ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第45話 「ホグズミードの女」

 変身術の授業は終わったが、教室から出ようとする生徒たちを、マクゴナガルが呼び止めた。

 

「みなさんは、全員私の寮の生徒ですから、いまここで話をさせてもらいます。ご存じのように週末のホグズミード行きには、許可証が必要となります。提出がなければ、ホグズミードには行けませんよ。まだの生徒は、早急に提出するように。いいですね」

 

 マクゴナガルの用件は、それだけだった。だがハリー・ポッターにとっては、絶好のチャンスが到来したようなもの。生徒たちが教室を出ていくなか、ハリーは、マクゴナガルの前に進み出る。

 

「なんですか、ポッター」

 

 ハリーは、大きく深呼吸。それでも、ドキドキする気持ちはおさまらない。

 

「先生。許可証のことなのですが、あの、ボクのおじとおばが、つまりその、許可証にサインをするのを忘れたんです」

「それで」

 

 マクゴナガルのメガネの奥で、冷たい目が光った。それをみた瞬間、ハリーはダメだと思った。思ったが、ここでは終われない。

 

「あの、だめでしょうか。かまわないですよね、ボクがホグズミードに行っても?」

「だめですよ、ポッター。許可証にサインがないのであれば、許可できません」

「でも、先生。僕のおじとおばはマグルです。ホグワーツのこととか、ホグズミードとか、よく知らないんです。それに、夏休みにいろいろあったのはご存じだと思います。それで、ついその、許可証にサインをもらうのを忘れたんです」

 

 必死で訴えるハリーの横に、ロンがやってくる。口添えはしてくれなかったが、それだけでもハリーは、心強く思った。

 

「ですから、先生が行ってもよいと許可してくださればと」

「残念ですが、ポッター。わたしには、許可することはできません。両親、または保護者でなければ許可できないのです」

「だったら、アルテシアはどうなんですか?」

「なんですって」

 

 それは、ロンが言ったことだ。少し離れたところでようすを見ていたハーマイオニーも、それを聞いて近寄ってくる。

 

「あいつには、両親がいないって聞きました。もう亡くなったんだとか」

「そのとおりですが、その場合でも、ハリー・ポッターと同じように保護者による許可があればすむことです。さあ、もう行きなさい。つぎの授業に遅れますよ」

 

 さすがにこれ以上は無理だ。ハリーはそう思った。ロンの言ったことも、助けにはならなかった。もう、万事休すだ。だが、ハーマイオニーが食い下がる。ハリーの援護ということではなかったが、その質問はハリーもロンも聞いておきたいことだった。

 

「アルテシアの許可証には、誰かサインしたのですか。アルテシアの保護者って誰なんですか。サインしたのは誰ですか」

「ミス・グレンジャー。わたしがサインしたとでも考えたのなら、それは間違いですよ。もちろん校長先生も、そんなことはしていません。もしそうならポッターの許可証にもサインしてもらえる。そう考えたのでしょうけれど」

「いいえ、先生。わたしは今回、ハリーはホグズミードには行かない方がいいって、そう思ってますから」

「そうですか。それは失礼」

「それで、誰なんですか。アルテシアの保護者って」

 

 ハーマイオニーも含めた3人の顔を、マクゴナガルがしっかりと見つめてくる。その視線に耐えられなくなったハリーが目をそらしたとき、ようやくマクゴナガルが返事をした。

 

「アルテシアには、保護者と呼べる人はいませんよ。そういう人はいないのです」

「だったら先生が」

 

 今度こそ、ダメだ。ハリーはそう思わずにはいられなかった。マクゴナガルの顔から、わずかの笑みすらも消えてしまったからだ。なぜだかわからないが、これは触れてはならない話題だったのだ。ハーマイオニーにもそれがわかったらしく、言えたのはそこまでだった。ややあって、マクゴナガルが抑え気味の声で話を続ける。

 

「ミス・グレンジャー。アルテシアの保護者を、いえ、保護者代わりをどうするかについては、いま校長先生が考慮中なのです。それが決まれば、その人が許可証について判断なさるでしょう」

「わ、わかりました」

「では、行きなさい」

 

 言われるままに、教室を出るしかなかった。だが、どこかいつものマクゴナガルとは違うようだ。3人ともにそういう思いを抱きつつ、次の教室へとむかう。

 

「たぶん、だけど」

 

 その途中、ふいにハーマイオニーがつぶやいた。

 

「マクゴナガルは、自分がアルテシアの保護者だと思ってたんじゃないかしら。いいえ、きっとそのつもりでいたんだと思うわ。でも、ダンブルドア校長が誰かほかの人にしようとしてるので、不機嫌だったんじゃないかしら」

「なるほど。それは考えられるな、うん。ボクも、そうだと思う」

 

 きっと、そうなのだろう。だがそれが正解だったにせよ、それに気づいたからといって、3人になにかできるわけではなかった。

 

 

  ※

 

 

 いつもの空き教室で、アルテシアはソフィアと話をしていた。話題は、もっぱらソフィアの杖のこと。だが、パチル姉妹が来ていないことを、次第にソフィアが気にし始める。

 

「パチルの姉さんたちはどうしたんですか?」

「2人はホグズミードよ。今日一日、楽しんでくるって言ってた」

「ああ、あれですか。あれ? アルテシアさまは、行かなくていいんですか? まさか、わたしのために」

 

 つい、自分に都合の良い解釈をしそうになり、苦笑いを浮かべるソフィア。そんなソフィアを、アルテシアはほほえましげに見る。

 

「な、なんですか」

「べつに、なーんでもないわよ」

 

 だが、アルテシアにじっと見つめられて気恥ずかしさを覚えたのだろう。ふっと、視線をそらした。だが、言うことは忘れない。

 

「今からでも行ってはどうです? お供はできませんけど」

「ええ、そうね。でもあれには、許可証にサインがいるのよ。保護者のサインがね」

「許可証、そんなのがあるんですか」

「ええ。だからわたしは、居残り組よ。たしか、ハリー・ポッターもそうだったと思うけど」

 

 ソフィアにとっては、ハリー・ポッターのことなどどうでもよい。アルテシアがこんな扱いを受けることの方が問題なのである。だが、保護者のサインという障害を、どう乗り越えればいいのか。ソフィアの頭の中に、いくつか案が浮かび上がる。

 

「あの、わたしの母にさせましょうか、そのサイン」

「ありがとう、ソフィア。でも、いいのよ。気にしないで」

「10分待ってもらえれば、母のサインをもらってきます。きっと、喜んでサインしてくれますよ。まだお昼前だし、これからでも間に合うと思うんですけど」

 

 その10分で、家と学校とを往復するとでもいうのか。いくらなんでも、それは無茶なのでは。許可証はマクゴナガルに提出するのだから、どうやってサインを得たかの説明も求められるだろう。

 

「ダメよ、ソフィア。そんなことすれば、どんなに怒られるか。ちょっと想像がつかないわね」

「でも、アルテシアさま。ホグズミード村に、行きたくはないんですか」

「うーん、正直、それほど興味はないかな。パーバティとパドマにもそう言ったんだけど、わたしの気に入りそうなお店とか、探してみるそうよ。お土産話のためでしょうけど」

「でも、そんな話を聞いちゃったら」

「そうだね、かえって行きたくなるのかもしれないね」

 

 軽く笑ってはいるものの、どこか寂しげ。ソフィアには、アルテシアがそんなふうに見えた。それが、ホグズミードに行けないことが原因であればよいが、サインをしてくれる両親がいないためだったとしたら。

 ともあれソフィアは、この話をやめることにした。そのどちらであっても、ソフィアにはどうすることもできないからである。ならば、見方を変えてみればいい。これはつまり、パチル姉妹がいないという機会を得たということ。つまりは、アルテシアと2人だけ。アルテシアを独り占めできるということだ。アルテシアと話したいことはいくらでもあるのだから、そうさせてもらおう。

 

「ところでアルテシアさま。このごろ、おかしな感じになりませんか。なんとなくですけど、光の流れが少しだけずれるっていうか、あれって思ったときには戻ってるみたいなんですけど、アルテシアさまは、そんなことないですか?」

「あるわ。その原因も分かってる。不自然に時間の操作をしてる人がいるのよ。自分だけ、時間をさかのぼっているようね」

「えっ! でもそれって、光の魔法ですよね。クリミアーナの魔法の基本なのに、そんなことできる人がほかにいるってことですか? あ、まさか…」

 

 そこまで言ったのなら、最後まで言えばいいようなものだが、ソフィアはようやくそこで気づいたのだ。これが失言のたぐいであることに、ソフィアは気づいた。なぜなら、アルテシアの両親はすでに亡くなっている。しかもアルテシアは一人娘。クリミアーナの直系は、アルテシアただひとりなのだ。

 せっかく許可証の話を取りやめにしたのに、両親がいないことを思い出させるようなことは言うべきではない。ソフィアは自分にそう言い聞かせる。だが、時を操るなんてことを、ほかの誰ができるというのか。まがりなりにもクリミアーナの魔法が使える自分だが、時を操るのは、さすがにムリだ。あれはクリミアーナ本家の人でも難しいことであったはず。

 ソフィアの知識では、それが常識だった。だからこそ、アルテシアではないクリミアーナ家の魔女が、どこか近くにいるのではないかと、そんなことを考えたのである。だが、そんなはずはないのだった。つまり、自分の勘違いでしかない。

 そんなことをソフィアが考えているころ、パチル姉妹は、パブ『三本の箒』で名物のバタービールを飲んでいた。すでにいくつかの店を回ったところではあるが、アルテシアへのお土産話を集めるため、このあとも、ホグズミードのあちこちを広く浅く、みてまわることにしていた。

 

「今までのところじゃ、おすすめはお菓子屋のハニーデュークスかしら」

「うん。あれでけっこう、甘い物好きだからね、アルテシアは」

「それはあたしもだけど、ゾンコだっけ。あのお店のことはソフィアには言わないようにしようね」

「だね。あいつ、妙なところでかたくるしいもんね。ジョークが通じにくいっていうかさ」

 

 そんなことを言いつつ軽く笑っていると、2人のいるテーブルに近寄ってくる人がいた。50歳はとうに過ぎていそうな女性だ。それまでパーバティたちのとなりのテーブルで同じようにバタービールを飲んでいたのだが、2人の話が聞こえたらしい。

 

「ごめんなさいね、お嬢ちゃんたち、ホグワーツの生徒さんでしょう?」

「え? ええ、そうですけど」

「いま、アルテシアっていう名前が聞こえたんだけど、知り合いなのかしら?」

「その質問に答える前に、あなたがどなたなのか、それを先に教えてもらっていいですか」

 

 そう簡単には、教えてやらないぞ。パーバティは、そんな目でその女性を見た。だがその女性は、パーバティにやさしく微笑んでみせた。そして、パーバティの横へと、自分が座っていた椅子をずらして寄ってくる。

 

「そうよね、それが普通なんだとは思うんだけど、いまはまだ、わたしの名前は言えないのよ。ごめんなさいね」

「でしたら、わたしたちもお返事はできません。だってアルテシアは、わたしの大切な友だちだから」

 

 それでは、知り合いだと教えているようなものだ。パドマがあわててパーバティの腕をつついて振り向かせる。

 

「お姉ちゃん、それって答えになってるよ」

 

 だがパーバティは、笑顔で2度ほど細かくうなづいてみせただけ。つまりは、わざとそう言ったということになるのか。そのことには、女性のほうも気づいたようだ。

 

「あら、どうも。わたしのこと、信用してくれたのよね、どうもありがとう」

「いいえ。そういうわけじゃないです。ただなんとなくアルに、アルテシアに雰囲気とか似てるかなって」

「あら、そうかしら。これじゃ、ダメ? ダメかぁ」

「なにが、ダメなんですか」

「ううん、べつに。それより、同じホグワーツの生徒さんでも、ずいぶんちがうのね」

「ちがう?」

 

 その女性は、くすくすと笑いながらも、そのことを話しはじめる。たまたまなのだろうが、このときパブ『三本の箒』の店内には、パチルの双子以外にホグワーツの生徒の姿はなかった。

 

「なんだかね、今日はあちこちでホグワーツの生徒さんをみかけるんですよ。だから『三本の箒』に来てみたの。いつもは『ホッグズ・ヘッド』というお店にいくんだけど」

「ホッグズ・ヘッド、ですか」

 

 パーバティたちは、そのホッグズ・ヘッドという店を知らなかった。ホグズミード村に着いてから順番にみて回っているのだが、これまでみてきたところには、そのような店はなかった。

 

「どの辺にあるんですか、その店は?」

「ああ、気にしないで。お嬢ちゃんたちみたいな娘さんには、あんまりお奨めできないお店よ。店内もキレイじゃないし、このお店のほうがよほどいいわよ」

 

 つまりは、三本の箒のほうがホグワーツの生徒がより多く訪れると考え、いつもの店ではなくこの店に来たと、そういうことになるのだろう。

 

「アルテシアのことは、どうして知ってるんですか」

「いいえ、知ってるわけじゃないの。そういうことじゃなくて、なにか聞き覚えのある名前だったから。どんな人なのか聞いてみれば、どこで聞いたのかわかるかなって思っただけよ」

「そうなんですか。あ、でも今日アルテシアは、ここには来てないんです」

「そのようね。少し前に話した女の子が、そんなことを言ったわ」

「許可証がないとダメなんです。アルテシアのご両親はすでに亡くなっているので。その代わりとして許可証にサインをしようって人は何人かいたんですけど、結局、実現しませんでした」

 

 パドマは、パーバティがなんでも話してしまうので心配になり、ローブを引っ張ったりして合図を送るのだが、パーバティのほうは、全然気にしていないようだ。

 

「いろいろと事情がおありのようね。でも、あなたたちとアルテシアとはいいお友だちなんだろうって、そう思いますよ。それが伝わってきます。親しくしてるんでしょ?」

 

 もちろん、パーバティはうなずく。話のなかに入れないでいたパドマだが、そこでうなずくことは忘れない。

 

「さっきもね、男の子と女の子の2人に声をかけちゃったの。迷惑だろうとは思ったんだけど、話し声が聞こえてくるでしょ、アルテシアという名前を聞いちゃったらね、やっぱり話を聞いてみたくなるのよ」

「わたしたちも、それと同じですか。たしかにアルテシアの話はしてましたけど」

 

 その女性がうなずく。アルテシアのことを知りたいと思っていたのなら、そうするのは当然かもしれない。はたして、この女性は誰なのだろう。パドマはそのことが気になって仕方がないようだが、姉のパーバティは、そのことを尋ねようとはしない。

 

「男の子と女の子だったけど、女の子のほうがやけに積極的でね。かえって、わたしのほうが問い詰められて困ったのよ」

 

 その2人とは、誰か。パーバティとパドマは、互いの視線だけで、その人物の特定を済ませる。声に出さすとも、その2人については同じ人物を思い浮かべたようだ。

 

「わたしがアルテシアのことでなにか知ってると思ったんでしょうね。けど、知らないのは、わたしも同じ。聞きたいことがあるのは、わたしも同じ。いろいろと尋ねられたんだけど、結局、なにも返事ができなかったの。そうしたら、さっさとお店を出ていったわ。結局、最後までわたしの話は聞いてくれなかったのよ」

「すみません。たぶんその2人も、わたしたちの友だちだと思います」

「あら、そうなの。でもありがとう、すみませんなんて言ってもらえるとは思わなかったわ。ふうん、そうなんだ。アルテシアのお友だちは、双子のお嬢さんなのか」

 

 その男女2人組とは、何を話したのか。だが、話題はそこに移ってはいかない。

 

「そういうトラブルみたいなことは避けたかったんだけど、ああなるとは思わなかった。お願いしたいことがあっただけなんだけど」

「お願い、ですか」

「ええ。アルテシアのことをね、いろいろ聞かせてほしいの。身長はどれくらい? やっぱり低いのかしら」

「ええと、すいぶん小柄ですよ。身長は、わたしより5センチくらいは低いよね?」

 

 これは、パドマへの問いかけ。すぐにうなずいてみせたが、パドマは不思議だった。なぜ姉が、こうもすらすらとアルテシアのことを話してしまうのか。少しはあの女性のことを不審に思ってもいいはずなのに、そんなようすが見えないのはなぜか。

 だがパドマも、その女性を好意的に見ていることに気づいていた。この人が、悪い人であるはずがない。あきらかにウソをついてはいるが、それも事情があってのことなのだろう。そう考えたパドマは、2人と話を見守ることにした。

 

「身体は丈夫なのかしら。学校は全寮制なんでしょう。ちゃんとやれてるのかしら」

「大丈夫ですよ。寮では同じ部屋なんです、あたし。いつも元気にしてますよ」

「あら、そう。夜はちゃんと寝てる?」

「ええ、それはもう」

 

 基本的にアルテシアは、早寝早起きだ。本当は、朝早くに散歩に行きたいらしいが、ホグワーツには、それにふさわしい場所がないらしい。そんな話をひとしきりした後で。

 

「ありがとう、いろいろ聞かせてくれて。もう、これで最後にするわ。あなたたちも、行きたいところとかあるでしょうしね」

「いえ、かまいませんよ。ホグズミードには、何度も来る機会があるでしょうから。それにようやくお昼ですよね」

 

 みればパブのなかは、飲み物だけではなく、食事をしている人の姿が増えてきていた。

 

「アルテシアの目の色なんだけど、見たことある? あるわよね、もちろん。どんな色かしら」

「色、ですか。ええと、あれは」

 

 そう言いながら、パドマに目をむけるパーバティ。もちろんパーバティだって、アルテシアの目を見たことくらい、ある。だが何色かと問われても、どう答えればよいのか。目を向けたのは、助けを求めてのことだ。

 

「えっと、とりあえず、青、じゃないかな」

「あ、うん。そうだよね、ちょっと不思議な感じのする青、です」

「そう、ありがとう。とってもよく分かったわ。青、なのね」

 

 その女性が、立ち上がる。最後の質問だと言っていたので、これで引き上げるつもりなのだろう。だがパーバティは、あわてて呼び止める。

 

「すみません、1つだけ教えてください。あなたに会いたくなったら、アルテシアが会いたいって言ったら、どうしたらいいですか」

「ああ、そうね。もしあの子がわたしに会いたいというのなら。わたしが会いに行くのはムリだと思うから、ホグズミードに来てもらうしかないわね」

「どこに行けばいいですか? さっきおっしゃられてたホッグズ・ヘッドというお店にいけばいいですか?」

 

 ホッグズ・ヘッドの名前を出したのは、その女性がよくその店に行くようなことを言っていたからだが、しかし、首は横に振られた。

 

「マダム・パディフットの店は知ってる? 小さな喫茶店なんだけど、その向かい側に青い屋根の家があるの。その家に来てくれればいいわ」

 

 そこが、その女性の家なのだろう。そういうことで納得したパチル姉妹は、そのまま、その女性を見送ることにした。とりあえずは、お昼となっている。ここでなにか食べようと、2人はテーブル脇に置いてあるメニューを手に取った。

 

 

  ※

 

 

 ハリー・ポッターは、ルーピンの部屋で紅茶を飲んでいた。ハーマイオニーとロンがホグズミードに行っており、許可証のないハリーは、校内をうろつくくらいしかすることがなかった。そんなとき、ルーピンから声をかけられたのだ。

 

「ルーピン先生。あの、ホグワーツ特急でのことなんですが」

「吸魂鬼のことかい。まだ気にしているのか」

「あのとき、誰かもう1人、気を失った人がいたって、先生、おっしゃってましたよね。それが誰なのか」

「そんなことが気になるのかい。まあたしかに、ぼくも気にはなったんだけど」

 

 それが、誰なのか。ハリーは、その人と話をしてみたかったのだ。そのとき、どうだったのか。なにか、叫び声を聞いたりしなかったかどうか。そんなことも聞いてみたかったのだ。

 だが、ドアをノックする昔がして、その話は中断された。やってきたのはスネイプだった。その手に持った杯から、かすかに煙が上がっていた。

 

「ああセブルス、ありがとう。このデスクに置いていってくれないか?」

 

 言われるままに、煙を上げている杯を置いたスネイプだが、ここにハリーがいるとは思っていなかったのだろう。ハリーとルーピンを、交互に見ている。

 

「ルーピン、すぐに飲んだほうがいいと思うぞ」

「ああ、わかってる。そうするよ、もちろん」

 

 ルーピンが答えた。そして杯を取り上げ、匂いを嘆ぎつつ、ハリーをみる。

 

「スネイプ先生がわざわざ薬を調合してくださったんだよ。わたしはどうも昔から薬を煎じるのが苦手でね。これはとくに複雑な薬なんだ」

「一鍋分を煎じたが、もっと必要かな」

「たぶん、明日また少し飲まないと。セブルス、ありがとう」

「礼には及ばん。だが、少し報告しておきたいことがあるのだが」

 

 じろり、と音まで聞こえてきそうだった。スネイプの視線に、ハリーはあわてて立ち上がる。ルーピンは、微笑みながらスネイプの薬を一口飲んで、身震いしてみせた。

 

「このごろどうも調子がおかしくてね。この薬しか効かないんだ。スネイプ先生と同じ職場で仕事ができるのほほんとうにラッキーだよ。これを調合できる魔法使いは少ないからね」

「ルーピン先生、どうして」

 

 どうして、スネイプの作った薬なんか飲むのか。ハリーは、そう聞いてみたかった。飲まない方がいいと、そう言ってやりたいくらいだった。だがスネイプのいる場所では、そんなことが言えるはずもない。それに、明らかにスネイプはハリーがここにいるのを歓迎していない。

 

「ハリー、少しスネイプ先生と話をするからね。また今夜、ハロウィン・パーティで会おう」

 

 ルーピンが、一気に杯を飲み干して顔をしかめる。それを見届けるような感じで、ハリーが部屋をでる。さすがにこれ以上、この部屋にとどまることはできないだろう。

 ハリーが出て行くと、ルーピンが、それまでハリーが座っていた椅子を、スネイプに勧める。だが、スネイプは座ろうとはしなかった。つまり、話はすぐに終わると言うことだ。

 

「実は、この杯をここへ持ってくる途中、ある生徒にそれを見られてしまった。そのことを、報告しておかねばと思ったのだ」

「ああ、キミの研究室からここまではそれなりに離れているからね。そういうこともあるだろう。気にすることはないよ。ハリーには、飲むところを見られているくらいだ」

「キミがそれを気にしないのであれば、なによりだ。だがルーピン、思慮深い娘であるので無謀なことはしないと思うが、少しは気にした方がいい」

「誰のことだい? キミは誰に見られたと」

 

 だが、スネイプはその名を告げはしなかった。勝手に予想しろ、あるいは言うまでもないこと、そんなことであるのだろう。

 

「あの娘は、入学した当初より、魔法薬学では非凡なところをみせていた。もちろんいまでも学年一の、いや学校一の成績だ。仮にあの娘に材料を与え、この薬を煎じろと言ったなら、ちゃんと仕上げてくれるだろう」

「まさか、セブルス。この薬がなんであるか気づいたかもしれないと、そう言うのかい」

「可能性の話で言えば、6割から7割といったところではないかと判断する」

「まさか。できあがった薬をみただけなんだろう。それでそんなことができるものなのかい」

 

 スネイプの見立てが、どこまで正確か。どこまで、信頼できるものなのか。驚きの表情を隠せなかったルーピンだが、ついには笑ってみせた。

 

「心配ないよ、セブルス。もしそうなったとしても、それはそれだ。キミに責任のあることじゃない。気にしなくていいよ」

 

 そう言ってスネイプを帰らせたルーピンだったが、頭の中には、その話が残ったままだった。スネイプは、入学時からそうなんだと言っていた。だとすると、あの子はどこかで魔法薬学を学んだということになる。だが、いったいどこで。どうやって。

 具体的な名前を聞いたわけではない。だがルーピンは、ある少女の顔を思い浮かべていた。そして、あの薬のことは話さないようにと約束することができないものかと、そんなことを考え始めた。

 


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