ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第96話 「個人面接」

「じゃあ、原因はアルテシアだって言うのね」

「そうなんだ。ぼく、この耳で聞いた。アンブリッジがはっきりとそう言ったんだ」

 

 場所は、談話室の片隅。掲示板の前にできた人だかりを見ながら、ハリーとハーマイオニーが話をしていた。もちろん、ロンもいる。

 

「ボクは、そうは思わないけどな。アンブリッジだぞ。もっとよく確かめたほうがいい」

 

 掲示板に書かれているのは、単に昨夜の出来事の結果のみ。いずれは生徒たちに知れ渡ることになるのかもしれないが、なぜそういうことになったのか、その経過については触れられていないのだ。だがハリーは、そのときその場にいて一部始終を見聞きしていた。

 

「ダンブルドアは反論しなかったんだ。みんな認めて、自分のせいだってことにしたんだ」

「それで、学校を出て行ったのね。わかる? 責任をとったってことは、つまり反論しようがなかったってことよ」

「じゃあキミは、アルテシアが裏切ったって言うのか。アンブリッジに告げ口したって言うのか」

 

 ハリーはいろいろ疑問な点があると言い、そんなことはあり得ないとロンは言う。だったら確かめましょうと、ハーマイオニー。3人は、アルテシアを探すことにして談話室を出た。

 

 

  ※

 

 

『魔法省令

 

 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ(高等尋問官)は

 アルバス・ダンブルドアに代わり

 ホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。

 以上は教育令第二十八号に順うものである。

 

     魔法大臣 コーネリウス・オズワルド・ファッジ』

 

 

 学校内には、こんな知らせが掲示されていた。いったいダンブルドアは、どうなったのか。なぜこんなことになったのか。そのことについてのうわさ話の中を、ハリーたちは歩いて行く。うわさというものは、広まるにつれて少しずつ変化していき、正確性にも欠けていくもの。だが『ダンブルドアはすぐに戻ってくる』という結論に行き着くという点では、どのうわさも一致していた。

 

「これだけうわさになっているんだもの、アルテシアも当然、知ってるはずよね」

「だろうね。もし裏切ったりしてないというんなら、言い訳するためにぼくらを探していてもいいはずだ」

「いや、ハリー。ボクが思うに、あいつは自分が密告したってことにされてるなんて知らないんじゃないか。だから普通に、そこいらでパーバティあたりとしゃべってるんだ。湖のそば、とかでね」

 

 ハーマイオニーは、寮で同室だ。だがDA摘発騒動のあとでハーマイオニーが寮に戻ったときアルテシアは寝ていたし、朝起きたときには、アルテシアの姿はなかった。

 

『――アンブリッジが校長室に入ろうとしたら、ガーゴイルのところを通れなかったってさ。校長室は、独りでに封鎖して、アンブリッジを締め出したんだ』

 

 そんな声が、どこからともなく聞こえてくる。みんなのうわさ話は、校内のいたるところ、止めどがない。

 

「けど、どうなるんだこれから。ダンブルドアがいないとなれば、好き勝手なことしてくるよな」

「今までも、十分に好き勝手してるじゃないの。あとはマクゴナガル先生がどれだけ抵抗できるかだけど、正直、難しいと思うわ」

「心配はそれだけじゃないんだ、2人とも。ダンブルドアがいないとなれば、例のあの人が何をしてくるかわかったもんじゃない」

 

 アンブリッジの横暴にも難儀をしているが、本当の脅威はヴォルデモート卿なんだとハリーは言うのだ。もちろんハーマイオニーやロンだって、そのことはわかっている。

 

「だけどね、ハリー。だからといって、相手の思惑に乗っちゃダメなのよ。あなたは、誘われているの。ワナに引き込もうとされているのよ」

「ああ、わかってる。でも、何もないわけじゃないと思う。なにかあるんだ、きっとね」

「そんなふうに考えちゃダメよハリー。それこそが、あの人の狙いなの。あなたをホグワーツからおびき出そうとしているの。なんども言ったでしょう? 閉心術を学ぶべきだわ」

「いいや、ハーマイオニー。たしかにワナかもしれないけど、あそこには何かあるんだ。それだけは間違いない」

 

 うわさ話が聞こえてくる中、そんなことを話しながら歩いて行く。このところのハリーは、たびたび夢の中でおかしなものを見ていた。魔法省の中なのだが、夢を見るたび、視線がその場所を移動していくのだ。地下へと降りていき、ドアを開け、だんだんと奥へ。そして目が覚めるのだが、今ではそこが、魔法省の地下9階にある神秘部と呼ばれる場所であることがわかってる。

 

『あの人が、あなたを神秘部におびき出そうとしているのよ』

 

 これが、ハーマイオニーの考えだ。そのためにそれを見せられているというものであり、ダンブルドアなどもそれを支持している。スネイプによるハリーへの閉心術の課外授業も、このことへの対策なのである。だがハリーは、このことにあまり熱心ではなかった。

 

「とにかく、ダンブルドア先生がいないんだから、よっぽど注意しないといけないわ。まったくもう、こんなことになるなんて。このこと、アルテシアがどう思ってるのか聞かなくっちゃ」

「なあ、ハーマイオニー。キミはさ、アンブリッジに密告したのは、本当は誰だと思ってるんだ?」

「それは……」

 

 そのロンの質問にハーマイオニーが答えようとしたとき、ドラコ・マルフォイが、クラップとゴイルを従え、扉の陰から姿を見せた。どうやら、話の一部が聞こえたらしい。

 

「それは、ぼくも聞きたいな。誰なんだ、グレンジャー」

「なによ。あなたなんかに言う必要はないわ。でも安心なさいよ、マルフォイ。そちらのお仲間だなんて言ったりしないから」

 

 ドラコが、にやりと笑った。

 

「そうかい。それはなによりだ。ぼくはまた、アルテシアがそうだなんて言い出すんじゃないかと思ってたよ。グレンジャーのくせに、ちゃんと考えることができるとはな」

「なんですって」

「知ってるか? アンブリッジ大先生は、密告者はアルテシアだとおっしゃっているんだ。なあ、ポッター」

「黙れ、マルフォイ。おまえなんかと話すことはない」

「めずらしく意見が合うな、ポッター。ぼくも、おまえと話すことなんかないんだ。この調子であの大先生のことも同じ意見だといいんだがな」

 

 そう言って、ドラコがクラップとゴイルを率いて去っていく。いや行こうとしたのだが、くるりと振り返った。

 

「そうだ、思い出した。諸君、新しい校長による、新しい時代だからな。せいぜい、いい子にしているんだぞ」

 

 今度こそドラコが行ってしまうと、ハリーたちはお互いに顔を見合わせた。

 

「結局、なんだったんだ、あいつ。何が言いたいんだろう」

「呼び止めたりしないでよ、ロン。そんなことより、ほら、あそこ。アルテシアがいたわ」

 

 見れば、玄関ホールをアルテシアが歩いている。予想通りにパーバティも一緒だ。ロンが言ったように、外を散歩でもしていたのだろう。3人は、すぐさま駆けだした。

 

 

  ※

 

 

「正直に答えてちょうだい、アルテシア。あなたの意見が聞きたいの」

 

 玄関ホールの真ん中というよりは、大階段寄りの場所。そこでアルテシアたちとハーマイオニーたちとが、顔を合わせた。

 

「なによ、いったいなんの話?」

「知ってるわよね、夜のこと。それでアンブリッジが校長になったわ。なぜこんなことになったの? どうしてダンブルドアは」

「待ちなさいよ、ハーマイオニー。どうしてアルテシアに聞くの? あたしはまず、その理由が知りたいわ」

 

 いきなり、ヒートアップしそうになる。だが場所は、玄関ホールなのだ。大きな声で言い争う場所ではない。

 

「待って、校長先生のことだったら。わたしは、マクゴナガル先生が代理になるんだと思ってた。どうしてそうなったのかは、わたし知らないよ」

「でも、夜になにがあったかは知ってるはずだわ。それともなに? あたしが寮に戻ったときあなたが寝ていたのは、何も知らなかったからだって、そういうこと?」

「もちろん、そうだよ。あんなことになるなんて、思ってもいなかった。今日になって知ったんだよ」

 

 だが話は、それでは終わらない。すなわち、ハーマイオニーたちは納得していないということ。

 

「じゃあ聞くけど、あなたは必要の部屋のことを知っていたわよね。必要の部屋のことを調べてたし、それを報告するんだってパーバティと話していた。まさか、本当にアンブリッジの助手だったの?」

「それは違う、ちゃんと断ったわ。あたしは助手じゃない」

「でも、それで部屋のことがわかったら報告しろって言われていた。だから、そうしたということなんじゃないの?」

 

 それには返事をせず、アルテシアは、じっとハーマイオニーを見ていた。報告しろと言われていたのは事実だからだ。だがそれを認めてしまうと、助手だったのだと理解されてしまい、昨夜の騒動の主犯格だと誤解される可能性が高い。

 アルテシアはそう考えたのだ。だが無言でいても、状況の改善には結びつかない。そこに、パーバティが割って入る。

 

「待ってよ、ハーマイオニー。つまりあなたたちは、アルテシアのせいなんだって、そう言いたいんだよね?」

「黙っててよ、パーバティ。話がややこしくなるだけだから」

「そうもいかないわ。あなたたちが疑ってかかるのなら、アルが何を言ってもムダになる。結局、アルテシアが告げ口したのかどうか、それが知りたいんでしょ。アルテシアは、そんなことしてない。あたしが証人よ。それでいいわよね?」

 

 それで話を終わらせようとしたのだろうが、パーバティは、なおも話を続けた。その視線は、ハーマイオニーからハリーに移る。

 

「もとはと言えば、あなたのせいなのよ、ポッター」

「なんだって。どうしてぼくが?」

「ああ、ごめんなさい。あなたのせいというのは、言い過ぎた。あなたたちって言いなおすけど、グリフィンドール・チーム再結成の手続きをアルテシアにやらせたでしょ。あれがなかったら、そもそもアンブリッジなんかとは関わることはなかったんだから」

「待って、パーバティ」

 

 アルテシアが止めに入る。そして、改めてハーマイオニーたちを見る。

 

「わたし、告げ口なんかしてないわ。アンブリッジ先生は、ご存じだったの。あそこで、あなたたちが、DAの活動をしていること」

「まさか。そんなことあるはずない。アンブリッジが知ってたって? そんなはずはない。誰かが教えない限り、あの部屋がみつかるはずがないんだ」

「でも、ハリー。先生はご存じだった。DAの名称とか参加者とかも調べればわかることだし、ホグズミードのお店でDA結成の話し合いをしたことも、先生方はみんな、ご存じだったのよ」

 

 そこで言うのを止め、少しの間、ハリーたちを見る。誰からも、言葉はない。

 

「もう一度言うけど、アンブリッジ先生は、その場所やおおよその参加者のことはご存じだった。そのことをあなたたちに伝えて注意しろって言うべきだったけど、ハリーが言うように、あの部屋を開くことなんてできないと思ってた。だから大丈夫だと思ってた。ごめんなさい」

「謝るってことは、認めるってことだよね?」

「うん、そうだね。でも、わたしが告げ口したんじゃないってことは信じて欲しい」

「そうか、わかった。もういいよ。どっちにしても、ヴォルデモートが動き出せば、ぼくたちが正しかったことがわかるんだ。ダンブルドアも、きっと戻ってくる」

 

 そう言ったのはハリー。それでハリーたちは戻っていこうとしたのだが、その後ろ姿に、アルテシアが声をかけた。

 

「ハーマイオニー、教えて。あなた、わたしを疑ってるの?」

 

 だが、ハーマイオニーからの返事はなかった。

 

 

  ※

 

 

 その場所に立ったまま、アルテシアはなにやら考えているらしい。そばにはパーバティがいるのだが、彼女もまた、その場に立ちアルテシアを見つめている。こんなとき、アルテシアに話しかけてもムダなことを知っているからだ。

 こんなことが、ときどきある。そんなときパーバティは、ただ見守ることにしている。それが自分の役目だとも思っている。だが今回は、アルテシアが考えているであろうことが、ある程度は予想ができるのだ。自分だけの思考の世界から戻ってきたとき、アルテシアは何を言い出すのか。そのことを思い、微笑みつつも、パーバティは軽くため息をついた。そして、アルテシアの手を握る。

 ここは、玄関ホールなのだ。この場に立ったままというのは不自然。せめて大階段に座らせようとしたのである。手を引けば誘導することはできたので、その段差に座らせ、パーバティもその横に座る。

 

「ご苦労さま。あなたも、いろいろと大変なのでしょうね」

「え?」

 

 ふいに声がした。後ろでも前でもない、頭の上から。

 

「あ、ええと。ヘレナ、さんでしたよね」

「そうだけど、灰色のレディと呼びなさい。あなたはね」

「…… わかりました」

 

 声の主は、レイブンクローのゴーストだった。いつもアルテシアがヘレナと呼んでいるのでパーバティもそうしたのだが、それは、拒否された。

 

「事態は、誠によろしくない。そう言うしかなさそうだけど、なんとかなる?」

「え?」

「なんとかしなさいよ。じゃないと、このまま別れることになる。それはいやだって、この人に言っておいてくれる?」

「アルテシアにってことですよね」

「ええ、そう。あなたは知らないでしょうけど、この人、また同じことをやってるのよ。今度は、わたしのせいじゃありませんからね」

 

 どういうことだろう。それを聞こうとしたが、灰色のレディが体を折り、その顔をパーバティの耳元へと寄せてくる。

 

「アンブリッジが、証拠を手に入れたのです。それを決定的なものにしてはダメ。そうなったら、本当にサヨナラってことになります」

 

 そう耳打ちされたパーバティが、驚いて飛び上がった。普通ならぶつかるところだが、相手はゴースト。冷たい思いはしただろうが、その体を突き抜けただけ。

 

「証拠、ですか」

「気にした方がいいんじゃないかと思うのよ。この人にそう言っておいて」

「ええと」

 

 話が聞こえているのかいないのか、アルテシアはうつむいたままだ。すぐにでも伝えたいところだが、今は無理。そこで灰色のレディが、軽くため息。

 

「だめだめ、今は何を言ってもムダ。聞こえてやしない。だからこそ、あなたに話してるのです」

「もしかして、アルがこうなること、たまにこうなっちゃうこと、ご存じなんですか」

「ええ、なぜかは知らないけどね。でも母なんかは、魔法書を書いてるんじゃないかって言ってたわ」

「魔法書を? どういうことですか」

「それは、知らないわ。母が言ってたことを思い出しただけ。それより、ちゃんと伝えるのですよ。必ず」

 

 灰色のレディの姿が、どんどんと透明度を増していく。そして消えてしまったが、その時でもアルテシアは、なにごとか考えているようだった。おそらく灰色のレディが来たことも、なにやら話していったことも、気づいてすらいないのだろう。

 そのことをすぐにでもアルテシアに伝えたいところだろうが、パーバティは、ただじっと、アルテシアの隣に座っていた。だがアルテシアが、その日のうちに戻ってくることはなかった。

 

 

  ※

 

 

『進路指導

 

 5年生は全員、寮監と短時間の個人面接を行います。

 将来の進路についての相談となります。

 各自の面接時間は、別途、リストにあるとおりです。』

 

 そんな掲示がされていた。5年生といえば、もうじきOWL(ふくろう)試験が始まる。その重要な試験を前にして、進路によって必要となる教科のことや、各自の成績などについて、改めて確認しておこうというものである。面接順リストのとおりに進んでいき、アルテシアの番となる。

 場所は、マクゴナガルの執務室。アルテシアにとっては慣れた場所なのだが、そこにアンブリッジの姿があるだけで、まったく違う雰囲気となっていた。それになぜか、魔法大臣のファッジまでいるのだ。

 

「そこにお座りなさい、アルテシア」

 

 指示されたのは、いつもアルテシアが座っている椅子。だが今日は、マクゴナガルの机のすぐ前に置かれていた。アンブリッジとファッジは、少し離れた場所に並んで座っている。アルテシアから見て左側、少し後方だ。

 

「この面接は、あなたの進路に関して、ホグワーツでの6年目と7年目において、どの学科を継続し重点を置いていくかを話し合うことになります」

「はい、先生」

「ホグワーツ卒業後について、あなたの考えを聞かせてください」

 

 なんだか、マクゴナガルの表情が固い。アルテシアは、そんな印象を持っていた。言い方も、どこかそっけなく事務的な感じだ。

 

「はい、それは」

 

 正直に答えるべきか、アルテシアは迷った。なにしろ後ろには、アンブリッジがいるのだ。それに、マクゴナガルのあのしゃべり方が気になる。

 

「どうしましたか? さっさと片付けてしまいましょう。なにか希望する職種はないのですか」

「わかりました、先生。『闇祓い』という仕事があると聞いています。それは、どうでしょうか」

 

 マクゴナガルの顔が、わずかに微笑んだように見えた。そして、机の上の書類の山から、小さな黒い小冊子を抜き出して開いた。

 

「闇祓いとなるためには、最優秀の成績が必要となります。NEWT(いもり)試験では少なくとも5科目で『E』評価を取らねばなりませんし、厳しい性格・適性テストがありますよ」

「わたしには難しい、ということでしょうか」

「いいえ、あなたの成績には十分に満足しています。ですが、油断は禁物です。例えば『魔法薬学』では、スネイプ先生はOWLで『O・優』を取った者以外は教えませんし、わたしの『変身術』では『E・良』以上となります」

 

 OWLでの成績は、「O・優」(大いに宜しい)、「E・良」(期待以上)、「A・可」(まあまあ)、「P・不可」(良くない)、「D・落第」(どん底)「T・ありえない」(トロール並み)といった評価がされる。試験では「O」から「A」までが合格であり、それ以外は不合格になる。

 

「フリットウィック先生による『呪文学』であなたは『P』評価になっていますが、もはやこれは、心配する必要はないですね?」

「はい」

「肝心なのは『闇の魔術に対する防衛術』となりますが、こちらの成績は」

 

 そこで、エヘンエヘンと、咳払いが聞こえた。アンブリッジだ。マクゴナガルは、大きくため息。

 

「なんですか、アンブリッジ先生」

「いえね、ちょっと疑問だったものですから」

「だから、なにがですか。なにも、間違った説明はしていないと思うのですが」

「ええ、そうね。でも、聞き間違いかしら。わたくしの手元にもその生徒の成績表がありますが、ここには『呪文学』が『P』評価、『変身術』は『A』評価なのですけど」

 

 この点は、アンブリッジの言うとおり。マクゴナガルは軽くうなずいただけで、話を続けようとした。だがファッジが、黙ってはいなかった。

 

「だとすれば、ミネルバ。そのお嬢さんには、闇祓いは無理だということにならないかね。『A』ならまだしも『P』ではね。かわいそうだが、変身術も『A』評価であれば6年時には教えてもらえないのだから」

「ですわよね。あたくしの勘違い、ということではなさそうなのだけど」

「失礼ながら言わせてもらいますが、お二人とも、この進路相談の趣旨をご理解しておられないのではないですか」

 

 どういうことか。顔を見合わせるファッジとアンブリッジなどお構いなしに、マクゴナガルが話を続ける。

 

「6年生と7年生で、どう勉強を進めていくかというものです。これから先のこと、なのですよ」

「おーや。つまりこれからめきめきと成績が良くなるとでも」

「そのとおりです。おそらくNEWT試験の頃には、少なくとも『変身術』ではわたし並みか、それ以上となっているはず」

「ほう。それが本当ならば、まことに頼もしい話だ。だがお嬢さんは退学することになりそうだと聞いている。わざわざ来たのはそのためなのだが」

「なんですって、退学?」

「どういうことですか」

 

 ようやく自分の番が来た。そう言わんばかりに、アンブリッジは持っていたクリップボードに挟んでいた封筒を取り出して見せた。

 

「どうせあなた方は、素直に認めずあれこれ言うでしょうから、まずは証拠からご覧に入れますわ」

「証拠? なんの話ですか」

「この生徒がよからぬことを計画しているという、その証拠ですわよ、マクゴナガル先生。ポッターのときはダンブルドアが責任を取った。今度は当然、あなたがお取りになるんですよね」

 

 くっくっくっと、内にこもった笑い声。

 

「こともあろうに、魔法省に潜入を企てているのですわ。魔法省の内部、その詳細を問い合わせようとした手紙です。ダンブルドアの件といい、魔法省に害を為そうとしたことは明白です」

「ああ、わたしもそう聞いたのでね。確かめるために学校まで来たのだよ。どれ、その証拠とやらを確認しようかな」

 

 アンブリッジが封筒を開き、中身を取り出した。それを、ファッジに渡す。

 

「ええと、なになに。いや、しかしこれは」

 

 ファッジがそれを見ている間に、ということだろう。アンブリッジが、ニタニタ笑いをアルテシアにむけた。

 

「たしか、通信は監視していると教えたことがあるわよねぇ。なのに、ふくろう便でこんな手紙を送るなんて」

「アンブリッジ先生。たしかに手紙は送りました。でも、魔法省に害を為すって、どういうことでしょうか。わたしが『変身術』のことで助言を求めたことは、そんなにいけないことですか」

「あ? 何を言ってるの。この手紙には……」

「いいや、アンブリッジ先生。お嬢さんの言うとおりだよ。なるほど、トンクスは自分の外見を自在に変えられる。いわゆる七変化だが、あれは、生まれ持った能力のはずだ」

「何を、大臣、何をおっしゃってるんです。手紙にはちゃんと、魔法省の内部のようすを詳しく教えてくれと」

「いいや、そうはなっておらんよ」

 

 もちろんファッジは返そうとしたのだが、アンブリッジがそれをひったくるようにして受け取る。そして、文面に目を向ける。

 

「ほら、大臣。ちゃんと書いてあるじゃありませんか。ちゃんと見てくださいよ」

「そうかね。見たつもりだが」

 

 改めてそれを手にしたファッジだが、言うことは変わらなかった。

 

「やはり、魔法省のことなど書いてはおらんよ。この手紙では、お嬢さんを罰するなど無理な話だな」

「いえいえ、大臣。ほら、ここですわよ、ここ。魔法省の内部のようすがわかれば行くことができるからと。そしてここには、神秘部とはどのような場所なのかと尋ねています。ちゃんと書いてありますでしょう?」

「いいや。すまんが、そんなことは書いてないんだ。どこのことだね?」

 

 そんなことを言い合う2人。マクゴナガルがアルテシアを見た。そのアルテシアが、軽く微笑みながら小さくうなずいた。マクゴナガルも、笑顔を見せる。だが、それは一瞬のこと。すぐに、その表情を引き締めた。

 

「お静かに。アルテシアになんの問題もないとわかったのですから、面接を続けたいのですが」

「あ、ああ、そうだな。そうしてくれたまえ」

「いいえ、ダメですわよ。証拠はちゃんとあるんですから」

「いやいや、わたしには、その手紙に問題があるとは思えんよ。悪いが、今日はこれで失礼する。いろいろと忙しいのでね」

 

 予定通りにいかなかったから、ということだろう。ファッジが立ち上がる。そんなファッジを、マクゴナガルが引き止めた。

 

「ファッジ大臣。もしかするとアンブリッジ先生は、ときどき、自分に都合のよいようにしか見えなくなるのかもしれませんね。そのうちこのわたしも、何かしらの罪を被せられることになるのかも」

「ん? いや、そんなことはないはずだが。とにかく、役所に戻らせてもらうよ」

「あ、待って、大臣。違うんです、何かの間違いです」

 

 ファッジに続いてアンブリッジも出ていってしまい、マクゴナガルとアルテシアは、顔を見合わせて笑った。

 

「あなたのしわざですね」

「はい。アンブリッジ先生がなにか証拠を手に入れたと聞いたもので、なんだろうって考えて。ファッジ大臣がおられるとは思わなかったんですけど、だったら大臣にだけ別に作っておいた手紙を見てもらったほうがいいだろうと考えました」

 

 どうやらファッジとアンブリッジは、同じ手紙を前にしていたものの、アルテシアの魔法による光の操作で、それぞれ別の姿をみていたということになるようだ。アンブリッジは本物を、ファッジはアルテシアが用意した別の手紙を見ていた。だから、双方の言い分が食い違うのである。

 

「手紙は、たしかに書いたのですね」

「書きました。魔法省ってどんなところか、やっぱり知りたくて」

「いずれ、機会があるでしょう。わたしが連れて行きますから、それまで待っていなさい」

「はい」

「それはともかく、トンクスに変身術のことを? それを聞くならわたしに、でしょう」

「そうなんですけど、宛名がトンクスだったので、それらしい話にしようと」

「まあ、いいでしょう。それで闇祓いになりたいというのは本当なのですか?」

 

 だがアルテシアは、軽く首をかしげた後で、横に振ってみせた。

 

「なるほど。では、今度こそ個人面接を始めましょうか」

「はい、お願いします」

「卒業後もホグワーツに残り、教師を勤める。それがいいのではないかと思うのですが」

 

 アンブリッジがいなくなり、ようやくアルテシアの進路についての話が始まった。

 


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