ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第61話 「疑惑と不調」

「寮対抗のクィディッチゲームは、今年は取り止めることになった。楽しみにしている生徒も多いじゃろうに、この決定をしたことを申し訳なく思うのは確かなのじゃが」

 

 新入生の歓迎会で、ダンブルドアがこんなことを言い始めた。それは、新入生の組み分けが終わり、ごちそうを食べ終わったあとの校長先生の諸注意のなかでの発言だ。これはハリーにとっても、驚くべき内容である。さては、マルフォイの言っていたことはこれなのか。ロンと顔を見合わせる。

 

「残念だとは思わんで欲しい。もっともっと大きなイベントのためなのじゃ。いまから、それを説明しよう」

 

 誰もが、その説明を聞き漏らすまいとするなか、大広間じゅうに音を響かせ、入り口の扉が開かれる。そこに1人の男が立っていた。長いステッキを持ち、黒い旅行用のマントをまとっている。大広間にいる人のすべてが、その人物を目で追っていた。コツッ、コツッという鈍い音をたて、ゆっくりと歩いてくる。ダンブルドアまでもが、その男に目を奪われているようだ。

 コツッ、コツッという音は、もちろん彼が歩くときの音に違いないが、あたかもそれが、催眠術か何かを仕掛けてでもいるかのようだ。誰もがひと言も話さず、彼が教職員テーブルへと歩いて行くのを見守る。

 コツッ、コツッ。コツッ、コツッ。

 歩くたびに身体が左右に揺れるのは、どちらかの足が悪いのだろう。男は教職員テーブルにたどり着くと、ダンブルドアのほうへと歩いて行く。

 男の顔には、無数のキズがあった。だがキズよりも目立つのは、目だ。その目が、男の形相をより恐ろしく見せている。なにしろ、鮮やかな明るいブルーの左目が、ぐるぐると上下左右に絶え間なく動いているのだ。右目のほうはそんな動きはしておらず、色は黒だ。

 ダンブルドアと男が握手を交わし、彼は、ダンブルドアの右側に席をとる。

 

「そうじゃな。まずは新しい“闇の魔術に対する防衛術”の先生を紹介しておくことにしよう」

 

 その言葉が、大広間に集う人たちの催眠状態を解いた。

 

「アラスター・ムーディ先生じゃ。マッド・アイという呼び名であれば、聞いたことがある人もいるじゃろう」

 

 そこで拍手など起こってもよさそうなものだが、そんなことより生徒たちは、新任の先生を“見る”ことに集中していた。が、それでも徐々にざわざわとした空気が広がっていく。

 

「新しい先生、だって」

「ムーディ、先生……」

「マッド・アイ・ムーディ……」

 

 あちこちで、ささやくような声が聞こえ始める。その声が聞こえたのかどうか、ムーディは、テーブルの上に並ぶカボチャジュースなどはどうでもいいとばかり、マントに手を突っ込み、携帯用酒瓶を引っ張りだすと、グビッグビッと飲んだ。

 

「さて、話を戻そう。クィディッチは取りやめとなるが、その代わりがある。誰もが注目し興奮することになるであろうそのイベントは、実は、ここ100年ほどの間は行われていない。そのイベントをわがホグワーツで開催する。三大魔法学校対抗試合じゃ」

 

 生徒たちのなかから、歓声があがる。だがそれも部分的で、全生徒一斉に、というわけではなかった。まだムーディーによる緊張感を引きずっていただろうし、三大魔法学校対抗試合とは何なのかわからなかったのかもしれない。

 

「ふむ。まあ、この三大魔法学校対抗試合について、知らない諸君もおることじゃろう。少し説明させてもらうが、始まったのはおおよそ700年前になる。各魔法学校より代表選手を1人ずつ選んで、3つの魔法競技を競った。じゃが死者が出るに至り、競技そのものが中止されておったのじゃ」

 

 学校対抗の魔法競技で死者、という驚くべき内容にもかかわらず、実際に驚いた生徒はごく少なかったようだ。だれもが、対抗試合のもっと詳しい内容を聞きたがっているらしい。満足げにダンブルドアが話を続ける。

 

「むろん、この対抗試合を再開しようと動きはこれまでにもあったが、実現してはこなかった。じゃが今回、ダームストラング専門学校とボーバトン魔法アカデミーから代表選手を迎え、ここホグワーツにおいて競われることになったというわけじゃ。10月には両校をホグワーツにお迎えし、ハロウィンの日に各校の代表選手を決める。そして優勝杯、学校の栄誉、選手の誇り、そして賞金1000ガリオンを賭け戦うこととなる」

 

 生徒の誰かから『選手はどうやって決めるんですか』と声が飛んだ。『立候補します』などという声もあった。ダンブルドアは、微笑みながら手を挙げ、生徒たちを静かにさせる。

 

「さきほども言うたが、過去には死人が出たこともあったのじゃ。当然そうならぬよう、十分な配慮が必要となる。参加資格についても、さまざま議論を重ね、年齢制限を設けることに決まった。すなわち17歳以上の生徒に限るということじゃよ」

 

 参加できるのは、17歳以上。とたんに生徒たちがガヤガヤと騒ぎだしたのは、もちろん制限に不満があるからだろう。10月には14歳となっているアルテシアには、まったく関係のない話だということになる。

 

「これは、参加する3校の校長ならびに魔法省の話し合いによる決定事項じゃ。どうあろうと変更はないので、納得してもらうしかない。念のため言うておくが、15や16歳の者がホグワーツの代表選手になろうとして、選考審査にもぐりこもうなどとは考えないように。このわしも、自ら目を光らせておるのでな」

 

 そう言われ、あきらめる生徒たちばかりではないだろう。なんとか代表選考に潜り込む方法はないものか、などとあちこちでおしゃべりが続くなか、新入生の歓迎会はお開きとなった。

 

 

  ※

 

 

 パドマ・パチルは、空き教室へと急いでいた。授業が終わったら、とソフィアから知らせを受けたからだ。おそらくホグワーツ特急で話したことの続き、ということだろう。となると、待ち合わせ場所は、よく4人で会って話をしているのと同じ空き教室ではないほうがいいのではないか。アルテシアに内緒にしておくのなら、別の場所の方がいい。

 そう思ったパドマだが、ともあれ、いつもの空き教室に行くしかない。その空き教室では、すでにソフィアが待っていた。

 

「すみません、パドマ姉さん。わざわざ来てもらって」

「そんなの平気だけど、場所、ここでいいの? 別のところのほうがいいんじゃないかな」

「大丈夫です、そんなに時間かかりませんし」

「そう、ならいいけど」

 

 授業が終わってから夕食までのあいだ。パチル姉妹とアルテシア、それにソフィアの4人は、授業などで使われていない空き教室で、おしゃべりタイムを持つことにしていた。使われていないからと勝手に入り込んでいいはずはないが、そこは都合よく目をつぶることになっている。

 他に用事があったり、時間の都合が合わなかったり、といったことはもちろんあるが、だいたいここで4人は顔をあわせることになる。

 

「あたし、校長室に行ってみようって思ってるんですけど、どう思います?」

「ああ、あのときのなにかを校長が持ってるってやつだね。でも、それがどんなモノがわからないのに、どうやって探すの? それがわかんなきゃ、目の前に置いてあったとしてもみつけられないよ」

「そうなんですけど、見たらわかるんじゃないかって思うんですよ。とにかく校長室に入り込んで、これだって思うものがあるかどうかだけでも、見てこようかと」

「つまり、様子見ってこと?」

 

 ソフィアがうなずく。だがソフィア自身、それがいい考えだとは思っていないのだ。パドマの言うように、どんなモノなのかを知らないのだから、みつけられる可能性は低いだろうし、それがどこかに隠されていたなら、ほぼお手上げ状態。ただでさえ低いものが、さらに低くなるだろう。それでも、なにかせずにはいられない、といったところなのかもしれない。

 

「じゃあ、いいよ。でも、わたしも行くよ」

「え?」

「あんた、校長室には行ったことないでしょ? 一緒に行こう。でも、見るだけにしてよ。どんなものが置いてあるのか見るだけにすること。いいね、絶対だよ」

「でも、行く理由とか、ないですよ」

 

 いや、理由はあるのだ。アルテシアの手に渡るべき何かを、校長先生が持っている。それを返してもらうという、立派な理由が。

 

「ないのなら、つくればいいのよ。今なら、いいのがあるじゃない」

「それ、なんですか」

 

 パドマは、ニコッと微笑んで、ドアの方を指さした。どうせなら、すぐに行こうということらしい。

 

「歩きながら話そう。ここにいてアルテシアが来たら、話せなくなるかも、なんでしょ?」

「え、ええ、まあ」

 

 ともあれ、パドマの言うとおりにして空き教室を出る。パドマが言うには、三大魔法学校対抗試合の選手に立候補したいがなんとかならないかと、ダンブルドアに相談しに行くのだという。

 

「選手になりたいなんて思ってないけど、校長室に行く理由にはなるでしょ。大丈夫よ、あたしたち17歳じゃないから、なに言っても選手になんてなれない。間違っても候補になるようなことにはならないから安心でしょ」

「なるほど。さすがはパドマ姉さんですね。あたし、知ってますよ。それ、悪知恵って言うんですよね」

「おや、言ってくれるわね。そうよ、その悪知恵を期待して、あたしに相談したんでしょ。ま、校長室には行ってみたかったし、べつにいいんだけど」

「場所は、あたしが知ってます」

 

 それくらいパドマも知っていたが、はりきって先頭を歩くソフィアには言い出せず、にが苦いしつつ後に続く。その後ろ姿を見ながら、パドマは考える。もし、校長が不在だったら、ソフィアはどうするだろうか。絶好の機会とばかり、無断で侵入するくらいのことはしてしまうかもしれない。さすがにそんなことはさせられないが、それを止めることは難しそうだ。

 それに、校長室に入るときの合い言葉の問題がある。校長室の前にはガーゴイルの石像があり、合い言葉を言わないと通してくれないのだ。それがお菓子の名前であることは知っているが、はたして、すんなりと通れるものだろうか。通れたとしても、なぜ合い言葉を知っていたのかと、校長から説明を求められるだろう。

 考えれば考えるほど、面倒になってくる。いきなり、後悔のようなものが頭をよぎるが、その先には、アルテシアの笑顔があるのだ。もし本当にダンブルドアがホグズミードから何かを持ち帰っているのなら、いずれはやらねばならぬこと。

 

「おや、お嬢さんたち。まさか、校長室に用事なのかね?」

 

 幸か不幸か、そこにダンブルドアがいた。どこか出かけるところだったのか、それとも戻ってきたところなのか。パドマは、あわててソフィアの前に出る。

 

「すみません、校長先生。相談したいことがあるんです」

「そうかね。まあ、中へ入りなさい。生徒が来てくれるのは、実は大歓迎なのじゃよ。呼ばねば誰も来ないがね」

 

 呼んでもなかなか来ない生徒もいる、とまでは、さすがに言わないダンブルドアである。その生徒はもちろん、アルテシア。ダンブルドアは何度かアルテシアを校長室へと呼んでいるのだが、来たのはそのうち数回だ。パドマとソフィアが、校長室へと行っていく。

 

「そこに座るといい。それで、相談とはなんじゃね?」

「はい、実は今度の三校対抗戦のことなんですけど」

 

 パドマはすぐに椅子に腰掛けるが、ソフィアは、校長室のなかをきょろきょろと見回す。まあ、それが目的だったのだから仕方ないかと思いつつも、怪しまれないかと気が気ではない。パドマからやや遅れる形とはなったが、ようやくソフィアも椅子に座る。

 

「三大魔法学校対抗試合のことかね。まさかとは思うが、参加したいとは言うまいの」

「その、まさかなんです。わたしたち、それなりに魔法には自信があります。実力を試したいんです」

「ふむ。気持ちはわかるが、17歳としたのにはちゃんとした意味があるのじゃよ。キミ、どうかしたかね?」

 

 あまりにソフィアがきょろきょろしているので、気になったのだろう。椅子に座ってこそいるが、ソフィアは、ダンブルドアなどちっとも見ていない。

 

「ああ、この子はちょっと人見知りで。校長先生のまえで照れてるんだと思います。それで校長先生、魔法競技って、どんなことをするんでしょうか」

「ふむ。課題についてはもう決まっておるが、それを言うわけにはいかんよ。まず最初に聞くのはやはり選手であるべきじゃ。そうは思わんかね」

「はあ、たしかにそうですね。では、やっぱりわたしたちが出場するのはムリだってことですね」

 

 このあたりがしおどきだ。パドマはそう判断した。ソフィアが、なにかしている。それが何かはわからないが、なにかしている。自分がわかるくらいなのだから、ダンブルドアも気づいたのではないか。とにかくできるだけ早く校長室を出なければ、とパドマは思う。

 

「ムリだとは言うておるのではないよ。ダメだと言うとるのじゃ。その意味がわかるかね?」

「はい。17歳になったら堂々と、ということですよね。わかりました。どうも、ありがとうございました」

 

 呼び止められる前に、と思っていた。パドマは、すぐにソフィアの腕をつかみ、立たせると頭を下げる。そして、ドアのほうへ。

 

「もしもし、そちらのお嬢さんは、たしかスリザリンの生徒じゃな。よくアルテシア嬢と一緒にいるじゃろう。ということは、キミはミス・パチルの、お姉さんのほうかね?」

 

 さすがに、パドマは驚いた。名前を知られてはいないだろうからと、わざと名乗らなかったのに、校長は知っていた。それにダンブルドアが、自分と姉との区別ができないらしいことにも驚いていた。ダンブルドアに、ではない。ダンブルドアすら見分けられないことを、アルテシアがいとも簡単に見分けていることに、だ。

 

「あの、わたしは妹のほうです。パドマです。失礼します」

 

 ともあれ、何事もなく校長室を出ることはできた。だが果たして、ダンブルドアは気づいたか。

 

「こら、ソフィア。あんた、なんかしたでしょ。見るだけのはずだったよね」

「もちろんです。だから、ちゃんと見ましたよ。何もしてないです。でもあの部屋、なにかあります。あやしいです」

「そうかもしれないけど、たぶん校長先生、気づいてると思うよ」

「でしょうね。それはわたしにもわかりました。でも、印を付けただけですから、なんにもしてないのと同じです」

 

 印、がなんのことなのかパドマにはわからない。もちろん説明させるつもりだが、これは、自分が話をするよりアルテシアにさせたほうがいいのではないかと、そんな考えが頭をよぎる。そのほうが、きっとソフィアもすなおに話を聞くのだ。このままなら、ソフィアはきっとなにかムチャをする。そうしたほうがいいと、パドマは思った。

 

 

  ※

 

 

 ロンは、グリフィンドールのテーブルでラムチョップとポテトを食べていた。テーブルには、そのほかの料理も並んでいるが、ロンの視線の先にあるのは、料理ではなくアルテシアだった。

 

「ロン、そんなに見るな。ほとんど不審者になってるぞ」

「あ? いや、ボクはなにも見てやしないけど」

 

 隣にいたのは、ハリー。ハーマイオニーは、あわただしく食事を終えて図書館に行ってしまっているのでここにはいない。

 

「隠すなよ。正直な話、ぼくもあいつを見ちゃうんだ。これって、なんなんだろな」

「ハーマイオニーならこう言うだろうけど、ボクは宿題を教えて欲しくて見てるんじゃないぞ。まだ授業が始まったばかりで、宿題なんてゼロなんだからな」

「わかってるよ、ロン。けど、見てるだけより話をしにいかないか。ほら、そろそろいい頃なんじゃないかなって」

 

 とたんにロンが、皿に取り分けてあったラムチョップを口の中に詰め込み始める。それが十分返事になっていることに、ハリーは苦笑する。とにかく、食事を済ませてからだ。

 

「ゆっくり食えよ。アルテシアたちも、まだ食事中だ。あわてなくてもいいと思うよ」

「け、けどな。あいつらは女子だぞ。女子寮に戻っちゃたら今日はもうアウトだろ」

「そうか。それもそうだな。よし、早く食えよ」

 

 ここでは、十分にお腹いっぱいになったのかどうかを気にする必要はないだろう。ともあれハリーとロンは、食事もそこそこにアルテシアのところへと近づいていく。アルテシアの両隣には、パーバティとラベンダーがいた。最初にハリーたちに気づいたのはパーバティだ。

 

「何か用なの、ポッター」

「ああ、うん。ちょっと、アルテシアと話がしたいんだけど」

 

 パーバティはともかく、ラベンダーがいては話しにくい。だが、ここで引き返すのもおかしなものだろう。自分の名前が出たことで、アルテシアがハリーへと顔を向ける。

 

「なに?」

「ちょっといいかな、アルテシア。あのときのこと、話したいんだけど」

「あのとき?」

 

 やはり、ここでは話せないとハリーは思った。どうしてもシリウス・ブラックの名前が出ることになるし、逆転時計のこともそうだ。とにかく、あのあとアルテシアがどうしたのか。それを聞き、自分たちのことも説明しておきたいのだ。それには、やはり他の人がいないほうがいい。

 

「ちょっとだけでいいんだ。あのときのこと詳しくは話せないけど、キミがあれからどうしたのかは知っておきたいんだ」

 

 アルテシアの大きな目が、ハリーをじっと見る。椅子から立ち上がろうとしたようにも見えたのだが、そうしなかったのはなぜか。ともあれアルテシアは、その大きな目をハリーに向けただけ。そのすぐ後ろにいるロンも目に入っているだろう。

 

「ねぇ、アル。ポッターはどこか違うところで話したいんじゃないかと思うよ。行ってあげたら」

「わかった。そうする」

 

 アルテシアがうなずき、今後こそ立ち上がった。そのことにハリーは、ほっとする思いだった。いつものように楽しそうな笑顔を浮かべてはくれたが、どこかようすが違うような気がしたのだ。それが気のせいだったらいいのだが、自分たちと話をしたくないのだとしたら。でも、なぜだろう。なにか気になることでもあるのだろうか。

 だがそれを聞くようなことができるはずもなく、ハリーはアルテシアを、テーブルの端っこのほうへと誘う。ロンも一緒だ。たまたまだろうけど、そのあたりは席がいくつか空いていたし、小さな声なら、周りに聞かれることはないと思われた。

 

「それで、なんの話?」

「あのあとキミがどうしたのか、それが知りたいんだ。ぼくとハーマイオニーは、シリウスを助けに行かなきゃ行けなかっただろ。時間がなかったから、ああするしかなかったんだ。キミはあれからどうしたの? ちゃんと元には戻ったんだろうけど」

「ええ、なんとか戻れたわ。でも、このことをロンは知ってるの?」

 

 ロンは、ハリーのすぐ横にいるのだ。その状況で話をするのだから、当然知っているということになるのだろう。だが、なぜだ。あれは、内緒にしておくべきことではないのか。といいつつも、アルテシアだってソフィアやパチル姉妹には説明している。なぜ倒れたのかを納得させないと、どこまでも果てしなく心配させてしまうからだ。きっとハリーもそうだったんだろうと、アルテシアは自分を納得させる。お互いさま、ということにしておけばいいのだ。

 

「もちろんロンには、ちゃんと話をしてある。あのときロンはケガをして医務室だったし、連れては行けなかったからね」

「ロンを連れて行くつもりだったってこと?」

「ケガしてなければね。それで、キミはあのとき」

「わたしはあのとき、シリウス・ブラックがヒッポグリフに乗るところを見たわ。それでもう大丈夫だって思ったから、いまに戻ったの」

「やっぱりそうか。そうだと思ったよ。とにかく大変だったんだ、あのときは。詳しいことは話せないけど、シリウスは安全なところに隠れているらしい。無事だよ」

 

 もしかして、ロンがケガで行けなかったから、代わりに自分が呼ばれただろうか。ふとアルテシアは、そんなことを考えた。もしかすると、そうなのだろうか。だから、自分には詳しいことは話せない。そしてロンには、ちゃんとした話がされる。もしそういうことであるのなら、この違いは、あまりに大きい。なにしろ自分は置いてきぼりとなり、ロンにはあとでちゃんと説明がされるのだ。

 アルテシアの表情がかすかにくもったのは、そんな思いが頭をよぎったからだろう。そのことには、ハリーとロンは気づかなかったようだ。それでもアルテシアは、顔をあげた。

 

「ねぇ、ハリー。わたし、シリウスさんと会ってみたい。聞きたいこととか、いろいろとあるんだけど」

「それは、ぼくもだよ。あのときぼくは、マグルの家を出てどこかで一緒に暮らせると思ってたんだ。あのとき、ピーターを逃がしさえしなければ、きっとそうなってたんだよ」

「ね、シリウスさんを助けたのはなぜなの? あのときは、詳しいことは聞かなかった。ハーマイオニーは無実の人を助けたいからって言ってたけど、そうなの? あの人は犯罪者なんだって聞いてたけど、違うの?」

「シリウスは犯罪者じゃない、無実だったんだ。ぜんぶピーター・ペティグリューがしたことだったんだ。ピーターが逃げてるうちは、その証明はできない。だから隠れてるしかないんだ。シリウスのことより、キミのことだよ。キミはあのとき、いつ目が覚めたの?」

「あのときは、ちゃんと約束した時間に目を覚ましたわ。でも… でも… ごめんなさい、ハリー。わたし、寮に戻るから」

 

 そこで、アルテシアが立ち上がる。なぜ、と思ったのは目の前にいるハリーやロンだけではなかった。それは、少し離れたところからようすを見ていたパーバティも同じだっだ。

 

「ど、どうしたってんだい、アルテシア」

「このところ、急に頭が痛くなったりして、なんだか気分が悪いの。お話、またあとで聞かせてね」

 

 それだけ言うと、大広間を出て行く。その後ろ姿を、あぜんと見送るしかないハリーたちに、パーバティが声をかけてくる。アルテシアは、パーバティにすら、何もいわずに行ってしまったのだ。

 

「ポッター、アルテシアはどうしたの? なにかあったの?」

「あ、いや、なにも。急に気分が悪いから寮に戻るって」

「寮に? 何かおかしなこと言ったんじゃないでしょうね。何を話してたの?」

「いや、その。話したのは、シリウス・ブラックの騒動があった日のことなんだけど」

 

 シリウスのことは、パーバティも知っていた。知っているといっても、シリウスを逃がすのをアルテシアが手伝ったということだけで、なぜ逃がす必要があったのかなどの詳しいことまではわからない。それはアルテシアも同じで、アルテシアはそのことをずいぶんと気にしていたのだ。パーバティがアルテシアにハリーたちと話すようにとうながしたのは、もしかしたらそのことがわかるのかしれないと、そう思ったからなのだ。

 

「もちろんそのときのこと、説明してくれてたんだよね?」

「あ、いや。それよりも、あのときアルテシアがどうしたのか気になって、そのこと聞いてたんだ」

「ふーん、そういうことですか」

「でもさ、アルテシアは大丈夫なのかな。気分が悪いって言ってたんだけど」

「ああ、それは。そうね、このところ不調続きなのよ。もうすぐ14歳になるからだと思う。気にしないであげて」

 

 ハリーたちが聞けたのは、それだけ。パーバティも大広間の出口へと向かう。アルテシアを追いかけるのだろう。残ったハリーとロンは、互いに顔を見合わせる。

 

「なんだ、14歳って? 女子って、14歳になるとき気分が悪くなったりするのか?」

「いや、違うだろ。なにか、ぼくたちが知らない理由があるんだよ、きっと」

 

 それはもちろん、クリミアーナの魔女が魔法使いとして目覚める年齢、のことである。パーバティたちはよく知っていることだが、ハリーたちにとっては、何のことかわからないだろう。もっともその年齢は13歳から14歳と言われているのであり、14歳の誕生日を境として、といった意味ではないはずだ。

 

「結局、アルテシアとはあんまり話せなかったよな。でも、これでボクたち、気兼ねなく話せるようになった、よな?」

「そうだな。そうだといいよな」

 

 ハリーには、とてもそうは思えなかった。だけどロンの前で、それを否定するようなことは言えなかった。

 

「だけど、ハリー。考えてみれば、ボクら、肝心なことを忘れてたんじゃないか。最初に謝るというか、お礼を言っても良かったんじゃないかな」

「え、なんだって?」

 

 これ以上大広間にいても仕方がないので、ハリーとロンも出口へと歩き出したところだ。

 

「アルテシアの体調が悪いのは、このところしょっちゅうじゃないか。なのにボクら、シリウスを助けるのに力を貸してもらった。それでムリをすることになって試験のときに倒れたんだ。そう考えるのって、そんなにムチャなことじゃないと思うぜ」

「うーん、そうだよな。そういうことになるのか」

 

 あのとき、アルテシアのようすはどんなだったろうか。そのときのことを思いだそうとするハリーだが、逆転時計のことやシリウスを助けるということで精一杯だった気がする。とても、アルテシアのようすまで見ていなかったのではないか。

 

「でも、アルテシアのやつ、どうしたんだろう。怒ってなかったよな。気分が悪かっただけだよな」

「そうだと思う。ぼくら、なにも怒らせるようなことは言わなかったじゃないか」

「ボク、話しかけてみてもいいかなぁ。いいよな、それくらい。あいつ、友だちだもんな。な、そう思うよな」

「ああ。かまわないと思うよ」

 

 でもそんなこと、自分にできるだろうか。それは難しそうだと、ハリーは思った。

 

 

  ※

 

 

 とある廊下の曲がり角。そこでパーバティは、ばったりとパドマに会った。さすがに双子だけあって、パーバティは、パドマがなにか話したいことがあるのだと、すぐに理解した。2人は場所を移し、しばらくのあいだ話をしていた。

 

「わかった。アルテシアには話してみるよ。でもアル、いま調子悪そうだからな。それよりソフィアに、アルに心配かけるな、とか言ってやったほうがいいんじゃないかな」

「それもいい方法だと思うけど、あいつ、アルテシアの抱えた問題をなんとかしようって思ってのことだから、逆効果になるかも」

「それもそうか」

 

 どうやら2人が話していたのは、校長室でのソフィアのこと、であるらしい。

 




 相変わらず、忙しい日々が続きそうです。波はあるんでしょうけど、年内そんな感じかも。
 ともあれ、61話ができあがりました。楽しんでもらえたなら、書いたかいもあった、といったところですね。
 このところ、このハリー・ポッターのお話では、新作なんかも増え更新も多く、にぎやかだなって感じてます。わたしもがんばらないと、じきに忘れられそうですよね。ああ、時間が欲しいです。

 さて、ソフィアさんは校長室へ突撃するのか。アルテシアはどうするのか。そのあたり、楽しみに次回をお待ちいただければ幸いです。遅くとも次の週末までにはなんとかしたいと思っています。
 これからも、どうぞよろしく。

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