そして、翌日。アルテシアがマクゴナガルとともに校長室を訪れたのは、午後になってから。この日は、最終課題の日であるのはもちろんだが、学年末試験の日でもある。午後となったのは、もちろん試験を優先したということだ。
校長室には、ダンブルドアはもちろんのことウィーズリー夫妻が、アルテシアを待っていた。ダンブルドアが笑顔をみせてくる。
「試験は、終わったかね? キミは成績はよいほうだと聞いておるが」
「終わりました、校長先生。ぶじ5年生に進級できるといいんですけど」
「いや、それは問題ないじゃろう。のう、マクゴナガル先生」
微笑みながら、うなづいただけ。マクゴナガルは、アルテシアと並んで椅子に腰掛ける。ウィーズリー夫妻とは、向かい合わせとなる。
「初めまして、だね。わたしはアーサー・ウィーズリー。となりは妻のモリーだよ。キミには、もっと早くに会いたかったんだが、遅くなってしまった。あのときのお礼も言えないままで、申し訳ない」
「いいえ、お気になさらないでください。あのときは」
「あのときキミがいろいろとやってくれたことは、ロンから聞いているんだ。ジニーとも親しくしてもらってるようだね。改めてお礼をいいたい。どうもありがとう」
アルテシアも、頭を下げる。親しいのかどうかはともかくとして、ジニーとは顔を合わせればあいさつはするし、なにかあれば話もする。そんな感じだろうか。
「ロンとジニーがよく話してくれるよ。ハリーがウチに泊まったときなんかにも、よく話題になるよ」
「そうなんですか」
「どうかね? 夏休みにはぜひ、わが家に遊びに来るといい。十分なおもてなしはできないかもしれないが、楽しい毎日は保証するよ」
「ありがとうございます。でも家を留守にしていますので戻らなきゃいけないんです。次の休暇のときでよければ」
「ああ、いいとも。クリミアーナ家はキミ1人なんだと聞いているが、寂しくはないかね。いつでも遊びに来てくれていいんだよ」
おそらく、ロンあたりに聞いたのだろう。それが事実ではあるが、まったく1人というわけではない。誘ってくれるのはありがたいが、パルマがいつも帰りを待ってくれているのだ。
「ところでキミは、ガラティアという女性のことを知っているかな。クリミアーナ家の人だと思うんだが」
「わたしの祖母の妹が、ガラティアという名前です。他家に嫁入りし、クリミアーナを出ましたけど」
「その人の消息については、なにか知っているかね」
なぜ、そんなことまで聞くのだろう。そんな思いが、アルテシアの頭をよぎる。だが、返事を渋るようなことはしなかった。知りたいというのなら、答える。クリミアーナでは、そうしてきたからのだ。魔法書にしても、見たいというなら見せてきた。だがもちろん、知らないことには知らないと答えるしかないのは言うまでもない。
「すでに亡くなったと聞いています。わたしが1歳くらいのころに大きな爆発事故があって、その事故に巻き込まれたそうです」
「それは、13人が死亡したという爆発事件のことを言っているのかね?」
「そうだと聞いています。わたしの知り合いの家にそんな記録が残されていました」
「ふうむ。ではやはり、間違いないようだね」
でも、なぜだろう。ここでウィーズリー氏の目が、ふっと横にそれたのだ。それまで互いに相手の目を見ながら話していたので、そのことに気づかないはずがない。そのそれた目は、ダンブルドアへと向けられたようだ。いわゆるアイコンタクトのようなものかな、とアルテシアは思った。そうやって、なにかしら確かめあったのだろう。
気分のいいものではないが、あえて指摘するようなことでもない。マクゴナガルも当然気づいているはずだが、何も言わずに座っている。
「ごめんなさいね。あたしたちが学校に来てお嬢さんに会えることになったこと、ファッジ大臣に知られてしまったのよ。夫は魔法省で働いていますからね。そうしたら、用事を言いつけられてしまって」
ウィーズリー氏の奥さんであるモリーだ。なにかしら雰囲気の変化を感じたのだろう。話を途切れさせないようにするため、といったところか。
「おいおい、モリー母さんや。それは、このお嬢さんには関係のないことだよ」
「関係ありますよ。いま、お聞きになったでしょう。あのガラティアさんは、この子のお身内なんですよ」
「まあ、そうなんだがね」
「いくら魔法省だろうと、遺品はこの子に返すべきでしょう。それを」
「待ってください。どういうことなのでしょう。まずはちゃんとした説明をお願いしたいですね」
そう言ったマクゴナガルを、ウィーズリー氏がため息をつきながら見た。アルテシアは、無言のままだ。
「シリウス・ブラックの件はご存じでしょう、先生。実はファッジが、例の事件の見直しをやってましてね。その過程で亡くなったマグルのなかにガラティアさんがいることがわかった。わたしやモリーは、ガラティアさんがクリミアーナ家の人だと知ってましたからね」
「それで、魔女だとわかったと」
「簡単に言えば、ファッジが遺品に興味を持ったんですな。なにしろ我らの魔法大臣は、こちらのお嬢さんのことを知ってますからね」
「まさか、遺品の中に魔法書があるのですか」
ガラティアとて、クリミアーナの魔女だ。魔法書を学んでいるのだから、自身の本を持っていても不思議はない。不思議はないが、持ち歩いていたとも思われない。いったいどこにあったというのか。
「わたしらには、わかりません。まだマグルの側にあって、交渉している最中なのです。いずれ戻されればはっきりしますがね」
「もちろん、アルテシアに返されるのでしょうね?」
「それがのう、ミネルバ。ファッジはもらい受けたいと言うとるらしい。ま、どうするかは魔法省がこれから決めることになるじゃろう。アーサーは、その交渉役となるじゃろうな」
「いやいや、まずは確認ということでね。どうかね、お嬢さん。話はわかってもらえたと思うが」
それまで椅子に座っていたアルテシアが、立ち上がろうとした。だが横に座っていたマクゴナガルが、すばやく彼女のローブをつかんで座らせる。驚いたようにマクゴナガルを見る、アルテシア。だがそれも、一瞬のこと。すぐにいつものように微笑んでみせた。
「わかりました。でも1つだけ聞かせてください」
そしてアルテシアが顔を向けたのは、ウィーズリー氏だ。
「なんだね」
「今回のことは、魔法界がクリミアーナを認めたと、そういうことになりますか?」
「あ? ええと、それはどういうことかな」
「魔法省から交渉にいらしたのだと、さきほど校長先生がおっしゃいましたので。それは魔法界がわたしを魔女だと、クリミアーナを魔女の家だと認め、交渉に来られたということではないのか、ということですけど」
「ええと、何を聞きたいのかよくわからないんだが。キミはホグワーツの生徒じゃないか。もちろんお嬢さんが魔女だと思っているよ。クリミアーナ家のことは、正直、よくは知らないんだがね」
それは、アルテシアにとってどんな意味がある質問だったのか。そしてその返事が、どのような意味を持つのか。アルテシアは笑みの消えた顔でマクゴナガルを見たあと、ゆっくりと席を立つ。今度はマクゴナガルも、ローブをつかんで座らせるようなことはしなかった。
「わたしは、これで失礼します」
「まぁ、待ちなさい。そう、急がんでもいいじゃろう。まだ最終課題が始まるには早すぎる。座りなさい」
「遺品のことなら、ご自由にどうぞ。でもおそらく、魔法書はないと思います。あれは、クリミアーナ家の書庫に保管されますから」
「そうかね」
「それから、校長先生。お願いですから、パーバティにはなにもしないでください」
「ん? なんのことかね」
「パーバティ・パチルは、わたしの大切な友人だということです。もちろん、ご存じですよね」
頭を下げ、出口へとむかう。マクゴナガルも席を立ち、そのあとに続く。ダンブルドアは、軽くため息をつきながらそれを見送った。
「やれやれ」
※
「あまり、過激な発言はどうかと思いますがね」
「すみません。でも、先生まで出てきてしまってよかったんですか?」
校長室を出てきた2人が、ゆっくりと廊下を歩いていた。行き先は、マクゴナガルが自分の執務室、アルテシアは談話室となるのだろうか。
「そんなことは気にしなくてよろしい。それより、パチル姉妹がどうにかしたのですか?」
「パーパティが、なにか悩んでました。その原因が校長先生だった。それがわたしには許せなかった」
アルテシアが、そのことをマクゴナガルに話していく。パーバティとのあいだでは、すでに解決済みであることも。おおざっぱではあったが、内容はちゃんと伝わっただろう。
「そうですか。でもアルテシア、校長としては必要な情報収集なのかもしれませんよ。生徒を危険な目にあわせないですむのなら、わたしだって、そうするかもしれません」
とくに反論などはせず、ただ苦笑にも似た笑みをみせるアルテシア。それはつまり、マクゴナガルの言うことを認めたようなもの。だがもちろん、アルテシアにはアルテシアなりの言い分はあるだろう。
「それでも、心の負担を押しつけるようなことをしていいとは思いません。わたしは、わたしの友人を守りたい」
身長は、マクゴナガルのほうがアルテシアよりも高い。なので、その右手をアルテシアの頭の上に置くのは簡単なこと。その手が、くしゃくしゃとアルテシアの髪をかきまわす。
「そうでしたね。あなたは、それでいいのだと思いますよ。それこそが、クリミアーナの娘」
そして、ゆっくりと歩いて行く。3校対抗試合の最終課題は、もうすぐ始まる。
※
クィディッチ競技場はいま、6メートルほどの高さの生垣に、周囲をぐるりと囲まれている。巨大な迷路は、見事に完成しているのだ。ハリーたち選手が集まっている場所からは、その一角にぽっかりと空いた空間が見えている。それが巨大迷路への入口なのだが、その先は薄暗く、どうなっているのかはわからなかった。
しばらくして、観戦用のスタンドに生徒が集まり始め、ざわざわとしたざわめきが広がる。空の色は次第に濃さを増していき、一番星が瞬きはじめたころ、ハグリッド、ムーディ、マクゴナガル、フリットウィックの4人と、バグマンとが選手のところへやってくる。いよいよ、競技開始だ。
「ひとこと、注意をしておきます」
マクゴナガルだ。選手たちの前にするすると、進み出てくる。
「何か危険に巻き込まれるなど、どうしようもない事態となったときは、空中に赤い火花を打ち上げなさい。それが助けを求める合図となり、私たちのうちの誰かが救出します。このことを忘れないように。おわかりですか?」
「なにか、質問はあるかな?」
続いて前に出てきたのは、バグマン。選手たちからは、何の反応もない。
「では、始めるとしよう。選手紹介のあと、ホイッスルが鳴ったらスタートだ。ソノーラス(Sonorus:響け)」
バグマンが、自身の喉に杖をあて、呪文を唱える。そこからの声は魔法で拡声され、スタンドに集まる生徒たちに響き渡ることになる。
「お集まりのみなさん。三大魔法学校対抗試合の最終課題がまもなく始まります」
続いて、各選手の得点状況が告げられ、その成績順によるスタート、迷路の中心にある優勝杯を最初に取ったものが優勝となることが手早く告げられたあと、ホイッスルの音が響いた。すぐさま、ハリーとセドリックが迷路のなかに消えていく。
そのようすを、少し離れた場所から、アルテシアとティアラが見ていた。ソフィアやパチル姉妹も一緒である。
「わたしたちのスタートは、一番最後ということにしましょうか」
「ティアラ、もう一度確認するけど、先に優勝杯のある場所に行った方が勝ち、でいいんだよね?」
「ええ、もちろん。つまり早いもの勝ちってこと。もちろん、選手たちは別にして」
「いいわ、じゃあソフィア。スタートの合図をお願いね」
対抗試合のほうでは、2度目のホイッスルの音により、クラムがスタート。その姿が、あっという間に迷路の中に消えていく。
「じゃあ、3・2・1・ゼロ、でスタートとします。3度目のホイッスルが鳴ったら合図します。いいですか?」
アルテシアとティアラがうなずいた。少しして、3度目のホイッスルの音が競技場に響いた。それを確認して、ソフィアが手を上げる。
「迷路に入るところまでは、あたしが魔法で姿を隠します。それくらいなら、なんとかやれると思うので」
「いいわ。お願いね」
「では、いきます。3・2・1・ゼロ!」
※
アルテシアは、迷路の中を歩いていた。走ることはしない。ただ、歩く。迷路の中に入るまでは、ソフィアが魔法で姿を隠してくれることになっていた。だが、迷路のなかは違う。なので一足先に迷路に入ったティアラの姿を見つけることができたのは、当たり前だということにはなる。だが。
「ずいぶんとゆっくりなのね。待っててくれてたのかしら」
「まあ、そうですね。ちょっとした提案っていうか、ここからはお互い正直にいきませんか。もう隠し事はなしってことで」
「そんなこと言っていいの? それってつまり、あなたがこれまで隠し事をしてきたってことになるけど」
「了解していただけるのなら、あたしが先に話してもいいですけど」
アルテシアは、にっこりと微笑んだだけだった。ゆっくりと歩き、左右に分かれた道の左側へと歩を進める。ティアラがそのあとに続く。
「そっちが、中心の方向ってことですか」
「たぶんね。でもティアラ、あなた、完全に敬語になってない? いいの、それで」
「いいんです。ただソフィアのマネをしてるだけですから」
「ソフィアなんて呼び方するんだ。たしか、ルミアーナって言ってたよね」
「これは、アルテシアさまのマネです」
ではいまのは、誰のマネなのか。それをアルテシアは、尋ねなかった。いったいティアラはどうしたのか。これまでとはようすが違っているようだ。そこからの道は、まっすぐの一本道。アルテシアには、そう見えた。もちろん途中に分かれ道はあるのだろうが、その場所からは見えなかった。とくに障害物も用意されていないようだ。
「ねぇ、ティアラ。一緒の道でいいの? わたしの後ろにいたら負けになるんじゃないの」
「ご心配なく。ちゃんと考えがあってのことですから」
「ふうん。でも、少しは急いだ方がいいかな。まだそんなに暗くはないけど、真っ暗はイヤだしさ」
それでもアルテシアは、走ったりはしない。ただ、歩いて行く。ティアラも、同じペースで後をついてくる。ふと、アルテシアが立ち止まった。
「ねぇ、ティアラ。いまの、おかしいと思わない? いま、変な感じがしたよね」
振り向くと、そこにいるはずのティアラがいない。どこか別の道に行ったのか。だが、ずっと一本道だったのだ。そんなことになるはずがない。だとするなら。
「もしかして、トラップ? ひっかかっちゃったかな」
ついさっき感じた、妙な感覚。あのときに、どこかに飛ばされたのに違いない。でもなければ、一本道でティアラとはぐれた説明がつかない。問題は、だれがどうやったのかであり、今、自分はどこにいるのか。
「ポートキー、ってのがあるらしいけど、それかな。でも、なにも触ってないんだけど」
アルテシアは、実際にポートキーを体験したことはないし、その魔法も使えない。ただ、本で読んだことがあるだけだ。なので、本当にそうだったのかはわからない。
「もしかして、石なのかな」
きっと、小さな石くらいは落ちているだろう。それに魔法がかけてあれば、知らずに踏んだりして移動させられる。アルテシアはそれを踏み、ティアラは踏まなかった。そういうことかもしれない。
迷路のどこにいるのかわからなくなってしまったが、これは対抗試合の最終課題なのだ。これくらいの仕掛けは、あってもいい。だがとにかく、位置を知らねばならない。こんなときのためにと調べておいた呪文がある。それが、四方位呪文だ。これで方角を知ることができる。アルテシアが、杖を取り出す。
「ポイント・ミー(Point me:方角示せ)」
くるくると、手のひらの上で杖が回る。これで北の方向を知ることができるのだ。続いて、手のひらの上に白い玉をつくる。それを、空中へ放り投げる。その玉が5メートルほど上空にとどまり、周囲を照らす。明るい満月がそこにあるようなものだ。その灯りに照らされたアルテシアが、杖をその満月に向ける。
いったい何をしたのか、その満月の灯りがひときわ明るさを増し、まぶしいばかりとなったあと、ふっと消えてしまう。そのとき、アルテシアの姿は、そこにはなかった。
アルテシアの作った玉が、ふわりふわりと、まるで風に漂うかのように、壁を乗り越えていく。ふわりふわりと、宙を舞う。しばらくさまよい、空中でピタリと止まったその瞬間。
「ステューピファイ(Stupefy:麻痺せよ)」
叫ぶような、呪文。これは、ハリーの声だ。ハリーの杖から赤い閃光がほとばしる。その閃光は、ハリーに背を向けて立っていたクラムを直撃。同時にクラムが、その動きを止めた。そして、芝生の上へとうつ伏せに倒れる。その倒れた向こうに、セドリックがいた。セドリックは両手で顔を覆い、ハァハァと息を弾ませながら横たわっていた。
「大丈夫か?」
ハリーはセドリックの腕をつかみ、肩に手をやり、助け起こす。いったい、なにが起こったというのか。
「大丈夫だ。でもまさか、信じられない。クラムが後ろから忍び寄ってきて、ボクに杖を向けたんだ。あんな魔法を使うなんて」
セドリックが立ち上がる。そして、ハリーとともに倒れているクラムを見下ろした。
「どうする? このままここにほおっておいてもいいと思うか?」
「さっきぼく、尻尾爆発スクリュートに襲われたばかりだ。まだ近くにいると思うよ」
「ふん、このままだとスクリュートのえじきか。当然の報いのような気もするが、しかたないな」
気が進まないのだろうが、それでもセドリックは、自分の杖を振り上げ、空中に赤い火花を打ち上げた。これは、リタイアの合図である。クラムは、すぐに救出されるだろう。
「そういえば、フラー・デラクールの悲鳴も聞いたよ」
「クラムがフラーもやったと思うかい?」
「わからない」
ハリーとセドリックは、暗い中で互いを見つつ、しばらく佇んでいた。そんな2人を見おろすように、上空にあの玉が浮かんでいる。セドリックが口を開いた。
「そろそろ行かないと」
「えっ? ああ、そうだね」
互いに競争相手だ。このまま一緒に行くわけにはいかない。ともあれ2人は歩き始める。そして分かれ道に来ると、ハリーは左、セドリックは右にと別れていく。ふわりふわりと宙をただよう玉は、ほんのすこしだけその場に止まっていたが、結局、左の道を選んだようだ。
ハリーは、やがて長いまっすぐな道へと出た。とくに邪魔されることもなく進んできたのだが、ハリーの杖からの灯りに照らされ、何かが見えてくる。ライオンのような胴体と、鋭い爪を持つ四肢、長い房状の尾を持つ生き物。スフィンクスだ。ゆったりと歩いてくる。
当然、ハリーは警戒しつつ杖を構えた。
「逃げたいなら、逃げればいい。もっとも、優勝もあきらめてもらうことになるだろうがな」
「ど、どういうことだ?」
「この道はゴールに近い、ということだ。わたしを通り越し、道なりにまっすぐ行きさえすればな」
つまりこの道の先に、優勝杯が置いてあるということだ。ハリーは、ごくりとのどを鳴らした。
「そ、それじゃ、どうか、道をゆずってくれませんか?」
「だめだね。通りたければ、わたしのナゾナゾに答えなければならない。正解すれば通してやるが、間違えばおまえを襲う。実に簡単なことだろう。どうする? 選ばせてあげるよ」
ナゾナゾだって! そんなのは、ハリーの守備範囲に入ってはいない。それは、ハーマイオニーの得意分野だ。だが、そう言ってばかりもいられない。
「わかった。じゃあ、ナゾナゾを出してくれ」
「了解」
ゆらゆらと動いていたスフィンクスが、道の真ん中で止まった。後脚が折れ、ガクンと腰が落ちる。そうして、地面に引きつけられるかのようにその場に座った。スフィンクスの目が閉じられる。
「その人は、いつも泣いていた。その人は、ひとりぼっちがイヤだった。あまりに悲しく、涙をこぼしていた」
「な、なんだって」
「悔しくて泣くのなら、代わりに悔しさを晴らそう。寂しくて泣くのなら、いつもそばにいよう。始まりは、涙」
「そ、そんなのがナゾナゾなのか?」
「泣かせたくはなかった。泣かせてはいけないのだ。それを、そんなのだとけなすなら、もうよい。おまえからは、答えなど望めはしないだろう」
「え! な、なんだって」
「おまえとは話をしない。わたしのまえから消えろ、と言っているのだ。二度は言わない」
「し、しかし」
ナゾナゾに答えないと、優勝杯のところへは行けないはず。他にも道はあるだろうけれど、回り道などしていては、セドリックに先を越される。この道が、一番の近道なのだ。だが、消えろとはどういうことなのか。ハリーは、考える。まさか、通ってもいいということなのか。
「あの」
だが、スフィンクスは沈黙したまま。目は閉じられたままであり、ぴくりとも動かない。だったら。
そろりそろりと、ハリーは歩き出す。ゆっくりとスフィンクスに近づいていく。ゆっくりと、一歩ずつ。その目は、スフィンクスに釘付けだ。少しでも動きを見せたなら、すぐに逃げ出せすつもりで少しずつ。もう少しだ。
ようやく、スフィンクスの横に。これで、イザというときに逃げ出す方向が変わった。でも、もう少しだ。あとも少し。あいかわらず、スフィンクスは動かない。
「よし! いまだ、いけ」
全速力でハリーは走った。道はまっすぐだった。暗くても関係ない。とにかく、まっすぐに走ればいい。
そのハリーが走り去ったあとでも、スフィンクスは止まったままだった。ハリーのあとをふわりふわりと宙に舞っていた玉は、その場にとどまっている。ほかに、人の姿はない。誰もいないが、声がした。
「いいの?」
声はしたが、スフィンクスは動かない。宙を舞う玉も、そこにとどまったまま。
「悔しいなら、力を示してやればいい。代わりでよければいくらでも」
「いま、そんなことしても仕方ないよ。いまはもう、誰もいやしない」
「確かに。でもその思いまで消えたりしない。いつまでも、いまも、ここに残ってる。悔しくして、たまらない」
そこには、スフィンクスがいたはずだった。宙を舞う玉が、浮かんでいたはずだった。だがいま、そこにいるのはティアラであり、アルテシア。迷路の道は、まっすぐに続く一本道。
アルテシアの右手が、ゆっくりと動いた。その手が、ティアラの手のひらにからまっていく。
「ありがとう、ティアラ。わたしは、大丈夫だよ。パーバティがいてくれる。パドマがいてくれる。ソフィアもいるよ。ティアラだって、来てくれた。大丈夫だから」
「問題、途中だったんですけど、それが答えってことですかね」
「ほかに聞きたいことがあるんなら、何でも答えるけど」
「それがクリミアーナ、なんでしたっけ」
互いに笑みを見せつつ、ハリーが走って行ったほうへと並んで歩き始める。道なりにいけば、ゴール地点。そろそろハリーが、優勝杯をつかむ頃、なのかもしれない。
「でも結局、勝負は、アルテシアさまの勝ちってことになるようですね」
「さあ、それはどうかな。わたし、いろいろと魔法、使ったよ。あれは、許してもらえるの?」
「それはわたしも、同じですから。お互いさまってことで」
「そういえば、フラー・デラクールはどうなったの?」
「けっこう早い段階でリタイアしてますね。わたしが迷路に入って、あの人を見つけたときには赤い火花を打ち上げていましたね」
そんなことを話しながら、2人は並んで迷路を歩いていく。その先から、なにやら争っているような騒がしい音が聞こえてくる。
「あれは、大きなクモですよ。ゴール直前、最後の難関ってことになりますかね」
「手助けしたら、ダメなんだよね」
「大丈夫、勝てるはずですよ。ほら、セドリック・ディゴリーもいます。別の道から来たんでしょうね」
セドリックとハリーが、全身毛むくじゃらの、黒い大きなクモと戦っていた。さかんに“麻痺の呪文”を飛ばしている。その向こう、数十メートル先に、3校対抗試合の優勝杯とそれが置かれた台座が見える。アルテシアが、杖を出した。
「なにをするつもりです?」
「クモの動きを止める。見て、ハリーは足をケガしてるわ」
「やめたほうがいいと思いますね。ここは、2人に任せた方が」
そのとき、セドリックとハリーが同時に、同じ呪文を叫んだ。赤い閃光が2本、同時にクモを襲う。偶然なのかもしれないが、2つの呪文が重なったことが、クモを失神に追い込んだ。クモは横倒しとなり、その場に倒れ込む。
「さすがは、代表選手。あとは優勝杯をどっちが取るかですね」
優勝杯に近い場所にいるのは、セドリックだ。ハリーは足を痛めているので、すばやく駆けよることは難しいだろう。だが2人は優勝杯から目をそむけ、なにごとか話をしている。
「どうしたのかな。なにかもめてるみたいに見えるけど」
手にした杖で、アルテシアが魔法をかける。
「ウィンガーディアム・レビオーサ(Wingardium Leviosa:浮遊せよ)」
アルテシアとティアラの身体が、ふわっと宙に浮いた。そのまますーっと滑るようにして、ハリーたちのそばへ。地上から3メートルほど上空ではあるが、もちろん姿も見えなくしてあるのだろう。ハリーたちは、気づかない。2人の話が、アルテシアたちにも聞こえてくる。
「わかった。じゃあ2人一緒に取ればいい。どっちにしろ、優勝はホグワーツだろ」
そう提案したのは、ハリーだ。セドリックは、驚いたようにハリーを見ている。
「ハリー、ホントにそれでいいのか?」
「ああ。ぼくたち助け合ったじゃないか。あのクモは2人じゃなきゃ倒せなかった。2人一緒に取るべきだ」
どうやら話はまとまったらしい。セドリックが足を痛めたハリーに肩を貸し、優勝杯が置かれた台座のすぐ横へと移動する。そして、それぞれが片手を伸ばした。
「いち、に、さん、で取るんだ。いいね?」
「わかった」
セドリックとハリーとが、同時に優勝杯に触れた。その瞬間、2人の姿は消えた。アルテシアとティアラの見ている、その前で、優勝杯とともに、2人の姿は消えた。