校長室に来るように、という知らせがアルテシアのところに届いたのは、その日の最後の授業中だった。魔法薬学の授業で、課題であった魔法薬を作り終えて後片付けをしているときのこと。スネイプが、アルテシアのすぐ横へとやって来たのである。
「おまえは、なにかしたのか」
「え?」
「校長が、お呼びだ。授業が終わり次第に連れてこいと言われている」
「わたしを、ですか」
そう言っただろう、というような目でスネイプがアルテシアを見る。そして、それ以上はなにも言わずに教壇へと歩いて行く。アルテシアと、その言葉を聞いたパーバティとがスネイプを目で追っていく。
「さて、諸君。今日の授業はこれで終わりだ。片付けを終えた者から戻ってよいぞ。宿題も出さずにおいてやろう」
とたんに片付けのテンポがアップしたのはどういうわけか。そしてグリフィンドール生が、次々と地下牢教室を出て行く。合同授業のスリザリン生もそのあとに続くが、アルテシアはそうするわけにはいかなかった。スネイプが、教壇の上からじっと見ていたからだ。
「アル、あたし、どうしようか。スネイプ先生が何を言っても、ずっと横にいててもいいよ。というか、そうしたいんだけど」
「ううん、大丈夫だよパーバティ。たぶんソフィアのことを言われるんだろうけど、スネイプ先生が助けてくれるような気がする」
「え? いくらなんでも、そんなことは」
「あはは、さすがにそれはないか。でもほんと、平気だよ。むしろ、校長室に入れるのはありがたい。ソフィアじゃないけど、様子をみてくる。あなたたちが言うようにあそこになにかあるのか、さぐってみるつもりだよ」
「ダメだって。そんなことして気づかれたら、それこそいいわけできないよ」
言い訳なんか、する必要はない。アルテシアは、そう思っている。もし本当にダンブルドアがなにかを手に入れ、それを校長室に置いたままにしているのであれば、言い訳するのは、ダンブルドアのほうだ。アルテシアは、そう思っている。
他に生徒がいなくなり、スネイプが教壇を降りてくる。
「ミス・パチル。どういうつもりだ。吾輩は、戻れと言ったはずだが」
ネビルあたりなら、その射るような視線に対しては、話すことはもちろん動くことすらできなくなっていたかもしれない。だがパーバティは、その目をまっすぐに見返していた。
「アルテシアを置いて行きたくありません。アルテシアも一緒じゃないとダメなんです」
「ふむ、何がダメなのかを議論してもよいが、それも面倒だ。だが1つだけ言っておこう。それでもイヤだというなら、勝手にするがいい」
「ほ、ほんとにいいんですか、先生」
「おまえは、バカか。吾輩は、寮に戻れと言っているのだ。人の話はちゃんと聞け」
「で、ですけど」
勝手にしろ、と言ったばかりではないか。だが、さすがにそれを口に出すことはできなかった。パーバティは、その言葉を心の中だけにとどめた。スネイプの目が、一段と厳しくなってくる。
「口答えなどは許さん。黙って聞け。校長がこの娘と何を話そうとしているのか、おまえならわかるだろう。だがおまえが着いていけばどうなるかまで、考えてみたのか。おそらく、おまえを追い返したりはしないだろう。だがそのとき、校長の話は、まったく別の内容となるはずだ」
それでもいいのか、とスネイプは言うのだ。さすがにパーバティは、そこまで考えてはいなかった。ただアルテシアが心配だっただけのこと。だが、自分がいることでダンブルドアが話の内容を変えるというのなら。アルテシアを、見る。アルテシアが、うなずく。
「わかりました、先生。でも、1つだけお聞きしてもいいですか?」
「なんだ。時間がないのだ、早くしろ」
「わたし、アルと一緒に夕食を食べたいんですけど、それには間に合うでしょうか?」
スネイプの目が、一回り大きくなったようだ。だが彼は、ひと言も発しなかった。にらみ合いのような時間は、ほんのわずか。パーバティはアルテシアにむけて手を振ると、教室を出て行った。
「では、ミス・クリミアーナ。校長室へ行くぞ」
※
「今日、キミたちに来てもらったのは、ほかでもない。スリザリンの3年生の女の子のことを聞きたかったからじゃよ」
「それをなぜわたしに聞くのか、最初にそれを聞かせてもらってよいですかな。本人に聞く、ということはお考えにならなかったのですか」
「おう、そうじゃな。それでもよかったろう。じゃがあの女の子は、おそらく何も言わぬと思うての」
ダンブルドアの視線は、アルテシアへと向けられている。無言を通すであろうソフィアよりも、ソフィアをよく知る者に聞いたほうが早い、という判断であるらしい。
「お嬢さんは、あれからなにか話をしたかね?」
あれからという言葉を使うからには、ダンブルドアは、そのことをアルテシアも承知しているはずだと思っているのだろう。つまりこれからの話は、ソフィアが校長室を訪れたときのことを3人ともに知っている、という前提で進められるということだ。だが、それをあっさり認めてもいいのだろうか。あるいは、ダンブルドアが言い出すまでそしらぬふりをするべきか。
一瞬、アルテシアはスネイプを見る。そのスネイプは、いつものような無表情。そこから何かを読み取ることなど、アルテシアにはできない。結局、自分で決めるしかない。
「ソフィアとは、毎日、話をしています」
実のところアルテシアは、昨日からソフィアと話をしていない。校長室に呼ばれていなければいまごろいつもの空き教室で顔を合わせていたはずだが、そんなわけで、今日はまだ顔さえ見ていないのだ。だが校長室でのことは、パドマからパーバティへと伝わり、アルテシアの耳にも入っていた。
「そのソフィア嬢とは、ずいぶんと仲が良いようじゃな。よく一緒にいるところを見かけるが」
「そうですね、とてもいい友人です。いい子ですよ、ソフィアは」
「じゃろうな。お嬢さんのことを思うあまり、なにやらしでかそうとしておるようではないか。あれは、その準備であろうと思うが、いったい何をしたのであろうかの」
「校長、まずは説明が必要ではないですかな。ソフィアなる娘が、いったい何をしたというのです。それがわからねば、答えようもありますまい」
「いや、お嬢さんは知っておると思うがの」
ダンブルドアの表情もまた、アルテシアにはわかりにくい。軽く微笑んではいるが、その笑顔をどう判断するべきなのか、アルテシアにはわからない。結局のところ、顔色を読みながらの駆け引きめいたことなどできるはずがないのだ。アルテシアは、心を決めた。
「わかりました、校長先生。知りたいことにはお答えします。ソフィアが何かしたとしても、すべての責任はわたしにあります」
「いやいや、わしはそういうことを言うておるのではないよ。じゃが、話してくれる気になったのはありがたい。ソフィア嬢は、校長室に忍び込もうとしている。それで間違いないかね?」
質問というよりは、確認といったところか。直接的にすぎるが、知りたいことには答えると言った以上うなずくしかなかった。スネイプの表情に、変化はない。
「なるほどの。ではつまり、あれはそのための目印、といったところかの」
「何なのです、校長。あれとは?」
「ソフィア嬢が残した魔法の痕跡、とでも言えばいいかと思うが、どうじゃね、お嬢さん」
それは、ソフィアがつけた印のことだろう。だがそれは、何かを転移させるときのいわば目印でしかないし、ほおっておけばそのうち霧散し消えてしまうものだ。そんなものに気づいたとは、さすがは校長先生だとアルテシアは思う。
「あれは、なんのためのものかね。なぜ、あんなものが必要なのかね」
「校長先生がおっしゃられたように、目印です。場所を覚えておくためのものです」
「ふむ。つまりあの場所に『姿現し』するための印、といったところかの」
「校長、このホグワーツでは『姿現し』などできないのでは」
「そうじゃ、そのようにしてあるからの。おそらくは、それを突破するためのものなのであろう。そういうことでいいかね、お嬢さん」
ダンブルドアは、なにもかも知っているのではないか。アルテシアは、そんな気にさせられる。説明を求められているのではなく、確認であるからだ。いまのところ、それにうなずくだけで話が進んでいく。
「であればソフィア嬢は、あの目印を使って無断で入ってくるかもしれんということになるのう。じゃが、それでは困るのじゃ。お嬢さん、あの目印を消すにはどうすればいいのかな」
「なにもしなくても、そのうち消えてしまいますけど」
「では、ほおっておいてもいいのじゃな」
「はい」
「しかしじゃ。ソフィア嬢にそんなことをさせるわけにはいかん。させないためには、どうするのがよいかな」
その方法は、1つしかない。ソフィアの目的、すなわちダンブルドアがホグズミードから何かを持ち帰ったのかどうか、それが校長室にあるのかどうか。それを確かめることだ。
「校長、無断での侵入を計画するからには、あの娘とてなにか目的があってのことであるはず。そのことで、なにか心当たりはないのですかな。それをなくせば、侵入することもなくなる。あるいは対策が打てる」
「もっともじゃ。じゃがセブルス、ソフィア嬢にそんなことはせぬよう言って聞かせる必要はあろう。キミがやってくれるかね?」
「それはもちろん。ですが校長、その思い当たることを聞かせてもらえますかな。知っておかねば、説得もうまくはいかんでしょう」
「そうじゃな。おそらくは、わしがホグズミード村の女性から預かったものが関係しているのであろうと思う。お嬢さんは、そのことを知っていたかね」
「いいえ」
そんな女性がいたことを、アルテシアは知っている。パチル姉妹が、実際に会っているからだ。おそらくその女性は、アルテシアのものとなるはずの魔法書の一部から生み出された仮の女性であり、アルテシアに欠けているものを渡そうとしていたと考えられるのである。パーバティから聞いたところでは、その女性と校長は間違いなく会っているらしい。だとするなら、それがそのとき校長の手に渡ったと考えるのは不自然ではない。だからこそソフィアは、校長室への侵入を考え始めたのだ。
アルテシアはそう理解していた。だがすべては、この時点における推論でしかない。だから返事は『いいえ』ということになる。
「そうかね。そういうことでもよいが、ソフィア嬢は、おそらくそれを持ちだそうと考えておるのじゃろう。じゃがお嬢さん、まだそれをキミに渡すわけにはいかんのじゃよ」
「なぜですか。この娘にと預かったのなら、当然、渡すべきでは」
「いいや、セブルス。校長として、あれが何かはっきりしない限り、生徒には渡せぬのじゃ」
「ですから、それはなぜです。そもそも、それをなぜ、校長が持っているのですかな」
「じゃから、預かったと言うておろう。もしそれに闇の魔法がかけられていたらどうなる。そこに闇の魔法が詰め込まれているのなら、どうなる。安全でない限り、渡せぬのじゃよ」
それは、マクゴナガルに対しても何度も述べられた、理由である。マクゴナガルに言わせれば、根拠のないこじつけということになってしまうが、ダンブルドアはその主張をくり返すのみだ。だがアルテシアは、その理由に納得できない。ならば、預からねばいいと思うからだ。それが何であるかはっきりしないものを、なぜ、受け取ったりするだろう。
「校長先生は、そこには闇の魔法があると、そうお考えなのですね」
「その疑いはある、と考えておる。お嬢さんは、あの玉が何なのか、知っておるのかね」
「玉、ですか。それは以前に吸魂鬼を捕まえたときのような玉、でしょうか」
「そうじゃな。見た限りでは同じに見える。じゃが、なかに入ってるのは吸魂鬼ではなかろうと思う」
ならばそれは、にじ色だ。なるほど、とアルテシアは思う。おそらくその中にあるのは、魔法書の一部。にじ色なら、その保管には最適だ。だが、それを作ったのは誰だろう。母のマーニャなのか、それとも。
「校長先生、それを見せてもらえませんか。見れば、それが何かはすぐにわかります」
「いや、キミを疑うわけではないが、ソフィア嬢があの玉を持ちだそうとしているいま、ここに取り出すようなことはせぬがよかろう」
それはつまり、保管場所を知られる恐れがあるということだろう。アルテシアは、そう理解した。そのうえで、改めてダンブルドアに問う。
「校長先生は、それが闇の魔法だとお考えなのですね。危険なものだと判断されているのですね。だから、どこかに保管しているとおっしゃるのですね」
「そういうことじゃ。よく調べたうえで問題ないとなれば、もちろんお嬢さんに渡すつもりでおるよ」
「わかりました。よくわかりました。ソフィアには、決してダンブルドア先生に無断で校長室に入るようなことはしないと約束させます。無断で入り込むようなことはさせないと約束します。今回のことは、それで許していただけませんか」
アルテシアが、その真剣な目でダンブルドアに訴える。表情からは、とっくに笑みは消えている。そんなアルテシアの肩を、スネイプがポンと軽く叩いてみせる。
「落ち着け。ひとつ、深呼吸でもしてみたらどうだ。ソフィアなる娘は、わがスリザリンだぞ。まず吾輩が話をするのが先であり、おまえはそのあとだ。わかったな」
スネイプを見て、ダンブルドアの顔を見る。それからもう一度、スネイプを見る。深呼吸をしたようには見えなかったが、それでも肩から力が抜けたのはわかった。
「校長、今日のところはそれでいいのではありませんか。ソフィアなる娘とは、わたしが話をします」
その思惑はさておき、ダンブルドアは大きくうなずいてみせた。
※
それから2日が経った。アルテシアは、スネイプに言われたとおり、校長室でのことをソフィアに話してはいない。だがそうするのは今日までだ。明日にはちゃんと話すとパチル姉妹にも約束しているし、ソフィアにもそれまで待つようにと言ってある。もっともソフィアのほうは、すでにスネイプから何かしら言われているのかもしれない。
この日の最後の授業は、闇の魔術に対する防衛術。グリフィンドールの4年生にとっての、ムーディー先生最初の授業である。
「教科書など、必要ない」
それが、ムーディーの最初の言葉だった。コツッコツッと音をたてて教壇に向かい、そこに置かれた椅子に腰かける。生徒たちが注目するなか、ポケットから酒瓶を取り出すとグビッと飲む。
「諸君、もちろん知っておろうが、この授業は、闇の魔術に対する防衛術だ。そうだな」
なにをいまさら、などという生徒はいない。誰もがうなずく。そんななかで、ムーディはしわがれた声で笑い、改めて生徒たちをみまわした。
「防衛術だぞ。それも、闇の魔術に対するもの、ということだ。だが諸君は、闇の魔術とはなにかを知っているのか。どうだ。それが何かと問われ、きちんと答えられるものが、どれほどいるであろうか」
ムーディーが、ゆっくりと生徒たちを見回す。ハーマイオニーがさっと手を挙げたが、ムーディーの目は、それを素通りしていく。
「闇の者たちと闘うには、まずそれをよく知らねばならん。知らなければ対抗することなどできんというのがわしの考えだ。見たことすらないものを、どうやって防ぐというのだ。どうやれば身を守れるのだ。それを知らねば、避けることなどできようはずがない。いいかおまえたち。魔法省により禁止されているからといって、闇の側の魔法使いが使わぬはずがないのだ。知らねばならんのだ」
コツッコツッという音が、ふたたび教室内に響き始める。ムーディーが歩き出したのだ。
「許されざる呪文、というものがある。知っている者はいるか」
何人かの生徒が手を挙げる。ハーマイオニーはいつものことだが、ロンの手もあがっていた。
「その赤毛から察するに、アーサー・ウィーズリーの息子だな。答えろ」
「父親が話してくれたんですけど、確か“服従の呪文”だと」
「さよう。服従の呪文だ。少し待て」
またもコツッコツッという音を響かせて教壇に戻ると、教卓のなかから大きめのガラス瓶を取り出した。黒い大きなクモが3匹入っており、そのうちの1匹に杖をむける。
「よく見ておけ、これが服従の呪文だ。インペリオ(Imperio:服従せよ)」
そのクモのようすが、明らかに変わった。ゴソゴソとはい回るのをやめ、その8本の足を交互に上げ下げし、まるでダンスでも踊っているかのように調子を取り始めたのだ。他の2匹と比べても、あきらかに違う。
「このように、完全に支配してしまうことができる。転がれと念じれば、こいつは転がるだろう」
そのクモが、足を縮めて丸くなり、コロリコロリと転がり始めた。
「こうして、思いのままにあやつれるというわけだが、さて諸君。この服従の呪文といかにして闘えばよいか。それをこれから学ぶわけだが、もちろん呪文をかけられぬようにするのが、一番よいのだ。『油断大敵!』」
ムーディの大声が、教室に響く。油断大敵、油断をするな、ということだ。次にムーディーは、ネビルを指名する。
「答えろ、ロングボトム。おまえも知っているはずだ」
ネビル・ロングボトムが、ゆっくりと席を立ち、おそるおそるといった感じで答えた。
「そのとおり、磔の呪文だ。これは、死んだ方がましだと思わせるような苦痛を相手に与える。このようにな。クルーシオ(Crucio:苦しめ)」
とたんに、1匹のクモが足を突っ張らせ、けいれんし始める。クモなのでひと言の悲鳴も発しないが、すさまじい苦痛に耐えているのだろうと、誰もが思ったに違いない。そんなふうに、身体をよじられているのだ。
「もう1つある。最後の1つだ。知っているものはいるか」
ほかにもいたのかもしれないが、手を挙げたのはハーマイオニーだけだった。ハーマイオニーはささやくような声で答えた。
「その通りだ、アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra:死の呪い)」
ムーディーの杖から、緑色の光が3匹めのクモに向かって飛び出した。光が当たった瞬間、クモはあおむけにひっくり返り、動かなくなった。死んだのだ。
「このように、気持ちの良いものではない。しかも反対呪文は存在しないのだから、防ぎようがない。だがなぜか、1人だけこれを受けて生き残った者がいる」
ムーディーの目は、ハリーを見ていた。ムーディーだけではなく、多くの目が、ハリーに向けられている。誰もが、ハリーがヴォルデモートに襲われて生き残ったことを知っていた。ハリーは、こんな状況から生き残ったのかと誰もが思ったし、ハリーもまた、自分の両親の命を奪ったものの正体を、はっきりと見た。吸魂鬼との接近で、そのときの細かな状況はわかっている。両親の最期の声も聞いている。そしていま、その魔法を実際に見たのである。
「服従の呪文、磔の呪文、死の呪い。この3つをまとめて「許されざる呪文」と呼ぶ。これらの呪文を人間に対して使用した場合、罰せられるぞ。アズカバンでの終身刑に値する罪だ。しかし、だからといって闇の者どもが使わぬわけではない。おまえたちは、知っておかなければならないのだ。最悪の事態とは、どういうものかをな」
コツッコツッという音をたて、ムーディが教室内を歩く。アルテシアが、手を挙げていた。ムーディーがそれを見たが、話を続ける。
「この授業では、そういったものに対しての戦い方を学ぶのだ。この1年で、しっかりと学べ。備えよ。武装しろ。常に、警戒を怠るな。油断大敵!」
ゆっくりと歩きながら、ムーディーがアルテシアの前に立つ。
「言いたいことがあるなら、言え。おまえ、名前は?」
「アルテシア・クリミアーナです。わたしに、具体的に闇の魔法を教えてくださったのは、先生が初めてです。あの3つが闇の魔法なのですね」
「ほう、おまえがクリミアーナか。思ったより小柄だな。おまえも、よく覚えておくがいいぞ。きっと役に立つ」
「はい。闇の魔法とはどういうものなのか、ようやくわかってきたような気がします。つまり人に迷惑をかける魔法、という解釈でいいのでしょうか。闇の魔女、魔法使いと呼ばれる人たちは、そんな魔法を使うのですね」
「解釈など、好きなようにするがいい。その命を奪い、意思を奪い、傷つけ、支配する。そんなやつらを闇の魔法使いというのだ。わしはこれまで数多くの者を見てきたが、なるほどおまえは、ふむ、十分に素質があるかもしれんぞ」
授業時間の終わりを告げるベルがなる。ムーディーが教壇へと戻る。
「これで終わろう。だが忘れるなよ、油断大敵!」
※
授業が終わってもなお、みんなの話題は、その内容についてのものだった。
ロンは、クモがあっという間に死んでしまったことに興奮しっぱなしだし、ハリーは、自分の両親が死んだ瞬間を見せられたようで気持ちを沈ませていた。ハーマイオニーは、ムーディが磔の呪文をやってみせたときからネビルのようすがおかしくなったことを気にしていた。
そのネビルのところへ、ムーディがやってくる。
「ロングボトム、おまえのことはよく承知している。ポッター、おまえもだ。つらいところだが、知らぬふりをしてもどうにもなるまい。ちゃんと見つめ、乗り越えるのだ」
「はい」
とりあえず、そう返事をするしかなかった。ハリーの両親は、死の呪いで殺されている。そのことを気遣っての言葉なのだろう。では、ネビルの場合は? ネビルもきっと、なにかあるんだとハリーは思った。
「さあ、ロングボトム。わしの部屋へ来い。おまえが興味を持ちそうな本が何冊かあるぞ」
そうしてネビルがムーディに連れて行かれると、今度はアルテシアのことが気になってくる。
「な、なあ、ハーマイオニー。アルテシアだけど、変なこと言ってたよな」
「ええ、闇の魔法のこと、ずいぶんと気にしていたようだけど」
「素質があるって。でもそれって、魔女としてってことだよね。まさかあいつ。まさか、そんなこと」
「ええ、そんなことないわよ。そんなこと、ありえないわ。だって、アルテシアだもの」
※
そのころ、マクゴナガルは校長室にいた。ダンブルドアに呼ばれ、話を聞かされたところである。
「いま、アルテシアが納得したと、そうおっしゃいましたか」
「そうじゃよ、ミネルバ。あの玉をわしが持っていることを話したし、調べがつくまでは渡せないとも言うてある。このことは本人も承知しておるのじゃから、あなたはもう、忘れてもよかろうと思う。ぜひとも、そうしなされ。よろしいな」
と言われても、マクゴナガルは納得できない。アルテシアに話したのは本当だろうが、果たして本当にアルテシアは納得したのか。いや、納得などするはずがない。仮に納得したのが本当だとしても、ダンブルドアにいいくるめられての結果に違いない。それになにより、自分自身が納得することなどできようはずがない。あれがアルテシアの手に渡らねば、なんの解決にもならないのだ。
アルテシアとよく話し合う必要がある。なにがあったのか、じっくりと話をしなければならないと、マクゴナガルはそう思うのだった。