ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 前話から、おおよそ1か月ほど。ずいぶん間が空いてしまいましたが、ようやくこの日がやってきました。その間、なにをしていたか。まあ、たまに違う話を書きたくなるといったところです。
 このところ、ハリポタの二次がずいぶんと賑わっています。アルテシアさんのお話、忘れられていなければいいんですが。



第90話 「ドラコのお誘い」

 アルテシアのなかにいくつかの反省すべき点を残し、アンブリッジとの交渉終わった。おそらくは誰の目にも片一方が有利だと思えるような、そんな交渉だったと言えるのだろうが、とにかく終わったのだ。

 アンブリッジにしっかりと主導権を握られてしまった格好となってはいるが、アルテシアも、譲れないところは譲れないと主張し認めさせている。とりあえず2件についてはアンブリッジの指示に従わねばならなくなっているが、自分の主張を認めさせたことは、アルテシアにとっては大きな意味を持つ。決して一方的な状況ではないことになるし、なにより気持ちの問題が大きい。とにかく、なんとか乗り切っていくしかないのだ。アルテシアは、そう思っている。

 

「でもさ、無視するって考え、あるよね」

 

 そう言ったのはパーバティだが、それはどちら側にも言えること。互いに信頼関係などないに等しいのだから、まじめに約束を守るのもばかばかしいということにはなる。それが立派に選択肢となるのであれば、どうやって相手に約束を守らせるか、ということも課題となってくる。

 

「あの先生なら、なにがあっても不思議じゃないですからね。とにかく、いろいろと気をつけていかないと」

 

 これはソフィアだ。アンブリッジの好き勝手にされてはたまらない、と言うのである。それには、パドマも同意見だった。

 

「ソフィアの言うとおりだと思う。とにかく、よく相談しながらやってくしかないよ。マクゴナガル先生も含めてね」

 

 交渉を終えてアンブリッジの部屋を出たあと、アルテシアはまっすぐに友人たちの集まる空き教室に来ていた。もちろんそこにはパチル姉妹とソフィアが待っていて、ちょうどいま、話し合いの内容を報告し終えたところである。

 アルテシアは、軽く微笑んでみせた。

 

「大丈夫だよ。あの先生には、ちゃんと約束は守ってもらうつもりだから。みんなにも、手出しはさせないよ」

「でも、アル。簡単にアンブリッジを信用するってのはどうかと思うよ。ちょっと危険じゃないかな」

 

 その意見には、誰もが賛成した。それは、アルテシアも同じであるらしい。

 

「わたしだって、あの先生が信用できる人だなんて思ってないよ。でももし、もしまたなにかあったなら、そのときはそのとき。それまでってことになるかな」

「でもアルテシア、そうなるとわたしたちのほうも、指示どおりにしないといけなくなるんだけど」

「わかってる」

 

 相手にそれを要求するには、こちらも約束を守らねばならない。守っているからこそ、要求もできるのだ。一方通行などありえない話だが、この理屈は、はたしてアンブリッジには通用するのだろうか。

 

「アンブリッジの指示は、違法な『闇の魔術防衛』グループ、だっけ? それを見つけ出せってことだよね」

「それ、ポッターとグレンジャーが始めたやつでしょう。参加者の何人かには、こころあたりがあるんだけど」

 

 アンブリッジから指示されたことの1つは、そのグループの活動状況を探ること。その集会場所がどこなのか突き止めねばならないのだ。アルテシアとパーバティは、ハーマイオニーから誘われたことがある。だがパドマとソフィアも含め、誰も参加はしていない。

 

「聞けば教えてくれるかも知れないけど、それはしないほうがいいかな。アンブリッジ先生とのこと知られちゃうし、あのグループも巻き込むことにもなるから」

「あたしたちが、そこに参加しちゃうって方法がありますよ。誰がアンブリッジに密告したのか、バレバレになるでしょうけど」

「いいえ、ソフィア。そんなことはしないよ。わたしが、こっそりと調べてみる。学校内でのことだし、なんとかなると思うんだ」

「それは、そうかもしれませんけど」

 

 みんなで調べたほうが、効率の面でも有利。そんな主張にも、アルテシアは同意しなかった。パドマが言ったように、アンブリッジとのことに巻き込まないため、というのがその理由だ。パドマたちは特に反論しなかったが、もちろんアルテシアに任せっきりでいるつもりなどないはずだ。

 続いてアルテシアは、もう1つ理由をあげた。

 

「アンブリッジ先生って、魔法省の人でしょ。今度のことだって魔法省令が発端になってるそうだし、魔法省がクリミアーナ家のことをどう考えているか、なにかわかるかもしれないって思ってるんだ」

「魔法省がクリミアーナ家を? なんなの、それって」

 

 それは、アルテシアがホグワーツに通うようになってからの疑問、なのかもしれない。アルテシアが承知している限りでは、クリミアーナ家は、魔法界とはほとんど交流がない。いつ頃からそうなのか、どういう理由から距離を置くようになったのか、それをアルテシアは知りたいと思っていた。

 

「アンブリッジが何か知ってるってこと? それはないと思うけどな」

「わたしも、そう思うよ。でもほんの少しでも可能性はあるかもしれないし、魔法省の考え方とか、なにか聞けるかもしれないでしょ」

 

 それに、いつまでもアンブリッジの指示に従っているつもりはないよと、アルテシアは笑ってみせた。アンブリッジは信用できないのだとはっきりとしたならば、きっぱりと縁を切る。その覚悟はあると言うのだ。

 その一方で、魔法界から離れてしまった理由を知ることができなくても、それはそれでかまわないとも思っている。いまこのとき、アルテシアは魔法界の名門校であるホグワーツに在籍し、多くの魔法族と関わりながら日々を過ごしているからだ。歴代のクリミアーナの魔女たちがこのことをどう評価するかということはあるにせよ、それでいいのだとアルテシアは思っている。過去よりも今、そして未来のほうがより重要であるからだ。

 同じことがクリミアーナの『失われた歴史』についても言えるのだが、こちらのほうには、手がかりと呼べそうなものが2つある。そのうちのひとつが、ガラティアの遺品だ。それがどんなものなのか具体的なことをまったく知らないアルテシアだが、気にならないと言えばウソになってしまうだろう。そしてその遺品が今、魔法省にあるということも、アンブリッジを切り捨ててしまえない一因とすることができるのだ。

 

 

  ※

 

 

 それから10日ほどが過ぎた、土曜日の午後。アルテシアは、1人で廊下を歩いていた。目的地は、湖のそば。そこのベンチに腰かけ、アンブリッジが言うところの違法なる『闇の魔術防衛』グループの活動場所を調べてみるつもりでいるのだ。

 実はアルテシアは、あの日からこの日まで、なにもしていない。動きを見せたのはこの日が初めてということになるが、友人たちの協力があって、その“違法組織”が『DA(ダンブルドア軍団)』という名称であることや、参加人数は20名ほどであることなどがわかっている。

 会合は週に1回のペースらしいので、アンブリッジとあの約束をして以降、少なくとも1回は行われていたことになる。それを見逃したことにはなるのだが、そんなことをアルテシアは気にしていない。

 

「やあ、アルテシア。どこに行くんだい?」

 

 ドラコだった。偶然かどうかは不明だが、もうすぐ玄関ホールというところで、ばったりと出会ったのだ。ドラコだけではなく、パンジーも一緒で、なぜかクラップとゴイルはいなかった。

 

「湖のところまで行くんだけど」

「散歩かい? それはいいけど、キミはぼくの言ったことを忘れてしまっているようだね」

「ドラコの言ったこと?」

「それに、あたしも言ったよね。ちゃんと覚えておけってさ」

 

 なにを言われているのか、アルテシアはすぐにはわからなかった。ドラコが軽くため息をつき、パンジーは右手をにぎりこぶしにしてみせた。

 

「アンブリッジとは関わるなって、そう言ったつもりだったが、キミには違うように聞こえていたらしいな」

「そのことなら、ちゃんと覚えてる」

「じゃあ、なぜこんなことになったのさ。つまりあんたは、あたしなんかちっとも怖くない、そういうことだよね」

「違う、違うよ、パンジー」

 

 ドラコの前だからか、パンジーは、叩くマネをしてみせただけだったが、パンジーの言いたいことはアルテシアにしっかりと伝わった。そして同時に、アンブリッジとの約束を知っているのだとアルテシアは思った。口外しないことになっていたはずなのに、なぜこの2人は知っているのか。

 

「いろいろと話は聞いてるよ。でもいまさら過ぎたことを、とやかく言うのは面倒だ。これからの話だけさせてもらうけど、それでいいかい?」

 

 ドラコは、いったいなにを言うつもりなのか。もちろん、そのことの予想はできる。できればその話はしたくないのだが、アルテシアはただうなずいてみせた。

 

「いいかい、アルテシア。もうじきアンブリッジが『高等尋問官親衛隊』の設立を宣言するはずだ。メンバーは、スリザリン生の中から選ぶらしい」

「まさか、ドラコたちが」

「ああ、そうさ。ご指名によって、その役目につくことになったよ。つまりが尋問官の手先だな。目や耳となって学校内を見回れってことだが、その仕事内容のなかになぜかキミの名前があってね。行動をチェックし、いろいろと報告しなきゃいけないことになってるんだが、さてアルテシア。これはどういうことなんだろうか」

「そ、それは」

 

 もちろんそれは、違法なる『闇の魔術防衛』グループであるところのDA(ダンブルドア軍団)の拠点探しと無縁ではないはずだ。いったいアンブリッジは、なにを考えているのか。早く見つけろという催促なのか、それとも、ドラコたちにも手伝わせようということなのか。あるいは、もっと別のことを考えてのことなのか。

 

「なにか、面倒なことを言いつけられてるんじゃないのか。アンブリッジが言うには、キミの周囲を見張っていれば違反者たちがぞろぞろとみつかるらしい。いったいキミはなにをやってるんだ?」

「どうせ、なにか弱みでも握られてるんだろうけど、そういうことはあたしらがやるよ。さあ、言いなよ。なにをやらされてるのさ」

「ごめんなさい、それを言うわけにはいかないわ」

「はあ? バカだろ、あんた。あたしらが、アンブリッジに何も聞かされてないとでも思ってるのかい。だいたいのところは聞いてるんだよ。あとは、あんたが言いつけられた内容を聞くだけ。さあ、言いなよ。なにをやればいいのさ」

 

 その言葉を聞く限りでは、アルテシアがDAの拠点を見つけろと指示されていることは知らないらしい。だがそれも、いつまでも続くわけではないはず。アルテシアがもたもたしていれば、アンブリッジはドラコたちの『高等尋問官親衛隊』に命じることになるのかもしれない。

 その結果、高等尋問官親衛隊がDAを摘発してしまったとしたら。もしそうなれば、アルテシアは約束を果たせなかったとされるだろう。相手はアンブリッジなのだ。そうすることで、なおもアルテシアを縛りつけておけると考えるかもしれない。

 

「キミがアンブリッジになにを言われているかは知らない。だがそんなのは、さっさと片付けてしまえよ。ぼくらが力を貸す。すぐにでも終わらせて、あいつとは縁を切るんだ」

 

 誰にやらせるのかは別として、アンブリッジがDAを見つけ出すつもりでいることは間違いない。アルテシアは、考える。ドラコに事情を話し、協力してもらったほうがいいのか。それとも、あくまで拒否するべきか。

 

「あんたから聞かなくても、アンブリッジに聞けばすぐにわかるんだよ。ここで頑張っても意味ないのに」

「でもパンジー。もしかしたら、あなたに迷惑かけることになってしまうわ。大丈夫よ、わたしがちゃんと」

「へえー、あたしはちゃんとできますって言うのかい。1人で大丈夫だって? そりゃ、それが一番なんだろうけどさ」

 

 そこでパンジーが、ドラコを見る。苦笑いを浮かべたドラコが、口を開く。

 

「べつにいいさ。なにもムリに言わせようとは思ってない。だけどな、アルテシア。そういうことなら、我が家に来てもらうぞ」

「え?」

「もうじきクリスマス休暇だから、時期としてもちょうどいい」

「で、でもドラコ」

「実は、母上から言われているんだ。キミが本当に困っているときには、家に連れてこいってね。アンブリッジともめてるんだろ。なにかの役には立つはずだ」

 

 どういうことなのか。それが、アルテシアにはわからない。だがドラコも、それ以上のことになると説明できないようだ。

 

「だから、我が家へくればいいんだ。母上がちゃんと話してくださるし、父上だって、魔法省とのつながりがある。力になってくれるかもしれないぞ」

「ありがとう、ドラコ。でもわたし、ウイーズリーさんからも誘われてるの。そのときは断ったんだけど、次の休暇にはぜひって言われてて」

 

 だがドラコの母親と会えるということは、アルテシアの心を揺さぶるには十分だった。おそらくドラコの母は、クリミアーナに関しての何かを知っている。そうとしか思えないようなことを、ドラコはこれまでにも何度か言ったことがあるのだ。

 そのことを、アルテシアは思い出していた。ぜひとも、話をしてみたかった。だが、ロンの父親であるアーサー・ウイーズリー氏からも休暇中に家に来ないかと誘われ、アルテシアも次の休暇であればと答えているのだ。はっきりと約束したわけではないし、具体的なことは何も決まっていないとはいえ、そちらが先約であるのは確か。

 

「ウイーズリーの家に行くのは、やめたほうがいいな。夜、キミが寝る場所があるかどうかさえ疑問だぞ」

「ドラコ、それはちょっと言い過ぎじゃないかな」

「言い過ぎなもんか。だがまだ、日にちはある。キミはどっちに行くべきなのか。クリミアーナ家にふさわしいのはどっちなのか、よく考えてみればいい」

 

 言いたいことは、それで言い終えたのだろう。アルテシアの返事を待たずに、ドラコは歩き始める。パンジーもついて行くのかと思いきや、彼女は、アルテシアの頭を軽く小突いてきた。

 

「あんたさ、ドラコの家に誘われたからって、いい気になるんじゃないよ。あたしだって、行ったことあるんだからね」

「あ、そうなんだ」

「いいところだよ。広いし、きれいだし、静かだし。さすがは純血の名門だよ。まあ、あんたのところもそうなんだろうけど」

「クリミアーナが? たしかに魔女の家系の家だけど… そうだパンジー、あなたこそクリミアーナに来てみたらどう?」

 

 一瞬、考えたようにはみえた。だがパンジーは、今度はさっきより強めにアルテシアの頭を軽く小突いてみせた。

 

「あたしよりも、あんただよ。それより、覚えておきな。アンブリッジが親衛隊のことを発表したら、あたしは、あんたの行動を報告しなきゃいけなくなる」

「わかった。それまでに、やることはやっとけってことだよね」

 

 だがパンジーは、盛大にため息をついた。

 

「やっぱ、バカだわあんた。それじゃ、あたしはアンブリッジに命令されてますって認めたようなもんじゃないか」

「あっ」

「あたしが言いたいのは、あんたが毎日なにをやったのかをあたしに教えろってことだよ。あたしはそれを、そのままアンブリッジに言うから。意味、わかるよね?」

 

 つまりはパンジーも、アンブリッジの指示にまじめに従うつもりはないのだろう。アルテシアのいうままに報告することで自分が楽をしたいからなのか、それともアルテシアの行動を束縛するつもりはないということなのか。あるいは、その両方か。

 アルテシアが、じっとパンジーの目をみている。その真意を読み取ろうとでもするかのように。

 

「なに見てんのよ。生意気だよ、あんた」

「うん、そうだよね。ごめんね、パンジー。わかったよ、そのときはちゃんと知らせるから」

「ええ、ぜひそうしてちょうだい。じゃあね」

 

 そこでアルテシアは、パンジーとわかれた。

 

 

  ※

 

 

 湖のほとりのベンチ。そこに腰掛け、ホグワーツの城へと視線を走らせる。アルテシアも、まさかこんなことになるとは思っていなかったはずだ。こんなときのためにと練習したわけではなかったが、あの魔法は、間違いなく役に立つ。

 アルテシアの目の色が、さらに濃くなり、いっそう澄み切った青となっていく。夕暮れちかくではあるが、まだ月は見えていない。もし見えていたなら、どんな色をしていただろう。またもや、青い月となっていたのか。

 それはともかくとして、アルテシアの青い目がホグワーツの内部を見ていることは確かだ。高速度カメラで早回ししているかのように、次々と、あらゆる場所が見えていることだろう。それは玄関ロビーから始まり、大広間を見回し、階段を登り、廊下をめぐって、途中にある教室の中を確認。1階から2階へ、そして3階へ。徐々に階を上げていき、ホグワーツ内のすべてを見てまわる。

 だが、DAの活動拠点はみつからなかった。ハリーとハーマイオニーの姿もだ。ロンもいなければ、パドマからの情報ではDAに参加しているというレイブンクローのチョウ・チャンなどもいない。それが、DAの活動中であるからなのかどうかはわからない。わからないが、学校内を調べ終えてもどこにもいないというのはおかしい。それほどの人数の誰も見つけられないのは、明らかに不自然だ。

 アルテシアが、目を閉じた。

 

(なぜだろう。学校にいない? でも外出なんて)

 

 できるはずがないし、仮にそんなことをしているのなら、とっくに気づかれているはずだ。まさかアンブリッジは、そんなことにすら気づかないのだろうか。いやアンブリッジでなくともフィルチが黙ってはいないはずだし、他の先生たちもいるのだ。

 

(やっぱり、学校内ってことだよね)

 

 そうとしか思えないが、調べてみた限りでは学校内にはいないのだ。ならば考えられることはひとつ。

 

(どこかでなにか、見落としてるんだ)

 

 すべての廊下をまわり、すべての部屋を確かめた。1階からずっと、全部の階を調べている。見落としているはずはないのに、この結果はどういうことなのか。いったいどこを、なにを見落としたというのか。

 アルテシアが、ゆっくりと目を開ける。その瞳が、またも澄み切った色となり、より濃い青をみせる。もう一度、調べてみることにしたのだ。だが今度は、学校全体ではない。以前にこの魔法を試してみたときに感じたかすかな違和感、おかしな感じを覚えた場所がある。見落としがあるとするならこの場所だと見当をつけ、8階にあるその場所をもう1度調べることにしたのだ。

 だがそこには普通の石壁が続いており、特に不審なところはみつけられなかった。もちろん空き部屋などはない。ドアすらないのだから、部屋などあろうはずがない。だが考えてみれば、ずっと廊下が続いているだけというのも、不自然だではある。

 2度、3度、アルテシアの魔法の目が、その廊下を行き来する。どこか妙な感じはするものの、不審な点はみつけられない。

 

(だめか)

 

 目を閉じ、まぶたの上から指で軽く押さえてみる。別に目が疲れたわけではないのだが、そこからゆっくりと離していく指を、そのまま目で追っていく。そして、両手を握る。その握ったこぶしを、じっと見つめる。

 ホグワーツのなかに、自分にはわからないなにかが存在しているのだ。もちろんアルテシアだって、すべてを知っているつもりでいたわけではない。だがこのことには、少なからずショックを受けた。自分にはわからないのに、ハーマイオニーはこの謎を知っている。そんなことはいくらでもあるはずなのに、なぜかそれが気になる。

 たぶんハーマイオニーに聞けば教えてくれるだろう。ハリーだって話してくれるだろうし、ロンだってそうしてくれるはず。

 だがアルテシアは、そうはしないつもりになっていた。この謎を解いてみたくなったのだ。アンブリッジのことは抜きにしても、自分の力で解明したい。アルテシアは、そう考えたのだ。

 幸いにも、手がかりとなりそうなものはある。以前にもおかしな感じを受けた、あの廊下だ。たったいまも調べてみたが、不審なところは見つけられなかった。でもあそこには、きっとなにかある。少なくとも、次につながるヒントくらいはあるはずだ。

 アルテシアが立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。とにかくその場へと行ってみることにしたのだ。

 

 

  ※

 

 

 その場所へ行く方法は、なにも歩くだけではない。だがアルテシアは、廊下を歩き、階段を登るという方法で8階に向かっていた。結果的には、その選択は間違っていたということになるのだろう。もう少し早ければ、はたしてどんな場面を見られたのか。ともあれアルテシアは、7階から8階へと続く階段の途中で8階から降りてこようとする人たちと出くわした。その先頭にいたのは、グリフィンドール生のアンジェリーナだ。

 アンジェリーナは、アルテシアの姿を認めると、すぐに右手を差しだしてきた。

 

「やあ、アルテシア。もう何回も言ったけど、もう1回言わせてよ。ほんとにありがとう」

「あ、あの」

 

 アルテシアの右手をつかみ、ぶんぶんと上下に揺する。そんなアルテシアとアンジェリーナの横をすり抜けるようにして、他の生徒たちが次々と階段を降りていく。

 

「おかげでクィディッチができる。スリザリンとの試合にも間に合ったし、かならず勝ってみせるから」

「ええ、もちろん応援してるわ。頑張ってね」

「まかせてよ。特等席で安心して見ててくれていいよ。今度の土曜だから。じゃあね」

 

 クィディッチ・チームのキャプテンであるアンジェリーナがこうして喜んでくれるのは、アルテシアとしても嬉しいことだ。そのことに間違いはないのだが、アンブリッジからチーム再結成の許可をもらったのは10日ほども前のこと。もちろん当日に報告しており、チームのメンバーだけでなく寮生からもたっぷりとお礼を言われている。それがいまだに続いているというのであれば、このことにも納得はできる。だが、実際はそうではないのだ。寮生たちからお礼を言われたのは、せいぜいがその2日後まで。すくなくともこの1週間は、誰ともそんな話はしていない。

 スリザリンとの試合が近いから、なのかもしれないが、アンジェリーナも言ったように試合は次の土曜日だ。それを理由として納得するには、いまひとつ。

 

「そういうことなのかな」

 

 そんなことをつぶやきながら、アルテシアは階段の残りを登った。そして廊下を歩き角を曲がったところで、その向こうに見慣れた3人を見つけた。ハリーとロン、そしてハーマイオニーである。さほど離れてもいないので、そのあいだの距離はすぐになくなる。

 

「アルテシアじゃないか。1人なのかい? めずらしいね」

「ロン、ちょっと待って。まず、確かめないと」

「なんだって、確かめるって。なにをだい」

「アルテシアが、何をしにここへ来たのかよ。たまたま偶然に、なんてことは絶対にないのよ」

 

 言葉はロンにむけてのものだが、ハーマイオニーの視線はアルテシアをみていた。

 

「あたしたちは、とても大切なことのためにここにいるの。あなたもいてくれたらって、いつもそう思いながらね。ねえ、アルテシア。あなた、そのつもりはあるの? そのためにここに来たのだったら、大歓迎なんだけど」

「もし、そうじゃなかったとしたら?」

 

 実際のところアルテシアの目的は、ハーマイオニーが言ったことではない。この8階の廊下がどうなっているのか、それを実際に見るために来てみたのである。まさかハーマイオニーたちと出会うとは思わなかったし、さきほどのアンジェリーナたちが参加者だとするなら、やはりこの廊下にはなにかあるということになる。

 

「そうじゃなかったなら、あたしたちはこのまま寮に戻るだけ。でも、そんなことありえない。あなたは、なにか目的があってここへ来たはずよ。それも否定するの?」

 

 否定はしない。でもその理由は、話せない。なのでアルテシアは、ただ黙ってハーマイオニーを見ていた。そのハーマイオニーの少し後ろでは、ロンとハリーが心配そうだ。

 

「あなたは、自分には先生役は向かないって言ってた。あなたから魔法を習おうと思う人なんていないって、そうも言ったよね。でもね、アルテシア」

「ハーマイオニー、わたしは」

「あなたに魔法を教えて欲しい、あなたから習いたいって人はちゃんといるわよ。それでもイヤ? それでもダメ?」

 

 なおも無言のままのアルテシアに、ハーマイオニーは軽くため息。だがあきらめたわけではないようだ。今度は、別の面から攻めてみようということ。

 

「あなたは、例のあの人が復活したこと知ってたわよね。お友だちのなんとかさんが、あの人のことを調べてるって言ったよね」

 

 驚きの声がハリーたちから聞こえてくるが、ハーマイオニーは完全無視。

 

「なのにあなたは、あなた自身はなにもしないでいるつもりなの?」

 

 相変わらず、アルテシアは無言のまま。ハリーとロンは、口を挟めずにいる。

 

「パーバティは、いろいろとできるみたいね。きっとパドマもそうなんでしょう。でもね、アルテシア。あなたの親友たちが大丈夫なら他はどうなってもいいなんて考え、よくないと思うわ。あなたには似合わない」

「ハーマイオニー、いくらなんでもそんなこと」

「言い過ぎだっていうの? でも実際、あなたは何もしてないじゃないの。何かしてるというのなら、それを言ってみなさいよ」

 

 さすがにアルテシアも、頭に血が上ってくるのを感じていた。だが声を荒らげたりはせずに冷静でいられたのは、ハーマイオニーの言動に疑問を感じたからである。うわべだけで言うならば、アルテシアはただこの場所を通りがかっただけであり、偶然にもハーマイオニーたちと出会ったにすぎない。この場合、ロンの対応のほうが自然であり、ハーマイオニーのようにいきなり問い詰めるようなことをするのはおかしい。ここで何かをやっていた、と自分から認めるようなものだ。

 かしこいハーマイオニーが、そんなことに気づかないはずはないとアルテシアは思っている。つまりなにか、理由があってのことだろうと、そんなことを考えたのだ。

 

「言えないの? だったら、あたしたちのDAに参加しなさいよ。少しでも例のあの人に対抗できるように、努力するべきだと思う。いまは、みんなで防衛術を学ぶべきなのよ」

 

 そのハーマイオニーの言葉に、アルテシアは反論することができない。その通りだと思っているからだ。だが、いまさらDAには参加できない。アンブリッジとの約束により、アルテシアはいま、DAを摘発する側に立っているからだ。そんな約束など無視すればいいようなものだが、アルテシアの場合はそういうことにはならない。

 自分で守ると決めたのだから、必ず守らなければならない。決めたことは必ず実行する、というのがアルテシアの考え方だ。なぜなら、魔法書にそのようなことが書かれているからである。幼いころよりそれを読んできたアルテシアにとって、それはごくあたりまえのこと。それに反するようなことは、程度の差はあるにせよ心の負担として返ってくるだけだ。

 だがホグワーツでの日々を過ごすうちに、いわゆる大人の対応というものも経験してきている。なにかちゃんとした理由があれば、それが気持ちへの負担を軽くしてくれる、あるいは感じなくさせることができるということも経験している。つい最近でいえば、医務室で長話をしたときのダンブルドアがその良い例となるだろう。

 だからアルテシアは、こんなことを言ってみた。

 

「ハーマイオニー、わたしも、みんなで防衛術を学ぶということには賛成だよ」

「それはよかったわ。じゃあ参加するということでいいのね」

「いいえ。それでもわたしは、あなたのDAには参加できない。だから、代わりにこれを」

 

 すっと、差し出した右手。その上に向けられた手のひらが、ほんの一瞬だけ光った。そこから飛び出した光がくるくると渦を巻き、赤や青などの色を帯びて、改めてアルテシアの手のひらの上に集まってくる。時間にすれば、せいぜい10秒から20秒ほどか。鮮やかな色の光は、直径5センチほどの玉となった。

 アルテシアにうながされ、ハーマイオニーがそれを手に取る。

 

「これが、なに?」

「魔法の入れ物、ってところかな」

「じゃなくて、これはなにをするものかって、それを聞いてるの」

「これで、わたしを呼び出すことができるわ。もしなにかあったら、使って。どこにいても、何をしてても、たとえ手が離せなかったとしても、あなたのところへすぐさま駆けつけるって約束する」

 

 いわばお守りとしての『にじ色』を手渡し、緊急時の手助けを約束することで、DAに参加しないことを了解してもらおうというのだ。実は、これを渡すのは2度目ということになる。前回は1年生のときで、賢者の石をめぐる騒動のときに渡している。のときとは大きさや形は同じだが色が違っているため、ハーマイオニーは気づいていないかもしれない。

 ハーマイオニーの手の中にあるそれを、ロンとハリーがのぞき込む。

 もし気づいたなら、とアルテシアは思う。もし気づいてくれたなら、ハーマイオニーはこれで納得してくれるかもしれない。

 それをたしかめるべきなのだろうが、アルテシアは返事をまたずに、せっかく登ってきた階段を降りていく。いずれにせよ、アルテシアとしてはこのあたりが精一杯なのだ。

 いずれアルテシアは、DAの拠点摘発に関与することになる。すると、どうなるか。そのとき、あの3人は何を思うのだろうか。その予想は、それほど難しくはない。どう思われようと、受け入れるしかないことだ。

 でも、あの玉をハーマイオニーが持っていてくれたなら。もしものとき、アルテシアはハーマイオニーに呼ばれることになるだろう。おそらくは大変な状況、危険な状況であるはず。だがそれでも、アルテシアはすぐに駆けつけるつもりでいる。そんなときは来ないかもしれないし、来たとしても、そのとき呼ばれるとは限らない。でもハーマイオニーの手元にあの玉があるかぎり、つながりはあるのだ。

 そのことが、アルテシアの心の負担を軽くする。ほんの少し、のことなのかもしれない。だがアルテシアにとっては、大きな意味のあることなのだ。

 




 さて、次回。アルテシアはどこに行くことになるんでしょうか。
 クリスマス休暇での行き先としては、いくつか候補はありますね。マルフォイ家か、ウイーズリー家か、もしくはクリミアーナに帰るのか。それぞれの場合でどういう展開となるのか、そんなことを考えてみるのも楽しそうです。

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