ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第94話 「黒表紙の手帳」

 明日にはホグワーツで新学期が始まるという日の午後、アルテシアは、ロンドン中心部にある赤レンガのさびれたデパートの前にいた。玄関ドアには「改装のため閉店中」との看板がかかっており、道行く人は、誰も見向きもしない。そんな建物の前でうろうろしている姿は、まるで不審者だ。

 そんなことはアルテシアにもわかっているが、どうやって中へと入ればいいのか、それがわからないのだ。ここが魔法族の病院であることは、知っている。ちゃんと場所も調べてきたのだが、その中に入れないとは思ってもみなかったといったところ。強行突破という手段はあるが、ここはロンドンだ。誰かにみられた場合、クリミアーナの住民たちのように『不思議は付きもの』だと納得してくれるとは思えない。未成年者の魔法使用として指摘される可能性も考えると、不用意なことはできない。

 

「どうしよう。どうしたらいいのかな」

 

 思わず、ひとり言。あきらめる、という選択肢があるのはもちろんだが、それも悔しい気がする。

 なおも玄関ドアをじっと見つめていると、ふいに肩を叩かれた。あわてて振り向くと、そこには女性が一人。アルテシアよりは、明らかに年上だ。

 

「何してるの?」

「あ、あの。ええと、なんて言えばいいのか」

 

 突然のことに、おろおろとするしかないアルテシア。そんなアルテシアを見て、その女性は楽しそうに笑ってみせた。そして。

 

「ごめんごめん、笑うつもりはなかったんだけど」

「別にいいですけど」

「あたしは、トンクス。正直に言うけど、ずーっとあなたのこと、見てた」

「見てたって… あ、わたしは」

「アルテシア、だよね。アルテシア・クリミアーナ。もちろん知ってるよ」

 

 名前を知っていたことに、アルテシアは驚いた。同時に、トンクスと名乗った女性とはここで偶然に会ったのではないのだと理解する。ならば警戒すべきだろうが、その判断をアルテシアは保留した。

 

「ここが何か、もちろん知ってるんだよね?」

「ええ。友人のお父様が入院されてて、そのお見舞いができたらと」

「もしかして、アーサー・ウィーズリーのことかな」

「え? ええ、ケガをしたと聞いてます」

「ふーん。でもアーサー氏は退院したよ。それでもいいんなら、入り方教えるけど」

 

 実に意外なことを言われたアルテシアは、ただ、笑うしかなかった。トンクスと顔を見合わせ、苦笑い。やがて2人とも、吹き出した。互いに大笑いしたあとで、道の反対側にある喫茶店を訪れる。さすがにさびれたデパートのまえで立ち話もできないし、なにより、この場所が目立ってしまうのはマズいのだ。

 その喫茶店はマグルの店であり、店内はもちろんマグルだらけ。だがトンクスは、よく利用しているのだという。アルテシアも抵抗感などはなく、ココアを注文した。

 

「ねぇ、あたしがなぜあなたの名前を知っていたかは、言わなくてもいいよね?」

 

 いや、それは言うべきだろう。アルテシアはそう思ったが、ちょうど注文したココアが運ばれてきて機会を逸したこともあり、聞くのはやめにした。第一印象でしかないが、目の前の相手からは悪い感じが伝わってこないからだ。ならばそのあたりのことは、どうでもいい。必要ならトンクスが話すだろうと、そう思っている。

 

「もちろん、魔法族の魔女の方ですよね?」

「そうだけど、面白い言い方するね。魔法族じゃない魔女っているの? あたしはクリミアーナだって魔法族だと思ってるよ」

「ああ、そうか。そうですよね」

 

 アルテシアが納得したのは、クリミアーナが魔法族かどうかではなく、魔法族じゃない魔女がいるのか、という部分。なにしろクリミアーナの血を引く魔女は、アルテシアだけなのだ。

 

「でも、区別したいって思うことはあるかな。あたしに言わせれば、ろくでもない奴らはたしかにいる。ねぇ、どうにかならない?」

「それ、わたしに言うんですか。トンクスさんが自分でやらずに?」

「あはは、やってるつもりなんだけどねぇ。うまくいかない。あたし、闇祓いなんだけどさ」

「闇祓い?」

「そだよ。知らない?」

 

 知らないわけではないが、実際にその言葉に触れるのは初めてだった。

 

「まあ、今は学校の勉強が第一だよね。しっかり勉強しとかないと闇祓いにはなれやしない」

「あの、聞いてもいいですか」

「なに?」

「闇の魔術に対する防衛術のことなんですけど」

「あー、それならあたしの専門分野だね。いいよ、なんでも聞いて」

 

 なるほど、闇祓いであるトンクスには得意な分野だろう。対してアルテシアには、苦手な範囲ということになる。なにしろ、学校ではほとんど学べていないのだ。いい機会だとばかり、アルテシアはトンクスとじっくりと話すことにした。トンクスも望むところであったらしく2人の話は長時間となり、ついにはお店の店員から追い出されそうになるまで続いた。

 

 

  ※

 

 

「なーるほど。いい考えだとは思うけどさ。でも大丈夫なの、こんなことして」

 

 もちろん大丈夫だと、そう言って、アルテシアは笑ってみせた。休暇明けのホグワーツ、寮へと戻ってきたアルテシアは、さっそくパーバティに自分の考えを話して聞かせたのである。ただ寮の部屋であったこともあり、その場にハーマイオニーはいなかったものの、ラベンダーがいた。意図してのもの、であったのかどうかはわからない。わからないがアルテシアは自身の巾着袋に手を入れ、そこから取り出したものをラベンダーに差しだした。

 

「試してくれないかな、ラベンダー」

「えっ! あたしが?」

 

 話は聞いていたので、それが何であり、何を言われているのかわかっているはず。なのに、そんな返事になっていた。それほど意外だった、ということか。

 

「うん。実験ってわけじゃないけど、うまくいきそうなら人数増やしていこうと思ってる」

「で、でもさ、あたしでいいの? いや、やっぱりダメだよ。だってパーバティとかさ、他にもいるでしょう?」

 

 なぜ、うろたえるのか。それは、ラベンダー本人にもわからなかったかもしれない。だがアルテシアが差し出すそれを、恐る恐るといった感じではあったが、受け取った。

 

「あたしにも読めるの、これ?」

 

 柔らかな笑みを浮かべたまま、アルテシアはこくりとうなずいた。

 

 

  ※

 

 

「すまんな、ダンブルドア。忙しいのに来てもらって」

「いや、かまわんよ。学校は始まっておるが、とりたてて問題も起こっておらんしの」

「つまり、あの女はおとなしくしておるということか」

「ん? アンブリッジ先生のことかね。そうじゃな、いまのところはなんとかな。ただ、なんというたかの、そうそう『高等尋問官親衛隊』なるものを作ったくらいじゃな」

 

 場所は、不死鳥の騎士団本部。ダンブルドアを呼び出したマッド・アイの他には、ブラック家の食堂ということでシリウスの姿もあった。

 

「なんだ、それは。親衛隊だと。なるほど、平和もそう長くは続きそうにないということだな」

「どういうことかね」

「まあ、その話はいい。来てもらったのは、別の話だ。無関係ではなさそうだがな」

「ふむ。ともあれ、話を聞こうか」

 

 魔法族の旧家には、ハウス・エルフが住み着いていることがよくある。ここブラック家も例外ではないのだが、どうやらそのハウス・エルフには、たとえばお茶の用意をするなどの面倒をみるためにやって来るつもりはないらしい。

 

「トンクスのことだが」

「おぉ、あの若い闇祓いのことじゃな。彼女が、どうにかしたのかね」

「そのトンクスが、あのお嬢さんと友だちになったと言うのだ」

「なんじゃね、友だち?」

 

 マッド・アイの言うお嬢さんとは、アルテシアのこと。つまりトンクスとアルテシアとが、長時間に渡って話をした、そのときのことである。

 

「聖マンゴの前でまごついているのをみかけて声をかけたらしい。アーサー・ウィーズリーの見舞いに訪れたものの、入り方を知らなかったのだ。ダンブルドア、このことはホグワーツでは教えておらんのか」

「たしかに教えてはおらんじゃろうが、おまえさんが言いたいのは、そのことじゃあるまい。しかし、友だちじゃと。友だちにのう」

「なんだ? 友だちというのが、そんなに気になるのか。話の本題は、そこではないぞ」

「わかっておるが、あのお嬢さんと友だちにのう。わしにはできなかったことじゃよ。いまだに、心を開いてくれてはおらんからの」

 

 マッド・アイもそう言ったし、ダンブルドアもわかっていることだが、話の本題はそこではない。

 

「興味のある話だが、本題に戻してもいいか」

「もちろんじゃとも」

「ようやく聞き出したが、あの娘、トンクスから防衛術に関する情報をさんざん聞き出していったというぞ」

「ほう。それはまた」

「なんだ、驚かんのか。わしには、あの娘の考えがわかる気がするのだが」

 

 マッド・アイが気にしているのは、アルテシアのこれからの行動について、である。現役の闇祓いから得た防衛術の知識をどう活用するかについては、マッド・アイなりの考えもある。ダンブルドアは、自身のひげをなでていた。

 

「もちろん、わかっておるとも。問題はその方法、ということになるのう」

「例の、ダンブルドア軍団に生かすためではないのか。ポッターたちと手を組み、あの人に対抗する術を学ぶためだろう」

「そうじゃとは思うが、ハリーたちと一緒に、ということにはならんじゃろう。アルテシア嬢は参加しておらんからの」

 

 ハリーとマーマイオニーとが始めたダンブルドア軍団のことは、すでにダンブルドアの知るところとなっていた。マッド・アイなど騎士団のメンバーたちも含め、ということになる。

 

「あの娘は、参加しておらんのか。なのになぜ、防衛術を」

「本人に聞かねばわからんが、いくつか予想はできるのう」

「たとえば、なんだ」

「アンブリッジ先生の授業では、ろくに防衛術が学べんと考えた。その辺はハリーたちと同じじゃろう」

 

 ならば、一緒にやればいい。なのにそうしないのはなぜか。その疑問は、同じテーブルの席にいたシリウスから出された。ここまで黙って話を聞いているだけだったが、ここで話のなかにはいってくる。

 

「さてのう。わしもよくわからんが、学校にはいくつかのグループができるものじゃよ。アルテシア嬢は、ハリーたちとは別になってしもうたが」

「でも、互いに防衛術を学ぼうとしているのなら、考え方は同じだ。協力できるようにしむけてやることはできないんですか」

「そうじゃな。そういう方法もあるにはあるが、今となっては難しかろう」

「そうですか」

 

 シリウスとしては、ハリーとアルテシアとが協力しあってくれればいいと思っている。だが現実は、そううまくはいかないらしい。

 

「ダンブルドア軍団にしろ、あの娘にしろ、やがては騒動となるのが目に見えるようだな」

「そうじゃな、気をつけておくとしよう。ところでトンクスは、ほかには何か言っておらなんだかな。あのお嬢さんのことを」

「魔法省のことを気にしていたし、闇の魔法についても話を聞きたがったそうだ。気になるか?」

 

 ダンブルドアは、苦笑いを浮かべるだけで、何も言わなかった。なのでマッド・アイが言葉を続けた。

 

「まえに、あの娘は闇の側ではないと言ったな。だが、かなりの興味をお持ちのようだ。マルフォイの家に行ったのもそのためだろう」

「どういう意味かね」

「情報だよ。例のあの人の情報を集めておるのだ。トンクスの話を聞くに、どうも、あの人に近づこうとしているようだ。会おうとしているのではないかな」

「えっ! アルテシアが、そんなことを。本当ですか。でも、なんのためにそんなことを」

 

 シリウスには、意外なことだったようだ。だがダンブルドアからは、シリウスのような驚きはうかがえない。ある程度は承知しているのか、それとも単に無表情でいるだけなのか。

 

「今のところ、目的はわからん。だが魔法省には悪印象をもっておるようだし、あの人の側に奪われてしまう可能性は捨てきれんぞ」

 

 シリウスへの返事としてマッド・アイはそう言ったのだが、ダンブルドアが、すぐに否定した。

 

「前にも言うたが、その心配はいらんよ。そのためにミネルバをつけておるのじゃ」

「だが、可能性は十分にあるぞ」

「いやいや、わしが心配しておるのは、魔法界を去るかもしれんということじゃよ。そうさせてはならんと思うておる。あのお嬢さんは必要なのじゃから」

「必要だと?」

「いかにも。あのお嬢さんは必要なのじゃよ」

 

 なぜ、なのか。その問いがマッド・アイから出されたが、ダンブルドアははっきりとは答えずに席を立った。

 

「さて、学校に戻るとしようかの。そうそう、ハリーには閉心術を学ばせておるよ。うまく身につけてくれるといいのじゃが、さて、どうなることか」

 

 そう言い残してダンブルドアは帰って行った。

 

 

  ※

 

 

「あんた、バカだろ。なんでそれを、あたしに言うのさ」

「え? え? でも、だって」

「だって、じゃない。子どもか、アンタは。ちょっとはモノを考えなよ」

 

 ちょうど、地下へと続く階段を降りてきたところ。そこでアルテシアは、パンジー・パーキンソンと会った。約束していたわけではなく、スリザリンの談話室を訪ねて来たアルテシアと、そこから出てきたパンジーとが、たまたま出会っただけ。

 アルテシアとしては、ドラコかダフネかパンジーか、その3人の誰でもよかったし、その3人以外はダメだった。なので、パンジーと顔を合わせることが出来たのは幸運だったのだが。

 

「いいかい、1度しか言わない。よーく聞いてなよ」

「う、うん」

 

 パンジーのことを乱暴だと表現し、嫌うグリフィンドール生は多い。アルテシアも何度か叩かれたことはあるのだが、だからといって恐いと思ったことはない。嫌うということもない。感情的ではあるが、正直なのだと思っている。なにより、アルテシアを怒ってくれる人など、そうはいないのだ。

 聞けと言いつつも、パンジーは階段を上る。アルテシアも、その後に続いていく。そして、階段を上りきり廊下に出たところで止まった。

 

「下じゃ、声が響くかもしんないからね」

「うん。でもパンジー」

「いいから、聞きな。あたしはね、アンブリッジに報告しなきゃいけない立場なんだ。あんた、それ、忘れてるだろ」

「あっ!」

 

 そうだった。たしかに、アルテシアは忘れていた。パンジーは、アルテシアがその日なにをしたのか、そのあらましを報告しなければならないのだ。同時にアルテシアも、自分のことをパンジーに伝えることになっている。だがアルテシアは、そのことをすっかり忘れていた。当然、これまでそんなことをしたことがない。

 

「そのあたしに、なんだって。アンブリッジに報告しろってこと? それをアンブリッジに渡せって? ならそうするけど」

「ち、違うよ、パンジー。そうじゃなくて、あなたに」

「わかってるよ、あんたがバカだってことはさ。でさ、もっかい聞くけど、あたしになにをしろって?」

 

 ここでパンジーは、アルテシアが持っていた手のひらサイズの手帳のようなものをひったくった。アルテシアがパンジーに渡そうとしていたものだ。

 

「これでね、魔法の勉強をしようって、そのお誘いなんだけど」

「だから、それはさっき聞いたよ。でもこんなので魔法の勉強なんてできんの?」

 

 その手帳のようなものを、パンジーがパラパラとめくっていく。表紙など外観の色は黒で、ページ数はせいぜい20から30といったところか。

 

「できるよ。そのために作ったんだから。最初は防衛術からにしようと思ってるの。ほら、アンブリッジ先生の授業では防衛術は学べないって、みんなそう言ってるでしょ」

「いまさら、ポッターやグレンジャーと同じことやってもね。しかもこれが証拠になる。見つかったらあんた、退学だよ」

「わかってるけど、アンブリッジ先生には見つからないようにしてある」

「はぁ? 意味わかんないけど、あんた、アンブリッジのやつ怒らせてるんだよ。そのことわかってる?」

 

 もちろん、わかっている。だがアンブリッジは、なぜだか動きを見せていない。せいぜいが、高等尋問官親衛隊を立ち上げたくらいだ。パンジーに言わせれば、ただ様子見しているだけということにはなる。だがなにか、他に理由があるのかもしれない。

 

「って、読めないし。こんなんで、どうやって勉強しろってのよ」

「ええっとパンジー、よーく見てよ。そんなことないと思うんだけどな」

 

 言いながらアルテシアは、右手の人差し指と中指とで、パンジーの持つ黒い手帳のようなものに触れた。瞬間、その部分が光った。もちろんパンジーも気づいたはずで、目をぱちくりとさせる。だがそのことより、もっと驚くことがあったようだ。その目は、手帳に向けられたまま。

 

「あれ? ええっと… うわ、なにこれ? あ、そうか。これって」

 

 そこへ誰かの手が伸びてきて、その手帳らしきものを取り上げた。パンジーがすぐに取り返そうとしたが、それは果たせずに終わった。その手の主がスネイプだったからだ。

 

「口答えは許さんぞ。2人とも、吾輩についてくるのだ」

 

 

  ※

 

 

 場所は、スネイプの研究室。アルテシアは何度か来たことのある場所だが、パンジーは初めてだったようだ。だがきょろきょろと、室内を見回してばかりもいられない。スネイプは、パンジーから取り上げた黒い手帳らしきものを、じっくりとみている。

 そして。

 

「これがなんであるのか、説明するのだ」

 

その目は、しっかりとアルテシアを見ている。にらんでいる、としたほうが正解かもしれない。だがアルテシアが答えるより早く、パンジーの声がした。

 

「あたしのです、先生。ちょっとしたメモっていうか、魔法のやり方を」

「黙れ、パーキンソン。おまえに聞いているのではない。おまえとの話は後だ。静かに待っていろ」

 

 スネイプにそう言われては、パンジーも黙っているしかない。自然、視線はアルテシアに向けられる。

 

「学ぶことが必要だと考えました。これが役に立つと、そう思ったんです」

「これで、魔法が学べると。つまりは、おまえの魔法書のようなもの、ということか」

「いえ、魔法書とは違うものです。似ているとは思いますけど、仕組みは違うものです」

「おまえが作ったのだな」

「そうですけど、ちゃんと機能することは確かめています。もちろん、賛成してくれる人だけにとどめるつもりでいます」

 

 ここでスネイプはアルテシアから目を離し、改めて、ぱらぱらとページをめくっていく。アルテシアは迷った。なおも何か言うべきなのか、それともスネイプの言葉を待つべきか。パンジーを見れば、小さく首を横に振っている。黙っていた方がいい、ということだろう。つかの間の、沈黙の時間。それを破ったのは、もちろんスネイプ。

 

「ミス・パーキンソン」

「あ、はい」

 

 飛び上がったりはしないが、しっかりと驚いたようだ。

 

「おまえ、これが読めたか。何が書かれているのか、わかったか」

「は、はい。まだちゃんと読んではいませんけど、武装解除の呪文のことだと思いました」

 

 ピクリ、とスネイプの眉が動いた。だが、それだけだった。ゆっくりとページをめくっていくスネイプ。だがもとより、たいしてページ数はない。スネイプの視線がアルテシアへ。

 

「どういうことだ?」

「なにがですか?」

「答えろ、どういうことかと聞いているのだ」

「な、なんなのよ、アルテシア。ちゃんと話したほうがいいと思うよ。だってさ」

 

 パンジーの目は、スネイプの持つ手帳らしきものへと動いた。あるいは、取り上げられることを心配しているのか。

 

「答えろ、と言っているのだ。つまりこれは、ミス・パーキンソン専用ということになるのか」

「あっ、はい。そういうことなら、そうです。誰でもってことにはしたくなかったし、知られたくない人もいますから」

「では、吾輩にも読めるようにできるのだな」

「できますけど、武装解除の呪文は、スネイプ先生に教えていただいたものですから」

「吾輩が読んでも仕方がないと言いたいのか。だがおまえに、そんなものを教えた覚えはないぞ」

 

 いや、スネイプは忘れているだけだ。アルテシアが2年生のとき、当時の防衛術の先生であったロックハートが開催した決闘クラブの場で、そのやり方を説明している。もっともそのとき、その教えを誰よりもマスターしたのはパーバティだったりするのだが。

 そのことをスネイプに説明しようとするが、ロックハートの名前を出しただけで、スネイプが手を振った。

 

「ああ、わかったわかった。おおよそ理解はしたが、1つ、質問がある」

「なんでしょうか」

「これを、おまえが作った。ならばこれが魔法書ということでいいか。それで間違いないな」

「はい」

 

 もちろん、否定などしない。スネイプに対して、他にうまい言い訳など思いつくはずもない。だがアルテシアの返事はそれで終わらなかった。

 

「でも、まったく同じじゃないんです。いろいろ、工夫をしてみました」

「工夫だと」

「ええと、説明がヘタなのはよくわかってます。言い方もよくないんですけど、いまの状況とかいろいろ考えて、こうしたほうがいいかなって」

「ほほう。では聞くが、なんのためだ。そんなことをして、なにか役に立つのか」

 

 スネイプが無表情なのは、いつものことだ。だがアルテシアからの返事がない。ただ、じっとスネイプを見ているだけなのはなぜか。スネイプも、そう思ったらしい。

 

「どうした。なぜ、返事をしないのだ。ただポッターやグレンジャーのマネをしているだけなのが恥ずかしいか」

「いいえ。スネイプ先生の表情から、なにか読み取れるんじゃないかと、そんなことを考えていました」

「なんだと」

「言い方がいつもと違うなって思ったんです、先生。それに、わたしにもできるかなって」

「なんの話かしらんが、それでは、吾輩の質問に答えにはなっていないぞ」

 

 おそらくパンジーは、アルテシアとスネイプとが話をする場にいるのは初めてなのだろう。そこでアルテシアがにっこりと笑ったことに、驚いているようだ。いわばスネイプに叱られているのに微笑むことがてきるなど、彼女には考えられない。だがアルテシアは、平気なのだ。

 

「質問を変える。目的は何だ。アンブリッジ先生への反発か。それとも、闇の魔法と戦うためか」

「守るため、です。それができてこそ、わたしの居場所もあるんだと思っています」

「ほほう」

「でも、1人でできることなんて高が知れてます。だったら、2人で。3人で。そうするべきだと、ある友人が気づかせてくれました」

 

 それが誰であるのか、スネイプが聞けば答えただろうが、スネイプはそうしなかった。

 

「その数を増やそうというのか。ならば、これ1つだけということはありえん話だな」

「はい。とりあえず10冊作ってみました」

「では、吾輩に1つ寄越すのだ。もちろん、読めるようにしてな」

 

 まさか、スネイプがこんなことを言い出すと思わなかったはずだ。なおもあれやこれやとやりとりを繰り返した結果、スネイプはそれをパンジーへと返し、代わりに自分の分を手にした。

 

「言っておくが、闇の帝王が簡単に武装解除に応じてくれるなどとは思わぬことだ」

 

 そこでスネイプが動いた。話はこれで終わりということで、自身の研究室のドアを開け、まずはアルテシアたちを外へ出そうとする。そのドアからアルテシアが外へ出たとき。

 

「わかっているだろうが、くれぐれも注意をするのだ。もしこれが見つかれば、おまえが退学するだけでは済まんぞ」

「どういうことですか、先生」

「そのときは、クリミアーナにでも戻るのだろうが、なに、心配はいらんぞ。おそらくは、おまえ一人ではないからな」

 

 それには、どんな意味があるのか。それを聞こうとしたアルテシアだったが、研究室のドアが閉じられ、スネイプは開けようとはしなかった。

 


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