ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第49話 「三本の箒にて」

 12月も終わりに近づき、校内にはクリスマス・ムードが広がっていた。そのうえホグズミード行きの日程が発表され、浮かれ気分に拍車をかける。だがダンブルドアは、まだアルテシアのホグズミード行きを許可していない。なので、今回も居残りということになる。

 だが、アルテシアは学校に残らねばならないとしても、パチル姉妹はそうではない。ならば、できることはある。いつも放課後に集まる空き教室でのアルテシアたちの話題は、もっぱらそのことに集中した。

 

「とにかく、あたしたちがもう一度、あの人に会ってくるよ。このまえ、家は確かめてあるし、訪ねていけば会えると思うんだ」

「それに、あの女の人も気にしてると思うんだよね。今度こそ、アルテシアが来るんじゃないかって探してくれるかもしれないよ」

「うん。そうだといいんだけど」

「なによ、うかない顔して。なにか、心配事?」

 

 4人のなかで、ホグズミードに行けるのはパチル姉妹だけ。なので、パチル姉妹がもう一度ホグズミードの女性と会うということで話はまとまった。とにかく、アルテシアの状況を説明しようということだ。だが、アルテシアは、どこか浮かない顔をしていた。

 

「それはもちろん、校長先生のことでしょ。あたしもそうだもん。アルテシアのためなんだからって話をさせられたけど、言わないほうがよかったのかもしれない。なんか、いやな予感がするんだよね」

「それは、あたしも同じ。考えてみれば、ダンブルドア校長はいつでもホグズミードに行けるわけでしょ。あたしたちと違って」

「つまり校長先生は、もう青い屋根の家に行ってるってことですよね。そう考えた方がいいんじゃないでしょうか」

 

 順に、パドマ、パーバティ、ソフィアの意見だが、アルテシアが気にしているのは、まさにそのことだった。ソフィアの言ったことの可能性は高いと思っている。だが、パチル姉妹がホグズミードでのことを話してしまったのは、仕方のないことだ。校長先生に言われれば、従わざるを得ない。誰だって、そうするだろう。それに、ホグズミードに行けないのは自分のせいなのだ。

 アルテシアは、そう思っている。競技場で、落下するハリー・ポッターに対して魔法を使ったことに後悔はない。マクゴナガルとの約束を破ったことの反省はあるが、マクゴナガルはそのことを許してくれた。だが同時に、マクゴナガルはダンブルドアに許しを得る必要があると考えたのだ。そうさせたのは自分なのだから、そのことは受け入れなければならない。約束を破るということは、それほどに重いことなのだ。

 

「わたし、思ったんですけど」

「え?」

 

 つかのま考え事をしていたアルテシアだが、そのソフィアの声は聞こえたらしい。

 

「もうすぐ、クリスマス休暇ですよね。学校は休みになります。姉さんたちはどうするんですか?」

「どうするって、実家に戻るつもりだけど。それがなに?」

「その帰り道、ホグズミードに寄るのって、それって、なんの問題もないんじゃないでしょうか。帰り道じゃなくても、家に戻ってからホグズミード村に遊びに行くのって、誰からも禁止されるようなことじゃないと思うんですけど」

 

 パチル姉妹にむけて話してはいるが、それがアルテシアにむけたものだというのは明らかだろう。もしソフィアの言うとおりであるのなら、許可証など必要ない。そこに誰かのサインがあるかないかなど、関係ないということになる。

 

「ホグワーツ特急に乗らなくても、家には帰れますよ。アルテシアさま、わたしも一緒に行きますから、ホグズミードに行きませんか」

「なるほど。なるほど、そうだよね。えらいよ、ソフィア。よくそこに気がついた」

「たしかに、それって可能なはずよね。うん、アルテシア、そうしてみたら」

「うん。たしかにそれ、いい考えだと思う。でも、いちおうマクゴナガル先生には相談してみる。そのほうがいいと思う」

 

 アイデアを出したソフィアはもちろんだが、パチル姉妹も、アルテシアの言うことには納得できないようす。とくにソフィアなどはあきらかな不満顔だ。

 

「どうしてですか。言う必要なんかないですって。アルテシアさまは、気にならないんですか? とにかくホグズミードに行って、誰なのか確かめないと」

「でも、こうなったのはわたしが約束を破ったからだよ。ソフィアの言うことはわかるんだけど、もうこれ以上、勝手なことはできない。大丈夫だよ、マクゴナガル先生は許してくださると思う」

「約束っていうけど、あの場合は仕方がないって。もしアルテシアが約束守ってたら、ハリーは大けがしてたのよ」

「そうだよ、アル。約束守るのは基本だけど、なにごとも臨機応変。場合によっては、守らない、ううん、守っていられないってことはあるよ」

 

 それはそのとおりだ。もちろん、アルテシアもうなずいて見せた。つまり、だれもがそのことには納得しているということになる。だがアルテシアには、マクゴナガルに無断でそうするつもりはない。となれば、ソフィアたちもそれを受け入れるしかない。あとは、マクゴナガルがそれを認めるのかどうか。

 そのマクゴナガルは、このとき校長室を訪れていた。

 

 

  ※

 

 

「もう、明日なのですが、ダンブルドア」

「ん? 突然に来て、なんの話じゃね?」

 

 ダンブルドアは素知らぬ顔をしているが、マクゴナガルの意図は十分に承知しているはずだ。このところマクゴナガルは、何度もこのことで交渉に来ているのだから。

 

「アルテシアのホグズミード行きのことです。なんとか、行かせてやれませんでしょうか。そのお願いにきたのです」

「ああ、そうじゃの。もう、明日のことになるのかね。じゃがまだ、許可はできん」

「そんな、なぜです。そこまで拒絶されねばならないほどのことを、アルテシアはしていないはずです」

「むろん、そうじゃ。じゃが少し、事情が変わっての。いまは許可してやれん」

 

 なぜ、許可できないのか。マクゴナガルが聞きたいのは、その理由だ。ちゃんとした理由が聞きたいのだ。事情が変わった、というだけでは納得するなどできるはずがない。

 

「よければ、ダンブルドア。その変わったという事情を聞かせてもらえませんか。事情が変わらなければ許可していた、そういうふうに聞こえるのですが、そういうことですか?」

「ふむ、そうじゃの。許可してもよかったじゃろう。シリウス・ブラックにしても、ホグズミード村に現れるようなことはせぬじゃろう。そうすれば、騒ぎとなるのは明らかじゃからの」

「では、なぜです。その事情とやらをお聞かせください。少なくとも、それを聞く権利はあるはずです」

 

 いつになく強気に見える。だがそれも、ホグズミード行きの日が明日に迫っているからなのだろう。ダンブルドアは、深くため息をついた。

 

「よかろう。話して聞かせるが、他言無用じゃよ。さすがに、人には話せぬことじゃでな」

「いいでしょう。お約束しましょう」

 

 ようやくダンブルドアが話す気になったところで、マクゴナガルは、紅茶の用意にとりかかる。腰を落ち着けてじっくりと話をしようという、その意思表示というわけだ。それを見たダンブルドアも、テーブルのまえに置かれたいすに腰をおろす。そして。

 

「ともあれ、これをみてもらおうかの」

 

 紅茶の用意ができ、それがテーブルに置かれたところで、ダンブルドアがそんなことを言い出した。そして、いすに座ったマクゴナガルに、差し出したもの。

 

「これは、どうしてこれが。魔法省に渡したはずでは」

「ああ、いや。これは、それとは違う。わしがホグズミードに行き、もらってきたものじゃよ」

「もらってきた? これを? 誰にです?」

「ふむ。まあ、そう聞かれるとは思うたが、答えに困るのう」

 

 それは、直径にして5センチほどの丸い玉だった。どういう仕組みになっているのか、その表面を赤や青などの光がゆれ動く。まるでしゃぼん玉のようにもみえるその玉を、マクゴナガルは以前にも見たことがあった。ホグワーツ特急で吸魂鬼と遭遇したアルテシアが、吸魂鬼を封じ込めたあの玉である。あれは、マクゴナガルの目の前で、ダンブルドアが魔法省のコーネリウス・ファッジ大臣に渡している。いま、ここにあるはずがない。

 

「それでも答えていただきますよ、ダンブルドア」

「わかっておる。わしは、アルテシア嬢を探していたというホグズミードの女性に会いに行ったのじゃよ」

「なんですって。じゃあ、その女性がアルテシアを探していたのは、この玉を渡すため? ああ、でもなぜそれを」

 

 さすがにダンブルドアは、言いよどんでいるようだが、マクゴナガルがそれですますはずがない。その続きを話すようにと迫る。

 

「ダンブルドア、これをどうしたのです? その女性から託されたのですね。であれば、これはアルテシアのものであるはず。アルテシアに渡してもよろしいですね」

「いや、待っておくれ。それは、もう少し待ってもらいたい。まず先に、これが何であるかを調べねばなるまい。それにの、この玉を持っていた女性は、アルテシア嬢を探していた女性とは別人らしいのじゃ」

「え? そうなのですか」

 

 マクゴナガルは、てっきり同じ人物だと思っていたようだ。表情からもそれが明らかにみえるが、それも仕方がないのこと。ダンブルドアにしても、かつてブラック家に嫁入りしていた女性の消息ともあいまって、同じ人であると思い込んでいたのだ。

 

「では、パチル姉妹が会ったという、アルテシアを探していた女性はどうなったのです?」

「それは、わからん。じゃが、双子の言うておった家にいた女性が、その玉を持っていた。それは事実じゃよ」

「待ってください、わからなくなってきました。つまり、アルテシアを探していた女性がいるはずの家にいたのは、別の女性。だけど、この玉を持っていた」

「そうじゃよ。わしも困惑したが、ともあれ家にいた女性と話をした。預かり物があり、しかもそれを、ホグワーツから女の子が取りに来ることになっているというのじゃよ」

 

 その玉を、なぜダンブルドアが持っているのだろう。もらってきたと言っていたが、本当だろうか。

 

「これがアルテシア嬢に渡されるべきものだということで間違いなかろうと思うが、この玉を預けたのは、誰か。まあ、ブラック家に嫁入りしていたクリミアーナの女性だと考えるのが自然じゃがの」

「たしかに。ですが、違うとお考えなのですね」

「いや、そうではない。ただ、疑問が残るだけじゃよ」

「疑問、とは?」

「クリミアーナ家の人であれば、実家に戻ればすむことじゃろ。なのになぜ、こんな手順を踏むのか。それが納得いかんのじゃよ。ともあれ、これが何であるのか、わしらはそれを知らねばならん」

 

 そう思っているのは、おそらくダンブルドアだけなのだろう。マクゴナガルのほうは、その表情を見る限り、別の考えを持っているようだ。

 

「そんなことは、これをアルテシアに渡せばすぐにわかります。そうしますが、よろしいですね」

「まっておくれ。いまはまだ、それはできん。とにかく、調べる時間をくれ。せっかくいま、この手にあるのじゃから、じっくりと調べてみたい。あの女性に返すにしても、簡単ではないしの」

「どういうことです?」

「いやなに、初めは軽い好奇心だったのじゃよ。これがなにか、手にとってよく見てみたかった。ちょっとだけでも調べてみたくての」

「まさか、無断で持ってきたのですか、その女性のところから」

 

 ダンブルドアともあろうものが、ホグワーツの校長ともあろうものが、まさかそんなことを。だがダンブルドアは、マクゴナガルの視線に対し、ゆっくりと首を横に振った。

 

「無断ではない。あの女性はおそらく承知しておるよ。それゆえ、返しに行くのもはばかられての。いずれは、アルテシア嬢に渡すしかないじゃろうと思う」

「つまり、どういうことなのです?」

「複製したのじゃよ。複製を女性に渡しておいて、調べる時間を得ようとしたのじゃが、失敗した。あの女性に気づかれてしまっての」

「なのに、なぜこれがここにあるのです? 本物ですよね、これは」

「本物じゃよ、もちろん。あなたがここへ来なければ、いまごろはこれを調べておるところじゃ」

 

 おおよその事情を、マクゴナガルは理解した。いまや、返そうにも返せない。それはわかるが、この状況は決してよいことではない。

 

「それで、どうするつもりなのです?」

「ああ、もちろん返すとも。持ち主がいるのじゃからな。よく調べてみてからということにはなるが」

「ともあれこのことは、アルテシアに話しておくべきでは」

「いや、それはやめておこう。知られたくはないのじゃ。そのほうがいいと思うでな」

 

 そのとき、ダンブルドアの頭の中にあったもの。それは、あの女性が別れ際に言った言葉だった。あの女性は『嫌われますよ』と言ったのだ。

 

「なので、アルテシア嬢には、もう少しホグズミード行きは待ってもらうことになる。あなたから、うまく話しておいてくれるかの」

「ダンブルドア、あなたは尊敬できる人ですし、その判断もいつも正しかった。ですがいま、間違えようとしています。そのこと、おわかりですか」

「そうかもしれん。じゃがミネルバ、あのお嬢さんのことをよく知っておかねばならんのじゃ。これが何かを知ることは、この先きっと役に立つ」

「いいえ、ダンブルドア。いま必要なのはあの子の信頼を得ること、わたしはそう思いますよ」

 

 マクゴナガルは、それ以上は何も言わなかった。ただ頭を下げ、部屋を出て行こうとする。そんなマクゴナガルを、ダンブルドアは引き止めようとはしなかった。

 

 

  ※

 

 

 学期末最後の週末、ホグズミードにマクゴナガルの姿があった。この日は、ホグワーツの3年生以上の生徒たちがホグズミードに行ける日でもあるが、ダンブルドアの許可が出なかったアルテシアは、学校に残っている。マクゴナガルがホグズミードにいるのは、その代わりということかもしれない。

 その日は、ちらほらと雪が舞い散る天気。そのなかを、マクゴナガルはしずかに歩いて行く。パチル姉妹が一緒なのは、案内をさせるためだろう。

 

「どうしたのです?」

「おかしいんです、先生。あの家、屋根の色は青だったはずなんです。ねぇ、パドマ」

「うん。屋根の色、塗り替えたのかな」

 

 不自然ではあるが、目の前にあるのが現実だ。そう考えるしかないだろう。ともあれ、その家を訪ねてみようということになった。マクゴナガルが、玄関のドアをノックする。だが、応答はなかった。それぞれが、顔を見合わせる。もう一度ノックしてみるが、結果は同じだ。

 

「留守のようですね。あいにくですが、出直すしかありません」

「そうですね。あたしたち、学校に戻る前にもう一度、来てみます。先生は、どうされますか?」

「わたしももう一度来てみますが、場所もわかりましたし、あなたたちは来なくてよろしい。ホグズミードをゆっくりと楽しんでから学校へ戻りなさい」

「え? でも、先生」

 

 もちろんパーバティは不満なのだろう。だがすぐに、パドマがパーバティを押しとどた。

 

「わかりました、先生。じゃあ、ここで失礼します。アルテシアにお土産でも買って帰ります」

「そうしなさい。それと、ひとつだけ言っておきます」

「なんでしょうか」

 

 そこは、パチル姉妹の声がぴったりと揃う。そういえばマクゴナガルは、この2人のどちらがどちらだか、その区別はできているのだろうか。

 

「あなたたちにもしものことがあったなら、アルテシアが悲しむ。そのことは忘れないように。いいですね」

 

 おそらくは、もうこの家には来なくていいという念押しであったのだろう。ここでマクゴナガルは、パチル姉妹とは別行動をとることになった。姉妹を先に行かせ、自身は、改めて家を見る。

 姉妹の話では、屋根の色は青だったらしいが、いまは茶色っぽい感じの色だ。あいにくと最近塗り直したようには見えない。

 

(つまり、もともと茶色だったということでしょう)

 

 ゆっくりと歩き始める。姉妹には、あとでまた来るつもりだと言ったが、来たところでムダだろうとマクゴナガルは思っている。おそらくは、あの家にかけられた魔法は消えている。ダンブルドアがあの玉を持ち出したことにより、効力は消え去ったのに違いない。それが、屋根の色が変化したことの理由なのだろう。

 

(ほんとうに、クリミアーナの魔法は不思議ね。わたしも魔女だけど、どうやればこんなことができるのか)

 

 そんなことを考えながら、歩く。これは、ブラック家に嫁入りしていたという女性のしわざなのだろうか。なにかの理由でクリミアーナ家には戻れなくなり、大切な何かを確実に返却するためにと考え出された手段なのではないのか。だとすれば、ひとまず説明はつくのだ。

 たとえそうではなかったとしても、あの玉にはアルテシアにとって大切なものが入っている。いや、必要なもの、と考えるべきだろう。それで、間違いはないはず。いまはダンブルドアの手にあるが、必ずアルテシアに渡さねばならない。マクゴナガルは、そう思うのだった。

 ふと、掲示された張り紙が目に入る。それは『魔法省からの通達』であるらしい。

 

『日没後、ホグズミードの街路ではディメンターによるパトロールが行われます。もちろん住人の安全のためであり、この措置は、シリウス・ブラックが逮捕されるまで続きます。』

 

 シリウス・ブラックが逮捕されるまで。

 その文字を、マクゴナガルはじっと見つめる。いったい、シリウス・ブラックは何を考えているのか。アルテシアを、あるいはハリー・ポッターを、本当に狙っているのだろうか。仮にシリウス・ブラックと会わせてみたなら、どういうことになるだろうか。

 ダンブルドアは、そんな危険なことをするべきではない、と言う。マクゴナガルも、そのほうがいいと思ってきた。だがいま、マクゴナガルのなかに、別の考え方が浮かんでくる。それは、シリウス・ブラックと会わせるべきではないのか、というものだった。

 張り紙を見つめながら、なおもマクゴナガルは考える。

 あの玉をめぐるできごとが、ブラック家に嫁入りしていた女性が仕掛けたことであるのなら。もし、そうなら……

 

「マクゴナガル先生、どうされたのです? そんなに真剣になって読むようなものでもないでしょう。たかが、魔法省の通達ですぞ」

 

 フィリウス・フリットウィックが、そこに立っていた。少し身長差があるためか、小柄なフリットウィックはマクゴナガルを見上げるようにしている。

 

「ああ、いえ。シリウス・ブラックのことを考えていたのです。なぜ、あんなことになってしまったのか、と」

「それをいま、思っても仕方がないでしょう。起こったことは変えられない。あのときまで時間が戻せれば、あるいは止めることができるのかもしれませんがね」

 

 時間を戻せば、変えられる? ふと、マクゴナガルは思った。あの子なら、時間をさかのぼることができる、かもしれない。だがもちろん、現実的なことではない。

 

「ともかく、先生。外は、あまりにも寒い。どうです、なかでお茶でも」

 

 フリットウィックの示す先で、『三本の箒』の看板が風に揺れていた。もちろん、マクゴナガルは同意する。なにしろ、雪が降っているのだ。

 さすがに店の中は、あたたかい。マクゴナガルとフリットウィックは、賑わっている店のなかで唯一空いていた、出入り口近くのテーブル席にすわった。2人が注文しているところへ、魔法大臣のコーネリウス・ファッジが入ってくる。他に空いたテーブルはないので、相席ということになる。寒いですね、などのありきたりなあいさつが交わされる。

 注文品を運んできたのは、この店の主人であるマダム・ロスメルタ。

 

「どうぞ、大臣。こんな片田舎の店に来ていただきまして、光栄ですわ」

「いやいや、例のシリウス・ブラックのことで来たんだよ。学校が休みとなる間の警備のことなどでダンブルドアと相談があってね」

「まあ、そうですの。いろいろとウワサは聞いていますが、まだブラックがこのあたりにいるとお考えですか?」

「そう、思っているよ。もちろん、そうでない場合も考えておかねばならんのだがね」

 

 言いながら、額の汗をぬぐう。外は雪だというのに、汗をかいているらしい。

 

「でも大臣、わたしはシリウス・ブラックが闇の側に荷担するだなんて、思ってませんでしたよ。ホグワーツの学生だったときのことを覚えてますからね」

「まあ、そうだとも言えるが、人は変わるものだよ。ブラックは最悪のことをしでかした。多くの人を殺しただけじゃないんだよ。とにかく早いとこ、やつを捕まえねばならん」

 

 教師たちがそんな話をしている、そのすぐ横というのか、後ろというべきか。間を観葉植物に隔てられた4人がけのテーブル席には、ハーマイオニーとロンが座っていた。しかももう1人、なぜかそのテーブルの下に潜り込み、隠れている生徒がいる。

 教師と大臣たちの話し声は、ハーマイオニーたちにも聞こえてくる。話は、シリウス・ブラックの学生時代のことに及んでいた。なんと、シリウス・ブラックとハリーの父親であるジェームズ・ポッターとは同級生、しかも親友同士であったらしい。

 

「そうでした。ブラックとポッターは、仲の良い友だち。いたずらするときも、いつも一緒でしたね。しかも2人ともとても賢い子でした」

 

 マクゴナガルの声だ。フリットウィックも、それに同意する。

 

「それは、卒業しても変わらなかったんだよ、ロスメルタ。ポッターは、誰よりもブラックを信用していた。ブラックをハリーの名付親にするくらいにね。ああ、しかし。いま考えても、震えるほどに恐ろしい話だ」

「それは、ブラックの正体が『例のあの人』の一味だったからでしょう?」

 

 マダム・ロスメルタは、それ以上に怖いことなどあるものか、とでも言いたそうだった。だがファッジは、その期待に反して、首を振ってみせた。

 

「それだけじゃないんだ。もっと悪い」

「どういうことです?」

「『例のあの人』が、ポッター夫妻を狙い始めたんだよ。だが『例のあの人』から身を隠すのは容易なことではない。なのでダンブルドアが『忠誠の術』を使おうと提案したんだよ」

「さよう。恐ろしく複雑な術なのですが、効果も大きい。だが裏切り者がいれば、すべてはムダとなってしまうのです」

 

 ファッジの言葉を、フリットウィックがいつもの甲高い声で続ける。意味を察したのか、マダム・ロスメルタは驚きの表情へと変わった。

 

「まさか、ブラックが裏切った?」

「そういうことだよ、ロスメルタ。そしてブラックは、数多くの人の命を奪った。同じく友人だったピーター・ペティグリューをも巻き込んでね。わたしが現場にかけつけたとき、ブラックはその真ん中で仁王立ちとなって笑っていた。恐ろしい光景だった」

 

 少しの間、静けさがただよう。誰もが、その事件のことは少なからず聞いていたからだ。マクゴナガルもまた、なにか考え事でもしているかのように、押し黙っていた。マダム・ロスメルタが、ため息をつく。

 

「そのブラックは、脱獄して何をするつもりなんでしょう」

「いろいろ、言われてはいるがね。だが結局のところ『例のあの人』を復活させようというのだろう。とにかくブラックを捕まえて、ヤツの狙いを阻止せねばならん。吸魂鬼がこの街を捜索するのは、そのためなんだよ、ロスメルタ」

「まあ、それは分かってはいますけど、はやくなんとかしてもらいたいものですね」

「わかってるよ。われわれも、吸魂鬼も、全力で捜索中だ。その吸魂鬼で思い出したが、マクゴナガル先生」

 

 考え事をしているようにしか見えなかったが、話は聞いていたようだ。マクゴナガルは、すぐに返事をしてみせた。

 

「おたくの寮に、ほれ、なんとかいう女の子がいるでしょう。ホグワーツ特急で吸魂鬼を捕まえた、あの女の子ですよ」

「え! 大臣、いまなんと。吸魂鬼を捕まえた、ですって」

「ああ、そうなんだよロスメルタ。まったくもって信じられないことだが、そんなことがあったんだよ」

「それで、その女の子がどうしたっていうんですか」

 

 もちろんそれがアルテシアであることを、マクゴナガルは知っている。知っているが、あえて名前は出さない。

 

「いや、あの吸魂鬼を閉じ込めた妙な玉のことなんだが、あれをどうすれば壊せるのか、知っておるかね? 知ってるのなら教えてほしい。今日は、そのこともダンブルドアに聞こうと思っておるんだ。もしよければ、その女の子とも話がしたい」

「そういうことでしたら、ダンブルドアのところで話しましょう。わたしも一緒に行きますが」

「ああ、そうだな。そうしよう」

 

 ファッジが、手にしていたグラスを、テーブルに置く。マクゴナガルも、同じく席を立つ。

 

「わたしも、帰ります。学校までご一緒してもいいですかな」

「もちろんですよ、フリットウィック先生。そうだ、フリットウィック先生にも見てもらおうかな。あの玉がどういう仕組みとなっているのか、さっぱりわからんので困っておるのです」

 

 支払いをすませ、3人が店をでたところで、ロンとハーマイオニーがテープルの下へと合図を送る。テーブルの下から出てきたのは、ホグズミード行きの許可証がないため学校にいるはずのハリー・ポッターだった。

 


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