ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第53話 「本当に怖いもの」

 マクゴナガルの執務室で、勉強会ならぬお茶会を終えたソフィアとアルテシアが、廊下を歩いていた。このあと2人は、いつもの空き教室でパチル姉妹と会うことになっている。マクゴナガルとどんな話をしたのか。4人の話題は、そのことが中心となるのだろう。

 

『アルテシアには、何か足りないものがある。』

 

 それがマクゴナガルの意見だったし、同じことをアルテシアたちも考えていた。問題は何が足りないのか、ということ。そしてそれを、どう補うのか。

 気になるのは、パチル姉妹がホグズミードで会ったという女性のことだが、この女性に関して、アルテシアには仮説があった。だがその実証のための実験は、失敗している。つまり、アルテシアの持つ知識と能力においては、この仮説にはムリがあると判断するしかない。

 

「わたし、ミネルバ先生が、なにか知ってるような気がするんですけど」

「どうかな。そんな気はするけど、もしそうなら話してくれると思うんだよね。わたしたちのこと、ちゃんと考えてくれる人だよ」

「そうですけど、なにか隠してます。間違いないです。あたしのカンですけど」

 

 3人で話しているとき、マクゴナガルはホグズミードの女性に対するアルテシアの仮説について、まったく意見を言わなかった。それが不自然すぎると、ソフィアは言うのだ。

 

「これは、調査が必要だと思います。いいですよね?」

「なにするつもり?」

「わかりません。でも、なにかしないと。きっとなにか、あたしたちの知らないことがあるのに決まってる」

「ねぇ、ソフィア。ムチャはだめよ。マクゴナガル先生は、言いたくても言えないのかもしれない。話せるようになったら話してくれるわ」

「それじゃ、遅い気がするんですよね。とにかく、パドマ姉さんの意見も聞いてみます。でも、ほんと、誰なんでしょうね」

 

 ホグズミードにいた女性は、何者なのか。結局、問題はこの点に戻ってくる。ブラック家に嫁入りしていた女性のこともあるが、なにか関係しているのか。あるいは、同一人物なのか。

 

「やっぱりホグズミードに行ってみたほうがいいんじゃないですか」

「そうだね。わたしも、そう思ってる。あの人はもういないようだけど、なにかわかるかもしれないしね」

「じゃあ、今から行きますか。わたしが“飛ぶ”のは、先生に禁止されてはいませんよ」

「そうだけど、ホグズミードに行くことそのものが禁止されてる。ダメだよ。休暇になってからね」

「じゃあ、イースターのお休みのとき」

「いいえ、夏休みのほうがいいわ」

 

 きっと、そのほうがいいのだ。ずいぶん先となるが、夏休みのほうが、落ち着いてゆっくりと探せるだろう。もちろん、そこに何かがあるのなら、ということだが。

 

「え?」

 

 突然の騒がしい音に目をむけると、廊下の向こうで何冊もの本をはでに廊下にぶちまけた生徒がみえた。

 

「あれ、グレンジャーさんですね」

「きっと、カバンが破れたんだね」

 

 2人はすぐに駆けつけ、散らばった本を拾い集めるのを手伝う。

 

「すごい量の本だね、ハーマイオニー。あんまりムリしないほうがいいと思うけど」

「いいえ。拾ってくれたのは感謝するけど、みんな必要な本なの。減らすことはできないわ」

「でも、時間の重なる教科のどちらかをやめれば、少しは負担が減るんじゃないの? ずいぶん疲れてるみたいだし、そうしたほうがいいよ」

 

 破れたカバンはレパロ(Reparo:直れ)の呪文で修復し、どんどんと本を詰め込んでいたハーマイオニーの手が、ピタリと止まった。

 

「アルテシア、いまのはどういう意味?」

「意味なんてないよ。普通の時間割に戻せばずいぶん楽になるんじゃないかと思っただけ。ハーマイオニーは『占い学』やめてもいいんじゃないかな」

「まさか、アルテシア。気づいてた? いつから?」

 

 ハーマイオニーの目はこんなに大きかったのか、と誰もが驚くであろうほどに、目を見開いたハーマイオニー。そんなハーマイオニーの前で、アルテシアは自分の巾着袋に手を突っ込んだ。そして取り出したのは、キレイなビーズで飾られたバッグ。大きさとしては、アルテシアの巾着袋とほぼ同じくらいの小さなものだ。

 

「もし良かったら、これ、使って。その本、全部入ると思う。持ち運ぶのは便利になるよ」

「あ、ありがとう。でもアルテシア」

 

 だが、アルテシアは軽く2度うなずいてみせただけ。ハーマイオニーが、それ以上は何も言えないでいるうちに、ソフィアとともに、その場をあとにする。

 

「グレンジャーさんだったんですね、時間の操作をしていたのは」

「うん。時間の重なる科目の両方の授業に出るためにそうしてたみたい。勉強熱心だなって感心してたんだけど、このごろは疲れてるようで気になってた」

「でも、どうやってるんでしょう。時間を操るのは大仕事だって、うちの母はよく言いますけど」

「そうだよね。さすがは学年一の秀才ってことかな。わたしには、怖すぎてあんなことできない」

 

 そう言って、苦笑い。だがそれがアルテシアの、あるいはソフィアの正直な意見だ。時間の流れに逆らうのだから、相応のリスクもある。ちょっとした不注意であろうとも、その影響は計り知れないものとなってしまうのだ。

 時間操作のまえと後とでは、いささかの矛盾も許されないのだと、アルテシアは思っている。だからアルテシアは、これまでその操作を行う際には限定した狭いエリアを設定、その中でだけにとどめてきた。例えるなら、マクゴナガルのティーポットの中だけを対象とし、時間を戻すことで冷めた紅茶を温める、あるいはトロールの周辺だけに限定し、時間の流れを10分の1にする、といったように。

 

「でも、不思議ですね。クリミアーナの魔法を使える人が、ほかにもいるなんて」

「ハーマイオニーのこと? そういえば、そうだよね。それに魔法族がそんな魔法を使うなんて、これまで聞いたことない」

「でも、できるんですね。あんまり、バカにしてもいけないみたいですね」

「そりゃそうだよ。わたしたちは、その魔法を学ぶために、このホグワーツに来てるんだからね」

「あたしは違いますよ。いまは、アルテシアさまのそばにいるために来てるんですから」

「ダメだよ、それじゃ。ちゃんと素直に魔法を学びなさい」

 

 ソフィアは、ちゃんと勉強しているのだろうか。ふと、そんなことを思ったアルテシアだが、すぐにその考えを振り払う。ソフィアは明るくて素直ないい子だ。魔法の腕も確かであり、信頼できる。そんなこと、自分が一番よく知っている。

 

 

  ※

 

 

 ハリー・ポッターの特別授業は続いていた。もちろん『守護霊の呪文』を学ぶためのものだが、さすがに簡単ではなかった。それでも、このところは、もやもやした銀色の影を造り出せるようになっていた。さすがに吸魂鬼を追い払えるとは思えないが、ルーピンによれば、13歳の魔法使いにとっては大変な成果、であるらしい。

 その日の練習を終えると、ルーピンはバタービールをカバンの中から取りだした。

 

「ハリー、少し話をしないか。これでも飲みながら。まだ、飲んだことないはずだ。『三本の箒』のバタービールだよ」

 

 ハリーは許可証の用意ができていないので、ホグズミード行きを認められていない。なのでバタービールも初めてだろうと、ルーピンは思っていた。だが実際には、ハリーは秘密の通路を通ってこっそりとホグズミードに行っている。

 

「もう、知ってるかな。魔法省が吸魂鬼に、ブラックを見つけたらキスしてもいいと許可したらしい」

「キス?」

「吸魂鬼は、キスによって相手の魂を口から吸い取るんだ。吸い取られた者は、ただ存在するだけの抜け殻となってしまう」

「ブラックは、そうなるんですね。当然の報いだ」

 

 そんなハリーの言葉に、ルーピンの表情がわずかにゆがむ。ハリーも、そのことには気づいたようだ。

 

「あの、ルーピン先生」

「ああ、ごめん。でもハリー、それを当然の報いだと、そう言ってしまっていいんだろうか。ぼくは、このごろ考えてるんだ」

「なにを、ですか」

「友だち、ということをだよ。ハリー、きみにも友だちがいるだろう。その親友が命を狙われているとしたら。ハリー、きみならそのとき、何をする?」

 

 シリウス・ブラックとジェームズ・ポッターは、親友だった。ホグズミードの『三本の箒』で、マクゴナガルや魔法大臣たちがそんな話をしていたのを、ハリーは聞いている。ルーピンは、そのことについて言おうとしてるのだろうと、ハリーは考えた。

 

「助けたいと思うんじゃないかな。命を狙う相手から守りたい、逃がしたいと、そう思うんじゃないだろうか。そのために何をするのがいいのか。それを考えるんじゃないかな」

「ルーピン先生、でもブラックは」

「ああ、そうだよ。でもハリー、裏切ってしまえばそれまでだ。友だちじゃなくなる。親友には戻れない。それがわかっているのに、なぜだろう。このごろぼくは、そんなことを考えているんだ。何か知らないことがあるんじゃないか、知らなくちゃいけないことがあったんじゃないかってね。その何かがわかれば、疑問は解消するかもしれない」

「でも、ブラックは裏切ったんだ。ぼくの父さんを」

 

 魔法大臣は、あのとき、そう話していた。それが真相だ。だからこそブラックは、アズカバンに入れられていたのだ。ハリーは、そう叫びたかった。だがルーピンのどこか悲しげな顔が、それを思いとどまらせる。

 

「もしかすると、真相は違うのかもしれないよ。このごろぼくは、そんなことを思ってるんだ。そう思うようになったのは、あの女の子に会ったからだけどね」

「それは、誰のことですか」

「覚えてるだろう。初めての授業で、キミたちにまね妖怪と対決させた。キミには対決させてやれなかったけど、もう1人、そうした生徒がいる。ハーマイオニーじゃないよ」

 

 であれば、アルテシアだ。あのときまね妖怪と対決しなかったのは、3人だけ。ハーマイオニーは質問に答えたから。ハリーは、まね妖怪がヴォルデモートに変身することを避けるため。では、アルテシアは?

 

「アルテシアは吸魂鬼を怖がっていると聞いてたからね。だったらまね妖怪は吸魂鬼になるだろうと思った。でも、違ったんだよ」

「違う?」

「そう、違うんだ。たしかにホグワーツ特急で吸魂鬼と会ったときには、とても怖い思いをしたらしい。でも彼女は、こう言ったんだ。『本当に怖いのは、友だちを失うこと』だってね。ぼくは、その言葉に、頭を殴られたような気がしたよ。そう、友だちを失うことは、とても怖いことなんだ」

「どういうことですか」

 

 バタービールは、温かい飲み物だ。身体を温めてくれるのだが、なぜかハリーは、寒気を感じていた。ルーピンが何を言うのか、その続きを待っていた。

 

「キミのお父さんとシリウス・ブラックは友だちだった。それは知ってるんだよね。でもそれは、学校時代だけじゃないよ。卒業してからもずーっとそうだった。そんな親友を、裏切れるものだろうか。裏切ればどうなるだろう。少なくとも、友だちを1人失うことだけは確かだよ。大切な親友をね」

「で、でもブラックは、裏切ったんだ。友だちだなんて思ってなかったんだ。きっとそうだ」

「いや、そうじゃないよ。ぼくたちは友だちだった。あんなことがあって、ぼくたちは大切な親友を失った。アルテシアが言うように、これはとてもつらいことだよ」

「で、でも」

 

 ハリーは、一生懸命に言葉を探した。ルーピンに反論するための言葉を、必死に探した。だが、簡単にはみつからない。

 

「きっとなにか、理由があるんだ。そうに決まってる。あいつが父さんを裏切ったのは間違いないんだ」

「そうだね、ハリー。なにか、理由があったんだ。ぼくは、それを知りたいと思っているよ」

 

 バタービールを飲み終えたところで、この日の特別授業は終わりとなった。

 

 

  ※

 

 

 週末の談話室は、にぎやかだ。そんななかでハリーは、じっとアルテシアを見ていた。もちろん気づかれないようにと少し距離を置いてはいるが、気づかれていないという自信はなかった。だがそれでも、じっとアルテシアを見る。アルテシアの一番怖いものは、友だちを失うことらしい。そんな、ルーピンの言葉を思い出す。アルテシアの友だちとは、誰だろう。

 

(パーバティ、だよな)

 

 ふと、口をついて出た名前。そのことには、誰も異論はないはずだとハリーは思う。そのパーバティが友だちでなくなったとしたら、アルテシアはどうするだろう。友だちではなくなるようなことを、あいつはするだろうか。

 

「どうした、ハリー。じっと見てるのはアルテシアだよな」

「ち、違うよ、ロン。そんなんじゃない」

「隠すなよ、ハリー。ぼくだって、気づいたらあいつを見てたってこと、よくあるんだ」

「いや、でも、ほんとに」

「なあ、ぼくたち、あいつと仲直りしなくていいのかな。このままだと、ほんとに友だちじゃなくなる気がするんだよな。いろいろあったけど、もういいんじゃないかな」

 

 たしかに、いろいろあった。でもそんなことはみんななしにして仲直りしたっていいはずだ。ロンの言うとおりだろうと、ハリーも思う。アルテシアと友だちじゃなくなる。たしかにそれは、怖いことだ。話すこともできなくなるなんて、いいことであるはずがない。

 

「わかった、ロン。仲直りしよう。ぼくたち、ちょっと疑いすぎただけなんだ。あいつが悪いやつじゃないことくらいよくわかってる」

「そうだよ、ハリー。じゃあ、さっそく」

「まてよ、ロン。まずハーマイオニーが先だ。ファイアボルトのことで、ぼくたち、ハーマイオニーを責めすぎた。最初にそのことを謝ろう」

「謝るだって! あれはハーマイオニーが悪いんだ。告げ口するなんて、最低の行為だ。ボクたちに対する裏切りだ。そうだろう?」

 

 ロンの言葉に、ハリーはドキッとした。あれは、裏切り行為。でもハーマイオニーは、ハリーの安全のためにとしてくれたのだ。もし本当に呪いがかけられていたなら、今度こそハリーは大けがだ。間違いなくハリーのためを思ってしてくれたことなのに、裏切ったことになってしまうのか。

 

「な、なあ、ロン」

 

 そう言いかけたとき、談話室の中が、急に騒がしくなった。わっと、歓声のようなものが聞こえたのだ。そちらへ目をむけると、ファイアボルトを手にしたマクゴナガルがいた。

 

「おい、見ろよハリー。うわっ、きっと呪いのチェックが終わったんだ。そうに決まってる」

 

 もちろん、ハリーもそう思った。でもなければ、ファイアボルトを持ってくるはずがない。ハリーは、ロンを引き連れるようにしてマクゴナガルのところへ急いだ。

 

「せ、先生」

「さあ、受け取りなさいポッター。考えつくかぎりのことはやってみましたが、どこもおかしなところはないようです。調べた結果、これは安全だと判断されました。どうやらあなたは、とてもよいお友だちをお持ちのようですね」

 

 マクゴナガルと話しているあいだは、談話室のなかはとても静かだったようだ。しーんとした部屋の中に、マクゴナガルの凛とした声が響く。全員が、その言葉を聞いただろう。

 

「返していただけるんですね、先生」

「次の土曜日がレイブンクローとの試合でしたね。これに乗り、大活躍するあなたをみたいものです」

「もちろんです。絶対にスニッチをとってみせます」

 

 つかの間、静かになっていた談話室に、歓声が巻き起こる。その中心はハリー・ポッターであり、ファイアボルト。もうこれで、レイブンクロー戦の勝ちは決まった。誰もが、そう思っているようなはしゃぎようだった。

 

 

  ※

 

 

 ハリーのファイアボルトで大騒ぎとなった談話室から、マクゴナガルはそっと抜け出していた。その後ろには、アルテシアとパーバティがいる。3人は、顔を見合わせ、笑いあう。

 

「さすがに大騒ぎとなってしまいましたね。本人にこっそり渡すことも考えはしたのですが」

「でも、みんな喜んでるんだから、このほうがよかったと思います」

「そうですよ。それに試合に間に合ってよかったです。もしかして、このタイミングを狙っていたとか」

 

 さすがにそれは、マクゴナガルの耳を素通りしてはくれなかった。

 

「ミス・パチル。わたしは、そんなことはしません。必要なだけ時間をかけた結果として、たまたま今日となっただけです」

「ああ、はい。もちろん、そうです。でもレイブンクローに勝てるでしょうか。レイブンクローのシーカーは、チョウ・チャン先輩だって聞いてます。ケガもなおったそうだし、強敵だと思うんですけど」

「そうなのですか。チョウ・チャンは、たしかにうまい選手です。ですが、技術面ではハリーもひけはとりませんよ。ファイアボルトのことも考え合わせると、わがグリフィンドールチームが優勢だと思いますね」

「やっぱりそうですよね。妹のパドマは、ハリーにファイアボルトが戻ってさえこなければレイブンクローの勝ちだって言ってました。そのとおりになりそうですよね」

 

 パチル姉妹も、クィディッチに興味はあるようだ。マクゴナガルのクィディッチ好きは有名だし、おそらく試合まではこの話題でもりあがるのだろう。アルテシアはそれほど興味はないのだが、もちろん、みんなが楽しんでいることに水をさすようなことをするつもりはない。一緒に応援もするし、話題にも参加するつもりでいた。

 その日からは、ハリーたちだけでなく、グリフィンドールだけでもなく、学校全体がファイアボルトに注目していた。この最高級の競技用箒は、試合の行方を左右する。誰もがそう思っていた。

 そんな大きな話題の裏で、その当人たちにとってはとんでもなく恐ろしい事件が発生していた。ロンとハーマイオニーそれぞれのペットをめぐる事件である。

 

 

  ※

 

 

「アルテシア、なにかいい方法はないかしら」

 

 寮の部屋に戻ってくるなり、ハーマイオニーはそう叫ぶと、自分のベッドに飛び込んだ。うつぶせなので、その表情まではわからないが、ハーマイオニーがアルテシアに話しかけてくるなど、この数か月なかったことだ。

 その珍しさに、同室のパーバティとラベンダーが目を丸くする。それは、アルテシアも同じだ。だが何を尋ねられているのか、それがわからない。

 

「あの、ハーマイオニー。なんのことかしら」

「クルックシャンクスなのよ。ロンのスキャバーズを食べちゃったかもしれないの。そんなはずないって否定はしてるんだけど、血のついたシーツを見せられて。しかもそこに、クルックシャンクスの毛が落ちていたっていうのよ」

「うわあ、それはまた。状況証拠がそろっちゃったわね」

 

 くいっと、ハーマイオニーが頭をあげた。その鋭い目で、ラベンダーをにらみつける。

 

「でも、クルックシャンクスはそんなことをしないわ。なんとかして無実を証明したいの。ロンはカンカンだし、ハリーもロンに味方してる。あたしにも味方が必要なのよ」

「も、もちろんよ、ハーマイオニー。それで、クルックシャンクスはどこにいるの?」

 

 ガバっと、ハーマイオニーが身体を起こした。そして、慌てたようにアルテシアを見る。

 

「ねぇ、アルテシア。わたしたち、ケンカなんてしてないわよね。仲直りしなきゃいけないようなことなんて、なんにもないわよね?」

「え?」

 

 その疑問系の短い言葉を、アルテシアだけが言ったのではない。ラベンダーとパーバティの口からも、ほぼ同時に発せられていた。それほど、唐突な言葉だった。

 

「ロンが言うのよ。アルテシアと仲直りしなきゃいけないって。でも、そんな必要ないわよね?」

「え、ええ」

 

 戸惑いつつも、そう答えるアルテシア。

 

「だったら、あなたに相談してもいいわよね。ねぇ、アルテシア。あたし、いっぱい話したいことがあるの。聞いてほしいことがいっぱいあるの。いいわよね、アルテシア」

「ええ、もちろんいいわ。いいんだけど、でもどうしたのハーマイオニー」

 

 いつもと様子が違う。ハーマイオニーはどうしたのだろうかと、アルテシアだけでなくパーバティとラベンダーも、そう感じていた。あまりのことに、彼女たちは忘れていたのだ。スキャバーズとクルックシャンクスとのことを。

 

 

  ※

 

 

 レイブンクロー対グリフィンドールの試合は、さながらファイアボルトのお披露目のためのもの。レイブンクロー生がどう思っているかはともかく、グリフィンドールでは、誰もがそう思っていた。勝敗よりも、ハリー・ポッターがどんな飛びっぷりをみせてくれるか。まさに、関心はその点だ。そう思っている人たちのなかでは、とっくに勝敗は決まっているのだ。

 試合が始まる。選手でない者たちは、観客席に集まることになる。もちろん、ロンもだ。そのロンのところへ、アルテシアが近づいていく。2人は、客席の片隅に並んで座ることになった。少し遅れてパーバティとソフィアもその近くへと座ったが、はたしてロンは気づいたかどうか。それを疑いたくなるほど、ロンはとなりのアルテシアに気を取られていた。これでは、試合を見るどころではない。

 

「ねぇ、ロン。ロンにお礼が言いたかったの。ありがとう」

「あ、ええと、なんのことだい、アルテシア。ぼく、なにかしたっけ?」

「ヒッポグリフのバックピークのことよ。ドラコに頼んでくれたんだよね。助けてくれるようにって。バックピークは、わたしを背中に乗せて空を飛んでくれたことがあるの。こんなことでお別れしたくないもの」

「ああ、でもあれは」

 

 たしかにロンは、そのことをドラコに話している。だが、ドラコが素直に聞いてくれたとは思えない。少なくともロンは、そう思っていた。それでもアルテシアが喜んでくれているのなら、ドラコへの頼み事など屈辱でしかなかったけれど、その甲斐はあったということだ。

 

「それにね、ロン。スキャバーズのことなんだけど」

「ああ、なんだい」

「聞いたわ。行方不明なのよね」

「それは違うよ、アルテシア。ハーマイオニーの猫に食べられたんだ」

 

 この話をすれば、声も大きくなり騒ぎ出すかもしれないとアルテシアは思っていた。だが、実際はずいぶんと冷静なようだ。目の前でクィディッチの試合が行われているからなのかもしれないが、これなら話ができるとアルテシアは考えた。

 

「そうらしいね。けどロン、それって間違いないの? もし、ほんの少しでもそうじゃない可能性があるんなら、ハーマイオニーを責めない方がいいと思うよ」

「まてよ、アルテシア。キミも、ハーマイオニーの味方をするんだな。残念だよ。キミはそうじゃないと思ってたのに」

 

 言葉はキツくなってきたが、口調はまだ冷静だ。アルテシアは、試合を見ていた目を、ロンへと向けた。ロンと目が合う。

 

「ロン、友だちをなくすのは簡単だよ。はっきりとしないことで疑えばいい。相手の言うことなんか聞かずに責めればいいんだよ」

「アルテシア」

「でもね、ロン。もしその疑いが、間違いだったとしたら。どうなるだろう」

「アルテシア、キミ……」

 

 そのとき、ロンの頭をよぎったもの。それは、自分たちがアルテシアを疑っていたことだった。秘密の部屋にまつわることで、自分たちは、アルテシアを疑った。それはまだ、続いている。仲直りをしたいとロンはずっと思ってきたが、それはまだ、実行されていない。

 

「もし、ほんの少しでもそうじゃないって可能性があるのなら、ハーマイオニーを責めたりしないほうがいいよ。ロンの気持ちはわかるよ。よくわかってる。悲しいのも、わかってる。でも、ほんとに怖いのは、友だちをなくすこと。わたしは、そう思うな」

 

 アルテシアの、ロンへと向けられていた視線が、試合へと戻される。おなじように、ロンも。ちょうどグラウンドでは、ハリーが急降下を始めたところだった。得点は、80対30でグリフィンドールがリード。

 そのハリーが、突如、急上昇に転じた。どうやら、スニッチを見つけたらしい。レイブンクローのシーカー、チョウ・チャンもそれを追う。と、そのとき。

 

「吸魂鬼だ!」

 

 どこからか、そんな叫び声。頭巾をかぶった3つの背の高い黒い影が、ハリーの視界に入る。ハリーは迷わなかった。杖を取り出し、大声で叫ぶ。すぐさま、白銀色の何かが、杖の先から吹き出した。それが何なのかを、ハリーは見ようともしない。なぜなら、目の前にスニッチがあるからだ。

 逃げようとするスニッチを、杖を持ったままの手で包み込む。その直後に、試合終了を告げるフーチ先生のホイッスルが鳴った。

 グリフィンドールチームの全員が、肩をたたき合いながら喜びを表す。もちろん観客席でもそうだったが、その一部では、勝利の喜びではない、別の騒動が起こっていた。

 


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