ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第46話 「襲撃の夜」

 その日、ハロウィン・パーティが近づいてもなお、あちこちでホグズミード村のことが話されていた。ホグズミードに行けなかったハリー・ポッターのところでは、ロンとハーマイオニーがつきっきりで説明していたし、おなじく居残りだったアルテシアのところには、パチルの双子姉妹がぴったりと寄り添っている。パーティが終わるまで待てない、あるいは必要なことだけでも話しておきたいということなのだろう。

 ロンとハーマイオニーは、ホグズミードでのようすを、その到着のときから順に説明していく。もちろんハリーも興味津々で聞いていた。そうするうちにハロウィン・パーティの始まる時間となってしまうほどの熱の入れようだった。

 

「もう始まる時間だわ。とにかく、話したいことがいっぱいあるの。とくに『三本の箒』で会った女の人のことは、じっくりと話したいわ。時間がかかったしてもね。それで、あなたは今日は何をしていたの?」

 

 玄関ホールを横切り、大広間へと向かいながらも、話は止まらない。もちろん、ハリーにも話しておきたいことがあった。

 

「ルーピン先生のことで、気になることがあるんだ」

「気になること?」

「うん。ルーピン先生が部屋で紅茶を入れてくれて、ぼくたち話をしてたんだけど、そこにスネイプが来て……」

 

 ハリーは、薬だというその杯をルーピンが一気に飲んでしまったことを話した。ちょうど大広間では、人の顔のようにくり抜かれたたくさんのかぼちゃにロウソクが点されたところ。そんなジャック・オー・ランタンに囲まれるなかで、パーティーが始まった。そちらに気を引かれたのか、ロンはともかくハーマイオニーは、あまり興味を示してはくれなかった。

 

「それが何の薬なのかは気になるけど、毒薬なんかじゃないはずよ。ハリーの目の前ではそんなことしないはずだもの」

「あぁ、うん。きっとそうだね」

 

 テーブルに、さまざまな料理が並んだ。ハーマイオニーの言葉を裏付けるかのように、教職員のテーブルにいるルーピン先生に変わった様子はなく、楽しそうに食事をしながら、となりのフリットウィック先生と話をしている。それをみてハリーは、そのことを考えるのをやめた。いまは、ごちそうに取り組むべきときなのだ。

 ホグワーツのゴーストたちによる余興もあるなど、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。パーティーは、ホグズミードに行けなくて沈んでいたハリーの気持ちを最高ランクにまで引っ張り上げて終わった。

 誰もが、軽い興奮状態のまま大広間を出て、寮へと戻る。ハリー、ロン、ハーマイオニーも、ほかのグリフィンドール生の後ろについて、いつもの通路を塔へと歩いて行く。だが、近づいてくるにつれて混雑しはじめ、進み具合が遅くなっていくのだ。誰もが奇妙に感じ始めたところへ、鋭く叫ぶ声が聞こえた。

 

「誰か、ダンブルドア先生を呼んできてくれ。大急ぎだ」

 

 どうやら、肖像画の入り口が閉まったままらしい。誰も寮に入れないので、こんなに混雑しているのだ。呼ばれたからか、それとも異変を察知したからなのか、すぐさまダンブルドアがやってくる。

 

「おお、なんてことじゃ。ともあれ、婦人を探さなければならん。マクゴナガル先生、フィルチさんに、城中の絵の中を探すよう言ってきてくださらんか」

 

 いつのまにか、マクゴナガルの姿もあった。それだけではなく、ルーピンとスネイプも駆けつけてきた。みれば、グリフィンドール寮の出入り口の管理を任されている太った婦人の肖像画が、ズタズタに切り裂かれている。どこへ行ったのか、婦人の姿はない。

 ふいに、頭の上のほうから声がした。

 

「ついさっきのことだよ。ズタズタになった女が5階の風景画の中を走ってゆくのを見たけどねっ」

 

 それは、ピーブズの声。さしものピーブズも、ダンブルドアにいたずらをしかけることはしないのだ。きっと、言ってることも本当のことだろう。そのピーブズに、ダンブルドアが尋ねる。

 

「ピーブズ、ここでなにがあったのか、それを見てはいないかね?」

「見ましたよ、校長。そいつは、婦人が寮に入れないと言い張るのでひどく怒っていましたねえ」

「誰じゃね、そいつとは」

「見覚えがあります。あいつも昔、ホグワーツにいたから覚えてますよ。たしかに、いたずらはしてた。けど、あんなかんしゃく持ちじゃなかったはずだけどねえ」

「ピーブズ、それが誰かと聞いておるのじゃが」

 

 そこでピーブズは、くるりと宙返り。生徒たちの視線が集まっているのを意識してのことだろう。だが、焦らしたのもそこまで。ニヤニヤしながらも、その名を告げた。

 

「シリウス・ブラックですよ、校長先生」

 

 

  ※

 

 

 その夜、大広間に、アルテシアも含めたグリフィンドール生全員が集められた。もちろんダンブルドア校長の指示によるものだが、それだけではなく、少し遅れてパドマのいるレイブンクロー生が合流してくる。ハッフルパフにスリザリンの寮生もだ。こうしてわずかのあいだに全員が集まったのは、シリウス・ブラックによるグリフィンドール寮襲撃事件が起こったから。まだシリウス・ブラックが校内にいるかもしれないので、こうして生徒を全員一カ所に集めておき、そのあいだに校内をくまなく捜索しようということになったのだ。

 

「生徒諸君、理由はおわかりじゃろう。安全優先じゃ。今夜はみな、ここに泊ってもらうことになる。監督生には大広間の入口の見張りに立ってもらうし、指揮は首席に任せよう。何か不審なことがあれば、ただちに知らせるように」

 

 マクゴナガルとフリットウィックによる戸締まりが終わり、全員分の寝袋が用意され、ダンブルドアによる指示がなされる。先生たちがシリウス・ブラック捜索のために大広間を出て行くと、首席の生徒に指揮権が移った。

 

「さあ、みんな。いいかい、寝袋に入るんだ。ぐっすり寝て朝になれば、先生方がシリウス・ブラックを見つけてくださっているだろう。それで事件は終わる。なにも心配することはないんだ」

 

 そう言ったのは、パーシー。ダンブルドアが指名した首席の生徒だ。ロンの兄でもある。だが、たちまちのうちに大広間中がガヤガヤとうるさくなった。誰もが、今夜の事件についての話を始めたからだ。

 

「みんな、おしゃべりはやめたまえ! 消灯まであと10分だ」

 

 だがパーシーが何を言おうと、全生徒がしずかになるようなことはなかった。それほどに、今夜の事件は衝撃的だったのだ。パーシーにしても、それが簡単なことだとは思っていない。消灯となり明かりを消すまではムリだろうと思っていた。だが、おしゃべりはともかく勝手に歩き回ることまでは見逃せない。グリフィンドール生の集まる場所へと近づいてくる生徒の前に、立ちはだかる。

 

「なんですか、邪魔しないでください」

「な、なんだと。キミは誰だ。自分の場所に戻りたまえ」

 

 先に邪魔だと言われ、パーシーも、いらだった声を上げた。付近の生徒たちの注目が集まる。近づいてきたのはソフィアだった。

 

「もちろん、自分の場所に戻るために来たんです。そこ、どいてもらえますか、通りたいんですけど」

「待て、自分の場所に戻るだと。キミがグリフィンドール生であるはずがない。ぼくには見覚えがない。ぼくは、主席のパーシー・ウィーズリー。キミは、誰だ?」

「わたしが誰だろうと、あなたが誰だろうと、そんなことは関係ありません。さあ、通してください」

「黙れ。まず、名前を言え。所属の寮はどこだ」

「いいでしょう、通すつもりはないということですね。きっと後悔しますよ。わたしは」

「やめなさい」

 

 その声は、アルテシア。ソフィアが名乗るところを中断させた格好だが、もちろん偶然だ。このことに気づいてアルテシアが駆けつけたのが、ちょうどこのタイミング。その後ろにはハーパティもいた。

 

「すみません、パーシーさん。その子は、わたしの知り合いです。わたしのことを心配してきてくれたんだと思います」

「キミの知り合いだって。だが校長先生もおっしゃっていたように、もう心配はないんだ。先生方が、ちゃんと対処してくださっている」

「わかっています。でも、お願いです。静かにしていますから、今夜はここにいさせてもらえませんか」

「し、しかし」

 

 言いながら、アルテシアとソフィアとを見る。アルテシアはソフィアをかばうようにして前に立ち、ソフィアはその少し後ろでうつむき加減に立っている。あれほど勝ち気そうに見えたのに、あれほど堂々と主張してきたのに、いきなり別人となってしまったようだとパーシーは思う。だが考えてみれば、今夜はべつに寝る場所が指定されているわけではない。各寮ごとにキチンと分かれて寝るように、というような指示はされてはいないのだ。

 

「わかった、そうしていい。ただし、静かにするんだよ。おとなしく寝るんだ。いいね」

「すみません、パーシーさん」

 

 パーシーが折れる形でこの騒動に決着がつくと、周りの生徒たちは、またブラックのうわさ話を再開する。アルテシアには、そんな適度なさわがしさがありがたかった。騒々しいのは好みではないが、いまは、しずかに注目されているより、よっぽどいい。ソフィアを自分の寝袋のそばへと連れていく。

 

「ここで寝ましょう。その寝袋を使いなさい」

 

 ソフィアは、何も言わない。無言のまま、アルテシアが指示した寝袋のよこに座る。

 

「けど、かっこよかったよ。そこをどけ! なんてさ」

 

 パーバティがからかうが、それでもソフィアは何も言わない。あいかわらず無言のまま、少し赤くなった目をアルテシアにむけているだけ。そんなソフィアを、アルテシアはぎゅっと抱きしめた。

 

「ありがとう、ソフィア。わたしは大丈夫だよ。もう、なんにも怖くない。ソフィアがいてくれるから、今夜は、安心して寝られる、よね…… 心配しなくて、いいよ」

 

 それでも、ソフィアは無言のままだった。ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は、アルテシアたちの場所からは少し離れたところで寝袋を並べていた。そのなかに潜り込んだ状態でアルテシアたちへと目をむけていたのだが、騒動が収まると、それぞれに顔を見合わせる。

 

「いまの、ソフィアってやつだよな。パーシーにくってかかるなんて、たいしたやつだ。しかも、自分の主張を通したんだぜ」

「アルテシアが口添えしたからでしょ。それより、シリウス・ブラックはまだ城の中にいると思う?」

 

 それが最大の関心事ではあったが、ハリーは否定的だった。こんな騒ぎとなっては、そうすることがかしこい選択とは言えない。それより、どうやって入り込んだのか。そっちのほうを気にするべきだと、ハリーは言った。

 

「『姿現わし』ってのがあるぜ。ブラックは魔法使いだ。もちろん使えるはずだろ」

「おあいにくですけどね、ロン。ホグワーツでは、そんなことはできないの。こっそり入り込めないようにと、ありとあらゆる呪文がかけられているわ。だから、ここでは『姿現わし』はできない。それに見たでしょ。ホグズミードに行くとき、校庭の入口は吸魂鬼が見張ってた。学校にだって、近づくことは難しいはずなのよ」

 

 そんな話をしているのは、ハリーたちだけではない。あちこちでそんな話がされていた。

 

「灯りを消すぞ! 全員寝袋に入るんだ。おしゃべりはやめ!」

 

 パーシーの怒鳴り声。そのすぐあとで、ロウソクの灯がいっせいに消された。だが、天井にかけられた星がまたたく魔法のおかげで真っ暗になることはない。うっすらとした明るさが残り、ヒソヒソとささやかれる声も途絶えることはなかった。パーシーが寝袋の間を巡回しておしゃべりをやめさせても、通り過ぎるとまた再開されるといった、いたちごっこがくり返される。

 それでもようやく、ほぼ全員が寝静まったころ。大広間にダンブルドア校長が入ってくる。すぐにパーシーが近づいていく。

 

「どうじゃな、変わったことはないか」

 

 低めの小さな声となってしまうのは、こういう状況では仕方のないことだろう。

 

「異常なしです。先生」

「そうかね。ともあれ朝となったら、全員に寮に戻るように言いなさい。シリウス・ブラックは、もう校内にはいないようじゃ」

「わかりました。それで、『太った婦人』はどうなりましたか?」

「ああ、3階のアーガイルシャーの地図の絵に隠れておいでじゃ。合言葉を言わないブラックを通すのを拒んだがため、ああいうことになった。婦人はまだ動転しておられるが、落ち着いてきたらフィルチに言って婦人を修復させましょうぞ」

 

 では、グリフィンドール塔の門番はどうなるのだろう。太った婦人の代わりは?

 

「そうそう、グリフィンドールの門番には臨時の者を見つけておいた。『カドガン卿』じゃよ。合い言葉については、キミと相談するよう話してある。明日、みなを連れて寮に戻ったときにでも決めるといい」

「わかりました、校長先生」

 

 シリウス・ブラックが校内に侵入し『太った婦人』の肖像画をズタズタに切り裂いたのは、まぎれもなき事実。だがすでに、シリウスの姿は校内から消えていた。いったいどうやって侵入し、どうやって出ていったのか。その目的は何か。そのことを、ダンブルドアはどう考えているのか。パーシーがそれを尋ねようとしたが、口を開いたのは、ダンブルドアのほうが早かった。

 

「では、主席よ。そのように頼む。わしは先生たちと相談があるので校長室に戻っておる。もうここへ顔は出さぬがよろしいな」

「はい、大丈夫です」

 

 シリウス・ブラックが校内にいないとなれば、問題の起こりようはない。パーシーは、元気よく返事をした。

 

「けっこうじゃ。他の先生方には、引き続きの警備をお願いしてあるからの。なにも心配はない、なにも起こらぬじゃろう」

 

 

  ※

 

 

 夜中、とするよりは明け方とするべきだろうか。そんな時刻となっているにもかかわらず、校長室に数人の人影が集まった。ダンブルドアはもちろんだが、スネイプとマクゴナガル、それにルーピンだ。

 

「諸君、椅子に腰かけてくだされ。立ったままでは、話もしずらかろう」

 

 ダンブルドアが自身の執務用デスクの椅子に腰かけ、その前に3つの椅子を用意する。スネイプたちが、そこへ腰を下ろす。

 

「さてさて、それぞれから話をしたいと言われたので集まってもらったのじゃが、むろん、おのおの個別にということであったろうとは承知しておる。なのにこうして集まってもらったのは、それらはみな関連しておると思うてのこと。望まぬというのであれば是非もないが、そうでなければ、このまま話をすすめたい。よろしいかな」

 

 誰からも、異論はでない。そういうことであればそれでいいと、それぞれ納得したのだろう。最初に口を開いたのはスネイプだ。

 

「校長、私は以前、シリウス・ブラックが学校内に侵入するには校内の誰かが手引きすることが必要だと、そうでもなければムリだろうと申し上げたことがありますが、あやつがどうやって入ったか、いまどこにいるのか。何か思い当たることはおありですか?」

「いや、いまのところは不明じゃよ。それからの、セブルス。ホグワーツ内部の者がブラックを引き入れたとは考えておらんよ」

「さようですか。だがついには、校内に侵入してみせた。しかもグリフィンドール寮に入ろうとしたのですから、その狙いは十分に予想がつきますな」

「そうじゃの。それについては、マクゴナガル先生のご意見が必要じゃ」

 

 マクゴナガルは、スネイプが話をしている間に紅茶の用意をしようとしていたのだが、指名されて、椅子に座り直した。

 

「ブラックの狙いはハリー・ポッター。これまでそう考えられてきましたが、どうやら校長先生は、ほかの可能性を考えておられるようですね」

「いかにもいかにも。考えられることはすべて考え、その対策もしておかねばならんじゃろうて。で、どう思うかな」

「待ってください。シリウス・ブラックが、ほかに誰を狙うというのです。そんな生徒がいるのですか」

「ああ、ルーピン。校長がおっしゃっておいでなのは」

 

 そこでいったん言うのをやめ、ダンブルドアをみる。名前を出してもいいのかどうかの確認だろう。ダンブルドアがうなずいたあとで、マクゴナガルにも視線を向ける。マクゴナガルは、ダンブルドアのようにうなずくようなことはせず、その名前を自分で告げた。

 

「グリフィンドールの3年生、アルテシア・クリミアーナのことですよ。わたしはまったくそんなことは思っていないのですが、アズカバンからの脱獄にも、アルテシアが関係しているのではないか。そんな疑いがあるというのです」

「なんと、それは本当ですか。あの小さな女の子が、そんなことを」

「あくまで、その疑いがあるということだぞ、ルーピン。ちなみに吾輩は、そんなことを考えてはいないが」

「しかし、あの女の子は吸魂鬼のことを知らなかった。吸魂鬼がとても怖かったと言ってましたよ。まさか、脱走を手伝うなど考えられない」

「リーマス、もちろんわしも、そのことは承知しておる。じゃが、ブラックとアルテシア嬢とにはつながりがあることがわかったのじゃ。今の段階で、その可能性を捨て去るわけにはいかない」

 

 その場に、おかしな空気が流れ始める。マクゴナガルは冷たい目でダンブルドアを見ており、その視線から、ダンブルドアはわざと目をそらしている。気づかないふりをしているようだ。ルーピンがスネイプを見る。

 

「ご存じないのであれば、説明しよう。だが、このことは口外無用」

「わかってる。それで、どういうことなんだい」

「クリミアーナ家とブラック家とは、姻戚関係にあるのだ。クリミアーナ家から嫁入りした女はすでにブラック家を出されているが、この魔法界で唯一といってよいつながりを活かし、クリミアーナ家に脱走の手引きを依頼したのではないか。まぁ、そういうことだな」

「そんな話は、知らなかった。いつ頃のことだろう。とはいえ校長、アルテシアとシリウスは、会ったことすらないのでは」

 

 シリウス・ブラックが犯罪を犯しアズカバン送りとなったとき、アルテシアはようやく1歳となったばかり。それ以降、シリウス・ブラックはずっとアズカバンに収容されていたのだ。連絡が取れていたはずもない。それがルーピンの考えだった。

 

「いかにも、そのとおり。じゃが、さきほども言うたとおり、可能性がある以上は排除すべきでない。問題ないとわかるまでは、アルテシア嬢を、ブラックから遠ざけておかねばならん。なにが起こるか、予想ができん」

「ですが、そのためにあの子をホグズミードに行かせないなんて。友だちがホグズミードに行くのを見送らせるなど、よいことではありません」

「お言葉ですが、マクゴナガル先生。先生は、ハリーがホグズミードに行くのを許さなかったと聞いています。それが、シリウスがハリーを狙っているからだということなのであれば、つまり、同じことになるのでは」

 

 ルーピンの指摘だが、そのときマクゴナガルは、大きく深呼吸。気持ちを落ち着けようとしたのだろう。もう一度、大きく息をすってから、ゆっくりとはきだす。

 

「ルーピン先生、言わせてもらいますが、まったく違いますよ。ホグズミード行きには、許可証が必要。そこに保護者のサインがなければ許可できない、それが決まりなのです」

「もちろん、それは承知していますが」

「ハリー・ポッターは、その許可証を用意できなかった。許さなかったのは、そのためです。ですがアルテシアの場合は、許可証へサインすることが禁止されたのです。そこにサインをしようという人がいたにもかかわらず」

「ミネルバ、そういつまでも怒るものではない。そろそろ機嫌をなおしてくれんか。理由は、何度も説明したと思うがの」

「それはどうも。ですが、その理由にはどうしても納得がいかないのです。もちろん、校長先生のおっしゃることもわかりますが」

 

 アルテシアには、すでに両親がいない。なので保護者代わりとして許可証にサインをする人が必要となるわけだが、ダンブルドアは、誰かが保護者代わりとなるのを認めなかった。もちろんダンブルドアが決められるようなことではないのだが、そのことを指摘した者は、いなかった。マクゴナガルを除いては。

 

「ともあれ、いまはまだ、ブラックとアルテシア嬢とを会わせるべきではないのじゃ。シリウス・ブラックがなぜ脱獄などしたのか。その理由をわれわれは知らんのだから、不用意なことはするべきでないとは思わんかね。アルテシア嬢と直接に連絡を取るためにそうしたのであれば、あるいは、魔法省が言うようにハリー・ポッターを狙っているのだとするなら」

「それぞれ、対処のしようが変わってくるということですかな」

「さようじゃ」

「しかし、校長。そのどちらでもない、まったく別の可能性もあるのでは」

 

 そう言ったのはルーピンだが、当然、その可能性はある。ダンブルドアの言葉を借りるなら、可能性がある以上は排除すべきでない。そのことも考えておく必要がある。

 

「シリウスは誰もいないグリフィンドール寮に入り込もうとしたのです。それはつまり、シリウスに別の目的があったということでしょう。なにしろ寮には、ハリーとアルテシア、そのどちらもいなかった」

「なるほど、一理ある。大広間での宴会には気づかなかったのではなく、みなが集まっていることを知っていたからこそ、無人であるはずのグリフィンドール寮に侵入を試みた。校長、この考えのほうが」

「素直に頭に入ってくる。そのとおりじゃな。じゃがのう。何度も言うてすまんが、可能性がある以上、考慮せねばならんのじゃ。ハリー・ポッターが襲われるのは避けたいし、あの娘がシリウス・ブラックと手を組む機会となってはまずいじゃろう」

「手を組んだりすると、そうお考えなのですか。アルテシアが闇の側に行ってしまうというのですか。だからアルテシアをブラックに会わせるなと」

 

 それは、マクゴナガルにとって思いもよらぬことだった。アルテシアは、このホグワーツで学び、成長し、立派な魔女となる。そうなることがマクゴナガルの願いなのだ。成長をそばで見守り、クリミアーナ家を継がせること。それが自分の役目だと、そう思っているのだ。そうなってしまったのだ。

 

「校長先生の言葉をお借りするなら、そういうことになるのでしょう。ですがもし。もしかすると、シリウスが闇の側にいるのではない、そんな可能性を少しは信じてもいいのでしょうか」

「ああ、いや。残念ながらルーピン。あのブラックがしでかしたことを思えば、その可能性はほぼないと考えるべきではないかな」

「その話はともかくとしてじゃ。生徒たちの安全を確保せねばならぬし、守っていかねばならん。そのことには、誰も異論はあるまいて。それぞれ思うところはあろうが、協力してほしい。よろしく頼む」

 

 話し合いも、このあたりがしおどきということだろう。それぞれに席をたち、校長室を出る。マクゴナガルもまた、まっすぐに自分の執務室へと向かうが、そのあとをルーピンがついてくる。

 

「マクゴナガル先生、すこしよろしいですか。アルテシアのことをお聞きしたいのですが」

「なんでしょうか」

「さきほどの話ですが、アルテシアが闇の側に行ってしまうとお考えですか。ぼくはまだ、あの子のことをよく知らない。ハリー・ポッターならば、そんなことはあり得ないと言い切れますけどね」

 

 そんなことを聞くために、わざわざついてきたのか。そう思ったマクゴナガルだったが、返事を拒んだりはしなかった。

 

「それをわたしが望めば、そうなるでしょう。あなたがそう願えば、アルテシアはそうなってしまう。わたしは、そう思っています」

「それは、どういうことですか」

「あの子を正しく導かねばならないということです」

「正しく、ですか。こう言ってはなんですが、あの子にとっては何が正しいのでしょうね」

「わたしは、アルテシアの母親と1度だけ会ったことがあります。すでに亡くなられていることはご存じだと思いますが、いま思えばわたしは、そのとき彼女に、アルテシアを託された。そう思っています。いまにして思えば、ですけどね」

 

 ルーピンから何も言葉が返ってこないのは、マクゴナガルの執務室のドアの前にアルテシアの姿を見つけたからだ。そこに、アルテシアがいたのだ。

 

「アルテシア、あなた、そこでなにをしているのです。大広間で寝ているはずでしょう」

「わたしは、いつも早起きですから。それより、マクゴナガル先生にお願いしたいことがあるんですけど、いまは、お邪魔でしょうか」

 

 そこにルーピンがいるからだろう。まさか一緒だとは思わなかったようだが、軽い会釈であいさつする。

 

「あなたを邪魔になど、するはずがありません。それで、願いとは何です?」

「ホグズミードに行きたいんです。先生に許可していただくのが一番ですけど、許可証へのサインはなんとかします。許していただけませんか」

 

 そんなことを言われるとは思っていなかったのか、マクゴナガルは、わずかに顔を引きつらせる。ルーピンは、そんなマクゴナガルに注目する。意地の悪い言い方を許してくれるなら、こんな興味深い場面に遭遇するなど、めったにないことだ。はたしてマクゴナガルはどう返事をするのか。

 

「なぜ、急にそんなことを。興味がないと言っていたはずでは。だからこそ、ダンブルドアの言うことを受け入れたのですよ」

「わかっています。申し訳ないと思っています。でも、是非とも会いたい人がいるのです。ホグズミードに行けば会えるんです。お願いです。許可してください」

「それは、誰のことです。それにさきほど、許可証のサインにあてがあるようなことを言いましたね。誰がサインをしてくれるというのですか?」

 

 まさか、シリウス・ブラックに会うつもりなのか。そんなはずはないと思いつつ、そう考えてしまうのはどういうわけか。そう思いながらアルテシアの答えを待つルーピンだが、アルテシアには、わずかながらにちゅうちょしているようすが見えた。それをマクゴナガルも察したようだ。

 

「よろしい。ホグズミードに行くのはあなたの持つ権利です。次回のホグズミード行きのときまでには行けるようにしましょう」

「ほんとうですか、先生」

「ですが、くわしく事情を聞きます。そのうえで判断します。とにかくわたしの部屋へいらっしゃい」

 

 そう言って、アルテシアの手をつかむ。その手をつかんだままで、ルーピンへと顔を向ける。

 

「そんなわけですから、ルーピン先生。ここで失礼しますよ」

 

 ドアが開き、そして閉じられる。ルーピンは、ひとり廊下に残される形となった。

 


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