ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第85話 「ティアラ、ふたたび」

 湖のほとりで、アルテシアたちが話し込んでいた。この日はお待ちかねのホグズミード行きの日でもあるのだが、なかなか話が終わらないらしい。もちろん行く予定にはしているのだが、このままではどうなることか。

 話しているのはもちろん、アルテシアが試してみた魔法についてのことだ。結果としては全てが順調で、体調を崩すこともなく予定したとおりに終わっているのだが、最後にアルテシアがこんなことを言い出したのだ。

 

「なんとなくだけど、おかしな感じがしたんだよね。目に見えてるものと感じるものが、ちょっと微妙に違うっていうか」

「どこですか、そこ。あたしが行って、見てきますけど」

 

 そんな提案もあって、アルテシアはその場所をソフィアに教え、ソフィアがそこへ自分を飛ばして確かめてみた。だが普通の石壁が続いており、特に不審なところはみつけられなかった。

 それは、なぜなのか。ただの勘違いか、あるいは考えすぎなのか。そんな話が続いていたのである。

 

「でもそこの廊下って、通ったことあるよね。いつだったか忘れたけど、ただの廊下だったと思うな」

 

 パーバティが言うように、8階のその廊下をアルテシアも歩いたことがある。ホグワーツ5年目ともなれば、訪れたことのない場所をあげるほうが難しい。

 

「でも、魔法で校内を調べてるんですから、その過程でなにかを感じたのなら、なんにもないってことはないと思うんですけど」

「そうだけど、今のところはなんにもわからない。あとでゆっくり調べてみる」

 

 ひとしきりそのことについて話し合ってはみたが、現実にはなにもみつけられないのだから、話も発展のしようがない。そのうち内容は、いつものたわいのないおしゃべりへと変わっていくことになった。

 ちなみに魔法を試す日としてわざわざホグズミード行きの日を選んだのは、たまたまその日が間近に迫っていたということもあるが、単純に学校内にいる人数が少なくなるからである。初めての試みなのだから、いきなり全校生徒を対象とするよりは少ない人数から始めたほうがよいと、そう考えてのことだ。

 やったことは、学校内にあふれる膨大な量の光を集め、そこから情報を読み取り、床や壁、天井、物や人の姿などを再構築すること。それらの処理は、すべてアルテシアの瞳の中で行われることになる。しかも全員の状況を確認しようというのだから、魔法による負担もそれなりのものがある。これがうまくいったならば、これからは魔法の使いすぎで倒れたりすることはないという確認ができたことにもなるのだ。

 魔法によってホグワーツ内の状況を瞬時に把握することができるのか。実際にはどこまでつかみきれるのか、その限界が知りたかったのだ。これらを知っておくことは、この先、かならず役に立つ。アルテシアは、そう思っている。

 

「おおっと、もうお昼になるよ。ホグズミードで食べる予定だったけど、どうする? 大広間に行く?」

 

 大広間に行けばお昼ご飯は食べられるのだし、昼食を済ませてからホグズミードに行っても、楽しむ時間は十分にある。

 

「そうしようか。そのついでにみんなそろって、8階に行ってみるのもいいかもね」

「じゃあホグズミードは? 今回はやめとく?」

 

 それも選択肢のひとつだ。みんなが顔を見合わせる。

 

「あ、やっぱりだめです。ホグズミードには行かないと」

 

 そう言い出したのは、ソフィア。よくよく聞いてみると、ホグズミードで人に会う約束があるのだという。約束? 誰と?

 

「クローデル家のティアラさんです。何度か手紙をやりとりしてるんですけど、今日は外出できるから」

「待ち合わせることにしたのね。時間は?」

「午後2時です。お昼食べてから出かけても間に合いますけど」

「なんだ、じゃあ話は終わりだね。お昼に行こう」

 

 食後にホグズミードに行く。それで話はまとまったということだが、全員でティアラに会いに行くということにならないか。約束しているのはソフィアなのにいいのだろうかと、アルテシアはそんなことを思った。だがソフィアは何も言わないし、ティアラに会いたいのも確かだ。パチル姉妹もいるのだが、3校対抗試合の期間中に顔合わせはしたことがあるのだ。きっとティアラも喜んでくれるだろうと、自分をそう納得させる。

 4人でおしゃべりをしながら歩き、大広間までもうすぐというところで、前を歩くアンブリッジを発見。しゃべり声が聞こえていたらしく、アンブリッジがこちらを見ている。

 

「あなたがたは、外出なさらなかったのね。なにをしていたのかしら」

「ええと、これから昼食をと思っているんですけれど」

「おや、そうですか。どうぞ、ちょうどそんな時間ですものね。でも、よかった。わたくしもまだなの。ご一緒させてもらおうかしら」

「いや、あの、先生。先生方は教職員用のテーブルがありますから、どうぞそちらで」

 

 パドマは、あわてていた。さすがにアンブリッジと一緒に食事をするのはイヤだったのだ。そう思いつつ姉を見ると、その姉もパドマを見ていた。こっそりとうなづきあう。

 

「で、では、これで失礼します」

 

 言うが早いか、パドマはソフィアを、パーバティはアルテシアを抱えるようにして、とにかく大広間へと一直線。ヘンに思われたかもしれないが、とにかく中へと入ってしまえばなんとかなる。そう考えてのことだったが、案の定、アンブリッジがそのあとをついてくる。

 

「そんなにあわてなくてもよろしいわよ。ゆっくりとお話がしたいだけですからね。とくに真ん中にいるあなた、まだわたくしとは話をしたことありませんわよね」

「あの、先生。あたしたちは」

 

 なにか、この場をうまく逃れる方法はないのか。アルテシアたちが顔を見合わせる。誰もがあれこれと考えをめぐらせているはずだが、効果的な策は思いつかないようだ。だが思わぬところから、救いの手がさしのべられることになる。

 たまたまだろうが、マクゴナガルが教職員テーブルで食事をしていたのである。そのマクゴナガルが、すっくと席を立ち、アンブリッジの前へとやってくる。

 

「どういうことです?」

「なにがですの、マクゴナガル先生。わたくしはただ、お昼を食べようと」

「では、あちらへどうぞ。いつものあなたの席が空いておりますよ」

 

 ここで、両者がにらみ合う。マクゴナガルの右手は教職員テーブルへと向けられており、そこへ行けとの意思を示している。アンブリッジは、その目を少し大きく開き、軽く首を横に振る。

 

「わたくしはですね、そこの生徒と話をしながら」

「いいえ。生徒には手出し無用に願います。実はこの子たちには特別な課題を出してありましてね。だからこそ、今日のような日にもここにいるのです。相談しながらの昼食となるでしょうから、どうぞお邪魔はなされませんように」

 

 にらみ合いは、なおも続く。気がつけば、大広間中の視線を集めており、空気もピンと張り詰めている。気温が下がっているようにも感じるが、それは気のせいだろう。どちらが先に動くのか、そんなことを誰もが思い始めたころ、マクゴナガルがすっと頭を動かし、アルテシアたち4人に目を向けた。

 

「あなたがたは、食事をなさい。そろってグリフィンドールのテーブルでかまいませんよ」

「は、はい。すみません、先生」

 

 そそくさと4人がテーブルのほうへ行ってしまうと、マクゴナガルは改めてアンブリッジに目を向けた。このときにはもう、アンブリッジはニヤニヤとした笑みをみせていた。

 

「マクゴナガル先生、わたくし、物覚えはいいほうですのでね。覚えておきますわよ。さてさて、あの子たちはどんな課題にどんな成果をみせてくれるのかしら」

 

 それだけ言うと、くるっと背を向ける。そして歩き出したのだが、その先は教職員用のテーブルではなかった。そのまま大広間から出ていったのである。そもそも、ここで食事をするつもりはなかったのかもしれない。アンブリッジを見送ったあとでマクゴナガルがアルテシアたちのもとへと歩いて行く。

 

「あなたたち、ほんとうはなにがあったのですか」

「なにもないです。入り口のところで偶然にアンブリッジ先生と会ったんです」

「では、あの先生の言ったとおりで間違いないと」

 

 そのとおりなので、4人はうなづくしかない。それをみて、ようやくマクゴナガルが表情を緩めた。

 

「わかりました。ですが今回のことで目を付けられた可能性がありますから、十分に注意することです」

「なんだか、アルテシアのことを気にしてるみたいでした」

「大丈夫です、わたしが手出しをさせません。とにかく、できるだけあの先生とは関わらないこと。授業以外は無視してよろしい」

「でも先生、そんなこと、いいんでしょうか」

「まあ、たしかに問題はあるかもしれません。ですが、わたしが叱られればすむことです。気にしなくてよろしい」

 

 この場は、なにごともなく済んだ。だがこれを機会とし、もともと良くはなかったであろうアンブリッジとマクゴナガルの関係は、徐々に悪化していくことになるのだ。

 

 

  ※

 

 

 アルテシアたちがホグズミード村を訪れたのは、学校での昼食を終えてから。アンブリッジとの一件は、まさにイレギュラーといってもよいもの。この先のことは気になるにせよ、ひとまずマクゴナガルの言うことに従うしかなった。

 それはさておき、4人がいまいるのは、叫びの屋敷の前だ。村はずれの小高い丘のようなところにあり、あまり人が来ることのない場所だが、ここがティアラとの待ち合わせ場所になっていた。

 

「けど、ゆっくりと話ができるような場所じゃないね」

「人目を気にする必要なんてないと思うな。彼女が来たら、三本の箒にでも行こうよ」

 

 そう言ったのはパチル姉妹。たしかにティアラと会うのに、人目を避ける必要などないだろう。姉妹が、そろってソフィアをみる。

 

「そうですけど、話の内容がどうなるかわかりません。どうしてもあの人のことはでてくると思うんですよね」

「でも、立ち話じゃ落ち着かないし。やっぱりどこかに行こう、ね、ソフィア」

「わかりました、アルテシアさまがそう言うんなら」

 

 どこに行くかは、ティアラが来てから相談、ということで話はまとまった。だが、そのティアラがなかなか来なかった。姿を見せたのは、約束の時間を30分も過ぎてから。ティアラは、村の方から叫びの屋敷へと続く坂道を登ってきた。

 

「すみません、遅れてしまいましたよね」

「なにかあったの?」

「ええ、まあ。時間のことは知ってたんですけど、待っててくれると信じてましたから」

 

 なにがあったのか。ティアラが言うには、彼女は朝からホグズミード村に来ており、のんびりと通りを歩いていたら、ある店にホグワーツ生が次々と何人も入っていくのを見かけ、気になったので自分も店に入ってみたのだという。数えてはいないが、最終的には20人くらいの生徒が集まったらしい。

 アルテシアたちの話は、まずはそこから始まったのだ。ホグワーツでの3校対抗試合のとき以来しばらくぶりに会ったのに、再会を喜ぶといった話ではなかった。

 

「話を主導していたのは、女子生徒でした。ハーマイオニーと呼ばれてましたけど、知ってる人ですか?」

「うん、知ってるわ。それで、なにをしてたの」

「これから話しますけど、その話を聞いて、これはクリミアーナの名を持つ人がやるべきことだって思いました。なのになぜこの人がやってるんだろうって」

「どういうことですか、ティアラさん」

 

 誰にも、話の内容はみえていない。なので、ティアラの話すことを聞いているしかなかった。座る場所などないので、当然、立ち話だ。

 ティアラはそのホグワーツ生が集まったホッグズ・ヘッドという名のパブの店内に入り込み、その会合が終わるまでそこにいたらしい。ホッグズ・ヘッドにはほかにも数人の客がいたので、とくに怪しまれるようなことはなかったとのこと。

 

「つまるところ、闇の帝王であるヴォルデモート卿に備えるために防衛術をみんなで勉強しようってことですね」

 

 そのとき、ティアラはアルテシアを見ていた。もちろん、アルテシアに何か言って欲しいからだろう。そのアルテシアは、ちょっとだけ笑ってみせた。

 

「その話は聞いてるわ。誘われたけど、断ったのよ」

「聞いてもいいですか?」

「わかってるよ、ティアラ。なぜそこに参加しないのか、だよね」

「ええ、そうです。あの人たちは、危険から身を守るために協力しよう、みんなでがんばろう、そんな趣旨で集まってました。クリミアーナとして、当然そこにいるべきなのに」

「ちょっと待ってよ、一方的な話はごめんだよ。こっちにも事情があるんだから」

 

 そう言ったのはパーバティ。ほんの一瞬ティアラとにらみ合った形となるが、ティアラはすぐにアルテシアへと目を向ける。

 

「まさか、闇の帝王が怖いなんて言いませんよね。それとも、自分たちが大丈夫なら、ほかはどうでもいい?」

「待ちなさいよ。いきなりあんた、何言ってるの? アルテシアはそんなこと思ってないよ」

「いいのよ、パーバティ。ティアラの言いたいことはわかってるから。だよね、ティアラ」

「はい。でもこれでいいのかなって疑問は残りますね。こんなの、すっきりしない」

 

 もちろんパーバティも、それで納得などしたりはしない。アルテシアを押しのけるように、1歩前に出る。

 

「ちゃんと考えてるよ。そのための練習も準備もしてる。知らん顔してるわけじゃないし、怖がってもいないよ」

「ああ、気を悪くしたのならごめんなさい。もちろん、責めてるんじゃないですから。これは、わたしの希望」

「そっちこそ、何を言ってるのかわかんない。もう一度言うよ。アルはね、もしものときのために、ちゃんと準備はしてる」

 

 今日だってそのための練習をしてきたと、パーバティは、早口となりながらもそのことを説明する。そんなことまで言わなくてもいいとアルテシアやパドマが言っても、止まることはなかった。ティアラはその説明を聞きながら、ときおりソフィアに視線をむけていた。にこにこと、その顔に笑みを浮かべながら。

 

「なるほど。必要なことはやってます、だから大丈夫ってことですね。でも、ほんとにそうかしら」

「なによ、ダメだっていうわけ?」

 

 パーバティも少し興奮気味といったところ。それを見たティアラは、苦笑い。

 

「ダメじゃないです。あなたがいま言ったようなことは、やれって言われても、わたしにはできない。だよね、ソフィア」

 

 ソフィアは、うなずいただけ。ティアラが、あらためてパーバティに目を向ける。

 

「あなたにはできるの? ムリだよね。あれは、クリミアーナの直系だからこそ。光の操作は、そんな簡単なことじゃないんだよ。それをそんなにも大規模にできるなんて、感心するよりも、驚きでしかないわ。でもね」

「ティアラ、もういいよ。そこまででいい」

「いいえ。この際だから言わせてください」

 

 止めようとしたアルテシアだが、ティアラにはその気はないようだ。

 

「あなたたちは、肝心のことがわかってないのよ。いまやるべきことは、そんなことなのかな。それすらわかってないあなたたちが、すぐそばにいる意味ってあるの?」

「ちょっと、そこまで言うの」

「じゃあ聞くけど、もしこの人がいなかったらどうするの? 手が回らないときはどうするの? なにもかも押しつけて自分たちは何もしないの? ただ見てるだけ?」

「ちょっとティアラさん。言い過ぎだよ」

「違うよ、ソフィア。そこは、足りないって言ってくれなきゃね」

 

 そう言って笑みをみせたティアラだが、それも一瞬のこと。笑みの消えた顔が、アルテシアにむけられる。

 

「なぜですか? そりゃ、方法はいくつもあると思いますよ。でも今回は、すくなくともあのハーマイオニーという女の子のほうが正しいと思う。魔法の力はさすがですけど、その苦労の割には効果に乏しい。そんなことをわざわざ選ぶのはなぜ?」

「ティアラ、あなたの言うことはわかるけど」

「いくらクリミアーナのお嬢さまでも、同時にはせいぜい2カ所ですよね。それが3カ所なら、4カ所なら、5カ所なら」

「もういいから、ティアラ」

「さすがにムリですよね。でも、それぞれがそれなりの力を持っていたら。少しは対抗できるのなら。それで間に合ったりもするんじゃないですかね。だったら、そうしたほうがいいのに決まってる。なのに、なぜそうしないの?」

 

 パチン、と音がした。ほおを赤くし顔を横に向けているティアラの横で、ソフィアが、自分の右手を見つめている。身長はティアラの方が高いのだが、もちろん手が届かないほどではない。

 

「言い過ぎだって、そう言ったよ。そんなこと、言われなくてもわかってるんだから」

 

 その一瞬、さすがに誰もが無言となるが、アルテシアは微笑みながらティアラの手を取り、そこへソフィアの手を重ねていく。

 

「ごめん、わたしのせいだよね。でも大丈夫、心配かけるけど、これからもわたしを見ててね」

「わかりました、じゃあこの話は、これまでということで。でも最後に、もう一言だけ」

 

 ティアラがその一言を言う相手は、ソフィアだった。

 

「強く願えば、きっと願いはかなう。物語がつくられるのはこれからだよ」

 

 なんのことか、誰にもわからなかっただろう。ソフィアもそのはずなのだが、驚いたような表情のままアルテシアやパチル姉妹をみたあとで、もう一度、ティアラをみる。ティアラが、ポンと軽くソフィアの肩を叩いてみせた。

 

 

  ※

 

 

 マダム・ロスメルタが店主を務める、明るく賑やかなパブ。その三本の箒は、中途半端な時間であるためか、それほど混んではいなかった。もう少し早ければ、あるいは遅ければ、食事をする客やお酒を求める客などで賑わっていただろう。ホグワーツの生徒や教職員の出入りも多いその店に、アルテシアたちが来ていた。今回は、ティアラを加えた5人である。

 

「でもティアラ、元気そうでよかった。さっきはそんなあいさつもしてなかったけど、しばらくぶりで会えてうれしいよ」

「わたしもです。そらちの双子さんも、ソフィアも」

 

 そこにパチル姉妹も混ざり、それぞれにあいさつを交わす。叫びの屋敷横であれこれと話をしているのだが、この店に来るまでは、誰もあいさつなどしていなかった。つまり順番はムチャクチャ、なのである。

 

「ここは、いい雰囲気の店ですね。あっちの店とは大違い。ま、おかげで怪しまれることはなかったんだけど」

「あっちの店って、どこなの?」

「あなたは、どっち?」

「どっちって何が? 質問したのはこっち、だけどね」

「ああ、ごめんなさい。じゃあ、当ててみるわ。ええとね」

 

 そこでパチル姉妹は、気づいた。つまりが姉か妹か、そのどっちかということ。姉妹にとっては、物心ついて以来、幾度となく繰り返されてきた質問であったし、当ててみると言われたことも何度かある。ちなみに正解率はほぼ50%であるらしい。ティアラが、となりにいるソフィアに目を向ける。

 

「あなたはわかるの?」

「あたしですか。いまの人がパーバティ・パチルだってことはわかってますけど」

「ふうん、さすがだね。あたしにはムリみたい」

 

 パチル姉妹にとっては、決して楽しい話題ではないのだが、わざわざ指摘することでもないため、黙って聞いている。

 

「じゃあ、パーバティさん。それから、パドマさんだよね。これから名前を言ってはいけないとされている人の話をしたいんだけど、その名前、言わない方がいい?」

「ティアラ、あの人ってことにしといて。周りの目もあるし」

「ああ、そうですか。じゃあ、そうしましょ」

 

 返事をしたのは、パーバティではなくアルテシア。それほど混んではいないといっても、となりのテーブルにはお客が3人いるし、店内にはホグワーツの生徒も何人かいるのだ。

 そこでアルテシアが、パチンと指を鳴らした。

 

「あれ? そういうことするんなら… ああ、わかってます。例のあの人は、まだどこにいるのかわかってないんですけど」

 

 周囲に話し声が聞こえないようにと、アルテシアが耳ふさぎの魔法をかけたことに、ティアラはすぐに気づいたようだ。だがそのことには触れずに、ティアラが話を続ける。

 

「いまのところは、仲間を増やそうとしてるみたいです。自分の足下を固めようってところでしょうが、かならずしもうまくはいってないようですね」

「そうなんだ」

「なにしろ以前の仲間、デス・イーターと呼ばれた人たちですが、より忠実な部下はアズカバンに収容されてますからね」

「まさか、そんな人を連れてこようとしてるんじゃ。そんなのってアリなの?」

 

 そう言ったのはパドマだが、ソフィアによれば、その可能性はほぼ100%。忠実なる部下をアズカバンから取り戻すことができたとき、いよいよ表だっての行動開始となるのではないかと、そんな予想をしているようだ。

 

「どうしてそんなこと知ってるのかって、聞いてもいい?」

「ええと、あなたはパドマ、のほうだよね」

「そうよ。言っておくけど、調べたかったから、なんていう返事はいらないから」

「もちろん、お嬢さんにお伝えするためよ。それにあなたたちだって、知りたいと思ってたんじゃないの」

 

 お嬢さん、とはアルテシアのことだろう。クリミアーナ家の近くに住む住民たちのなかに、アルテシアのことをそんなふうに呼ぶ人たちがいるのだが、ティアラのクローデル家でもそう呼んでいるのかもしれない。

 

「あの人のことをなんとかしたいと思っていて、それができるのが、ここにいるこの人だけ。そうなんだとしたら」

 

 ティアラが、さらに言葉を続けていく。

 

「だとしたら、べつにおかしなことじゃないでしょう? ごめんなさいね、少なくともわたしは、そう思ってるの。そのために必要な情報なんだと思ってる。だから、調べてるの」

「ありがとう、ティアラ。とても役に立つよ。知ることって、大切だと思う。大丈夫、例のあの人のことは、わたしが責任を持って引き受けるから」

 

 それが、ティアラの考え。ティアラは例のあの人を、ヴォルデモート卿をなんとかしてくれと言っているのであり、アルテシアが、それを引き受けたということになる。

 もっともアルテシアは、これまでにもソフィアのルミアーナ家とヴォルデモート卿に関しての約束をしているし、パチル姉妹にしても、そのことは知っている。それと同じようなことが約束されたのだと、パチル姉妹はそう理解した。このままティアラが何も言わなければ、この話はここまでということになり、次の話題へと話は続いていただろう。だがティアラは、そのことを口にしてしまう。

 

「せっかくそんな話になったんだから言わせてもらいますけど、クリミアーナの魔女としては、闇の帝王とも呼ばれるあの人を、いったいどうするつもりなんですか。責任を持って、どうしてくれるんでしょう?」

 

 実際にヴォルデモート卿と相対したとき、アルテシアはどうするのか。そのあとは、どうなるのか。さすがに誰も、そんな具体的なところまではイメージしてはいなかったようだ。パチル姉妹は互いに顔を見合わせ、ソフィアは心配そうにアルテシアを見る。

 

「とりあえずは、二択ってことになりますね。敵となるか、それとも味方するのか」

「あんたねぇ、アルがあの人の味方なんかすると思うの」

「さあ、どうでしょうか。だってわたし、まだ答えをもらえてませんからね」

 

 こうなれば、すべての視線がアルテシアに集まるのは仕方がない。そのことに、アルテシアは苦笑するしかなかった。

 

「こんな言葉があるのよ、ティアラ。右か左、光か闇、そのどちらを選ぶとしても、それが最善であるのかを自分に問いなさい」

「どういうことです?」

「あの人と会ったときどうするか、だったよね。正直、よくわからない。でもウワサだけを信じるなら、ココにはいないと思うけど」

 

 言いながらアルテシアは、ポンポンと、自分の左胸のあたりを軽く叩いてみせる。そしてなおも、言葉を続ける。

 

「確かめたいことがあるのよ。すべてはそれからってことになるかな」

「すみません、アルテシアさま。ウチの家のせいで」

「ううん、ソフィアが謝ることはないんだ。これはもう、わたしの問題なんだからね」

「どういうことです?」

 

 これは、ティアラの質問。その目は、ソフィアとアルテシアの間をいったりきたり。

 

「そんなの決まってるじゃない。アルは光の魔女だからだよ。その明るさで闇の人たちだって、照らすに決まってるじゃない」

「なんなのよ、それ。質問の答えになってない」

「まぁ、いいじゃない。あたしたちは、これからも力を合わせてやっていけるってことだよ。だって、アルテシアがいるんだもん。アルテシアが笑ってる限り心配はいらないって、そんな気になるでしょ?」

 

 あっけにとられたような顔のティアラと、それを見ながら笑っているパドマ。つられてアルテシアが微笑み、パーバティも笑みを浮かべている。そんな4人をソフィアは、ただ見守るかのようにじっと見ていた。

 

 

  ※

 

 

 もちろん、ホグズミード村にいつまでもいられるわけではない。決められた時間までに学校に戻らねばならないのだ。まだあわてるような時間ではないが、いくらかの余裕を持って三本の箒を出る。アルテシアたち4人にとっては、今回のホグズミード行きは、少々ものたりないものとなっただろう。なにしろ、叫びの屋敷と三本の箒の2カ所だけ。いろいろと見て回ることはできなかった。

 

「ティアラさんは、これから帰るんだよね?」

 

 そんなパーバティの問いかけに、ティアラがうなずく。ティアラはボーバトンの7年生で、今日は特別に外出許可を取ってきているらしい。さすがにホグワーツの寮には泊まれないから、と笑ってみせる。

 

「でも、学校の近くまで一緒に行きますよ。もうちょっとだけ、しゃべれるじゃないですか」

「そうだね。じゃあ、アル。ほら、あんたもここへ来なよ」

 

 パーバティが中心となり、両脇にティアラとアルテシア。なにやら楽しそうに話をしながら、学校のほうへと歩いていく。ホグズミード村には、まだホグワーツの生徒たちの姿がある。もっとも、誰もが帰り支度の最中。歩いていく方向は同じだ。

 そんななか、ソフィアがパドマに目で合図をおくる。おやっという顔をしたパドマだが、ソフィアのゆっくりめの歩調に合わせ、横に並ぶ。

 

「どうしたの?」

「ちょっと、パドマ姉さんと話しておきたいことがあって」

「もしかして、内緒の話ってこと?」

 

 ソフィアがうなづく。そして、パチンと指を鳴らした。アルテシアたち3人とは、3メートルほどは間が空いてしまっただろうか。そこからは、同じくらいの距離を保ちながら歩いていく。

 

「というか、ちょっとした相談です。パドマ姉さんなら、気づいたかもって思うんですけど」

「なにを?」

「叫びの屋敷のところで、ティアラさんが言ったんです。強く願えば、きっと願いはかなう。物語がつくられるのはこれからだって」

「あ、そのこと」

 

 もちろんパドマも、それを聞いている。だがそれがどうしたのか、パドマは特に気にしてはいなかったらしい。

 

「これからみんなで頑張っていこうって、そういう話なんじゃないの。あのときは、そう思ったんだけど」

「ああ、そうですよね。うん、そうか、そうですよね」

「なによ、違うの?」

 

 それでも、ソフィアのようすはぱっとしない。まだ、なにごとか考えているようだ。

 

「言いなさいよ、ソフィア。なにが気になってるの、大事なことなんでしょ」

「パドマ姉さんは、ティアラさんのことをどう思います?」

「どうって、なにか問題ある人なの? あんたたちとは、ずーっと昔からのつながりがある家の人なんでしょ」

「ああ、そうですね。一度は衝突してるんですよね」

「それって、500年前のことでしょ。あんたらには、関係ないことなんじゃないの」

 

 そのときの騒動については、パドマもアルテシアから話を聞いているが、あまり詳しいものではない。アルテシアにしても、細かい部分となると、想像するしかないようだ。

 

「アルテシアさまの魔法書、新しくなったじゃないですか。もう、ひととおりは読んだそうなんですけど」

「なにかあるの?」

「なにもないって思ってました。でも、ティアラさんのあの言い方。あれは、そういうことなんじゃないかと」

「どういうことなの? わかんないよ、ソフィア」

 

 ここで言いよどむ必要なんて、あるのか。パドマはそう思っただろう。だがソフィアとしては、言いにくいことであるらしい。だが言うべき事は言わなければと、そう思ったようだ。

 

「あのとき、あたしたち心配したじゃないですか。アルテシアさまが、どこか変わってしまうんじゃないかって」

「ああ、それは。でもあんたは、なんにも問題ないって、そう言ってたはずだよ」

「たしかに、そう言いました。だって、そうなんですから」

「でも、違ったとか? まさか、そんなことじゃないよね」

「もちろんです。誤解してほしくないんですけど、魔法書が人を変えるってことはありません。読んだからって、性格とか人柄が変わったりはしないんです。ただ、知識が増えるだけ」

「だよね」

 

 だったら、何を気にしているのか。パドマには、まだソフィアの言いたいことが見えてきてはいない。ソフィアも、それはわかっているはずだ。だから、

 

「でも、それで安心するなって、ティアラさんが言いたいのはそんなことなんだって、もしそうだとしたら」

「ソフィア」

「パドマ姉さん。お姉さんはどう思いますか。やっぱりそうなんだって、そう思いますか?」

「あ、いや。あたしにはまだ、よくわからないんだけど」

「あたしにも、わからないんです。でも、新しい知識や魔法が一気に押し寄せてきて、そんなときに、ふっとなにか、入り込んだりすることがあるんだとしたら。もし、そんなことがあるんなら。ティアラさんがそう言いたいんだとしたら」

「ちょ、ちょっと、ソフィア。待ちなさい、とにかく落ち着いて」

 

 まだパドマは、ソフィアの言うことの、そのすべてを把握したわけではない。むしろ要領を得ない部分の方が多いのだが、これを聞き流したり、おざなりの返事ですませられるようなことではないということは、理解した。もうじき学校についてしまうが、このことは、たとえ時間がかかろうともちゃんと話し合っておかなければない。ちゃんと理解しておく必要がある。

 パドマは、そう思ったのだ。いったん話を止めさせたのは、そう考えたから。姉のパーバティはもちろんだが、マクゴナガルも含めて話をしたほうがいいかもしれない。アルテシアのためなのだから、手間を惜しんでなどいられない。

 でも。

 少し前を歩く姉とアルテシアの背中を見ながら考える。ティアラの姿がないことなど、どうでもよい。問題は、そのときアルテシアもいるべきなのかどうか。そこにアルテシアがいたほうがいいのかどうかだ。

 

「ソフィア、その話は、大事なことだと思う。だからさ、時間がかかってもちゃんと話をしよう。場所も変えるよ、いいね」

「は、はい。でも」

「ねえ、ソフィア。そこには、アルテシアもいたほうがいい? それとも、いないほうがいいのかな?」

 

 ソフィアは、少しだけ考えるそぶりをみせたあとで、パドマにその返事をした。

 


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