ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 今回は、トロール騒動の、評価編といったところでしょうか。教師側の主要人物3人による検討がされていきます。みなさまになるほど、と思っていただけるのか、それとも納得してもらえないのか。気になるところです。よければ、ご意見ください。



第9話 「スネイプの疑問」

 深夜にもかかわらず、校長室には、灯りがついていた。紅茶の並んだテーブルを、ダンブルドアとスネイプ、そしてマクゴナガルの3人が囲んでいる。今夜の出来事についての話し合いなのだ。

 

「さて、遅い時間となってしもうたが、今宵にいったい何があったのか。そのことについて話し合いたいと思う」

「あの、校長先生。ミス・クリミアーナのことですが・・」

 

 さっそくマクゴナガルが声を上げるが、ダンブルドアはそれを制するように手をあげ、自身で言葉をつづけた。

 

「アルテシア嬢の容態については、それぞれ、医務室を訪れてマダム・ポンフリーから説明をうけたじゃろう。それ以上のことはわしにもわからぬし、面会できるのは夜が明けてからとなるようじゃ」

 

 ダンブルドアの目は、じっとマクゴナガルをみていた。スネイプは、ほとんど無表情であった。ダンブルドアの言葉どおり、3人はそれぞれに医務室を訪れており、校医のマダム・ポンフリーから、同じ説明を受けていた。

 

「それゆえに、いまはアルテシア嬢のことは横に置き、話をすすめたいのじゃが、よろしいかな」

「校長、今夜の出来事については大きな疑問があるのですが、その答えを聞かせてもらえるのでしょうな」

「ふむ。まあ、順序よく進めていくことにしよう」

 

 ダンブルドアは、紅茶へと手を伸ばし、2人にも飲むように進める。飲みながら話そう、ということらしい。たがスネイプは、紅茶には手をつけなかった。そのまま、ダンブルドアの言葉を待つ。

 

「あのトロールは、たまたま学校内に迷い込んだのではない。校内を混乱させるため、何者かによって引き込まれたものじゃ」

「その何者かが、誰なのか。まさかそれがわからない、などとはおっしゃらないでしょうな」

 

 スネイプの皮肉めいた口調にも、ダンブルドアは顔色ひとつ変えない。だが、視線はマクゴナガルへと動く。

 

「クィレル先生の仕業じゃろうと思う。トロールとは予想外であったが、混乱に乗じて4階の例の部屋に入ろうとしたのに違いない」

「狙いは、賢者の石。校長、いくら仕掛けを施してあるとはいえ、このままでは盗まれてしまう。置き場所を考え直すべきだ」

「これでクィレル先生が、ヴォルデモートとつながりのあることがはっきりした。ああ、セブルス。言いたいことはわかるが、もう少し話させておくれ」

 

 自身の言葉を無視された格好に、不満げのスネイプ。そのスネイプにひと言声をかけておき、さらに話を続ける。

 

「クィレル先生が、なにやら怪しい。それはわかっておった。なればこそ、ホグワーツに招き、その動向を探ろうとしたのじゃよ。ようやくあやつはしっぽを出したが、まだヴォルデモートに関することはつかめておらん。もう少し、ようすをみねばなるまいて」

「そのためのエサとして賢者の石を使う、というのであれば、賛成はしかねますが」

「さよう。私もそれは、よい方法ではないと思いますな」

「あの石を壊してもよいと、持ち主であったニコラス・フラメルからは許可を得ておる。もともと、そうしてくれと依頼されて受け取ったものじゃからの。ゆえにある条件がそろえば消滅するようにと細工をしてある。闇の者の手に渡ることはないのじゃ」

 

 そこまでは2人とも知らなかったのか、一様に驚いたような顔をしている。ダンブルドアが言うのは、賢者の石をオトリとして使うことに変わりはないが、悪の手に渡らぬための保険もかけてある、ということ。なので、心配はせぬようにと。

 ちなみに賢者の石とは、錬金術における最高傑作品とも言えるもので、あらゆる金属を黄金に変えることができ、飲めば不老不死になる『命の水』をも作り出せるという、貴重なものだ。現存する唯一の石を錬金術師として有名なニコラス・フラメルが所有していたが、それがいまはホグワーツにあるというわけだ。ダンブルドアによれば、フラメルとその夫人は、身辺整理に必要なだけの命の水を保有しており、しずかにそのときを迎えるつもりであるらしい。

 それはさておき。

 

「じゃがこれで、ヴォルデモートの状態ははっきりした。賢者の石を狙うのは、命の水のためじゃろう。それすなわち、そこまで生命力が衰えておることの証明となる。『命の水』を得たのち、魔法力を回復させ復活するという計画じゃろう」

「では、そうさせぬためにクィレルの動向を探らねばならない、ということですな」

「さよう。セブルスには、引き続きその役目を頼みたい。マクゴナガル先生には、これからもアルテシア嬢に近づく者について目をひからせておいてほしいのじゃ」

 

 返事の代わりに、うなずいてみせる。マクゴナガルには、その言葉の意味はよくわかっていた。魔法力回復の手段として、あの魔法書に目をつけないはずがない。魔法書のことが知られれば、当然、そうなるはずなのだ。クリミアーナ家を訪れたとき、アルテシアの言った言葉が頭の中に蘇る。

 

『わたしたちは、それを読むことで魔法力を身につけていきます』

 

 アルテシアは、そう言ったのだ。あの魔法書の存在とその効力に目をつけられたなら、アルテシアが狙われる。魔法書を奪うため、アルテシアを狙ってくることは十分に考えられる。ゆえに魔法書のことは、誰にも知られてはならない。

 マクゴナガルは、改めて自分にそう言い聞かせる。秘密にせねばならないのだ。たとえダンブルドアであろうとも、そのことを知る人を増やさぬほうがよい。誰にも言わぬほうがよいのだ。アルテシアにもそうするように言っておかねばならない。

 

「それはともかく、アルテシア嬢は、いったいどうやって魔法を勉強しておるのかのう。むろん、授業以外で、ということじゃが」

「校長、すでに申し上げているとおり、あの娘は魔法が使えない。だが私には、どうしてもあの娘が魔女でないとは思えないのです。あの娘は魔女だ。なのになぜ、魔法が使えないのです?」

 

 ダンブルドアが、ゆっくりと紅茶に手を伸ばす。飲んだのは一口だけ。そしてあらためて、スネイプを見る。マクゴナガルは、沈黙したままだ。いま話に出た疑問の答えを、マクゴナガルは知っている。知っているが、もはやそれを言うつもりはなくなっていた。言えば、魔法書の秘密に触れることになるからだ。

 

「セブルス、さきほど言っておった大きな疑問というのは、そのことかの」

「いいでしょう、校長。答えてもらえないのなら、また改めてということでもいい。ですが、今夜のことについては答えていただきますぞ」

 

 スネイプは、もともと今夜の出来事について大きな疑問があると言っていたのだ。なので、ダンブルドアにはぐらかされたとでも思ったのだろう。アルテシアがなぜ魔法が使えないのか、という疑問は、これまでにも何度もダンブルドアにぶつけたものであり、その都度、いまのようにして答えはもらえなかったのだ。

 

 

  ※

 

 

「私はあのとき、あの娘を医務室へと連れて行きましたが、友人だと思われるパーバティ・パチルなる娘を同行させ、なにがあったのかを説明させた」

 

 たしかにあのとき、スネイプはパーバティも連れて行ったが、それは、話を聞くという目的であったらしい。それによると、ハリーとロン、そしてパーバティの3人は、アルテシアがトロールの棍棒によって横殴りにされる瞬間を目撃したらしい。そのときアルテシアは棍棒とともに出入り口付近へとはじき飛ばされ、その棍棒を、ロンが習ったばかりの浮遊呪文でトロールにぶつけ、ノックアウトしたという流れになる。教師陣が到着したのは、トロールが倒れたすぐあと。

 

「そうじゃの。ハリーたちも、そう言っておった。そういうことで間違いあるまいと思うがの」

「そうですね。私も、あのときトロールが倒れた音を、たしかに聞きました」

 

 その、どこに疑問があるのかとでもいいたげな2人をまえに、スネイプは、杖をとりだした。

 

「セブルス、なにをするつもりじゃ」

「いいですかな、校長。ロナルド・ウィーズリーは浮遊呪文を使ったのです。 ウィンガーディアムレビオーサ!」

 

 呪文とともに、校長室に置かれていた花瓶が宙に浮かんだ。それが、スネイプの杖の動きとともに、3人のいるテーブルの上へとすべるようにしてやってくる。

 

「こうして棍棒を浮遊させトロールにぶつけた。だが、そんなことでトロールが倒せますかな。さほど広くもないあの空間では、棍棒に勢いをつけることさえ難しい」

 

 その指摘には、ダンブルドアも思い当たることがあったらしい。視線は、マクゴナガルのほうへと動く。

 

「私は、そんなことはできないと考える。棍棒をぶつけた事実は認めますが、それだけでトロールは倒せない。むしろ、トロールの怒りを買うだけでしょうな」

「しかし、セブルス。現実にトロールは倒されておる」

「さよう。いかにも、そのとおり。ゆえに私は、大きな疑問だと申しあげたのです。トロールを倒したのは誰か。どうやってトロールを倒したのか。その答えをうかがいたい」

 

 その答えを持っているはずだとばかりに、スネイプはダンブルドアをにらみつける。だがダンブルドアは、その視線からするりと逃れ、紅茶に手を伸ばした。

 

「おかわりが必要ですかな、校長」

 

 なるほど、紅茶のカップのなかは、すでにからになっていた。マクゴナガルが、すぐさまティーポットを手に取る。

 

「セブルス、きみはどう考えておるのかね。そなたの考えを聞こう」

「お尋ねしたのは、私のほうなのですがね。質問に質問で返すのはいいことではないと思いますぞ」

「いかにも。じゃがのう。ともあれ、聞かせてくれぬか」

「まあ、いいでしょう。思うに、ウィーズリーが浮遊呪文で棍棒をぶつけたときには、すでにトロールは失神していたのではないか。おそらくは、棍棒を手放したそのときに」

「なるほど。そうでなければ、あのトロールが棍棒を手放したりはせぬか。トロールが気絶した直後、ちょうど浮遊呪文によって棍棒がぶつかり、倒れたというわけじゃな」

 

 これは、ダンブルドアがスネイプの考えに同調したということか。そのことにスネイプは、苦笑交じりに席を立つ。背を向けたのは、その顔に現れた笑みを見られぬためだろう。

 

「マダム・ポンフリーは、あの娘の容態についてこう言っておられた。あの棍棒で、少なくとも3回は殴られていると」

「うむ、確かにの」

「そしてこうも言ったのです。今夜は安静にさせたいので、面会は明日から。退院は、あさってになるだろうと」

「わしもそのように聞いたが、そこにも疑問があるのかね」

 

 くるりと、スネイプが振り返る。その顔は、いつもの無表情に戻っていた。マクゴナガルは、もう何杯目になるのか、コクリコクリと紅茶を飲みつつ、無言を保っている。

 

「3度も殴られておきながら、その程度のケガで済むものでしょうか。トロールですぞ。まともに直撃されれば、死んでいてもおかしくはない。なにか、あったのだ」

「なにか、とは?」

「校長、あの娘は、ほんとうに魔法が使えないのですか。実は魔法が使えて、トロール退治に役立てた。自分を守るのにも、魔法を使った。そう考えねば、今回のことには説明がつかない」

「しかし、セブルス。魔法が使えないのは本当じゃよ。魔法学校において、そのようなウソをつく必要などあろうか。無意味じゃよ」

 

 フンと、大きく鼻を鳴らし、改めて椅子に座り直す。ダンブルドアの言うとおりであるのは、よくわかっていた。

 

「だが、なにかある。なにかあるはずだ。吾輩は、それが知りたいのだ。断じて言うが、ウィーズリーの浮遊呪文がトロールを倒したのではない」

 

 強い調子でそう言い、ダンブルドアを見る。つかのま、にらみ合う形となった2人を、マクゴナガルは複雑な思いで見る。ダンブルドアの話しぶりからは、魔法書のことを知っているのかいないのか判断はできなかった。いったい彼は、何を知っていて何をしらないのか。

 そして、セブルス・スネイプ。彼は、もしかするとアルテシアのことを心配しているのだろうか。それとも単なる好奇心でみているだけなのか。その判断はつかないが、たとえ前者だとしても、魔法書のことを彼には話せない。彼は、ヴォルデモートとつながりのあった男だ。デス・イーターとして、その配下にいたのだ。ダンブルドアは心配ないというし、自分もそう思ってきた。だがこの先、万にひとつの可能性をこそ、まず考えるべきなのかもしれない。

 ともあれ、さまざま判断ができるまでは、アルテシアに関するどんなことでも、不用意には言わないほうがいいと思った。よくよく考えてから言わねば、と。

 

「ミネルバ、どうにかしたかね?」

「え? ああ、いえ。スネイプ先生の疑問のことを考えていました」

「ほう、マクゴナガル先生には、なにか合理的な説明がおありですかな」

 

 そんなはずはないが、とでも言わんばかりの顔。そんなスネイプに、小ばかにされたような気がしたのかもしれない。思わず、声に出していた。そうでもなければ、おそらくは言わなかったはずの言葉を。

 

「アルテシアはいま、必死に勉強しているのです。でも、あと2年ほどはかかってしまうのです」

「なんですと。それはどういうことです、あと2年?」

 

 一瞬で、マクゴナガルの頭の中の温度が下がる。と同時に、冷静となった頭で考える。この失言をどう挽回すればいいのかを。

 

「これは入学前、私がクリミアーナ家に彼女を迎えに行ったとき、聞いた話なのですが」

「ほう、それは興味深い。で、何をお聞きになったのですかな」

「クリミアーナ家の魔女は、その歴代の例によれば13歳から14歳頃にその力に目覚めるのが普通らしいのです。であれば、あと2年ほどはかかることになります」

 

 このことは、すでにダンブルドアには報告済みだし、ダンブルドアもその以前から知っていたはず。なのでマクゴナガルは、話の筋をこちらのほうへ持っていこうとしていた。勉強法の側へと流れないようにするために。

 

「魔法が使えないことを一番悩んでいるのは、あの子なのです。ですが、いずれは魔女としての力に目覚めます。それまでは、じっとと見守っていくこと。そのことが大事だと思うのです。それに」

「ああ、マクゴナガル先生。すこしお待ちください」

 

 一気に話をより別の方向へと向けようとしたのだが、そこでスネイプの待ったがかかる。彼は、ダンブルドアに視線を向けた。

 

「校長、あなたのご意見もうかがいたいですな」

「なにをじゃね、セブルス。いまの話のことなら、たしかにマクゴナガル先生から聞いておるよ。それゆえに、アルテシア嬢は魔法が使えないのじゃと」

「いいでしょう、校長。あの娘は魔法が使えない。それで納得してもいいが、今の話からすれば、そのことはあの娘が入学する前からわかっていた。つまりあなたは、それがわかっていて入学させたことになる。なぜです? なぜそんなことを。そこにどんな秘密があるのですか?」

 

 はたして、うまくごまかせたのか。話の流れは、マクゴナガルの意図したとおりに違う方向へと流れてくれたようだ。だがスネイプは、そしてダンブルドアはどう思ったのか。スネイプの疑問に校長はどう答えるのか。マクゴナガルは何杯めかの紅茶を飲み干した。飲み過ぎだ。今夜は眠れないのに違いない。

 

「ともあれ、セブルス。アルテシア嬢はこのホグワーツの生徒であり、われらは教員じゃ。マクゴナガル先生の言うように、見守っていこうぞ。そうすることが大事だと、そう思わんかね」

 

 スネイプは、何も言わなかった。代わりに薄笑いを浮かべ、ようやく紅茶へと手を伸ばした。そして、すでに冷め切った紅茶を一気に飲み干す。

 

「わかりました、校長。そういうことにしてもよろしいが、なんらかの手立ては必要となるでしょう。おそらくあなたは、あの娘が学校を辞めてしまうとなにかとお困りになるはずだ」

「いまのままでは、ようすをみるだけではダメだということかの」

「いうまでもないこと。ともあれあの娘とは、いずれいろいろと話をせねばなりませんな。あ、いや。もちろんそれを、止めたりはなさいませんでしょうな」

 

 そのとき、ダンブルドアは何も言わなかったし、マクゴナガルは、紅茶を飲んでいた。

 




 さすがはスネイプ。いろいろと細かいところを見ているようです。ダンブルドアもそれくらい気づいていて不思議はないんですが、スネイプに指摘され、気づかされるというパターンにしてみました。マクゴナガルは、もっと別の答えを持っていますが、自分の胸の中にしまいこむ。そしてこの先、どうするのか。どうなるのか。
 進行遅くて申し訳ありませんが、このトロールの話は、もう少し引きづらせていただきます。次回もよろしくお願いします。

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