ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第60話 「ルーピンの手紙」

『やあ、アルテシア。

 調子はどうだい? 試験でまね妖怪が何に変身したかわからないけど、ずいぶん怖い思いをさせたようだね。申し訳なかった。ただ誤解して欲しくはないんだ。あの試験は、怖いものから逃げるのではなく、立ち向かい、乗り越えることのできる心の強さを求めたものだ。キミなら、わかってくれるだろう。』

 

 アルテシアは、ルーピンからの手紙を思い出しながらキングズ・クロス駅の9と4分の3番線ホームを歩いていた。まだ誰もいないような早い時間だが、紅色のホグワーツ特急はホームで待機してくれている。その列車に乗り込む。

 もちろんアルテシアも、ルーピンが学校を辞めたことは聞いていた。自分宛に残してくれた手紙は、暗記するほど何度も読んだ。そこには、自分にとって大切だと思えるものが書かれていたからだ。ルーピンとは学校ではあまり話をする機会がなかったが、いまさらながらそのことを残念に思うアルテシアであった。

 

『ぼくがなぜ、学校を辞めるのか。このこと、キミはどう思うだろう。言うまでもないが、まね妖怪のことは関係ないよ。ぼくが狼人間だということだ。魔法界では誰も、狼人間に教えられるなんてことは好まないからね。だからもし、キミがあのとき誰かに話していたら、ぼくはもっと早くホグワーツを離れることになっていただろう。

 しかし、よくスネイプ先生が作った魔法薬を見ただけでわかったものだ。そんな魔法薬の知識を、キミがどうやって身につけたのか興味がある。なぜって、そんなことができそうなのは、スネイプ先生を別にすれば、リリー・エバンスという女性しか知らないからね。リリーというのは、ハリーのお母さんのことだよ。』

 

 リリー・エバンス、いやリリー・ポッターのことは、シリウス・ブラックからも聞いていた。母の友だちでもあったらしい。もしそうなら、話を聞いてみたいのだ。もちろんムリなことはわかっているけれど。

 アルテシアは、4人席のコンパートメントに席を取る。もうすぐソフィアが来るだろう。そのあとにパチル姉妹がやってきて、ちょうど4人だ。

 

『シリウス・ブラックのことは、もう知ってるだろう。彼はぼくがホグワーツにいたころからの友人だった。だが12年ほどのあいだ、友人ではなかった時期がある。いまでは、とても後悔している。ぼくは、友を信じてやれなかった。そんな後悔だよ。キミにも、友人はいるだろう。キミとハリーとはそれほど親しくはないようだが、学校時代の友人は多いほどいい。信頼できる友は、何よりの宝だと思うからね。』

 

 それが宝物であるということは、アルテシアも同じ考えだ。アルテシアの考え、というよりクリミアーナの想いであるとしたほうが、より適切なのかもしれない。アルテシアは、見た目には水晶玉らしきものを先祖より受け継いでいる。そのことによりクリミアーナ家を継いだということになるのだが、果たして、この玉のなかにどれだけの宝物を入れることができるのか。

 そのことをアルテシアは、楽しみにしてもいるし不安でもあるのだ。もしルーピンが無色透明のその玉を見たならば、そこに、アルテシアの宝物を見ることができただろう。それは、たとえばとても高い塔から地上を見下ろしたような田園風景であったかもしれないし、まったく同じ顔をした姉妹であったかもしれない。あるいは、勝ち気そうな少女であったろうか。

 

『そういえば、キミが魔法をつかうところを一度も見ていないけど、14歳がどうのということをぼくは信じていないんだ。なにか理由があるんだろうけど、解決策はあるはずだ。待つだけではなく、自分でなんとかできるはずだよ。必要なのは、そうしようと思うかどうか。心の強ささえあれば、なんとかなる。支えてくれる友人がいれば、なんとかなる。そういうことなんだと思うよ。』

 

 肝心なのは、そうしようと思うかどうかだ。まず思わない限り、どんな些細なことでっても、成し遂げることなどできはしない。どんなことでも、なにをするにしても、まず、思うことから始まるのだ。できると思うか、やれると思うか、あるいはムリだと思うか、ダメだと思うか。実は、その瞬間にすべては決まってしまうのではないだろうか。当たり前のようだが、実はこれは、とても大事なこと、大切なことではないのかとアルテシアは思う。

 

『ぼくは、マクゴナガル先生が言われた言葉を、いまだに覚えているよ。先生は、こう言われたんだ。わたしが望めば、そうなる。あなたがそう願えば、アルテシアはそうなってしまう、とね。つまり、キミを正しく導かねばならないということ。キミの進む先を、ちゃんと示そうってことなんだろうね。ぼくは、たとえほんのわずかであったとしても、キミにそうできたと信じているけど、あらためて願うよ。ステキに魔女になってくれ、とね。また、会おう。』

 

 ステキな魔女になれとルーピンは言うが、それだけではあまりに抽象的すぎるのではないか、とアルテシアは思う。仮にそれが自分の理想とする魔女の姿だということであれば、イメージはできる。自分の中にある、母を含めたご先祖の姿を追い求めればいいからだ。自分は、そんなクリミアーナの魔女になりたい。

 もちろんそれは、アルテシアがめざす目標としては、申し分のないものだ。ルーピンの願いと一致するのかどうかはわからないけれど、そうなることを願ってくれているのならもっとがんばってみようかと、アルテシアはそんなことを思うのだった。

 

 

  ※

 

 

 すでにホームには、ホグワーツ特急が停まっていた。発車時刻までまだ30分ほどはあるので、ホームにもそれほど人はいない。それでも列車には乗れるのだから中へ入ればいいものを、ソフィアは、そのすぐ前に立ったまま、ホームを歩く人たちを見ていた。いや、パチル姉妹が来るのを待っているのだ。その姉妹が、ようやく姿を見せる。

 

「おー、ソフィアじゃん。なにしてんの、もうコンパートメントにいるんだと思ってたのに」

「そーだよ。それともまだ、アルテシアは来てないの?」

「パチル姉さん、パドマ姉さん。先にお二人に話しておきたいことがあるんです。だから、待ってたんです」

 

 ソフィアは、すぐに2人を連れて列車の中へと入っていく。だが、アルテシアのいるコンパートメントではなく、他の誰もいないところを選ぶ。発車までは時間があるので、空いているところはいくつもあった。

 

「とにかく、これを見てください。休み中に気になる記事を見つけたんで、持ってきたんです。うちの母も、十分に気をつけるようにと言ってました」

 

 取り出したのは、日刊予言者新聞。1面トップの見出しは、『クィディッチのワールド・カップ開催/試合後の会場で“闇の印”が』というものだった。

 

「ああ、ワールド・カップね。試合はアイルランドが勝ったんだけど、スニッチは、ブルガリアのシーカーが取ったんだよね」

「そうそう。ビクトール・クラムっていい選手なんだと思うけど、なんであそこでスニッチ取ったのかしら。負けるってわかってるのに」

「それがナゾなのよね」

「ちょっと、お姉さんたち、話のポイントがズレてませんか。あたしは、ここ、これが気になるって言ってるんです」

 

 紙面の左下あたりに、写真が掲載されていた。写っているのは、星のような光の点が集まってできあがった頭がい骨。その口の部分からあたかも舌であるかのようにヘビがはい出ようとしているさまを描いたものだ。

 記事によれば、ワールド・カップ会場近くのキャンプ場を、フードをかぶり仮面をつけた者たちの一団が襲った。周辺にいたマグルたちを魔法で宙づりにしたりと、好き勝手なことをしたあげく、写真にあるような“闇の印”と呼ばれるものを夜空に打ち上げたのだという。

 

「闇の印って、たしか例のあの人の、だったよね」

「うん。仲間の人たちしかその作り方を知らないって聞いたことあるけど」

「そうなんです。これはつまり、例のあの人、ヴォルデモート卿が復活したってことになるのかもしれないんです」

 

 もし、そうだとすると。パチル姉妹が互いに顔を見合わせ、そしてソフィアを見る。

 3人ともに、アルテシアがヴォルデモートに関心を持っていることを知っている。アルテシアは、秘密の部屋をめぐる騒動のときにみた、トム・リドルの日記帳のことを気にしているのだ。その日記帳からトム・リドルが出てきたことに注目し、同じことができるのではないかと、試してみたりもしている。

 ヴォルデモートが滅びてしまっていればともかく、復活したのだとするのなら、日記帳の秘密というか仕組みを知ろうとするのではないか。なにやら、騒動の予感がしてくるのだ。

 

「あたしたちなら、近づこうなんて思いもしないんだけど、アルテシアがそうしないように注意しようってことだよね」

「大丈夫、アルだって、そんなことは考えないと思うよ。あたしがそんなこと、させやしないから」

「だといいんですけど、むこうから近づいてくるかもしれません。あの人、アルテシアさまのこと知ってるはずなんです。それをじゃましていいのか悪いのか。とにかく、また倒れるようなことになるんじゃないかって心配なんです」

 

 なにしろヴォルデモートは、魔法界でも最悪とされる闇の魔法使いである。かつて、死喰い人と呼ばれた配下の魔法使いたちとともに、魔法界を混乱と恐怖で支配しようとした人物だ。彼によって奪われた命は、いったいいくつになるのか。

 そのヴォルデモートがまだその名を使う前、闇の魔法使いとして公然と動き出す前のことになるが、ルミアーナ家は、彼を家に滞在させ面倒をみたことがある。パチル姉妹はともかく、ソフィアは、このことに無関心ではいられない。近づかなければそれでいいということにはならないのだ。

 

「じゃましなきゃダメだって。でも、どうなんだろう、ほんとうに復活したのかな」

「新聞には“闇の印”を打ち上げた人物は逃げたって書いてある。ハウスエルフが関与したらしいってさ」

 

 他にも、魔法省が犯人を取り逃がしただの、闇の魔法使いの一団に好き勝手をさせただのと書いてあったが、ヴォルデモートの復活に関することは何も触れられていなかった。

 

「ねぇ、ソフィア。あたしたちは、どうするべきなの? アルテシアは興味持つよね。危険だけど、情報を得るためになにかするべきなのかな」

「そのことですけど、なにもしないほうがいいのかもしれません。もっとはっきりするまでは、慎重になるべきです。アルテシアさまがどうするのかもわからないし、ヘタなことして、迷惑かけることになってもマズイと思うんです」

「じゃあ、普段通りでいいってこと?」

「とりあえず、そのほうがいいんじゃないかなって。でも、表面上は何気ない感じで、注意してよく見ててほしいんです。わたしだけじゃ、見逃すかもしれないので」

「そんなのいいけど、それだけでいいの?」

「ええ。あの人が実際に姿を現したとか、なにかしてきたとか、とにかく具体的になにかがあるまでは様子を見るでいいんじゃないでしょうか」

「そうだね。いまのところ、できることないよね。でも、アルはどうするだろう。ほっとけないんじゃないかな。ホグズミード村の女の人のことがあるでしょ。あれが解決しないと、きっとまた、アルは医務室に行くことになるよ」

 

 アルテシアが、なぜ倒れてしまうのか。その理由を、パチル姉妹も知っている。ホグズミード村でアルテシアを探していた女性は、おそらくそれに関する何かを伝えようとしていたのではないか。それがわかればこの問題は解決するというのが、いまでは共通認識となっているのだ。

 

「その件は、うちの母が調べてるんです。ホグズミード村に行ったりもしてるんですけど、どうもダンブルドア校長がなにか知ってるらしいんですよね」

「え、校長先生が! どういうこと?」

「ホグズミードのあの女性の家を、校長先生が訪ねているのを見たって人がいるそうなんです。魔法界でダンブルドアといえば、知らない人はいませんからね。おそらく、見間違えとか勘違いはあり得ない」

「それで」

「母が言うには、例の女性と校長は会ってる確率100%らしいです。時期とかいろいろ考えると、そういうことになるらしいんです」

 

 アディナが言ったのは、それだけではない。おそらくその女性は、アルテシアのものとなるべき魔法書の一部から作りだされた仮の女性だと思われるが、おそらくはもう、二度と会えることはない。会いに行ってもムダだと。

 

「うわ、そんなことできるんだ。さすがクリミアーナ」

「ということは、アルテシアを探していたのは、アルテシアに渡そうとしてたってことになるね。もしかしてそれがあったら、アルテシアはいくら魔法を使っても、倒れたりすることはない、のかな」

「だったら、その人、絶対に探さないとダメなんじゃないの。あ、でも、もう二度と会えないのか」

「そのことですが、これは可能性として母が言ってるだけなので、実際どうなのかわかりません。でも、その返そうとしてたものを校長先生が持ってるんじゃないかって」

 

 それは、パチル姉妹を驚かせるには十分すぎるものだった。だが、それだったら理解できるのだ。どういう経緯でダンブルドアに渡ったのかはともかく、その女性としては、校長からアルテシアに渡るのだからと、それで自分の役目を終えたのではないか。だからもう、会えない。現れることはないのだ。

 

「でもさ、こないだも医務室行きでしょ。つまりアルテシアは、それをまだ返してもらってないんじゃないの。ダンブルドアが持ったまま、じゃないのかな」

「だと思うんです。なぜ校長先生が返してくれないのかわかりませんけど、これは、取り返す必要あり、ですよね」

「もちろんだよ。アルが医務室のお世話になるたび、あたしらが、どんな気持ちになるか。それを校長にわからせないと」

「パチル姉さん、気になることはもう1つあるんです」

「え?」

 

 話はまだ終わってはいなかったが、それでも長く話しすぎていたらしい。このとき、ソフィアたちのいるコンパートメントのドアが開き、空席を探している生徒が顔を見せたのである。3人はすぐに立ち上がった。

 

「いいよ、ここどうぞ。あたしたちは、ほかのところに行くから」

 

 それだけ言うと、大急ぎでコンパートメントを出る。生徒たちが、続々と列車に乗り込んできている。だがまだ、席に余裕はあるはずだ。

 

「急ごう。アルテシアのことだから、席は取っといてくれてるとは思うけど」

「ソフィア、話の続きは学校に着いてからでいいよね?」

「はい。それからお願いなんですけど、いまの話は、わたしたちだけの秘密ってことにしてください。そのために3人だけで話をしたんですから、誰にも言わないようにお願いします」

「いいけど、なんで?」

「それは、学校に着いてから説明します。とにかく、行きましょう」

 

 

  ※

 

 

 ソフィアたちは、無事にアルテシアの待つコンパートメントを探し当て、4人席のコンパートメントを占領することができた。それから10分もしないうちにホグワーツ特急は発車したのだが、ソフィアの言うもう1つの気になることは、日刊予言者新聞ではないマグルの新聞に書かれていた記事のことだった。

 クリミアーナもそうだが、ルミアーナ家もマグルの社会から完全に離れて生活しているのではない。周辺に住む人たちとは、少なからず交流もあるのだ。そんなこともあって、手に入ったその新聞に書かれていた記事。目にとまったのは、リトル・ハングルトンという村での変死事件のものだった。

 フランク・ブライスという名の老人が、いまでは廃墟と化している大きな屋敷のなかで死んでいたというもの。この屋敷では、過去に住民が皆殺しにされるという事件が起こっている。フランクは、当時この屋敷の使用人だったが、そのとき用事で外出しており、命を救われた形となっている。そのフランクが、ほこりの積もった玄関ホールの真ん中で死んでいた。たまたま近くを通った村人が、玄関の扉が開いたままになっているのを不審に思って中を覗き、発見されたというのである。

 この屋敷は、かつてトム・リドル・シニアのものであったらしい。であれば、かつてルミアーナ家に滞在したトム・リドルとなにか関係があるのかもしれない。これが、ソフィアの母アディナがこの記事に目をとめた理由である。

 

 

  ※

 

 

 話は少しさかのぼることになるが、これは、ソフィアの母アディナが目にした記事にある屋敷での出来事。その屋敷はリトル・ハングルトンの村を見下ろすことのできる、小高い丘にあり、村人たちからは『リドルの館』と呼ばれていた。いまではみすぼらしくも不気味なたたずまいをみせているが、50年も前なら、それは見事な屋敷であったことだろう。だがいまでは住む人もなく、荒れ果てるままに放置されていた。

 その、誰もいないはずの屋敷のなか、何年、何十年も使われることのなかった部屋にある暖炉で、なぜかあかあかと火が燃えていた。床にはほこりが積もり、かび臭さのただようそんな部屋のなかで、人の声がしたのである。

 

「この屋敷に、しばらくのあいだ滞在する。その間にクィディッチのワールド・カップも終わるだろう。それを待つのだ」

「わかっておりますとも、ご主人さま。なれど、前よりずっとお元気になられましたね」

「いいや、まだまだだ。おまえの世話でなんとか力を取り戻せた。だが、知っておるか。ほんのわずかだぞ。これでは、ほんの数日しかもたぬだろう。さて、どうしたものか」

 

 その声の主は、暖炉の前に置かれた背もたれの大きな椅子に座っていた。それにもう1人は、ワームテール。ウィーズリー家でネズミとして暮らし、その正体をハーマイオニーの飼い猫クルックシャンクスに見破られ、あげくシリウス・ブラックの追及から逃れたピーター・ペティグリューのことである。

 

「ワームテールよ、この計画の実行には、おまえよりも頭のある、おまえよりも忠誠心を持つ者が必要だ。なに、心配はいらぬぞ。おまえよりも忠実なるしもべが、再び仲間に加わることになるであろう」

「なれど、なれどご主人さま。バーサ・ジョーキンズめを捕らえたのは私です。あなたさまを見つけ、ここまでお連れしたのも私です」

「おお、たしかにそうだ。魔法省の役人であるバーサ・ジョーキンズから得た情報には、まことに価値があった。おかげで、この計画を立てることができたが、なるほど、それがおまえの手柄だというのだな。よく覚えておこう」

 

 いずれ褒美は与えると、その男は言った。それがどのようなものとなるのかは、その男次第ということにはなる。この計画の最後に必要となる、重要な仕事であるらしいのだが、なぜかワームテールは、その内容を確かめようとはしなかった。

 

「ハリー・ポッターは、もはやわが手のうちにある。ワームテールよ、計画は万全だ。あやつには死んでもらうことになるが、もう一方のほうはどうするか」

「娘のほうでございますね。なにしろ、魔法の力を得ることのできる本ですから、今のご主人さまにはお役に立つのではないかと」

「むろん、役に立つ。だがそれも、本物であればの話だ。娘の名前に間違いはないのだな」

「それはもう、何度となく聞いておりますし、この目で見てもおります。アルテシア・クリミアーナ、間違いございません」

「本もそうだが、その娘を手に入れることができれば、言うことはない。あの家系の魔女は、立派に戦力となる。やがて魔法界をこの手におさめるとき、大いに役立つだろう。ましてや、あの一族の頂点に立つ娘だ。こちら側に来てもらわねばな」

 

 ワームテールの顔を見る限り、あの娘になぜこれほど高い評価を与えるのか理解できないらしい。ご主人さまは、あの娘をみたことすらないはずなのになぜ、というわけだ。ワームテールがロンのペットとしてホグワーツにいたときの印象では、あまり目立っているような感じではなかったからだ。

 

「ご主人さま、あんな小娘程度でしたら、この私めが捕らえてまいりましょう。魔法省のバーサ・ジョーキンズのように」

「おぉ、おまえにそれができるならなによりだが、とてもそうは思えん。へたに手を出して、怒らせてもまずかろう。それよりも、願うのだ。こちら側に来てくれるようにと、お願いするのが一番だ」

「ご主人さま、いくらなんでもそれは」

「ワームテールよ、このヴォルデモート卿の言うことが信用できないか。でまかせでも言っていると、そう思っているのか」

「い、いえ、まさか。とんでもないことです」

 

 ならば願えと、ヴォルデモート卿と名乗った男が、言う。こちら側に来てくれと願うのだと、そう言うのだ。ワームテールは、判断に困った。それが、この場でお祈りでもしろということなのか、それとも出向いていってお願いしろということなのか、あるいは手紙でも書け、ということなのか。

 

「あの、ご主人さま」

「あの音が聞こえるか、ワームテール。ナギニが戻ってきたようだ。さあ、このオレ様のためにエキスをしぼるのだ。ナギニのエキスをな」

 

 ナギニ、とは体長4メートルほどの巨大なヘビであり、いわばヴォルデモート卿のペットといったところか。いまのところヴォルデモートは、そのナギニから抽出した有効成分によって命をつなぎ止めているのにすぎなかった。ナギニが、ヴォルデモートのとなりへとやってくる。

 

「なに。おぉ、そうか。それはおもしろい。ワームテールよ、あのドアの向こうに、我らの話を盗み聞きしている者がおるらしい。この部屋へとご招待申し上げるのだ」

 

 その場に足を踏み入れたのが、彼、フランク・ブライスの大いなる過ちだった。かつて働いていた屋敷に人の気配がしたことに気がつかなければ、あるいはようすを見にこなければ、すぐに逃げ出していれば、このあとの運命は変わっていたかもしれない。

 

 

  ※

 

 

 ホグワーツ特急のコンパートメントのなかで、ハリーは夢の話をしていた。実際に見たのはワールドカップの直前のことだったが、そのあと試合を見たり、死喰い人らの騒動に巻き込まれたりで、話をするきっかけに恵まれなかったのだ。

 

「額のキズが、痛くて目が覚めたんだ。ヴォルデモートが人を殺したのを見たんだ」

 

 一緒にいたロンとハーマイオニーの、驚きの色が浮かぶ。ロンの場合は、ハリーがその名を言ったからかもしれないが、ハーマイオニーは本気で怖がっているようだ

 

「もちろん夢なんだけど、例のあの人とピーターが、どこかの屋敷の暖炉の前で話をしてたんだ。あの人はワームテールって呼んでた。もう全部は思い出せないんだけど、あいつら、なにかを計画しているようだった。アルテシアの魔法書を欲しがってた」

 

 本当は、ハリーに死んでもらうと言い、アルテシアには闇の側に来てもらうと言っていたのだが、ハーマイオニーがおびえたような顔をしているので、そのことまでは言い出せなかった。なおも怖がらせると思ったのだ。

 

「でもそれは、夢だろう。たかが夢だ。ただの悪い夢なんだよ」

 

 そのロンの言い方は、まるでそうであって欲しいという願望のように聞こえた。

 

「そうだけど、そういうことで本当にいいのかなって、ぼく、そう思ったんだ。だから、キミたちに話すことにしたんだけど、そういうことでいいんだろうか」

 

 ホグワーツ特急は、順調に走っていく。この列車のどこかにアルテシアも乗っているはずだ。アルテシアに、この話をするべきだろうか。ハリーは、窓の外を見ながら、そんなことを思った。

 

「ねぇ、ハリー。それ、どういうこと?」

「え? ああ、いや、そう思っただけなんだよ。変だと思っただけさ。あの夜、死喰い人たちが騒いで、闇の印が打ち上げられただろ。あれがもし、ヴォルデモートの計画なんだとしたらって」

「おい、あいつの名前を言うなって。言っちゃダメなんだ」

 

 その名前を、直接呼んではいけない。それは、いわば魔法界の常識のようなものだった。誰もが、例のあの人、あるいは名前を呼んではいけないあの人、などと呼んでいる。だがもちろん、ダンブルドアなどのように名前そのものを直接呼ぶ人がいないわけではない。ハリーの場合はマグルのなかで育ったので、名前を呼ぶことに抵抗感などはなかった。

 

「ああ、わかってるよ。けど、トレローニーが言ったこと、覚えてるだろ?」

「なんだったっけ」

「あのとき逃げたピーターを召使いとして、闇の帝王が復活するっていう予言だよ。夢のとおりだとしたら、実現しそうだって思わないか」

「いいえ、ハリー。あの人の言うことは、みんなインチキよ。お茶の葉を読んだり、手相をみたり。みんな、いいかげんだったじゃないの」

「そうだけど、あのときだけはいつもと違ってたんだ。もし、あれが本当に予言なんだとしたら」

「例のあの人が復活するっていうのか。ボクは、ハーマイオニーのいうことに賛成だな。トレローニーは、いいかげんだった」

 

 ウソやデタラメであるのなら、それが一番いい。でももし、本当なのだとしたら。いまではないにしても、いずれ、ヴォルデモートが復活してくることになる。それに、トレローニーが言ったのはそれだけではない。

 起こさねばならない、とトレローニーは言った。それがもし、あのときのことだったのなら。ハリーは、なおも考える。あれが、アルテシアのことだったのなら。

 シリウスを助けるとき、森のなかにアルテシアを置き去りにしてしまった。寝ていたし、時間もなかったからだ。幸いというか、アルテシアはそのあとで目を覚まし、自分でちゃんと戻ったらしいけど、それじゃダメだったんだとしたら。

 そうすると、どういうことになるのだろう。ハリーには、よくわからなかった。

 

「ねぇ、ハリー。あなた、額のキズが痛んだって言ったわよね?」

「え? ああ、うん。このことをぼく、シリウスに知らせたんだ。もちろんどこにいるかは知らないけど、ヘドウィグが探してくれるだろ」

「へぇ、そりゃいいや。シリウスなら、なにかいいアドバイスをくれるに決まってるよ!」

 

 ロンは、急に明るい顔となった。これで、この話題からおさらばできると思ったのかもしれないし、ハリーたちにしても、話題を変えるいい機会であったのかもしれない。なにしろ、コンパートメントのドアが突然開かれ、そこからドラコ・マルフォイが入ってきたのだ。もちろん、クラッブとゴイルもその後ろにいる。

 

「なんだ、マルフォイ。おまえなんかに用はないぞ」

「ぼくだって、おまえたちに用などない。ただ、聞いておきたいだけだ。エントリーするのどうかをね」

「なんだと」

 

 マルフォイは、その青白い顔にニヤニヤと得意気な笑みを浮かべている。それがハリーには、気に障る。

 

「エントリーして、頑張ってみたらどうだ。ウィーズリー、賞金も出るんだし、また家族で旅行に行けるかもしれないぞ」

「おまえ、何を言っているんだ。あいかわらず、訳の分からないヤツめ」

「ポッター、目立ちたがりやのキミのことだ。エントリーするんだろ?」

「マルフォイ、いつも変なヤツだと思っていたが、今日はとくにヘンだぞ。言いたいことがあるんなら、はっきり言えよ」

「だまれ、ポッター。ならば言ってやる。おまえたちグリフィンドールは、何をやってるんだ。なぜ、アルテシアはああもたびたび、医務室なんだ。迷惑をかけるのもいい加減にしろ」

「な、なんだと」

 

 そんなのは、言いがかりのようなものだ。だがハリーからは、すぐに反論の言葉が出てこない。アルテシアは試験中に倒れているが、あれが自分たちのせいではないとは、はっきり断言できないからだ。

 

「どうした、ポッター。まあ、いいさ。クリミアーナは大切にされるべきなんだ。よく覚えておけ」

「どういう意味だ、マルフォイ。ちゃんと言えよ」

「うるさいぞ、ポッター。ちゃんと言っただろ。それより、これから学校で開催されるんだ。ぼくは、コーネリウス・ファッジから聞いたんだ。ウィーズリーの父親も兄貴も魔法省にいるっていうのに、何も聞いていないなんて、びっくりするじゃないか」

 

 ハハハ、と改めての高笑いを響かせ、マルフォイはクラッブとゴイルを引き連れコンパートメントを出て言った。

 

「くそっ、あいつめ、自分は何でも知ってる、ボクらはなんにも知らない、つまりはそう言いたいんだろ」

 

 くやしそうにそういうが、たしかにロンは、父親からも兄のパーシーからも、マルフォイが言ってることらしき話を聞いたことはなかった。パーシーは学校を卒業後、魔法省に就職している。まだ勤め始めたばかりだから知らないということはあるかもしれないが、父親のほうは知っているはずなのだ。もちろんマルフォイが言うように、学校で何かがあるのだとしたら、ではあるのだが。

 そうこうしているうちに、ホグズミードの駅に着く。そこからは、馬車での移動となる。ものすごい土砂降りの雨が降っていたが、ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてネビルの4人で1台の馬車に乗り、学校をめざした。

 




 このごろ、ちょっと忙しくてなかなか書けないんですけど、せいぜいがんばりますので、見捨てないで読んでやってくださいまし。
 いちおう、言っておきますが、1週間に2話が目標、なんですよね。最初の頃はともかく、このごろ、全然実行できてません。困ったもんです。あしからず・・・


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