第59話 「新学期にむけて」
決死の覚悟、とはこういうものなのかと、校長室へと続く階段を上りながら、マクゴナガルは思う。その言葉の意味を、まさに実感しているわけだ。もう、これ以上は見過ごせない。マクゴナガルは、このことに決着をつけるのだという強い気持ちを持って校長室へとやってきたのである。新学期には、アルテシアも14歳になる。体調悪化など気にすることなく、自由に魔法が使えるようにしてやりたいのだ。そのために必要なことなのだと、改めて自分に言い聞かせつつ、校長室のドアをノックする。
生徒たちは、昨日のホグワーツ特急で学校をあとにしている。このことを持ち出すには、いい機会でもあるのだ。いったいなぜ、アルテシアは医務室にいるのか。なぜアルテシアは、こうなってしまうのか。その答えがダンブルドアの持つ『にじいろ』にあると、マクゴナガルは思っている。あの玉をアルテシアに渡しさえすれば、このことは解決すると、マクゴナガルはそう信じているのだ。
「あら、失礼。お話中でしたか」
校長室へと入ってみれば、ダンブルドアだけでなくスネイプもいた。これは、予想外。スネイプがいては、あの話を持ち出すことができない。だがそんなことを顔に出すこともなく、マクゴナガルは2人の前へと歩いて行く。
「ようこそ、マクゴナガル先生。なにか、ご用かな?」
「校長先生に、少しお話があってきたのですが」
「ふむ。もちろん話は聞くが、少し待ってくれるかの。見てのとおり、スネイプ先生と話し中なのでな」
「もちろん、それでかまいません。ではわたしは、紅茶の用意でもさせてもらいましょう。どうぞ、お話を続けてくださいな」
もちろん、話が終わってスネイプがいなくなるのを待つつもりなのだ。だが、いくら顔には出さずとも、マクゴナガルの思惑はスネイプには読まれていた。
「マクゴナガル先生、どうぞこちらへ。わたしは、そろそろ失礼しようと思ってますのでね。よいですかな、校長」
「よいとも、セブルス。キミがいいのであればの」
「では、お言葉に甘えさせてもらいましょう。お2人は、なんの話をされていたのです?」
紅茶をどうしようか、と迷いはしただろう。だが結局マクゴナガルは、ダンブルドアの前に座った。帰るところであったはずのスネイプも、椅子にすわったままだ。
「あの夜のことについて、ですよ。シリウス・ブラックの逃亡について、いまさらあれこれ言うつもりはないですが、何があったのかは知っておきたい。ですが、校長は何もご存じないらしい。マクゴナガル先生はいかがですかな?」
「さあ、わたしはべつに。ブラックが捕まったことすら知りませんでしたから」
これは、本当だ。マクゴナガルは、学校内にシリウス・ブラックが入り込んだことも知らなかったのだ。
「わたしは、あの夜にアルテシア・クリミアーナがなにをしたのか。それがわかればいいのです。マクゴナガル先生は、どう思われますか。あの夜、あの娘がなにもしなかったはずはない。そう考えるのは、不自然なのですかな」
「いえ、そう考えてもおかしくはないと思います。ただ、アルテシアはずっと医務室で寝ていましたよ。防衛術の試験のときに倒れてから今朝まで、ずっとベッドの上なのです。なにかしたとは思いませんけどね」
これは、ウソだ。具体的なことは不明だが、マクゴナガルは、まず間違いなくアルテシアが関与したと思っている。ハリーとハーマイオニーも同じように疑っている。この点では、スネイプと同意見ということになる。だがそのことを、ダンブルドアに尋ねてもムダだ。なにか知っているとしても、答えをもらえるとは思えない。
「いや、あの娘はなにかしたのです。したからこそ医務室の世話になっていると、そう思っているのですがね」
「え! ええと、それは… スネイプ先生はなぜ、そんなことを」
「そうですな、ずっとこの目で見てきたから、ということにでもしておきますか。では、わたしはこのあたりで失礼しますよ校長。マクゴナガル先生から、いまの話を聞けてよかった」
すっと、席を立つスネイプ。いつもどおりの無表情であり、そこから何かを読み取ることは難しい。だがマクゴナガルは、何も言わなかった。言えばまた、なにかしらの情報を与えることになると考えたのだ。自分では気づかないが、スネイプになんらかの情報を与えてしまったらしい。もうこれ以上、この件ではなにも言うべきではない。黙っていればこのまま引き上げてくれるのだから。
だが、ダンブルドアはそう考えてはくれなかったらしい。
「セブルス、わしから1つ聞きたいが、よいかの?」
「いいでしょう。ですが、わたしからの質問にも答えてほしいものですな」
「アルテシア嬢が関与したと、なぜ言えるのかね。試験のときに倒れ、医務室に運ばれた。その医務室で、あのときはルーピン先生もいたが、互いにそのことを確かめた。試験のときにまね妖怪が吸魂鬼に変身したのだろうと、そういうことになったはずじゃ」
「いかにも、そうです。なのになぜ、ああいうことになったか。知りたいのはそこですよ、校長。校長はシリウス・ブラックを、わざわざ塔の上の階に、ただ1人で閉じ込めるようにされましたな。だから、なにかご存じかと思ったのですよ」
なかなか思い切ったことを言うと、マクゴナガルは思った。そして、同じことができるかと自分に問いかける。あの玉を取り戻すには、これくらいはっきりと言うことが必要になるだろう。スネイプが部屋を出ようとするのを、もう一度ダンブルドアが呼び止める。
「セブルス、わしの質問に答えていないようじゃが」
「そうでしたか、それは失礼」
「いや、かまわんよ」
「あのときわたしは、シリウス・ブラックが逃げだせないようにと、窓とドアとに魔法でカギをかけました。ブラックが逃げた後、その窓は開いていた。だが、あのカギをブラックが開けられたはずがないのです。誰かが部屋に侵入し、開けたのに違いない」
「その誰かが、アルテシア嬢だというのかね。アルテシア嬢なら、そのカギを開けられたと。しかし、入り口のカギはそのままだったと聞いたが」
「さよう。そのこともあの娘の関与を疑わせる理由のひとつ、となりますな」
スネイプの視線は、マクゴナガルに向けられている。それをマクゴナガルも分かっていたが、うまくそらす方法がなかった。紅茶でもあれば素知らぬ顔でそれを飲むことができたが、こうなっては知らぬ顔をすることは難しい。
「おっしゃるように、アルテシアであればそこへ入れたかもしれません。ですが、先ほども言いましたように、ずっと医務室にいたのです。試験のときから今朝までずっと寝ていたのです。それは間違いありません」
言ってから気がついた。やはり、何も言わずに黙っているべきだったと後悔しても、もう遅かった。スネイプが、ニヤリと笑みを浮かべる。
「では校長、失礼しますよ」
さすがにダンブルドアも、3度引き止めようとはしなかった。だがマクゴナガルは、呼び止めてほしかったのに違いない。たとえ引き止めたとしても、少しだけ時間がずれるだけのことなのだが。
「よいのかね、ミネルバ」
「え?」
「セブルスを行かせて、よかったのかと聞いておるのじゃ。行き先は、おそらく」
「ええ、医務室でしょう。実はここへ来る前に、目覚めたと聞いています。アルテシアは、少しようすをみて問題がなければ午後には自宅へと戻ることになるでしょう」
「ふむ。ではあなたは、アルテシア嬢より先に、ここへと来たのかね?」
そのとおりである。マクゴナガルはダンブルドアからにじ色の玉を受け取り、それをアルテシアのところへ持って行くつもりにしていた。だから、医務室より先に校長室へと来たのである。
「では、わしらも行こうではないか。セブルスにはああ言ったが、わしも、気にはなるのじゃ」
「どういうことです」
「シリウス・ブラックは、無実であったのじゃよ。だが、すぐにはそれを証明できん。ならば、逃がすしかない。ゆえに、逃げやすいようにと塔の上の階へ閉じ込めたのじゃ。吸魂鬼にゆだねるわけにはいかなかったでな」
「なるほど。とにかく逃がしておいて、無実を証明する時間をかせごうとしたのですね」
「いかにも。それに、あなたも知っておるはずじゃ。学校時代、彼らはなにかと反発しあっておった。ゆえにスネイプ先生も、すぐには納得できないと思っておる。こちらも時間が必要なのじゃ」
「しかし、どうやって。スネイプ先生が本気で窓を封印したのなら」
ダンブルドアに何かできたはずはない。その瞬間、マクゴナガルは悟った。つまり、ハリー・ポッターたちにやらせたのだ。そういえばあの夜、医務室でダンブルドアとなにやら話をしていた。その詳細を聞き取れはしなかったが、まさか、逆転時計を使ったのではないか。ハーマイオニーが逆転時計を返すと言ってきたのには、このことも影響しているのでは。
「どうかしたかね、ミネルバ」
「あ、いいえ。それよりダンブルドア、あれを返してもらえませんか。それをお願いにきたのです」
「あれ、とは?」
「にじ色の玉のことです。あれは、アルテシアのものです。是非とも、返していただきます」
※
「気分はどうなのだ、ミス・クリミアーナ」
「身体の方は、大丈夫です。もう、起きてもいいとマダム・ポンフリーが言ってくださいました」
「そうか。だが、その顔はどういうことだ。とてもそうはみえんのだが」
はたしてスネイプは、いつものアルテシアの表情というものを、どのように把握しているのだろう。それはともかく、あきらかにアルテシアの表情は、暗く沈んだものとなっていた。スネイプが医務室を訪れ、ベッドの脇へとやってきても、ほとんど表情に変化はなかった。
「どうせまた、ムチャなことをしたのに決まっているが、いったい何をしたのだ」
スネイプらしいとでも言うのだろうか、それは、ひどく直接的な言い方だった。アルテシアが顔をあげる。
「これで何度目になるのか、正確には知らん。だが学校内で大きな騒動が起きるたび、おまえは意識をなくし、こうして医務室の世話になっているな。それはつまり、おまえが、なにかしら騒動に関わっているからだということになる。吾輩は、今回もそうなのだと考えている」
あまりにも的確すぎる指摘に、アルテシアは何も返事ができない。認めてしまってもかまわないとは思うのだが、そのまえにマクゴナガルに相談すべきだろうと判断。
「いまさらそのことで、減点や処罰などしようとは思わん。だがおまえは、少なくとも14歳となるまでは魔法の使用を制限されているはずだ。マクゴナガル先生と話し合い、そう決めたのではなかったのか」
「それは、そのとおりです。でもわたしは」
「魔法は使っていない、とでもいうのか」
アルテシアは、返事ができなかった。話さないという選択肢はあっても、ウソは言えない。ならば、黙っているしかない。これがマクゴナガルであれば、正直に話し、約束を守らなかったお詫びをするところだが、相手はスネイプ。自分だけのことなら話してもいいのだが、今回はハリーがからんでいる。スネイプとハリーは、けっして良い関係にあるとはいえない。それは誰もが知っていることだ。ならば、今回のことにハリーが関係している、とは知られないほうがいいに決まっている。
「もう一度言うが、今回のことで減点や処罰などはしない。吾輩は、理由が知りたいだけだ。なるほど、おまえの使う魔法はかなり特殊なものだ。だがこれまで、クリミアーナの者たちが自由に使ってきた魔法であるはずだ。なのになぜおまえは意識を失い、寝込むことになるのだ。なぜだ。説明しろ」
「すみません、先生。お話できません。わたしだって、はっきりしたことはわからないんです」
「しばらく前に、徹底的に調べたはずだろう。マダム・ポンフリーだけでなく、聖マンゴの癒者の診察も受けたと聞いている。それでもわからなかったのか」
「身体のほうは、なんともないんです。健康体であることははっきりしています」
それだけは、胸を張って言える。問題は別にある、ということもわかっている。ただ、その解決への糸口が見つからないだけなのだ。
「となれば、魔法が原因ということになるが、これは、おまえが14歳になれば解決するのか」
「それは、わかりません。実際に14歳になってみないと、どうなるのか」
「そうか。では、改めて約束するのだ。14歳となるまで魔法は使うな。マクゴナガル先生との約束を、キチンと守るのだ。あと数か月のことだろう。必ず守れ、よいな」
「はい、そうします」
「ついでに言っておくが、クリミアーナはおまえ1人なのだぞ。もしものことがあったなら、あれほどの魔女の血筋が途絶えることになる。そのことを自覚するのだ」
思わず、スネイプの顔を見る。その目を、改めて見る。まさか、こんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。そんなアルテシアの瞳をスネイプはまっすぐに見ていたが、先に視線をそらしたのはスネイプだった。
「1つ聞くが、おまえが気を失ったときは試験中だった。そのあともずっと、医務室で寝ていた。だが、シリウス・ブラックの逃亡に関し、何かしたことは間違いない。何をしたのだ、と聞いたら答えてくれるか」
「すみません、スネイプ先生。そのことは、お答えできません」
「ほう。いいのか、何もしていない、とは言わないのだな。それはつまり、何かしたと認めたようなものだ。それくらい、分かると思うが」
「だとしても、お話できません。すみません、先生」
「よかろう。では吾輩は、このことをハリー・ポッターやハーマイオニー・グレンジャーに改めて聞くことにしよう。それでかまわんな」
その2人も何かをしたはずだとは、あえてスネイプは言わなかった。スネイプは、なおもじっとアルテシア見ている。
「お願いです、先生。2人には、何も言わないでください」
「なぜだ」
「わたしがこうなったのは、わたしのせいです。あの2人は関係ありません」
「だが、ともに何かをしたのだろう。おまえ、あの2人をかばおうとでもいうのか」
「それは、だってわたしは、わたしたちは……」
その先を、なぜか言えないアルテシア。スネイプは、少しの間その言葉を待っていたが、わずかに唇をゆがめると、アルテシアの頭に手のひらを置いた。
「わかった、もういい。だがおまえ、あの2人を友だちだとでも思っているのか。だとすれば、相当なお人好しということになるぞ」
「え? あの、先生」
「なにがあったかは知らん、おまえが何をしたかも知らん。よろしい、もう問うことはやめとするが、そこに信頼はあるのか。ただ都合よく利用されただけ、ということでなければよいのだがな」
ただ、都合よく、利用された。この言葉が、アルテシアの胸に突き刺さる。なぜ、あのとき自分はおいてきぼりにされたのか。それは、そういうことだったのか。たしかに、眠っていたということはある。だがそれも、ハーマイオニーに了解を得てのことだったはず。なのにあの結果は、やっぱり納得できない。
「スネイプ先生、わたし」
「ああ、なにも言うな。返事を期待してなどいない。ただ、これだけは覚えておけ。おまえには、ちゃんと友がいるのだ。あの双子こそが、おまえの友であろう。何を大事にすべきか、なにが大事なのか、考えてみることだ」
双子、それはもちろんパーバティとパドマの姉妹のことだろう。たしかに、あの2人は友だちだ。そんなことを考えるアルテシアの目が、しだいに潤みをおびてくる。だがそれをごまかすようにまばたきを何度も繰り返し、そっと目をぬぐった。
※
「さて新学期には、ひさかたぶりに三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント:The Triwizard Tournament)が行われる。しかも、その会場はわがホグワーツじゃ。さまざま準備も進めねばならんが、とにかく出場者についてお2人と相談しようと思うてな」
「お言葉ですが、校長。あれは、代表選手をゴブレットが選ぶのではなかったですかな。あらかじめ選手を決めておくのは、どうかと思いますが」
「もちろんじゃよ、セブルス。その参加資格については、わしは制限を設けたほうがいいと考えておっての。魔法による対抗戦であるし、課題も過酷なものとなるじゃろう。なれば、低学年生では無理がある」
言いながら、ダンブルドアはマクゴナガルを見る。マクゴナガルは、何も言わずにテーブルに置かれた紅茶に手を伸ばした。校長室にいるのは、この3人である。
「では、上級生のみにということですか。4年生が含まれないのは残念な気もしますな」
「ほう。4年生に出場させたい者がいるのかね」
「やるからには、優勝杯はわがホグワーツに欲しいですからな。わたしは、あの娘であれば楽々優勝するのではないか、そう思っていますよ。どうです、マクゴナガル先生。そう思われませんか?」
なにやら挑発されているような感じを受けながらも、マクゴナガルは、紅茶のカップを置いた。いずれはカップも空になるし、いつまでも黙っていられるわけでもない。
「それがアルテシアのことなら、わたしも同感です。ただし、条件付きではありますが」
「条件? なんです、それは」
「アルテシアの体調には細心の注意をはらう、ということです。そうしていただけるのなら、おそらく優勝するでしょう」
抑揚のすくない、淡々とした調子でそう言ったマクゴナガルを、ダンブルドアはどんな思いで見ているのだろう。しばらく前、ダンブルドアはマクゴナガルの願いを、断っている。それゆえ、すねているのではないかと、そんなことを思っているのかもしれない。
マクゴナガルは、ダンブルドアがホグズミード村で手に入れたにじ色の玉を、アルテシアに返すよう要求した。だがダンブルドアは、その要求を受け入れなかった。あの玉がなんであるのかわからない、というのがその理由である。もし危険なものであった場合、自分の立場上、生徒に渡すことはできないとしたのである。
そのいいわけには多少の無理があったが、マクゴナガルのほうにも、あの玉がどういうものなのかをちゃんと説明できない事情がある。ただアルテシアのものだと主張するだけでは、ダンブルドアを納得させられないのだ。
「優勝候補、ということであれば参加させてもいいが、いずれにしろ代表選手を選ぶのは、公正なる選者『炎のゴブレット』じゃよ。アルテシア嬢が代表選手になれるとは限らん。やはり、上級生に限った方がいいのではないかな。ダームストラング専門学校やボーバトン魔法アカデミーの選手も、おそらくは上級生であろうしの」
「まだ、決まってはいないのですね」
「細かな打ち合わせは、これからじゃよ。この夏休み中に話し合うことになっておる。会場はホグワーツ、代表選手は3校の生徒たちの前で炎のゴブレットが選ぶ、ということは決まっておるがの」
「では校長、候補者は最上級生とし、そこに教職員による推せんを数名加えるというのはいかがですか。どうせゴブレットが選ぶのであれば、不都合などないでしょう」
「そうかもしれんが、アルテシア嬢にはムリであろ。ケガをしたり、倒れたりしては大変じゃ」
それには、マクゴナガルも賛成だった。出場すれば優勝するのは間違いない。だがその過程で、必ずムチャをするという確信もある。対抗戦の課題が行われるときには14歳になっているが、それで自由に魔法が使えるようになるとは思っていない。そのためには、あの玉が必要なのだ。あの玉が戻ってこない限り、参加する意味はない。
「なるほど、それはあるでしょうな。では、最上級生からのみ選ぶということで、わたしはかまいません」
「そうかね、セブルス。ミネルバも、それでいいかね?」
マクゴナガルも同意し、この件はダンブルドアに一任されることになった。いずれにしろ、対抗戦に関することは各校の校長と魔法省の担当者による話し合いで詳細が決められるのだ。なので、こうなるのが一番いいのだろう。
「それはそうと、ルーピン先生の後任はどうされるのです。もしあてがないようであれば」
「いやいや、セブルス。大丈夫じゃよ。アラスター・ムーディにお願いするつもりでいるのでな」
「え! マッド・アイに、ですか」
「さよう。長いこと闇祓いとして、闇の魔法使いと闘ってきたのじゃ。彼から防衛術を学ぶのは有意義じゃろうと思うての」
アラスター・ムーディは、通称であるマッド・アイ、と呼ばれることが多い。いまは引退しているが、闇祓いとして多くの死喰い人と闘い、捕らえてきた人物である。彼をよく知る人は、その顔よりも口癖である「油断大敵(Constant vigilance)」のほうが真っ先に思い浮かぶのかもしれない。
「そうそう、防衛術ということで思い出したが、ルーピン先生から手紙を預かっておる。アルテシア嬢にあてたものじゃが、お渡ししてかまわんかね、ミネルバ」
「ええ、それはもう。それで、この手紙はいつ」
「彼が、学校を去るときにの。そのときアルテシア嬢は医務室。直接渡すことはできんかったのじゃろう」
そういうことなら、仕方がない。どうせアルテシアとは会うつもりなので、そのついでに渡せばいいのだ。あの玉もいっしょに渡せれば言うことはないが、それは実現しそうにない。いったいいつになれば、渡せるのか。
「何も危険なものではないよ。リーマスが書き、リーマスが封筒に入れたものを受け取った。それがアルテシア嬢への手紙であることははっきりしておるでの」
「そうですか」
それが皮肉に聞こえるのは、まさにマクゴナガルのいまの気持ちをあらわしていると言えよう。その手紙を受け取ったとき、校長室のドアがノックされた。
「おや、誰じゃろうな」
「わたしがでましょう」
ノックに応え、マクゴナガルがドアを開ける。そこには、アルテシアがいた。
「アルテシア、あなた」
「マクゴナガル先生、やはりこちらにおられたのですね。ごあいさつにきました。校長先生もおいでですよね」
どうやらアルテシアは、ようやく医務室から出ることを許されたらしい。もちろん家に帰るつもりなのだろうが、校長室を訪れたのは、先生たちへのあいさつのため。そのアルテシアの後ろには、アディナとソフィアの姿があった。その2人はパチル姉妹にアルテシアの状況を報告するためパチル家を訪れており、ついさきほど戻ってきたばかりである。
「どうぞどうぞ、こちらへ。ここへおかけください」
ダンブルドアが杖を振って、3人分の椅子を用意する。そこへアルテシアたちが座った。
「ええと、そうじゃな。まずはなにより、お嬢さんが元気になったようで、よかった」
「ありがとうございます、校長先生。スネイプ先生にも、お礼をいいます。ありがとうございました」
「おや、セブルス。なにかしたのかね?」
「いえ、わたしはなにも。それよりミス・クリミアーナ、紹介するのが先だぞ」
「あ、はい。もちろんです」
紹介といっても、アディナが、ダンブルドアとスネイプにあいさつをすれば済む。そのあとで、アディナが本題へと入った。
「校長先生にお願いなのですが、聞けば3年生以上は、学校そばのホグズミード村への出入りが許されるとか。ただし、保護者による許可証が必要だそうで、こちらのお嬢さんは、ついに1度も行けなかったそうです。それで相談なのですけれど」
「奥さんが、許可証にサインをしようと、そういうことですかな」
「ええ、まさにそうです。では、そういうことでよろしいですね」
「そうじゃな。マクゴナガル先生、いいかね?」
それもまた皮肉と受け取ってしまう自分に、マクゴナガルは苦笑い。できれば自分がサインをしたかったが、アディナであれば、拒否する理由はない。
「かまいません。そうですね、娘さんが3年生となりますから、そのとき一緒にということでよろしい?」
「ええ、マクゴナガル先生。それでかまいません。よろしくお願いしますね」
「わかりました」
「では、校長先生。この次のホグズミード行きのとき、わたしの娘とこのお嬢さんとでそこへ行くことになりますので。よろしくお願いしますね」
そう言って、頭を下げる。そのことに、マクゴナガルは少なからず驚いた。アディナには、あの玉のことは話していない。話してはいないが、アデイナは、ホグズミードでアルテシアを探していた女性がいたことは知っているのだ。なんらかの関心を持っていても不思議はない。だがなぜ、わざわざダンブルドアにそのことを告げるのか。何らかの意図があってのことだろうが、そのことをマクゴナガルは聞いてはいなかった。
「では、わたしたちはこれで失礼します。また新学期からも娘たちをよろしくお願いします」
娘たち、というからにはソフィアだけでなくアルテシアも含んでいるのだろう。そのことをいぶかしく思ったマクゴナガルだが、このまま見送るわけにはいかない。
「待って、待ってください。待ちなさい、アルテシア。わたし、まだ何も話をしていませんよ。少しだけでも、時間を」
校長室を出ようとしたアルテシアが、立ち止まる。そして、振り返る。
「もちろんです、先生。それでは、先生の執務室でお待ちしています。用事がお済みになったら、おいでください。もう先生は、わたしのここに、ちゃんとおられますよ。これからもずっと」
そう言って、アルテシアは自分の胸を軽くたたいてみせた。その横ではアディナがほほえみ、ソフィアは軽くため息をついていた。しょうがないなぁと、そう言いたげでもあるかのように。