パチル姉妹にとって、放課後の空き教室に入り込み、ソフィアやアルテシアとおしゃべりをしながら夕食までの時間を過ごすのは、とっくに恒例となっている。もちろん、それぞれの都合などあって全員がそろわないこともあるが、できるだけ集まることにしていた。それぞれ、寮が違ったり、学年が違ったりしているからだ。
だがいま空き教室にいるのは、パチル姉妹とソフィアだけ。アルテシアがいないのは、まだ医務室にいるからだ。
アルテシアが、にじ色の玉から魔法書の欠けた部分を取り出すことを決めたこと。そしてそれを、すでに実行したこと。なにかあったときの用心のため、しばらく医務室で過ごすことになったこと。
3人とも、それらのことをマクゴナガルから聞かされている。医務室にも行かないようにと言われているので、いまは待っているしかないといったところだ。
「アルテシア、どうなったかな」
「ソフィア、何度も聞いて悪いとは思うんだけど、アルテシアはアルテシアのままだよね。ねえ、そうだよね」
「何度だっていいですよ。でも、答えは同じです。ぜんぜん、まったく、なんにも、問題ありませんよ。あたしは」
この問答は、何度も繰り返してきたことだ。そしてパチル姉妹がため息をつくのも、いつもと同じ。
「最後の、あたしは、が気になるんだけど。それがわからんかねぇ、あんたはさ」
「じゃあパチルさんたちは、たびたび倒れてもいいっていうんですね。だから、お見舞いに行こうともしなかった。そういうことですか」
「もちろん、違うよ。1人にしてあげたほうが、アルテシアはゆっくりと考えられると思ったから」
なるほど、と思わずそう言いそうになったが、代わりにソフィアは、ぐっと息をのんだ。そんなことは言いたくなかったのだ。なぜかはわからないけれど。
「けど、ソフィア。あたしたち、どうすればいいと思う? そりゃ、今までどおりが一番なのはそうなんだろうけど」
「やっぱり、気にしちゃうと思うんだよね」
「そんなの、あたしにもわからないです。でも大事なのは、なにがあってもそばにいることですよ。離れたりするのは、絶対にダメです。むこうに行けとか、近づくなとか、そんなこと言われたとしても、無視してそばにいることです」
「ちょっと。それって、そんなこと言うようになるってこと? アルがあたしに?」
「仮の話です、仮。心構えとして、言ってみただけです。でも忘れない方が」
その話の途中で、ガラッと音を立て、教室のドアが開かれた。3人が、一斉に音がした方へ目をむける。そこには、マクゴナガルが立っていた。
「お静かに。席に着け、とまではいいませんよ。いまは、授業中ではありませんからね」
「あの、すみません、先生」
「かまいませんよ。この教室の使用許可は、ずいぶん前に出してありますからね」
ドアを閉めたマクゴナガルが、ゆっくりと歩きながら、3人のところへ近づいてくる。
「先生、使用許可って?」
「アルテシアが、放課後の1時間くらい使ってもかまわないかと聞いてきたことがあったのです。わたしは、かまわないと答えておきましたよ」
「あ、そうなんですか。だから、ずっと使えてたんですね」
「そんなことより、あなたたちに話しておきたいことがあります。この時間ならここにいるだろうと来てみたのです」
教壇ではなく、生徒側の席にマクゴナガルが座る。ソフィアたち3人も、それぞれ適当な場所に座る。
「あれから10日ほど経ちますが、頭痛も含め体調面での問題はないようです。なのでマダム・ポンフリーとも相談して、今夜、アルテシアを寮へと戻すことにしました。ミス・パチル。ああ、お姉さんのほうですが、夜、医務室に迎えにきてくれますか」
「はい。もちろんです。夕食が済んだら、すぐに行ってもいいですか」
「いいでしょう。ほかの2人は、申し訳ないですが遠慮してください。明日からは、今までどおりでかまいません」
だが、アルテシアのようすは気になる。誰もがそれを聞きたかったし、当然、話がされると思っていた。だがマクゴナガルは、静かに席を立った。
「あ、あの、先生。待ってください」
「なんです?」
「アルテシアは、どんなようすですか。どこか、へんなところとか」
「そのことなら、なにも心配いりませんよ。なにも変わってなどいませんが、強いて言うなら」
あえてじらしている、とするのは考えすぎか。あるいは、なにか意味があるのか。マクゴナガルの顔が、軽く笑っているように見えた。
「そうですね。強いて言うなら、あの子の魔法書が、ぶ厚くなったということでしょうか。ずいぶんとページが増えたようです」
「えーっ!」
なんと言えばいいのだろう。3人ともに、ただ驚くしかなかった。だが考えてみれば、魔法書の欠落部分を補うものであるからには、こうなるのが当然なのかもしれない。
「あの子が言うには、読むのには、それほど時間はかからないそうです。すでに勉強を開始していますから、この先、頭痛に苦しむことはなくなるでしょう」
「時間はかからないといっても、どれくらいですか。ソフィア、あんた、わかる?」
「わかりませんよ、そんなの。でも、早いと思いますね。すでにアルテシアさまは、クリミアーナの魔女ですから」
「なんだ。じゃあ、あんまり心配しなくてもよかった? あたしたち」
それぞれが言い合うなか、マクゴナガルが手を上げて、それをやめさせる。
「あの子には、できるだけ魔法書を読ませてやりたいのです。授業中以外なら、どこで読んでもかまわないと言ってあります。あなたたちも、そのつもりでいてください」
「はい、わかりました」
「魔法書に興味を示す者もいるでしょう。べつに見られるのはかまいませんが、魔法書に関して説明などは一切不要です。アルテシアのじゃまもさせたくありません」
「まかせてください、先生。あたしがちゃんと」
ちゃんと見ています。そう返事したのはパーバティだけではなかった。
※
「こんなところでお勉強かね?」
こんなところ、とは、玄関ホールに続く大階段の中ほどのこと。そこに座り、本を開いているのがアルテシア。その横に寄り添うようにしているがパーバティ。そして、その2人を見下ろすようにしているのがダンブルドアだ。
「念のために言うておくが、お見舞いには行くつもりでおったのじゃよ。じゃが面会禁止でな。会わせてもらえなんだ」
アルテシアは、開いた本を閉じたりはせず、その目も本に向けられたまま。パーバティは、無言でダンブルドアを見上げている。ダンブルドアは、軽くため息。
「まあ、医務室のことはよい。こうして、元気でいるのじゃからな。それが、魔法書かね? こうして見るのは初めてじゃよ」
「校長先生。あたしたちは授業をサボっているわけではありません。この時間は」
「ああ、知っておる。ムーディ先生のご都合らしいの。ま、生徒にとっては授業がお休みとなるのは歓迎なのじゃろ?」
そう言って笑顔を見せたが、あいかわらずアルテシアは魔法書を読み続けている。その魔法書を、ダンブルドアがのぞきこむ。
「ふむ。さすがに難しそうじゃな。いったい、何が書いてあるのかね?」
そこで、アルテシアが顔を上げる。
「興味がおありですか?」
「ふむ。そうじゃと言うたなら、見えてもらえるのかな」
「いいですよ」
さすがにパーバティは、あわてた。本を閉じたアルテシアが、ゆっくりと立ち上がり、その本をダンブルドアへと差し出したからだ。ダンブルドアもとまどったようだが、本を受け取った。
「ちょっと、アル」
「いいのよ、パーバティ。見たいという人には見せてあげるのも、大事なことだと思ってるから」
「で、でも」
パーバティが心配しているのは、もちろんにじ色の玉と同じようなことになったら、ということだろう。もしくは、このままダンブルドアが持っていってしまうようなことになったら。
そんなパーバティの心配をよそに、ダンブルドアは魔法書のページをめくっていく。アルテシアも、軽くほほえんだまま、そのようすをみている。
「ふむ。何が書いてあるのか、さっぱりわからんのう。これは、これでいいのかね?」
「そうですね。初めての人には、そういうものかもしれません」
さすがのダンブルドアも、いきなり理解するのは難しいらしい。それでもページをめくっていたが、あきらめたのか、潮時とみたのか、本をアルテシアに返してきた。
「クリミアーナでは、この本を読んで魔法使いになる。そう聞いておるのじゃが、本当かね?」
「この本は、クリミアーナの娘が魔女となるためのものです。この本が読めなければ魔女にはなれないし、魔法が使えるようにならないとこの本は読めません。だから、一生懸命に学びます」
「ふむ。なにやら妙な言い回しではあるが、ならばわしには、その本が読めてもよさそうにも思うが」
「そうですね。校長先生なら読めるんじゃないかと、そう思っていたことは確かです」
「ほう。ならばわしは、もう少し読んでみる必要があるかもしれんのう」
ダンブルドアがそう言ったとき、パーバティが慌てたようにアルテシアの手から本をもぎ取った。そしてしっかりと抱え込む。それを見たダンブルドアが苦笑いを浮かべる。
「ははは、まあよい。ところで今夜、夕食が済んでからでよいが、校長室に来なさい。おいしいお菓子を用意しておこう」
「あの、わたしも、ですか?」
そう言ったのは、パーバティ。ダンブルドアが、にっこりとした顔をむける。
「もちろんじゃよ。合い言葉は蛙チョコレートにしておくからな」
※
「少し、よろしいですかな。マクゴナガル先生」
「ああ、スネイプ先生。かまいませんが、ここで、ですか」
「よければ、吾輩の研究室にご招待しますぞ。それとも、あなたの執務室にお邪魔しても?」
マクゴナガルが考えたのは、わずかの間。選んだのは、スネイプの研究室である。そこに行ったことはなかったし、自分の部屋よりもいまいる場所から近いというのが、その理由。
だがすぐに、マクゴナガルは後悔することになる。たしかに研究室には、いろいろと見るべきものはあった。だが肝心なものがなかったのだ。招待すると言ったはずなのに、紅茶の用意がされていない。
「ああ、なるほど。先生をお招きするときには必要なものでしたな」
「いいえ、べつに。それで、なんのお話です?」
「あの娘、寮へと戻ったようですな」
「ええ、体調も戻りましたので、そうしました。いちおう、友人たちには気をつけておくようにと言ってありますが」
「では、そろそろ3人で話すというころあいではないですかな。聞きたいこともありましてな」
ああ、それがあった。忘れていたわけではないが、後回しにしていたのは確かだ。こんなとき紅茶に手を伸ばしたくなるが、あいにくとここではできなかった。もしかするとスネイプは、それを狙っていたのか。そんなことが、マクゴナガルの頭をよぎる。
だがもちろん、それを表情に出すことはしない。
「そうですね。もう少し落ち着くまで待ちたいところではありますが、アルテシアとも相談してみましょう」
「それはそれとして、さっそくに校長があの娘を呼び出した、という話をご存じですかな」
「え! ダンブルドアがアルテシアを」
「その場を見ていた生徒がおりましてな。まあ、ムーディ先生であればともかく、ダンブルドアですからな」
それを止めることはせず、見過ごしたということだろう。果たして、本当に生徒が見ていたのかどうか。それはともかく、アルテシアを止めるべきか。それとも行かせるべきか。つかのま、マクゴナガルは考える。
「むろん、ダンブルドアの興味は魔法書にあるのでしょうが、それは吾輩も同じでしてな。どうでしょうか、先生。そのこと、あの娘と話をしてもよいですかな」
「ああ、それは。そうですね、無理強いはしないと約束していただけるのなら。どこまで話すかは、もちろんあの子次第ということにはなりますけど」
「それで結構。こちらで把握していることの、その確認ができればそれで十分ですからな」
「そうですか」
スネイプが、ときどきアルテシアと話をしていることくらい、マクゴナガルは知っている。だが魔法書に関する話題はされていない。マクゴナガルが、アルテシアにむやみに話すことはしないようにと言ってあるからだ。
「ところで、先生。この先、われわれはどうすべきなのですかな」
「は? なにがでしょう」
「ポッターとアルテシア、この両名に対しては常に注意が必要だと。たしかにそうなのですがね」
それは、ハリー・ポッターとアルテシア・クリミアーナ。この両人がホグワーツに入学するとき、ダンブルドアから出された指示。スネイプはハリーを、マクゴナガルはアルテシアを、それぞれ要注意対象としてほしいというもの。
「正直、吾輩はポッターよりもあの娘を見てきたような気がしますな。どうせなら、女の子の方がいい」
「おや、スネイプ先生からそのようなお言葉を聞くことになろうとは。お似合いではありませんよ」
「そうですかな。まあ、冗談はともかく、この先、見ているだけでは済みますまい」
「同じ意見です」
ぴくりと、マクゴナガルの右手が動いたのは、思わず手を伸ばそうとしてのことだろう。だがそれは、ムダなこと。ここには紅茶の用意はされていない。
「ですが、生徒の無事は保障されねばなりません。さしあたって気になるのはムーディ先生のことです。もちろん例のあの人のこともありますけどね」
「そう遠くないころ、ふたたび闇の帝王の名が魔法界にとどろくでしょうな。さて、そのとき我々はどうしているでしょうかな」
「わたしは、いまと変わらずにいたいですねぇ。アルテシアとともに魔法を学ぶのが、とても楽しいのです。このときを、あともう少しだけ。そんなことをよく考えていますよ」
「ほう」
「あの子も、もう4年生。あと半分ほどしかないのです。貴重な時間をジャマしてほしくはないんですけどね」
ヴォルデモート卿の復活は、そのジャマになる。マクゴナガルはそう思っている。では、そのジャマ者をどうすればよいのか。
「魔法を学ぶのが楽しい、のですか。なるほど。ところで、1つうかがってもよろしいですかな」
「なんでしょう」
「あの娘、いつもと違いますな。どこが、といわれても困るが、なにか違う。そうは思われませんか」
「あの子が、ですか。いいえ、あの子は、あの子です。どこもなにも、違ってなどはいませんよ」
「そうですかな。先日の医務室。その前と後とでは、変わった気がするのですが。よければ、本当のところを話してもらえませんか」
何度も言うが、紅茶の用意はされていない。だがもし、ここにそれがあったなら、それを一口飲んだあとであったなら、マクゴナガルの返事は、あるいは変わっていたのか。
だが、無いものはない。だから、マクゴナガルの返事も、変わることはない。いま彼女が彼に言いたいのは、この言葉だけ。
「それを話すのは、わたしではありませんよ、スネイプ先生。必要なら、そのうちあの子が話してくれるでしょう」
※
合い言葉は『蛙チョコレート』。それが校長室に入るときには必要だと承知していたが、パーバティは、その仕組みまでは理解していなかった。道を空けてくれたガーゴイル像の横をとおり、らせん階段を上る。
校長室へとやって来たのは、パーバティ1人。出迎えたダンブルドアは、さすがにおかしな顔をしたが、それでもパーバティを用意してある席へと案内する。
「どうしたのじゃね。なぜ1人で?」
「アルテシアは、まだ体調に不安があります。夜に寮の外に出るのは控えた方がいいと思ったんです」
「ふむ。それは、マクゴナガル先生の指示かね?」
「え? あ、そういうことじゃないです。あたしの判断です。アルテシアのことは、同じ部屋のラベンダーに頼んできました」
紅茶の香りと、いくつかのお菓子。ダンブルドアが言ったように、その準備はしてあった。だが肝心の相手は、来なかった。
「ふむ。まあ、よいじゃろう。実は、前にも来てもらえなかったことがあっての。どうもあのお嬢さんには、避けられておるようじゃな」
「そういうことじゃないんです、先生。ほんとに今夜は、ずいぶん疲れているようなんです」
「よいよい。では、キミと少し話をさせてもらおうかの」
いったい、なんの話があるのか。パーバティは緊張気味に、紅茶へと手を伸ばした。こんな状況でなければ、もっとおいしく感じられたのかもしれない。
「そう、緊張せずともよい。話というのは、そうじゃの、魔法書のことでいくつか聞きたいが。そのまえに、キミから見てどうかな。あのお嬢さんは、なにかあったのではないかね?」
「え!」
「いや、なにもないのなら、それでいいのじゃ。見たところ、以前とは違う気がしただけでの」
パーバティは、何も答えなかった。ダンブルドアは、そのまま話を進めていく。
「しかしまさか、わしに魔法書を見せてくれるとは思わなんだ。ミス・パチル。キミは、魔法書が読めるかね」
「いいえ。彼女が読んでるときにみたことはありますが、読もうとしたことはないです」
「そうかね。ではあれがどういう仕組みになっているかは知らぬということかな」
それにはうなずいてみせただけ。だがパーバティは、魔法書のことは知っている。知っているが、知らぬことにしたほうがいいと判断したのだろう。
「あの魔法書は、クリミアーナ家の魔女が残したものだと言われておる。それくらいなら、知っておるじゃろう」
「ああ、はい。それくらいなら。アルテシアの家に何冊かありましたけど、クリミアーナには優秀な魔女が何人もいたみたいです」
「ほう、何冊もあるのかね。キミは、あのお嬢さんの家に行ったことがあるのじゃな」
「はい。一度だけですけど」
「あの家は、あのお嬢さんだけじゃと聞くが、本当なのかね? 親類の人たちはおらんのじゃろうか」
「あ、それは」
頭をよぎったのは、自分の叔母のこと。だが、違う。たしかにクリミアーナと関係はあったのだろうけど、親類だったとは思わない。では、ソフィアは?
「どうかしたかね?」
「いえ。わたしの知ってる範囲では、そういう人はいないようですけど」
「そうかね。となれば、あのお嬢さんにもしものことがあれば、1000年から続くと言われる魔女の血筋は絶えてしまうことになるわけじゃ。ミス・パチル、そんなことを考えたことがあるかね。そんな心配をするのは、どこかおかしいのじゃろうかな」
「い、いえ、そんなことは。ただ、先生がご存じかどうかは知りませんけど、アルテシアのお母さんはそのために命をかけました。わたしはそう聞いています」
ダンブルドアの言うように、アルテシアになにかあれば、クリミアーナの血筋は絶えることになる。そしてアルテシアに、クリミアーナの未来を託したのが、その母マーニャ。
「ふむ。お母上のことを考えれば、なおのことじゃな。罪深いことをしているのかもしれん」
「え?」
「いや、未来を守らねばならんという話じゃよ。ところでミス・パチル、もちろんヴォルデモート卿のことは知っておろうな。例のあの人、などと呼ばれておる闇の魔法使いのことじゃが」
「あ、はい。それはもちろん」
「怖がらせるつもりなどないが、ヴォルデモート卿はやがて戻ってくる。あやつをなんとかせねば、安心の未来などはありえん」
ドキッとした。なにもパーバティは、ダンブルドアが呼んではいけないとされる名前を言ったから驚いたわけではない。アルテシアも同じようなことを言うことがあるからだ。
「いずれ、ヴォルデモート卿とは戦わねばならんじゃろう。そのためにいま、なにをするべきか。あやつを倒すために何が必要か。わしはの、ミス・パチル。そんなことを考えておるのじゃよ」
「あの、先生」
「ミス・パチル。今夜のことは、キミに感謝せねばの。キミがアルテシア嬢を連れてこなかったおかげで、こんな話ができる」
「え? でもアルは、本当に気分が」
「よいのじゃよ。キミたちにとっては、あのお嬢さんのものを取り上げたまま返さぬイジワルなじいさんじゃからの」
それは、にじ色の玉のことだ。パーバティはすぐに気づいたが、何も言わずにダンブルドアを見ている。このことでは、何も言わないと決めていたからだ。あの玉はすでに入れ替えが済んでいるのだから、いまさら何か言うのは得策ではない。
「ともあれホグワーツの校長として、わしは、なにができるじゃろうか。むろん、ヴォルデモート卿を止めるつもりじゃよ。なにがあろうと、そうせねばならん。じゃがそれには、たくさんの人の力が必要となるであろう」
「あの、それは」
「ハリー・ポッターのことは知っておるじゃろ。ヴォルデモート卿に両親を殺され、ハリー自身も殺されるところであった。じゃがなぜか、あやつのほうが力を失い、いわば消滅してしまった。そのときなにが起こったのであろうか」
ダンブルドアが、にこっとパーバティに微笑みかける。だがなぜこんな話をされているのか、パーバティにはまったくわからない。
「むろん、想像するしかないことじゃよ。そのヴォルデモート卿が、いかなる手段か知らんが復活してきたなら、自身が失脚する原因となったハリーを狙ってくることは十分に考えられる。それを考えたとき、いまもっとも気になるのが、魔法書なのじゃよ」
「先生、そんな話をわたしなんかにしてもいいんですか」
「いいとも。ぜひ、聞いて欲しい。わしがまだ若いころ、クリミアーナに魔法書というものがあるという話は聞いておった。それを、思い出したのじゃよ。そして考えた。あれをヴォルデモート卿が手にしたならどうなるか、とな」
ダンブルドアが見つめてくるが、パーバティは、何もいうことができなかった。実際にヴォルデモートは、魔法書を手に入れようとしてきたことがあるのだ。そのことを、パーバティは知っている。
「クリミアーナのことは、いろいろと調べておる。もちろん、ヴォルデモート卿を倒すためにじゃよ。それが魔法界の平和を守ることになるし、ハリーを助けることにもなる。ハリーを守りつつ、対抗する策を立てていこうということじゃな」
パーバティは、なにも言わない。ダンブルドアの話が続く。
「ヴォルデモート卿をめぐる騒動に巻き込んでしまうのは心苦しいが、魔法界のためには必要なことなのじゃ。むこう側に魔法書が渡ったなら、状況は明らかに不利となる」
魔法書とは言うが、つまりアルテシアのことなのだろう。パーバティは、そう思った。その理屈は分かるが、魔法界のために必要だったとしても、クリミアーナにとってはどうなのだろう。でもなぜ、それを自分に?
「そこで、お願いしたい。情報を提供してほしいのじゃ。ミス・パチル、キミが知っていること、気づいたこと、見たことを教えて欲しい。魔法書のこと、あのお嬢さんのこと。それがどんなことであろうと、ヴォルデモート卿に対抗するための役に立つじゃろう。魔法界の未来のために必要なことじゃ」
「でも、でも、わたし、よくわかりませんから」
「こう考えることもできる。もし、なにかあったなら1000年から続くと言われる魔女の血筋は絶えてしまうことになる、とな。ほれ、ムーディ先生もよく言っておるじゃろう。油断大敵、じゃとな」
アルテシアと一緒に来るべきだったのか。いっそのこと、来ない方がよかったのか。それとも、1人で来て正解だったのか。そんなことを思いつつ、パーバティは席を立った。
「今夜は、これで失礼します」
「ふむ、そうじゃの。気をつけてお帰り」
※
3校対抗試合の代表選手はクィディッチ競技場へと集合するように、というアナウンスがされた。いよいよ、最終課題の内容が発表されるのだ。
時間は、午後9時。なぜこんな時間に発表するんだろう、などと思いつつ、ハリーはロンやハーマイオニーと別れ、グリフィンドール塔をあとする。途中、玄関ホールのところでハッフルパフの談話室から出てきたセドリックに会う。
「やあ、ハリー。今度の課題はなんだと思う?」
「さあね。命がけのやつじゃなければいいんだけど」
そんなことを話しつつ、クィディッチ競技場へと歩いていき、スタンドの隙間を通ってグラウンドに出る。
「うわ! なんだいこれ?」
「いったい何をしたんだ!」
平らで滑らかだったグラウンドが、まったく別のものになっていた。暗くてはっきりとは見えないが、いたるところに曲がりくねった低い壁のようなものがあり、複雑に入り組んでいるのだ。
「これ、生け垣だよ。木を並べてつくってあるんだ」
「そうだとも。お気に召したかね」
暗いので気がつかなかったが、少し離れたところに、ルード・バグマンが立っていた。クラムとフラーの姿もある。ハリーとセドリックは、顔を見合わせると、とにかくバグマンたちのほうへと歩いていく。
「さあ、これでみんなそろったね。まずは感想を聞こう。どう思うかね?」
「なんだか迷路みたいに見えますけど、ここで何をしようっていうんですか」
その質問を待っていた、とばかりにバグマンがうれしそうに言った。
「では、発表しようかな。諸君らがいま目にしている生け垣は、あと1カ月もすれば6メートルほどの高さになるだろう。そのとおり、これは迷路だよ。最後の課題は、単純明快。迷路の中心に置かれた優勝杯を、誰が早く取るかの競争だ。最初にその優勝杯を手にした者が優勝となる」
「迷路を、通り抜ける?」
「そうとも。ただし、障害物がある」
これが肝心なところだと、バグマンは大きく手を広げながら叫ぶように言った。
「ハグリッドが、各所にいろんな生き物を配置する。もちろん、呪いを破らないと進めないところもある。まあ、いろいろと仕掛けがしてあるということだね。諸君らは、それらを突破しながら優勝杯をめざすことになる」
ただし、と人差し指を立てながら、ハリーとセドリックのほうに目をむける。
「迷路に入るのは、成績順だ。上位のものから先に入り、時間をおいて、次のものが迷路に挑む。そうすれば公平だ。しかも、全員に優勝のチャンスがある。さて、障害物をどう乗り越えていくか。キミたちの実力が試される。どうだね、おもしろいだろう」
おもしろいかどうかはともかく、課題の発表はこれだけだった。ハリーにとっては、図書館で迷路を抜けるのに役立ちそうな呪文を調べ、練習せよと言われたようなもの。第3の課題まで、あと1カ月。これからは、そんな日々が続くことになる。