(仮)第501統合戦闘航空団専属家政婦エミヤシロウ   作:にんにく大明神

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駄文ですがお付き合いお願いします。




2015/8/21
大幅に修正しました。


自分のために

archer

 

 

 見渡す限りの闇であった。

 一切の光が遮られた、いやそもそも光など初めから無いと言わんばかりの空間だ。

 今の私には天も地もなく、自身の体すらあやふやである。ここはいったいどこで、自分はいつからここにいるかという疑問。さらによろしくないことに、少しでも気を抜けばそんな当然のモノを考えるより先に、そもそも自分とは何だったかなどという哲学的な命題が首をもたげてきそうである。

 自分が何であるかなど終ぞ分かった試しはないが、しかし私は哲学者ではない。そんなことに気を取られるのは止めて、とりあえず自分という存在をしっかりと認識することに集中した。

 幸いなことに、次第に私の体は実体を取り戻していき、私は自身の体――赤い外套を纏った『アーチャー』としての姿を確認することができた。

 これでようやく普通の疑問に相対することができる。

 

 ――ここはいったいどこなのだろうか。

 

 

 

 

 偽りの四日間は終わりを告げた。

 アヴェンジャーは回り続ける万華鏡を覗き込むのを止め、バゼット・フラガ・マクレミッツは自分が本来在るべき未来に足を踏み出した。

 日々の最後には少しだけ私も手伝いをしたが、今思えば随分と派手にやってしまったような気もする。

 

 ……自分が願ってやまなかったはずの平和な日々を終わらせるのは、正直なところ未練もあった。

 しかし、それは所詮死者の戯言でしかない。

 英霊などという大層な肩書はついているが、実際のところ私達はただの亡霊である。そんな半端者達の未練が、これから自ら未来を切り開いていく凛達の妨げになっていい道理はない。

 

「そんじゃ、あんたはもうあんたの言う平和な日常ってのに戻る気はないそういうことなのかな、アーチャー」

 

 暗闇から声だけが響いてきた。声に聞き覚えはおそらく無かったが、それでも声の主に心当たりはあった。

 アヴェンジャー――第三次聖杯戦争においてアインツベルンが呼び出したサーヴァント、アンリ・マユが誰か(・・)の皮をかぶって現界した姿である――だろう。

 相手の姿は見えなかったが、私は中空に向かって言葉を返した。

 

「無論だ。今更もう疲れたから休みが欲しい、などと言うつもりもない。君がなぜ私の前にいるのかは知らないが、よもやそんなくだらないことを聞きにでてきたのかな?」

 

 

 私は憮然とした態度で、突然背後に現れたアヴェンジャーと向き直る。

 褐色の肌に特徴的な黒い刺青が全身に走っている彼の姿は、不思議とこの空間と調和していた。

 

「へぇ。存外アンタは楽しんでた方だと思ってたんだが、勘違いだったか。……それとも、今のは自分にでも言い聞かせていたのかな」

 

 こちらの顔を覗き込みながらアヴェンジャーは人を小馬鹿にするように笑い、私が口を挟む暇を与えずこう続けた。

 

 

「俺としてはあんたが望むのならその平和な日常をもう一度(・・・・)送らせてやろうと思ったんだが……。余計なお世話だったか」

 

 

 ニヤニヤいやらしく笑うアヴェンジャー。

 私はたった今告げられたばかりの言葉を心の中で反芻する。

 平和な日常、つまり私が生涯自ら遠ざけたモノを再び、いやこの場合三度手にするチャンスを私に与えるとこの男は言ったのか。

 

 一般的な悪魔の認識として、彼らは甘い誘惑をダシにして魂を取引すると聞く。

 なるほどそれは正しかったらしい。

 

 この悪魔は今、見事に私が魂を売るに足る誘惑を提示してきたのだ。

 

 

 

 

 今回の一連の出来事ほど、棚から牡丹餅という慣用句があてはまる事例はそう無いだろうと個人的には思っていた。自分のことながら、なんとも気の抜けた所感に思わず自嘲してしまう。

 しかし、そんな間の抜けた思考ができるほど、私もあの日常というやつに毒されてしまっていたらしい。

 ……いや、心の中でまで強がろうとするのは私の良くないところだ。あの四日間でもう一人の私を見て自省したというのに、すっかり忘れていた。

 そう。正直に言えば、『平和な日常』は私にとってなんとも眩しいものだった。

 

 見たくもない醜悪なヒトの本性、自らのどうしようもない運命に絶望する怨嗟の叫び、そんなものに向かい合い続けることに嫌気がさして、意味の無い自分殺しを本気で考えすらしてしまっていた自分。それが自分で選んだ道だというのに。

 そんな時にこぼれ落ちてきた奇跡のような時間。

 たとえそれが夢であったとしても、あんまりにも眩しかったものだから少し目が眩んでしまったのかもしれない。

 もう諦めはついていると思っていたが、自分は案外未練がましい面をもっているのかもしれない。

 

「おーい! 聞いてますかー。ここならアンタの考えてる事俺に筒抜けだからー。黙っててもしょうがないぞー」

 

 アヴェンジャーの腹立たしい態度は無視して私は言葉を返した。

 

「聞こえている。そして君の誘いについてだが断らせてもらおう。あいにく私はもう満足しているのでね、他をあたってくれ」

 

 しばらく返事は無かった。

 私は腕を組み直し居住まいを正しながら、アヴェンジャーの様子を見る。

 アヴェンジャーは目を丸くして、こちらを何か珍しいものでも見るかのように凝視していた。

 私は何かおかしなことを言っただろうか。

 

「……おかしなこともなにも。アンタさ、もしかしてまだ俺にアンタの考えてること筒抜けなのわかってない? おかしいだろ。何が満足だよ、今までの奴らの中で一番未練残してるっぽいのに」

 

 アヴェンジャーは私が口に出さなかった言葉に律儀に言葉を返してきた。なにやら怒っているような様子さえ見て取れる。 

 しかし彼の考えていることは的を外している。

 

「おかしくはない。未練はある、だが満足はしている、そういうことだ。そんなものにいつまでも拘泥したところで、生まれるものは何もあるまい」

 

 

 呆れて物も言えないという顔を浮かべるアヴェンジャー。

 彼は肩をすくめてから、洋館の応接間においてあるような一人掛けの椅子にどっかり腰をかけた。

 椅子がそこにあったということに、私ももういちいち驚くことはない。よくよく思い出してみれば最初からそこにあったような気さえする。

 私の言葉はよそに、アヴェンジャーは顔を上に向け何かを思い出すかのように呟いた。

 

「俺も屁理屈も理屈の内ってバゼットに言ったことあったっけなそういや」

 

 屁理屈だと断ぜられていちいち食って掛かるような私ではない。その姿とは不釣り合いな豪奢な肘掛椅子に身を預けるアヴェンジャーを、私はただ呆と立って見ていた。

 不意にアヴェンジャーが呟いた。

 

「いや、違うな」

 

 アヴェンジャーはがばっと身を起こし、両ひざに肘を置いて前かがみになる。

 そのまま得意そうに、

 

「アンタは理論で自分すらごまかす人間だ」

 

 口元をゆがませてそう言った。

 

「失礼だな」

 

「そうだったそうだった。エミヤシロウは直情的だが阿呆じゃない。とにかくまっすぐであるように見えて、心の中ではいつもそうやって考えて考え抜いて、自分があるべき姿である理由を探すんだ。それを上手く見つけ自分を納得させて前に進むてのがアンタって人間だった」 

 

 アヴェンジャーは自分の中で出した結論に嬉しそうに手を叩いて納得した。私はその態度の中に若干の嘲笑の色を見て取ったが、おそらくそれは考えすぎなどではないだろう。この男は私の在り方を笑っている。

 他人に散々失礼なことをのたまった後、アヴェンジャーは最後にこう付け加えた。

 

「――こりゃあの遠坂凛も苦労するわけだ」

 

 そこでひとまずこのくだりは終了ということにしたのか、アヴェンジャーは腰に巻いてある赤い腰布をごそごそ探り始めた。

 はたして探し物はすぐ見つかったらしく、アヴェンジャーは腰布から薄い板を取り出した。

 簡単な絵が描いてある絵合わせパズルのようだ。

 

「待て、何故そこで凛の名前が出てくる」

 

 おおよそこの男とかかわりのないであろう女性の名。よせばいいものを、私はそれを聞き逃せなかった。

 

「いやなに、あいつは衛宮士郎に自分の幸せを大切にするよう必死に説いてたみたいだが、お前を見るにあまり意味はなかったみたいだな、と思ってな」

 

 

「……」

 

 

 アヴェンジャーはそれを完成させることに意味を見出していないのか、つまらなさそうにパズルをいじり続ける。

 

「お前は結局自分が最初に敷いたレール以外は走れないんだ。先に障害物があろうが崖が待ってようが関係無し。それが遠坂凛には気に食わなかったみたいだが、……まあ俺からすれば大いに結構なことだと思うよ。世の中はレールを敷いたはいいけど走りだせない奴、そもそもレールすら敷けない奴で溢れかえってんだから」

 

 私はふんぞり返って偉そうなことを言うアヴェンジャーに反論しようと思ったが、言葉がでなかった。

 代わりに違う論点で攻め立てようとした、その時だった。

 

「そもそも――」

 

 

「ごちゃごちゃ言ってないでこいつの提案を受けなさいアーチャー!」

 

 

 

 

 

 突然現れたのは彼女だった。

 聖杯戦争で私のマスターをしていたころより少し大人びた顔つきをして、いつか見た赤いコートを身にまとい、腕を組んで立っている。眉間には彼女の苛立ちを表すかのようにしわが寄っている。

 まさに私がマスターと認め共に聖杯戦争をかけぬけた、そして生前返しきれないほどの恩を受けた遠坂凛その人である。

 

 不思議と驚きはなかった。

 椅子に座るアヴェンジャーを見ると、パズルをから目を離してはいないものの目尻が少し下がっていた。どう見ても笑いをこらえようとしている。

 

「おや、凛か。少し見ないうちに老けたな。さすがの君も寄る年波には勝てなかったようだ」

 

 

 口をついて軽口が出た。どうやら私は彼女の登場がよほど嬉しかったらしい。

 

「なっ! ……アンタは変わらないわね。ってそりゃそうか」

 

 凛は一瞬だけかつての勢いを取り戻しかけたが、それもすぐに落ち着いた。

 

「はぁ、ほんとは言いたいことたくさんあったけど……、でもやっぱいいわ。アンタの顔見たらどうでもよくなった。それよりどう、私綺麗になったでしょ」

 

 そう言って彼女は魅力的に笑った。どうやら本当に大人になったらしい。

 その姿は摩耗した記憶のなかに変わらず光続ける彼女に寸分違わず重なった。オレが、衛宮士郎が憧れた遠坂凛がそこにいた。

 

 ――正直、臆面もなく自分のことを綺麗とか言うのはどうかと思うが、それも精神的に成熟しているということだろう。

 

 今思えば、いやあまり考えないようにしていただけなのかもしれないが、生前は彼女の言うことを聞かずにとても迷惑をかけた。

 彼女の忠告を聞かずに走り続け、最後に私が裁かれることになった時にはとても悲しませた。

 

 そしてまた今私は掴めるはずの幸せを自ら捨てようとしている。

 これでは本当に衛宮士郎となにも変わらない。

 

「あぁ、君は綺麗になったよ……本当に」

 

「でしょ? ふふ、あんた頑固だからね、説得するのに時間かかるかと思っていたんだけど、もう大丈夫みたい」

 

「……」

 

 

 ――それで、幸せになる覚悟はできたかしら、士郎?

 

 笑顔から一転、真面目な表情になって彼女は私にそう告げた。

 彼女とは長い付き合いだが、私の経験からいくと今のは問いかけではない、命令だ。正直なるのに覚悟のいる幸せなど遠慮したかった。しかしそれは許されないだろう。

 どうやらエミヤシロウは、地球の裏側に行こうがあの世に行こうが英霊になろうが、どうあがいても遠坂凛には敵わないらしい。

 いつだったか彼女が、自分の人生の目標は衞宮士郎を更正させて幸せにすることだ、と言っていた気がする。今回のことは、もしかしたらそれに背いた生前の私への意趣返しなのかもしれない。

 

 何故彼女がここにいるかは分からないが、とにかく彼女はいつもいいところで出てくる。困ったことに、今も逆に傾きかけていた私の心の天秤を、無粋にも素手でメチャクチャにしてしまった。

 

「君がアヴェンジャーの作り出した偽物なのかどうかは分からないが、まあそんなことはどうでもいい。偽物だろうが遠坂凛は遠坂凛なのだから」

 

「……そして覚悟云々だが、マスターがそういうのなら、しがない従者でしかない私は従うしかあるまい」

 

 

 私はわざと嫌味な顔を作り彼女を見た。

 凛は、私の皮肉なと慣れたものだと言わんばかりに言葉を返してきた。

 

「そう。ならお望み道理に無理やり行かせてもらうわ」

 

 そう言って凛はアヴェンジャーを横目で一瞥した。

 それを受けてアヴェンジャーがのそのそ椅子から立ち上がる。

 もうパズルは完成したようだ。

 

「やっぱ二回目は面白くもないな。どうせなら何かあたらしいものがいい」

 

彼の言葉の真意は私にはわからなかったが、まあ気にするほどのことでもないだろう。

 

 アヴェンジャーはパズルを適当に放り捨て、ついぞその行く先に目を遣ることは無かった。

 いつの間にか彼が座っていた椅子も無くなっている。

 

「ふぅ、ようやく最後か」

 

 棒立ちするアヴェンジャーの周りにきらびやかなステンドグラスが浮かんでくる。

 その光景に目を奪われていると凛が口を開いた。

 

「遠坂家六代目当主、遠坂凛が命じる。サーヴァントアーチャー、幸せをふん掴まえなさい! アヴェンジャー、アーチャーを幸せにしなさい!」

 

「おいおい、俺はアンタのサーヴァントじゃあないぜ。それにその言い方だと違う意味にきこ――」

 

「いいからやりなさいっ!」

 

「はいはい。……おっかねー」

 

 凛に手をひらひら振って適当に返事をすと、アヴェンジャーは私に向き直った。

 周囲のステンドグラスが光を放ち始める。

 

「ま、どこにも大変なことはあるもんだから適当に頑張ったら。……あんま難しく考えすぎんなよ。そんなんだからうっかり英霊になんぞなっ――」

 

「アヴェンジャー! 無駄口叩いてないでさっさとしなさい!」

 

「あーあーわかった、わかったから黙ってくれ。耳が痛くってかなわない」

 

アヴェンジャーは耳を抑えながらしかめっ面を浮かべ、口ではバゼットの方が当たりだったななどと呟いている。

 

「すまんな、アヴェンジャー、世話になる」

 

「はいよ」

 

 

 

 ステンドグラスの光が増していき次第に凛の顔も見えなくなっていく。

 最後にしっかり伝えておこう、生前伝えられなかった言葉を――――

 

 

 

 

 

 

 

「遠坂、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう視界は光で埋め尽くされ、何も判別できない。

 音も聞こえない。

 自分に肉体があるのかどうかも判別できない。

 私は次第に意識もゆっくり手放していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引っ張られる。

 見えない力に、

 これは聖杯戦争の召喚に似ているな、とぼんやり思った。

 結局アヴェンジャーは何を意図していたのだろうか。

 

 ――凛の言う幸せとはなんなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 見えない力は勢いを増していき、ついに私は世界に引っ張り上げられた。

 凛とは違ってしっかり召喚してくれたらしい。

 ゆっくり目をあける、そして周囲を見渡しこう言った。

 

 

「サーヴァント、アーチャー、召喚の儀に応じて参上した。お手柔らかに頼むよ、マスター」

 




途中で投げたりしないと思いますが遅筆なので更新はすごく遅れるかも

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