ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 第5話のお届けです。いよいよ授業がスタート。魔法が使えない主人公はきっとオロオロするしかないのでしょうね。そしてそれは、作者も同じ思い。主人公さん、がんばってね。


第5話 「授業、始まる」

 魔法界で有名だというのはこういうことなのだと、ハリー・ポッターをみてアルテシアは思った。自分だって、クリミアーナ家の周辺に限れば有名なほうだとは思う。だが、ここでは違うのだ。たとえ母のことを洋装店のマダム・マルキンが知っていたとしても、それだけのこと。ホグワーツの組み分け帽子にしても、会ったことがあるのは先祖の誰かだし、ゴーストのニックことサー・ニコラスの場合も同じだ。その昔に関わりがあったとしても、それは当時のことでしかない。だから、教室へと続く廊下などで、誰もが注目し、ひそひそと話をされたりしているハリーとは、その本質は全然違うのだと思う。

 とはいえ、自分もそうなりたいかというとそうではない。生徒たちだけではなく、あちこちに掛けられた肖像画の人物にまでも目を向けられ、なにかと話題にされるというのは、とても大変そうだ。クリミアーナに帰れば自分も似たようなものなんだけど、と苦笑する。なにしろ、クリミアーナでうっかり風邪でもひこうものなら、どこで知ったのか、周辺の人たち何人もが看病におしかけてくるのだ。もちろん、その全員が治ったと認めるまでベッドから出してはもらえない。

 ところでハリーだが、よくよく気をつけて見てみると、ごく普通の男の子だということがわかる。クリミアーナ家の近くにも子どもは何人もいるが、そんなマグルの子たちと変わったところはどこにもない。悪い魔法使いであるヴォルデモートを退けた子どもとして、早くから魔法の英才教育を受け、いまでは優秀な魔法使いになっているのかと思いきや、意外にもそうではなかったようだ。聞けば、マグルの家庭で育ったらしい。

 となれば、スタート地点は同じ。いや、むこうはいちおう魔法は使えるのだから、自分のほうが後方からのスタートになるのか。それも、ずいぶんと後ろだ。もちろん、競うようなことではないことくらいわかってはいるのだけれど。

 望遠鏡による夜空の観察、星の名前や惑星の動きの勉強。ずんぐりした小柄なスプラウト先生からは、温室で「薬草学」を学ぶ。不思議な植物やきのこの育て方、どんな用途に使われるのか、などがその内容だ。

 また「魔法史」という授業もあった。ゴーストのビンズ先生による講義なのだが、魔法というものの歴史には興味があり、とてもおもしろかった。ただ、先生の声がききとりづらいのが難点ではあったけれど。

 レイブンクロー寮の寮監でもあるフリットウィック先生は「呪文学」の担当だった。呪文を覚えるのはなんとかなるだろう。だが魔法が使えないので、正しく覚えられたのかどうかを確かめてみることはできなかった。

 グリフィンドール寮の寮監でもあるマクゴナガル先生の授業では、生徒に対しこんな警告がされた。

 

「いいかげんな態度で私の授業を受ける生徒は出ていってもらいますし、二度とクラスには入れません」

 

 むろん、そんな態度で授業を受けるなど、とんでもない。ありえないことだと、アルテシアは思う。自宅の書斎で魔法書を読むときだって、同じだ。中途半端なことをしていては、結局、魔法は身につかないのに違いない。

 次にマクゴナガルは、生徒たちの目の前で机を豚に変え、また元の姿に戻してみせた。いずれは、こんなことができるようになる、ということだろう。

 アルテシアは考える。クリミアーナ家には、このような魔法はない。少なくとも自分の学ぶ魔法書のなかにはないし、過去にこんな魔法を使った先祖がいたとも聞いていない。だからクリミアーナの魔女になれたとしても、机を豚に変え、それを元に戻すことなどできはしない。なぜならこの魔法は、クリミアーナの常識からは外れた位置にあるからだ。だがしかし、現実にはそんな魔法が存在するのだ。たったいま目の前で見たし、これからそれを学ぶのだ。

 そう考えてみると、こうしてホグワーツに入学したのはムダではない気がする。おそらくクリミアーナの魔法のなかにも、ホグワーツにはない魔法はあるはずだ。その両方を学び、身につけることができれば。きっと変身術以外にも・・

 そのとき、頭をコツンとたたかれた。ハッとして顔をあげると、隣にマクゴナガル先生が立っていた、

 

「教室を出ていきますか? ミス・クリミアーナ」

「あ、いいえ、そんな。あの、すみません、先生。ちょっと考えごとを」

「そのようですね。次からは減点の対象とします。気をつけなさい」

 

 マッチ棒を手渡された。見れば、他の生徒たちもみな、同じマッチ棒を手にしている。これを、針に変えるのだという。その練習が始まったが、もちろんアルテシアに、そんなことなどできるはずがない。そのことを知っているはずなのに、とマクゴナガルに目で訴えてみるが、マクゴナガルは何も言わずに他の生徒のところへ言ってしまう。

 ならばと、いちおう杖を手にしてはみたものの、そのまま他の生徒たちのようすを観察する。彼らは、彼女らは、どのようにしてその魔法を実現しようとするのか。まずは、それを知ることが大切だとの判断だ。それがきっと役に立つ。

 だがハーマイオニー・グレンジャー以外、だれ1人として成功した人はいなかった。そのおかげと言ってよいのかどうか、アルテシアが魔法を使えないということに、気づくものはいなかった。そのことに安堵はしたものの、それが時間の問題であることくらい、マクゴナガルにもわかっていた。

 「闇の魔術に対する防衛術」という授業は、誰もが待ち望むものだったが、そのクィレル先生が、生徒たちには不評だった。教室に漂うにんにくの強烈な匂いは吸血鬼対策であるらしいが、では頭に巻いたターバンはなんのためなのだろう。見た目にもいいものではなかった。アルテシアの感想はただひとつ。『この人、なんかヘンだ』。

 ホグワーツに入学して最初の週の最後の授業は、スリザリンとの合同授業となる「魔法薬学」である。ちなみにスリザリン寮の寮監であるセブルス・スネイプ先生の担当だ。

 そんな週末の日の朝も、いつものように大広間での朝食の場にふくろうがなだれ込んでくる。いわゆる郵便配達の時間だ。ふくろうたちは、朝食が並ぶテーブルの上を旋回し、目的の相手を見つけると手紙や小包をその膝に落としていくのだ。

 生徒の誰もが、まるで恒例行事かのように自然と受け入れているようすなのだが、アルテシアは、これがキライだった。ふくろうが、という意味ではない。食事の席を飛び回られるのに、どうしても慣れることができないのだ。

 真っ白のふくろうがグリフィンドールのテーブル席に近づき、ハリー・ポッターのところへ舞い降りる。あのふくろうは、ハリー・ポッターのペットであるらしい。どこからか、手紙が届いたのだろう。

 

「ちょっといいかな?」

 

 ふいの声に振り返ると、あのドラコ・マルフォイが立っていた。クラップとゴイルの取り巻き2人も一緒だ。この3人が別々にいるところを、アルテシアはまだ見たことがなかった。

 

「ああ、えっと、マルフォイさんだったよね。それに、クラップさんとゴイルさん」

「ドラコだ。ドラコでいいと言ったはずだぞ」

「何のよう? スリザリン生が、こんなところに来ていいの?」

 

 アルテシアのとなりにいたパーバティが、とがめる。だがドラコは、パーバティには用はないとばかりに吐き捨てた。

 

「うるさい。おまえに会いに来たんじゃない。だまっててもらおうか」

「な、なんですって」

「ちょっと、落ち着いてパーバティ。それから、あなたもそんな言い方はしないほうがいいよ」

 

 パーバティをなだめ、同時にドラコにも注意をうながす。だがドラコは、そんなことはおかまいなしに自分の話を進めていく。

 

「今日はグリフィンドールとの合同授業がある。魔法薬学だ。知ってるだろう?」

「あ、うん。授業は地下牢教室ってところなんだってね。スネイプ先生とは、まだお会いしたことがないけど」

「いい先生だよ。尊敬に値すると、ぼくは思うね」

「そうなんだ」

「そのとき、キミのことをスリザリンの仲間に紹介したい。汽車のなかでも言ったけど、友だちは選んだ方がいいからね」

 

 そこで、ドラコの視線がパーバティに向けられる。そのことに、パーバティが気づかないわけがない。

 

「なによ。あたしなんかがアルテシアの友人になっちゃいけないっていうわけ? 残念だけど、もう遅いわよ。あたしとアルテシアはとっくに友だちだもの」

「ポッターのことだ。おまえも、覚えておくがいい。あのポッターはダメだ。赤毛のウィーズリーや、なんとかいうなまいきなマグル出の女もダメだ。ぼくは、母上に聞いたんだ。クリミアーナ家は、聖なる魔女の家なんだってね。もっと大切にされなければならないんだ」

 

 純血主義、という言葉がある。魔法族だけの血筋を大切にするという考え方で、これがマグル生まれの魔法族や彼らを擁護する魔法族の排除につながるとされている。スリザリン出身者に多く、あの悪の魔法使いヴォルデモートがそうだったと言われている。

 

「あの、ドラコさん」

「ドラコと呼ぶんだ、アルテシア」

「ねえ、あなたのお母さまはクリミアーナを知ってるの? なぜ知ってるの?」

「なぜ? おかしなことを言うね。ぼくがクリミアーナ家のことを知らないはずがない。有名とはどういうことなのか、ハリー・ポッターに思い知らせてやりたいよ」

 

 有名? クリミアーナが? なぜ? 疑問だけが頭をめぐり、言葉が出てこない。そんなアルテシアに一瞬けげんな表情を見せたものの、ドラコは上機嫌で自分たちのテーブルへと戻っていく。言いたいことはすべて言えたのだろう。パーバティが、アルテシアの手をとった。

 

 

  ※

 

 

 魔法薬学の最初の授業も、他の授業と同じく出席を取ることから始まったが、アルテシアはうわの空だった。それでも、自分の名前を呼ばれて返事はしたのだろう。スネイプ先生からとがめられることはなかった。その代わりに、というわけではもちろんないが、スネイプの標的とされたのは、ハリー・ポッターだった。

 あとからその話をパーバティに聞かされ、大いに反省もするのだが、このときアルテシアは、授業のことなどすっかり忘れて考え事に没頭していた。疑問だったのだ。不思議だったと言ってもいい。なぜ、ドラコ・マルフォイはクリミアーナ家のことを知っているのか。母親から聞かされたようだが、いったい何をどのように聞いたのか。そのことが、頭から離れなかったのだ。

 しかもそれは、ドラコだけに限ったことではないのだ。ハーマイオニーが移動図書館で読んだ本には、紹介記事まで載っていたというし、パチル姉妹もクリミアーナという名を知っていた。そのことを、どう考えればいいのか。

 パーバティは、そんなアルテシアを、はらはらしながら見ていた。いまにもスネイプから叱責されるのではないかと、恐ろしくさえあった。幸いにも、といってはハリーに申し訳ないが、スネイプは無理難題とも言えるような質問をハリーに浴びせかけ、彼をあなどるのに夢中だ。だがそれに飽きてくれば、アルテシアも無事では済まなくなるに違いない。

 一刻も早くアルテシアが戻ってきてくれるようにと、軽くひじでつついてみたりもするのだが、効果はない。ならば、ほおをつねったり足を踏んづけたりもしてみたいところだが、それでは、かえって注目を集めてしまうだろう。となればもう、願うしかなかった。スネイプに気づかれませんように、と。

 魔法薬学の授業が始まる直前、またもあのドラコ・マルフォイがやってきて、スリザリン生を紹介していった。ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルはすでに見知っていたが、そこに女子生徒のパンジー・パーキンソンとダフネ・グリーングラス、男子生徒のセオドール・ノットが追加されたのだ。パーバティには、この人たちが選ぶべき友だちだとは思えなかったけれど。

 ハーマイオニーが、椅子から立ち上がり精一杯に手を伸ばしている。ただハリーを困らせるためだけの質問だというのに、どうしてそれに答えようとするのだろう。そのことに気づかないのか、それとも、よほど目立ちたいのか。

 きっと後者だろうと、パーバティは思う。あの子は、そういう子なのだ。いい子には違いないが、すこし高慢なところがある。おそらくは、難しい質問に答えることで自分の知識を示し、周囲にそれを認めさせたいのだろう。そんなところが、話しにくさにつながっているのだ。アルテシアのほうは、いつもほがらかで明るいという印象だ。話し上手で聞き上手、イヤな思いをさせられたことなど一度もないが、困ったことにときどきいなくなることがあるのだ。

 行方不明という意味ではない。ちょうどいまのように、何をしても、何を言っても、応えてくれなくなるのだ。身体はそこにあっても心がそこにない、とでも言えばいいのだろうか。何も見えてはいないし、何も聞こえてはいない。たとえばナイフを持った暴漢が近づいてきたとしても、実際に刺されるまで気づきもしないだろう。だから、というわけでもないが、こんなときは周りがよくよく注意してやらないといけない。だがおそらくハーマイオニーは、こんなアルテシアには気づいていない。彼女の旺盛なる好奇心は、ハリー・ポッターと新しい本に向けられているのだから。

 となれば、その役目は自分が引き受けねばならない、とパーバティは思っている。そしてその役目が、少しもイヤではないし負担だとも感じない。迷惑だとも思わない。だってアルテシアは、友だちなのだから。

 それはさておき、授業は簡単な魔法薬の調合へと進んでいった。黒板にその手順が書き出され、2人1組でやるようにと、指示が出される。教室内にざわめきが起きる。そのときがチャンスとばかり、パーバティは、アルテシアの肩に手をかけ、軽く揺すってみる。

 

「アルテシア、聞こえる? あたしと一緒に薬の調合をするよ。いいよね?」

 

 返事が返ってくると思っていたのか、いなかったのか。そのとき、奇跡的にもアルテシアが、その問いかけに応えて微笑んだのだ。まにあった、ようやく戻ってきた。

 

「何をつくるって?」

「だから、おできを治す薬よ。黒板に書いてあるでしょ。その調合を、いまからあたしとやるの。わかった?」

 

 スネイプに気づかれることなく、危機は去ってくれたようだ。そのことにほっとしたが、はたして、課題の魔法薬調合がうまくいくのかどうか。

 

「ええと、材料はこれだね。これでおできをなおす薬をつくるって。ふーん。なるほどね」

「ねぇ、アル。あたしはやったことないんだけど、作れる?」

「なんとかなると思うよ。じゃあ、パーバティは、イラクサの葉っぱを量ってくれる? 乾燥してあるから大丈夫と思うけど、とげがあるから気をつけて。それからナメクジをゆでる準備をお願いね」

「わ、わかった」

 

 アルテシアは、蛇の牙を砕き始める。パーバティが大鍋で湯をわかし、ナメクジをゆでる。頃合いを見計らったところで、干しイラクサと砕いた蛇の牙を入れる。

 

「これも入れるんでしょ? 山嵐の針だっけ」

「ああ、それはもう少しあとでね。まずゆっくりとかき回して。ゆっくりとね。ゆーっくり右に3回。そうそう」

「3回でいいの?」

「3回だけ回したら、今度は逆に1回よ。左に1回、そうそう、うまいじゃない」

「そ、そうかな」

「じゃあ、もう一度、右に3回と左に1回。そうよ、ゆーっくりとね」

 

 黒いマント姿のスネイプは、そのとき、生徒たちのあいだをゆっくりと見回っていた。あちこちで生徒たちの間違いを指摘しながら歩いていたのだが、このときは何も言わずに見ていた。そして。

 

「うまいものだな。あとは、山嵐の針を入れるタイミングに注意することだ」

「あ、ありがとうございます」

 

 パーバティもアルテシアも、そこにスネイプがいることには全く気づいていなかった。とはいえ、調合中の薬からは目が離せない。あわてて返事だけして、調合薬に向かう。

 

「えっと、そろそろいいみたいね。じゃあ、火を止めるね」

「え? 止めるの。まだ、入れてないけど、ヤマアラシ」

「あれは、火を止めてからのほうがよかったと思う。えっともう一度かき回して。3回と1回ね。それから入れよう」

「う、うん。わかった」

 

 あいかわらずスネイプはそこにいるのだが、2人は、うまくそれを意識からはずせたようだ。そのとき、教室じゅうに緑色の煙がひろがった。シューシューという音も聞こえる。誰かが、調合に失敗したらしい。

 

「バカ者!」

 

 スネイプのどなり声がして、初めてアルテシアたちもそのことに気づいた。そのときスネイプの杖が振られ、失敗した薬の後始末があっというまに終わる。しくじったのは、グリフィンドールのネビル・ロングボトムだった。失敗した薬剤を頭からかぶってしまい、腕や足、顔などに真っ赤なおできがいくつもできていた。この魔法薬は、ちゃんと作ればおできを治すのだが、失敗すると逆におできを作るというやっかいな作用があるのだ。

 

「医務室に行く必要があるが、そのまえにこの薬を試してみよう。そこの2人、もうできているな?」

 

 アルテシアたちのことだ。騒ぎに気づくまでに薬の調合の手順は終えていた。だが、実際の治療につかえるのかどうか。アルテシアは調合中の大鍋に目を向ける。うん、とうなずく。

 

「大丈夫です、できました」

「では、ネビル・ロングボトムに塗ってやりたまえ。うまくできていれば、彼のおできは治るだろう」

 




 今回のメインは、魔法薬学。魔法が使えなくともなんとかなる授業なんだろうと思いました。でもそれだけでこの授業をメインにしたわけではなくて、スネイプさんに主人公を印象付けしたいとの意図からです。これからもスネイプさんには、いろいろと絡んでほしいと思ってます。
 しかし、なんですね。物語の展開がもう少し早くてクリスマスあたりまで進められていれば、ちょうど時期的にもピッタリだったなあ、なんて思ったり・・
 ではまた。

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