(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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大変ご無沙汰しております。

なんだか湿っぽい感じですがご勘弁を。

あと最後のもっさんターンは現状確認程度なので、だるい人は読み飛ばしていただいても構いません。


Soaring across the sky.

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 

「Ich weiß nicht, was soll es bedeuten」

 

 見たことのない街並みの中、舗装された道の上を一人の少女が軽やかに進んでいく。

 

「Daß ich so traurig bin;」

 

 白い少女の歌声は、子供を寝かしつける母親のようで。 

 

「Ein Märchen aus alten Zeiten,」

 

 不意に振り返った少女は満面の笑みを後ろの誰かに向ける。 

 

「Das kommt mir nicht aus dem Sinn.」

 

 

 穏やかな昼下がり、それは()にとって、確かに幸福な時間だったように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

Sanya V.Litvyak

 

 

 

 

 穏やかな気持ちで目を覚ました。

 少しばかり湿度は高いが、おおむねのどかな朝と言っていい暖かさだ。

 体を起こすのが億劫で、少しの間体を横たえたままにしておく。寝転がったまま見上げた空は澄んでいて、ともすればすずめなどが鼻歌交じりに飛んでいてもおかしくない。

 視界いっぱいに広がる蒼から目を逸らし、顔だけを横に向けてみれば、昨日のたき火の跡が見て取れた。

 最後に見たときはまだ煌々と火がゆらめいていたような気がするのだが、焼けて隅になった木端にはきちんと水がかけられて消火されているようである。相変わらず細かいことに目が届く人だ。

 

 ――――結局助けはまだ来ない。

 

 一度寝て、目を覚ませばみんなの笑顔に囲まれている。そんな幸せな期待もしていなかった訳では無い。

 しかしそんな甘い想像をすることを私は許されないだろう。

 だって、助けが来ないって言うことはつまり。そう、それはつまり――――

 

「目を覚ましたかと思えば泣き濡れている。……ふむ、今は都合が悪いようなら朝食は後にするかな?」

 

 知らず涙を流していたらしい。

 林をかき分けてのそのそと現れた彼は、いたって冷静に、そしていつもの調子で口を開いた。

 変な夢を見たせいだろうか。いつもは緊張してしまうのに、今朝は少しだけ落ち着いて彼の顔を見ることが出来ている。

 慌てることなくゆっくりと体を起こして、頬を伝う涙を拭ってから彼の言葉に答えた。

 

「……いえ、いただきます」

 

 考えてもどうしようもないことを考えるのは止めたかった。ただ盲目的に彼女達の無事を信じて、助けが来るのをのんびり待ちたい。そうできたらどんなに楽だろうか。

 しかし出来ない。してはいけない。

 仮にエイラと芳佳ちゃんが基地に辿り着けなかったとしたら、それはつまり海に落下したということで。それはつまり二人が  (・・)でしまったということで―――

 

「………」

 

 胸の奥が焼けるように熱くなって、目頭には胸の熱をくみ上げたかのようにとめどなく涙があふれてくる。

 視界がぼやける。感情の奔流をせき止めようと精一杯歯を食いしばってみるが効果は無かった。ただ喪失感、後悔、自責の思いばかりが強くなっていく。

 まったく何ということだ。頭では無意味と知っていても、体はこの非生産的な行動を止めることが出来ない。

 悲しくて、苦しくて、辛い。

 私は胸が張り裂けそうなほど痛くて、我慢できずにどうしようもない思いを子供の様に吐き出してしまいそうになる。エミヤさんにどうしてもっと上手く出来なかったのだと喚き散らしてしまいたかった。貴方は英雄で、みんなを問答無用で助けてくれるんでしょう? 

 そんな、あまりにも身勝手な思いもまた心の奥底でくすぶっていた。

 しかしそれも出来ない。

 昨日少しだけ垣間見た彼の素顔。確かにこの人はたくさんの人を救っているのだろう、しかしそれ以上に失ってもいる人なのだ(・・・・・・・・・・)

 今の私みたいな思いをずっとしてきている人なのだ。それを一人で背負い続けてきた人なのだ。

 それなのに私がその重荷を増やすことは出来ない。

 私もまたこの足枷を引きずって行くしかないのだ。自分の無力さを噛みしめながら。

 

 ――――それでも、今はこうして涙を流すことを許してほしい。

 

 私はどうしようもないくらい、無知で非力な子供だったのだから。

 

「……」

 

 頬をつたう涙が、エミヤさんが作ってくれたワンピースに染みを作って行く。それを眺めていると、不意に頭に大きな手が乗せられるのを感じた。

 強く、温かな手だ。

 彼は言葉を発することも無くただ私の頭に手をのせ、そして私はそれをされるがままにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちは落ち着いたかね」

 

 数分後。

 ようやく私の気持ちは落ち着いてくれたのか、これ以上涙が出ることは無かった。あるいは枯れてしまったのかも。

 

「……はい。取り乱してしまってごめんなさい」

 

「かまわんよ。むしろ平然としていられる方が反応に困る」

 

 エミヤさんは何でもない事のように私の頭から手をどけると、たき火の準備を始めた。良く見れば彼のもう片方の手には二尾の魚がぶら下げられている。

 なるほど、あれが本日の朝食と言うことらしい。

 尾っぽにひもが括り付けられ逆さまになった魚はまだ生きているらしく、時折ピクピクと動いていた。

 

 

「今日はどうするんですか?」

 

 食事を終えてエミヤさんにこれからのことを尋ねるが、口に出してから自分がおかしなことを口走ったと気が付いた。

 この状況ではどうするも何もないではないか。時間をつぶすしかないのだ。

 自分の失言を取り繕うように、私はエミヤさんが口を開く前にあわてて付け加えた。

 

「今日もお魚を釣りに行くんですか?」

 

「……そうだな、最低限の食料は手元に置いておくべきだな」

 

 顎に手を置いていつもの調子で頷くエミヤさん。

 その顔を眺めながら、私はふと思い立って彼に尋ねた。

 

「あの、……私もご一緒していいですか?」

 

「ああ、かまわんよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 嫌な顔一つせずエミヤさんは頷いてくれた。

 良かった。砂浜に一人残っていると、きっといろいろなことを考えてしまう。いや、いろいろなことというのは違う。エイラ達のことだ。

 私にはその義務があるのかもしれない。でも、一日中そのことを考えていたら間違いなく私はどうにかなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 朝食の後始末をして三十分ほど休憩をおいた後、いよいよ釣りに行くことになった。

 昨日エミヤさんが作っていたいかだに乗りこむと、いかだの後ろに手をついたエミヤさんが勢いよくバタ足を始めた。私は支えておいてほしいと言われたバケツを片手に必死にいかだにしがみついた。

 遠目から見ていてもすごかったのだが、いかだに乗ってみれば――子供みたいな感想だけど――もっとすごかった。私達がいた砂浜はぐんぐんと遠ざかり、エミヤさんのあげた水しぶきが雨のように降り注ぐ。それが太陽の光を反射させてキラキラと光ってとても綺麗だった。

 数分後、エミヤさんは本日の漁場を定めたらしく、唐突にバタ足を止めた。

 水をポタポタたらしながらエミヤさんがいかだに上がってくる。前に垂れてきていた髪を後ろになでつけると、そのまま手のひらを広げて例の呪文を呟く。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 魔女である私がこういう表現をするのはおかしいのかもしれないが、二本の釣竿が何もない空間から魔法のように(・・・・・・)現れた。

 一本は長く、もう一本は短い。おそらく短い方が私が使う方なんだろう。

 

「これを使うといい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 案の定手渡されたのは短い方だった。青い光沢を放つ釣竿は、なんだかアンテナみたいに見える。

 というか、そもそも本当は自分も釣りをしたいと言ったつもりでは無かった。一人砂浜に取り残されるくらいならエミヤさんの隣で彼の釣りを眺めていようと思っていただけなのだが、どうやら私も釣りをしなければいけないらしい。

 

「初心者用だから難しい操作は無い。餌が引かれたら、竿を持ち上げながらそこの取っ手をグルグル回す。……まぁ習うより慣れろとも言うし、やりながら覚えればいい」

 

「はい」

 

 エミヤさんに手渡された見慣れない竿をまじまじと見つめる。手触りといい、どこかとんがったフォルムといい、なんだか自分の想像していたものと違う。

 上手く表現できないけど、そう、例えるなら未来の釣竿。実は彼の投影は未来のものも取り寄せられるのだ!

 などと馬鹿げたことをつい考えてしまう。

 

「ああ、そうだ」

 

 ぼんやりと下らない妄想をしていると、エミヤさんがふと思いついたように声をあげた。

  

「陽にあてられて熱中症になっても困るしな。コレをかぶっておくといい」

 

 ぽす、と何かが頭にのっけられるのを感じる。

 見ればそれは直径50cmはあろうかという大きな麦わら帽子だった。

 お礼を言おうと顔をあげて、……固まった。

 

「あの、エミヤさん。その恰好は……?」

 

「釣り人の正式(フォーマル)な衣装だが、何かおかしいかね」

 

「いえ……」

 

 不思議そうな顔で尋ねられる。

 正直なんともいえないおかしさがあったが、彼の言う通りあれが釣りをする人の正式な衣装なのだとしたら、それをとやかく言うことは出来ない。

 鍔月の赤い野球帽?に、ポケットがたくさんついたジャケット。

 うん、良く見ればなんとも似合っている。むしろ似合いすぎていて恐ろしいくらいだ。

 

「ああ、君も着たいのか?」

 

「いえ……」

 

 得心がいったという表情を見せるエミヤさん。

 やんわりと断った。

 

 

 太陽が中天に差し掛かった頃、エミヤさんはずっと保っていた釣りの姿勢を解いていかだに腰かけた。……いや、本当はそんな仕草をするのは見えていなかったのだけど、私はいかだの揺れでそう判断した。

 現在私とエミヤさんは正方形のいかだの反対側にそれぞれ腰かけている。重心を片方に寄せすぎるといかだがひっくり返りそうだからだ。

 今が正午あたりだから、大体釣りを始めてから二時間ほど経ったということだ。

 肝心の釣果はといえば、可もなく不可も無くといった感じ。

 釣りは私が想像していたほど難しいものでは無かったけど、かといってビギナーズラックと言えるような大物は一向に引っかからなかった。加えてここ三十分くらい私の竿はピクリとも動かない。もしかしたらとうの昔に餌を食い逃げされているのかもしれない。

 まあそれもでもいいだろう。十分釣りは楽しんだし、今はこうして生ぬるい海水に足を浸しているだけで気持ちがいい。

 対するエミヤさんの釣りは昨日と比べてだいぶ静かだった。

 別に釣れなかったという訳でもなさそうだし、私に気を遣ってくれた、と思うのは少し自意識過剰だろうか?

 

 穏やかに時間が過ぎていく。

 特別波の流れが速いとかそういったことはないらしく、気付けば砂浜からはるか遠くに流されていたなどということは無かった。

 空を見上げれば雲一つない快晴だ。

 あの、私達がこの島にやってきた夜まで続いていた悪天候はなんだったのだと言いたくなるほど雲の気配が無い。

 そこまで考えて、ふと大きな疑問が残っていることに気が付いた。

 

「あの、エミヤさん。今大丈夫ですか?」

 

「ん、ああ。かまわんよ。丁度休憩中だ」

 

 背後からそんな声が聞こえてくる。顔を見ずに話すというのは失礼かもしれないけど、私は何となく振り向かずに話を続けることにした。

 

「あの、一昨日の夜。どうやって私達を助けてくれたんですか? ……あの日、エミヤさんは付いて来ていませんでしたよね」

 

 そう。あの日、あの絶体絶命の瞬間、私達はエミヤさんに救われた。

 あの時は切羽詰まりすぎていて逆にエミヤさんがいることを受け入れてしまったけど、良く考えればおかしい。

 夜間哨戒に着いて来てくれている普段ならばまだいい。しかしあの日は違った。エミヤさんは用事があって来れないとわざわざバルクホルン大尉に伝言まで頼んで…………、そういえば何やら本を渡された記憶がある。

 たしかポーチに入れて首から下げて出撃した気がするのだが、昨日今日と全くその本の姿を見かけていない。もしかすると戦闘の際落としてしまったのかも。

 そうして私が丁度本のことに思い当たった時、後ろからエミヤさんが言葉を返してきた。

 

「……本だ」

 

「え……」

 

 考えを見透かされたのかと思って無意識におかしな言葉を発してしまう。

 そんな私の声が聞こえなかったのか、エミヤさんはゆっくりと話し始めた。

 

「いや、すまない。少し唐突過ぎたな」

 

「いえ……」

 

「そうだな、やはり順序良く話すべきだろう。……サーニャ、いつだったか君達に聖杯戦争の話をしたことがあったな」

 

「……はい」

 

 聖杯戦争。

 なんでも願い事がかなうという聖杯の所有権をめぐって、七人の魔術師と呼ばれる人間同士で争う儀式。

 その魔術師たちはエミヤさんのような、英雄という規格外の存在を呼び出して、自分達の代わりに戦わせるというとんでもない話だった。

 人間同士で戦う、それはつまり命を奪い合うということであって、人類共通の敵であるネウロイがいる現代では到底考えられない。エイラとか坂本少佐は目を輝かせて聞いていたけど、正直私としては人同士で殺し合うなんて正気の沙汰ではないと思う。

 

「エミヤさんはその聖杯戦争のときと同じ方法で私達に召喚されたんですよね?」

 

「そうだ」

 

 しかし別に私達は聖杯戦争をしようとしていた訳では無い。

 単に…………そう、単に――

 

「……あれ、なんだっけ?」

 

 なんと、私はこの年で物忘れを発症してしまったのだろうか。

 彼を呼び出すことになった経緯、その記憶が靄にかかったようにはっきりとしない。

 …………まあそんなことどうでもいいや(・・・・・・・)

 

「いいかな?」

 

「あ、はいすみません。なんでもないです」

 

「ふむ、ならいいが」

 

 一時反応が無くなった私だったが、エミヤさんは特に気にせず話を再開した。

 

「では令呪の話は覚えているかな?」

 

「……基本魔術師は英霊より力が弱いので、反逆されないように絶対命令を聞かせることが出来る力『令呪』を以て英霊を律する……でしたよね?」

 

 その『令呪』とやらは聖杯戦争が始まる際に魔術師に配られ、それが一種の参加証明書のような役割も持つという話もあった気がする。

 

「その通りだ。良く覚えていたな」

 

「いえ、印象深かったので……」

 

 感心したような声が後ろから聞こえてきたが、こちらとしては話が逸れてきているような気がしてならない。

 あるいは令呪とあの日の奇跡に何か関係があるのだろうか。

 

「さて、実は令呪にはもう一つの使用法がある」

 

「なんですか?」

 

「それがサーヴァントの意志に合致する物であり、令呪、マスター、サーヴァントの魔力が届く範囲であれば、令呪は本来行使不可能な奇跡をも起こしうるのだ。そう、たとえば瞬間移動(・・・・)のような」

 

「……!」

 

 つまりあの夜、この人は令呪の力によって瞬間移動してきたということなのだろうか。

 にわかには信じがたい話だけど、事実私達は救われている。

 しかしそれでも一つ決定的におかしな点がある。

 

「確かにそれなら可能なのかもしれませんけど、でもそもそも私達は令呪を持って……」

 

 無い、と言おうとする口を止めた。

 最初に言われた言葉を思い出したのだ。

 

「……あの本、ですか?」

 

 おそるおそる呟いた私の言葉に、エミヤさんは大きく頷いて見せた。

 

「あの本が私の思っている通りのものならば、あれはマスター権を譲渡する物だ。令呪まで受け渡せるという話は聞いたことが無いが、私はあれから令呪の存在を感じ取ったし、事実奇跡は起きている。……そもそもあの日君に渡すよう頼んだのも、その性能実験のようなものだったんだ」

 

 ……さすがに驚いた。

 あまりにも現実離れした話なので、私はどう反応するべきか分からなくなってしまう。本当にただ目を見張るばかりだ。

 彼の生きていた時代は、ともすれば現代よりもよっぽど進んでいるのかもしれない。

 

「…………あ」

 

 そして、同時にとんでもないことを思い出した。

 

「あ、あの! 私それ失くしちゃったみたいで……」

 

 顔がカァっと熱くなるのを感じながら振り返る。そんなものを海に落としたなんて、取り返しのつかないことをしてしまったと酷い後悔が湧いてくる。

 しかし、丁度その時エミヤさんもこちらに振り返って来ていた。そして胸ポケットを探りながら、

 

「ああ、すまない。それは初日に君が寝ている間に回収させてもらったんだ。どんな変化が起きているか調べたくてね」

 

「えっ」

 

「ほら、ちゃんとここにある」

 

 苦笑しながらエミヤさんが取り出したのは、まさしくあの本だった。

 擦れた臙脂の背表紙に日焼けしたページ。私達の命を救った本は、しっかりと存在していた。

 

「…………良かった」

 

 本当に良かった。

 思わず安堵の溜め息を漏らしてしまう。

 ほっとしたせいか肩の力が抜けてしまったので、姿勢を治すのも面倒だしそのままいかだに体を横たえた。急に視界に現れた太陽がまぶしくて思わず目を細める。

 そんな私の様子を見ていたエミヤさんが、顔を覗き込んできて言った。

 

「それで、この後はどうする。釣りはもういいなら岸に戻るか?」

 

「……私は、どちらでもいいです」

 

 戻ってもすることは無い。

 時間の潰し方も日向ぼっこしかないわけだけど、浜辺で日向ぼっこをするのもいかだの上で日向ぼっこをするのも大差ないだろう。

 そうして、一つの事実に気が付いた。

 私は一生ここで過ごすことになるかもしれないのだ。……いや、正確には私とエミヤさんがだ。

 私がここで暮らさなければいけないことには、正直不安はあるが文句は無い。それはあの日力が足りなかった私への報いであり、エイラと芳佳ちゃんの命に対する償いでもあるから。すぐには無理でも時間をかけて受け入れていく覚悟はある………はずだ。

 しかしエミヤさんは違う。なかば強引に呼び出されて――

 

「――あまり思い詰めるな」

 

 唐突にかぶっていた麦わら帽子が脱がされ、次の瞬間には私の顔を覆うようにかぶせられた。

 

「考えることを止める、というのは逃げでは無い。自分の足を止めないため、心が壊れてしまうことを防ぐためにとる一つの賢い選択さ」

 

 にわかにいかだが大きく揺れる。

 麦わら帽子の隙間から、エミヤさんがいかだに大きく寝ころぶのが見えた。私と互い違いになる形だ。

 

「……でも、エイラと芳佳ちゃんは――」

 

 頬を何かが伝うのを感じながら、思わず持ち出さないようにしていた話題を口にしてしまう。

 しかしエミヤさんはそれを遮った。

 

「そこに君が責任を感じるのは間違いだ」

 

「でも……」

 

「昨日も言っただろう。君は結果的に全員を生存させることに成功している」

 

 そんなことを言われても、私があの時何も出来なかった事実は変わらない。

 正しい判断など出来ないと悔しそうに吐き出した彼にとっては、何かを為して失敗するより何も為さずに成功することに価値がある思うのだろう。それが正しいことは分かるし、昨夜は納得した。もちろん今も納得している。

 しかし、良く考えてみれば結果自体良くないのだ。

 

「……違いますエミヤさん。結局今、エイラと芳佳ちゃんは――」

 

 慌てて口を塞いだ。

 自分はなんて愚かなんだろう。私がたった今、無神経にも言おうとしたことはつまり、

 

「その通りだよサーニャ。エイラと芳佳は今ここに居ない。そして、命を落としている可能性が非常に高い」

 

「あ、い、今のは……!」

 

 違う。そんなつもりで言ったんじゃなかった。

 ただ、どうしても私を悪く言おうとしないエミヤさんに、私がいかに駄目か……。つまるところ自己嫌悪をするための道具にしようとしていただけで、それは私の幼稚な部分がそうさせただけなのに。

 

「言葉を止める必要はない」

 

 慌てる私をよそに、エミヤさんはいつも通りに言葉を続けた。

 

「彼女達が命を落とす要因になったのは私だ。二人をこの場に留まらせれば良いものを、欲を出して送り出してしまった。子供の強がりに、身勝手にもかつての知り合いを重ねてしまった」

 

「――――ッ!」

 

「ああ、そうだ。……オレが二人を殺し――」

 

「やめて下さいっ!!!」

 

 跳ね起きて叫んだ。

 寝転がったエミヤさんは無表情に、瞑想するように目を閉じていた。

 たった今彼が言ったことを否定しようと、私は懸命に言葉を探した。この何も無かったかのように自分を責める人に、それは違うと言いたかった。

 

「……そんなこと、言わないでください」

 

「……」

 

 私には彼に伝えるべき言葉が無かった。

 これも昨日彼が言っていた経験の無さのせいなのだろうか?

 

「……きっと生きてます。エイラも、芳佳ちゃんも、そんなに弱くない。そんな簡単に死んじゃったりしません」

 

 さっきまでの自分の考えと、まるで正反対の言葉が口をついて出ていた。

 口にして、気が付いた。

 そう。エイラも芳佳ちゃんも弱くない。

 エイラはいつだって自信にあふれているし、芳佳ちゃんは決して自分を見失わない。そんな彼女達に自分はいつも救われてきたのではなかったのか。

 

「……そうです。生きてます」

 

 言い聞かせるように口にしてみる。

 不思議なことに今度は本当にそう思えるような気がしてきた。

 ……この状況を作り出した私が、今さら二人を信じると言うのは身勝手な話だろうか?

 寝ころんで微動だにしないエミヤさんを見下ろしながら、私も再び横になった。そのまま仰向けに天を仰ぐ。

 見上げた空はどこまでも遠く、目もくらむような青さに吸い込まれそうになる。

 

 ……信じよう。

 きっと二人は助けを呼んでくれている。そして、もう一度会えた時、二度と皆を危険にさらさないよう私も強くなることを誓おう。

 

「信じてるよ、エイラ、芳佳ちゃん」

 

 口の中で小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

Sakamoto Mio

 

 

 

「ダメだよ少佐! 当該区域には何も見当たらない」

 

「…………そう、か」

 

「一休みしたらもう一度――」

 

「駄目だ。根を詰め過ぎるなシャーリー。……なあに、心配することは無い。エミヤが付いている」

 

 口ではそう言っていたが、実際焦りは募るばかりであった。

 

 

 

 

 一昨日、サーニャや宮藤の行う夜間哨戒に問題が生じた。

 当日宿直だったバルクホルンによれば、彼女達の哨戒中に急激にインカムの通信状態が悪くなったそうだ。その時はサーニャの掠れた呼びかけを最後に、彼女達との通信は一切途絶えてしまったらしい。

 バルクホルンは即座に執務室のミーナ、自室で寝ていた私を叩き起こした。そして、状況の報告を受けた私達は他のメンバーを招集し、即席の救助隊を編成して基地を飛び立った。

 確かその時の面子は、魔眼を使える私、万一のためにサーニャ達を背負って帰れるバルクホルン、そしてベテランのハルトマンとシャーリーだったように記憶している。他の者は基地待機となったはずだ。

 捜索が始まってから三十分ほどで、私の魔眼がエイラと宮藤を発見した。すぐさま二人の元に駆けつけると、二人は何やら興奮しているようで、話を聞こうにも二人は支離滅裂なことをまくし立てるばかりでまともに会話にならなかった。仕方なく一度基地に戻る判断をした私だったが、彼女達のそばにサーニャの姿が無いことに私は最悪の事態を想定した。加えて、エイラの頬にある血を拭った跡が私の心を余計に掻き毟った。

 基地に帰った後、リーネがいれた紅茶を飲んでようやく二人は落ち着いて話し始めた。

 なんでも彼女達はネウロイに遭遇したらしい。バルクホルンの報告にあった通信障害に気付いた彼女達が帰投しようとした際に、前触れなくネウロイが攻撃してきたという。その場はサーニャの咄嗟の判断で二人は回避できたが、サーニャは片方のストライカーを失った。エイラはサーニャに駆け寄ろうとして武器の破片に頭を打ち気絶した。エイラの怪我はその時の物で、他に外傷はないらしい。

 ここまで話すとエイラは再び興奮しだし、今すぐサーニャを助けに行くと大騒ぎを始めたので、仕方なくバルクホルンが気絶させた。続いて宮藤が話し始めた。

 落下するエイラをなんとか受け止めた二人は、そのままネウロイのビームにさらされることとなった。武器を失い、ストライカーが無いため魔法力を安定させられないサーニャはエイラを抱え、その代わりに宮藤がシールドを張って二人を守ったという。

 宮藤が自身の限界を感じていたころ、サーニャの叫び声と眩い白い光を感じ、次の瞬間にはネウロイが倒されていた。そして代わりにエミヤがその場にいたと宮藤は話した。

 ここまで来て一気に状況が分からなくなった私達だったが、エミヤが英霊という規格外の存在であることを思い出して、ひとまず話を最後まで聞くことにした。

 その後、エミヤと長距離飛行が出来ないサーニャは近くの孤島に残り、エミヤの判断で宮藤が気を失ったエイラを背負って基地に戻ることになったらしい。道中エイラは気を取り戻し、エイラの占いと未来予知を駆使してなんとか基地付近まで戻ってきたところを、私に発見されたという流れだった。

 宮藤はそこまで話すと、彼女もまたエイラと同じように興奮し始めサーニャ達を助けに行くと騒ぎ始めたので、仕方なく私が気絶させた。

 後で聞いた話だが、二人はミーナの指示で医務室に詰め込まれベッドに縛り付けられたらしい。

 

 その夜が明けてから、私達はミーナの総指揮の元、いくつかのチームに分かれて一日中捜索した。事前に提出されていた飛行空路の予定と事件発生時の時刻を照らし合わせて割り出された空域を中心に、どんな小さな島にも空と陸の両方から二人の陰を探し回った。

 しかし、そのどこにも求める姿は無かった。

 彼女達が戻ってきた方角も当てにならない。途中からエイラの占いを根拠に右往左往したらしいのだ。

 エイラと宮藤はミーナの判断で捜索チームから外された。精神的な問題らしい。その代りに、彼女達はミーナと執務室で一日中当該の海域の地図と顔を突き合わされることとなった。

 そして一日を終え、私達はついにサーニャ達のいる島を発見することが出来なかった。終にはミーナすらエイラの占いに頼るしか捜索方針を見いだせなく無くなってしまった。

 

 そしてもう一夜明け、現在である。

 現在の捜索の対象は、すでに地図に載っていない島となっている。

 これは非常に可能性の低い戦いである。ストライカーユニットの開発によるウィッチの飛行能力の進歩によって、現在の地図の精度は極めて高いのだ。

 

 しかし、それでも私達は諦めない。

 ウィッチの思いは奇跡を起こす。私の持論である。

 それにサーニャのそばにはエミヤがいる。アイツがいる限りサーニャの身に万が一は無いだろう。

 ならば私達は早く見つけてあげなくてはならないだろう。

 サーニャの白い肌が黒く焦げてしまう前に、エミヤの褐色が闇夜に溶けるレベルになる前に、だ。

 

 そう自分を鼓舞し続けるが、時が経つごとに動悸が早くなっていくのを感じる。

 こんな不安を皆も感じているのだろうか?

 

 

 見上げた空は私の心持とは反対に。

 どこまでも青い空が、今日も何でもない一日であると目いっぱいに主張していた。

 

 

 

 

 




そろそろこの章終わらせたいです。
あと数話かと。


あとサブタイは毎回適当なので深く考えてはいけません。

久しぶりとなったのでいろいろ見苦しいところもあったかもしれません。
いつものように指摘があればぜひお願いします。

それでは今後ともよろしくお願いします。

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