ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第55話 「トレローニーの予言」

 医務室の前に、ハリーが立っていた。さすがに中へと入る勇気はなかったが、だからといって、立ち去ることもできない。ただ、うろうろするしかなかった。だが中に人がいる以上、そのときは必ずやってくる。すなわち、医務室のドアが開いたのだ。

 出てきたのは、スネイプ。そのうしろにルーピンがいる。

 

「ほほう、自分の不始末がどう判断されたのか、さすがに気になるようだな、ポッター」

 

 ハリーは、何も言えなかった。だが視線だけは、しっかりとスネイプに向けたままだ。

 

「まあ、よかろう。友だちのありがたさとはどういうものなのか、よくよく感じてみることだ」

 

 それだけ言うと、大股で歩きながらスネイプが去って行く。ハリーは、ルーピンを見た。ルーピンの手には、あの古ぼけた羊皮紙があった。

 

「ハリー、アルテシアが元気になったら、ゆっくりと話をしなきゃいけないよ。あの子とは友だちでいたほうがいい。わかったね」

「先生、ぼくはケンカしてるとか、そんなつもりはないんです」

「そうかい。なら、いいんだ。それから、この地図だけど」

 

 そこで、しまった、というような顔で苦笑いを浮かべるルーピン。ハリーも、そのことに気づいた。ルーピンは羊皮紙を、地図と言ったのである。

 

「そう、これが地図だということは知っているよ。キミがどうやってこれを手に入れたのかはわからないが、返してあげるわけにはいかない」

 

 当然、そうなるだろうとハリーは覚悟していた。でも、どうして地図だとわかったのだろう。たちまち、頭の中が聞きたいことでいっぱいになる。

 

「言っておくけど、スネイプ先生は納得されてはいないよ。見逃してくれたのは、アルテシアが口添えしてくれたからだ。もしかすると彼女は、気づいたかもしれないね」

「アルテシアが」

「そう、アルテシアが、だよ。ハリー、ぼくはアルテシアのことを詳しくは知らない。あまり話をしたことがないからね。でも、キミと似ているところがあるような気がする。性格が、じゃないよ。境遇が、だ。とにかく、ハリー」

 

 ルーピンが、歩き始める。ハリーも、それについて行く。アルテシアのお見舞いは、とりあえず後日としたようだ。

 

「ついさっき、スネイプ先生も言ってたとおり、みんながキミが安全であるようにと願っているんだ。覚えてるかい? 守護霊の呪文を練習しているとき、キミはこう言ったんだ。母親が、かばってくれたと。父親が、キミたちを逃がそうとしてヴォルデモートに向かっていったと。そのときの声を聞いたんだったよね」

「あの、先生」

「人がなにを言おうと、キミが納得しない限りはムダになってしまう。キミが納得することが必要なんだよ、ハリー。ぼくは、吸魂鬼が近づいたときにキミが聞いた声を、ムダにしてほしくはない。キミはそんなことをしないと、そう思いたい。キミのご両親は、キミを守るために自分の命を捧げた。なのにキミが、大切に守られてきた命をこんなふうに危険にさらし、粗末にするとはあんまりじゃないかと思うんだ。キミならわかるはずだよ、よく考えてごらん」

 

 その言葉は、ハリーには重く響いたらしい。その重さの分だけ、足取りが重くなったようで、ルーピンと並んで歩いていたのに、少しずつ遅れていく。

 

「また今度、こういうことがあったなら、そのときはもう見逃してはくれないよ。それは、信頼を裏切りで返すことでしかない。そんなことしちゃいけない。キミならわかってくれると、そう信じているよ」

 

 ルーピンが、足を速めて立ち去っていく。ますます足の重くなったハリーは、いっそうみじめな気持ちになりつつ、ゆっくりと階段を上っていった。上ったところでロンと出会った。

 

「ハリー、やっとみつけた。で、どうなった?」

「なんとか、見逃してもらえたよ。地図は、ルーピンに持ってかれたけど」

「ルーピンだって? でも、見逃してもらえたんならよかったじゃないか」

「そうだけど、ぼく、後悔してるんだ。あんなことしてまで、ホグズミードに行くべきじゃなかった」

 

 2人の歩く先は、談話室。そろそろその入り口である肖像画が見え始めるところまで来ていたが、先に見えたのはハーマイオニーだった。ハリーたちに気づいたようで、こちらに向かって歩いてくる。ハーマイオニーは両手に手紙を握りしめていて、いつもより青い顔をしていた。

 

「あなたたちも知っておくべきだと思って、待ってたの。ハグリッドが敗訴したわ」

「なんだって」

 

 ハーマイオニーが、持っていた手紙を突きだす。ハリーがそれを受け取り、開いてみる。涙でも落ちたのか、手紙にはあちこちインクのにじんだところがあった。

 

「そんなばかな。マルフォイが自分のせいだと認めたはずだ。なのに、なぜこうなるんだ」

「マルフォイのお父さんが手を回したのよ、そうに違いないわ。控訴することはできるけど、望みは薄いと思う。だってバックピークのせいにしないと、自分の息子が責任をとらなきゃいけなくなる。そんなこと、するはずないわ」

「それでも、控訴しよう。なんとかなるはずだ。ボクが手伝うよ」

 

 そのロンの宣言に、ハーマイオニーの目に涙が浮かんだ。このことにずっと1人で取り組んできた、そのことの思いがあふれ出したのだろう。

 

「ああ、ロン。手伝ってくれるのね!」

「あたりまえだ。あのバックピークは悪いやつじゃないんだ。助けなきゃ」

「ロン、あたし、スキャバーズのこと、謝るわ。ほんとにごめんなさい」

 

 とうとうハーマイオニーは、泣き出していた。しゃくり上げつつ、お詫びの言葉を告げる。さすがにロンも、とまどい気味だ。

 

「いや、いいんだよハーマイオニー。もしかすると、食べられたんじゃないかもしれない。それにペットがいなくなったとなれば、今度はぼくにふくろうを買ってくれるかもしれないじゃないか」

 

 

  ※

 

 

 イースター休暇となっても、アルテシアは医務室から戻って来てはいなかった。まさか、こんなにも長くなるなんて誰も思ってはいなかっただろう。いつもアルテシアと一緒にいるパチル姉妹やソフィアにしても、予想外のことであったらしい。だがパチル姉妹たちはちゃんと状況を説明してもらっているらしく、動揺をみせるようなことはなかった。本人への面会も、支障なくすることができた。もしそうでなかったなら、ソフィアあたりは大騒ぎしていてもおかしくはなかっただろう。

 それもこれもマダム・ポンフリーが退院を許可しなかったからだが、実際のところ、その大半はマクゴナガルが納得しなかったためである。もちろんこれは、アルテシアの頭痛をなおすという理由によるものだ。たしかにアルテシアも、頭がぼんやりしていると言っていた。だがしかし、その治療というには、長くかかりすぎではないのか。

 

「それでも、あなたはまったくの健康体だということがわかったのですから、さまざま調べてもらったことはムダではありません。あとは、わたしがどうにかするだけです」

「あの、先生。ときどきそういうことをおっしゃいますけど、それって、どういうことなんですか?」

「この件は、いずれちゃんと話をします。今は、気にしなくてよろしい」

 

 そう言われたからといって、そうですかと納得するのは難しい。だがアルテシアは、それ以上のことをマクゴナガルに尋ねるようなことはしなかった。マダム・ポンフリーが、笑っている。

 

「つまりミネルバ母さんは、かわいい娘のことが心配でたまらないのでしょうねぇ。最初はわたしがやり始めたことですけど、少し度が過ぎたのかもしれませんよ」

「いいえ、せっかくの機会だったのです。これは、必要なことでした。すべての責任がわたしにあることもわかりましたし」

 

 マダム・ポンフリーは、ときおりアルテシアが意識を失うのが不思議だった。マクゴナガルから話を聞いてはいたが、14歳になれば大丈夫、というのもおかしな話だと思っていた。そんなときアルテシアの母マーニャが若くして亡くなっていることを知り、なにか関係があるのかもしれないと考えたのである。

 さまざま診察した結果、マダム・ポンフリーはまったくの健康体という判断を下した。だがマクゴナガルは納得しなかった。どうせならもっと詳しくとばかり、必要なだけ十分な時間をかけさせた結果なのである。それでも異常はみつからず、イースター休暇明けにようやく寮へと戻れることになった。

 

 

  ※

 

 

 イースター休暇の明けた週末は、クィディッチのリーグ戦最終となるグリフィンドール対スリザリンの試合だ。もちろん、優勝杯を獲得できるチャンスも大いにある。試合の行方に誰もが注目しているからか、しばらくぶりに寮に戻ってきたアルテシアは、誰からも注目されるようなことはなかった。

 なにしろ試合は明日なのだし、普段でも寮同士の対抗意識が強いスリザリンが相手だ。優勝杯もかかっているとなれば、緊張が爆発寸前にまで高まっているのもムリのないこと。

 なかでもハリーの決意は固かった。なんとしても、全校生徒の前でマルフォイをやっつけてやりたかったのだ。その理由はいくつもある。レイブンクロー戦でのニセ吸魂鬼の件、バックピークのこと、それにホグズミード村でのできごと。それに、あいつのこと。

 

「さあ、両チーム選手の登場です!」

 

 競技場に、解説役のリー・ジョーダンの声が響く。両チームの選手が競技場にそろう。審判は、フーチ先生だ。箒に乗りながら、ハリーは改めて決意を固める。ドラコには、絶対に負けたくなかった。競技場に来る前にハリーは、アルテシアとドラコが話をしているところを目撃している。何を話しているのか聞こえたりはしなかったが、闘志は一気に燃え上がった。

 ドラコのほうも、もちろんハリーに負けるつもりなどない。ホグズミード村でのことを、ハリーがうまく切り抜けたのが気に入らなかった。処罰を受けないばかりか、減点すらもされていないのだ。納得できるはずがない。なんとしても負かしてやると、こちらも気合い十分。

 この注目の試合を見守る観衆のなかに、アルテシアもいた。だがそこへ、ルーピンが近づいてくる。

 

「身体のほうは、もういいのかい。人混みでは疲れるだろうに」

「ありがとうございます、ルーピン先生。でも、心配ないですよ。身体は健康だってお墨付きもらえましたから」

「でもぼくは、いまだに信じられないんだよ。魔法をたくさん使うことで疲れるってことはあるだろう。でも、気を失うなんてね」

 

 その事情について、ルーピンはどれくらい知っているのだろう。だがアルテシアは、そのことを尋ねようとはしなかった。

 

「スネイプ先生とは、お友だちだそうですね」

「たしかに、ホグワーツ時代は一緒だったよ。でも、友だちとは言えなかったかもしれないね。スネイプは、なにか言ってたかい?」

「ハリーのお父さんやシリウス・ブラックさん、それからピーターさんの4人でよくいたずらをされたと聞きました。4人には、それぞれあだ名があって」

「アルテシア、キミは案外、いじわるなんだね。そうだよ、あれはぼくたちが作った地図だ。地図だと気づいていたんだろう。そのことで話があるんだ」

 

 そこでアルテシアは、にこっと笑ってみせた。そして、うしろを振り返る。そこには、パーバティとパドマ、それにソフィアがいた。

 

「お願い、ソフィア」

「はい」

 

 そのソフィアの返事を、ルーピンは聞いただろうか。次の瞬間にはルーピンは、アルテシアとともにどこかの空き教室にいた。さすがにルーピンは驚いた。

 

「おい、キミ。これはどういうことなんだい」

「そういうお話になるのなら、このほうがいいと思ったんです。わたしはこの魔法は禁止されてるけど、ソフィアはそんなことないですから」

「待ちなさい、アルテシア。いまのが魔法だというのなら、ものすごく高度なものだよ。少なくともわたしには、どうやればいいのかわからない。そうだな、やるとしたらポートキーを使うだろう。でもいまのはそれじゃないね」

 

 実際に魔法を使ったのはソフィアだが、この魔法は、アルテシアにとってさほど難しいものではない。魔法使用を禁止されていなければ、自分でやっていただろう。なにしろ、むこうとこっちをただ入れ替えるだけのこと。ちなみにポートキーとは、適当な物品に移動のための処理をしておき、それに触れることで一気に移動するという手段のことだ。

 

「しかしキミは、こんな魔法を使うのか。ちょっと変わっているとスネイプ先生が言ってたけど、たしかにそうだね」

「やったのはソフィアですよ。わたしは禁止されていますから」

「それだよ。何度聞かされても素直に納得できないんだけど、キミはそれでいいのかい? 魔法を学ぶためにホグワーツに来たんだろう? なのに魔法禁止じゃ、練習すらできない。まさに本末転倒じゃないか」

「ですけど、やりすぎると気を失ったりするんです。だからマクゴナガル先生は、制限が必要だと。さもないと、いくらでも無茶をするに決まっているからと」

 

 実際、そんなことが起こっている。ルーピンも話だけは聞いているが、さすがに納得するのは難しいらしい。

 

「先生にご相談したいことがあります。先生のお話が終わってからでいいので、アドバイスしてもらえませんか」

「いいよ。ぼくのは後回しでかまわない。キミから先に話をするといい」

「そんな。先生の方から話すきっかけを作ってくださったのに、いいんでしょうか」

 

 ルーピンは、それでかまわないらしい。だがそれは、どちらが先に話をするかだけの違いだ。話題はどうせ、同じところに行き着く。ルーピンは、そう考えていた。

 

「先生は、吸魂鬼が怖くないですか。わたし、すごく怖いんです。あの試合のときも、ニセモノだったけど、怖くてとっさに魔法を使おうとしたんだと思うんです。そのときのことはよく覚えてないんですけど、気を失ったのはたぶんそのためなんだと思います」

「覚えていないって?」

「このごろ、そんなことがあるんです。あたまがぼんやりとしてしまって。マダム・ポンフリーが心配してくださって、いろいろ調べてくださったんですけど、身体の異常ではないみたいです」

「なるほど、そんなことを調べていたから時間がかかったのか。でも異常がないんなら、安心していいと思うよ」

 

 長いあいだ医務室にいたのはそういうことかと、ルーピンは納得する。だがその原因は不明なのだから、どうしても不安は残ることになる。

 

「アルテシア、医務室でも言ったけど、守護霊の呪文を学ぶといい。吸魂鬼が怖いのなら、追い払う方法を覚えておきなさい。なにかと安心できると思うよ」

「そうですけど、まず自分の魔法が使えるようになりたいです。なんだか、前と比べても、とても魔法がヘタになっちゃったみたいで。すぐ気を失うし」

「そうなのかい。それは困ったことだね」

 

 このことも、ルーピンがアルテシアに尋ねてみたいことの1つだった。どうしても彼は、魔法を使うと気を失う、という図式に納得がいかないのだ。

 

「そのことで先生にお聞きしたいんですけど、先生は、秘密の部屋の騒動のことはご存じですか?」

「聞いたことはあるけど、詳しいことまではわからないよ。そのとき学校にはいなかったからね」

「でも、あの地図をお作りになったんですよね。あの地図では、その当時のお友だちからのメッセージが出てきますけど、地図に返事をさせるなんてことどうすればできるんですか」

「ああ、いや。違うんだよ、アルテシア。そうじゃないんだ」

 

 ルーピンは、理解した。アルテシアが何を聞きたいのか、わかったような気がした。だが、期待されている内容の返事はできなかった。

 

「あの地図は、調べようとしてくる相手に対して、返事をしているわけじゃない。あらかじめ決めたメッセージを機械的に返しているだけだよ。キミは、秘密の部屋での日記帳から、ええと、そうだね、例のあの人が出てきて行動したってことをイメージしてるんだろうけど、それとは違うものだよ」

「そう、ですか」

 

 明らかにがっかりしたようすをみせるアルテシアに、ルーピンは苦笑するしかない。だがアルテシアは、すぐに顔をあげた。

 

「でも先生、あれは現実に起きたことです。それをやった人がいるんですから、方法はあるはずですよね。ご本人に聞いてもいいと思いますか? 教えてくれると思いますか?」

「いや、ダメだよアルテシア。それは、しちゃいけない」

「え?」

「ぼくは、あとから話を聞かされただけだ。もしかすると正確じゃないのかもしれないけど、キミはその人物、つまり」

 

 そこで、いったん言うのをやめる。アルテシアはちゃんとルーピンの目を見ていたが、ルーピンは、ちょっとだけ考えるそぶりをみせた。

 

「アルテシア、キミはヴォルデモート卿のことを知ってるはずだ。その人が何をした人なのか、ハリーのことやシリウス・ブラックのことも知ってるんだろう」

「はい。話は聞いてます」

「だったら、わかるはずだよ。マクゴナガル先生が許してくれると思うかい。ダンブルドアだって同じだと思うよ」

 

 はっとしたような表情を浮かべる、アルテシア。まっすぐにルーピンを見ていたその目が、左右に揺れる。

 

「もっとも、あの人はいま、どこにいるのかわからない。復活するとも言われているが、このまま消えてしまうかもしれない。とにかく、会おうだなんて、考えちゃいけない。わかったね」

「はい」

 

 いちおう、返事はした。だがいま、もしヴォルデモートが現れたなら。アルテシアには、知らぬ顔などできない事情があった。そのことを、ルーピンに言うべきか。少しだけ迷ったアルテシアだったが、そのことを考えていられる時間はなかった。すぐにルーピンが、こんな提案をしてきたからである。

 

「アルテシア、ぼくと約束をしてくれないか。闇の側へと行ってしまうようなことは、決してしないとね。そして、ぼくの期待を裏切ることのないステキな魔女になってくれると」

 

 このときルーピンは、マクゴナガルに言われたことを思い出していた。こちらが望めば、アルテシアはそうなってしまう。正しく導かねばならないのだと、マクゴナガルはそう言ったのだ。ならば、願ってみようとルーピンは考えたのである。

 

 

  ※

 

 

 反則まがいのプレーが多発したスリザリン対グリフィンドールの試合で、みごとスニッチをつかんだのはハリーだった。ハリーは、この試合でスニッチだけでなく優勝杯もつかみ取ったのである。ハリーにとって、最高に幸せな瞬間だった。

 だが、そんな大興奮のなかにいつまでも浸っていることはできない。現実に戻ってみれば、学年末の試験がもうすぐだ。その予定が発表される。

 

「なあ、ハーマイオニー。キミの試験日程、異常だと思うんだけど、ボクの見間違いかなぁ」

「うるさいわね、ロン。写し間違いでもなんでもないわ。とにかくあたしは、忙しいの。余計なことを言わないでちょうだい」

「けどキミ、同じ時間に2つもテストを受けるなんてできるはずないだろ。ほら、こことここだよ」

 

 その指摘は、もっともだ。それに対してハーマイオニーが何か言おうとしたところへ、羽音を立てて、ふくろうが飛んでくる。3人組の真ん中へと舞い降りてきたのは、ハリーのペットのふくろうであるヘドウィグ。なにかメモをくわえている。

 

「ハグリッドからだ」

 

 そのメモを手に取ったハリーが叫ぶように言った。ロンたちも注目する。

 

「バックピークの裁判だけど、ホグワーツでやることになったらしい」

「なんですって」

 

 ハリーからメモを奪い取るようにしたハーマイオニーが、すばらく目を走らせる。

 

「裁判は試験が終わる日と同じね。魔法省から何人かと、死刑執行人。まあ、なんで控訴の裁判に死刑執行人が来るの! まるで判決が決まってるみたいじゃない!」

 

 実際、そうなのかもしれない。でも、そんなことを考えたなら、すべて終わりなのだ。きっと、なにかできることがあるはずだ。だがシリウス・ブラック騒動があってからは、そう簡単にはハグリッドの小屋へと行くことができない。それに、試験期間となる。

 

「とにかく、わたしたちは試験に集中しましょう。そのあいだハグリッドには、このあいだの裁判のときの資料をもう1度よく復習してもらえばいいわ。すべてはそれからよ」

 

 試験は、人それぞれの結果を残しつつ消化されていく。アルテシアは、教師陣のなかでは魔法がヘタな者たちのなかに分類されている。まったく魔法が使えなかった1年生のときのことを思えば格段の進歩であるのだが、周囲の目からみれば、どうしても評価は低くなる。マクゴナガルとの約束を守っている限りにおいては、それも仕方のないところだろう。

 とはいえ、アルテシアの成績はさほど悪い方ではない。魔法の実技は、かろうじて平均点といったところ。だがその知識を問う魔法の理論の分野となると、たちまちトップ争いに顔を出す。競う相手は、いつもハーマイオニー。少し離れてパドマといったところだ。なかでも魔法薬学と魔法史は、アルテシアがナンバーワン。だが総合すればトップはハーマイオニー、アルテシアはずいぶんと離されてしまうのだ。

 

「やれやれ、これでやっと、試験も終わりだよな」

 

 そして試験は最終日。たったいま「闇の魔術に対する防衛術」の試験が終わったところだ。残るは最終科目の占い学で、トレローニーの教室で行われる。ハーマイオニーはマグル学の試験なので、ここで分かれることになる。

 ハリーたちがトレローニーの教室へ行こうと大理石の階段を上っていると、コーネリウス・ファッジとバッタリ出くわした。もちろん魔法大臣のファッジである。

 

「おやおや、ハリー。それにそっちはアーサーの息子だな。もう、試験も終わりだろう? それなのに…… ああ、それなのに、ってところだな」

「どういうことですか」

「聞いてないのかね?」

 

 何を? 一瞬、そう思ったハリーだが、すぐに今日が何の日であったかを思い出す。ハグリッドの裁判だ。

 

「もう、裁判が終わったということですか?」

「いやいや、そっちのほうは午後からなんだが、シリウス・ブラック捜索の状況について少しダンブルドアと話をしようと思ってね。そうしたら、びっくりしたよ。あの子が、医務室に運ばれたというじゃないか。ついこのあいだも、長いこと医務室にいたというのにどうしたのかと思って、これから医務室にようすを見に行くところだよ」

「それって、アルテシアのことですか」

「キミたちも一緒に、と言いたいところだが、まだ試験があるんだろ? 頑張りなさい。じゃあな」

 

 たしかに、試験は残っている。ハリーとロンにとっては占い学などどうでもいいようなものだが、さすがに試験をすっぽかすことはできなかった。

 

「どういうことだろう。あいつがまた、倒れたなんて。全然気づかなかった」

「防衛術の試験のときだよな。あれ、最後にまね妖怪と戦わなくちゃいけない。きっとそのとき、なにかあったんだ」

「なにがあるんだろ? ハーマイオニーはまね妖怪がマクゴナガル先生になって、全科目落第だって言われて泣いてたけど」

 

 ロンの言うように、闇の魔術に対する防衛術の試験では、まね妖怪と戦うことになる。ルーピンによって障害物競走のようなコースが作られており、そこでは水魔のグリンデローが入った深いプールを渡り、赤帽のレッドキャップがひそむ穴だらけの場所を横切ったあとは、道に迷わせようと誘うおいでおいで妖怪のヒンキーバンクをかわし、最後には大きなトランクに入り込んで、まね妖怪のボガートと戦うのだ。

 

「問題は、まね妖怪が何に変わったかだよな。ボクの場合は大きなクモだけど、あいつはなんだろう」

「吸魂鬼じゃないかな。あいつは吸魂鬼を怖がってたはずだ」

「そうだけど、本当に怖いのは友だちをなくすことだって、ボクにそう言ったんだけどな」

 

 実際にアルテシアがどうしたのか、ハリーたちにはわからない。だが、医務室に行くより先にやることがある。

 

「あ、おい、見ろよ。あれ。なんだってんだ」

 

 振り返ると、階段の下に見慣れぬ魔法使いが2人歩いていた。1人はかなりの年配で、もう1人は口髭を生やした背の高い魔法使いだ。しかも。

 

「なんてやつだ、あんなに大きな斧を持ってくるなんて。いったい何に使うっていうんだ」

「バックピークの処刑のため、だろ。でも大丈夫さ、ハグリッドはハーマイオニーが用意した資料を、暗記するくらいに読んでる。今度こそ、ちゃんと弁護ができるはずだ」

 

 だがおそらく、そうなることはない。午後からの裁判の、その結果はもう出ているようなものなのだ。だから、あんな斧が必要なのだ。ハリーは、そう思った。だがもちろん、口にだせるようなことではない。

 

「とにかくぼくたち、試験に行かなきゃ」

 

 まさにそのとおりで、すでにトレローニー先生の教室のまわりには、生徒たちが大勢そろっていた。どうやら、1人ずつ対面式で試験が行われるらしい。その集まった生徒たちのなかにパーバティがいる。

 

「パーバティは知ってるのかな。アルテシアのこと」

「どうだろう。みたところ、いつもと変わりないよな」

 

 そのパーバティは、順番が来たようで、教室内に入っていく。終わった生徒は、そのまま解散ということになるようだ。

 

「なあ、ハリー。試験が終わったらどうする?」

「そうだな。ハグリッドのところへようすを見に行こう。アルテシアは気になるけど、医務室にいるんだから大丈夫だ」

 

 そんなことを話しているうちに、パーバティの試験は終わり、ロンの順番となり、そしてハリーの番がやってくる。なぜかハリーが一番最後だった。ロンと談話室で会う約束をして、教室に入る。課題は、トレローニーの前で大きな水晶玉をのぞき込み、見えるものを話すこと。

 

「なにが見えます? 話してみてくださいな」

 

 これまでも、そしてこのときも、水晶玉の中に、なにか見えたことなど一度もない。だが少しでも早く試験を終わらせるためには、これしかない。ハリーのとった方法は、つまり、なにか見えるふりをすることだ。

 ハリーは、ハグリッドのヒッポグリフ話をでっちあげることにした。もちろん、斧で首を切られるのではなく、元気に飛び立つ場面を作り上げる。

 トレローニーがため息をついたところで、試験は終わりとなった。だが、すぐさま帰ろうとしたハリーを、男のような太い荒々しい声が呼び止める。ハリーは、驚いて振り返った。口をだらりと開けうつろな目をしたトレローニーが、そこにいた。まるで、引き付けの発作でも起こしているように見えた。

 

「その召使いが自由の身となれば、ご主人さまのもとへと駆けつけるだろう。今夜だ。阻止せねば、闇の帝王が復活することになる。召使いを自由にしてはならない。起こさねばならない」

「せ、先生。いまのは…」

 

 だが、ハリーが聞けたのはそれだけだった。ぶるっと身体が震えたかと思うと、いつものトレローニーへと戻っていた。

 


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