「明日、もしも魔法界が滅びるのだとしたら、今日やりたいことはなにか。ときに、こんな話をする者がいるが、おまえならどうする?」
聞かれているのは、アルテシア。尋ねているのがスネイプであり、近くでそれを見ているのがマクゴナガル。場所は、マクゴナガルの執務室である。3人で話をしようということでこういうことになったのだが、その場がスネイプの研究室とならなかったのは、そのことに反対する者がいたから。それが誰であり、その理由が何かについては、言うまでもないだろう。
スネイプとアルテシアはテーブルを挟んで向かい合わせで座っており、マクゴナガルは、自分の机の前にいる。
「わたしなら、ですか。そうですね、明日滅びないようにしたいですね。その努力をしたい。理由ですか? 明日以降も、ずっと一緒にいたい人たちがいるからです」
「はっきりとは言えんが、おそらくおまえだけだろうな。そんな答え方をしたのは」
スネイプの視線が、マクゴナガルへ。マクゴナガルは、なにも言わずに紅茶を飲んでいる。少しだけ、唇のはしっこがわずかに上がって見えるのは気のせいか。
「では、考えてもらおうか。明日とは言わぬが近いうちに、滅びぬまでも魔法界が大変なことになりそうだ。原因は、なんとかいう人が戻ってくるためであることがはっきりしている」
「わかりました。それが今日の宿題、というわけですね」
「なに?」
もちろんそれが、宿題などであるはずがない。スネイプは、すぐにも答えを言わせたかったはずだ。だがにっこりと笑うアルテシアに、ただ苦笑いを浮かべるだけ。
「よかろう。では羊皮紙5枚にまとめて提出せよ。期限は、明日滅びるというその日の前日だ。わかったな」
「はい」
「ところで、先日の騒動をご存じかな。夜の9時過ぎ、対抗試合の選手たちが最終課題の発表を受け、解散したあとのことだ。禁じられた森のあたりで、代表選手の1人が審査員に襲われている」
「選手が審査員に? なんですか、それ」
「もちろん秘密にされておるから、知るものはほとんどおるまい。吾輩はダームストラングの校長から話を聞いたが、襲われたのはクラムという生徒だ。課題発表後に森のそばを歩いていたとき、審査員が倒れているのを発見したようだ。その生徒は、介抱のさいによそ見をしたとき、審査員に襲われたと言っている。生徒が気を失っているあいだに、審査員は姿をくらましてしまったがな」
「審査員とは、誰のことです?」
質問したのは、マクゴナガルだ。マクゴナガルも、この騒動のことは知らなかったらしい。いや、知らされていない、と言うべきなのか。おそらくは騒動を広めないように、ということなのだろうけれど。
「バーテミウス・クラウチだったと、その生徒は言ったようです」
「クラウチ?」
「さよう。クラウチ本人はずっと体調不良で休んでおり、第2の課題では部下が代理で審査員をやっていますな。なのになぜか、夜中にふらふらと禁じられた森を歩いていた。妙な話だと思いませんかな」
「なにか、謎があるんですね」
そう言ったアルテシアが、見つめてくる目。目の色は、とりあえず青というしかない、色だ。それは変わらないが、その表情は違っているとスネイプは思っている。いままではこんな目をしていなかったはずなのだ。そこには、豊かな表情がある。いわば喜怒哀楽のすべてがそこにあり、くるくると絶え間なく移ろっていくような、それを一度に見ることができるような、あえて言うならばそんな目をしているのだ。
「えら昆布を盗んだのはアラスター・ムーディだと、おまえはそう言ったな」
「はい」
「その目的はなんだ。このことを、おまえはどう考えているのだ」
「先生は、この2つを結びつけて考えるべきだとおっしゃるのですよね。もしそうだとするなら、クラムという生徒を襲ったのはムーディ先生です。バーテミウス・クラウチさんには、なにか秘密がある。それを隠そうとしてのことだと思うんですけど」
「そのクラウチは、ダンブルドアになにか話したいことがあると言っていたらしい。それが、隠したいものだというわけか」
「でも、そうなると」
椅子に座り直すようなそぶりをみせ、アルテシアが背筋を伸ばして、あらためてスネイプを見る。
「なんだ」
「クラウチさんは、魔法省のお役人なのですよね。ご本人のもとを訪ね、詳しく話を聞いてみるべきでは」
「むろん、ダンブルドアはそうしているだろう。その結果なにかがわかったにせよ、おまえに話してくれることはないぞ」
「それは、なぜ?」
「生徒を危険なことに巻き込まないためですよ、アルテシア。あなたがいますることは、クラウチ氏を訪ねることではありません。わかっているはずですよ」
スネイプの見るところ、その笑顔は、いつもと同じだ。そんな笑みを浮かべながら、アルテシアはゆっくりとうなずいた。
「わかりました、先生。まだようすを見る段階なのですよね。わからないことが多すぎるし、わたしにできることはない」
「おおむね、そういうことです。ですが、できることはあるはずです」
「この娘には、なにができるのです?」
「学ぶこと、です。具体的には、魔法書を読むこと。いまはそれに集中して欲しいのです。もちろん、さまざまな呼ばれ方をするあの人が現れたときのために」
そのときスネイプはマクゴナガルのほうを見ていたが、アルテシアは、テーブルの上へと両手を伸ばし、その手のひらを重ねた。マクゴナガルからは、もちろん見えている。
「フラクリール・リロード・クリルエブン。光の精たちよ。わたしの本をこの手に」
その言葉とともに、いくつものキラキラとした小さな輝きが、アルテシアの手のひらの下に渦を巻くようにして集まってくる。そして、次の瞬間には黒塗りの本がそこに現れた。あわてたように顔を向けたスネイプは、なんとかその瞬間を見逃さずにすんだようだ。
「おまえ、これは」
「はい。これが魔法書です。先生にはお見せしたことはありませんでしたが、この本を、わたしはもう少し読んでいたいのです」
「いいのか、おまえ。マクゴナガル先生も、よろしいのですかな。この娘が、こんなことをしましたが」
たしかにスネイプは、魔法書のことは知っている。だが間近に実物を見るのは、これが始めてのはずだ。
※
「アルテシアは?」
「マクゴナガルんとこだよ。今日は、ここには来られないと思う」
「ふうん。でもなんで? なにかあったの」
いつもの、空き教室。今日は、ソフィアの姿もない。遅れているのか、それとも来られないのか。
「ねえ、パドマ。聞いて欲しいことがあるんだけど」
「なによ」
「あたし、ダンブルドアに言われたんだよね。アルテシアのこと、いろいろと教えてくれないかって」
「え?」
「名前を言ってはいけないあの人。例のあの人は、必ず復活するだろうって。そのとき、魔法界が大混乱になる。危険になる。だからあたしに、情報提供しろっていうのよ。魔法書のこととか、いろいろ」
パドマの表情が変わっていく。いつもの柔らかい温和な感じではなく、少しずつ、きゅっと引き締まっていく感じだ。
「対策を立てる必要があるんだってさ。ほら、クリミアーナってアルだけでしょ。もしものことがあったらさ、そうならないようにしたいって言われた」
「それで? それでお姉ちゃん、どうしたの?」
「どうもしないよ。そのまま戻ってきた。だって、わかんなかったんだもん」
とくに言葉はなかった。ただ、2人は互いの顔を見ているだけ。だがもちろん、いつまでもそのままではない。パドマが、すっと目をそらした。
「それで、迷ってるってわけだ。ふーん。これで、あたしの姉だとはね。バカだね、お姉ちゃん」
「な、なによ。なんであたしが、そんなこと言われなくちゃならないわけ?」
「自分で言ったじゃん。わかんなかったって。つまり迷ってるってことでしょ。なんで迷うの? そんな必要ないでしょ。答えなんて、明らかだって思うけど」
「明らか? なんで、どうして。だってあたし、だってアルは」
「いいから、聞きなさい。それでも納得できないって言うんなら、好きなだけ悩めばいい。アルテシアには心配かけるだろうけど」
パドマは、何を言おうとしているのか。ともあれこれで答えがみつかるかもしれないと、パーバティは、妹の口元をじっと見つめた。
※
「おまえも、おかしなやつだ。大切なものだろうに、それをこんなところへ持ってくるな」
「おや、こんなところ、とはどういう意味です? これでもわたしの部屋なのですが」
「これは失礼。もちろんこのわたしのまえに、という意味ですがね」
パタン、という音はしなかった。スネイプは静かに本を閉じると、それをテーブルの脇へと置いた。
「正直に言おう。吾輩には、何が書いてあるのか、さっぱりわからん」
「はい。初めての人は、そういうものです。ダンブルドア先生もそうおっしゃいました」
「ほほう。どうせわからぬのだから見せてもかまわぬ。つまりは、そういうことか」
皮肉にも聞こえるその言葉を、アルテシアは笑顔で受け止めた。軽く、首を左右に振る。
「もちろん、違います」
「では、なぜだ。当然、隠しておきたいはずだろう」
「いいえ。見たいという人には見せるのも、大切なことだと考えています。クリミアーナでは、これまでもそうしてきました」
「ふむ。その考え方を否定はしない。そうあるべきだとも思っている。だが、誰でも良いということではないぞ」
例えば闇の帝王、とスネイプは例をあげた。ヴォルデモート卿のことだ。その男が、まさに復活してこようとしている。もちろん、魔法書にも興味を示すはずだと言うのである。そのとき、おまえは見せるのかと。
「そうですね。ちゃんと学んでくださるのなら、お見せするでしょう」
「本気か」
「前提条件が守られるのであれば、です。単なる興味だけでは、見ても意味などありません」
「なるほど、たしかにそういうやからはすぐに放り出してしまうだろう。なにしろ、読めないのだからな」
もちろんそこで放り出してしまえば、それまでだ。なにひとつ身につくことはないし、クリミアーナの魔法は学べない。
「ヴォルデモート卿は過去、クリミアーナの魔法書を見ているかもしれません」
「なんだと」
「その可能性があるんです。ホグワーツを卒業したあとから、闇の魔法使いとして広く知られるようになるまでの間の、ある期間、クリミアーナにゆかりの家に滞在していたことがわかっています」
「そのときに見ている、というのか。まさか、魔法書を学んだと。帝王の魔法は、クリミアーナに由来するとでも言うつもりか」
「さあ、それはわかりません。でも、確かめたいと思っているんです」
そこに、紅茶が用意されていること。されていなければならないことの意味を、スネイプは悟ったのかもしれない。コクコクと、半分ほどを喉へと流し込んだ。
「それが、闇の帝王に会いたいという理由なのだな」
「そういうことです。スネイプ先生、ヴォルデモート卿はいま、どうしているのでしょうか」
「そんなことは、知らん。だがいずれ、会うことになる。それだけは確かだ」
そこで、マクゴナガルが席を立つ。ほんの数歩の距離ではあるのだが、アルテシアのすぐ横へとやって来る。
「安心なさい。スネイプ先生が力を貸してくださいますよ。わたしが願い、あなたが目指すことのために」
マクゴナガルが願い、アルテシアが目指すもの。それがなんであるのか、誰も触れようとはしなかった。つまり、すでに承知している、ということになる。アルテシアが、軽く頭をさげた。
「ありがとうございます、スネイプ先生」
「礼などいらん。吾輩は、吾輩の思ったようにやるだけだ。吾輩自身のためにな」
「わたしはまだ、いくらかの不安はあるんですけどね。ですがもちろん、後ろをむくわけにはいきませんし、そのつもりもありません」
スネイプは、自身のために何をしようとしているのか。そのことをアルテシアが尋ねなかったのは、それを知っているからだ。えら昆布をめぐる騒動のときアルテシアとスネイプは研究室で話をしているし、そのあとの医務室で、スネイプとマクゴナガルが意見を交わしている。
「その不安というのは、なんなのですか? もし、よければ」
「それぞれ、抱えたままの秘密があるだろうということですよ。お互い、なにもかも話せはしないし、話してはいない。しかたのないことでもありますし、それでいいのだとも思っています。でもそれが、どこかで足をひっぱることになりはしないか。そんなことを思うのですよ」
「なるほど。まぁそれは、個々で折り合いをつけてもらうしかないですな。どうしてもとなれば」
「どうします?」
「どうもしませんが、この娘にそっぽを向かれてしまうようなことにでもなれば、いささか困ったことにはなるでしょうな」
そのアルテシアは、ただ、微笑んでいるだけ。スネイプは、軽くため息をつきながら、マクゴナガルをみた。
「やはりこの娘、以前とは違いますな。どこがどうとは、言いづらいのですが」
「いいえ、スネイプ先生。この子はどこも、なにも、変わってなどいません。アルテシアは、アルテシアです。でも、もし」
「もし? もし、なんです」
「もしもそう見えるのだとしたら、それは、この子の成長です。いままさに成長しているのです。正しく導いてあげてほしいですね」
※
「アルテシアは、あたしたちのことを『大切な友だち』だって言ってくれた。もちろん、覚えてるよね?」
「ええ」
「じゃあ聞くけど、アルテシアって、お姉ちゃんにとってはなんなの?」
空き教室での、パチル姉妹の話は、まだ続いていた。パドマに悩みを相談した形となったパーバティだが、そのパドマの問いかけに、すぐには答えが出てこない。
「そりゃいろいろと、答えはあるでしょうよ。あたしにとっては大好きな友だちだけど、お姉ちゃんは? 違うの?」
「いや、違わないけど」
「ならいいんだけどさ。知ってる? いちばん信頼されてるのはお姉ちゃんだと思うよ」
いま、相手が何を考えているのか。こうして向かい合っていれば、その全てではないにしてもある程度は察することはできるもの。ましてや、双子であればなおさらか。
「エクスペリアームス(Expelliarmus:武器よ去れ)」
突然、パドマが叫んだ。だがその手に杖がないので、魔法が発動されたりはしない。だがそれでも、パーバティに驚いた顔をさせることには成功した。
「武装解除の呪文だよね。これで、アルテシアを吹っ飛ばしたことがあったはずだけど」
「ロックハート先生が決闘クラブをやったときにね。でもそれが?」
「そのときのこと、もう忘れちゃった? そのあと、アルと一緒にいたいって言ったんでしょ。お互いに力を合わせていこう、協力していこうって、そういう話になったんだよね」
それは、2年生のときのこと。そのころパチル姉妹は、叔母や母親からクリミアーナとは付き合うなといったようなことを言われていた。そのことに悩みもしたし、解決のためにアルテシアが叔母と話をしたこともあった。そのことをマクゴナガルに相談し、アドバイスをもらったこともあった。
「アルテシアをやっつけたのは、なぜ? もしものときには頼っていい、共に力を合わせていこうって、そのことをわかってもらうためだったんだよね」
パーバティは、言えないのかもしれないが、何も言わない。パドマの言葉が続く。
「校長先生に頼んで守ってもらうの? あの人に? アルテシアがそんなことすると思う? 自分の力でお姉ちゃんを守ろうとするんじゃないかな。アルテシア、そう言ってくれてたと思うけど」
「もういい、パドマ。もう、言わなくていい。わかった。わかってる。ちゃんと覚えてるから」
「そう。だったら、なんも言わんけど。それでいいよね?」
パドマが、笑顔をみせる。パーバティも笑ってみせたが、正直言って、心の中のもやもやは、まだ解消されてはいなかった。だがパドマの言うことは理解しているし、あのとき、自分が何を考え、どうしたのかなど、すべて頭の中にある。
決闘クラブで対決し、アルテシアを医務室送りにした。気を失っただけで、翌朝には元気になっていた。そして医務室から戻ってくるアルテシアと話をした。そのとき、ぽろぽろと涙をこぼすアルテシアを見て、ほんとうの友だちになれたと思った。ただ一緒にいるだけの友人じゃなく、何でも言い合い、助け合い、共に進んでいける、そんな友だちに。
だけど。
「ねぇ、パドマ」
パーバティがそう言ったとき、空き教室のドアが、開かれた。そこには。
「あれ、パチルさんたちだけですか。アルテシアさまは?」
教室に入ってきたのは、ソフィア。その後ろに、ティアラがいた。
※
「ねえ、アル。少し話したいんだけど」
先生たちに呼び出されていたアルテシアが、いつもの放課後の空き教室に顔を出したときには、すでに夕食時間となっていた。誰もいないと思いつつ、念のためにと来てみたのだが、そこにいたのはパーバティだけ。聞けば、話したいことがあり待っていたのだという。もちろん、アルテシアに否やはなかった。
「わたしもね、話したいことがあるの。パーバティのあとでいいから、聞いてくれる?」
「あ、べつにアルが先でいいよ」
「ううん。わたしはあとでいいから」
「そお? じゃあさ、とにかく座って話そ」
空き教室であるからには、もちろん机や椅子も置いてある。2人は、いつもそれぞれが座っている席へと腰をおろす。
「そういえば、マクゴナガルはなんだって? 話って、それのこと?」
「そうだけど、それだけじゃないよ」
「ふうん、そうなんだ」
話したいことがあると言ったはずなのに、すぐにその話とならないのはどうしてだろう。そんな思いが、アルテシアの頭をよぎる。困ったような、どこか思い詰めたような、そんな顔をしているのはなぜか。つまりは話しにくいのだろうけれど、そんな顔をしているパーバティを見るのは、アルテシアにとっては気になって仕方がない。思わず、声が出た。無意識に雰囲気を変えようとでもしたのだろう。
「ね、ねえ、パーバティ。わたし、変わったと思う?」
「え?」
「スネイプ先生がさ。わたしをみて、変わったって言うんだけど、パーバティはどう思う?」
「ええと、あたしは、全然そうは思わないんだけど。あ、待って。目の色が変わってる気がする」
アルテシアの目の色は、青。少し不思議な感じのする色なのだが、パーバティは、それが変わっているのではないかと言う。
「前と同じなんだけどさ、なんかこう、ちょっとだけキレイになってる気がする」
「そ、そうかな」
「それでスネイプ先生は、どこが違うって言ってるの?」
「それがよくわからないって。どこがどうとはいえないけど、違っている気がするって言うんだけど」
「なによ、それ。訳わかんないよ。ほかには? 何を話したの?」
いちおう、会話は続いている。だがアルテシアは、これでいいのだろうかと、少しずつそんなことを思い始めていた。たぶんこれは、パーバティが話そうとしていた話ではないはずだ。
「あ、例のあの人のことに決まってるか。それとも、魔法書のことかな」
「そうだね。ヴォルデモート卿は、いずれ戻ってくるだろうって。そのとき、どうするかって話」
パーバティの表情に、ほんのわずか変化がみられた。一瞬のことだったが、いつもパーバティを見ているアルテシアが見逃すはずはなかった。気づかないふりをしたが、なぜだろうという思いは、当然のようにある。
「それで? どうするって」
「わたしは、その人に会えるものなら会いたいと思ってる。確かめたいこととかあるしね。危ないからやめろ、とかそう言われるんだと思ってたけど」
「違ったんだ」
「うん。力を貸してくれるだろうって、マクゴナガル先生が。スネイプ先生は何も言わなかったけど、そうなんだと思う」
話をしながらアルテシアは、だんだんと不安な気持ちになってくるのを感じていた。パーバティが、いつもと違う。それがなぜなのか、わからない。そのことが、不安にさせるのだ。
「ね、ねえ、パーバティ。どうにかした?」
「え? ううん、べつになにも。でもさアルテシア、例のあの人が戻ってきたら、スネイプ先生はどうすると思う? 昔、部下だった人たちは、どうするかしらね」
「戻る人もいるだろうし、そうしない人もいるでしょうね。たぶんいま、その人たちは悩んでいるはずだって」
「それ、スネイプ先生が言ったの?」
「ううん、マクゴナガル先生だよ。マクゴナガル先生は、そのこと、ずいぶん気にしてるみたいなの。どうするのかなって」
「ああ、それはそうかも」
そこで、話が途切れる。つかの間、無言の時が流れたが、それを打ち消したのは、アルテシア。
「友だちってさ。親友と呼べる相手って、どんな人だと思う?」
「え? な、なに」
「本当に悲しいとき、つらいとき、何時間だろうと、黙って一緒にいてくれる人なんだろうって、わたしは思うんだ」
「アル、テシア、そ、それって」
「ホグワーツに入学してから、ずっとだよ。ずーっといつも、わたしのそばにいてくれた人がいる。わたしには、そんな人がいる」
パーバティの表情が、明らかに変わった。べつにアルテシアでなくても、それは誰でもわかっただろう。
「ねえ、パーバティ。わたしに話があるんだったよね?」
「あ、うん。ええと、もちろんだよ。ええとね、そうそう、最後の課題のことなんだけど」
「最後の課題?」
違う、と直感的にそう思った。パーバティが話したかったのは、このことではない。だが、すでに課題が発表されていたのも事実。すっかり忘れていたが、ティアラはどうしたろうか。そういえば、第2の課題のときからティアラと会っていなかった。あのとき、アルテシアが医務室のお世話になっていたからだ。
「さっきまでここに、あのティアラって人がいたんだ。ほんとはアルテシアがいると、そう思ってたみたいだけど」
「ティアラ、か。そういえば、しばらく会ってないな」
「むこうは別に、そんなの気にしてなかったみたいだけどね。でさ、今度の課題は迷路らしいよ」
「迷路? それを通り抜けるってこと?」
「そうみたい」
そういえば、課題が発表されることになっていた日は過ぎている。課題のことよりも、魔法書を読むことのほうに意識が向いていたのは確かだ。
「巨大迷路の真ん中に、優勝杯が置いてあるらしいよ。成績順に時間差でスタートして、迷路を抜けて最初に優勝杯を取った人が優勝。もちろん、障害物とか呪いだとか、邪魔するものがたくさんあるらしいけど」
「なるほど。その迷路にわたしも入るってことなのね」
「そうだね。でも実際に優勝杯を取るわけにもいかないから、先着したほうが勝ちってことでどうかってさ」
「ふうん。でも、それって」
あまりに簡単すぎる、と言いそうにはなったが、なんとか言わずにすんだ。アルテシアにとっては、迷路に入らなくても優勝杯の位置を探すことができるし、場所がわかったなら、迷路を通らずに移動ができるのだ。そんなことは、ティアラも承知しているはず。ならば、なにか別の意味があるのか。
ともあれ、ティアラと会う必要があるとアルテシアは思った。
「ところでさ、アル。魔法のほうはどうなの? 迷路に入るんだとしたら、魔法使いまくりになるんじゃないの。そしたらさ」
「ああ、それは」
実際にやってみないとわからないのは確かだが、もう大丈夫のはずだとアルテシアは思っている。実際に最終課題が行われるときならなおさらだ。もちろん、自分でそう思っているだけだが。
「ありがとう、パーバティ。たぶんもう、そのことで心配かけることはないと思うよ。マダム・ポンフリーが喜んでくれるかどうかはわかんないけど」
「なにそれ。でも、それならよかった。安心したら、急にお腹がすいてきちゃったな」
「そういえば、夕食、まだだよね」
「行こう。まだ料理は残ってるはずだし」
空き教室を出て、大広間へと向かう。まだ夕食時間は残っているので、食べはぐれることはないはずだ。だがアルテシアの心の中に芽生えた不安のタネは、消えてはいなかった。