同時に、ちゃんと書かないとって意識も生まれてきております。年内はこれで最後になりますが、年明け早々、というかすぐに続きをアップしたいと思ってますんで、これからもよろしくネ。
「先日、飛行訓練のおりにちょっとした事故があったそうですな、校長」
セブルス・スネイプは、ゆっくりと校長室を歩き、ダンブルドアの前までやってくる。
「その事故のおかげとはいいませんが、グリフィンドールに1年生のシーカーが誕生することになったとか」
「ふむ。あいかわらず情報は早いし正確じゃの。そのとおりじゃよ、セブルス。ケガ人も出たようじゃ」
「ダンブルドア校長。そんな異例の出来事のうらで、こんなうわさがあるのをご存じか」
「うわさ、じゃと」
テーブルを挟んで向かい合わせに座る。とくに飲み物など用意されてはいないが、どちらも、その準備をするつもりはないらしい。そんなことより、話が優先というわけだ。
「グリフィンドールの1年生アルテシア・クリミアーナは魔法が使えない、というものなのですが」
「なんと、そんなうわさがあるのかね」
「あるのですよ、校長。まさか、ご存じなかったと?」
「いや、そういうわけでもないが」
「今日は、そのうわさの真偽について。すなわち、あの娘の魔法についてうかがいたいと思っているのですがね」
互いの視線がぶつかる。その数秒後、先に目を伏せたのはダンブルドアだった。
「なぜそんなことを気にするのかね。アルテシアは、スリザリンの生徒ではないぞ、セブルス」
「いかにも。スリザリンの生徒でないからこそ、ひとまずこうして校長室を訪れているのですぞ」
「さもなくば、直接本人に確かめておる、ということかの」
「むろん、お許しがあればそうしますが。それで、どうなのです。大きな問題となりかねませんぞ」
「ふむ」
ダンブルドアの視線がうごき、ふたたび互いの視線がぶつかる。スネイプは、わずかにほほえんでみせた。
「あの娘が、魔女でないはずはない。魔法が使えないフリをしているのは、なにか秘密があるからでしょう。それを話していただきたいものですな」
「いいや、セブルス。秘密などはなにもないのじゃ」
「ほう、ではうわさは真実だというのですな。あの娘は、まこと魔法が使えないと」
「そうじゃ、それを否定はせぬよ。だがの、セブルス。それだけですべてを判断せぬことじゃ」
しばしスネイプは考える。無言のままにダンブルドアをみる。そして。
「わかりました。聞けば、マクゴナガル先生に見守るようにと命じておられるのだとか。それだけでも、あの娘になにかあることは明らか。なのに、なぜそれを吾輩に話してくれないのか。ともあれ吾輩も、もっとよく気をつけて見ていくとしましょう。正しい判断ができるように」
席を立つ。だがダンブルドアは、スネイプを引きとめる。
「待て、セブルス。そなたには、クィレル先生を探るようにと・・」
「むろん、覚えておりますよ。いまもっとも疑わしいのは、あやつ。あの男もなにやら隠し事をしている。ですが校長、それが何かも、あなたは知っているはずだ。それを教えてくれれば話は早いのですがね」
「わしとて、全てが分かっているわけではない。じゃがおそらくは、ヴォルデモート卿の復活に手を貸そうとしているのじゃろうと思っておる。狙いは賢者の石。あの石を狙っておるのじゃろうの」
「ならば、あなたがその手に握りしめていればどうです? そうすれば誰にも奪えない」
「かもしれんが、ずっとそうしているわけにものう。ともあれ、ハリーのこともあるしの。はてさて、どうするのが一番よいのかまだ答えが出せぬ。情報不足であることに間違いはないじゃろ」
そこでスネイプは、フンと鼻をならしてみせた。嘲笑のような笑みとともに。
「では情報を提供しましょう。ご存じですかな、ダンブルドア校長。アルテシア・クリミアーナは、魔法に関する知識は優秀であり、どの生徒よりも、いやもしかすると我々教師陣に近いものを有しているのかもしれない。だが実技に関しては、まったくの正反対。なにひとつできはしないのです」
「ふむ」
「スクイブか、それともマグルなのか。いずれにしろ級友たちからは浮き上がり、白い眼でみられ、仲間はずれとなりつつあるのです。この先、学校を辞めるような事態にならないとも限らない」
「そのへんは、マクゴナガル先生がうまくやってくれると思うがの」
またもスネイプは、鼻をならす。あたかも、ダンブルドアがなにもわかっていない、とでも言うかのように。
「問題の本質は、あの娘が魔法を使えないという点にある。いくらマクゴナガル先生でも、ごまかしきれるものではない」
「むろん、ごまかせるとは思わん。そもそも、ごまかす必要などない」
「ほう。ではあの娘のことは放っておくつもりだと」
「そうではない、セブルス。さきほども言うたはずじゃ。マクゴナガル先生がうまくやってくれると」
まっすぐにダンブルドアに向けられていた視線が、数秒の時を経て、途切れる。やれやれといったふうに頭を振り、ダンブルドアに背を向けたのだ。
「帰るのか、セブルス。なにをそこまで、気にしているのじゃ」
「校長、あの娘は、魔法薬の作り方を母から伝授されている。なるほど、授業では見事に薬を作って見せた。ではその母は、いかにして魔法薬の作り方を学び得たのか」
背を向けたままのスネイプの言葉に、ダンブルドアは何も言わなかった。
※
「ハーマイオニーが出て行ったけど、どこに行ったんだと思う?」
「さあね。あの子のことは、よくわからない。ポッターたちと一緒だと思うけど、夜中に出歩くのはダメだって自分でも言ってたくせにね」
「そう、だよね」
ハーマイオニーと同室の、パーバティとラベンダーだ。もうベッドに入っていたが、こっそりと起き出したハーマイオニーの気配に気づいたのだ。2人とも夕食のとき、ハリー・ポッターとスリザリンのドラコ・マルフォイとが、夜中に“魔法使いの決闘”の約束をしているのを聞いている。そのときハーマイオニーは、それを止めようとしていたのだ。なので、ハーマイオニーの行き先に見当はついていた。
パーバティが、アルテシアのベッドへと目を向ける。アルテシアは、眠っているようだ。
「わからないと言えば、その子も、アルテシアもそうだよね」
「え?」
「魔法は使えないのに、やたら魔法には詳しくてさ。不思議な子だよね」
アルテシアは眠っているようだ。でもこの話を続けるのならそのことの確認が必要だ、とばかりにパーバティは自分のベッドを降りてアルテシアに近づいていく。顔を近づけると、規則正しい寝息が聞こえた。たしかに眠っている。
「いまじゃパーバティくらいだと思うよ、その子と話をしてるのは」
パーバティが自分のベッドに戻るのを待っての、ラベンダーの指摘。パーバティは苦笑いを浮かべた。
「そうでもないよ。少なくとももう1人いるしね」
「もう1人? 誰?」
「パドマ」
「ああ、あんたの、妹だっけ? 姉さんだった?」
「妹だよ」
パーバティとパドマは双子の姉妹だ。組み分けではなぜか別々の寮となってしまったが、アルテシアとはホグワーツ特急で一緒のコンパートメントだったこともあり、面識はあるのだ。
「パドマが言うには、レイブンクローじゃ話題になってるらしい。いったいアルテシア・クリミアーナは、どうやって魔法の勉強をしてるのか、あの知識はどこからきてるのか。その勉強法が知りたいって」
「なるほど。実技はダメでも、知識はすごい。いったいどうしてって、思うよね。ハーマイオニー・グレンジャーのほうは実技もちゃんとできるし、わかりやすいんだけどさ」
ハーマイオニーは、いつもたくさんの本を持ち歩くなど、そこから知識を得ていることは誰の目にも明らか。実際、よく勉強しているし『図書館に行かなくちゃ』の口癖も知らないものがいないくらいだ。一方、アルテシアはと言えば・・
2人の視線は、アルテシアの机に向けられていた。本といえば、教科書が並んでいるだけ。それに羽根ペンが2本とインク壷があるだけだ。よく整理がされているといえばそのとおりなのだが、あまりにあっさりしすぎている。ハーマイオニーの机のほうは本が山積みで、机だけでは足らずに、彼女のベッドの上にまで進出していた。
「ずいぶん違うよね」
「うん。でもアルテシアは、よく本を読んでるわよ」
「ああ、あの黒い表紙の本でしょ。あれ、何の本? みたことある?」
返事の代わりに、ゆっくりと首を横に振る。あの本を、みせてもらったことはない。だが、アルテシアが読んでいるのを、横からのぞいたことはあった。のぞいても隠そうとはしなかったのでしばらく見ていたが、その内容は理解できるものではなかった。だがアルテシアは、あの本が読めているようだった。もしあのとき何の本かと聞いていたら、どんな返事が返ってきたのだろう。
「彼女、魔法が使えないのに、どうしてホグワーツに入学できたのかな。不思議だと思わない?」
「不思議、なのかな。あたしは、そうは思わないんだよね」
「え? なんで、どうして?」
ラベンダーは不思議だと言うが、パーバティは違うことを考えていた。ホグワーツ入学は、学校側が決めたのだ。なにか意味があってのことに違いないし、それになにより、自分がそばにいてそう思うのだ。アルテシアは、魔女だと。
「あたしはね、アルテシアが魔女だってこと、疑ったことないんだ」
「どうして。だって彼女、魔法使えないじゃん」
「うん。それはそうなんだけど。でもさ、クリミアーナ家は魔女の家だよ」
「けど、スクイブかもしれないじゃん」
「そんなことないと思うけど」
実際、魔法の実技を伴う授業では、アルテシアはなにもできなかった。その手に杖はあるものの、手も足も出せない状況のなかでうつむいていることしかできないのだ。先生の問いかけには、いつも『すみません』『できません』と告げるのみ。自然、周囲から奇異な目を向けられることになり、またたくまに“アルテシアは魔法が使えない”といううわさがひろまった。
「彼女に聞いてみたことはないの?」
「あるよ、もちろん」
「あるんだ。で、なんて?」
「心配かけてごめん、でももう少し待ってほしいって」
もう少し待て。その意味するところは、なにか。いろいろあるのだろうが、待てというのだから、待つだけだとパーバティは思っている。
「待つのはいいけどさ。そのうちスリザリンのやつらとかにも、からかわれたりいじめられたりするんじゃない。なぜかマルフォイはハリーにからんでばかりだけど、パンジー・パーキンソンが、すごい目でアルテシアをみてたよ」
「ああ、うん。でもダフネが止めてくれてるみたいだし、あたしも黙ってないよ、そのときは」
「ふうん。でも、なんでそんなに一生懸命になれんの。同級生だから? 同じ寮だから? ベッドが隣だから?」
その質問には、パーバティは答えられなかった。それで会話が途切れた形となり、やがて2人は目を閉じる。ラベンダーはほどなくして寝付いたようだが、パーバティは、目を閉じたまま、さきほどの質問のことを考えていた。
たしかに、アルテシアは同級生だ。でも、そんなことが理由ではないような気がする。では同じ寮だから? もちろんそれもあるだろうけど、でも理由はそんなことではないようだ。パーバティは、なおもあれこれといろんなことを考える。
それからどれくらい時間がたったのだろう。なにかの気配を感じ、パーバティは目をあけた。うつらうつらと、ごく浅い眠りのなかにいたらしい。顔を上げてみると、ハーマイオニーがベッドに潜り込もうとしているところだった。
偶然、目があった。
「あ、ええと」
「あなたが規則破りするなんて、めずらしいこともあるものね。でも、気をつけた方がいいよ」
「うん。そんなこと、わかってるんだけど、閉め出されちゃって」
なんのことかパーバティにはわからなかったが、なんだかずいぶんと疲れたようすだったこともあり、それ以上の追及はしなかった。なのでハーマイオニーも、それ以上の説明はせずにベッドのなかに入る。
そして次の日。
疲れたようすをみせていたのは、ハーマイオニーだけではなく、ハリーもロンも同じだった。同じだったが、ハリーとロンの2人は顔を寄せ合い、なにごとか熱心に話をしていた。でも同じ経験をしたはずのハーマイオニーが、なぜかその話の輪の中に入っていこうとはしないのだ。
そんなハーマイオニーを見て、パーバティは首をかしげる。いつもなら進んで口を突っ込み、とくにロンからは煙たがられ、ときには怒鳴られたりもしているのに、そうならないのはなぜか。パーバティには、それが不思議だったのだ。いったいハーマイオニーたちは、夜中に何を見聞きしてきたのだろう。なにごとかあったからなのに違いないが、その予想はつかなかった。
それから数日のち。いつもの朝のふくろう便でハリーに細長い包みの荷物が届くのだが、おかしなことに、それ以降ハリーたちとハーマイオニーの雰囲気は、なおも悪くなったように感じられた。ちなみにこのときハリーに届いたのは、ニンバス2000という競技用の箒であったらしい。
※
アルテシアが、校庭を歩いていた。どうやら、その先にある森をめざしているらしい。だがその森は『禁じられた森』とも呼ばれているところであり、当然、生徒の立ち入りは禁止されている。そのことを知ってか知らずか、アルテシアの足は止まらない。ただまっすぐに、森をめざして歩いていく。
だか、いくら夕暮れのうす暗くなりかけたころだといっても、その姿を周囲から見とがめられぬはずはない。これもまた当然のごとく、森の寸前で呼び止められることになる。
「おいこら、なにしちょる」
見上げるばかりに背の高い、大きな人だった。アルテシアが小柄なだけによけいに大きく感じるのかもしれないが、文字通りに見上げなければ、アルテシアには、相手の顔が見えなかった。
「森に行こうとしとるんじゃあるまいな。いかんいかん、すぐ校舎に戻るんだ」
「あの、ご迷惑をかけるつもりはないんです。ほんの少し散歩したいだけなんです。それでもダメでしょうか?」
アルテシアには、この大きな人に見覚えがあった。駅から学校までを先導してくれた人に違いない。というか、見間違えようがない。
「散歩するような場所じゃねぇぞ。しかもすぐに暗くなる。悪いこたぁ言わん。校舎に戻んな。もう、晩飯の時間だろうが」
「それは、そうなんですけど」
いかにも名残惜しそうに、森を見る。そして、ふーっとため息。アルテシアとて、森への立ち入りが禁止されていることは知っている。知っているが、それでもなお、森に入ってみたかったのだ。
「おまえさん、名前は?」
「あの、アルテシアです。アルテシア・ミル・クリミアーナ」
「俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を守る番人をやっちょる。だもんで、おまえさんを見逃してやるわけにはいかんのだ」
「……わかりました。どうも、すみませんでした」
こうなっては、さすがにあきらめるしかない。お詫びに頭を下げ、校舎のほうへと向きを変えると、うなだれたまま歩き出す。そんな後ろ姿がどのように見えたのか、アルテシアを、ハグリッドが呼び止める。
「なんでしょうか?」
「いちおう聞くが、森でなにをするつもりだった? たしか散歩だとか言っとったが、まさかホントじゃあるまい」
「いいえ、本当です。ちょっとだけ散歩したかっただけなんです。本当です」
「なんのために? そんなことしてなんになる?」
そう問われ、何を言おうとしたのか。だが訴えかけるような目はそのままに、開きかけた口を閉じた。いったい何を言おうとしたのか、あるいはスネイプであればその表情からいくらかでも読み取ることができたのかもしれないが、ハグリッドには無理だった。
「どうした?」
「あ、いえ。あの、このところ気持ちが落ち込むことが多くて、それで、気分を変えたかったんです。なんとか気持ちをひっぱりあげないと、自分が自分でなくなりそうで」
「森の散歩で、それが、なんとかなるっちゅうのかい」
「はい。でも、もういいんです。ご迷惑かけました」
だがハグリッドは、腕を組んでなにやら考えるようなそぶり。なのでアルテシアは、軽く頭をさげて校舎に戻ろうとした。だが、いくらも歩かぬうちに、ハグリッドの大きな手が、アルテシアの腕をつかんだ。
「まぁ、待て。こっちゃこいや。もう少し話を聞かせてくれ」
アルテシアが連れて行かれたのは、校庭の外れにある木の小屋。ハグリッドの住む家だ。そこでどのような話の流れとなったのか、その数十分後に小屋を出てきたアルテシアはそのまま森へと向かい、ハグリッドはそれを見送った。
そしてそのころ。長テーブルに夕食の並んだ大広間では、パーバティが騒いでいた。あちこちに顔をだしては、引きつった声で問いかけるのだ。
「アルテシアがいないんだけど、どこに行ったかしらない?」
今回は、主人公に魔法が使えないことが学校内に知れ渡るという回となったわけですが、直接的な表現は避け、うわさという形にしてみました。それがよかったのかどうか、ご意見いただければ嬉しいです。