ホグワーツの「闇の魔術に対する防衛術」教授であるリーマス・ルーピンにとって、校長室が初めてというわけではない。ホグワーツに在学中は、友人たちとそれなりにいたずらも繰り返してきたのであるから、何度か校長室の世話になっている。だがこうして、自分から校長室を訪れるようになろうとは、さすがに思ってはいなかった。
そんなことを考えつつ、ルーピンは校長室のドアを開ける。校長室は、ホグワーツ特急で吸魂鬼をめぐる騒動があった日の夜に続いての訪問となる。それに今回は、自分からダンブルドアに申し入れてのものだ。どうしても聞いておきたいことができたからである。
「やあ、リーマス。先生の仕事には慣れたかね。キミの授業は、生徒にはたいそう人気だと聞いとるが」
約束してあったのでダンブルドアがいるのは当然だとしても、そこにマクゴナガルがいるのはルーピンにとって予想外。だがマクゴナガルとも話をせねばならないことでもあるので、好都合とも言えるわけだ。ルーピンは、自分をそう納得させ、テーブル脇の椅子に腰を下ろした。テーブルの上には紅茶が用意されており、それを取り囲むように3人が席に着く。
紅茶の用意をしたのはマクゴナガルだろう。そう思いつつ、ひと口飲む。相手が2人になってしまったので、話の段取りも変えたほうがいいのだろうが、さてなにから話をするべきか。ルーピンは、そんなことを考えていた。
「ルーピン先生、わたくしのことは気になさいませんように。今日のわたしは、オブザーバーのようなもの。つまり傍聴人です」
「はあ、そうなのですか」
「ともあれ、リーマス。キミの聞きたいのは、アルテシア嬢のことじゃろう。それともハリー・ポッターかね」
「どちらも、と言いたいところですが、せっかくマクゴナガル先生もおいでなので、まずはアルテシアのことを」
「ふむ。じゃがキミは、実際にあの娘と話をしたのじゃろ。そのとき、本人に尋ねたりはしなかったのかね」
この言葉は、さすがのルーピンも不快な気分とともに受け取らざるを得ない。聞きたいことの核心部分は、すでにブロックされていたからだ。だからこそ、こうして校長室を訪れることになったのである。マクゴナガルのしたことであるらしいが、もちろんダンブルドアも承知しているはず。マクゴナガルを同席させているのはそのために違いないのだから。
「わたしがホグワーツに着いた最初の夜、校長先生はアルテシアのことを話してくれました。ですが、あれが全てではなかったようですね。それが、実際に話をした印象です」
「おお、そうじゃの。じゃがわしには、あれで精一杯なのじゃよ。クリミアーナを理解するのは、なかなかに難しい。アルテシア嬢には、避けられてしまっておるしの」
「避けられてる?」
「それは冗談じゃが、なぜか話をする機会に恵まれなくての。校長室へもたびたび誘っておるのじゃが、めったに来てはくれん」
その分、マクゴナガルが親しくしてくれている。あるいは、そう言いたかったのかもしれないが、ダンブルドアは、ちらりとマクゴナガルを見ただけだった。そのことに、ルーピンも気づいた。そして、あのことを持ち出す良い機会ではないのかと、考える。
「どうかしたかね?」
「ああ、いえ。校長先生、マクゴナガル先生でもよいのですが、ぜひとも、お答えください。アルテシアに魔法使用を禁じたのはなぜです?」
「なんじゃと、魔法を禁止したと」
「ああ、それについてはわたしがお答えしましょう。ダンブルドア校長、よろしいですか?」
自分はオブザーバー。いわば傍聴人だとしていたが、必要なことは教えてくれるということだろう。もちろんルーピンにとってはありがたいことだ。だが、このことをダンブルドアは知らなかったのか。いまの話からすればそうなるが、ルーピンにとっては意外なことだった。
「そのまえにお聞きしますが、アルテシアはなにか魔法を使いましたか?」
「いえ。授業で使う機会はあったのですが、あの子にはやらせませんでした。ボガートと対決させたのですがね」
「そうですか。そういえば、リディクラスは、使ってよいことにはしていませんでした」
「なぜ、そんなことをするのです? ここは魔法学校のはずでしょう。魔法を使わせない理由はなんなのです?」
ダンブルドアは、椅子に深く腰掛け、おなかの前で手を組んでニコニコと微笑んでいるだけだ。このようすだけを見るなら、すべての事情は知っているのだろう。
「ホグワーツ特急での、吸魂鬼騒動。もちろん、その場にいらしたのですから、よくご存じでしょう」
「ええ、もちろん。そのとき吸魂鬼を捕まえたと、アルテシアは言いましたよ。どうやったのかは話せないそうですがね」
それを禁じたのはマクゴナガルだ。どうやらダンブルドアも承知しているようだが、なぜアルテシアは、その指示に従おうとするのか。ルーピンには、そのことも理解できなかった。
「あのとき、吸魂鬼が彼女の友だちに手をだそうとしたようです。友人を傷つけられると思い、とっさにしたこと。そのことを責めるつもりなどありませんが、あの子のためを思って禁止するのです」
「よく、意味がわかりませんが」
「ああ、リーマス。口を挟んですまんが、あの娘は魔法が使えなかったのじゃよ」
「なんですって」
「クリミアーナ家の娘は、魔女です。これは誰にも疑いようのない、しっかりとした事実です。ですが、魔法力が開花するのは13歳から14歳。人によって違いはありますが、それまでは魔法を使えない。いわばマグルと同じなのです」
そのことを、ルーピンは知らなかった。だがそれは、彼が発した質問の答えではない。
「確認したいのですが、アルテシアはいま、ええと、13歳、かな」
「いいえ、まだ12歳です。もうじき誕生日を迎えますが、それでも13歳。とにかく14歳となるまでは魔法使用に関して制限をかけることにしたのです」
「それは、なぜです。重ねて言うようで申し訳ないが、魔法学校の生徒に対し、その制限が妥当だとは思えない」
「わかりますよ。ですがこれは、あの子のため。明確な形で禁止しておかないと、あの子はまた、自分の負担も考えずに魔法を使ってしまうでしょう。とにかく14歳となるまでは、決められた魔法以外は使わせません。ああ、そうですね。リディクラスは使用可能としておきます」
そんなことはどうでもいい。思わず、そう叫びそうになる。ルーピンはなにも、まね妖怪ボガートのことを問題にしているのではないのだ。
「マクゴナガル先生、わたしが言いたいのはそういうことではありませんよ」
「失礼、それはもちろんわかっています。ですがルーピン先生は、あのときお気づきではなかったのですよ」
「なにに、でしょう」
「吸魂鬼を捕らえたあと、あの子がどうなったか」
「ええと、あのあと、ですか」
たしかに、あとのことは承知していない。ルーピンはそう思った。それ以前に、そのとき何が起こったのかも分かってはいないのだ。ハリー・ポッターのほうに気を取られていたからだろう。
「吸魂鬼を玉のなかに封じたあと、アルテシアは気を失っています。友人がすぐさま医務室に移動させ、マダム・ポンフリーが手当を行いました。同じようなことがこれまで数回起きていますが、今回を最後とするためにも禁止する必要があるのです」
「待ってください。気を失ったのと、魔法の使用が関係あるとは思えません。ハリー・ポッターも気絶しましたが、あれは吸魂鬼の影響を強く受けたから。アルテシアの場合も同じなのでは」
「いいえ、そうではありません。アルテシアの場合は、高度な魔法を使用したためであることはあきらか。前例もありますからね」
「前例? しかし、魔法を使ったくらいでそうなるとは、ぼくにはとうてい思えない」
納得できないが、どう反論すればいいのか、うまい言葉が思いつかない。
「リーマス、こう考えてはどうかの。そなたが吸魂鬼と相対したとする。さて、どうやって吸魂鬼を捕らえるか」
「捕らえるというより、追い払うしかないでしょうね。でもアルテシアは、捕らえたと言った。いったい、どうやって? 捕らえた吸魂鬼はどうなったのです?」
「ふむ。追い払うしかないというのは、わしも同感じゃな。決して、捕らえようなとどは思わんじゃろう。じゃがアルテシア嬢にとっては、追い払うなど思いも寄らなかった。だが、友人は救わねばならない。あの娘にとって最善の策は、吸魂鬼を捕らえることだったのじゃよ」
吸魂鬼を追い払う魔法には、エクスペクト・パトローナム(Expecto patronum:守護霊よ来たれ)がある。高度な魔法で大人の魔法使いでも難しいとされているが、アルテシアは、この魔法そのものを知らなかった。だが仮に知っていたとしても、とっさのときに思いつくのは、クリミアーナの魔法であったろう。
「しかし、捕らえることができるとは。いったい彼女は、なにをしたのです?」
「アルテシア嬢のお友だちに聞いたところでは、にじ色と言うておったが、そのにじ色の光で吸魂鬼を包み込み、いっきに縮小させたらしい。一瞬のあいだに、そうじゃの、直径5センチほどの球形をした玉のなかに吸魂鬼を押し込めてしまったのじゃよ。その玉を拾いあげ、その手に握りしめたところで意識を失ったらしいの」
説明を聞いても、まだルーピンは、納得できないでいた。なるほど、吸魂鬼を捕らえるしかなかったことは理解した。なにをしたのかもわかった。だが、気を失ったことと魔法の使用が関係するとは思えない。そのことに、納得はいかない。
「リーマス、キミはアルテシア嬢と会ったのじゃろ。あの小さく華奢な女の子が、吸魂鬼を捕らえたのじゃ。そのために使った魔法が、彼女の体調に影響を与えたとすればどうかな。つまりは、魔法の使いすぎじゃよ。結果として意識を失い、医務室の世話にならざるをえなかった」
「しかし、どんな魔法かは知りませんが、いくらなんでもそこまでは」
「ルーピン先生、さきほど申し上げたと思いますが、クリミアーナ家の魔女は13歳から14歳で魔女としての力に目覚める。それより早くに魔女となる例もありますが、その場合には、アルテシアのようなリスクがあるのです」
「なんですって」
「ですが、魔女として一人前となる14歳を過ぎれば、そこまで成長すれば、そのようなリスクはなくなることがわかっています。ですから、それまでは魔法を制限するのです」
リーマス・ルーピンは、クリミアーナのことを知らない。だがダンブルドアやマクゴナガルは承知している。それぞれ、その前提にたっての話なので、なかなか話はかみ合わない。これらの説明が、ルーピンにいまひとつ伝わらないもの無理はないだろう。だがルーピンは、ひとまず納得はしたようだ。
「なるほど、わかりました。ですがあと1つ、聞かせてください」
「なんでしょう」
「このこと、セブルス・スネイプは知っているのですか?」
「魔法の制限については、スネイプ先生もご存じです。ちゃんと守っているのか監視をお願いする意味で、話してあります」
なるほど。最初の防衛術の授業のとき、スネイプがアルテシアに魔法を使わせるなといったのは、これが理由だったのか。そう思ったルーピンだったが、疑問は、もう1つある。だが質問の形とするまえに、マクゴナガルからその答えが語られた。
「もっともアルテシアは、約束したことは必ず守りますから、監視する必要はないのですけど」
アルテシアは約束したことは必ず守る。その言葉を、ルーピンは何度も繰り返しつぶやいていた。
※
グリフィンドール寮の談話室。その掲示板に張り出された「お知らせ」が、生徒たちの注目を集めていた。そんな談話室の雰囲気に妙なものを感じたのか、クィディッチの練習から戻ってきたハリーが、ロンとハーマイオニーのそばへと寄っていく。
「何かあったの。みんな、落ち着かないようだけど」
そのときロンとハーマイオニーは、宿題でもある天文学の星座図を仕上げているところだった。ロンが顔を上げ、掲示板のほうを指さした。
「あれ、見てこいよ。10月末、ハロウィーンの日さ」
言われて、掲示板のほうへと歩いていく。そうしながら談話室のなかを見回すが、お目当ての人の姿はない。アルテシアが、このごろずっと談話室にいないのだ。パーバティの姿も見えないので、2人してどこかへ行っているのだろうが、いったいどこで何をしているのか。クィディッチの練習で忙しかったが、アルテシアのことは、いつもハリーの頭の中にあった。
ロンもこのことを気にしているはずだが、ハーマイオニーの手前、口に出せてはいない。ハリーたち3人とアルテシアたちとの間には、いまだにみえない壁が存在しているのだ。
だがロンは、明らかに壁の解消を望んでいる。ハリーもそうしたかったが、あのヴォルデモートと魔法書との関係が気になっていたし、ハーマイオニーは、アルテシアたちが隠し事をしているらしいことが気に入らない。加えてブラック家とのこともある。そんなわけで、いまだに壁は存在し続けているのだ。だがもし、仲直りできるのだとしたら。おそらくそれは、ハーマイオニーの調べ物が判明してからとなるだろう。もしくはアルテシアたちが、ハーマイオニー言うところの隠し事を話してくれたとき。
ハリーとしても、仲直りするには、あのヴォルデモートが魔法書を学んだ可能性が否定されることが必要だった。誰かが可能性はゼロなんだよと、そう言ってさえくれれば、すぐにもそうしただろう。
掲示板には、週末のホグズミード行きのことが書かれていた。とたんにハリーの気持ちは、しぼんでいく。いつのまにか、ロンがすぐ後ろに来ていた。
「ハリー、明日は変身術の授業がある。そのとき、マクゴナガルに聞いてみろよ、行ってもいいかって」
「ああ、うん。そうだね」
「いいえ、ハリー。今回はあきらめたほうがいいと思うわ。この次にしなさい。きっとブラックは、それまでには捕まっているはずよ」
3年生以上になると、週末にホグズミード村へ行くことができる。毎週というわけではないが、その日程はこうして発表されることになる。だがハリーには、そのために必要となる保護者による許可証がない。ダーズリー家の叔父と叔母が保護者にあたるのだが、どちらも許可証にサインはしなかった。だが、許可証にサインがされていたとしても、いまホグズミード村に行くことがいいことなのかどうか。
ほんのわずか、ハリーの心にひっかかるものがあった。
「ボクのパパに、サインを頼むって方法もあるよな」
「なに、バカなこと言ってるの。ウィーズリーさんは、サインなんかしないわ。ブラックのこと、心配なさってたもの」
「バカだって言うなら、ブラックだってそうさ。みんなのいるホグズミードでなんかやらかすほどバカじゃないだろ」
ロンの言うことを、ハーマイオニーは相手にしなかった。ハリーが、無言のままで掲示板をにらみ続けていたからだ。
「どうしたの、ハリー」
「ん? ああ、いや。アルテシアは、許可証をどうしたかなと思って」
「アルテシア? ああ、そういえばアルテシアもご両親はいないのよね」
「でも家には、なんとかさんがいるんだろ。その人がサインしたんじゃないか」
ロンが言ったのは、パルマのことだろう。だがこの話はここまでとなった。ハーマイオニーの猫であるクルックシャンクスが、ロンのカバンをひっかいているのが目に入ったからだ。ロンは、すぐさまカバンに駆けより、クルックシャンクスからカバンをもぎ取ろうとするが、クルックシャンクスも、簡単にはカバンを離さない。カバンのなかには、ロンのペットであるネズミのスキャバーズがいるのだ。
この騒ぎは、やがて談話室じゅうをひっかきまわし、ハーマイオニーがクルックシャンクスを抱きかかえ、ロンがその手にスキャバーズを確保して終わった。
そしてハリーは、さらに頭を抱えることとなった。というのも、この件でハーマイオニーとロンとの間に、険悪なムードがただようことになったのだから。
※
アルテシアが、スネイプの研究室の前に立っていた。いつもそばにいてくれるパーバティの姿はない。1人だけだ。その手を伸ばして、軽く研究室のドアをノックする。
「入れ」
返事は、すぐに返ってきた。何度かノックし、カギが開いていたのでドアを開け、声をかけてようやく、といったことを想像していたアルテシアには、意外なことであった。声に従い、なかに入る。
「紅茶を用意してある。どうせ、話は長くなるのだろう。そこに座るがいい」
まえにも一度、座ったことのある椅子だ。その椅子に座り、こうしてスネイプと向かい合うのは、これが2度目になる。例のボガートの件は日にちの経過とともにすでに忘れられたようなものだが、こうして研究室に来てよかったと、アルテシアは思った。
「それで、相談というのはなんだ。いちおう聞いてはやるが、本来、おまえが相談するべき相手は別にいる。それはわかっているのだろうな」
おそらくは、マクゴナガルのことを言っているのだろう。そう思ったアルテシアだが、そのことは聞き流すことにした。相談するのはソフィアの杖のことなのだが、そのことをマクゴナガルは知らないはずだし、わざわざ知らせるのも得策ではない。それに気づいているのは、おそらくはスネイプだけなのだ。であれば相談相手は決まっている。それに、スネイプとは話がしたかった。
「まずは、これを見てください」
そう言って、いつもの巾着袋から取り出したのは、杖だ。それをスネイプに渡す。
「魔法の杖だな。それがどうしたというのだ」
「この杖、どう思われますか」
「ふむ、つまり相談というのは、ソフィアという娘のことか。ただの木ぎれではなく、ちゃんとした杖を持たせたいというのだな」
「はい」
スネイプは、その杖をさまざまな角度からながめたり、自分の杖を取り出してコツコツと叩いてみたりと、一通り調べていく。その間は、スネイプのすることをみているしかないアルテシアである。
「なるほど、よくできている。これは魔法の杖だ。そう思わない者など、さすがにいないだろうな」
「スネイプ先生は、どう思われますか」
「吾輩も同様だ。おまえがわざとらしくこうして見せたりするから調べてみたのであって、そうでなければ、気づくことはなかっただろう」
「でも、お気づきになられたのですよね」
あきらかに、がっかりしたようすをみせるアルテシア。そのアルテシアに杖を返しながらも、いぶかしげな表情は変わらない。アルテシアが何を気にしているのか、わからないといったところか。
「この杖は、おまえが作ったのか」
「スネイプ先生、この杖もみていただけませんか」
いちおう、スネイプは質問をしてきたのである。だがアルテシアはそれには答えず、別の杖を取り出した。その杖を、スネイプがさきほどと同じように調べていく。
「ふむ。若干の違和感はあるが、はっきりと指摘できるほどではない。ゆえにこれは、杖であるという結論になる」
「さっきの杖と比べて、どうですか」
「比較にはならん。ならんが、そう簡単に見分けがつくものでもない」
「これは、わたしの杖です。この杖でわたしは、魔法族の魔法を使うことができます。なぜだと思いますか?」
「質問の意味がわからんな。それすなわち、これが杖であり、おまえが魔女だということの証明にほかならぬと思うが」
スネイプの言うとおりだろう。そしてこのことに、誰も疑問を感じたりはしないはず。だがアルテシアには、気になることがあるのだ。
「以前にスネイプ先生がおっしゃったとおり、ソフィアは杖を持っていませんでした。聞いてみると、ダイアゴン横丁で買い物したとき、オリバンダーさんのお店には寄らなかったそうなんです。魔法族の杖が役に立たないことはわかっていたからと」
「だがおまえは買いに行ったのだろう。だからこそ、この杖を得た。あの娘も、そうすべきだったのだ。さすれば、買えたであろう」
そこでうなずいてはみせたものの、アルテシアは別の考えをもっていた。スネイプに尋ねたいのは、まさにそのこと。
「図書館で調べてみましたが、魔法族の人たちは、たとえ他人の杖であったとしても、とにかく魔法は使えるようです。であればソフィアは、その私の杖を使えば、わたしのように魔法が使えるはず。そう考えました」
「なるほど。だが、失敗したのだな」
「はい。実際に試してみました。わたしの杖をソフィアに持たせてみましたが、ソフィアは、魔法族の魔法を使えなかったんです」
まっすぐに、スネイプをみるアルテシア。その理由をスネイプから聞ければ、それが一番いいのだろう。だがアルテシアは、そこまで期待しているわけではない。むしろその理由を考え、答えを導き出すのは自分なのだと、そう考えていた。
「そうか。だが自分の杖が最も使いやすく効果的ではあるが、他人のものでも魔法を使うことはできる。これは事実だぞ」
「ええ。友人に協力してもらって、それは確かめました。でも、わたしの場合はちがっていました」
「なるほど。ミス・パチルのどちらかにおまえを杖を使わせたのだな。あるいはその逆か」
「その結果をどう考えるべきでしょうか。そのことを考えながら、ここに来ました。とにかく、先生のご意見が聞きたいです」
スネイプにしてはめずらしく、とアルテシアは思っているが、めずらしくすぐに答えを返してはこなかった。テーブルに置かれた紅茶に手を伸ばし、それを飲む。一息いれたといったところか。
「わたしが思ったのは」
「まぁ、待て。おまえたちの魔法と、いわゆる魔法族のものとでは、どこか違う。おまえは、これまで何度もそう言ってきた。それは、ダンブルドアも承知している。要するにだ」
そこまで言って、またもスネイプは紅茶を飲む。お代わりが必要かな、とアルテシアは思った。だが、注ぎ足そうにもティーポットなどが見当たらない。そこまでの用意はされていなかった。
「問題は、杖だ。おまえのクリミアーナでは、杖を使わずに魔法を発展させてきた。だが魔法族はそうではない。杖とともに魔法の技を磨いてきたのだ。どこか違うと、おもえがそう思っているのは、つまりこのことに起因しているのだろう」
「やはり、そうなのでしょうか」
「だが、おまえの使う魔法とソフィアなる娘とは同じ系列だ。であればあの娘にも、おまえの杖のようなものを作ってやれるはずだ。さすれば、ひとまずの問題はなくなる」
もちろん、それが解決策というわけではない。だが、当面の回避策にはなる。そのことはアルテシアも承知していたので、スネイプが木ぎれと称したソフィアの杖のなかに、自身の魔法力を入れ込んでみたのだ。だが、はたしてそれでうまくいくのか。杖として、これから使用して大丈夫なのかどうか。スネイプにみせたのは、そのチェックの意味もあったのだ。
「ですけど、見破られてしまいました。それを、ソフィアの杖にしようと思ったんですけど」
「これは、おまえが作ったのだな」
アルテシアの前に置かれたままの杖を、スネイプがあらためて手にとる。再度の質問となるが、今度はアルテシアは、力なくうなずいてみせた。
「わたしの杖を、ソフィアに使わせようと思いました。ですが、ダメでした。魔法族の杖のようにはいかなかったんです。だったら、ソフィアのために作ってみるしかないと」
実際の杖がどのようにして作られるのかをアルテシアは知らないが、まず芯となる物があり、それをなんらかの木材で包み込んで杖の形に仕上げる。そういうことでいいはずだと考えた。実際は一角獣のたてがみや不死鳥の尾羽根などが芯となるようだが、アルテシアの杖の芯材が何かは、杖職人のオリバンダーにもわかっていない。であれば、決まりなどはないということになる。そこに魔法力さえ宿してあれば大丈夫であるはずだ。
ではあっても、それにふさわしいもの、ふさわしくないものはあるはず。数日かけていくつか候補をあげたなか、ソフィアのたっての希望もあって選ばれたのは、アルテシアの髪の毛であった。そんなの気持ち悪い、とはパドマの主張だが、ソフィアの主張のほうが勝ってしまったのである。
まず、髪の毛20本ほどを三つ編みにでもするかのように編んでいく。それを3本作り、もう一度三つ編みにして、1本にまとめる。そこに、魔法力を封じこめ、それを杖の中に転送するのだ。まとめた髪の毛と、杖の内部の同等スペースとを入れ替えるのだが、アルテシアはマクゴナガルによって魔法を制限されているので、その作業はソフィアが担当した。
ちなみに魔法力を封じこめたのは、アルテシアだ。ソフィアのものでもよさそうだが、事前の実験でうまくいかないことがわかっていた。魔法力の封じこめは、つまり魔法書をつくるのと同じこと。アルテシアにとって難しいことではないし、もちろんマクゴナガルによって制限もされていない。これは魔法ではない、という認識だ。
「せっかく作ったのだ。これを、ソフィアという娘に使わせればいい。ダンブルドアが手にとってみたりしなければ、気づかれることはないだろう」
「そうでしょうか」
「心配ない。そのつもりでこの杖を調べぬ限りは、誰も気づかぬだろう。吾輩が保証してやる」
そんな保証が、なんになる。ハリー・ポッターあたりなら、そう思ったことだろう。だがアルテシアは、スネイプにそう言ってもらえたことでこれをソフィアの杖とすることに決めた。ほかに方法がなかったこともあるが、実験でソフィアは、この杖で浮遊呪文を成功させているのだ。
「わかりました。そうすることにします」
「そうするがいい。ということで、話はおわりだな」
「はい。ありがとうございました」
「気にすることはない。だが、ミス・クリミアーナ。いまの時刻は気にするべきだぞ」
「え?」
「こんな時間に、寮を出て地下へ降りてくるなど、処罰してくれと言ってるようなものだと言ってるのだ」
「だ、だって、先生がこの時間なら研究室にいるからと」
そこでスネイプは、笑ってみせた。獲物を見つけたハンターが含み笑いでもしたのか、それとも、いたずらをしかけようとする子どもが、笑いだすのをこらえているだけなのか。だが、それも一瞬のこと。
「吾輩は、なにもウソは言っていない。ちゃんと研究室にいるではないか」
「で、でも、先生」
「立て、アルテシア。寮まで送っていこう。ほかの先生に見つかれば、減点されるぞ。おまえも、それは本意ではなかろう」
考え込んだのは、わずかのあいだ。アルテシアは、元気よく立ち上がった。アルテシアは、さまざま魔法を禁じられている。寮に戻るには、歩いて行くしかないのだから。