ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第98話 「神秘部へ」

「まぁー、なんてこと。それでホグワーツとやらをクビになっちまったですか」

「クビじゃなくて、自宅謹慎ってことだけどね。でももう、戻れないんだろうな」

 

 テーブルの上に置かれたカップに満たされているのは、紅茶ではない。長くクリミアーナ家に伝わってきたもので、もちろんアルテシアも作れるが、パルマのほうがよりおいしく作ることができる。

 その飲み物を、コクコクと飲み干した。ホグワーツでのいきさつを話し終えるまでに、のどが渇いてしまったのだろう。

 

「お代わり、お持ちしますからね」

「ありがとう、パルマさん」

 

 パルマがカップを手にして、台所へ。そして、すぐに戻ってくる。

 

「あの先生さまは、どうしてなさるんです? こんなときは、家まで送ってくれてもよさそうなもんなのに」

「ああ、でも別の先生が家の前まで来てくれたわ。紅茶をお誘いしたけど、そのまま戻って行かれたの」

「おやま、そうですか。このパルマが見つけていたら、紅茶を飲まぬうちは、決して帰したりはしませんでしたのに」

「あはは、そうだね。パルマさんにお願いすればよかった」

 

 お代わりの分は、まだ十分に熱かったので、少しずつゆっくりと飲んでいく。飲みながら、スネイプが帰り際に言った言葉を思い出す。スネイプの言った、あのときの話、のことを。

 

「お友だちは、なんて言ってるんですか。あのお姉さんだか妹さんだかわからない人は、またこの家に来てくれるんでしょうかねぇ」

「そうだね」

 

 友人たちとは、話をする機会すらなかった。あの騒動のあとから、誰にも会わせてもらえていない。もちろん、会おうと思えば会えた。でもその行為は、話をややこしくするだけだ。

 マクゴナガルの容態のほうも気になる。その場に飛び出してはみたが、アンブリッジなどよりも、まずマクゴナガルのほうが先ではなかったか。アンブリッジなどを縛り上げ、あのとき、何をしようとしたのか。

 パルマにはあいまいな返事を返しただけで、アルテシアは、だんだんと自分だけの世界に入り込んでいった。こうなるとただ見守っているしかないことを知っているのは、パーバティだけではない。パルマもまた、そのことを承知していた。

 

 

  ※

 

 

 放課後のホグワーツでは、パチル姉妹とソフィアとが、例の空き教室で話をしていた。このときまでに、それぞれが知り得た情報の交換や、これからのことの相談などのためである。深夜に起こった出来事を知ってはいても、アルテシアがどうなったのか、その後のことまではわからない。マクゴナガルも医務室で治療中とあって、いまは情報をくれる人がいない状況なのだ。

 

「いやなウワサが流れてるけど、きっとウソだと思う。そんなこと、あっていいはずない」

「退学になったってやつでしょ。あたしも聞いた」

 

 そのウワサとは、魔法省が即座に退学を決定し、そのまま実家に送り返されたというもの。実はこれは、退学の既成事実化を狙ったアンブリッジが密かに流したもの。事実はそうではないのだが、現実としてアルテシアが学校にいないのだから、信じた生徒は多いだろう。

 

「退学はいきすぎだと思いますけど、もうそうならそれなりのことを考えていかないと」

「とにかく、事実を確かめるのが先でしょ。ソフィア、10分あったら大丈夫だよね?」

「は? なにがですか」

「これから行って聞いてきてよ。あたしらも行きたいとこだけど、ガマンするからさ」

 

 つまりパーバティは、ソフィアにクリミアーナ家まで行ってこいと、そう言っているのである。なるほど、ただ往復すれだけならば10分もあれば十分だろう。だがソフィアは、首を横に振った。

 

「ムリですよ。あたしなんか、クリミアーナには行けないんですから」

「なんでよ。あ、まさか、場所を知らないとか」

「そういえば、前にアルテシアに誘われたときも断ってたよね。なんで?」

「それは…」

 

 だがソフィアからの答えは、中断された。ソフィアたち3人が向かい合って座るそのほぼ中心あたり、3人それぞれ、目の前とも言ってよい場所に、なにやら羊皮紙らしきものが浮かび出てきたからだ。

 

「うわ! なに、これ?」

 

 ちょうど目線の高さに浮かんだそれを、3人がのぞき込む。そこに誰か姿の見えない人物がいて羽根ペンを走らせてでもいるかのように、1文字1文字、文字が印されていく。

 

「これ、アルテシアさまですね。アルテシアさまの手紙だと思います」

「ふくろう便だとアンブリッジ先生に横取りされちゃうから、こんなふうにしたってことだろうね」

「ということは、アルは、あの探査の魔法でこの部屋を見てるってことだよね。うわ、どうしよう、あたし」

 

 急にそわそわと、髪の毛を触ったりし始めたのは、どういうわけか。すぐにソフィアが、それをたしなめる。

 

「なにやってんですか。そんなことより、手紙をちゃんと読んでください。これ、見えてるだけですからね。すぐに消えちゃいますよ」

「えっ! まさか」

 

 あわてて、手を伸ばすパーバティ。なるほど、そこにあるはずなのに触れない。すり抜けてしまうのだ。それにいまは、そこに連なる文字もずいぶんと増えている。

 

「大丈夫、あたしがちゃんと読んでるから」

 

 パドマだ。だがパドマ任せにはしておけないとばかり、パーバティもその手紙を読んでいく。そして。

 

「じゃあアルは、退学じゃないんだ。一緒に6年生になれるんだよね」

「退学のウワサは嘘だってことか。たぶん、アンブリッジ先生のしわざだね」

「でも、退学のほうが事実だってみんな思ってますよ。これをひっくり返すのは大変かも」

「そんなの、アルが学校に来ればそれまででしょ。事実は事実、嘘は嘘なんだから」

 

 だがソフィアは、難しい顔をしてうつむいた。

 

「なによ、なんだっていうの」

「気になるのは、アルテシアさまの気持ちです。それにマクゴナガル先生のこともありますから、アンブリッジ先生をこのままにしておくのかどうか」

「なんか、危ないことしそうだってこと?」

「だってあの先生、まだこんなことしてるじゃないですか。あたしだったら、とっくに怒りを爆発させてますね」

「その怒り、爆発してたんだと思うよ、あのとき。スネイプ先生が止めなかったら、どうなってたかな」

 

 天文塔の上からだったが、その場面をパドマは見ている。あのときアルテシアは、アンブリッジをどうしようとしていのか。それをスネイプに止められ、今、何を思っているのか。

 

「あたしの言いたいのも、そのことです。もう一度爆発するのか、それとも」

「それとも、なに?」

「このまま、去ってしまうのかも知れません」

「そんなことになったら困るんだけど」

 

 困るという声は、教室の上の方から聞こえた。なにもない天井近くの空間に、少しずつ人影が見え始めた。

 

 

  ※

 

 

「マクゴナガル先生が、いない、ですって」

「ええ、そうです。聖マンゴ病院へと移されました。魔法省の指示です」

 

 パチル姉妹とソフィアが空き教室で話をしていた頃、ハリーは、医務室を訪れていた。マクゴナガルに会うためであったが、それは不可能、ということになる。

 

「ファッジ大臣が手配されたようですね。詳しい検査と治療ということになるでしょう」

「で、でも、いますぐに。緊急なんです!」

 

 なおも食い下がってみるが、マダム・ポンフリーにも、どうしようもないことであった。

 

「あなたも見たはずですよ。あのお歳で4本もの『失神光線』を胸に受けたのです。不意打ちです。無事で済むはずがない」

「で、でも」

「死んでいてもおかしくなかったのですよ、ポッター。もしもローブに保護魔法がかかっていなかったなら、ミネルバ・マクゴナガルという魔女は、もうこの世にはいないのです」

「えっ! ええと、そうですね」

 

 マダム・ポンフリーの言葉を、どれだけ理解したのか。ただハリーは、あいまいに返事をしただけだった。

 

「ですが、命は助かった。あの保護魔法のおかげで命を救われたのは、わたしの知っている限り、これで2人目です」

「あ、あの。では、失礼します」

 

 ハリーは、そのまま医務室を出た。ただ、マクゴナガルがいないという事実だけを頭に残して。

 

 

  ※

 

 

 天井から姿を見せたのは、ゴースト。その半透明な姿は、灰色のレディであった。

 

「どうやら連絡手段はあるみたいだし、ホグワーツを辞めるにしても、一度、わたしのところへ来るようにと、そう伝えておきなさい。頼みましたよ」

「あ、待ってください」

 

 薄くなり始めた灰色のレディの姿が、元通りの半透明に戻る。呼び止めたのは、パーバティだ。

 

「なんです?」

「お礼を。あのときあなたに教えてもらえなかったら、アルテシアは間違いなく退学にさせられていたから」

「そう。お役に立てたのなら嬉しいわ。少しはわたしも、気持ちが楽になるし」

「どういうことでしょう?」

「さあね。わたしがまだゴーストじゃなかった頃のことだから、あなたたちには関係ないわ。今の話は忘れなさい」

 

 今度こそ、灰色のレディは姿を消した。残された3人が、顔を見合わせる。

 

「あのゴーストは、クリミアーナのご先祖とアルテシアさまとをごっちゃに見てるんだと思いますね。昔、なにかあったんでしょうけど」

「今となっちゃ、あたしらにはわかんないし、たしかに関係ないかもね」

「でも、いいこと聞いたよ。アルと連絡しあえる。手紙を書いてここで広げてたら、アルが読んでくれるんだよ」

 

 たしかに、そうだ。まず手紙を交換する時間の約束などを取り決めておけば、相互の連絡も円滑になる。3人は、さっそくその文面を考え始めた。

 

 

  ※

 

 

 学校内を走り回り、ハリーはロンとハーマイオニーを見つけ出した。その2人も、ハリーを探していたらしい。

 

「どこに行ってたんだよ?」

 

 ロンの問い詰めるような声。

 

「とにかく、来てくれ。話したいことがあるんだ」

 

 そう言うとハリーは、2人を連れて廊下を歩き、一番近くにある教室に飛び込んだ。すぐにドアを閉める。

 

「ぼく、見たんだよ。シリウスがヴォルデモートに捕まった」

「えーっ?」

「どういうことなの?」

「見たんだよ。ついさっき。試験中に居眠りしたときに」

 

 OWL試験の最後の科目。魔法史の筆記試験の際に、これまで何度も見たことのある、魔法省の中を歩き回る夢をみたのだという。今回は、神秘部にシリウスが連れ込まれ、ヴォルデモートによって拷間を受けているのだという。

 

「でも、でもなぜ? 疑問がいっぱいあるわ。それが本当だとするにはね」

「なんだって。ウソだって言うのか」

 

 ハリーに詰め寄られ、ハーマイオニーは必死になって顔を横に振る。

 

「わからない。わからないけど、でも、おかしいでしょう?」

「だから、なにが」

 

 ハリーのイライラが、ますますつのっていく。

 

「ヴォルデモートとシリウスは、どうやって、誰にも気づかれずに神秘部に入れたのかしら?」

「知るもんか、そんなこと」

「ほかの階では、職員の人たちが仕事をしてるのよ。そこにヴォルデモートが現われたら大騒ぎになると思わない? それになぜシリウスなの。理由がないわ」

「理由だって?」

「ええ。グリモールド・プレイスにいるはずのシリウスが、ヴォルデモートに捕まったっていうのも変でしょ。あなたは幻を見せられているのよ」

 

 だがハリーは、ハーマイオニーに一歩詰め寄り、真正面から大声で怒鳴った。

 

「幻だろうとなんだろうと、シリウスを助けるんだ。助けにいかなきゃ、シリウスは死んでしまうんだ」

「でも、でもハリー。あなたの夢が、単なる夢だっていう可能性は高いのよ」

「ああ、そうかい。だけど、単なる夢じゃないっていう可能性だってあるはずだ。見過ごすなんてことができると思うか」

 

 あまりに大きな声は、その教室内だけに留まることができず、外にも漏れていた。それを聞きつけた者がいたらしく、教室のドアが開いた。開けたのは、ロンの妹のジニー。一緒にいたらしい、ルーナ・ラブグッドも教室に入ってくる。

 

「いったい、なんの騒ぎなの」

「あいにくだな、キミたちには関係ない」

「あら、ごあいさつね。何か手伝えるならって思ったんだけど」

「待って」

 

 止めたのは、ハーマイオニーだ。みんなの視線が集まる。

 

「わかったわ、ハリー。確かめましょう。この2人に手伝ってもらえるわ」

「なんだって」

「いま、シリウスが家に居るのかどうか。それをはっきりさせましょう。家に居るなら、夢はニセモノ。いないなら、あなたを引き止めない。私も助けに行く。それでどう?」

 

 だがハリーは、容易には納得しない。

 

「どうやって確かめるっていうんだ。シリウスが拷間されてるのは、いまなんだぞ」

「アンブリッジの部屋の暖炉を使えばいいわ。それで、あの家にシリウスがいるのかどうかを確かめられる。ジニーとルーナには、見つからないように見張りを引き受けてもらうのよ」

「ええ、いいわよ」

 

 状況をすべて理解しているはずはないのだが、ジニーから即座に返事が返ってきた。続いて、ルーナがジニーの前へと出てくる。

 

「要するに、あんたたち。そのシリウスって人がどこにいるのかがわかればいいんでしょ。あたしが頼んであげようか」

「えっ! どういうこと?」

「スリザリンのソフィア・ルミアーナにお願いすればいいんだよ。あの子は、どこにだって飛んでいけるんだから」

「ああ、そういうこと。あのね、ルーナ。ホグワーツでは『姿くらまし』はできないの。だからムリよ」

「そんなんじゃないんだもん。よく知りもしないくせに、人の言うことを頭から否定するもんじゃないわよ」

 

 ルーナはあっけらかんとそう言ったが、ハーマイオニーのほうは、おだやかではいられない。だが賢明にも、反論するよりは事態を進めることを選択する。

 

「と、とにかく誰か一人がアンブリッジを探して、部屋から遠ざけるのよ。ビープズが何かとんでもないことをしてるとかなんとか」

「よし、それはボクがやる。『変身術』の部屋を壊そうとしているって言うよ」

 

 ロンが引き受けたが、またもルーナが口を挟む。

 

「それ、ムリだと思うよ。だってさ、アンブリッジはいま、学校にいないんだもん」

「なんだって」

「あたし、アンブリッジにお願いしに行ったんだもん。アルテシアを退学にしないでって。そしたら、うるさいって怒られた。これから魔法省に行くから邪魔だって追い出された。だから今ごろ、魔法省に行ってるはずなんだよね」

「ほんとか、それ」

 

 だったらあとは、部屋に忍び込むだけでいいということになる。だがもちろん、誰かに見つかるというリスクは残っている。

 

「だったら、余計なことをしなくて済むわ。ハリー、あなたのマントで姿を隠して、部屋に忍び込むだけでいい」

「ああ。すぐにやれるよ」

「でも、見張りは必要だよな。スリザリン生の誰かが、あとでアンブリッジに告げ口するに決まってる」

「さよう、見張りは必要だ。こそこそと、よからぬ相談でもしているときには、特にな」

 

 その突然の声は、スネイプ。みれば、教室のドアが開けられ、そこにスネイプが立っていた。話を聞かれていたとなれば、この計画はつぶされたようなもの。

 

「せ、先生。あたしたちは何も」

「吾輩は、双子の娘たちを探しているところだ。どこにいるか、知っているか」

「知りません、ぼくたち」

「そうか。では、別を探してみるとしよう。ところでおまえたち」

 

 そのまま去って行くのかと思いきや、スネイプは、改めて教室内をみまわした。そこに誰がいるのかを確かめるように。

 

「思い出したから言っておくが、アンブリッジ校長の部屋には侵入者対策のために『隠密探知呪文』がかけられているぞ。なにもするなよ」

「待って、スネイプ先生。アルテシアはどうなったの?」

 

 今度こそ教室を出ようとしたスネイプを呼び止めたのは、ルーナだ。足を止めたスネイプが、ルーナを見る。

 

「おまえは、レイブンクローの生徒だな。あの娘と顔見知りだったとは知らなかった」

「うん。アルテシアとは話したことないけどね。でも、友だちだもん。ソフィアがそれでいいって言ったんだもん」

「ほほう。吾輩にはその理屈はよくわからんのだが、友だちだと言うなら教えてやろう。あの娘は、自宅に帰した。謹慎処分ということだ」

「退学になったというウワサがありますけど、それはウソなんですか」

 

 ハーマイオニーにそう言われ、外へと向かっていたスネイプが、体ごと教室内へと向き直る。

 

「グレンジャー、なぜ、そんなことを聞くのだ」

「な、なぜって」

「まあ、いい。ウワサのことなど知らんが、まだ退学と決まったわけではない」

「どういうことですか」

 

 今度は、スタスタと3歩ほど近づいてくる。

 

「処分保留という言葉を知っているかね」

「知っています」

「つまり、そういうことだ。あの娘が6年生へと進級できるかどうか、その判断は先送りとなっているのだ。9月までに魔法大臣が判断することになる」

「じゃあ、戻ってくるんですね」

「話を聞いていたか、グレンジャー。その判断をするのは、吾輩ではない。わかったなら、解散しろ。寮へと戻れ」

 

 今度こそ、スネイプは教室を出て行った。残った者たちの視線は、どうしてもハリーに集まる。

 

「どうするの?」

「どうするって、行くに決まってるだろ。なにか、移動の手段が必要だ。いますぐ魔法省まで行くために」

「それなら、全員で飛んでいくのが一番だね」

 

 ルーナの何気ない調子の一言が、みなの視線を集める。だがハリーが、すぐに否定した。

 

「飛ぶってのは、いいアイデアだ。でも、全員分の箒はないし、キミが来る必要はないんだ」

「おまえもだぞ、ジニー。ただし、おまえの箒は貸せよ。ハリーがそれに乗る」

「待ってよ、ロン。どうやらシリウスを助けるってことみたいだけど、どういうことなの? どこまで行くって?」

「魔法省の神秘部だよ。シリウスがヴォルデモートに捕まって、いま、そこにいるんだ。シリウスを助けたいんだ」

「捕まってる? 例のあの人に?」

「そうだよ。神秘部まで、大急ぎで行かなきゃいけないんだ」

 

 これでようやく、ジニーたちも状況を理解したことになる。

 

「場所はぼくが知ってる。前に一度、行ったことがあるんだ」

「でも、どうやっていくの? 箒に乗って?」

「箒よりもいい方法があるよ。セストラルだよ。ハグリッドが言ってたもん。空を飛べるし、乗り手の探している場所を見つけるのがとってもうまいって」

 

 なぜだろう。シリウスがグリモールド・プレイスにいるのかどうかを確かめるはずだったのに、いつのまにか話の内容は、魔法省へどうやって行くかということになっていたし、誰もそのことを不思議には思わなかった。

 

 

  ※

 

 

 セストラルが、あんなに早く空を飛ぶとは思わなかった。それがハリーの、正直な感想だろう。それでも、魔法省に着くまでには、それなりの時間がかかっている。シリウスが神秘部の床に倒れているのを目撃してから、いったいどれぐらいの時が経ったのか。

 だがシリウスは、まだ死んではいないとハリーは信じていた。ヴォルデモートに捕らえられたという状況で、そもそもどれだけ抵抗できるのかという疑問はある。それにヴォルデモートには、部下がいるのだ。当然、そいつらも神秘部にいるはずなのだ。

 ふとそんなことが、ハリーの頭をよぎった。だが、そんなことは今さらだ。ハリーは、一緒に来た仲間たちを振り返り、大きくうなずいてみせた。

 

「みんな、いいかい。行くよ」

 

 壊れそうな電話ボックスが、以前に来たときと同じ場所にある。そこから魔法省へと入り、人の姿がないのをいいことに、守衛室でのセキュリティ・チェックをすっ飛ばしてエレベーターで一気に9階へと降りる。そこからの道筋も、ハリーにはすべて分かっていた。何度も、夢の中でみているからだ。まずは廊下を歩き、扉を開け、その部屋へと入る。

 そこは、大きな円形の部屋だった。壁一面、部屋をぐるりと囲むようにして、まったく同じ黒い扉が等間隔で並んでいるのだ。その数は12個あった。

 だがハリーには、そのどれを開けるべきなのかわかっていた。夢の中と同じなのだ。夢では、まっすぐに部屋を横切り、入ってきた扉と正反対の位置にある扉を開け、その中に入っていた。何も間違ってはいない、とハリーは自分に言い聞かせる。

 

「あのドアだ。あのドアの先なんだ」

 

 皆を引き連れ、そのドアを目指す。だが部屋の中ほどまで進んだとき、急にゴロゴロと大きな音がして、円形の部屋が回りだしたのだ。動いているのは床ではなく、壁。そのためにこの部屋は、円形をしていたのだ。

 それから10秒ほどの間、速度を上げながら壁は回り続けた。そして、ふいに音がしなくなり、その動きを止めた。

 

「な、なんだったんだろう、今の」

「どの扉から入ってきたのかわからなくするためだと思うわ」

 

 ロンの声は、どこか震えているようであり、それに答えたジニーの声は、なにかを警戒しているような、そんな響きがあった。

 

「とにかく、どこか扉をあけてみるしかないわ。1回で正解にあたるとは限らないから、こうしておきましょう。フラグレート(Flagrate:焼印)」

 

 杖を取り出したハーマイオニーが、魔法で目の前の扉の上に数字の1を刻む。これを目印にしようというのである。そのうえで、ハリーが右手に杖を持ち、左手で扉に触れる。

 

「いいかい、開けるよ」

 

 誰もが杖を構えるなか、扉を押す。それは、いとも簡単に開いた。

 

 

  ※

 

 

「そうか。やはり、おらんのか」

 

 グリフィンドールの1年生に命じ、談話室の中を探させていたスネイプは、その報告を聞いてため息をついた。何人かのスリザリン生にも指示をして、学校内も見て回らせたが、その姿を見つけることはできなかった。徹底的に探したわけではないが、考えられることはただ1つ。

 

「結局、こうなるか。手間のかかるやつだ。いま問題を起こせばどうなるか、説明したつもりだったが」

 

 いつもの大股で、スネイプは歩き始めた。大階段を降り、玄関ホールを抜け、外へ。姿くらましするためである。

 

「だが、アルテシアがいなくてよかったとも言えるな。さすがに今度は関わりようがないだろう」

 

 学校にいないのだから、知りようがない。何が起こってるのか、わかるはずがない。学校の敷地を出たところで、姿くらましによりスネイプの姿は消えた。

 


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