ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第72話 「アルテシアの決断」

「あなたも、懲りない人ですね。そりゃ、いろいろと事情はあるんでしょうけど」

 

 目を開けたアルテシアを見おろすようにして、マダム・ポンフリーが笑っていた。アルテシアは、医務室で目を覚ましたのだ。

 

「頭はどう? 目が覚めたのなら大丈夫なんだろうけど、お母さんが心配してるわよ」

「え?」

 

 これは、夢なのか。アルテシアは、そう思ったに違いない。たとえ夢であったにせよ、母に会えるのなら会いたかった。だがこれは、夢ではなく現実。

 

「もちろん、母親がわりということですよ。母親きどり、のほうがいいかしら」

 

 つまりが、マダム・ポンフリーの冗談だったのだ。それに気づいたアルテシアが、ゆっくりと体を起こしていく。もちろん、悪気があってのことではない。それは分かっているが、この冗談は、つらすぎた。

 

「スネイプ先生が運んでくだすったのよ。少しは覚えてる?」

「ああ、いえ。そうだったんですか」

「なにがあったの? あなたをここに寝かせたあとでマクゴナガル先生がスネイプ先生と話をされてたけど、わたしはなにも聞いてないのよね」

 

 なにがあったのか。それを知りたいと思っているのは、アルテシアも同じだった。強烈な頭痛に耐えきれずに意識を手放したあと、どうなったのか。えら昆布は取り戻したはずだが、それがハリーの手に渡ったのか。対抗試合の第2課題はどうなったのか。

 

「でもその話は、マクゴナガル先生が来てからでいいわよ。どうせその話になるでしょうから、あなたにとっては二度手間になる」

「ええと、いまは」

「もうすぐお昼になるところ。面会禁止にしてあるけど、マクゴナガル先生は来ると思うし、来たら会わせないわけにはいかないわね。なにしろお母さんのつもりなんですから」

 

 そう言って軽く笑ってみせる。アルテシアも笑みを返したが、正直、1人になりたかった。1人になって、じっくりと考えたかったのだ。母親きどりのマクゴナガル。もちろん心配してくれることはありがたい。感謝こそすれ、不平不満などあろうはずもなかった。でもそこに、魔法書による影響があるのだとしたら。

 

「それより、対抗試合の結果が知りたいんじゃない? あなたを診たあとここに寝かせて、わたしは対抗試合の会場に行ったの。湖のそばで待機してなきゃいけなかったからね」

「ああ、そうですよね。それで、ハリーはどうなりましたか?」

「一番うまくやったんじゃないかしら。他の選手の人質まで助けちゃったみたいだけど」

「人質? 奪われたものって、人だったんですか?」

「そうなのよ。水中人から人質を取り戻す、なんて課題はどうかと思うけど、ケガ人はなし、おぼれた人もいない。わたしは、なにもすることがなかったわ。選手は大変だったでしょうけど」

 

 ではえら昆布は、ちゃんとハリーの手に渡ったのだ。そのことに、アルテシアはほっとする。ハリーに協力を頼まれたときは、驚きもしたし迷いもした。断ることすら考えた。でもこうして、無事に課題を乗り切ったという話を聞くと、良かったのだと思う。

 

「セドリック・ディゴリーが『泡頭呪文』で湖に入って、最初に人質を連れて戻ってきましたよ。トップということで47点」

「泡頭呪文、ですか。ふうん、それで息は大丈夫だったんだ。酸素切れにはならなかったんですね」

「みたいね。ハリーはほかの人質も連れて帰ってきたから、少し遅れて45点」

「人質って、誰だったんですか?」

 

 セドリックの場合は、レイブンクローのチョウ・チャンだ。ハリーはロンであり、ダームストラングのビクトール・クラムが、ハーマイオニー。そしてボーバトンのフラー・デラクールが、妹のガブリエル。

 フラーも泡頭呪文を使ったが、水魔に襲われて人質を取り返すことができず、得点は25点に終わっている。そのフラーの人質であるガブリエルをも奪い返してきたハリーは、他の人質を見捨てなかったという点が評価されての45点だ。クラムは、変身呪文によりサメとなってハーマイオニーを救ったが、得点は40点だった。

 ちなみに最終の第3課題は、6月24日の夕暮れ時に行われることになっており、課題の内容はその1カ月前に代表選手に伝えられる予定だ。

 

「でもほんと、無事に終わってよかったわ。アルテシアさん、あなたも含めてね」

「え?」

「どうせあなたも、なにかしたんでしょ。じゃないと、1日半も寝込むことにはならないわよね」

「あ、ええと。そんなことは」

 

 ごまかそうとしたアルテシアだが、そんなことをしてもムダだった。魔法の使いすぎでこうなってしまうことは、すでにマダム・ポンフリーには知られている。なので、いまさら何を言ってもごまかすことなどできはしない。

 

 

  ※

 

 

「アルテシア、例のにじ色の玉のことなのですが」

「もう少し待って下さい、先生。もうちょっとだけ考えさせて下さい」

「これ以上、何を考えるというのです? こうしてまた倒れてしまった以上、すぐにもやるべきです」

「はい。それは、そうなんですけど」

 

 昼休みとなってすぐ、医務室にマクゴナガルが顔を見せた。いちおう面会禁止ではあるのだが、アルテシアの目が覚めた以上、こうなることは必然というものだ。マクゴナガルが、ベッドのすぐ横に椅子を置いて座る。

 

「体調は、どうなのです。頭は? もう、こんなことにはケリをつけておくべきだと思いますがね」

「わかっています」

「スネイプ先生から、おおよその話は聞いています。その件で、改めて3人で話をする必要性を感じていますが、かまいませんね」

「ええと」

「まさか、覚えていないと」

 

 そういうわけではなかったが、マクゴナガルになんの相談もせずにスネイプのまえで魔法を使ってしまったことが、申し訳なかったのだ。マクゴナガルと約束している魔法の使用制限に関する取り決めでは、必要だと思ったときは使ってよいということになっている。いつしかそういう内容へと変わってたはいたが、相談したほうがよかったのは確かだろう。

 そのことを正直に告げ、アルテシアは頭を下げる。

 

「そのことは、もう気にしなくてよろしい。スネイプ先生に聞いたところでは、何かしているのはわかっても、具体的に何が行われているのかまではわからなかったそうです。わたしも、わからないと言っておきました。それでいいのではありませんか」

「でも先生。いま思えば、なんでわたし、あんなムチャなことしたんだろうなって。スネイプ先生は、きっと誰にも言わないでいてくれたはずなのに。そしたら、倒れることもなかった」

 

 スネイプの研究室でアルテシアがしたこと。それは、にじ色の玉を取り戻したときとほぼ同じである。だが決定的に違っていたのは、そのすべてを、光の操作を併用することでスネイプには見えないようにしたことだ。だからといって、気づかれていないとはアルテシアは思っていない。

 アルテシアには、スネイプからなにかを隠し通せるという自信などはない。だがたとえ、何かしていることはわかったとしても、何をどうしているのかまではわからないはずだし、気づかないふりをしてくれると考えたのだ。

 だが当然の結果として、余計な手間がかかる。時間を操ることだけでも大変なのに、そこにスネイプの目をごまかすという手段が加わるのだ。しかもそれらを、スネイプと話をしながら進めねばならなかった。加えてアルテシアは、えら昆布を盗んでいった人物までをも特定しようとしたのである。

 

「そのことですが、あなたがそうしたことは、わたしは正解だったと思っていますよ」

「え?」

「スネイプ先生は、デス・イーターでした。もちろん過去のことですし、これまでそのことを気にしてもこなかった。ですがいま、なぜかそのことが気になるのです。ならば、隠せることは隠しておいた方がいいのです」

「それは、どういうことですか」

 

 マクゴナガルは、何も言わない。何も言わず、ただ、アルテシアを見つめている。どこか心配そうにも見えるその目で、ただ、アルテシアを見ている。アルテシアもまた、その目をじっと見ていたが、ふっと目を伏せ、軽く深呼吸。

 

「マクゴナガル先生。えら昆布を盗んだのは、ムーディー先生でした」

「え? なにを。ムーディー先生がえら昆布を? 見間違えたということはありませんか」

「それは、ないです。よく確かめましたから。頭痛はひどかったですけど、見間違えたりはしてません」

「スネイプ先生に、そのことを話しましたか?」

「いいえ、まだです」

 

 アルテシアが覚えているのは、そのムーディーからえら昆布を取り戻したところまでだ。正確には、自分の手元にえら昆布がやってきたことを確認してはいないのだが、その時点で意識を失い、気づいたときは医務室にいたのである。そのときから、スネイプに会っていないので、当然、話せてもいない。

 

「そのことも含めて、話をしましょう。どうやら、単なる盗難事件ということではなさそうです」

「どういうことなの、ミネルバ?」

 

 この疑問は、アルテシアではない。言ったのは、マダム・ポンフリー。そういえばここは医務室であり、アルテシアはいちおう面会禁止とされている患者だ。マダム・ポンフリーがいても不思議ではない。ずっと静かに話を聞いていたマダム・ポンフリーだったが、思わず声が出てしまったのだろう。

 マクゴナガルは軽くうなずいてみせただけで、話を続ける。視線は、アルテシアに向けられている。

 

「デス・イーターの人たちのあいだでは、特殊な通信手段があることが知られています。近い将来、例のあの人が復活する。まさにいま、そうなりつつあるのだと聞いています」

「まさか、そんな。ああ、でもやっぱり、戻ってくるんですね。そうなると、どうなってしまうのかしら」

 

 マダム・ポンフリーの言葉には応えず、マクゴナガルはじっとアルテシアを見ている。アルテシアもマクゴナガルを見ている。

 

「スネイプ先生は、危険性を指摘されています。それが、あなたにも及ぶかもしれないと」

「えら昆布のことは、関係があるんですか」

「そういうことです」

「あ、でもミネルバ。ムーディー先生は、デス・イーターたちと戦ってこられた方ですよ」

 

 そこでマダム・ポンフリーの指摘が入るが、それでもマクゴナガルの視線は動かない。だがもちろん声は聞こえているので、会話は続いていく。

 

「いまはまだ、何もわかりません。それがあの人の復活とどうつながるのかなど、何もわかってはいないのです。ハリー・ポッターを対抗試合に引きずり込んだのも、そこに関係しているはずです。そう考えるべきなのです。アルテシア、覚えていますよね? あの人は、あなたの魔法書を欲しがっていた」

 

 アルテシアは、何も言わない。

 

「あなたもいずれ、無関係ではいられなくなる。スネイプ先生のご意見ですが、わたしもそう思っていますよ」

 

 なおもマクゴナガルは、じっとアルテシアを見つめる。そうすることで、あのにじ色の玉の処置について、決断を迫っているのだ。そこには、直接的な表現よりも効果的だとの判断がある。もちろんアルテシアとて、にじ色の玉の件はちゃんと考えている。いつまでも悩んではいられないということも、もちろんわかっている。

 実はマクゴナガルは、アルテシアが何を悩み、なぜためらっているのかを知っている。パチル姉妹もそうだし、ソフィアもだ。ソフィアなどは、より深いところまで承知しているかもしれない。それが、魔法書に関することであるからだ。

 クリミアーナの娘は、魔法書を学ぶことで魔女になる。これは、動かせない事実である。そしてその魔法書は、クリミアーナの魔女が、自身の生涯において得た知識や魔法力のすべてを詰め込んで作ったもの。これもまた、疑いようのない事実なのである。

 魔法書から知識を学びとり、魔法力を習得していくのであるから、その過程で魔法書を作った魔女の影響を強く受けることになるであろうことは、容易に想像できる。だがもちろん、その魔法書を作った魔女そのものになってしまうということではない。

 そこから学んだことが、自身の考え方や行動に反映されているといういうこと。程度の差はあれその影響を受け、少しずつ変化もしていくだろう。それがつまり、経験や成長というものなのだ。

 アルテシアは、3歳のときから魔法書による勉強を続けてきた。すでに魔法の力にも目覚めている。だが、その魔法書には欠落した部分があったのだ。そして、それがいま、手元にある。

 すぐにもそれを修得するべきか。あるいは500年前の先祖のように、にじ色の玉のままで保管しておくべきなのか。

 アルテシアは、そのことを考え続けている。容易に決断ができないのは、魔法書から欠落した部分が『失われた歴史』と呼ばれてきたものであるとわかったからだ。それが欠けているがため、魔法使用に関してあれほどの影響を与えるのだから、単なる『歴史』などではないはずだ。

 アルテシアは、そう考えている。ホグズミードで、そのことに気づかされたのである。

 いったいそこには、どれほどの知識が詰め込まれているのか。もしかすると、アルテシアの知らない魔法だってあるかもしれない。そしてそれらを学んだとき、新たに押し寄せてくることになる、おそらくは膨大な量となるであろう知識は、アルテシアの考え方や行動に、どんな影響を与え、どんな変化をもたらせることになるのか。

 なにもかわらない、かもしれない。だがおそらく、500年前の先祖はそのことを心配したのであろう。それでもアルテシアはアルテシアであり、アルテシアのままである。その点に変わりはないが、はたしてそのとき、友人たちは今と変わらずに接してくれるのか。変わらずに接していられるのか。

 そのことは、アルテシアにとっては切実な問題なのである。それに、気になることはもう1つある。なぜ『失われた歴史』は、魔法書から欠落したのかということだ。これまで想像してきた理由とは違う何かが、そこにあるのだとしたら。

 

「アルテシア、話を聞いてるのですか?」

「え? ああ、すみません。ちょっと考えごとを」

「そのようですね。授業中でもたまに、そんなあなたを見ることがあります。そんなことでは、授業に出ても意味はありませんね」

「え?」

「考えたいことがあるのなら、じっくりと考えなさい。何日かかろうが、かまいません」

 

 ちらと、マクゴナガルがマダム・ポンフリーをみる。苦笑いを浮かべたマダム・ポンフリーがゆっくりとうなずいた。

 

「いいですよ。それで頭痛が治るのなら、何日でも」

「とにかく、ちゃんと考えていきましょう。あなたのために一番良いことを」

 

 そんな2人を見ながら、アルテシアは思った。答えは自分の中にある。自分のやることなど、決まっているのだ。アルテシアは、心を決めた。

 

 

  ※

 

 

 医務室でのアルテシアたちの話がだんだんと終わりに近づこうとしているころ、ソフィアは、廊下を歩いていた。その横には、なぜかティアラの姿がある。2人とも医務室へと行く途中であり、ぐうぜん廊下で出会ってしまったのだ。ソフィアのあとからティアラが追いついてきて、横に並んだところである。

 

「行き先は同じ、なんでしょ。なら一緒、でいいよね」

「お好きにどうぞ」

「ねえ、ルミアーナ。あなたはどうして、ホグワーツになんか入学したの?」

「そんなの、どうでもいいでしょ。それより、第2の課題は、どうなったんです?」

「ああ、あれはあの人が医務室なんてところに逃げ込んで会場に来なかったんだから、わたしのせいじゃないよ。せっかく用意してたのに、わたしの不戦勝ってことになるね」

「そんな」

 

 思わず、抗議の声を上げようとしたのだろう。だが、そんな興奮気味の声も、そこまでだった。目的地である医務室の、その入り口の前に、見知った3人組がいたからだ。3人組も、ソフィアたちに気づいた。

 

「ああ、あなた、よくアルテシアと一緒にいる子でしょ。ねえ、名前なんだっけ」

「たしか、ソフィアだったと思うよ。ねえ、キミ。そうだよね」

 

 ハーマイオニーと、そしてロンだ。もう1人は、ハリー。3人がいつからここにいたのかはわからないが、ただ、医務室の入り口の前をうろうろとしていた。

 

「そうですけど、皆さんは、何をしてるんですか」

「ちょっとね。いま、マクゴナガル先生がなかにいるんだよ。入りづらくて」

「ああ、そういうことですか。だったら、談話室に戻ればいいのに」

「なんだって」

「やめなさい、ロン。そんなことでは、話もできないわよ」

 

 なにもロンは、怒ったりしたわけではない。口調はいつものものであり、言いがかりのようなものだったが、ハーマイオニーにそのことを気にしたようすはない。話のきっかけにした、といったところだろう。

 

「ねえ、こないだのホグズミード行きの日だけど、どこに行った?」

「はぁ? なんです、それ。わたしがどこに行こうと、そんなのいいじゃないですか」

「そうだけど、あの日、あなたたちを見たの。あの家にいたよね? ねぇ、あの家には何をしに行ったの? あの家は、なに? そのことを聞きたいんだけど」

「あの家、がなんのことだかわかりませんけど、あとにしてもらえませんか。いまはアルテシアさまをお見舞いしたいので」

 

 そのとき、あきらかに空気が変わったことに、ソフィアは気づいた。まさか、自分がなにか不用意なことを言ってしまったのか。そんな気がしたものの、すぐに頭の上から、ほとんど抑揚のない冷たい響きを持つ声がした。

 

「おまえたち。こんなところにいてはいかんな。すぐに去れ」

 

 スネイプだった。いったい、何をしに来たのか。誰もが返事をすることなく、ただ、スネイプを見ているだけ。誰も、その場から動けないようだ。スネイプが、ゆっくりと生徒たちの顔を見ていく。

 

「ほう、ボーバトンの生徒だな。なぜ、ここにいる?」

「知り合いに付き添ってきたんです。1人では怖くて行けない、と言うので」

 

 と言いつつ、ティアラがソフィアを見る。もちろん言い返そうとしたソフィアだが、今度は自分に向けられたスネイプの視線に、開きかけた口を閉じた。

 

「おまえも、医務室くらいは1人で行けるようにならねばな」

「あ、あの。スネイプ先生」

「おうおう、そこにいるのはハリー・ポッターか」

 

 それでも何か言おうとしたソフィアだが、すでにスネイプの関心は、ハリーへと移っていた。

 

「自分は、学校中の期待に見事に応えた。そう思っておいでなのだろう。違うか?」

 

 ハリーは、何も答えない。ハーマイオニーがローブを引っ張って、ハリーに目配せする。何も言わないように、ということだ。

 

「だがそれも、吾輩の研究室から無断で持ち出されたえら昆布があったからこそ、だ。そうだな、ポッター」

「なんだよ、それ。ハリーが盗んだっていうのか」

 

 思わず言ってしまったに違いないロンの言葉には、ただ鋭い目を向けただけ。スネイプは、何も言わなかった。ハリーが、顔を上げる。ハリーはまだ、えら昆布を手に入れた顛末をロンやハーマイオニーに話してはいなかった。

 

「わかってる。だから来たんだ」

「たしかおまえは、自分ではゴブレットに名前を入れていないと言ってたな」

「それがどうした」

「もう少し、言葉遣いというものを勉強してほしいものですな。それとも、ヒーローにはそんなもの、必要ないというわけか」

 

 またもハーマイオニーが、ハリーのローブを引っ張る。おかげで何も言わずにすんだが、スネイプをにらむことは忘れなかった。

 

「えら昆布がなければ、おまえは課題を棄権するしかなかったはずだ。あれなしでは、とても勝利など望めなかった」

 

 じろりと、さらに鋭い目をハリーにむけるスネイプ。その威圧感に、ハリーがふっと目をそらす。

 

「よく聞け、ポッター。何者が名前を入れたにせよ、えら昆布を盗んだものが何者であるにせよ、だ。その者は、おまえに優勝してほしいと望んでいるのだ」

「どういうことだ」

「わからんか。さしもの英雄も、おわかりにならんのか。さてさて、困ったことだ」

 

 大げさに両手を広げ、頭を左右に振る。いまにもハリーが、いやロンが怒り出すのではないかと、そんな心配がハーマイオニーを包み込もうとしたとき、医務室のドアが開いた。中から出てきたのは、マクゴナガルだ。

 

「なんの騒ぎなのです。お昼休みはもうじき終わりですよ。さあ、教室へと戻りなさい」

 

 それで素直に引き上げていくような者たちではなかった。スネイプよりは話しやすいと思ったのか、ハーマイオニーなどは、さっそくマクゴナガルの前へ。

 

「先生。アルテシアなんですけど」

「心配はいりません。原因はいつもの頭痛です。今はそれも治まったようですが、今夜は医務室です。マダム・ポンフリーが、そうおっしゃられました」

「じゃあ、会えますよね」

 

 もちろん、アルテシアにということだ。だがそれに答えたのは、マクゴナガルに続いて顔をのぞかせたマダム・ポンフリーだった。

 

「ごめんなさいね。いまは、ダメなのよ。お見舞いは許可できません」

「なぜですか。なおったんじゃないんですか」

「アルテシアさんの頭痛をなんとかするためには、ゆっくりと考える時間が必要なんですよ。とにかく今日はダメです」

「でも、アルテシアに確かめておきたいことがあるんです。なんとかなりませんか」

 

 なおも食い下がってはみたものの、マダム・ポンフリーはあくまでも許可を出さなかった。

 

 

  ※

 

 

「おかしいと思わない? どうして会わせてくれないのかしら。なにかあるのよ、きっと」

「けど、仕方ないだろ。調子が悪くてダメだって言われりゃ、あきらめるしかない」

「違うわ。マダム・ポンフリーは、考える時間が必要だって言ったのよ。考える時間がね」

「どういうことだい?」

 

 いまは、薬草学の授業中だ。ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は、スプラウト先生からの指示でブボチューバーと呼ばれる腫れ草から『膿を集める』作業をしているクラスメートたちを尻目に、ひそひそ話。

 結局3人は、医務室から引き返すしかなかった。それは、ソフィアやティアラも同じだった。

 

「その前にハリー、えら昆布だけど、どうやって手に入れたの?」

「ああ、それは。もちろん、ちゃんと話すよ」

 

 あのときロンとハーマイオニーは、第2課題での人質となっていたので、その場にいなかった。それに課題をクリアしたあとは、グリフィンドール生たちからの歓迎を受けるなどあって、話す機会がなかったのだ。いちおう授業中なので、そのあらましを説明する。

 

「じゃあ、アルテシアなのね。えら昆布を取り戻したのは」

「そうだと思うよ。ぼくは外にいたから実際には見てないけど、スネイプと交渉して、取り戻したらえら昆布がもらえることになったんだ」

「でもおかしいよな。えら昆布はその前に盗まれてたんだろ。研究室にはないはずだ。なのにどうやって取り戻したんだ?」

 

 3人ともに、そんな方法など思いもつかない。ただ、顔を見合わせるだけ。だがこれでは、話が進まない。

 

「とにかく、アルテシアはえら昆布を取り戻してるわ。なにかの魔法なんだろうけど、倒れたのはそのためってことになる」

「ああ、そうだ。そういえば、そんな話を聞いたことがある。魔法を使うと体調を悪くするので、魔法を禁止されてるって」

 

 そのことをすっかり忘れていたハリーだが、たしかにそんな覚えがあった。あれは本当だったのかと、今さらながらに思う。ハーマイオニーの目がキラッと光った、ような気がした。

 

「じゃあ、あのときもそうだったんだわ」

「あのとき?」

「シリウスを助けたときよ。あのとき、アルテシアは医務室で寝てたでしょ。あれって、シリウスを助けるために魔法を使ったからなのよ」

「でも、ハーマイオニー。アルテシアが医務室で寝ていたのは、シリウスが捕まる前からだったじゃないか」

「ええ、そうよ。でもあのとき寝ていたのは、シリウスを助けたあとのアルテシアだって考えればどう? 全然おかしくないわ。あの子は逆転時計の魔法が使えて、それを使うと寝込んじゃうってことで説明できる。えら昆布のことだって、時間を戻せばいいのよ」

「ああ、そうか。じゃあやっぱり、シリウスの言う女の子はアルテシアだよね」

 

 ハリーたち3人が医務室へと行ったのは、シリウスが手紙に書いてよこした女の子がアルテシアなのかどうかを確かめるためだった。

 ハリーは、シリウスとふくろう便などで連絡を取り合っている。3校対抗試合に関する話が主体ではあるのだが、もちろん話題はそれだけではない。ハーマイオニーにはかねてから疑問に思っていたことがあったし、ハリーもまた、自分の母親に親友がいたという話を、もっと詳しく聞かせて欲しかった。だがなぜか、シリウスはあまりこの話をしたがらなかった。それでも、何度も繰り返し尋ねた結果、ようやくにして、シリウスがある女子生徒のことを手紙に書いてきたのだ。しかも、できれば友だちになってやって欲しいというのである。

 その生徒について、ハリーはいろいろと質問を返した。その結果わかったことは、名前が不明であること、どうやら身体が弱そうであること、ハリーの母親の親友の娘であること、娘だけあって外見はそっくりであったこと、などだ。あの人の娘であれば、なにかあったとき助けてくれるだろうし、なにかあればハリーがあの子を助けてやればいい。シリウスは、そんなことを言ってきたのだ。

 あれこれと3人で話した結果、その女子生徒はアルテシアではないのか、ということになった。決め手となったのは、シリウスがその女子生徒と会った場所。シリウスは、ホグワーツの西塔の部屋に監禁されたとき、その部屋で、その生徒と会っている。

 

「もう、そうとしか考えられない。改めて確かめる必要なんてないわ」

「たしかに、そうだけど」

「あの子、本当はいろいろと難しい魔法が使えるんだわ。授業のときはぱっとしないのに」

「魔法薬学なら、一番だけどな。キミより上だぜ」

「だからなによ、黙んなさい。でも、不思議だと思わない? わざとそうしてるとは思わないんだけど」

「得意なことや苦手なことは、誰だってあるもんさ。そういうことじゃないのかな」

「いや、たぶん倒れたりしないようにってことだよ。ぼくはそう思うけど」

 

 2人の意見はもっともだが、ハーマイオニーは考え込むようなそぶりをみせた。そのハーマイオニーに、ロンが一言。

 

「キミってたしか、アルテシアとは同じ部屋だったよな。聞いてみればいいじゃないか」

 

 それが余計な一言であったのは、ハーマイオニーの顔を見ればわかるだろう。なんとも険しい表情をしてみせたが、それも一瞬のこと。うかない顔となって視線を向けた先には、少し離れたところで作業しているパーバティーの姿があった。

 

「わかってるんだけど、いろいろとあるのよ。もうずいぶんアルテシアとは話せてないの。なんだか気まずくて」

「ほんとかい、それ。まあ、ボクらも似たようなもんだけど、キミは違うと思ってた」

「もちろん、アルテシアとは友だちよ。あたしは、そのことを忘れてないし、疑ってもいない」

 

 もちろんアルテシアだって、同じ気持ちだろう。ハーマイオニーはそう思っている。だが、なにか重苦しい空気のようなものがあるのも確かなのだ。闇の魔法、という言葉が頭に浮かぶ。いつからだろう、そのことが気になり始めたのは。

 

「でもアルテシアには、わたしたちの知らない秘密がある。なにか、秘密があるのよ。魔法書のことだと思うけど、このことを知っておかなきゃいけないわ」

 

 それがなぜかは、言うまでもない。ハーマイオニーはそう思っている。もちろん、これからも友だちでいるために、である。だがそれを口には出さず、ハリーを見る。

 

「マクゴナガルは、全部知ってるんだと思う。たぶん、スネイプも」

「え! スネイプがなんだって?」

 

 なぜ、ここでスネイプの名前が出てくるのか。ハリーとロンは、訳が分からないとばかりに、互いの顔を見る。ハーマイオニーが、あきれたようにため息をついた。

 

「もういいわ。でもね、ハリー。えら昆布を盗んだ犯人は、あなたの名前をゴブレットに入れた人と同じよ。その人は、あなたを優勝させるためにそんなことをしたの。スネイプもそう言ったでしょ」

 

 スネイプが何を言ったかなんて、ハリーもロンも、まったく覚えてはいなかった。そんなことなんて、どうでもよかったのだ。

 

「思うんだけど、あなたが優勝したとき、何かあるんじゃないかしら。スネイプは、気をつけるようにと言いたかったんじゃないかって、あたし、そう思うのよ」

 

 そのハーマイオニーの考えは、もちろん、ハリーとロンには相手にされない。スネイプが心配してくれてるって? そんなことあるもんか、といった調子である。ハーマイオニーのみたところ、ハリーとロンの顔には、はっきりとそう書いてあった。

 


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