――1ばんどうろ――
「言っておくけど入ってすぐ戻るのはなしだかんな!」
ふとっちょが無駄に大きな声で言った。
草むらに入って野生のポケモンとバトルをしてこい。そうすれば臆病者でないことと認めてやる。
そうふとっちょとやせぎみは言った。
サトシはコイキングの入ったボールと父親のくれたお守りを握り締めて草むらの前に立った。
自分でも心臓が痛いほど鳴っているのがわかる。
あれほど望んでいたというのに、いざそのときになってみると体が重く感じられた。
今まで野生のポケモンはコイキングしか相手にしたことがない。そのうえいつも父親がそばについていた。
(こ、怖くなんかない!)
「ほら、はやくいけよ」ドンッ
「うわっ」
後ろから背中を押された。が、足は重りをつけたかのように動いてくれず、前のめりに転んでしまった。
「サトシっ!?」
「うっわ、まぬけでやんの」
「っくっそー!」
とっさに空いていたついた手のひらと地面にぶつけた膝には擦り傷が出来てしまった。悔しくて、涙が出そうになる。
が、ここで泣いてしまっては余計にからかわれるだけだろう。それでは惨めさが増すだけだ。
「ゴメン、サトシ。俺がムリヤリ誘ったからっ」
「いいんだ、シゲル。ぼく決めたんだ。臆病なんかじゃないって、証明する。……行ってくるよ」
そうだ。初めてコイキングとであったあの日から毎日頑張ってきたんだ。それは憧れのプロトレーナー、ワタルのようにかっこよくなるためである。
決して臆病者と笑われるためでも、親友を傷つけるためでもないのだ。
「ま、待った!」
だけど、それはシゲルも同じだった。仲良くなった友達が他のやつらとうまくいっていないのをなんとかしてやりたかっただけ。
それだけだったのに、なぜか親友に大事な父親との約束を破らせてしまうことになっている。
自分の責任なのに。深く考えず一緒に遊べば、仲良くなれると、話せばわかる、と簡単に思っていた自分のせいなのに。
このままサトシを一人で行かせてしまったら……それこそシゲルは自分が許せなくなりそうだった。
「おい、カズヨシ! バトルっていうけど誰がそれを証明するんだ。お前らのどちらかがついていかないとわかんないだろう!」
「なっ……たしかに、それはそうかもしれないけど」
「かもじゃないっ! もし、このまま一人で行かせてサトシがちゃんとバトルして帰ってきても、お前ら、いちゃもんつける気だろう。やい、もしそういうことしたら俺は絶対にお前らを許さないぞ! マサラ中にお前達のことを卑怯者と呼んで回ってやる」
ふとっちょとやせぎみの少年二人は顔を見合わせた。「おい、どうする」「無視すればよくない?」「けど、卑怯者って呼ばれるのも嫌だ」「え、いちゃもんつけるきだったの?」「ちがうけど、本当にバトルして帰ってきたかどうかわかんないだろ?」「それはそうだけど……」「ついていくか?」「えぇっ、で、でも……」
「し、シゲル?」
「どうなんだ、ヨシカズ、ヒロキ! サトシのことを臆病者呼ばわりしておいて自分達は行きたくないってのか」
「なんだと!」
「サトシはポケモンを持ってるじゃないか! 俺たちはポケモンもってねーもん」
「へっ、臆病なのはそっちじゃないか。俺はサトシについていくぜ」
「し、シゲル! 危ないよ!」
「いいんだサトシ。お前一人で行かせたら俺が姉ちゃんにひどいめに遭わされちまうし。二人なら怖くないだろ」
「け、けど……」
「おじさんにも約束破ったこと一緒に謝るからさ、頼むよ」
「……」
サトシは悩んだ。
シゲルが付いてきてくれるのは心強いが、ポケモンを持って居ない以上、一緒に行くべきではないと思う。
でも、親友の眼は断ってもついてくると言っていた。
短く、だが、深く悩んだすえに、サトシはさらに覚悟を決めた。
「わかった。でもポケモンが出てきたらその時点でマサラに逃げて。ぼくとコイキングじゃとても守りきれないから」
「おう。約束する」
「おい、臆病者ども! 俺らはもう行くぞ! もし来ないんなら俺達が戻ってきたときを覚悟しておけよ! 行こうぜサトシ」
「うん!」
「ま、待て! 俺達もついていく!」
――1ばんどうろ――
草むらをあるくこと5分。いまだ野生のポケモンと出会うことなく、子どもたちは歩いていた。
「この辺は昼はポッポやコラッタ、夜になるとホーホーやポチエナが出るんだぜ」
「へー」
草むらに入る前はあれほど緊張していた彼らだが、5分もの間なにごともなければ、子どもの緊張などそう続くものでもない。
「ホーホーとポチエナはまだ寝てるはずだから、たぶん出てくるとしたらポッポかコラッタだと思う」
「ポッポとコラッタかぁ。あんまり強いイメージはないね」
「あぁ、よく見るポケモンだしな。でも、コラッタもポッポもレベルが高いのは強いぞ。爺ちゃんのところに預けられたコラッタはひっさつまえばを覚えてたし、ポッポはかぜおこしを覚えれば空から攻撃できる」
「……そんなにレベルの高いのが出てきたらコイキングじゃ勝てないかも」
「まぁ、十中八九そうだろうが、まず出てこないから安心しろって」
先頭はサトシ。次にシゲル、やせぎみと続いて最後にふとっちょ。
「なぁ、サトシ。お前のポケモンってコイキングっていうのか?」
「そうだよ」
「コイキングってどんなポケモンなんだ?」
「え?」
「え?」
空気が止まった。
やや間をおいてシゲルが口を開いた。
「まさか、お前らサトシのポケモンがどんなのかも知らないで臆病者とか言ってたのか?」
「あ、あぁ、え、俺達なにか変なこと言ったか?」
「コイキングって、あれだぞ、お前らもみたことあるぞ」
「え?」
「ほら、マサラの南にある水道でよく流されてきた奴が溜まってるだろ」
「……え、何、サトシのポケモンってアレなの? あの水の通りが悪くなるからって時々、まとめて網で掬いあげてる、アレ?」
「そう。アレ」
「いやいやいや。嘘だろ? え、アレ闘えんの?」
「失礼な! 戦えるよ! ……コイキング相手なら確実に」
「……ゴメン、俺達が悪かった。だからもう帰ろう。流石にアレを頼りに野生のポケモンとなんて出会いたくない」
「なんだ、そりゃ。ちゃんと謝れよ?」
「サトシ、臆病者なんて言ってゴメンな……」
「俺も、本当にゴメン……」
サトシはとても複雑な気持ちだった。謝ってくれたのはいい。けれど何か凄く納得がいかない。
「あー、サトシ。戻ろうぜ。もうこれ以上草むらを歩く必要もないし、姉ちゃんたちが心配する」
「……うん」
サトシのテンションが目に見えて下がった。が、シゲルはそれに苦笑しか返してやれなかった。
「なぁ、あれなんだ?」と、突然ふとっちょが今まで向かっていたほう、トキワシティ方面から何かこちらに向かってくるものを見つけた。
「ゲッ!? 嘘だろ」
シゲルが顔を真っ青にして言う。
「みんな逃げろ! あれはスピアーだ! 毒を持ってるから刺されたら大変なことになるぞ!」
それは遠めでもわかる黄色と黒の警戒色で、ブーンと耳障りな音を立てながらまっすぐにサトシたちのほうへと向かってきていた。
「うわあっぁぁ」「ひぃぃいい」
ふとっちょとやせぎみがマサラへと一目散に走り出す。
ついでシゲルもそのあとを追った。
サトシもその後ろについていった、が。
「うわぁ!?」
足元のいしころを踏んづけて転んでしまった。手元から握り締めていたお守りが転げ落ちる。
「サトシっ!?」
後ろでした転倒音に慌てて振り返るシゲルだったが。
「いいから、シゲル先にマサラに戻って誰か呼んできて!」
「で、でも!」
「ぼくにはコイキングがいるから! はやく!」
シゲルは親友を置いていくことに一瞬躊躇したが。
このままスピアーに追いつかれたところで足手まといになるだけだと、判断し踵を返して走り去る。
「わかった、すぐ戻る!」
そうしてサトシは腰のモンスターボールに手を伸ばした。
スピアーはもうすぐそこまで来ている。
「はは。頼むよ、コイキング。草むらデビュー戦からいきなりシビアな相手だけど、頑張れるよね」