(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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少ないです。


北極星

 

 

 

 

Sanya V.Litvyak

 

 

 

 

 夢を見ている。

 

「■■ー、みかんとってー」

 

 それはとても平和で、幸せに満ちた夢。

 

「先輩、朝ですよ。こんなところで寝ていたらまた藤村先生に怒られちゃいます」

 

 夢の中心にはいつも赤毛の少年、いや青年と言った方がいいかもしれない。

 

 お金があるとか、名誉があるとか、そんなモノとは無縁な日々。世間一般の人からすれば取るに足らない、普通なら見逃してしまうような大切なモノ。

 彼の周りにはいつも、そんな小さな幸福が広がっていた。

 ――そして、彼は誰よりもその日常の価値を知っていた。

 

 知っているがゆえに、そこには違和感がついて回る。

 自分は本当にこの幸せを甘受していいのか、ここにいてもいいのか。周囲の人間の笑顔の中で、彼だけはいつも自身に疑問を持ち続けた。

 違和感は時を重ねるごとに大きくなっていく。

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、この夢……」

 

 ふと目を覚ました。

 意識の覚醒と共に、見た夢についてぼんやりと思索を巡らす。ここ最近よく見る夢だ。

 知らない場所、知らない光景。だけど、まあ夢なんてそんなモノだろう。いつもと違う点をしいて言うなれば、いつもより少し鮮明だったことだろうか。

 

 どうやら変な恰好で寝ていたらしい。体を動かそうとすると関節がギシギシと悲鳴を上げた。

 背中には固い感触。そういえば木にもたれて寝たのだった。

 

 ここまで来て、私はようやく現状を思い出した。

 そうだ。自分はエミヤさんと二人、孤島で救助待ちをしているのだった。それで昨日はエミヤさんに言われるがまま、木の根元に座り込んで眠りについたのだ。

 

 空を見上げると、昨日までの悪天候が嘘のように晴れ渡っていた。

 水色の水彩絵の具を流し込んだかのように澄んだ青空。遠くには昨日まで雨を降らしていた雲の群れがちょっとだけ見える。

 降り注ぐ陽光につられるように立ち上がってみると、自分の身体にかけられていたらしい何かがはらりと落ちた。

 ベージュ色のタオルケットのような薄い毛布。見覚えはないが、おそらく一緒にいたエミヤさんがかけてくれたのだろう。

 ……それにしてもこの毛布。おそらくエミヤさんの『投影』で作ったものなんだろうけど、どう見ても本物にしか見えない。手触りといい質感といい、シャーリー大尉が超便利固有魔法と言うのもうなずける。

 

「起きたか」

 

 手元の毛布から顔を上げると、日差しをキラキラと反射させる海岸を背にエミヤさんがこちらに向かってくるところだった。

 その服装は黒の半ズボンに白いTシャツというシンプルなもの。良く見れば足はサンダルを履いている。状況を知らない人が見れば海水浴に来たお兄さんだと思うに違いない。

 ……というか本当に便利だなあ、投影。

 

「……おはようございますエミヤさん」

 

「ああ、おはようサーニャ」

 

 エミヤさんは白い砂浜に足跡を残しながら私の脇にまでやって来る。

 ひとまず毛布についてお礼を言って手渡す。気にしなくていい、と言いながらエミヤさんが毛布を受け取ると、毛布はそのまま消えてなくなった。

 

「さて、いきなりで悪いのだが、魔導針は使えるようになったか?」

 

 言われて魔法を使おうとしてみるが、レーダーにはノイズのようなものが奔っていて何も判別がつかなかった。

 目を伏せて首を振ると、エミヤさんはさして驚いた様子も無く、むしろ予想通りだといった顔をした。

 

「この島の海岸線を歩いて回ってみたのだが、思ったより大きな島のようだ。歩いたら少なくとも一時間はかかりそうだ」

 

 どうやら私が眠っている間に島を少し調査してくれていたらしい。それは本当にありがたいんだけど、この人はもしかして寝ていないんじゃないだろうか。

 

「そんなことは無い。私とて人間(・・)だ。二時間ほど仮眠はとったさ」

 

 それは寝たと言うのだろうかと言う疑問は浮かんだが、何も問題に思ってなさそうな彼の顔を見て、黙っておくことにした。

 しかしそれ以上に今の発言には引っかかるところがあるような……。

 ふと一つ重要なことに思い当たった。

 

「水とかはあるんでしょうか?」

 

「ああ、そこの林を進んだところに川があった」

 

 つまり、すぐに命の心配をする必要はないのか。

 

「……そうだ、サーニャ。いつまでもその濡れた服を着ているわけにはいくまい。服なら私が用意するから、川で着替えてきたらどうだ?」

 

 エミヤさんはそう言うと、手元に白い布束のような物を具現化させた。

 言われて自分の服に意識を向けてみれば、昨日の雨でビショビショだった服は時間と共に半乾きになっている。スカートはベタベタと足に張り付き、袖も肌にまとわりついていた。今まで気にしていなかったが、一度気が付くとやはり気になってしまう。

 正直ここまでエミヤさんにおんぶにだっこと言うのは情けない話だが、背に腹は代えられないと我慢するしかない。

 

「……すみません。ありがとうございます」

 

「脱いだ服を渡してもらえれば洗っておくが――」

 

「け、結構です!」

 

 慌てて遠慮すると、エミヤさんは少し残念そうな顔ですぐに引き下がった。

 前々から思っていたことだけど、この人は私達が女の子であるということを忘れてはいないだろうか?

 いや、子供だと思われているだけなのかも知れないが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミヤさんが指差した方向へ草を分け入っていくと、五分ほど歩いた頃だろうか。なかなか見つからないので道を間違えたかと思い始めた私だったが、突然視界は開け川は見つかった。

 意外としっかりとした川だった。山奥にちょろちょろと流れる湧水程度のモノを想像していたのだけど、エミヤさんが見つけたそれは水深三十センチはある。水は澄んでいて、良く見ると小さな魚が泳いでいるのが見て取れた。

 この島、もしかしたら住もうと思えば住めるかもしれない。

 

 エミヤさんに手渡された服を手近な石の上に置き、ゆっくりと服を脱ぎ始める。

 スカートのジッパーをおろしストッキングに手をかけたところで、昨夜負った左足の傷に包帯が巻いてあることに気が付いた。うっすらにじんだ血を見て、エイラが気を失った姿を思い出す。

 嫌な想像が頭をよぎって心拍数が上がる。もしあの時ネウロイの攻撃がエイラを狙ったら…………いや、よそう。今そんなことを考えても仕方がない。

 

 そう、悔いるべきはその後のことだ。

 結局あの時私は何も出来なかった。守ることが出来なかった。ただ芳佳ちゃんのシールドに頼り切って、どうしようどうしようとパニックに陥ってしまっただけだ。

 もし、もしあの時、あの場所にいたのが私では無くミーナ中佐だったら、坂本少佐だったらこんなことにはならなかったかもしれない。

 日常的に一人で戦うナイトウィッチの宿命か、私は他の人がどう動くべきかなどてんで想像がつかなかった。

 今後今回のように複数人で飛ぶことがあるかは分からない。まして私が隊長として、だ。

 ただ、いつまでも中佐や少佐が私達を引っ張ってくれることは無い。彼女達にも『上がり』の日は来るだろうし、私が隊で最年長になる日も来る。

 そう考えると、やはり今回の自分の失態はそのままにしておいて良いものでは無いだろう。

 

 包帯を丁寧に巻き取って、渡された服を置いたのとは違う石の上に置く。

 他に身にまとっていたものも全部その上に畳んでから、私は水の中に足を踏み入れた。

 

「痛っ……」

 

 傷に水がしみる。

 しばらくして痛みに慣れると、私は水をかけながら身体を洗った。

 

 一通り体を洗ったが、当然タオルは無い。

 仕方ないので自然乾燥を待つことにした。その間に服を洗ってしまおう。

 

 スカートやズボンを順に水にさらしていく。ストッキングは…………捨ててしまうしかないだろうな。

 幸い他に破けた服は無い。

 キャミソールはすぐに乾きそうだけど上着は複雑な構造をしているし乾燥には時間がかかりそうだ。

 洗濯していた服を川から引き揚げると、自分の身体がもう乾いていることに気が付いた。服を適当な岩の上に置いてから、満を持して渡された服に手をかける。

 

「…………」

 

 広げてみれば、それは可愛らしい真っ白なワンピースだった。腰回りからスカートが二重になっていて、ひざ下あたりで左右に分かれている。

 いや、なんというか文句なしに良い服だと思うし、なんなら自分の私服に欲しいくらいなのだけど………少し凝り過ぎじゃないだろうか?

 もしかしたらエミヤさんには裁縫の趣味があるのかもしれない。

 ワンピースに袖を通すと、地面に見覚えのないものが落ちていることに気が付いた。

 

「……サンダルまで」

 

 服の中に挟んであったらしい。地面に直に足を付けたらケガをしてしまうかもしれんだろう? とエミヤさんが喋っている姿が頭に浮かんできた。

 もう何も言うまい。

 

 

 

 

 

 

 

 洗った服を回収し元居た砂浜に戻ってみると、エミヤさんが木を切っていた。

 

「む? 戻ったか」

 

「はい。……あの、服ありがとうございました」

 

「構わんよ」

 

 エミヤさんは一度腕を止め、私に目を向けた。

 足先から頭までざっと見てから、

 

「うむ、良く似合っている」

 

 そう言って大きく頷くと、再び伐採作業に戻った。

 おそらく服の出来を確認していたのだろう。こう言うのはおかしな話かもしれないけど、今のエミヤさんは自分の作品を眺める職人の顔をしていた。

 

「……あの、何をしているんですか?」

 

 今度はエミヤさんはこちらに顔を向けなかった。ギコギコのこぎりを引きながら答える。

 

「いかだを作っているんだ」

 

 まさかいかだで基地に戻るつもりなのだろうか?

 さすがに無理があると思うのだけど……。

 

「いや、さすがにそれは厳しいだろう。

 ……少し沖に出て釣りでもしようかと思ってね。いつまでここで待たなければならないかも分からんし、食料は必要だろう?」

 

「……はぁ」

 

 あいまいに頷く。

 それこそ『投影』で済ませればよいのではないだろうか?

 

「ああ、投影だといろいろまずいことがあるかもしれないんだ。……知っているだろうが、私の投影品は傷がつくと霧散してしまう。海の上では何があるか分からない。私は最悪泳いで帰ってくればいいのだが、それだとせっかく釣った魚がな」

 

 

 しばらくしていかだは完成した。

 大きさは私のベッドくらいで、あれなら人が乗っても大丈夫だろうと思えるほどしっかりした出来だった。

 ではちょっと言ってくる、と言い残してからエミヤさんはTシャツを脱いだ。何をするのだろうと見守っていると、エミヤさんはいかだを水につけ、それを手で押しながらバタ足を始めた。

 なるほど、確かにエミヤさんなら櫂で漕ぐよりもそっちの方が早いだろう。

 水しぶきとは思えない轟音を立てながら海の向こうへ進んでいくエミヤさん。その背中は心なしかいつもより機嫌が良さそうだった。

 

 することが無くなった私は、木陰を探してからそこに腰かけた。

 遠ざかって行く水しぶきを見ながら思う。

 私達はいつまでここにいるのだろう。なかば事故のような形でこの島にやってきてしまったが、一見エミヤさんは楽しんでいるように見える。

 自分は…………どうなのだろう。一つ確かなのはエイラと芳佳ちゃんが心配だということ。ちゃんと基地に戻れただろうか?

 基地に戻れていたなら、ミーナ中佐のことだ。すぐに探しに来てくれるに違いない。ここは基地から二、三時間くらいのところだけど、もしかしたら探すのに手間取っているのかも。

 そんなことをぼんやり考えながら海の向こうを眺める。気付けば水しぶきは収まっていて、遠くにぼつんと人が立っているのが見えた。どうやらあそこを釣り場と定めたみたいだ。

 

 

 数分後。

 

 ――フィーーーーーーッシュ!! いやはや開始数分で一匹目フィッシュとは。ルアー釣りはあまり好きでは無かったのだが、そんなこ、おーーっと二匹目フィッシュだ! なんだ、北海が好漁場だとは知っていたがまさかここまでとは。……ああそうか、まだこの時代ではタラが盛んに釣れるのか。それは構わんのだが――――――――別に、釣りつくしてしまって構わんのだろう? 

 

 何か聞こえる気がする。

 

 ――フーーーハハハハ! リール釣りなどされるのは初めてだろう? シ〇ノのセフィアシリーズの最新式だ。行くぞ北海―――――タラの貯蔵は、っとフィーーーーッシュ!!

 

 気のせいだ。

 私は何か悪い夢を見ているんだ。

 さっきまで心強かった年上の男性がテンションが高い時のバルクホルン大尉みたいになっているなんて……。それとも普段それだけ抑圧されていたのだろうか?

 

 もう昼寝でもしてしまおう。

 諦めるようにゆっくりと目を閉じる。時折聞こえてくる誰かの楽しそうな声から意識を逸らしつつ、私は緩やかな微睡の中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが焼ける香ばしい匂いに目を覚ました。目を開ければ一面に広がる橙。そろそろ日没のようだ。

 水平線と交わって行く太陽に、海面にはキラキラと光の道が出来ている。

 しばらくその光景に見とれた後、背後からする匂いに振り返ると、林の中でエミヤさんがたき火をしていた。釣った魚を焼いているのかもしれない。

 

 ワンピースの裾に気を付けながらたき火に近付いてみると、案の定炎の周りには棒に刺さった魚が並んでいた。

 

「すみません、何から何まで……」

 

「いや、構わんよ。私とて手持無沙汰だったのでな。

 ……それより味付けが塩味しかないのだが、そこは勘弁してくれ。生臭さは内臓の代わりに香草を詰めて焼いているからマシなものだろうが――」

 

「い、いえ大丈夫です」

 

 これだけやってこの人はまだ不満があるらしい。魚を刺している櫛にも、木の幹を削って作ったらしい形跡がある。普通枝で済ます物じゃないだろうか?

 

「あの、何かお手伝いすることは……」

 

「ふむ、特には無いな。強いて言うならば、……そうだな。しっかり食べてもらうことくらいだ。

 あまりにも釣れすぎてほとんど逃がしたのだが、それでも気持ち大目に持って帰ってきてしまった。残すくらいなら私が食べてしまうが、やはり作った側としては君に食べてほしい」

 

「……頑張ります」

 

 ほどなくして焼けた魚を手渡された。

 こういった野性的な食べ方は初めてなので少し緊張してしまう。

 

「何、気負う必要はない。横からかじりつけばいい。…………それとも切り分けた方が良かったかな?」

 

 エミヤさんの提案を丁寧に断る。さすがにここまでやっていただいているのに、不満があるなどと言える身勝手な口は持っていない。

 それに、我ながら温室育ちだとは思うけど、実はこういうことにも少しは興味があったりするのだ。

 

「……いただきます」

 

 恐る恐る魚の背を口に運ぶ。

 くすんだ銀色のそれを小さくかじってみると、当たり前と言えば当たり前だけど焼き魚の味がした。焼き加減は調節できるとはいえ、さすがのエミヤさんも調味料が塩だけでは限界があったらしい。普通に焼き魚としてはおいしかったけど、いつもの高級レストランみたいな味はしなかった。

 

「どうだ?」

 

「おいしいです」

 

「そうか」

 

 私の言葉に頷くと、エミヤさんも程よく焼けた魚を見繕って手を出した。

 それにしても、密かにエミヤさんの料理がおいしいのは彼の魔法に関係しているのではないかと疑っていたのだけど、今回の様子を見るに本当に実力だったみたいだ。

 今度教えてもらえ……いや、やめておこう。

 正直私は料理に関しては全然ダメなのだ、というか手を出したことすら無い。おっかなびっくり手を出して、やれ火傷だ手を切ったなどとやられては彼も困るだろう。

 ここは申し訳ないけど芳佳ちゃんとリネットさんにお願いしよう。みんな忘れがちだけど、芳佳ちゃん達だってすごく料理が上手なんだから。

 

 

 

 

 少し無理をして魚を二本食べ終わると、そのころには空は完全に暗く染まってしまっていた。星もちらほら輝きだしている。

 

「……結局、今日は来ませんでしたね」

 

 満腹になったことで油断していたのだろうか、言うつもりのない言葉を口にしてしまっていた。

 弱気にもとれる発言に思わず口を掌で覆ったが、当然のごとくばっちりと相手の耳に届いた後だった。

 考えなしな自分の口に辟易する。これ以上この人にいろいろ心配をかけたり気を遣わせたくないというのに、普段働かない口はこういう時だけ達者になってしまうのだ。

 

「心配か?」

 

「……はい」

 

 仕方ないので正直に答えた。

 しかし、実は自分の安全に関してはそんなに不安ではない。あまり頼り切りになるのは申し訳ないと思ってはいるのだが、おそらくエミヤさんがいるからだろう。

 それよりもエイラと芳佳ちゃんが心配だ。

 エイラを担いで芳佳ちゃんは一人で夜に飛び出していった。口では大丈夫だと言っていたけど、芳佳ちゃんだってシールドを張ることで魔法力は消耗していたはずなのだ。比較的軽症だったエイラが目を覚ませば話は違うんだろうけど、その保証はどこにも無い。

 昨日のことを思い出して唇をかみしめる。私の答えを聞いたエミヤさんはと言えば、私の方を見ずに手元の櫛を難しい顔で見つめていた。

 そしてしばらく黙り込んでから、顔を上げてそれをたき火の中に放り込んだ。

 

「…………情けない話だが、私には彼女達がどうなったかは分からない。見える限りでは海面に落下する物が無いか見届けてはいたのだがな……」

 

 言われて昨日私が眠りについたときの彼の様子を思い出す。そういえばエミヤさんの瞳は雨の降りしきる海の向こうを見据えていた。

 もし仮に落下する芳佳ちゃん達を見たらどうしたのだろうか? やはり泳いで助けに?

 

 変わらずしかめ面のエミヤさん。もしかしたら彼も昨日の選択が正しかったのか悩んでいるのかもしれない。

 そんな彼を見て、私の口はまた余計なことを呟いた。

 

「…………私は、どうすればよかったんでしょう」

 

「何のことかな?」

 

 今度は口を塞ぐということはしない。穏やかな目を向けてくるエミヤさんに私は、昨日自分が出来なかったこと、そしてそのことについての後悔を、なかば自分に言い聞かせるように語った。

 

「…………」

 

 再び黙り込むエミヤさん。

 その視線は目の前で揺らめく炎へと移されている。どこか遠い過去を眺めているようなその姿に、私は声をかけるということが出来なかった。

 

「どうすればよかった、か」

 

 しばらくしてエミヤさんは自嘲するように話し始めた。

 

「……すまないが私に明確な答えは出せない。案ならいくつか思い当たるものはあるが――」

 

「なら――」

 

 エミヤさんの否定の言葉を遮った私だったが、それもエミヤさんが挙げた左手に制される。

 

「案なら思い当たるとは言ったが、それが正しいとは限らないんだ。

 現に君が何もしなかったことで、結果的にはあの戦いは死人や重症者を出していない。対して敵は殲滅できた。戦果としてベストではないがベターだ、それも限りなくベストに近い。何が起こるか分からない戦場では十分すぎる成果だよ。

 ……逆に今私の考え付いた策でベストな結果は出たかもしれないし、代わりに全滅の可能性もある」

 

 昨日の戦いには少しズルがあったがな、と彼は付け加える。

 しかし、私は彼の言葉の真意を測りかねていた。今のは可能性の話であって、答えにはなっていない。

 

「不満そうな顔だな」

 

「……いえ」

 

「いや、当然だろう。これではまるで答えになっていないからな。

 ……ふむ、代わりと言ってはなんだが、君が言った戦場における判断についての話をしようと思うのだが――」

 

 構わないか? と視線で問いかけてくるエミヤさん。

 断る理由は無い。むしろそれこそ聞きたかった話だ。

 

「まず前提として言っておくが――」

 

 そう前置きをして、彼の雰囲気が変わった。

 

「――オレの人生は負け続けた人生だ。正しかったと思える判断なんて、……それこそ片手の指で数えられるほども無いかもしれん」

 

 険のある、しかしどこか悲しそうな表情だった。

 

「それなりに歳は食っているからな、選択の機会はそれこそ山のようにあった。判断を下したたびに後悔を重ねて、振り返った後にはろくな結果は残っていなかった。そんな、正しくない判断を繰り返してきたオレの持論としては、正しい判断などそもそも下せないのだ、と言うことだ」

 

 見たことも無いような険しい顔で彼はそう吐き捨てた。

 彼の人生については想像することしか出来ない。英霊なんてものになってしまうような生活は想像がつかないし、そもそも彼が今語った自身の人生は、私の知る今の彼とはかけ離れたものだからだ。

 ネウロイを一撃で粉砕する力を持ち、家事も上手い。後者は余計かもしれないけど、彼ほどの力があればもっと守れるものがあったのにと思わないウィッチはいないだろう。そんな彼が負け続けたなんてことはにわかに信じられない。

 

「正しい判断など下せない、というのはそのままの意味だ。正しかったかどうかが分かるのは、総じて全てが終わった後。判断を下す、その時その瞬間、自分に下せるのは正しいと思う判断(・・・・・・・・)だけだ。オレの場合その多くは失敗だった。その積み重ねの集大成として最後に大きな間違いを犯したが……まあそれは今は関係ないだろう」

 

 そこまで言い切ると彼は再び穏やかな顔に戻った。いや、その顔には諦めたような雰囲気が加わっている。

 

「ふむ、話が逸れてしまったな。

 そう、まあオレが言いたいのは正しい判断を下すなんてことは出来ない、ということなんだ。後になって振り返ってみればとんでもないことになっていたり、その逆もまた然りだ。

 …………ただ、正しいと思う判断を正しい判断に近付けるモノがある」

 

 それは経験だ、と彼は続ける。

 

「人は歴史から学ぶというが、やはりその通りなんだろうな。経験(れきし)を重ねて少しずつ良い結果を出せるようになっていく。……もし君達が私の判断力を買ってくれていたとするのなら、その要因は経験の一言に尽きる。

 サーニャ、君は先程ミーナや美緒を引き合いに出していたが、それだってやはり経験だ。彼女達だって君のような思いを重ねた先にあの場所にいるんだ。今は焦らずに経験を積むことだな。

 ……まあ稀にルッキーニのような直感型の天才はいるのだが……」

 

 羨ましいものだ、と彼は自嘲気味に締めくくった。

 

「さて、一つ覚えておいてほしいのは、今のはあくまでオレの持論だ。話半分程度に聞いてくれればいいさ」

 

 そうしてエミヤさんは肩をすくめる。

 話を聞いていて、一つ思ったことがあった。さっきのベストとベターの話。

 彼は間違った判断を下してしまっていたのではなく、ベターを選び続けた自身を悔やんでいたのではないか。ベターを良しとする一方でベストではないことを責め続け、挙句それを失敗だと断じている。根拠は無いがそんなことをふと思ってしまった。

 

「エミヤさん。……すごく勉強になりました」

 

 本心だった。

 彼の人生について私が分かることなんてきっとこれっぽっちも無いのだろう。それは想像も出来ないほど過酷で、辛いものだったに違いない。

 ただ、今彼が語ってくれた言葉に込められていた思いは、少しだけ受け止められたような気がする。

 その思いに応えるように、出来るだけ真摯に答えた。

 

「戯言さ」

 

 そう呟いて彼は星空を見上げた。

 つられて自分も空を見上げる。今日は北極星が一際輝いているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 





サーニャちゃんのキャラがおかしい?
いえいえ、セリフだけ追って行けばサーニャちゃんに見えますぜ旦那。
勘弁してくだせぇ。

今回いろいろ実験したので読みにくかったらすんませんでした。

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