかすると未発見の小規模な巣のようなものがこの島にあるかもしれないらしい。

 彼のその考えには私も思い当たるところがあった。

 ここ最近夜間の哨戒中に、出所の分からないネウロイと遭遇することが何回かあったからだ。よくよく思い出してみれば、芳佳ちゃんが夜の搭乗割りに組み込まれたのもそれに対策するためだった気がする。つまり私は、この予期せぬ形といえど当初の目標は果たしていたのだ。

 そんなわけで、食後にはその巣を探しに行くことになった。

 

 それほど大きな島ではなかったので、二時間もかからないうちに島中を探しつくしてしまった。エミヤさんに作ってもらったワンピースが枝に引っかかって破けないように注意しながらだったので、本当ならもっと楽に探し終えられたかもしれない。それでも、少しでも傷がつけば霧散してしまうのだからそこは許してほしい。

 探した結果、私とエミヤさんの予想は外れ巣らしきものは見当たらなかった。しかし、それ以上におかしなものを発見した。下りの階段である。階段と言っても半ば倒壊していて、すでに本来の役割が果たせるか怪しいものだったけれど、それはどう見ても自然には成形され得ない人工物だった。

 

「さて、後はもうこの階段くらいしか怪しい場所は無いのだが……」

 

 階段の入り口を前にして、エミヤさんがちらとこちらを見てくる。彼の言葉は私に伺いを立てるような形だったが、おそらく彼の中ではもうそこに突入することは決定事項になっているだろう。今のはたぶん、私がついてくるのかどうかをたしかめたのだ。

 しかし、聞かれるまでもなく私の心は決まっていた。

 エミヤさんの目をしっかりと見つめ返し、私はできるだけ力強く頷いて見せた。

 

「行きましょう……!」

 

 ここまで来たのだ。いくら私が積極的ではないとはいえ、この一連の出来事の最後まで見届けたいと思うのは当然のことである。

 

 少し崩落気味の階段の瓦礫をエミヤさんがどけると、きちんと私たちが通れるほどの設備は整っているように見えた。

 エミヤさんは、通るのに危険な場所は無いか確かめると言って先にずんずん降りて行ってしまった。確認して戻ってくるまで入り口で待っていてほしいと言われたけれど、さすがに過保護にされている気がして少し恥ずかしくなった。しかし、そもそもよく考えてみればこの島に来てからの私はずっと彼におんぶにだっこだったのだ。最後の最後で彼の邪魔をしても申し訳ないので、おとなしく待っていることに決めた。……まあその事実に気が付いて些か気落ちはした。

 待っている間、私は階段の入り口の周辺に金属片のようなものが散らばっていることに気が付いた。そのうちの一つを手に取ってみれば、それはどうやら蝶番の破片のようであった。たぶん本当は階段の入り口に扉があったのだろう。つがいの内側の方はやすりがかけられたかのように風化しており、随分昔のものなのだろうかと考えたところで、その風化のしかたに見覚えがあることに気が付いた。これはネウロイの浸食跡によく似ている。

 その時、階段の奥から何かが砕ける大きな音が聞こえた。

 これはさすがにいつまでも入り口付近で暢気に待っている場合ではない。私は蝶番の破片を持ったまま、可能な限り急いで階段を駆け下りていった。

 

 階段の先は予想以上に人の手で整備されていた。壁には丁寧にレンガが積んであり、木製の手すりが通路の端に設けられている。床にも綺麗に石が敷き詰められていてちょっとした凹凸すら可能な限り排されている。金持ちの秘密の別荘にしては、些か手間がかかりすぎている気がする。

 また、結構な深さであるので光はあまりないのかと思いきや、採光する穴があるのか足元が暗くて見えないなどといったことはなかった。天井には傘のついた電球までぶら下がっている。夜まで使うことを想定されているようだ。

 さて、大きな音に慌てて階段を下りた私が、なぜ暢気に施設を観察しているのかと言えば、施設内の道が分岐していたからである。エイラのように占うこともできない私はただ茫然と十字路に立ち尽くしてしまったのだ。

 しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。もう一か八かで真ん中の道を行くしかないかと考えたとき、ふと私の頭の中に魔導針の存在がよぎった。つい先ほどは正常に働いた魔導針。それをどうにか人間を対象にできないだろうかと考え付いたのだ。

 思い立ったが吉日、という言葉はどこか焦っているようで好きではないのだけれど、実際少しばかり焦り始めていた私は、その案を思いついてすぐさま魔導針を起動した。そして、それをどうにかして人間を相手に対象を絞ろうとする前に、魔導針は違うものに反応した。ネウロイである。

 今日二度目のネウロイの反応は、私が選択肢に入れていた真ん中の道の先からしていた。距離にしておよそ100m。私は半ば泣きそうになりながら、思わず来た道を振り返った。

 

「……どうしよう」

 

 不安が思わず口をついて出てきた。

 幸いそのネウロイの反応はその場所から微動だにしておらず、今すぐ逃げ出さないといけないという事態ではなさそうだ。しかし私は武器を持っていない。今は良くても、いずれネウロイがこちらに来た時になすすべがない。

 ならば道を引き返して外で大人しくエミヤさんを待つべきか。そう、それがたぶん正解なんだろう。普段の私ならそうしていた。でも、

 

「そういうわけにはいかない、よね」

 

 エミヤさんの安否を確認しないといけない。もしエミヤさんがネウロイ相手に負傷をしていたなら、私が助けないといけない。彼がネウロイを相手に後れを取ることなんてきっと万が一にも無いし、彼がかなわないネウロイを相手に私がどうこう出来る確率なんて億が一にも無いことはよく分かっている。それでも、私は可能性を捨てきれなかったし、血を流して倒れているエミヤさんの姿を想像したらいてもたってもいられなくなってしまった。

 結局私は様子を見に行くことにした。

 できるだけ壁に体を寄せ、猫のように足音を殺してゆっくり進む。呼吸は極力おさえて、抜き足、差し足。

 

 私はきっと馬鹿なことをしているんだと思う。それでも、それには意味がある。無視のできない、他人にとってはどうでもいいかもしれない意味が。

 

 しばらくして、木製の扉にたどり着いた。ネウロイはこの向こうにいる。魔導針を信じるのなら、その敵は未だに一歩たりとも動いていない。

 木製の扉は、この施設のものにしては珍しく乱暴に扱われた形跡があり、端々が歪んでいた。そのおかげで、扉とレンガの壁との間に幾ばくかの隙間が出来ている。

 私は高鳴る心臓をどうにかして落ち着かせられないものかと考えながら、恐る恐る隙間を覗き込んだ。

 扉の向こうはかなり広い部屋のようだった。壁のそばには水槽のようなものが立ち並び、部屋の端にはミーナ隊長の執務室にあるようなデスクがどっかりと置かれていた。

 ネウロイはどういうわけか見当たらなかった。そして、その代わりにエミヤさんが一人こちらに背を向けて立っていた。

 私は大きな安堵とともに一つため息をつこうとして、エミヤさんが手にしている物を見て固まった。

 赤く輝く正十二面体。職業柄見覚えがありすぎるそれは、遠目からでもネウロイのコアだとはっきり分かった。

 エミヤさんはそれをまるでサッカーボールでも扱うかのように掌に載せて眺めている。その光景は本来なら危険極まりないはずなのだけれど、どうにもネウロイのコアの様子がおかしい。

 ネウロイにとって唯一弱点となりうるコアは、通常その姿をさらけ出すことは無い。コアさえ出さなければ、いくら体を損傷しようとも再生できるからだ。

 そのコアが独立して存在している。これはなんとも不可思議な光景だった。しかし、いくら不思議だからと言って、その存在が危険であることに変わりはない。私はエミヤさんにはできる限り早くそのコアを破壊してほしかった。

 はたして私の思いは通じたのか、しばらくしてエミヤさんはコアを宙に放ったかと思うと、今朝見た中華刀でそれを両断した。コアは跡形もなくこの世から消え去った。

 

 どういうわけか私はしばらく部屋に入っていかなかった。そればかりは本当によく分からない。私は、なかなか部屋の中から出てこようとしないエミヤさんを、ただひたすらに隙間から覗き込んでいた。彼は部屋の隅のデスクの前でしばらく静止していた。そしてデスクの上にあったらしい何枚かの書類を手に取り、それを丁寧に折りたたんでズボンのポッケにしまった。

 私はその姿を見届けてから、ようやく部屋の中に入ることを決意し、扉に手をかけた。

 部屋に入って来た私を見て、エミヤさんは申し訳なさそうな表情を作った。

 

「む、すまない。呼びに戻るはずだったのに、すっかり忘れていたようだ」

 

 ばつが悪そうにするエミヤさんを見て、私は少しほっとしていた。先ほどコアを手に佇んでいた彼の姿は少し恐ろしく見えたのだ。しかし、今はすっかりいつもの彼に戻っていた。

 安心した私は先ほどのネウロイのコアについて彼に尋ねようとした。

 

「そういえばさっき、この部屋にネウロ――」

 

「ん、ああ。レーダーで見ていたのか。見てのとおり問題無く処理しておいた」

 

 彼は、何かを隠そうとしていた。

 

「結局、巣なんてどこにもありませんでしたね」

 

「ああ、そのようだな」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこか心にもやもやしたものを抱えて例の謎の施設を出て砂浜まで戻ってくると、頓狂な、そして随分聞き覚えのある声に出迎えられた。それは私にとってあらゆる良くないことを吹き飛ばしてしまう、素晴らしいニュースでもあった。

 

「サーーーーニャアアアアアア!!!」

 

 そのままお腹に強い衝撃を受けて砂浜に背中から倒れこんでしまう。何か、というより彼女が私のお腹を抱きしめていた。いつもならここまでされたら少しは抵抗するのだけれど、今日ばかりはされるがままにしておいた。

 

「うわああああんサアアニャアアア!!」

 

「エイラ、信じてたよ」

 

 お腹に縋り付いて涙を流すエイラに、私は何故か随分落ち着いて声をかけることができた。視界の外れに砂浜に刺さった片足だけのストライカーユニットが入り込んだ。どうやらあれを見てこの島にいると判断して降りてきたらしい。

 

「サーニャちゃん!」

 

 いつの間にか私の顔を見下ろす位置に芳佳ちゃんがいた。私が彼女にもお礼を口にすると、芳佳ちゃんはそのままそこにへなへなと座り込んでしまった。

 

「ほんっとーにごめんね! 絶対すぐ戻ってくるって言ったのに……、こんなに、こんなに……うっ」

 

 芳佳ちゃんまでその場で泣き始めてしまった。それを見ていたら私もなんだか目頭が熱くなり始めてしまった。昨日、次に会った時は笑顔で迎えると決めたはずなのに。

 

「二人とも本当にありがとうね」

 

 嗚咽を漏らさないように頑張って、エイラと芳佳ちゃんの頭に手を置いた。

 

 結局、涙を我慢することなんて出来ず、私も二人と一緒に泣いてしまった。

 少し離れたところにいつの間にかいた、バルクホルンさん、シャーリーさん、そしてエミヤさんは、そんな私たちの姿を見て笑っていた。頭上目いっぱいに広がった青空も、あの時ばかりは私たちを笑っていた気がする。

 だからといって泣くことを止めることは出来なかったけれど、それが少しだけ恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時彼が何を隠していたのかは、結局長いこと分からないままだった。その行動についての良し悪しは、正直全てが一段落した後でも判断がつかなかった。

 ただ、結果としてみれば彼は全て私達のためを思って動いていた。そしてそれは、あの島から帰ってこれたときに、私が彼の行動について予想していた通りだった。

 意味はあったのだ。

 

 

 

 




いい加減な話で大変申し訳ないところなんですが、この章は次の話で終わります。
更新がいつになるかは正直分かりません。ごめんなさい。

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