ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第41話 「吸魂鬼(Dementor)」

 大きく汽笛が鳴り響き、ホグワーツ特急発車のときをむかえる。とたんに急いで列車に乗り込む人、改めてあいさつを交わしている人などで、プラットホームが一段とあわただしくなる。そんなようすを列車の窓からみているアルテシアのとなりに、パドマが座った。向かい側には、ソフィアとパーバティ。予定どおりに、と言っていいのか4人席のコンパートメントは、これで埋まった。

 

「3年目が、始まるね。この1年、なんにも起きないといいんだけど」

 

 列車が動き出し、徐々に速度を上げていく。そんななか、ぽつりと言ったのは、パドマ。パーバティはうなずいただけだったが、ソフィアは、黙ってはいなかった。

 

「それが理想ではありますけど、ムリだと思いますね」

「え?」

「すでに起こり始めているからです。パチルさんたちも、そう思ってるはずですよ。だって、あー、ええと……」

「なによ、どうしたの?」

「いえ、べつに」

 

 言いながら、ソフィアがアルテシアをみる。そのすがるような目に、アルテシアは思わず吹き出した。ソフィアの顔が、みるみる赤くなる。

 

「ご、ごめんね、ソフィア。笑うつもりなんてなかったんだけど」

「あーあ、かわいそうに。真っ赤になっちゃってるよ」

「あんたにも、そんなかわいらしいところ、あったんだね」

 

 3人からそれぞれに言われ、ソフィアはますます赤くなる。そんなソフィアに、手を差し出したのはパーバティ。

 

「な、なんですか?」

「友だちの握手だよ。これから仲良くやってこうってことだけど、お姉さんとじゃ、イヤなのかな」

「な、ば、そ、そ、そ」

「なに言いたいのかわかんないよ。“そ”がどうしたって?」

「まあまあ、そのくらいにしてあげて」

 

 アルテシアが、ソフィアの手とパーバティの手をとり、つながせる。というより、パーバティが握った格好だが、ソフィアはいやがるそぶりはみせなかった。そこを、パドマが両手で包み込む。

 

「この学校で、私たち4人だけだよ。なんでも話せるのは、この4人だけ。それを忘れないようにしよう」

 

 それぞれ、互いに顔を見合わせる。何も言わないのは、つまり納得したということだろう。クリミアーナをめぐり、この4人のあいだでは、多少なりとも秘密ができてしまった。部分的に知っている人はほかにもいるが、全体的なことはこの4人に限られるということになる。しかも4人は、家と家とのつながりもあるのだ。

 

「大丈夫よ、みんなは、わたしが守るから」

 

 アルテシアのクリミアーナ家とソフィアのルミアーナ家は、その過去において密接なつながりがある。500年前の事件以来、その関係は途絶えてきたが、アルテシアがホグワーツに入学したことがきっかけとなり、その関係は修復されることとなったのだ。パチル姉妹の家はマーロウ家と縁続きであり、そのマーロウ家とルミアーナ家とは、昔からの知り合いであるらしい。

 

「じゃあ、話をもどそうかな。ソフィア、あんた何か言いかけてたよね?」

「あぁ、ええと。とにかくその、ムリをさせたくないんです。少なくとも今年1年は」

「どういうことかな、それって?」

 

 パーバティに言われ、ソフィアがアルテシアを見る。どうにも、ソフィアは話しにくそうにしている。それはなにも、1人だけ下級生だということではないはず。ちらちらとアルテシアを見ているのは、なにか理由があるのだろう。それに応えるようにしてアルテシアが、軽くうなずいてみせる。ただそれだけのことに、ソフィアはほっとしたような表情を浮かべた。

 

「ソフィアのお母さん、アディナさんって言うんだけど、いろいろアドバイスもらってるんだ。そのなかにムチャはしないようにってのがあって、ソフィアはそのことを言ってくれてるんただと思う」

「ああ、それは賛成だな。アル、たしかにあんたはムチャのしすぎ。ソフィアも、よく気をつけてあげてね」

「はい、それはもう。でもそのためには、パチルさんたちにも力を貸してもらわないと」

 

 それは、言わずもがなであったようだ。パーバティもパドマも、にっこり笑ってうなずく。そして、

 

「おとといだけど、叔母さんのとこに行ってきたんだ。マーロウ家が知ってるルミアーナ家のことは、あることないこと、みんな聞いてきたよ」

「その言い方、おかしくないですか。ないことをどうやって聞くのか教えてほしいですね。それって結局、ウソとか作り話ってことになりませんか」

「おや、急に元気になったわね。あんたはそれでいいんだと思うけど、なにかいいことでもあったの?」

 

 そんなヒマが、どこにあったというのか。強いて言えば、アルテシアがうなずいてみせたことくらいだが。

 

「おあいにくさまですけど、そんなこと、パチル姉さんには教えませんよ」

「あらま、なまいき。さっきパドマが言ったこと、もう忘れたの。あの握手はなんだったの」

 

 誰もが笑ってるので、冗談であることは明白。雰囲気はとてもよいようだ。

 

「ねぇ、聞いてもいい? パーバティがパチル姉さんなら、あたしは? アルテシアのことは?」

「もちろん決まってますよ。好きな呼び方でいいって、さっきお許しもいただいてますからね。パドマさんのほうはパチル妹さんって呼びたいところですけど、さすがに怒られそうなんで、パドマ姉さんって呼ばせてもらいます。ダメだと言っても、もう遅いですよ。決めちゃいましたから」

 

 それには、パーバティもパドマも、あきれ顔。ひとり、アルテシアだけが笑っていた。

 

「いいんじゃないの。あたしもそう呼ぼうかな」

「アンタは、ダメ!」

 

 さすが、と言えば良いのか。そくざに否定の言葉が飛んだが、パチル姉妹のそれぞれが言ったにもかかわらず、声の調子やタイミングなど、まったく同じあった。

 

 

  ※

 

 

 ハリーたちが席をとったコンパートメントには、少しくたびれたローブを着た、白髪混じりの髪の男がいた。その人が誰で、なぜここにいるのかなど疑問はいくつかあったが、知ることができたのは、持ち物に記された名前だけ。というのも、すでに眠り込んでいたからだ。

 その眠っているルーピン先生の横で、ハーマイオニーたちは話を始める。ほんとは誰もいないところがよかったが、ほかのコンパートメントは、どこもいっぱいだったのだ。それに、眠っているルーピン先生のほうが先客なのだから、文句をいうのは間違いであろう。

 

「けど、もう3年生だよね。この1年はいろいろとありそうだから、気をつけないとね」

「まあ、そうだよな。うん。気をつけたほうがいいだろうな」

「なによ、ロン。パーバティたちの話をちゃんと聞いてたの」

「聞いてたさ。けど、いまさらアルテシアを疑えって言われても、簡単に納得なんかできるもんか」

 

 だがハーマイオニーは、あきれたようなため息をもらす。やっぱりロンは、ちゃんと話を聞いていない。そんな思いが込められたため息だ。

 

「ねえ、ロン。あたしはアルテシアを疑えなんて言ってないし、あたしだって疑ってないわ。気をつけろって言ってるだけなのよ」

「お聞きしますけど、それのどこが違うってんだ? おなじだろ。なぁ、ハリー。おんなじだよな」

「いや、ロン。ぼくにもその違いはわからないけど、気をつけたほうがいいのは確かなんだ。あいつはヴォルデモートのことで何かあるんだ」

 

 その名が出たとたん、ロンがおびえたような顔を見せたが、ハリーに気にしなかった。ハーマイオニーもとくには気にしていないようにみえる。

 

「隠してるのは、なにかあるからだろ。パーバティだって、あきらかにごまかしてた。あいつらは何か知ってる。それに、ブラック家のこともある」

「シリウス・ブラックとつながってるっていうのか。だからアズカバンを脱走できたって」

「そんなことは言ってないのよ、ロン。シリウス・ブラックは、ずっとアズカバンにいたんだから、アルテシアとは会ったことすらないはずよ」

「そうだ、そうだよな。やっぱりアルテシアは関係ないんだ。なあ、これまでどおりにしゃべったりしてもいいんだろ?」

「もちろんよ、ロン。友だちなのは変わらないわ。けど、いろんなことに注意が必要なのは確かよ。ソフィアって子もあやしいし、パーバティはあきらかに隠しごとしている。さっきホームで話して、それがはっきりわかったでしょう? ハリーの言うように、なにかあるから、隠すのよ。それを話してくれたらいいんだけど、そうでないうちは気をつけておくべきよ。そう思うでしょ、違う?」

「わかった、わかったよ、気をつけるよ」

 

 口では、絶対にハーマイオニーにはかなわない。ロンは、あらためてそのことを思い知る。同時に、この話はあまりしたくないとばかりに、話題を切り替えようとする。

 

「ところで、3年生からはホグズミードに行けるだろ。ハニーデュークスの店に行くのが楽しみなんだ」

「ホグズミードのこと、よく知ってるの?」

 

 さすがに、ハーマイオニーも興味はあるようだ。話にのってくる。

 

「マグルのいない、魔法使いだけの村なんだ」

「本で読んだわ。『魔法の史跡』ってのによると、そこは1612年のゴブリンの反乱で本部になったところだし、『叫びの屋敷』はとっても恐ろしい呪われた幽霊屋敷だって書いてあったわ」

 

 ハーマイオニーはハリーの方に向き直った。

 

「ちょっと学校を離れて、ホグズミードを探検するのも素敵じゃない?」

「だろうね。でもぼくは行けないんだ。ホグズミード行きの許可証に、ダーズリーおじさんはサインしてくれなかった」

「許可してもらえないって? そりゃないぜ。マクゴナガルに相談してみたらどうだい?」

 

 だがハリーは、返事の代わりに首を振ってみせる。マクゴナガルは、こういうことにはとても厳しい。許可証にサインなしでは、ホグズミードに行かせてくれるはずがない。

 

「だったら、フレッドとジョージに聞けばいい。あの二人なら、城から抜け出す秘密の道くらい知ってるはずだよ」

「ロン!」

 

 すぐさま、ハーマイオニーの厳しい声が飛んだ。

 

「シリウス・ブラックのこと、お忘れじゃなくて? 学校からこっそり抜け出すようなことはするべきじゃないわ」

「ああ、ウン。そのとおりだ。だけど、ぼくたちがハリーと一緒にいれば大丈夫なんじゃないかな」

 

 コンパートメントのドアが、勢いよく開けられたのは、そう言ったロンをハーマイオニーがにらみつけたのと、ほぼ同時だった。そこには、歓迎などしたくない3人がいた。

 

「ぼくは、ドラコだ。ドラコ・マルフォイ」

 

 それは、ドラコのいつもの決まり文句。その両脇に、腰巾着のビンセント・クラップとグレゴリー・ゴイルがいるのもすでにおなじみだ。

 

「なんだ、ここはポッター、ウィーズリー、グレンジャーのところだったのか。わざわざ来ることもなかったな」

「じゃあ、むこうへ行けばいいだろ。ぼくらは大切な話をしているところだ」

「まさか、アルテシアのことじゃないだろうな。言っておくが、シリウス・ブラックの脱走とはなんの関係もないぞ」

「どういうことなの、マルフォイ。なぜ、そんなこと」

 

 聞き流していれば、ドラコは立ち去っていたはずだ。だが、そんなことはできなかった。

 

「グレンジャー、誰もがおまえを物知りだと言うが、それは間違いだ。どうせ、アルテシアが手助けしたとかなんとかウワサしてたんだろ。それがイヤミな知ったかぶりだってことぐらい、そろそろ気づくべきだと思うがね」

「なんだと、ハーマイオニーを侮辱するな!」

 

 そう言ったのは、ロン。だがそれくらいでひるんだりするドラコではない。

 

「残念だったな、ウィーズリー。ようやくキミの父親が小金を手にしてエジプト旅行できたことを祝ってやろうと思ったのに、いまのでその気がうせてしまったよ」

「なんだと」

「700ガリオンも当選したそうじゃないか。日刊予言者新聞に記事が出ていた。写真も載ってたが、あれがウィーズリー家の全員なのかい? やっぱりみんな、赤毛なのかな」

「待って、そんなことより、さっきのことを教えて。アルテシアがなんだって言うの?」

「知ったかぶりのおまえにはわからないだろうが、アルテシアには、シリウス・ブラックの脱走を手助けしてやる必要なんてないんだ。おまえらみんな、勘違いしているぞ」

 

 知ったかぶりうんぬんについては、もちろん反論したい。だがここは、ぐっと我慢。なにも言わずに、ドラコの言葉を待つ。幸いなことに、ハリーとロンも、黙ってくれている。

 

「ブラック家は、クリミアーナと仲が悪いんだ。せっかくの嫁も追い出したくらいだからな。母上は、クリミアーナは大切にされなきゃいけなかったんだって言ってる」

「あなたのお母さんは、クリミアーナのこと知ってるの?」

「あたりまえだ。母上は、その嫁とは仲が良かった。だが父上と結婚したあと、ブラック家がその嫁を追い出したことを知ったんだ」

「待って、じゃあ、あなたのお母さんは」

「母の名は、ナルシッサ・ブラック。父上と結婚し、ナルシッサ・マルフォイとなったが、それがどうした?」

 

 どうもしない。ハーマイオニーにとっては、そんなことはどうでもよかった。ただ、ドラコがアルテシアにはやさしく振る舞っている意味がわかっただけのこと。それよりも。

 

「なぜ、追い出されたりしたのか、知ってる?」

「そんなこと、知るもんか。うちの家は、ブラック家とは絶縁しているからな。おそらくクリミアーナ家もそうだ。だからシリウス・ブラックを手助けしたなんてあり得ないんだ」

「そう、よくわかったわ。もう、行っていいわよ」

「な、なんだと」

 

 あとは、騒ぐマルフォイを追い出すだけだ。それには、あまり騒ぐとコンパートメントの奥で寝ているルーピン先生が起きるぞ、とハリーが言ってやるだけでよかった。ルーピン先生に気づいたドラコは、すごすごと引き上げていった。

 

 

  ※

 

 

 ホグワーツ特急の窓から見える景色は、灰色一色。かなり雨が強いらしい。その灰色がだんだんと暗くなっていき、通路や荷物棚などにランプがともった。窓に打ちつける雨音は、かなり大きい。

 

「もうそろそろ着くんじゃないかな。もう、腹ぺこだよ」

 

 ロンが身を乗り出し、ルーピン先生の体越しに、真っ暗となった窓の外を見る。ルーピン先生は、まだ眠っていた。そうこうするうち、汽車が速度を落としはじめる。

 

「おかしいわ、まだ着かないはずよ。早すぎる」

 

 ハーマイオニーが時計を見ながら言ったが、汽車はますます速度を落としていき、ついには止まってしまう。そしてほぼ同時に、ランプの明かりが消え、暗闇に包まれる。

 

「故障、かな?」

「さあ……」

 

 ドアを開け、廊下に顔を出してみる。暗くてなにも見えないが、完全な真っ暗闇だというわけではない。目さえなれてくれば、少しぐらいなら見えてくるのではないかと思われた。だがそれを待てない人たちが動き回り、ちょっとした騒動が巻き起こる。

 

「静かに、静かにしなさい。動いては危ないよ!」

 

 そんななかに、しわがれた声がひびいた。ルーピン先生がついに目を覚ましたのだ。その手になにかを持っているのか、カチリという音がしたあとで、灯りが揺らめきコンパートメントを照らした。

 ルーピン先生が、そっとドアの外へと顔をだす。まず、右側に目をむけ、身を乗り出す。ハリーも、その後ろからようすをうかがう。

 

「先生、あれは…… なにかいる」

「静かに。危険だ、ここにいるんだよ」

 

 そう言って、まさにコンパートメントを1歩出たそのとき。

 

「まさか。いま、なにが、どうなったんだ」

「ど、どうしたんですか」

「ああ、なんでもないよ。キミは出てきちゃいけない、奥に行くんだ」

 

 身を乗り出そうとするハリーをルーピン先生が押さえ、コンパートメントのなかへと押し込み座席に座らせる。そして、改めて廊下側に顔をむけたとき。

 そこには、マントを着た、天井までも届きそうな黒い影が立っていた。ルーピン先生の灯りのおかげで、ハリーは上から下へとその影を見ることができた。もちろんその姿を見た者は他にもいるだろうが、すぐそばにいたハリーには、よりはっきりと見えた。

 その顔は、すっぽりと頭巾で覆われていた。マントから突き出した手は灰白色に光り、がさがさの皮膚はまるで死人の手のようだ。その頭巾に覆われた何者かが、ゼイゼイと音を立てながらゆっくりと長く息を吸い込む。同時に、ぞーっとするような冷気が全員を襲った。

 ハリーは自分の息が胸の途中でつっかえたような気がした。寒気がハリーの皮膚の下深く潜り込んでいく。ハリーの胸の中へ、ハリーの心臓そのものへと……。

 

 

  ※

 

 

 ハリーが、目を開けた。ランプのともった車内は明るく、軽い振動はホグワーツ特急が動いていることを閉めている。ハリーは、なんどかまばたきをした。

 

「大丈夫かい?」

 

 ロンの声だ。ロンとハーマイオニーが、両脇からハリーの顔をのぞき込んでいた。手を貸してもらい、ゆっくりと起き上がる。ハリーは座席から床に滑り落ちたのだという。ルーピン先生の姿も見えた。

 

「あの、何があったんでしょうか。あの黒い影はなんだったんでしょうか」

「そのまえに、これを食べなさい。気分がよくなるだろう」

 

 大きな板チョコがいくつかに割られ、みんなに配られる。ハリーには、より大きな一切れが渡された。

 

「あれは、ディメンターだよ。吸魂鬼とも呼ばれているが、アズカバンからシリウス・ブラックを捜しに来たんだろうね」

 

 そこにいた全員にチョコレートを配り終えると、チョコレートの包み紙を丸めてポケットに入れる。

 

「食べなさい、元気になるから。わたしは車掌と話をしてくるよ」

 

 ルーピン先生が出て行くと、皆が、くちぐちに何が起こったのかを話し始める。なぜか、ネビルとジニーの姿があった。あの騒動のなか、どうやってここへ来たのだろう。

 ともあれ、話を総合すると、ディメンター、あるいは吸魂鬼というものが入り口から入ってこようとしたとき、ハリーが座席から滑り落ち、気を失った。身体が硬直しているようにも見えたらしい。

 

「そしたら、ルーピン先生が杖を取り出して、吸魂鬼に言ったのよ。『シリウス・ブラックをマントの下にかくまっている者は誰もいない。去れ』って」

「そして、なにかの魔法を使ったんだ。銀色のものが杖から飛び出して、吸魂鬼に向かっていった。そしたら、吸魂鬼は背を向けていなくなったんだ」

 

 口々に恐怖が語られたが、そのなかの誰も、気を失ったりしていないことに、ハリーは気づいていた。ネビルの声はいつもより上ずってはいたが『怖かった』というだけ。『もう楽しい気分になれないんじゃないかと思った』と口にするロンは、気持ち悪そうに肩をゆすったりはしたものの、座席から滑り落ちたりはしていない。めちゃくちゃ震えていたというジニーだが、それもハリーほどではないのだ。ほかのみんなはそうじゃないのに、なぜ自分だけがこんなことになったのだろう?

 そこへ、ルーピン先生が戻ってくる。なにか難しい顔をしていたが、みんなを見回して、笑顔になった。

 

「チョコレートには毒なんか入ってないんだよ。とにかく、食べなさい」

 

 ハリーは一口かじった。驚いたことに、たちまち手足の先まで一気に暖かさが広がる。チョコレートに、そんな効果があるなんて知らなかった。それがハリーの正直な気持ちだった。

 

「あと10分ほどで着くらしい。ハリー、大丈夫かい?」

 

 ルーピン先生が言った。なぜ自分の名前を知っているのかを、ハリーは開かなかった。というより、失神したことが恥ずかしくて聞けなかったのが正直なところ。ルーピン先生は、それを察してくれたのかもしれない。

 

「気にすることはないよ。キミは、アレの影響を強く受けただけだ。とくにめずらしいことじゃない。別のコンパートメントでも、倒れてしまった子がいるからね」

 

 それが誰かは、聞けなかった。そうするうちにルーピン先生がなにか考え込んでしまったからだ。質問など受け付けない。そのときハリーは、そんな雰囲気を感じとった。

 やがて、ホグワーツ特急が減速をはじめる。今度こそ、駅で止まるためのものだ。やがて列車は、駅で停車した。

 


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