ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第84話 「ハーマイオニーの提案」

 その日の朝、大広間での朝食を終えたアルテシアがテーブルの席を立つ。その少し後ろでハーマイオニーが待っていたのだが、となりのパーバティと話をしていたからか、そのことには気づいていない。アルテシアが後ろを振り返ったところで、ようやく両者は顔を合わせることになった。最初に声をかけたのは、アルテシア。

 

「あら、ハーマイオニー。もうごはんは食べたの?」

「アルテシア、あなたと話がしたいんだけど、いい?」

「いいけど、ここで? そうね、じゃあここ座ろうか」

 

 そして、いま離れてきたばかりの席を指さす。だがハーマイオニーは、首を横に振った。

 

「ごめん、ちょっと時間がかかると思うのよ。ゆっくりと話がしたいから、あとで時間をとってほしい」

「? いいけど、なんの話なの?」

 

 だがハーマイオニーは、それには答えず、かたわらのパーバティをみる。

 

「いいわよね?」

 

 パーバティにも同意を求めた、ということだろう。予想外であったのか、パーバティはちょっとだけ首をかしげてみせた。

 

「いいの、ハーマイオニー。それって、あたしも一緒に来いって言ってるように聞こえるんだけど?」

「ええそうよ、あなたも来て。じゃあ放課後、魔法薬学の授業が終わってから一緒にどこかに行くってことで」

「わかった。でもそれ、ポッターたちも一緒なんだよね?」

 

 当然、そうだろうとパーバティは思った。だがハーマイオニーは、首を振ってみせた。

 

「あの2人は、呼ばないつもり。いたら、話がややこしくなりそうだから」

「ふうん、彼らに内緒の話なんてめずらしいね。わかったわ、アルもそれでいいんだよね」

 

 パーバティが、アルテシアを見る。うなずいているので、了承ということだろう。話はまとまったので、ハーマイオニーが大広間の外へと歩いていく。パーバティとアルテシアも、その後に続く。どちらも行き先は同じなのだろうが、一緒に行く、ということにはならなかった。

 

 

  ※

 

 

 この日の午後の授業は、地下牢教室での2時限続きの魔法薬学。いつも時間には余裕を持って、ということにしているアルテシアは、少し早めに地下牢教室に顔を見せた。スリザリンとの合同授業なので、スリザリンの生徒が何人かいた。グリフィンドールの生徒は、だいたいにおいて時間ぎりぎりに来る傾向にあり、このときは誰もいなかった。

 いつもの場所にアルテシアが座ると、さっそくスリザリン生が近づいてくる。ドラコ・マルフォイとパンジー・パーキンソンだ。

 

「やあ、アルテシア。調子はどうだい?」

「ありがとう。とくに変わったところはないわよ」

「そうかい。知ってるとは思うけど、ぼくとこいつは監督生になったんだ。当然キミもそうなると思ってたんだけどね」

「あのマグル出のナマイキ女、なんでしょ。それとウィーズリーだっけ。どっちも、ぱっとしないわね」

 

 ハーマイオニーとロンのことだ。スリザリン生のなかでも、とくにパンジーはハーマイオニーを毛嫌いしている。アルテシアもいじめられたほうではあるのだが、このところは普通に話ができている。

 

「まだ、そんな憎まれ口を言ってるんだね、パンジー。あなたには似合わないのに」

「あんたこそ、ナマイキなこと言うようになったじゃないの。ドラコの前だけど、一発たたいてやろうか」

「ううん、いい。遠慮しとくわ。でも監督生はお似合いかも。ソフィアのことも、よく見てあげてね」

「ああ、あいつは。まあ、あいつもスリザリン生だからな」

 

 だから、どうだというのだろう。アルテシアのとなりの席にはパーバティがいるのだが、そのパーバティがさも問いたげに視線を向ける。だが口に出すことはしなかった。パーバティはパンジーには話かけないし、パンジーもまた、パーバティとは話をしないのだ。

 

「ところで、アルテシア。キミがアンブリッジのお気に入りだって話を聞いたんだけどな」

「えっ、なによそれ。わたし、あの先生とはまだ話もしたことないのに」

「そうなのかい。ま、向こうが興味を持ったってことだろうけどな」

「そんなこと誰が言ってるの、マルフォイ」

 

 これは、パーバティだ。パーバティとドラコは、パンジーのように話をしないなどということはない。

 

「ん? 本人からだが、それがどうかしたのか」

「本人って、アンブリッジ先生ってこと?」

「お気に入りを集めてなにかのグループを作りたい、なんて話も聞いたな」

「ああ、そういうこと。わかったわ、マルフォイ。それにアルテシアを誘おうってことなんでしょ」

 

 果たして、パーバティの言うとおりなのか。ドラコは、少しだけ唇のはしをあげてみせた。

 

「おまえがどう思おうと勝手だが、あのアンブリッジはあんまり質のいい魔女じゃない。ぼくの父上からの情報だ。父上は、魔法省とはつながりがあるからな」

「そうだよね。みた感じじゃ、魔法力もたいしたことないし、いじわるそうだしね」

「ちょっと、アル。あんた、何を言ってんの」

 

 他人の悪口ともとれそうなことをアルテシアが言ったことが、パーバティには意外であったのだろう。だがすぐに、ドラコの言うことに合わせたのだと気づいたらしく、それ以上は何も言わなかった。ドラコがいぶかしげに目をむけたが、すぐにアルテシアへと戻す。

 

「ポッターは、さっそく処罰を受けたらしいじゃないか。めでたいことだが、キミがそうなったなんて話は聞きたくないな」

 

 それには、アルテシアはうなずいただけ。だがパンジーは、それで終わり、とするつもりはないようだ。

 

「ドラコ、それじゃこいつにはたりないよ。あたしも一言、言ってもいいかい」

「ああ、そうだな。言ってやれよ」

 

 だが、パンジーが何か言う前に、アルテシアが首を振った。

 

「イヤだよ、パンジー。ぜったい、イヤだからね」

「そうかい。あたしはどっちでもいいんだよ。そのこと、覚えておきな」

「うん、わかってる」

 

 教室内にも、ずいぶんと生徒の姿が増えてきている。グリフィンドールの生徒も多い。それに気づいたドラコが、このあたりが切り上げ時だとばかりに自分の席に戻ったところで、スネイプが姿をみせた。そのあとから、アンブリッジも入ってくる。ということは、この魔法薬学の授業で視察が行われるということだ。

 

「諸君らは、静かにせよ。まずは、前回提出してもらったレポートを返す」

 

 教壇に立ったスネイプが、杖を振る。すると、スネイプの前に山となった羊皮紙が現われる。もちろん、魔法で出現させたのだ。多くの場合スネイプは、無言呪文である。スネイプが歩くのにあわせ、羊皮紙の山も移動する。

 

「今回は、O・W・L試験と同じ基準において評価をしてある。現時点での実力を知り、今後に活かしてくれることを期待する」

 

 それぞれに返されたレポートには、なるほど、「E」や「A」などといったものが赤のインクで記されている。O・W・Lでは、6段階評価が行われるのだが、その6つとは以下のようなものである。

 

 「優・O」(大いに宜しい)

 「良・E」(期待以上)

 「可・A」(まあまあ)

 「不可・P」(良くない)

 「落第・D」(どん底)

 「ありえない・T」(トロール並み)

 

 ちなみに「O」から「A」までが合格、それ以外は不合格となる。スネイプによれば、このレポートは総じて成績はよくなかったらしい。

 

「もし、諸君らが望むのならばだが、再提出を受け付けよう。特別にもう一度評価してやる。やる気があるなら持ってくるがいい」

 

 はたして、そんな生徒がいるのかどうか。ちなみにアルテシアの評価は「E」、ハーマイオニー「A」、ハリー「D」、ロンは「P」となっていた。

 

「この時間は『強化薬』の調合を行う。必要な材料は用意してある。説明は、黒板にある。なにか質問は? なければすぐに取りかかれ」

 

 その合図で調合が始まったが、一部の生徒は、そんなことよりもアンブリッジが何を言うのか、それにスネイプがどう対応するのか、そちらのほうに注目していた。強化薬の調合よりはそちらのほうにより注意が向いているのだから、たとえばハリーなどは「D」の評価でも仕方がないと誰もが納得するような状況になっていた。それでも、アンブリッジとスネイプのほうに注意を向けている。

 授業開始から、おおよそ30分。ようやくアンブリッジがメモを取る手を止め、スネイプのほうへと歩いて行く。そのときスネイプは、パーバティの大鍋をのぞき込み、状態をチェックしていた。

 

「よろしいかしら、スネイプ先生」

 

 スネイプは、返事をしなかった。だが、その身体をアンブリッジへとむける。

 

「あなたは、このホグワーツで14年ものあいだ、魔法薬学を指導なされていた。そうですね?」

「さよう」

「でも本当は、闇の魔術に対する防衛術を担当したいのだと、そんな話を聞いていますが」

「ふむ。たしかにそうだが」

 

 スネイプは、いつものような無表情。そこから感情など、読み取れはしないだろう。

 

「なぜだと思います? なぜあなたは、ずっと魔法薬学の担当なのか」

「そんなことは、採用した校長に聞きたまえ」

「おや、そうですか。では、そうさせてもらいましょう」

 

 そこで、メモ用紙にペンを走らせる。スネイプの無表情は変わらないが、きっといらついているに違いないと、横目でそれを見ている生徒がいたならば、そう思ったことだろう。

 

「ところで、このクラスで最も成績のよい生徒と、よくない生徒をあげるとすれば、誰になります?」

「ほう。高等尋問官なるものに任命されると、そのような質問が出てくるのですな。それとも、吾輩の聞き間違え、ですかな」

「ともあれ、お答えを」

「それこそ、ダンブルドアに聞くがいい。生徒たちの前では答えられぬ」

「ああ、なるほど。気になるのはそこですか。いいでしょう、では質問を変えましょう」

 

 アンブリッジが、近くに座っていた生徒にちらっと視線を向けた。それで誰のことかを示したつもりなのだ。

 

「あの生徒の評価をお聞かせください。どれほど優秀なのか、聞かせてくださいな」

「優秀? あの生徒が? 吾輩にそんなことを聞かれても困る。その質問もダンブルドアにしたまえ」

「そう、ですか。まあ、いいでしょう。実はわたくし、さきほど見てしまいましたのよ。返却された宿題に書かれた評価を」

「では評価はご存じのはずだ。なのになぜ、そんなことを聞くのですかな」

「あなたはおっしゃいましたのよ。授業の最初に、O・W・Lの基準で評価をしたと」

 

 ピクリと、スネイプの右の眉が動く。スネイプがそう言ったのは確かなのだが、その何が問題なのか。魔法薬の調合をほったらかしたまま、スネイプたちの話に耳を傾ける生徒の数は、確実に増えているだろう。

 

「それが本当なら、素晴らしいじゃないですか。まさにふさわしいと、そう思いましたのよ。ではスネイプ先生、お聞きしたいことは以上になりますので」

「では、これで失礼」

 

 言いたいことはあっただろう。だがスネイプは、くるっと向きを変え、大股に教壇へと歩いて行った。

 

 

  ※

 

 

「なんだって! ぼくたちは一緒に行っちゃいけないって言うのか。どうしてだ」

「ごめんなさい、ハリー。アルテシアと、ちゃんと話しておきたいことがあるのよ」

「でも」

「やめとけ、ハリー。ぼくたちは、先に戻ろう」

 

 なおもハーマイオニーにくいさがろうとするハリーを、ロンが止める。アルテシアとパーバティを待たせていることもあり、こうなっては、ハリーとしても引き下がるしかない状況。しぶしぶではあってもそれに同意し、2人は先に歩きだした。アンブリッジの視察というオマケの付いた魔法薬学の授業が終わったところで、ハーマイオニーからアルテシアと話があるので先に戻れと告げられ、ひとしきり抗議はしたものの、結局はこの始末。廊下を曲がりハーマイオニーたちからは見えなくなったとわかると、さっそくハリーが、ロンを相手に不満を口にする。

 

「キミの気持ちはわかるぜ。でもここは、引き下がるべきだってボク、そう思ったんだ」

「どうしてだよ。あの2人、なにか大切な話をするに決まってるじゃないか」

「だから、だよ。ひとまずハーマイオニーにまかせておけば、それでいいんじゃないかな」

「いや、だけど、ロン」

「まあ、聞けよ。仲直りについての話をするんじゃないかって、そう思ったんだ。だったら、ジャマなんかできないさ。そう思わないか」

 

 もしそうなら、ロンの言うとおりだ。ハリーだって、せっかくの機会をジャマしようとは思わない。でも、どこかで疑問を感じているのも確かだった。

 

「ハーマイオニーがその気になってくれたんなら、ボクらだって、もっとアルテシアと話をしてもいいことになる」

「ああ、そうだよな」

 

 実際には、どうなるのか。ハーマイオニーが、アルテシアとなにを話すのかはわからないが、ハリーも、それに期待しようと思った。いい方向に行くのなら、それが一番いいのだ。そうに決まっている。

 

 

  ※

 

 

「で、なんの話なの」

 

 そう言ったのはパーバティだが、ハーマイオニーは、すぐには答えずにアルテシアを見ている。場所は、玄関ホールの大階段そばのちょっとした物陰。逆転時計を使ってシリウス・ブラックを助けに行ったとき、時間調整のために隠れていた場所でもある。ハーマイオニーが、ここなら誰にも見られずに話ができるだろうと考えたのだ。くわえてアルテシアが、こっそりと耳ふさぎの魔法をかけたのはいうまでもない。

 

「やっぱりあたし、どこかに行ってたほうがいい?」

「いいえ。いてくれたほうがいいわ。アルテシアは、そのほうが話がしやすいでしょうから」

「じゃあ、話を始めてよ。あたしは黙ってる。とりあえずは、ね」

 

 もちろんハーマイオニーも、そのつもりで来ているのだ。まずは、軽く深呼吸などして息を整える。

 

「アルテシア、友だちとしてあなたにお願いがあるの。力を貸して欲しい」

「えっ、それってどういうこと? なにか困ってることがあるの?」

 

 そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。アルテシアだけでなく、パーバティも意外そうにハーマイオニーを見る。ハーマイオニーは、そんなアルテシアをじっと見ていた。

 

「あなたがどう思ってるかは知らないわ。でもね、例のあの人は、ヴォ、ヴォルデモート卿は、復活したの。戻ってきたのよ。ハリーの言ってることは本当だから」

 

 あえてその名前を言おうとしたのに、途中で言い直すことになってしまったのは、それなりに恐怖を感じているということになるのか。そのヴォルデモートが復活したことは、もちろんアルテシアも承知している。実際にそれを見てもいるのだが、その現場にはいなかったことになっている。なので、軽くうなづいてみせただけだ。

 

「ご存じのとおり、魔法省は認めてないわよね。それどころか、ハリーやダンブルドアがウソを言ってるんだって宣伝してる」

「そのことは、知ってるわ」

「でもね、アルテシア。いくら魔法省が否定しても、それが通用するのは期限付きよ。だって、事実は変えられないもの。あの人が動き出したとき、誰もが思い知ることになるんだわ。あなたも含めてね」

「でもハーマイオニー。あの人に関しては、生徒たちは手出しをしてはいけないんじゃないの。先生はそうおっしゃったわ」

 

 マクゴナガルのことだ。マクゴナガルがクリミアーナ家を訪ねてきたとき、アルテシアはそんなことを言われている。だがハーマイオニーはそのことを知らない。その先生が誰なのかは気になったに違いないが、ハーマイオニーはそのことには触れなかった。

 

「こういうものはね、避けようとしても避けられるものじゃない。結局は、巻き込まれてしまうことになるの。そのときになってあわてるよりも、いまよ。いまのうちに、どうするのか考えておかないといけない。それが大切だと思うわけ」

「そう、だよね」

「だからあたし、考えたの。今、必要なこと。あたしたちは何をしなきゃいけないのか」

「わたしにも、なにかさせようってことなのね」

 

 こりくと、ハーマイオニーがうなづいた。アルテシアも、同じようにうなづいてみせる。そして。

 

「ありがとう、アルテシア。困っているのは、防衛術の授業なのよ。あんなことでは、この先やっていけなくなるのは明らかだって思うから」

「あの授業が? どうして?」

「どうしてって、あんなの授業とは言えないわ。ちゃんと実技もやるべきなのよ。それであたし、考えたんだけど」

 

 そこでハーマイオニーは、自分たちだけで防衛術の自習をしようという計画を話して聞かせた。内容的には、ハリーとロンに話したことと同じである。

 

「あんな授業じゃダメだって、そう思っている人は多いはずよ。そんな人を集めて自分たちで学ぶの。先生役もお願いしたいって思ってるの。引き受けてくれるわよね?」

 

 アルテシアは、何も言わなかった。ちょっとだけパーバティのほうを見たが、口出ししないと言っていたパーバティは無言のまま。ハーマイオニーが、軽くため息。

 

「何人集まるかはわからないけど、全員が、せめて自分を守れるくらいはできるようにしたいって思ってるの。それまでは続けたいのよ。ハリーにも先生をやってもらうつもりなんだけど、アルテシアにもお願いしたい。いいわよね、アルテシア」

「ごめんね、ハーマイオニー。そういうことなら、わたしは協力できないわ」

「え! どうして?」

 

 まさか、ハリーの名前を出したのが失敗だったのか。そんなことも思ったハーマイオニーだが、この計画にはハリーは欠かせないのだ。いまさら撤回することなどできない。

 

「理由を、理由を聞かせてもらってもいい?」

 

 ともあれ、理由を聞かねばならない。そうでなければ、納得などできない。それを聞かないうちは、この話は終わりにはできない。ハーマイオニーはそう思っていたし、その思いは、アルテシアにも伝わったはずだ。

 アルテシアが、軽く目を閉じる。少し間を取ったのだろう。そうしながら、ことばを選んでいるといったところか。

 

「ハーマイオニー、正直に言うね。わたしの魔法は、少し変わってるのよ。魔法族の人たちが使う魔法とは、どこか違ってる。だから、教えるのは難しいと思うんだ」

「あの、何を言ってるのかよくわかんないんだけど」

 

 そのとき、ハーマイオニーがパーバティを見たのは、無意識でのことか。あるいは、なにか意見を求めたのか。パーバティは、小さくうなづいてみせた。

 

「ごめんね、ハーマイオニー。黙ってるって言ったけど、少しだけ」

 

 ハーマイオニーを見る限り、拒否してはいないようだ。いやむしろ、それを望んでいるのかもしれない。視線は、パーバティに向けられたままだ。

 

「覚えてるよね? アルテシアが魔法使えなかったこと」

「あ! そ、そうよね。そういえば」

「3歳のときから勉強して、いろいろあったのはたしかだけど、満足に使えるようになったのはつい最近のことなんだよね」

「時間が、かかるってこと?」

「ああ、それもあるかな。けどあたしが言いたいのは、アルテシアから魔法を習おうって人がどれくらいいるかってことだよ。みんな、あの頃のイメージでみるんじゃないかな」

「それは… そんなことはないと思うけど」

 

 パーバティが言うのは、イメージの問題だ。さすがに今は魔法が使えるようになったが、それでもたいしたことはないと思われているアルテシアと、生き残った男の子であり学校代表として3校対抗試合で優勝したハリーとでは、比べるまでもない。つまり、そういうことなのだ。

 

「大丈夫だよ、ポッターならうまく教えられると思うよ。だから、それでいいんじゃないかな」

「でも、でも、パーバティ。あなたはアルテシアに教えてもらってるんでしょ。アルテシアは、難しい魔法だって使えるんだよね。ね、そうなんでしょ。違う?」

 

 それには、さすがにパーバティも苦笑い。だがその笑みは、すぐに消えた。

 

「あたしたちは、アルテシアが最高の魔女だって知ってるからね。けど、勘違いしないでよ。あんたの計画は、ポッターが先生になった方がうまくいくよって、あたしたちはそう言ってるだけ」

「でも」

 

 なおも食い下がろうとするハーマイオニーに、今度はアルテシアがほほえみかける。

 

「ごめんねハーマイオニー、自分の魔法ならともかく、防衛術のことはわたし、まだ何も知らないようなものなの。アンブリッジ先生に本を読めって言われたでしょ。それで読んでみたらびっくり、知らないことが多すぎるのよね」

「えっ、でも」

「1つだけスネイプ先生に教えてもらった魔法があるんだけど、それだけ。きっとハリーのほうがいろいろと知ってるはず。ハリーのほうがいいと思うよ」

「じゃあ、アルテシア、それが、そうなの」

 

 それが断る理由なのか、と言いたかったはず。だがその部分は、声にはならなかった。

 

「あの人、ヴォルデモート卿はね、いまは魔法省に興味があるみたいだよ。なにか探してるらしいけど、それが何かはわからない」

「えっ! ま、待って、アルテシア。それって。なぜそんなこと知ってるの?」

 

 驚かずにはいられない。そんなところか。パーバティが、またも苦笑いを浮かべている。

 

「ティアラが調べてくれたの。どこにいるのかわからないけど、仲間集めもしてるみたいだって」

「ティアラって、誰なの?」

「わたしの昔の友人、かな。ボーバトンの生徒でね、3校対抗試合のときに会ったんだ」

「その人が、例のあの人のことを調べてるの?」

「うん」

 

 いまのところ、ヴォルデモート卿に関する情報はなにもない。そのことがヴォルデモート卿復活を否定する魔法省の後押しをしている状況なのだが、それもヴォルデモートが動き出すまでのことだ。いざ行動開始となれば、誰がどれだけ否定しようとも、現実のまえでは意味がない。

 そのヴォルデモートが、いまどこにいて、何をしようとしているのか。そのことは、ヴォルデモート復活を知る人だけでなく、それを信じない人にとっても貴重な情報となるだろう。

 それを調べている者がいることに驚き、アルテシアが関係していることに、さらに驚くハーマイオニー。この3人の話し合いは、ここでお開きとなった。

 

 

  ※

 

 

 10月になって最初の週末は、多くの生徒にとってのお待ちかね、ホグズミード村行きの日である。3年生以上のほとんどが出かけることもあって、このとき学校は、からっぽとまでは言わないが、普段よりもずいぶんと人が少ない状況となる。アルテシアはその状況を利用しようと考えていた。

 他の生徒たちが続々とホグズミードへとむかうなか、アルテシアがパチル姉妹とともに校庭を歩いているのは、そのため。これから湖のそばまで行き、そこにあるベンチに座って楽しくおしゃべり、ではなく、ある魔法を試してみることにしている。ホグズミードへは、それが終わってからということになるだろう。

 

「ホグズミードには、べつに行かなくてもいいよ。だからおちついて、ゆっくりやればいいからね」

「そうそう。あせってもタメだよ。体調悪くするなんてことになったら大変だから」

「ありがとう。でも大丈夫だよ。もう頭が痛くなったりはしないから」

 

 パチル姉妹の心配そうな声にはそう答え、アルテシアがベンチの前で振り返る。これまでは、魔法を使うと頭が痛くなったり、寝込んでしまったりすることがあったが、もうそんなことはない。大丈夫だとアルテシアは、言い切った。欠けていた魔法書の補完ができたことにより、自由に魔法が使えるようになったということだ。

 

「でも、シニストラ先生には驚かされたよね」

「ほんとほんと。まさか夜中まで天体観測してるとは思わなかった」

 

 シニストラとは、ホグワーツで天文学を教えているオーロラ・シニストラのこと。さすがに天文学の先生だけあって、深夜に天体観測をすることがよくあるらしい。そのシニストラが青い月を見たと言い出し、この現象にはどんな意味があるのか、などとちょっとした騒ぎになったのだ。その後、青い月を見ようと深夜に寮を抜け出す生徒も出るなどして、管理人のフィルチによる見回りが厳しくなったりしたため、深夜の練習は取りやめ、ということになっている。

 

「めったにないことだけど、空気中のチリやホコリなんかの影響で月が青く見えるってことはあるらしいよ。特異な自然現象ってとこだよね」

「それで、みんな納得したみたいだけどね。でもさアル。あれ、あんたがやったんじゃないんだよね?」

「よくわかんない。たぶん、パドマが言うように自然現象だとは思うんだけど」

 

 そう言いつつもアルテシアは、なにか関係あるかもしれないという思いも捨てきれなかった。というのも、校庭で試してみた魔法が光の系統に属するものだからだ。たとえば物が見えるのは、その物体が光を反射するから。反射せずに透過させれば見えなくなる。ゆがめてやれば、位置がずれたり、形が変わって見えたりもする。

 もしかすると、光波に影響をあたえ、月の色を青に変えてしまったのかもしれない。あり得なくはないと思う。ただアルテシア自身は、青い月など見た覚えはなかった。

 

「学校には、どれくらいの人が残ったかな」

「さあ、ざっと見積もって3分の1弱ってとこかな。1・2年生は全員いるからね」

「それでもたくさんいるけど、アル、大丈夫?」

「わかんないけど、それを確かめることが目的だから」

 

 今回、アルテシアがやろうとしているのは、いわば学校内の把握だ。どこに誰がいるのか、それを魔法で知ろうというのである。つまり、学校内でのさまざまな光から得る情報によって、物や人物の特定がどこまで可能かを確かめようというもの。もっと言うなら、離れたところから、たとえ物陰に隠れていたとしてもその場所を見ることができるかどうかだ。

 

「そろそろ、始める? ソフィアが待ちくたびれてるかもしれないし」

「それは気にしなくていいって、あいつは言ってたけどね」

「とにかく、やってみるね」

 

 この場にソフィアがいないのは、あらかじめの打ち合わせによるもの。すなわち、校内のどこかにいるソフィアをアルテシアが見つけ出せるか、というテーマもあるのだ。

 アルテシアが、軽く目を閉じる。そして、ゆっくりと開いていく。その目の色は、青。より深く、より澄み切った、青へ。例えるならば、海の色よりも深い青、そして晴れ渡る空の色よりも澄んだ、色。その目でアルテシアは、何を見ているのか。

 

「見つけた!」

「えっ、もう」

「はやっ!」

 

 ソフィアの居場所を見つけた、ということだ。ソフィアは、4階の西側の廊下にいるという。その右手の人差し指を伸ばし、左の手のひらを軽く叩く。するとそこに、ソフィアの姿が映し出される。もちろん、実物大ではない。手のひらに乗るような大きさとなった、立体画像だ。

 

「あはは、なんかきょろきょろしてるね」

「ねえ、アルテシア。これって、向こうからも見えてるの?」

「それはないよ。こっちからは何も送ってないから。ええと、ソフィアをこっちへ呼ばないと」

 

 そう言った瞬間、手のひらからソフィアが消えた。代わりに、本人が3人の前に。

 

「うわ、びっくりした。これって、うまくいったってことですよね。まあ、こうなるのはわかってましたけど」

 

 4階西側の廊下から、いきなり転送されてきたソフィアが歓声を上げる。だが、やることがこれで終わったわけではない。

 

「ソフィア、グリフィンドールの談話室には11人、確かめてきて」

「はい」

 

 ソフィアが消える。そしてまた、姿を見せる。

 

「たしかに、11人でした」

「ありがとう。次はスリザリン寮、こっちも11人」

 

 そんなふうにして、適当な場所に何人いるのか、アルテシアが感じたままであるのかをソフィアが確かめる。その場所へはアルテシアがソフィアを転送し、戻ってくるときはソフィアが自分で戻ってくる。そんな感じで要所要所を確認。そのすべてのチェックが完了し、この練習は完了となった。

 


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