ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第78話 「4年目のおわり」

 浮遊呪文により、アルテシアとティアラの2人は、地上5メートルほどのところに浮かんでいた。ちょうどそこから、デス・イーターたちとヴォルデモート、それにハリーの姿が見下ろせる。そんな、いわば特等席にいるわけだ。もちろん姿を見えなくしてあるので見つかる心配はないし、巻き込まれる可能性もきわめて低い。

 そのときハリー・ポッターは、ヴォルデモートによって強制的に決闘に参加させられていた。ヴォルデモートの持つ杖は、ポッター家を襲撃したあの夜からずっと、ポッター家のなかに放置されたままであったらしい。その杖を、ワームテールに回収させることができたのは幸運だったと、ヴォルデモートが話しているところだ。

 

「魔法使いの決闘のやり方は、わたしも知ってるんだよ。ロックハート先生が教えてくれた」

「そんなことは聞いてません。ごまかすつもりですか」

「まさか。そんなことはしない」

「じゃあ、教えてください。あなたの名前は、アルテシア・ミル・クリミアーナ、ですよね?」

 

 なぜ、そんな質問が出てくるのか。おそらくアルテシアは、逆にそう質問したかったのではないだろうか。いったい、どういう意味なのかと。

 

「おかしなこと言ってるって自覚はありますよ。でも、確認しないと不安なんです。答えてください。アルテシアさまですよね?」

 

 それでも、何度かまばたきするくらいの間をおいてから、アルテシアはうなずいてみせた。もちろんそうだ、ということだ。

 

「わたしが、別人に見えるってこと?」

「いいえ、なんとなくそんな気がしただけです。あの涙の前と後で、違ってる気がしただけ。ソフィアがなんていうかは知らないけど、わたしは」

「待って」

 

 アルテシアが、杖を持つ手を伸ばす。そのときキラッとその杖が光ったのを、たしかにティアラは見た。下では、墓石の裏側に隠れたハリーに、ヴォルデモートがゆっくりと近づいているところだ。決闘すると言いつつも、ハリーをあざけりつつ遊んでいるようだったヴォルデモートが、ゆっくりと歩を進めている。

 

「いま、なにかしましたね。何をしたのか、言ってください」

「ハリーのローブに魔法をかけた。わたしが知る限りの保護魔法を」

「保護魔法?」

「そうだよ。これでたぶん、ハリーは死ぬことはないと思う。あの人たちから逃げられたらだけど」

 

 ふーっという、息を吐く音は、ティアラのもの。よっぽどあきれたのかもしれない。

 

「どうせ魔法を使うのなら、そんなことよりポッターを学校に移動させればいいでしょうに。あの人たちに気づかれるからですか。それを避けるためなら、ポッターを危険にさらしても仕方がないと」

「違うよ。気づかれたくないのは、ハリー。わたしがなにかした、なんて思われたくないんだ」

「それはまた、なぜです?」

 

 ふーっというため息の音。今度は、アルテシアだ。

 

「また、裏切られるのはイヤだからね。感謝してほしいとか、そんなことじゃないよ。わたしも仲間に入れて欲しかっただけ。でももう、それはムリだろうけど」

「その話、くわしく聞きたいところですけど」

 

 それどころではなくなっていた。ハリーとヴォルデモートの決闘が、大きな動きを見せたのだ。ヴォルデモートの杖からの緑の閃光と、ハリーの杖から飛び出した赤い閃光が空中でぶつかっているのだ。それぞれの強さを競い合うかのように、衝突点が左右に揺れる。

 

「なにが起こってるんでしょうか」

「わからないけど、あれ、見て」

 

 一筋の細い光が飛び出した。赤や緑ではなく、金色に輝く糸のような光が、ハリーとヴォルデモートの杖をつなぐ。どうやら2人の杖は、細かく振動しているらしい。それぞれの手が震えているのだ。

 

「保護魔法が、なにか影響してるってことは?」

「それはないよ。そんな魔法はかけてない」

 

 そこで、ハリーとヴォルデモートをつなぐ金色の糸がはじけるように裂けた。何百本にも分かれた糸が、ハリーとヴォルデモートを覆っていく。そのため、アルテシアたちの位置からは、ハリーの姿は見えなくなった。なにが起こっているのか、それが知りたければ、あとでハリーに聞くしかないということだ。

 

「手を出すな! 命令するまで何もするな!」

 

 ヴォルデモートの声が、聞こえてくる。同時に、ティアラがアルテシアの杖をつかんだ。魔法を使わせないつもりなのかもしれないが、杖の有無などアルテシアには関係ない。

 そうこうするうちに、金色の糸がふっと消え、ハリーが走り出してくる。デス・イーターたちの脇をすり抜け、なおも走る。だが魔法使いたちも、いつまでもぼんやりとはしていない。たちまち、彼らの杖からいくつもの呪いが発せられる。だが数十にもなろうとする呪いが、なぜかハリーには1本も当たらないのだ。

 

「なにかしてますね」

 

 ティアラの指摘に、アルテシアはにっこり微笑んだ。

 

「ねぇ、ティアラ。あの優勝杯だけど、ポート・キーとして機能すると思う?」

「え?」

「たぶんハリーは、セドリックを抱えて、優勝杯で学校に戻ろうとしてるんだと思う」

 

 なるほど、ハリーが走る先にはセドリックの遺体がある。そしてそのすぐ横には、優勝杯が転がっているのだ。

 

「機能するなんて思えませんけどね」

「だよね。ハリーをここに連れてくるためにポート・キーにしたんだから、わざわざ帰れるようにもしておくなんて考えられない」

 

 相変わらずデス・イーターたちの呪いは、ハリーを捉えることができていない。セドリックのところまで、あと少しだ。

 

「でも、ポート・キーだから。だからわたし、ハリーが優勝杯に触れたら、学校に転送しようと思うんだ。ねぇ、ティアラ。ばれないよね。わたしがなにかしたって、そう思われたりしないよね? なにかしたって、ハリーや校長先生には気づかれたくないんだ」

 

 はたしてティアラは、なんと答えたのか。セドリックの遺体にむけて飛び込んだハリーが、右手を優勝杯へと伸ばす。その指が優勝杯に届くまで、あとほんの少し。

 はたしてポート・キーは、作動するのだろうか。それとも。

 

 

  ※

 

 

 マクゴナガルの部屋は、アルテシアにとっては何度も訪れたことのある馴染みの場所でもある。その部屋を訪れたのは、互いにようやく落ち着いたから、ということになるだろうか。なにしろマクゴナガルは忙しすぎたし、アルテシアも、どこか落ち着かない気持ちを抱えている。だが夕方からは学年末のパーティが行われるし、明日はホグワーツ特急が出発するのだ。新学期となるまで学校は休みとなるので、時間をとって話ができるのは、もうこのときくらいしかない

 軽くノックし、返事を待たずにドアを開ける。そうしたのは、マクゴナガルの指示によるものだ。もうずいぶん前から、そうするようになっている。マクゴナガルが、出迎える。

 

「ああ、よく来てくれましたね。あまり時間はありませんが、これから夕方まであなたと過ごしたいと思っていますよ」

 

 夕方からのパーティは、きっと遅くまで続くはずだ。そしてホグワーツ特急に乗り、家に帰る。そのまま、家に帰るのだ。そのほうがいいと、マクゴナガルは思っている。せめてあと数日くらいは手元に置いておきたいとも思うが、かつては日課だったという、大好きな森を散歩させたほうがいい。そのほうがいいのだと、マクゴナガルは何度も自分に言い聞かせる。

 

「さて、なにから話しましょうか。あの夜のことは、パチル姉妹やソフィアがあれこれ話をしているとは思いますし、わたしもハリー・ポッターの話を聞いてはいるのですが」

 

 あの夜、最終課題から戻ってきたハリー・ポッターがもたらした情報。墓地らしき場所で、ヴォルデモートが復活を遂げたというハリーの話のなかに、アルテシアのことなど一切でてはこない。ハリーには気づかれたくないと、そう言っていたアルテシアの思い通りになったわけだ。だがもちろん、何もなかったなどとは、マクゴナガルは思っていない。いっそ何もないのなら、あの夜、なにもなかったのなら、そのほうがいいのだが。

 

「話せ、などとは言いませんよ。話したいときに、話したいことだけでかまいません。ただ、そこにはいなさい。そこにいてくれれば、それでいいから」

 

 あの夜、アルテシアがいないことを、さほど気にもとめなかった。そのことを後悔しても仕方がないが、パチル姉妹やソフィアだけでムーディ先生の行動を監視するのには十分だったのも事実だ。おかげで、戻ってきたポッターのところへアラスター・ムーディいち早く駆けつけたことを、すぐに知ることができた。彼がポッターに何をしようとしたのか、正確にはわからない。だがそれを事前に止めることはできたし、その正体をあばくことができたのは、まちがいなくあの3人娘の功績だ。

 

「先生」

「なんです?」

「ムーディ先生のこと、聞いてもいいですか」

「ああ、それは。そうですね、あなたの知るムーディ先生は、ポリジュース薬でなりすましていたニセモノ。そのことは、ソフィアたちから聞いたのでしょう?」

「ええ。でもそのあとのことは」

 

 そのあとのことは、ダンブルドアの手にゆだねるしかなかった。なのでマクゴナガルも、そのすべてを知らされていないかもしれない。ましてやソフィアたちに、きちんとした説明がされるはずはない。

 

「ニセモノの名前は、バーテミウス・クラウチ・ジュニア。かつてデス・イーターでしたが、アズカバンで死んだことになっていました。実際には、自身の母親と入れ替わることにより脱獄しており、その後はクラウチ家で匿われていたようです」

「そして今回、例のあの人の呼びかけであの人に協力したんですね」

「そういうことになりますね。この一年というもの、ずっとホグワーツにいてその準備をしていたのでしょう。今回の対抗試合を利用し、あの人にポッターの身を差しだしたのです」

 

 結果、あの墓地でヴォルデモートは復活を遂げた。事実が発覚しニセモノは捕らえられたというが、あの人にとっては十分な成果であっただろう。アルテシアの両手が、ギュッと強く握りしめられているのをマクゴナガルは見た。

 

「クラウチ・ジュニアは、ダンブルドアが事情を聞いたあと、魔法省のファッジ大臣へと渡されました。ですが」

 

 一瞬、迷ったかのかもしれない。言葉が途切れたこともあり、うつむいていたアルテシアが、ふっと顔を上げた。

 

「正直に言いましょう、アルテシア。ファッジ大臣は、クラウチ・ジュニアを吸魂鬼に委ねました。もともと、アズカバンに収容されていた囚人でもあり、仕方のない面もあったかもしれません」

「それは、つまりどういう」

「すでにクラウチ・ジュニアの魂は、吸魂鬼に奪われました。もはや感情や意志などはなく、やがては吸魂鬼となってしまう運命です」

「そう、ですか」

「気になるのは、ファッジ大臣がクラウチ・ジュニアに対しなんの事情聴取もせず、そうしてしまったということですが」

 

 どういうことなのか。それをマクゴナガルが、アルテシアのようすを見つつ、言葉を選びながらゆっくりと説明していく。要するにファッジは、ヴォルデモート卿が復活したということを認めたくないのではないか。だから、事情を知っているはずのクラウチ・ジュニアの話を聞くこともせず、吸魂鬼に委ねてしまったのだろう。詳しく聞いてしまえば、認めざるを得なくなるからだ。そんなことを、マクゴナガルが説明する。

 

「でも、校長先生が。ハリーだって、実際に見ていますよね」

「そうですが、あのようすでは、魔法省として認めることはないかもしれません。『戻ってくるはずがない、そんなことはありえない』と繰り返すだけなのです」

「では。では、先生」

 

 言われて、マクゴナガルはギョッとした。アルテシアの目が、真っ赤になっているのだ。いまにもあふれそうなほどの涙が、そこにあった。

 

「セドリック・ディゴリーは、死んだのに。なぜ、セドリックは死んだのですか。なにもなかったのなら、なぜセドリックは」

「アルテシア」

 

 アルテシアのほおを涙が伝う。アルテシアが、泣いている。なぜなのか。なぜ、アルテシアは泣いているのか。本人が言わない限り、本当のところはわからない。だがあの夜のことに原因があるのだと、マクゴナガルは考えた。あの夜、アルテシアは無事に戻ってきた。戻ってはきたが、大きな何か、たとえば後悔のようなのものを抱えてしまうことになったのではないか。

 思わず抱きしめてやりたいと、そんな衝動に駆られたマクゴナガルだが、2人の間にはテーブルがある。軽く深呼吸し、マクゴナガルが、ゆっくりと席を立つ。

 あの夜もアルテシアは、涙を流したらしい。ちょうどマクゴナガルたち教師陣が、ハリーのもたらした報告についての対応に走り回っている頃。アルテシアは、寮には戻らず空き教室で朝まで泣いていたらしいのだ。姿の見えないアルテシアを心配したパーバティたちが探し回り、ようやくそこでみつけたとき、パーバティたちの顔を見るや、すがりつき、声をあげて泣いたという。

 マクゴナガルは、今度はアルテシアのすぐ隣に座った。そして。

 

「先生。スネイプ先生は、あの墓地へと行ったのでしょうか」

「なんです?」

「あの墓地には、デス・イーターだという人たちが、たくさん集まってきました。例のあの人が呼びかけ、それに応えて集まってきたらしいんですけど」

 

 なぜか、その声が震えている。あの場にいたことを認めるようなもの、だからだろうか。マクゴナガルが、アルテシアの肩を抱くように、ゆっくりと腕をまわしていく。

 

「スネイプ先生は、ずっと学校におられましたよ」

 

 

  ※

 

 

 学年末のパーティに出席するのは、アルテシアにとっては初めてのことになる。1年目も2年目も、そして3年目も、アルテシアは出席することができなかった。その原因が魔法書の部分的欠落にあるとするならば、こうして出席できるのは、魔法書が完全版となっていることの証明、なのかもしれない。そして同時に、クリミアーナの魔女にとっての魔法書の重要性、その一端を示すものだと言うことができるだろう。

 初参加となるアルテシアだが、会場はいつもの大広間。おそらくはパーバティがつきっきりで世話をするだろうから、勝手がわからずおろおろするようなことにはならないはずだ。

 

「さて、諸君。またも1年が駆け足で過ぎ去ってしまったが、今夜は皆に、いろいろと話したいことがある」

 

 パーティーの始まりの前に、ダンブルドアが立ち上がり、そう言った。そのときその目は、ハッフルパフのテーブルのほうへと向けられていた。まずはセドリックの話から、となるのだろう。

 

「本来ならば、もう1人いたはずじゃった。諸君らと一緒にこの宴を楽しむはずであった。さあ、みんな起立せよ。セドリック・ディゴリーの冥福を祈りたい」

 

 もちろん、全員がその言葉に従った。アルテシアもだ。涙を流しているものもあちこちにいたが、アルテシアの目に、涙はなかった。献杯のあとで全員が着席する。ダンブルドアが話を続けた。

 

「セドリックをよく知る者、そうでない者。それぞれ、思いは複雑であろう。誰もが悲しみ、誰もに影響を与えたはずじゃ。そして同時に、こう思ったであろう。セドリック・ディゴリーは、なぜ死んだのかと」

 

 そのとき、アルテシアの身体が反応した。うつむいていた顔が、すっと上を向き、その目がダンブルドアを見た。

 

「セドリック・ディゴリーはヴォルデモート卿に殺されたのじゃ」

 

 その言葉が発せられるや、大広間には、ざわめきが広がった。誰もが、まさかという気持ちを抱え、ダンブルドアを見ている。ヴォルデモートが戻ってきた、例のあの人が戻ってきた、あの人がセドリックを殺した。ダンブルドアはそう言ったのだ。

 

「じゃが魔法省は、このことを認めておらん。戻ってくるはずがない、そんなことはありえないと言う。じゃがの、諸君。実際にそれを見た者がおる。実際に、殺された者がおる。ゆえにこれは、事実なのじゃ」

 

 いまや、大広間にいる人のすべてが、ダンブルドアを見ていた。生徒だけではなく、教師までもが。

 

「実際にそれを見た者、それは、ハリー・ポッターのことじゃ」

 

 大広間が、ふたたび大きなざわめきに包まれる。もちろん誰もが、昔のできごとを知っているからだ。またもやハリーは、ヴォルデモート卿の手を逃れたのだ。そのことに、誰もが驚いていた。

 

「ヴォルデモート卿の手を逃れ、セドリックの亡骸をホグワーツへと連れ帰る。むろん、簡単なことではない。それほどの勇気を見せてくれたハリーを、わしは讃えたい思う」

 

 ダンブルドアが、ハリーへと目をむける。大広間のほとんどすべての視線がハリーに集まる。だがアルテシアは、ただじっとダンブルドアのみを見ている。

 

「今回の3大魔法学枚対抗試合の趣旨は、魔法界の相互理解を深めていくことにあった。このことは今後、これまでにも増して大きな意味を持つじゃろう。この場には、ホグワーツだけでなく、ボーバトンの者たち、ダームストラングの者たちがいる。諸君なが、そのつながり、絆というものを大切にしてくれることを願う。人というものは、結束すれば強くなり、バラバラでは弱い。強い友情と信頼の絆、まさにそのことが問われているのじゃ」

 

 ダンブルドアのあいさつは、ここまで。そしてパーティの始まりを告げようとしたのだが、グリフィンドールのテーブルで1人の女子生徒が立ち上がった。その声が、大広間に響く。

 

「校長先生、セドリック・ディゴリーは、なぜ死んだのでしょうか。なぜ、死ななければならなかったのでしょうか」

 

 そのとき教職員用のテーブル席で、マクゴナガルが席を立った。

 

 

  ※

 

 

 ホグワーツ特急の、4人席のコンパートメント。メンバーは、アルテシアとソフィア、そしてパチル姉妹の4人である。これで満員なので、他の人を気にすることはない。

 

「結局、どういうことになるのかなぁ」

 

 パーバティが言うのは、ヴォルデモート卿のことだ。パーティーの席でダンブルドアが発表するまで、例のあの人の話は、それ以外ではまったくといっていいほど出てこなかったのだ。魔法省から注意喚起の通達くらい出されてもよさそうなものなのに、いまもって、そんな話は聞かない。ヴォルデモート卿が何かした、ということも、日刊予言者新聞を見る限りはなかった。

 

「そのへんは、校長先生の言うとおりなのかもね」

「どういうこと?」

「誰もが、認めたくないのよ。ウソであってほしい。なんにも起こらなかった。そういうことであってほしいんじゃないかな。だって、認めてしまえばそれまででしょ。認めないかぎりは、今までどおりの平和な日々が続くってことなんだよ」

 

 きっと、パドマの言うとおりなのだろう。納得できる話ではあるが、いずれは認めざるを得なくなる。それはあきらかだ。

 

「でも、実際にあの人は復活してますからね。アルテシアさまだって、目撃しているわけですから」

「そういえばさ、アル。あんた、マクゴナガルに怒られたんじゃないの。あれからなんにもしゃべらないね」

 

 あれから、というのは昨夜の年度末パーティーのことだ。あのときアルテシアは、全生徒の前でダンブルドアに質問している。その質問にダンブルドアが、どんな答えをしたのかはわからない。そのまえにマクゴナガルが止めに入り、アルテシアを大広間から連れ出してしまったからだ。

 そしてパーティーは始まったが、アルテシアは、しばらく戻っては来なかった。そのときマクゴナガルとどんな話をしてきたのか、パーバティたちは知らない。

 

「でもさ、あれは、あたしも聞いてみたかったんだよね」

「え?」

「だってさ、アルテシアが聞いたのは、その理由、のほうだよね」

 

 パドマの言うとおり、ということか。アルテシアはゆっくりとうなずいた。そして。

 

「なぜ、死んだのか。例のあの人に殺されたから。それはそうなんだけど、わたしは、理由のほうが知りたかった。校長先生は答えてくれなかったけど」

「そのこと、ずっと考えてるんですか?」

「まあ、そうだね。ちゃんとした、納得できる理由があるのなら聞いてみたいとは思うけど」

「そんなの、あるわけないじゃん。命を奪ってもいい理由なんて、あるはずない」

 

 それは、4人ともに同じ意見であろう。なにもアルテシアは、人を殺してもいい理由を考えているのではないのだ。

 

「そうだよね、パーバティ。そんな理由、あるはずない。だったらわたしは、これを見過ごしてはいけないんじゃないか。そんなことを思ったの」

 

 アルテシアは、窓際のほうの席だ。そこから窓の外を見たりもしていただろうが、ホグワーツ特急が動き始めてからというもの、ずっとパチル姉妹やソフィアを見ていた。3人を見つめながら、そんなことを考えていたらしい。

 

「なにかするつもりなの?」

「あの人を、追いかける。今度のことがなかったとしても、わたしはヴォルデモート卿とは、会わなきゃいけない理由がある」

 

 それは、ソフィアとソフィアの母、つまりルミアーナ家との約束だ。若き日のヴォルデモートが、ルミアーナ家に滞在している。そのとき、なにをしたのか。魔法書は読んだのか。それにより闇の魔術を生み出したのかどうか。そのことを、知らねばならない。

 

「とにかく、あの人に会って聞いてみる。どういうことなのか。わたしが納得できるような、そんな理由があるのかどうか」

「だから、そんなのないって言ったじゃん」

「そうだけど、これは、わたしのけじめでもあるの。確かめたいんだ。クリミアーナはなぜ、魔法界から離れているのか。離れてきたのか。その理由が知りたい」

「それが、何か関係あるってこと?」

 

 それを確かめたいのだと、アルテシアは言った。関係あるのかどうか、確かめたいのだと。

 

「それ、マクゴナガル先生にも言ったんだよね。なんか言われた?」

「いまはなにも、考えてはいけない。お休みの間は何も考えず、心と身体を休めておきなさいって」

「あたしも賛成です。そうしたほうがいいです。例のあの人だって、そんなすぐには動き出したりしないはずです」

「うん、あなたたちの言うとおりなのはわかってるよ。いまあの人たちがどこにいて、なにをしてるのか。そんなの知りようがないのは確かだし」

「そ、そうですよ。ねぇ、パドマねえさん」

 

 ソフィアが話を向けたのはパドマだが、返事をしたのはパーバティだった。

 

「賛成だね。いずれあの人は、表に出てくるんだろうし」

「たぶん、そうなると思うよアルテシア。でも今は、休んでもいいと思う。あなたの意思は、あなたの中でちゃんと育つよ」

「そうしなよ、アル。せっかくのお休みだしさ。あ、そういえば魔法書のことだけどさ、アルはもう、倒れたりしないんだよね。今度のことだって、無事に戻ってこられたわけし」

「ああ、それは。そうだね、ちゃんと身についたのかもしれない。ソフィアならわかると思うけど、魔法の力に目覚めた瞬間って、自覚できる。あれがもし、そういうことなら」

 

 魔女となったときは、自分ではっきりとわかる。クリミアーナでは、そう言われていた。だがアルテシアは、そんな経験をしていない。アルテシアがクリミアーナの魔女として目覚めたのは、1年生のときのハロウィンの夜。その日はトロールの侵入事件があり、トロールの持つ棍棒で殴られたアルテシアは、翌朝になって医務室のベッドで目覚めている。

 トロールに殴られ、身の危険が迫ったとき、クリミアーナの血は目覚めた。いわばそのとき、大きく膨れあがった魔法力という名の風船を、トロールの棍棒という針がつついたわけだ。だが眠っていたアルテシアは、そのことに気づかなかった。だが今回、あの墓地の片隅で、たしかに変化を感じた。魔女になったのだと、そう実感している。

 

「あれって?」

「あの夜の墓地で、そう感じたの。すごく頭が痛くて、ふーっと意識が遠くなった気がして。とても悲しかったのは覚えてる。泣いてたと思うんだ。気がついたら、そこにティアラがいた」

「始まりは涙、ってことですよね。もちろんわたしは、いつもそばにいますから」

「ソフィア、それってどういうこと」

 

 だがパーバティがすべてを言い終わらないうちに、コンパートメントのドアが、勢いよく開かれた。

 

「ぼくはドラコだ。ドラコ・マルフォイ」

 

 

  ※

 

 

「女の子ばかりの部屋のドアを突然開けるなんて、失礼だと思わない? 着替えとかしてたら、どうするつもりなの」

「そのときは…… 逃げる」

「逃げる?」

 

 べつに誰も、着替えたりなどはしていない。いつものローブ姿で話をしていただけ。なのでドラコも、逃げ出す必要などないわけだ。ドラコは、コンパートメントの中へと入り込み、ドアを閉めた。

 

「ここは4人用だよ。ちょっとムリじゃないかな」

「いいんだ、アルテシア。ちょっと話したいことがあるだけさ」

「なに?」

 

 ドラコは、アルテシアしか見ていない。パチル姉妹などは無視された格好だが、いつものドラコとは少し様子が違うこともあり、ここは黙ってみている。

 

「闇の帝王は、本当に復活したんだよ。魔法省は認めてないようだけど、復活したのは本当だ。キミは」

 

 ここで、アルテシア以外の3人にも目をむける。ぐるっと視線を一周させたわけだ。

 

「キミたちは、ちゃんと分かってるとは思うけど、注意はするべきだぞ。アルテシアの魔法書が狙われたことがあっただろ。またそんなことがあるかもしれない」

「ありがとう。心配してくれてるんだね」

「カルカロフを知ってるか。ダームストラングの校長だったけど、パーティーにはいなかっただろ。闇の帝王を恐れて逃げたんだ」

「あ、あのさ、ドラコ」

「とにかく、気をつけておくんだ。なにかあったら、ぼくに言うんだぞ。なんとかしてやる。話はそれだけだ」

 

 そしてドラコは、コンパートメントを出て行った。残った4人は、顔を見合わせる。

 

「あいつも、不安なのかもしれないね」

「みんな、そうなんだと思うよ。そんなの、全部なくしてしまえたらいいんだけど」

 

 そう言ったのは、アルテシアだ。ややあって、パーバティが、みんなに言った。

 

「こうなってくるとさ、あたしたちも魔法で戦うってこと、覚えておいた方がいいんじゃないかな」

「なに言ってるの? パーバティはわたしより強いじゃないの」

「え? あたしがアルより強い? そ、そうかな?」

「そういえば、ロックハート先生が決闘クラブをやったとき、アルテシアを吹っ飛ばしたんだったよね」

「な、なに言ってるの、パドマ。あれは、たまたまだから」

 

 だがあの一件は、とても重要なことだったのだとパーバティは思っている。あのとき、2人の仲は変化したのだ。ただの仲の良い友だちから、互いに必ずそこにいなければならない存在、そんなかけがえのない友人となったのだ。

 ならば、言うべきだ。いま、聞いておかねばならない。

 

「ねぇ、アル。1個だけ聞いてもいい?」

「いいけど、何?」

「もし、もしもだよ。例のあの人に、アルが納得できるような、ちゃんとした理由があったとき、あんた、どうするの?」

「え?」

「誰もが納得できる理由があったらさ、あんた、あの人のところに行っちゃうの? 闇の魔女になるつもりなの?」

 

 さすがにパドマは、驚きの表情をしてみせた。ソフィアは、ただじっとアルテシアを見ている。どう返事をするのか、誰もが注目するなか、アルテシアはニコッと笑って見せた。

 

「どこにも行かないよ。わたしは、あなたたちのそばにいる。あなたたちのことは、わたしが守るから」

 

 ホグワーツ特急は、順調に走っている。アルテシアにとってのホグワーツでの4年目は、こうして終わりを告げた。

 





 読んでいただいてる方、ありがとうございます。これでようやく、4年目が終わり、例のあの人も復活。主人公はようやく主人公となり、さて、これからどうなるのか。言ってみれば、第1部が終わり、これから第2部へといった感じでしょうか。
 作者の能力的な問題で、伏線だけでそのままになってるのがいくつもありますが、丹念に回収していくつもりです。もしよければ、この先もおつきあいください。
 これまでにおおよそ80話ありますが、ほとんど書き直しとかしてきませんでした。全部通して読むのは大変ですが、きっと丹念に読めばおかしな部分はあろうかと思います。これからは、第1話から少しずつ見直しもしていき、よりより物語にしていきたいと、そんなことも思っています。
 それから、2次ではないお話ですが、あの「星城高校」を舞台にしたストーリーも平行して書いてみようかなとも考えています。
 そんなこんなでいろいろと思いはあるでしょうけれど、もしよければ、この先もおつきあいください。ではでは。

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