ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第63話 「やってきた人たち」

「信じられないです。なんで、そんな約束するんですか」

 

 空き教室に、ソフィアの声が響き渡った。パチル姉妹にとっても始めて聞くような、そんなソフィアの大声であった。アルテシアは、じっとソフィアを見つめている。

 

「校長室にあることがはっきりしたんですよ。なのになぜ。あれは、アルテシアさまのものなのに」

「ソフィア。気持ちはわかるけど、ここは我慢してほしいの。校長は、あれが闇の魔法だって言ったわ。その疑いがあるそうよ。わたしには、闇の魔法というものがよくわからない。ちょうどいい機会っていうのも変だけど、どんな判断がされるのか知りたいのよ」

「そんなことに、どんな意味があるんですか。人がどう思おうと、わたしがルミアーナで、アルテシアさまがクリミアーナなんです。闇の魔法? それが、なんだっていうんですか。わたしたちの魔法は、校長がなにか言ったら変わってしまうものなんですか。もう、魔法は使わないつもりですか」

 

 ソフィアの目には、涙さえ浮かんでいた。よほど悔しいのか、それともなにか理由があるのか。そんなソフィアを、アルテシアはただ、じっと見つめる。パチル姉妹も、口を挟むことすら忘れたかのように、成り行きを見守っているといったところ。

 

「わたし、間違ってますか。言ってること、変ですか。おかしなこと、しようとしてるんでしょうか。悪いことだなんて、ちっとも思わないんですけど」

「ソフィア、そういうことじゃないの。これは、わたしのわがまま。ソフィアだからお願いするの。とにかく今は、我慢してくれないかな」

 

 涙に濡れた目で、アルテシアを見つめるソフィア。アルテシアには、その目を、ただ受け止めることしかできない。パーバティが2人の間に入ってくる。

 

「アル、そういうことなら、もう少し説明しなきゃダメだよね。あたしが思ってることを言おうか?」

「パチル姉さんは、黙っててください。あたしは、アルテシアさまから聞きたい。クリミアーナが終わるのかどうか」

「え! あんた、なに言ってんの。クリミアーナが終わる?」

「だって、アルテシアさまが魔法を使わないって言うのなら、そうなるじゃないですか。魔女の家なんですよ、クリミアーナは。どうしたって、あれが必要になるんです」

 

 今度はパドマが何か言おうとしたが、先に口を開いたのはアルテシアだった。

 

「ごめんね、ソフィア。でもわたしも、このことでは譲れないの。わたしたちの魔法は、闇の魔法なのかどうか。そう思われてしまうのかどうか。どんなふうに判断されるのかを知らなきゃいけないの。校長先生が調べるというのなら、その結果が知りたい」

「だから、そんなことに意味なんかないって言ってるんです。どう思われようと、それがクリミアーナじゃないですか。聖なる魔女の家に伝わる魔法が、たかが校長先生の判断で終わりとなってしまうなんて、そんなの、納得できません」

「ソフィア、誤解して欲しくはないんだけど、校長先生の判断で、どうこうしようなんて思ってないよ。闇の魔法だと言われたとしても、それはそれでいい。あなたの言うように、クリミアーナはクリミアーナだもの」

「だったら」

 

 それなら、なにも言い合いをする必要なんてない。ソフィアは、そう叫びたかっただろう。だがアルテシアは、あの玉をダンブルドアから取り戻すことはしないと言ってるのだ。それは、ソフィアの考えとは違う。

 

「闇の魔法は、魔法界ではよく思われてはいない。あなたもそう思うでしょ。たとえばヴォルデモート卿は、みんなに恐れられてる。あの人は、かつてホグワーツの学生だったのよ。いまわたしたちが学んでいるように、ここで魔法を学んだ」

「わたしは、魔法書で魔法を学んだんです。たしかにホグワーツでも魔法を勉強してはいますけど、基本は魔法書です」

「うん、そうだね。わたしもそうだよ。でも、ソフィア。学校では、闇の魔法は教えてない。だったらあの人は、独自に身につけたってことになるよね」

「ま、まさか。まさか」

 

 だがアルテシアは、微笑みつつもゆっくりと首を横に振った。ソフィアが何を思い、アルテシアは、何を否定したのか。

 

「ソフィア、はっきり言っておくけど、万が一にも責任があるんだとしたら、それは、魔法書を作り出したわたしのご先祖だから」

「でも、でもあの人は、魔法書を見たんでしょうか。魔法書を学んだんでしょうか」

「それは、まだわからないわ」

「闇の魔法じゃないのならルミアーナは関係ない、あの人のことは気にする必要ないってことですか」

「そうだね、だとすればそうなるよね。でもあの人が仮に魔法書を見たんだとしても、そこからヒントを得たんだとしても、責任があるのはわたしだよ。ヴォルデモート卿のことは、わたしが解決する。しなきゃいけないの。これは、アディナさんとも約束していることだよ」

 

 ソフィアにとっては、思いがけぬ話となったのかもしれない。たしかに過去、ルミアーナ家は、ヴォルデモート卿と関係がある。まだトム・リドルと名乗っていたころ、その家に滞在させたことがあるのだ。もちろんソフィアが生まれる前のことであり、当時、トム・リドルがどのようなようすだったのかなど、詳しいことはわかっていない。

 

「でも、例のあの人はどこにいるかわからないんでしょ。もう滅びたって話もあるみたいだけど」

 

 パドマだ。魔法界では、パドマが言ったように思っている人がほとんど。だが、いずれヴォルデモートは復活してくると思っている人も、ダンブルドアを初めとして少なからずいる。どちらを信じるのかは、その人次第といったところか。

 

「滅びたにせよ、どこかにひそんでいるにせよ、あの人のしたことは変わらないでしょ。とにかく、確かめたいって思ってる。でもわたしは、闇の魔法のことはよく知らない。だから、知りたいと思ってる。昨日の授業でムーディ先生が教えてくれたけど、あれが闇の魔法だって言うのなら、みんなに怖がられても仕方ないって思うんだ」

「あぁ、たしかにあれはね。ロングボトムなんか、真っ青になってたもんね」

「そうだね。でも、怖がってばかりもいられない。もっとよく知らなきゃいけないのよ。ねぇ、ソフィア」

 

 ソフィアは、何も言わない。だがその顔は、いくらか青ざめているようだ。アルテシアは、微笑んでみせた。

 

「校長先生が、わたしたちの魔法をどう判断するのか。わたしは、それが知りたい。わたしたちの魔法書が、闇の魔法につながるのかどうか。わたしの魔法は、闇の魔法だってことになるのか。それが知りたいのよ。分かってくれるよね、ソフィア」

「でも、でも、そんなの。そんなの、やっぱりおかしいです。取り返すべきです。もう14歳なんですよ。もし間に合わなかったらどうするんですか」

「ソフィア」

「アルテシアさま、あたしは、あたしは……」

 

 ソフィアは、その先を言わなかった。じっとアルテシアの顔を見ていたが、ふいにその姿が消えた。どこかへ、自分自身を転送したのだ。

 

「あいつ、まさか校長室に」

「違うと思う。ソフィアは分かってくれたはずよ。わたしのわがままを許してくれるわ」

 

 ソフィアは、どこへ言ったのか。心当たりなどなかったが、アルテシアは教室の左側へと目をむけた。その延長線上には、禁じられた森がある。自分ならこんなとき森を散歩する、とでも言いたげな目で教室の壁を見つめていた。

 

 

  ※

 

 

 もうじき消灯時間になる。そんな遅い時間にアルテシアは、スネイプの研究室を訪れた。目的は、ソフィアのようすを聞くため。あれから10日ほども過ぎたが、そのあいだソフィアは、いつもの空き教室に顔を見せていないのだ。

 ドラコにようすを聞いてみたり、殴られるのを覚悟でパンジー・パーキンソンに近づいてみたりもしたのだが、あまり情報は得られなかった。ならばスネイプに聞いてみるしかないと、そう思ったのである。こんな時間を選んだのは、できるだけ遅い時間であるほうが会える可能性が高いからだ。もし不在だった場合、消灯時間までに寮に戻れるギリギリの時間でもある。もちろん談話室にいないと怒られることになるのは間違いないのだが。

 ドアをノックするが、返事はない。だが、1度でドアを開けてもらえるとは思っていない。もう1度、ノックする。少し時間をおいて、3度目のノック。そのノックの直後に、ドアが開いた。

 

「おまえか。いま、何時だと思っているのだ。寮に戻らねば、処罰するぞ」

「先生、少しだけでいいんです。少しだけ、話をさせてください」

「まあ、よかろう。入るがいい」

 

 スネイプの顔色を読むのは難しいが、少なくとも不機嫌ではなさそうだとアルテシアは判断。研究室の中へと入れてくれたのが、そのなによりの証拠だ。これまでにも座ったことのある椅子に腰かける。

 

「先に言っておくが、ソフィア・ルミアーナにはちゃんと言い聞かせた。本人が納得したかどうかは知らん。なにしろあの娘は、ほとんどしゃべることがないのだ」

「まさか、ソフィアがですか。あの、明るくて素直な子が、しゃべらないって本当なんですか」

 

 そういう話を、たとえばドラコやパンジーも言うことがある。あいつは、ぜんぜんしゃべらない。暗い、など。それを聞いていながら、自分はいままで何をしていたのか。そのことを、考えてみたことがあっただろうか。

 

「吾輩が思うに、おまえの前でだけそうなのだろう。どちらが本来の姿であるかなど、吾輩の知ったことではない。だがああいう娘にとっては、我がスリザリン寮もあまり居心地がいいとはいえぬかもしれんな」

「わたし、なんと言えばいいのか」

「なにも言う必要はない。言っておくが、今までどおりに接することが一番だぞ。不自然に構いすぎたりすれば、かえって気を遣わせることになる。あれほどおまえを慕っているのだ。おまえのほうが気をつけてやれ」

「はい、それはもう。でも先生、先生も、よく見てくださってるんですね」

 

 それが寮監としての責任だ、と言ってしまえばそれまでだ。だがアルテシアは、そこに見習うべきものを見たような気がした。ほとんどのグリフィンドール生にとって、スネイプは意地悪なろくでなし教師でしかない。だがこんなとき、決してそうとばかりも言えなくなってくるのだ。

 スネイプは、よく見てくれている。それがつまり、見守る、見守られるということなのだと思う。だが自分だって、ソフィアを見守っていかねばならない。そうする責任が自分にはある、とアルテシアは思っている。

 だがスネイプの言うように、ふだん通りが一番いいのは間違いないのだ。急に態度を変えるのは、逆効果でしかない。それを否定などしないが、これからは、もう少しソフィアのことに気をつけてやらねばならない。なにしろ、今度の校長室の件では、ソフィアに我慢を強いている。すべて自分のことを思ってくれてのことなのに、頭から押さえつけるかのように、それを禁じてしまった。ちゃんと説明したつもりではあるのだが、それが十分であったのかどうか。

 もっとよく、話をすればよかったと思う。あのあとも、何度でも話をするべきだったのだ。あれからソフィアが空き教室に来ないことの意味を、もう少し考えてみるべきだったのだ。

 

「おまえ、人の話を聞いているのか」

「え? あ、もちろんです。聞いています」

「まあ、いい。だがおまえも、おかしなやつだ。こんな話はマクゴナガル先生とするべきだろう。なのに、わざわざ減点されるような時間に地下牢まで降りてくる考えが理解できん」

「ソフィアのことが聞きたかったんです。スリザリンのことですから、やっぱりスネイプ先生だと」

「吾輩の言えることは、すべて話した。これでいいか」

 

 スネイプと話をして、気づいたことがある。そのことは、感謝以外のなにものでもない。だが、人に言われて気づくなど、自分の未熟さの証明でしかない。

 

「では吾輩から、ひとつ聞こう。必要なことなのだ、正直に答えろ」

「はい、なんでしょうか」

「むろん、校長室でのことだ。あのとき話をしていた玉のことだが、なぜあのままにしておくのだ。おまえのものであるのは明らかなのだぞ」

「それは、わかっています。もちろん返してもらいますけど、校長先生は、あれには闇の魔法の疑いがあるとおっしゃいました。調べがつくまで預かると。わたしは、その結果が知りたいんです」

 

 アルテシアとて、それで納得しているわけではない。だが果たして、自分たちの魔法は闇の魔法なのかどうか。そのことの判断を、魔法界では有名なダンブルドアがしてくれるというのだから、任せてみようと思ったのだ。だがスネイプは、そのことを一笑に付した。

 

「くだらんな。それが闇の魔法だから、闇の魔法かもしれぬから、受け入れたくないというのか。だから、あの娘が取り戻そうとするのを禁じるというのか」

「そうではありません。ソフィアにも言いましたが、闇の魔法であろうとなかろうと、わたしはわたしです。誰が何を言おうと、クリミアーナの魔法はかわりません。それを否定などしません。ただ知りたいだけです。魔法界での評価というか、どう判断されるのかを知っておきたいだけなんです」

「そういうことなら、校長の判断に意味などあるまい。どう判断されようとも同じことになるわけだ。つまりおまえには、その判断を待つ理由がほかにもあるのだろう。そうだな」

 

 さすがは、スネイプとでも言うべきか。たしかにアルテシアには、ほかに気にしていることがある。クリミアーナには過去、何世代にもわたり魔法界と距離を置き、交流を控えてきたという事実があるのだ。なぜ、そういうことになったのか。

 アルテシアは、それを知りたいと思っている。クリミアーナの失われた歴史を知ることにつながるかもしれないからだ。そしてそこに、闇の魔法というものが関係しているのかどうか。このことは、ソフィアには話していない。

 

「まあ、よかろう。あれはおまえのものだ。好きにするがいい。だが、ソフィアなる娘が校長室に忍び込んでまで手に入れようとするからには、それなりの理由があるはずだ。あれがなければ、おまえが困ることになるのではないか。だからこそ、あの娘は取り戻そうとするのではないのか」

「そうですが、だからといって、そんなことをソフィアにさせていいはずがありません。必要なときには、わたしが自分でやります」

 

 スネイプの顔が、わずかにゆがむ。どうやら笑おうとしたらしいが、それがアルテシアには伝わったのかどうか。

 

「校長先生が返してくれないとなったなら、そうするつもりです。いつまでもこのままにはしておきません」

「そうか。ならば、いずれはおまえのものとなるのだな。そうするつもりだと、あの娘に言ってやればよかろう」

「わかりました、そうします」

「それで、手に入らなかったときは、どうなる。そのことの答えはまだだぞ」

「そのときは、半人前の頼りにならない魔女になるだけです。きっと、ルーピン先生はがっかりなさるでしょうけど」

 

 そこで、アルテシアが笑ってみせる。こちらのほうは、スネイプとは違い、誰が見てもわかる笑顔であったが、なぜルーピンの名が出てくるのか。アルテシアの表情などからさまざまなことを読み取るスネイプだが、そのことまではわからなかった。

 

「なぜ、そこでリーマスの名が出てくるのだ」

「すてきな魔女になれ、と言ってくださったからです。そのために努力したいと思っています」

 

 何か言う代わりに、ふーっと息を吐くスネイプ。そして、席を立つ。

 

「立て、ミス・クリミアーナ。寮まで送ろう」

 

 もう、話は終わりということだ。知りたかったソフィアのようすは聞けたし、このあたりが潮時だろう。アルテシアも、席を立つ。

 

「おまえも承知しているとは思うが、魔法は、魔法だ。それ自体に善悪などはない。要は、それをどう使うかであり、闇と称されるべきは魔法ではなく使う人間のほうなのだ」

「スネイプ先生」

 

 わかったなら、ついて来い。そう言わんばかりのスネイプのあとを、アルテシアは歩いて行く。そして、グリフィンドール塔の入り口が見えはじめたところで立ち止まる。

 

「リーマス・ルーピンが、すてきな魔女になれと言ったそうだが」

「はい。手紙でしたけど」

「それでは、あまりに抽象的にすぎるとは思わんか。だが」

 

 返事を求められているのではないと思ったアルテシアは、黙ってスネイプを見る。もちろんスネイプも、アルテシアを見ている。

 

「それでもよければ、吾輩も願おう。ミス・クリミアーナ、立派な魔女となれ」

 

 それだけ言うと、大股で歩きながら去って行く。質問など受け付けないとばかりの後ろ姿を、アルテシアは、ただ見送るしかなかった。

 

 

  ※

 

 

 ムーディ先生の授業では、生徒に対して服従の呪文がかけられることになった。実際にその魔法を体験し、どう対抗するのかを考えろというものだ。おかげで教室では、歌を歌い出したり、何度も飛び上がったり、体操をしたりと、呪文をかけられた誰もがムーディの意図するままに、なにかしら妙な行動をとらされてしまうことになった。

 結局、この呪文に抵抗してみせたのはハリー・ポッターだけ。ハリーが服従の呪文にさからってみせたことに、ムーディはことのほか興奮したようだった。そしてこの呪文を打ち破るコツを解説しつつ、4回もハリーに呪文をかけたのだ。おかげで服従の呪文を打ち破ることができたハリーだったが、ことのほか疲れることであったらしい。

 この授業でアルテシアは、服従の呪文にはかからなかった。ハリーのように呪文に抵抗したのではなく、かからなかったのだ。これにはムーディも首をかしげたが、ハリーのことがあり、そのことはすっかり影に隠れてしまうことになった。呪文にかからなかった生徒がもう1人いたこともあるが、そんなことよりも、服従の呪文に打ち勝ったという事実にのほうに興味をひかれたからであろう。誰もが、ハリーに注目した。

 なぜ、アルテシアは服従の呪文にかからなかったのか。それは服従の呪文にかからなかったもう1人も、まったく同じ理由だ。すなわち、制服のローブにかけられたアルテシアの保護魔法の効果なのである。ローブの保護魔法が服従の呪文をブロックしてみせたのだが、その保護魔法のことにムーディが気づかなかったのは、アルテシアにとっては意外なことであった。

 そんなふうにして毎日は過ぎていき、とうとう三大魔法学校対抗試合の参加校であるダームストラング専門学校とボーバトン魔法アカデミーが到着する日を迎える。そのときホグワーツの生徒たちは、玄関ホールに整列して、午後6時となるのを待っていた。その時刻が、到着予定時刻なのである。

 代表団の人たちはどうやってホグワーツへ来るのだろうかと、あちこちでささやきあう声が聞こえており、教師たちの集まるなかから、ダンブルドアの大きな声がした。

 

「ほっほー! わしの眼に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近づいて来ましたぞ!」

 

 とたんに生徒たちが、あちこちバラバラな方へと、目を向ける。そのうち、誰かが禁じられた森の上空あたりを指さし、叫んだ。

 

「あれだ。大きな館が、空を飛んでくる」

 

 ようやく生徒たちの視線の先が定まる。暗くなり始めた空に、天馬に引かれて飛んでくる巨大な館があった。天馬の毛色は黄金色であり、たてがみと尾の毛が白く輝くような白といういわゆるパロミノ種の馬だ。その天馬に引かれ、巨大な館はみるみるうちに近づいてくる。

 誰もが、その着地に注目しているなか、アルテシアの背中をちょんちょんとつつく者がいた。ソフィアだった。

 

「あら、どうしたの、ソフィア」

「お話があるんです。ちょっとだけ、いいですか」

「もちろん、いいわよ」

 

 返事をした瞬間、アルテシアは、いつもの空き教室にいた。ソフィアの魔法によるものだが、そこにパーバティもいた。もちろんソフィアが、同時に連れてきたのだ。

 

「すみません、ボーバトンやダームストラングの人たちが来るところを見たかったですよね?」

「いいえ、あの大きな馬車にはびっくりしたけど、どうせあそこに並んで遠くから見ているだけでしょ。それで、どうしたの?」

 

 ソフィアと、こうして話をするのは久しぶりだ。いつもなら放課後にこの空き教室で話をしているのだが、あの校長室の一件以来、ソフィアは空き教室に顔を見せなくなっていたからだ。それでもアルテシアは、食事のときなど大広間でその姿をさがし、ときには声をかけたりもしている。ゆっくり話をするというようなことになってはいないが、そうしたことの積み重ねで、話をするようになっていた。

 

「わたしは、4歳のときに会ったことがあるんです」

「え?」

「どこでだったか、場所は覚えていません。そのとき、何かのきっかけがあったんだと思うんです」

「なんのこと?」

「クローデルです。知っていますよね。クローデル家のティアラさんのことです」

 

 クローデル家のティアラ? 突然聞かされたその名前を、アルテシアは知らなかった。初めて聞く名前だと、そう思った。だが、そのすぐ後で、考え込むようなそぶりをみせる。

 

「やっぱり、そうですよね。それでその名前は、アルテシアさまのなかにあるんでしょうか?」

「ええと、ごめん。ちょっと待って。ええと、ティアラ、だよね。ティアラ…… 聞いたことあるような気がする」

「そうですか。まあ、そうだろうとは思ってましたけど」

「ちょっと、ソフィア。黙って聞いてようと思ったけど、やっぱり説明して。クローデルのティアラがどうしたって?」

 

 パーバティは少し離れたところにいたのだが、そう言いながら近づいてくる。ソフィアが目を向けたが、パーバティに答えたのはアルテシアだった。

 

「クローデル家は、ずっと昔にクリミアーナと関係があった人の家だよ。ソフィアのルミアーナ家と同じ、でいいのかな?」

 

 後半はソフィアに確認を求めたものだが、ソフィアはそれを否定した。

 

「同じじゃないです。ぜんぜん違いますからね。あっちはたぶん、アルテシアさまのこと、大切になんて思ってないはずです」

「アルは、そのティアラって人を知ってるの?」

「ううん、知らないわ。ただ、名前だけは」

「聞いたこと、あるわけだ。わかった。じゃあソフィア、続きを」

 

 そこで、ソフィアが軽くため息。話の腰を折られたと、そう感じてのことだろう。やれやれ、といったところか。だがパーバティは、それほど気にしていないようだ。

 

「まあ、いいです。母から知らせてきたんですけど、うちの家にクローデル家から連絡があったそうなんです。クローデル家の一人娘ティアラがホグワーツに行くことになるって」

「え、ホグワーツに」

「ええ。クローデルからの手紙には、そのときそちらの娘さんと会うだろうから、一応知らせておくとあるだけで、詳しいことなんてなんにも書いてなかったそうです」

「つまり、ボーバトンかダームストラングの生徒だってことかな。まさか、先生ってことは、ある?」

「生徒だと思いますよ。たぶん、わたしより3つか4つ上くらいだったから」

 

 そんな話をしている、ちょうどそのころ。湖にボコボコと派手な音をさせ、難破船かあるいは幽霊船とでも勘違いされそうな、そんな船が水面に浮上してきていた。この大きな船にダームストラングの代表団が乗っているのだ。そのダームストラング一行のなかに、クィディッチの有名選手であるビクトール・クラムがいたことに、ホグワーツの生徒たちは騒然となっていた。

 ボーバトンとダームストラングの代表団が到着し、まもなく、歓迎の夕食会が始まることになる。

 

 

  ※

 

 

 全校生徒が大広間に入り、それぞれの寮のテーブルにつく。ビクトール・クラムをはじめとしたダームストラングの生徒たちは、スリザリンのテーブルに席を取ったようだ。ボーバトンの生徒たちは各テーブルばらばらに座っているようで、グリフィンドールのテーブルにも、何人かのボーバトンの生徒の姿がある。

 教職員のテーブルには、上座側の列にダンブルドアと、ダームストラングのカルカロフ、そしてボーバトンのマダム・マクシームがいる。ダンブルドアが席を立つ。

 

「こんばんわ、みなさん。今夜は特に、客人のみなさんに申し上げたい。ホグワーツへのおいでを、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在は、快適で楽しいものとなりましょう」

 

 満足げにほほえみながら、3校の生徒たちを見回していくダンブルドア。だが彼のあいさつは、それで終わらなかった。

 

「じゃが諸君。もちろん、それぞれ承知しておられるじゃろう。この宴が終わると三校対校試合が、正式に開始される。競い合うこととなるが、それまで大いに楽しみましょうぞ」

 

 アルテシアとパーバティは、いつもの自分の場所に座り、タンブルドアを話を聞いていた。話が終わると、周囲を見回し、とくにボーバトンの生徒を見ていく。さきほどまでソフィアと話していたことが頭にあるのだろう。

 あいさつがおわり、誰もが大量に並べられた料理との闘いを開始する。

 

「どっちかな? あたしはボーバトンの人だと思うな。ダームストラングは、ちょっと雰囲気違う気がするし」

「どうだろう。どっちにしても、わたしたちはティアラって人を知らないんだから、こっちからは探せないけどね」

「名前以外はね」

 

 そう言って、軽く笑いあう。その通りで、幼い頃に一度だけ会ったことがあるというソフィアはともかく、知らなければ、たとえ隣に座っていたとしても気づくことは難しいはずだ。

 たまたまであるのは間違いないだろうが、そのアルテシアたちの隣に、ボーバトンの生徒が座っていたのだ。その生徒が話しかけてくる。

 

「おー、いま、ティアラという名前、言いまーしたね。わたーし、知っていまーすよ」

「え?」

 

 驚いて、その生徒を見る。だが何か言おうとしたところで、ダンブルドアの大きな声が、大広間に響き渡った。いつのまにか教職員テーブルに、見知らぬ顔の2人が増えていた。カルカロフの隣にいるのがルード・バグマン、マダム・マクシームの隣にいるのがバーテミウス・クラウチだ。

 

「生徒諸君、いよいよ、時が来た」

 

 いよいよ、対校試合の詳細が発表されるのだろう。となればアルテシアも、隣のボーバトン生に話しかけるわけにはいかなかった。誰もがダンブルドアに注目していたからだ。静かにしていなければならない。

 

「三大魔法学校対校試合は、まさにいま、始まろうとしておる。その説明の前に、まずは紹介しておこう。国際魔法協力部部長のバーテミウス・クラウチ氏、そして魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマン氏じゃ」

 

 拍手がまばらであったのは、生徒の誰もが、そんなことより対抗試合の説明が聞きたかったことの証明であろう。ダンブルドアも苦笑いをうかべたが、紹介を途中でやめるわけにはいかない。

 

「バグマン氏とクラウチ氏は、この数カ月というもの、三校対校試合の準備に骨身を惜しまず尽力されてきた。その努力なくして、今回のイベント開催はありえなかった。そのおふたりと三校の校長、計5人により、各校代表選手の健闘が評価されることになる」

 

 つまり、この5人が審査員ということだろう。そこへ、ホグワーツの管理人であるアーガス・フィルチが、なにやら豪華に飾り付けがされた大きめの木箱を持って現れる。

 

「審査員により、今学年のあいだ、代表選手はあらゆる角度から試される。魔力の卓越性、果敢な勇気、論理・推理力、そして、危険に対処する能力などを、課題をどうこなすかにより採点され、3つの課題の総合点が最も高いものが、優勝杯を獲得する」

 

 ダンブルドアが、フィルチから木箱を受け取り、それをテーブルの上に置く。そして、杖を取り出す。

 

「よろしいか。試合を競うのは、各校の代表選手。その代表選手を選ぶのはこの、公正なる選者“炎のゴブレット”じゃ」

 

 木箱のふたを杖で3度軽く叩くことにより、ふたがゆっくりと開いていく。そして取り出されたのは、その縁から溢れんばかりに青白い炎がわきあがる杯だった。それを、ふたを閉めた木箱の上に置く。

 

「まずは、代表選手へのエントリーを受け付けよう。羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、この杯の中へと入れるのじゃ。ただし、受け付けるのはこれから24時間以内。すなわち、明日のハロウィンの夜までじゃ。さすればこの杯が、各校を代表するに最もふさわしいと判断した者の名前を、返してよこすことになる」

 

 大広間は、しーんと静まりかえっていた。

 

「この杯は、今夜より玄関ホールに置かれる。言うておくが、参加資格は17歳以上じゃ。よってこの杯の周囲には、17歳に満たない者が近づけぬよう”年齢線”を引いておく。よろしいか、この競技はそれほど過酷で厳しいものなのじゃ。軽々しく立候補してはならぬぞ。”炎のゴブレット”が代表選手として選んだものは、魔法契約により最後まで試合を戦い抜く義務が生じる。ゆえに、途中で気が変わることは許されぬ。参加資格のある者は、今夜一晩よく考え、明日、杯に名前を入れるがよい。さて、寝る時間じゃな。解散。皆、お休み」

 

 参加資格は17歳以上。それに満たない者はダンブルドアの”年齢線”により排除される。だがそれも、考え方次第。”炎のゴブレット”が選んだものは、魔法契約により最後まで試合を戦い抜く義務が生じるのだ。ならばとにかく、名前を書いた羊皮紙を杯のなかに入れてしまえばいい。

 そう考えた者が、17歳未満の者たちのなかにいたのかどうか。それを実行する者がいるのかどうか。それはもちろん、この時点ではわからない。

 




 今回のお話は、かなり苦労しました。とれだけ書き直したことか。
 ダンブルドアの持つアルテシアのにじ色の玉を、なぜ取り戻そうとしないのか。そうしようとするソフィアを、なぜ止めるのか。
 そのことをソフィアに、そしてスネイプに説明するのですが、それがうまくいかなかったんですよね。それぞれで、微妙に違う説明。スネイプのほうにより詳しい説明がされるのですが、そこにはソフィアに対する甘えみたいなものがあるし、スネイプは教師であるがゆえのこと。そんな立場の違いみたいなことが伝わるのかどうか。それにこうしてあわさると、重複する部分があったりしてくどくも感じます。そのあたり作者は不満に思ってたりしますが、いろいろ考えてもこのあたりが精一杯かも。何日かあいだをおけば、なにか思いつくかもしれません。ならここに登録しなければいいようなもの。それはそのとおりなんですが、いずれ修正ということになるかも。お許しを。
 しかし、なにかいい方法はないのか。そんなこと、まだ考えてたりします。あしからず。

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