ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 例年、12月は仕事で忙しいのですが、さすがにそれもピークが過ぎました。ようやく従来のようなペースに戻れるかな、と。週に1話はかけるようになる、といいなと思っています。
 ということで、これまでのお話をお忘れの方も多いことでしょうが、よろしくお願いします。



第68話 「最初の課題」

 その夜、ふとアルテシアは目を開けた。ベッドに入ってどれくらい時間がたったのかはわからないが、真夜中であることは間違いない。まだ夜明けまではずいぶんと時間があるはずだ。

 静かに体を起こして、周りを見る。時計の針は、深夜の1時を少し過ぎたところ。ぐっすり眠っているはずの時間だが、なにかしらの気配を感じたのは確かだった。パーバティのベッドをみる。そこにパーバティの姿があるのを認め、ラベンダーのベッドへと目を移す。ラベンダーも、よく寝ているようだ。ハーマイオニーのほうはと視線を動かして、アルテシアは思わず息をのんだ。ハーマイオニーが、その目を大きく開いてにらんでいたからだ。

 ハーマイオニーも、ゆっくりと体を起こしていく。

 

「なんで、起きたの。寝てればいいのに」

「あ、ええと、なにかおかしな気配がしたから、だけど。そんな感じ、したよね?」

「いいえ、しないわ。でも、気がつくとしたらアンタだけだと思ってた。だから寝ないで見張ってたの。このまま寝ててよ」

「どういうこと?」

「談話室には行くなってことよ。ちょうど今、ハリーが話をしているはずなの。そのじゃまをして欲しくない」

 

 じゃまをするなって? アルテシアは、思わずそうつぶやいた。大きな声にはならなかったので、ハーマイオニーには聞こえていないかもしれない。だがアルテシアには、その自分のことばを聞き流すことなどできない。ハリーが、談話室で、誰かと話をしている。アルテシアは、そのじゃまになる。

 

「わたしがいたら、じゃまになるの?」

「いまは、ね。とにかく寝てなさいよ。そうしてくれれば、なにも問題ないから」

「ハリーは、誰と話をしてるの? なぜこんな真夜中に?」

「質問は、なし。教えたら意味ないでしょ。だから言わないけど、悪く思わないでね。ハリーはいま、いろいろと悩んでるの。知ってるでしょ。こっそりゴブレットに名前を入れたって言われたり、スリザリンがヘンなバッジを作ってからかったり。ロンとも気まずくなってるし」

 

 もちろんアルテシアも、それは知っている。誰かがひそかに名前を入れたのだろうと思ってはいるが、それが誰なのか、その目的は何か、となるとさっぱりだ。ハリーの気持ちを考えると、そこに悪意は感じる。だがいまのところ対処のしようがないのは、ハーマイオニーも同じだろう。

 

「わかった。あなたの言うとおりにするけど、ロンとは仲直りできるんじゃないの。そうしてあげて。この頃、一緒にいないようだけど、ロンはそれを望んでいるわ」

「あたしだって、あの2人を仲直りさせようって努力してるわ。おかしな意地なんか捨ててくれればって思ってる。あなたに言われなくても、それくらいわかってるのよ」

「あ、うん。そうだよね。わかった。もう、寝るから」

「ええ、そうしてちょうだい」

 

 それきりアルテシアは、ベッドの中へと潜り込み、顔を上げることはなかった。ハーマイオニーも、やがて目を閉じる。寝るのが遅くなったからなのか、ハーマイオニーが目を覚ましたとき、部屋にはパーバティしかいなかった。いやハーマイオニーが起きるのを、パーバティが待っていたのだ。

 

「おはよう、ハーマイオニー」

「おはよう、みんなは?」

「アルは、散歩。森には入れないらしくて湖の畔でもゆっくりと歩いてくるってさ。ラベンダーは、もう朝食に行ったけど」

「うわ、もうそんな時間なのね」

 

 ハーマイオニーがベッドから降りてくる。その前に、パーバティが立つ。

 

「なに?」

「べつになにも。ただ、ひとことだけ言っておきたくてさ。なんでアルテシアが散歩に言ったのかをね」

「え?」

「たぶん自分では気づいていないんだろうって、そうは思うんだけど、あたしも言わずにはいられなくてさ」

 

 いったいパーバティは、何がいいたいのか。それがわからないハーマイオニーは、ただ、怪訝な顔を向けるだけしかない。

 

「夜中に、あんたたちが話してるのを聞いた。ごめんね、聞こえちゃったものはしょうがないよね」

「それで、何が言いたいの」

「アル、あんなふうに見えてさ、けっこう傷ついてるよ。そのこと、知っといてくれればって思っただけだから」

「な、なによ、それ」

「わかってるよ。あなたにも言い分、あるよね。それが正しいんだよね。でもね、あたしもおなじだよ。だってあたし、アルが大好きだからさ」

 

 とまどうハーマイオニーを残し、パーバティは部屋を出て行った。

 

 

  ※

 

 

 湖のほとりを、ゆっくりと歩くアルテシア。ほんとうなら、森の中を歩きたいところであったろう。だがハグリッドに止められている以上は、仕方がないといったところか。だがこの散歩でティアラと出会うとは、さすがに予想してはいなかっただろう。

 果たして、偶然なのか。それとも、ティアラが待ち伏せでもしていたのか。ともあれ2人は、周囲をみまわし、近くのベンチへと座った。

 

「ちゃんと朝ご飯は食べたの? こんな早くに、散歩のつもりですか。ここはクリミアーナじゃないのに」

「わかってるわよ、ティアラ。でもね、家に帰るわけにもいかないし」

「おや、呼び捨てなのね。いちおう、あたしのほうが年上ってことになってるんだけど」

「わたしは14だから、16歳だよね。知ってるわよ。ずっといつも、わたしよりも2つ上」

 

 互いの顔を見つめ合う。そして、どちらともなく笑みを浮かべてみせたが、さて、なにか意味があるのか。

 

「とにかく、知らせしておきます。対抗試合の最初の課題は、ドラゴン」

「え?」

「ドラゴンって、言ったんです。ちゃんと聞いてます?」

「聞いてるけど、ティアラ。あんた、言い方がソフィアみたいになってきてるよ」

 

 思い切り、いやな顔をしたのがわかった。アルテシアの笑顔が少し引きつったのは、そのためだろう。

 

「とにかく、最初の課題はドラゴン。わかった時点であなたに伝える約束だったでしょ。だから」

「ありがとう。でも、ドラゴンと闘えってこと? それってけっこう無茶なことなんじゃ」

「ですよね。だから、課題の内容はもっと別のことになるんだとは思います。たとえば」

 

 コホン、と軽く咳払い。ピンの背筋を伸ばす必要まであったのかどうか。

 

「森の中にいる4匹のドラゴンは、みな、営巣中。つまり、卵を温めてる。わざわざそんなドラゴンを連れてきたのは、偶然なんかじゃない。ちゃんと意味がある」

「そうだね。卵、かな。でも、そうなると」

「勝負になりませんね。このベンチに座ったままでもできることだし。どうします?」

 

 2人がともに思い浮かべた内容であれば、勝負にはならない。その課題がドラゴンから卵を奪うことであれば、アルテシアにとっては簡単なことだし、おそらくティアラも。どうしてもということになれば、タイム・トライアルにでもするしかない。

 

「ともあれ、ようすをみるしかないですね。あたしたちの予想とは違っているかもしれないし」

「ね、それよりどうしてドラゴンだってわかったの」

「昨夜、ハグリッドという人が馬車に来たんです。そして、マダム・マクシームにドラゴンをみせた。なぜそんなことしたのか知らないけど、代表選手はもう、全員そのこと知ってるでしょうね」

「いいのかな、そんなことして。たしか『未知なるものに遭遇したときの勇気』がテーマなんだよね」

「全然、意味ないってことですね」

「待って、全員ということは、ハリーも知ってるのよね。いつのまに? わかったのは夜のことなんでしょ」

 

 ドラゴンを見せられたのは、真夜中のこと。だとすれば、知れ渡るのが早すぎる。アルテシアはそう思ったのだ。ティアラが、軽く微笑んだ。

 

「ハリー・ポッターは、昨夜、おかしなことをしてましたよ。ハグリッドって人からドラゴンを見せられた後、あわてて寮に戻り、暖炉の前にいったんです。そして」

「まって、どうしてそんなことまで知ってるの? あなた、グリフィンドールの談話室に来たの?」

「ええ。だって課題がわかったらすぐに知らせる、と約束したでしょ。寮の場所は、あの男の子が知ってると思ったからついていっただけです。とにかく行けばなんとかなると思ったから」

「それって、真夜中の1時くらい?」

 

 ちょっとだけ考える様子をみせたが、それもわずかのこと。返事ははっきりとしていた。

 

「ええ、その時間です。まさか、気がつきましたか。ああ、怒らないでくださいよ。すぐに知らせる約束だったからそうしただけで」

「あのとき、わたしの部屋にも来たんだね」

「そのつもりでしたけど、起きてる人がいたんで、退散させてもらいました」

「暖炉では何があったの?」

 

 もちろん、それも聞いておかねばならない。なにか危ないことでも起ころうとしているのなら、見過ごせないからだ。

 

「誰か、知り合いと話をしていたみたいです。シリウス、と呼びかけていましたね」

「それ、シリウス・ブラックだわ。たぶんだけど。そうやって、連絡とりあってのか」

「暖炉の火が、顔になってましたね。本人はどこか遠くにいて、暖炉を通して話をする。きっと相手側の暖炉では、ポッターの顔が」

「だと思う。暖炉を通して人が移動するって聞いたことはあるけど、そんなこともできるんだね」

 

 それは、煙突飛行ネットワークのことだろう。煙突飛行粉(Floo Powder:フルーパウダー)を使用し、炎のなかに飛び込んで、どこか別の暖炉より抜けでることができるのだ。

 

「盗み聞きしたつもりはないけど、マーニャって名前がでてた。つまり、あなたのことでしょう、話してたのは」

「そうじゃないよ。ハリーのお母さんの話だと思う。わたしの母が、ハリーのお母さんと友だちだったそうだから」

「友だち? まさか、魔法族と」

「うん。そうだったみたい。自分の病気の治療法を探してたらしくて、そのとき、知り合ったんだと思う。ハリーのお母さんは、魔法薬にとても詳しかったそうだから」

「なるほど。そういうことですか」

 

 事実、アルテシアの母マーニャは、25歳という若さで亡くなっている。アルテシアが5歳のときだ。マーニャは、自分の病の治療法を探し、多方面に情報を求めている。魔法界での魔法薬もそのひとつであり、ハリーの母親とはその過程で知り合ったものと思われる。アルテシアはマーニャから魔法薬について教えられた覚えがあるが、それはおそらくハリーの母から得た知識なのだろう。

 もちろんアルテシアは、そのことに気づいている。従来のクリミアーナには、そんな技術はなかった。だがアルテシアが学び、覚えたことにより、アルテシア以後のクリミアーナでは、魔法書によって間違いなく伝えられていくことになる。

 

「あなたは健康だと、そう言いましたね?」

「うん」

「それにしては、医務室のお世話になるのが多すぎでは。マダム・ポンフリーに、話を聞きましたよ」

「なにか言ってた?」

 

 それには、ティアラは答えない。かわりに、じっとアルテシアを見つめる。

 

「火曜日に、またお会いしましょう。実際の課題のようすをみて、競い合いの内容を決める。それでいいですね」

「いいけど、ドラゴンはどうするの? 用意するのは不可能に近いと思うけど」

「ですね。でもなにか、火曜日には思いつくでしょう。これで失礼しますよ」

「うん。またね」

 

 アルテシアは、そこで散歩を切り上げることにした。

 

 

  ※

 

 

「ハーマイオニー、助けてほしいんだ」

 

 月曜日、午前中の最後の授業は薬草学。10分ほど遅れてきたハリーが、ハーマイオニーのそばへとやってきて、そう言ったのだ。もちろん2人だけの話のつもりだったのだろうが、あわてていたのか、スプラウト先生を無視して“ブルブル震える木”の剪定作業をしていたハーマイオニーのところへ。

 

「“呼び寄せ呪文”を明日の午後までに覚えたいんだ。完ぺきにしないといけない」

 

 その声は、近くにいた人たちには聞こえたかもしれない。だがさすがにハーマイオニーは冷静だ。その場で理由を訪ねるようなことはせず、小声でハリーをたしなめる。

 

「大丈夫よ。練習には付き合う。そんなに難しくはないわ。でもいまは授業に集中して。ほら、スプラウト先生がにらんでいるわよ。あなた、授業に遅れたこと、お詫びするべきよ」

「あ、そうだよね」

 

 たしかにハリーは、スプラウトの前を素通りして、ハーマイオニーのところへ来ているのだ。さすがにそれはまずかったとばかり、ハリーは、あわててスプラウトの前に進み出た。

 そんなわけで、ハリーの“呼び寄せ呪文”習得のための特訓は、その日の昼休みから始まることになる。だがハーマイオニーは、そのまえに理由を確かめることを忘れなかった。

 

「だから、ドラゴンと対決するためなんだ。これが課題なんだよ。ファイアボルトがあれば、ドラゴンから逃げ切れる。だから“呼び寄せ呪文”を覚える必要があるんだ」

「そうね。いい考えだと思うけど、ドラゴンですって。そんなのと対決しないといけないの?」

「ああ、そうなんだ。それが課題さ。まったく、とんでもないよ。競技には、杖だけしか持っていけない。でも、始まってから魔法で呼び寄せる分には問題ないはずだ」

「スゴイ! よく思いついたわね。グッドアイディアだと思うわ」

「ムーディーがヒントをくれた。薬草学に遅れたのはそのためなんだ」

 

 薬草学の始まる少し前、ハリーはムーディーに呼ばれている。廊下を歩いていて捕まった、といえるようなものだったが、そのときヒントをもらったのだ。すなわち、自分の強みを生かす試合をすること。そのために、効果的で簡単な呪文を使い必要なものを手に入れる。それができれば、課題クリアは間違いない。

 ハリーは懸命に考え、アクシオ(Accio:来い)という呼び寄せ呪文でファイアボルトを呼び寄せる、という方法を思いついた。だが問題も、いくつかあった。呼び寄せ呪文そのものは、つい先日の呪文学で習った。だが、うまくできなかったのだ。しかもファイアボルトは、寮の自分の部屋に置いてある。そんな遠くのものまで呼び寄せることができるのかどうか。

 

「とにかく、練習が必要なんだよ、ハーマイオニー。これができなきゃ、ぼく、ドラゴンに踏みつぶされるだろうよ」

「いいえ、そんなことにはならないわ。覚えればいいだけじゃないの。さあ、練習あるのみ。始めましょう」

 

 さっそく、練習が始まる。昼食を抜いて続けられたが、なかなかうまくはいかない。最初は薄っぺらい本でやってみたのだが、ハリーのところへくるまでに、床へと落ちてしまうのだ。これでは、使い物にならない。

 

「集中して、ハリー。集中するのが大事よ」

「わかってるけど、ドラゴンが頭の中に浮かぶんだ。明日、あいつと対決するんだと思うとね」

 

 それも、ムリのないことかもしれない。特訓は、授業が終わってからも続けられることとなった。誰もいない教室から始まり、深夜には無人となった談話室でもひたすらくり返されたことで、ついにハリーは、満足のいく結果を得ることができた。

 

「やったわね、ハリー。よくなったわ、とっても上手になった」

「キミのおかげだよ、ハーマイオニー。これでなんとかなりそうだ」

 

 重たいはずの辞書が、談話室をななめに横切ってハリーのところへやってくる。それを、ハリーがキャッチ。

 

「あとは、寮の部屋に置いてあるファイアボルトを、遠く離れた競技場にまで呼べるかどうかだよ」

「そんなの、平気よ。本当に集中すれば、ファイアボルトは飛んで来る。間違いないわ」

 

 はたして、そうなるのかどうか。ともあれ特訓は終わったのだ。すでに日付は変わり、今日ということになるが、決戦は火曜日。大広間での昼食後にマクゴナガルがやってきて、ハリーに運命の言葉を告げた。

 

「ポッター、代表選手は、すぐ競技場に行かないとなりません。第一の課題の準備をするのです。ついてきなさい」

「わかりました」

 

 ハリーが、立ち上がる。周囲の視線が集中する。そのなかを、ハリーはマクゴナガル先生と一緒に大広間を出た。そこから石段を降り、外へ。

 

「ポッター、落ちついていますか? 冷静さを保ちなさい。あなたはベストを尽くせばいいのです。仮になにか、手に負えない事態になったとしても、それを収めてくれる魔法使いたちが何人も待機していますからね」

「はい、大丈夫です」

 

 これから行く先を、ハリーは知っていた。ハグリッドからドラゴンを見せられた場所へと近づいているのだ。だがあのときの違うのは、そこにテントが張られていること。

 そのひとつの前で、マクゴナガルは止まった。

 

「このテントが、代表選手の控え場所となります。ここであなたの番を待つのです。詳しい説明は、なかにいるバグマン氏がしてくれるでしょう」

「はい。あの、先生」

「なんです?」

「アルテシアは、どこにいますか。応援に来てくれるでしょうか」

 

 ハーマイオニーが来るのは、間違いない。ロンも、きっと来るだろう。でも、アルテシアはどうか。ハリーには、その予想はできなかった。もう何日、話をしていないのだろう。ここ何週間か、話をした覚えはなかった。

 こんなときになってアルテシアを思い出したのは、これまで何度か、一緒に危険なときを経験しているからだろう。ハリーは、そんなことを考えた。なにかあっても、助けてくれるんじゃないか。ふと、そんなことを思ったのだ。

 

「もちろん、来るでしょう。とにかくあなたは、自分のできることを精一杯やればいいのです。大丈夫です。さあ、中へ」

 

 その言葉に後押しされるように、ハリーはテントの中へと入っていく。なかには、フラー・デラクールやビクトール・クラム、それにセドリック・ディゴリーがいた。ハリーが最後だったのだ。

 

「よし。これで全員揃ったな。これから課題の内容を説明するが、まあ、楽にしたまえ」

 

 バグマンの陽気な声が、テントのなかに響く。よろよろと、選手たちがバグマンのもとへと集まってくる。

 

「この袋のなかに、小さな模型が入っている。まずは諸君らに、このなかから1つずつ、その模型をとってもらう」

 

 それは、紫色をした絹製の袋だった。ふくらんでいるので、なかに何かが入っているのは明らかだ。

 

「その模型が、えー、諸君らの相手を示している。つまり、抽選ということだよ。諸君らは、その相手から卵を奪えばいいのだ」

 

 バグマンが、選手たちを見回していく。つられてハリーも、ちらりとみんなを見た。誰もが、少し青ざめて見えた。セドリックが小さくうなずいていたが、フラーとクラムはこわばった表情のままだ。誰もがドラゴンとの対決を思い、不安を感じているのだ。本来ならまだ知らないはずなのに、誰もがそのことを知っていると、ハリーは確信した。

 

「では、袋の中から1つずつ、取り出したまえ」

 

 その袋が、フラー・デラクールの前へ。フラーがそこから取り出したのは、精巧なドラゴンのミニチュア模型。やはり相手はドラゴンなのだ。その模型には、2という数字がついていた。ちなみに、ウェールズ・グリーン種と呼ばれるドラゴンである

 次は、ビクトール・クラム。クラムは、3という数字のついた中国火の玉種。セドリック・ディゴリーは1をつけたスウェーデン・ショート-スナウト種。

 数字は、競技する順番を示しており、残るハリーは、最後にハンガリー・ホーンテール種のドラゴンと対することが決まった。

 

「さて、諸君。ホイッスルが聞こえたら競技開始だ。ええとディゴリーくん、君が一番だな。健闘を祈っているよ」

 

 そう言ってバグマンがテントを出てすぐあとで、ホイッスルの音が聞こえた。続いてセドリックがテントを出る。ややあって、大歓声が聞こえてくる。

 

「始まったな」

「ええ、そのよーでーす」

 

 クラムとフラーの声。小さな声だが、このテントのなかではどこにいても聞こえただろう。

 

『おぉぉ、危なかった、危機一髪だ』

 

 外からの、拡声された実況の声も聞こえてくる。声だけというのも、妙に怖さを感じるものだとハリーは思った。しかも、実況と言いつつも、なにがどうなってるのかさっぱりわからない。セドリックがどうしているのか、ドラゴンがどんなことをしているのか。そんな説明が、一切ないのだ。ただ、危ないだの、気をつけろだの、逃げろだの、そんなことを言っているだけ。そんな時間が15分ほどは続いただろうか。

 

『本当によくやりました。金色の卵を奪うことに成功しました!』

 

 ものすごい大歓声と、バグマンの叫び声。セドリックが、みごと課題を克服してみせたのだ。ややあって、フラーの番を告げるホイッスルがなる。その瞬間、フラーが立ち上がった。

 

「あたーしの番でーす。失敗などできませーん。あの子が、みてまーすから」

 

 何を言ってるんだろう。ハリーは、フラーに目をむける。フラーは、頭の天辺から爪先まで震えていた。誰だって、ドラゴンが怖いのだ。それがよくわかったが、フラーはそれでも顔を上げ、杖をしっかりとつかんでテントから出ていった。

 

 

  ※

 

 

「やはり、こんなことでは勝負になりませんね」

 

 競技場の観客席。一般の生徒は、ここからドラゴンとの対決のようすを見ることになっていた。その観客席の片隅で、アルテシアはティアラとともに、セドリックがドラゴンから金色の卵を奪うのを見ていた。もちろん、ソフィアやパチル姉妹もそばにいる。

 

「次の課題からってことにしようか?」

 

 ティアラを見て、そう言う。だがそのアルテシアの提案に、ソフィアは首を横に振ってみせた。

 

「せっかくだし、やるだけやってみましょう。まず、あの金の卵を手に入れる。そして」

「元に戻すってこと?」

 

 すでに、フラーとドラゴンの闘いは始まっている。フラーがなにかしたのに違いないが、ドラゴンの動きはにぶく、どうみても眠そうにしている。いや、寝てしまったようだ。

 

「うまいやり方ですね。ドラゴンを眠らせ、そのあいだに卵をとる。最初の人よりはうまくやったと思いますけど、あの人は詰めが甘いから。ほら、あんなことになる」

 

 ドラゴンを眠らせることには成功したが、その寝息で鼻の穴から飛んだ小さな炎が、フラーのローブに火をつけたのだ。さすがにフラーもあわてただろうが、すぐにアグアメンティ(Aguamenti:水よ)の呪文で消し止め、なんなく金の卵を手に入れた。

 

「どうです? 次で挑戦してみませんか。金の卵を手に入れる。それをあたしが元に戻すってことで」

「いいけど、一瞬で終わるよ。それでもいいの?」

「ええ。かえってそのほうが、気づかれなくてすむじゃないですか」

「わかった」

 

 次は、クラムの番だった。中国火の玉種のドラゴンが、恐ろしげなうなり声を上げ、クラムが逃げ回る。

 

「どうしたんです? そろそろ卵を」

「あ、ごめんなさい。卵はここよ。見えなくしてあるけど」

 

 ティアラの前に差し出されたアルテシアの手のひらには、なにもなかった。その手のひらを見て、ティアラは微笑んだ。

 

「なるほど。そこまで考えなかった。じゃあ、こちらの番ですね」

 

 ちょうど、クラムが結膜炎の呪い(Conjunctivitis curse)をドラゴンにむけて放ったところ。唯一の弱点とされる目を狙ったところは、さすがと言えるだろう。かなり痛むらしく、ドラゴンが身もだえしている。その動きに邪魔され卵の置かれた巣に近づけないことを除けば、うまい方法であったに違いない。クラムは、もう少し巣からドラゴンを引き離して呪いをかけるべきだったのだ。

 

「あ、クラムが卵を取ったよ」

 

 またも、歓声が沸き起こる。これで代表選手の3人ともが成功したことになる。最後の選手は、ハリー・ポッターだ。

 

「あなたたちの対決はどうなったの?」

「引き分け、かな」

「いいえ、クローデルは卵がここにあることに気づかなかったんですから、アルテシアさまの勝ちです」

 

 引き分けだとすることに反論したのは、ソフィアだった。その視線の先で、ハリーが杖を突き上げ、呼び寄せ呪文を唱える。その魔法に応えてファイアボルトが大空を飛んでくる。ハリーがファイアボルトに飛び乗ると、すぐさまドラゴンとの空中戦が始まった。それを目のあたりにした観衆から大歓声がわき起こる。

 

 

  ※

 

 

「全員、よくやった!」

 

 競技を終えてテントに戻っていた選手たちに、ルード・バグマンが声をかける。第二の課題に関して話があるというので、選手たちはみな、テントに戻ってきていた。

 ドラゴンとの対決が一番最後となったハリーだが、すでにマダム・ポンフリーの診察も受けている。さすがはドラゴンと言うべきなのだろう。ファイアボルトで飛び回ったハリーだが、一度だけ肩を尾で叩かれている。かすったようなものだが、治療は必要だった。

 

「第2の課題は、2月24日の午前9時半に開始される。諸君らにお伝えするのは、それだけだ。だが安心したまえ、ちゃんとヒントはある。諸君らが手にいれた、金の卵がそうだ。よく調べ、第2の課題が何かを知り、十分な準備をして欲しい。そのための期間は十分にあるはずだよ。わかったかな? では、解散!」

 

 解散、という言葉でようやく、ハリーは解放された。テントを出ると、そこにロンが待っていた。

 

「誰だって、あんな怖い思いをするために、わざわざ名前を入れたりしないよな」

「ロン」

「ボク、誤解してたよ。キミの言うこと信じるべきだったんだ」

「今ごろ、わかったのかい。ずいぶん遅いじゃないか」

 

 つかの間、互いに相手を見やる時間が過ぎる。自分で名前を入れたんじゃない、誰かが仕組んだことだと、ハリーはずっと言い続けていた。それを信じるものはハーマイオニーなどのごく少数だったが、ついにロンも、それを信じることにしたようだ。

 ハリーとロンは、並んで禁じられた森の端に沿って歩いた。その間、2人は夢中で話した。クラム、フラー、セドリックの競技のようすは、ロンがすっかり話してしまっていた。

 そんな2人のうしろを、ハーマイオニーが涙で顔をくしゃくしゃにしながらついていく。仲直りできたことが嬉しいのであろう。それとも、ドラゴンから無事に逃げ切ったことを喜んでいるのか。

 

 

  ※

 

 

「引き分けなんて、わたしも望んでませんよ。なにか、勝負できるものがあるはず」

「そうだね。じゃあ、こんなのはどう?」

「え?」

 

 いぶかるティアラの前に、アルテシアは左手を差し出した。その手のひらを、右手の人差し指で軽く叩く。手のひらの周りに、小さな光の玉が、浮かび出る。1つ、2つ、明るく輝く光の玉。その色は、赤、黄、緑。そして青。小さな光の玉は、7つとなり、それらがらせん状に渦を巻いて集まっていく。

 

「何をするつもりです?」

「ここに、メッセージを入れた。それを読むことができればあなたの勝ち。読めなければわたしの勝ち。期限は次の課題が開始されるそのときまで。どう?」

 

 光の渦は、アルテシアの手のうえで、直径5センチほどの玉になった。その表面は、しゃぼん玉のようにいくつもの色がゆらゆらとゆらめている。その玉を、ティアラが手に取った。

 

「いいでしょう、受けて立ちますよ。次の課題がいつになるかは知らないけど、そんなにお待たせしないと思いますよ」

「うん。楽しみにしてる」

 

 ティアラの姿が、消える。ボーバトンの馬車へと戻っていったのだろう。アルテシアは、にっこりと笑ってみせた。

 


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