ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 まことに申し訳ないですが、内容を若干書き換えさせてもらいました。ちょっとね、勘違いがありまして。ウィーズリーおじさんとハリーは初対面、というつもりでいたのです。でも実際は、対面しているはずなんですよね。なにしろ、ダーズリー家から空飛ぶ車で脱出したハリーは、残りの夏休みをウィーズリー家で過ごしたんですから。
 そんなわけで、そのあたりの変更がされています。あしからず、ご了承くださいませ。



第37話 「2年目の終わり」

「よくぞ、無事に戻ってきた。まずは、そう言わせてもらいたい。医務室の世話を必要とする者もおるが、ほどなく回復するじゃろう。マンドレイク薬も完成したと聞いておるしの」

 

 なぜか、ホグワーツの校長室にダンブルドアの声。そのことに、ハリーは驚きを隠せなかった。校長職を解かれ、学校を去らねばならなかったダンブルドアが、なぜいま、ここにいるのか。

 不死鳥のフォークスに連れてこられた校長室で、まさか、ダンブルドアに会うことになるなんて、ハリーは思ってもいなかった。だが、いるべき人がいるべき場所にいる。そのことが、ハリーをほっとさせたのも間違いのないことだった。

 考えてみると、フォークスが来てくれたのは、ダンブルドアが戻ってきたからなのかもしれない。ダンブルドアが必要となりそうなものを、フォークスに運ばせたのかもしれない。

 だが、たとえそうではなかったとしても、置き場所はここしかない。

 ハリーは、ダンブルドアが座っている、いつもの執務用デスクへと歩いて行き、そこに剣と組み分け帽子、それに真ん中に大きな穴の開いた日記帳を、置いた。どれも、秘密の部屋から持ち帰ったものだ。

 誰もが、ハリー・ポッターを見つめていた。校長室には、ほかにマクゴナガルとスネイプ、それに赤毛の紳士がいる。ロンとジニーの父親であるアーサー・ウィーズリー氏だ。娘のジニーが巻き込まれたとあっては、学校に来ないではいられなかったのだろう。

 

「ああハリー、キミのおかげだよ。キミが、いろいろとしてくれたおかげだ。校長先生、そうなのですよね?」

「そうじゃとも、アーサー。まさにこの子は、真の信頼を示してくれた。ゆえにフォークスが呼び寄せられ、グリフィンドールの剣すらも手にすることができたのじゃろう」

「グリフィンドールの剣?」

 

 それは、ハリーが組み分け帽子から取り出した剣のことだ。ホグワーツ創設者の1人であるゴドリック・グリフィンドールが持っていた剣であり、真のグリフィンドール生だけが、帽子から取り出すことができると言われている。

 

「この剣を手にできたということが、キミがグリフィンドールに属するという証拠じゃよ。もう、悩むこともあるまい。のう?」

 

 ヘビ語のことや組み分け帽子がスリザリンに入れようとしたことなどから、ハリーは、自分がスリザリンに属するべきだったのではないかという悩みを持っていた。それをダンブルドアに相談したことなどなかったが、ダンブルドアは承知していたらしい。もうこれで、ハリーはこのことで悩むことはなくなるだろう。

 

「さて、ハリー。話を聞かせておくれ。いったい秘密の部屋で何があったのか、それを聞かせてほしい」

 

 ダンブルドアの目は、厳しいものでもにらみつけてくるようなものでもなかった。穏やかな温かい目をしていた。その目を、ハリーはじっと見る。

 

「話しておくれ、ハリー。今回、何があったのか。秘密の部屋でのことを説明できるのは、ここにはキミしかおらんのじゃよ」

 

 そんなことより、寝室に行きたかった。話をするより、眠りたかった。だが、そういうわけにもいかないだろう。ハリーは、ちらとウィーズリー氏のほうへと目をむけた。きっとこの人だって、医務室に行きたいんだろうに、とハリーは思う。そして同時に、ジニーが助かったらしいと知り、ほっとする。でもなければ、この人は校長室でこうしてなどいられないはずなのだ。ダンブルドアも『医務室の世話を必要とする者もおるが、ほどなく回復する』と言っていた。それはきっと、ジニーのことだ。ジニーは、大丈夫だ。

 

「最初に気づいたのは、ハーマイオニーでした」

 

 ハリーが、話し始める。姿なき声を聞き、それがヘビ語ではないかと考えたことや、石になったハーマイオニーの手に、ちぎり取った本のページが握られていたこと。ハグリッドがクモを追いかけろと言ったこと、その結果50年前の犠牲者が「嘆きのマートル」であると予想できたこと。ならば「秘密の部屋」への入り口は、マートルの棲むトイレにあるのではないかと考えたこと。

 

「秘密の部屋に入ったのは、あなただけですか?」

 

 ハリーが一息ついたので、マクゴナガルが声をかける。それはなにも、先を促す意味だけではあるまい。アルテシアがどうしたのか。それが気になったのだろう。実はマクゴナガルは、生徒を家に帰すようなことになった場合の処置やダンブルドアの出迎えなどで忙しかったこともあり、アルテシアとは話をしていないのだ。おそらくは、アルテシアのことが知りたかったのに違いない。

 

「ロンとロックハート先生が一緒でした」

 

 再び、ハリーは話し始めた。ロックハートがロンの折れた杖を奪ったこと。忘却呪文をかけようとして失敗し、杖が破裂して天井が崩れてしまったことも。

 

「そこでロンとロックハート先生とは、わかれたんです。そういえばロンは、どうなりましたか。医務室ですか?」

「その2人は、吾輩が校内を巡回中に見つけた。どちらもケガなどはしていない。必要なのは睡眠だと判断し部屋に戻って休むよう指示した。ロックハート先生は、病院に入ることになるだろう」

「病院、ですか」

「忘却術により失われた記憶が戻るか否かは、聖マンゴ病院に任せるしかない」

 

 ハリーも納得し、話を続ける。秘密の部屋の奥でジニーを見つけ、リドルに出会い、日記の秘密を聞かされ、そしてリドルがバジリスクを呼び出したこと。

 誰もが、口に出したいことはあっただろう。質問もあったに違いないが、とにかくハリーの話は中断されることなく続いた。フォークスのこと。組み分け帽子のこと。色のついた光のこと。剣のこと。バジリスクとの戦いや、ケガ。フォークスの涙。そして、結末。

 

「それが、キミが見たことのすべてであり、キミがしたことのすべてなのじゃな」

「はい。でも校長先生、ジニーはどうなったんでしょうか。なぜ、医務室に? ぼくはジニーにはなにもしていません」

「ハリー、その質問の答えを知るためにも、先にいくつか、聞かせてもらいたい。みなさんにも聞きたいことがあるじゃろうしの」

「はい」

 

 ここでダンブルドアが、視線を巡らせる。真っ先に手を挙げたのは、マクゴナガル。だがダンブルドアは、それを素通り。

 

「ハリー、キミはトム・リドルが日記帳を介してミス・ウィーズリーを操ったと、そう言いましたな。そのトム・リドルとはヴォルデモート卿のことだと、知っていたかね?」

「待ってください、『例のあの人』ですって? あの人が、ジニーに? それはトム・リドルという者の日記だと」

 

 それは、ハリーが返事をするよりもはやかった。たしかに、親として、気になることではあるだろう。

 

「アーサー、ヴォルデモート卿は、最初からそう名乗っていたのではない。本当の名は、トム・マールヴォロ・リドルじゃよ」

「なんと。ではやはり『例のあの人』は生きているのですね。滅びてはいないのですね」

「そういうことになるのう。わしの個人的な情報によれば、あやつはアルバニアの森に隠れているらしいが」

「おお、では娘のジニーが生きて戻れたのは…… なんと幸運であることか」

 

 ウィーズリー氏が、感謝の気持ちがこもった目をハリーにむける。ハリーに飛びつき、抱きしめたい。そんな気持ちもあったに違いないが、そこまではしなかった。だがハリーは、首を横に振る。

 

「ウィーズリーおじさん、ぼくはなにもしてません。なにもできなかったんです。ジニーがなぜ医務室にいるのか、その理由すらわかりません」

「だがキミは、秘密の部屋に入った。なんのためかね、ハリー? キミは、バジリスクを退治した。それは、なんのためなのかね? わたしらは、キミに感謝しておるよ。キミのお蔭だと思っておるよ」

「さてハリー。もう1つだけ、わしから質問がある。キミは、バジリスクが出てきたとき、目を閉じたと言った。そして再び目を開けたとき、赤や青などのまざりあったものが見えたと」

「はい。あのとき、それを通してバジリスクを見ました。その顔や目も見たような気がするんですが、きっと気のせいです。だってぼくは、石にはならなかった」

「それが、誰かの仕掛けた魔法だとは思わなかったかね? 他には誰もいなかったのかね?」

「あれが魔法? でもあそこには、ぼくとリドルだけしかいませんでした。ジニーは床に倒れていました」

「ふむ」

 

 ダンブルドアが、マクゴナガルを見る。そのダンブルドアに、マクゴナガルは軽く首をかしげてみせた。わからない、という意思の表示だろうか。

 

「ではハリー、フォークスがバジリスクの両目をつぶしたのはそのあと、ということになるのかな」

「そうです。フォークスのおかげでぼくは、自由に動けるようになった。目をとじなくても済むようになったんです」

「確かにの。わかりました。わしからの質問は以上じゃ。みなさんは、なにかあるかね?」

 

 ふたたびダンブルドアがマクゴナガルを見たが、今度はマクゴナガルは、手をあげなかった。

 

 

  ※

 

 

「ホグワーツ特別功労賞を、あの娘にも与えるべきだと、そうおっしゃればよかったのでは?」

「いいえ、スネイプ先生。あの子は、そんなものは欲しがらない。むしろ、いやがると思いますよ」

 

 スネイプとマクゴナガルは、医務室に向かっていた。ウィーズリー氏もともに校長室を出たのだが、一刻も早く娘に会いたいと言い残し、駆け足で先に言ってしまったのである。マクゴナガルもそうしたかったのだろうが、いつもなら廊下を走るな、と注意する立場である以上、スネイプの前でもありそうするわけにはいかなかったのである。

 

「だが、ハリー・ポッターの話のなかに、あの娘の名前は出てきませんでしたな」

「たしかに、そのことは気になりました。アルテシアが秘密の部屋に入ったのは間違いないし、ジニー・ウィーズリーを医務室へと運んだのも彼女のはずなのに、どういうことなのかと」

「ポッターが言ってましたな。色の混じり合ったものを見たと。それが、あの娘のしわざであると思いますかな」

 

 なぜ、スネイプがこうも話しかけてくるのか。しかも、嫌みのニュアンスが含まれていないのだ。普段にはない珍しいことではあったが、ともに医務室に向かっていることでもあり、歩きながらの話題として不自然だとも言えなかった。

 

「そうだと思いますね。おそらく、バジリスクの視線からポッターを守るためにそうしたのでしょう。目をみた気がすると、彼がそう言っていたのがなによりの証拠だと考えます」

「同感ですが、さて校長は、このことに気づいたでしょうかな。いっそ、おっしゃればよかったのですよ、そうすれば、ホグワーツ特別功労賞をもらえたでしょうに」

 

 一瞬、むっとしたような表情をみせたマクゴナガルだが、それを意志の強さで押さえ込む。おそらくスネイプは、わざと挑発してみせたのだろう。

 

「失礼。実は、あの娘のことはずっと気になっておるのです。あの娘は、魔法薬に関するあれほどの知識をいかにして得たのか。むろん、それだけに限らず、いろいろと知りたいことはある。お教えいただけばありがたいと、そう思っておるのですよ。おそらくはダンブルドア校長も同じでしょう」

「かもしれません。ともあれアルテシアは、スネイプ先生のことは信頼しているようです。できれば、ただのグリフィンドール生としてではなく、スリザリン生のように目をかけてやってくださればと思いますよ」

 

 どうやらそこには、スネイプを思わず苦笑させるほどの皮肉が含まれていたようだ。医務室では、ジニーのいるベッドの横に、ウィーズリー夫妻が並んで座っていた。ジニーはすでに意識を取り戻していたし、ロンの姿もあった。スネイプに気づいたロンは、下を向く。寮に戻れと言われていたからだろうが、スネイプはロンを無視している。だが、そんなことを気にすることはない、いつものことなのだから。

 

「ああ、先生。おかげさまでジニーは無事です。マダム・ポンフリーは、明日には退院してよいと」

「それはなによりです。大事にならずに済んで、本当に良かった」

 

 言いながらマクゴナガルは、ベッドの横へ。

 

「ミス・ウィーズリー。つらい思いもしたことでしょうが、今回のことでの処罰などはないと、ダンブルドア先生がおっしゃいました。苛酷な試練ではありましたが、受け止め、乗り越えるしかありません。これからが大事ですよ、いいですね?」

「…… はい、先生」

「よろしい。それから、ミスター・ウィーズリー」

 

 ロンのことだ。スネイプはまだいるが、さすがに顔をあげずにはいられない。

 

「ミスター・ウィーズリー。あなたには、ホグワーツ特別功労賞が与えられますし、ダンブルドア先生がグリフィンドールに200点を与えてくださいました」

「ほんとですか!」

「ええ、ほんとうです。スネイプ先生が証人となってくださるでしょう」

 

 もちろん彼は、そんなことの証人となるために来たのではない。だが、ダンブルドアがハリーだけではなくロンにも200点を与えたのは事実なので、否定はしなかった。だがロンは、両親の喜びようとは裏腹に、さほど嬉しそうな顔はしていない。

 

「先生、とても嬉しいことなんですが、200点のほうはともかく、ぼく、ホグワーツ特別功労賞は」

「いらないというのですか。ハリー・ポッターも受賞するのですよ」

「そうですか。でもハリーはともかく、ぼくはそれほどのことはしてないんです。ぼくより、アルテシアにあげてください。あの女の子にも」

「あの女の子? いえ、それよりアルテシアは? アルテシアはどこにいるのです?」

 

 さも、いま思い出したかのようにそう言ったのだが、マクゴナガルが真っ先に聞きたいことであったのは言うまでもない。そもそもの予定では、いまジニーがいるベッドにアルテシアがいるはずだったのだ。おそらくはジニーにベッドを譲ったのだろうと、マクゴナガルは思っている。だがジニーに譲ったあと、アルテシアはどこに行ったのか。別の病室だと考えるのが自然だが、医務室には石になった生徒も寝かされているのだ。この医務室に、それほどベッドの余裕があっただろうか。

 

「マクゴナガル先生、そのアルテシアという人も、なにかジニーのためにしてくれたのですか? ロン、そうなのか?」

「そうなのかい、ロン。もしそうなら、その人にもお礼を言わないといけないわね。家に招待したらどうだい?」

 

 ロンとジニーの母はモリー。そのモリーの口調は、ともあれジニーが生還しロンも無事であるということで、ずいぶんと落ち着いたものとなっていた。だが、マクゴナガルはそうではない。次第にその心に焦りにも似たものが広がり始める。アルテシアは、なぜいないのだ。なぜ誰も、アルテシアのことを教えてくれないのか。マダム・ポンフリーはどこにいるのだろう。そういえば、パーバティもいないではないか。

 マクゴナガルがそんなことを考え始めたころ、校長室では突然の来客であるルシウス・マルフォイが、ダンブルドアと言い争っていた。

 

 

  ※

 

 

「そうはいうが、ルシウス。わしが戻ってきたのは、君以外の理事全員が、学校を頼むと連絡をくれたからじゃよ。キミがここに来たのも、その理事たちから知らせが届いたからじゃと思うがの」

「いいや、ダンブルドア。秘密の部屋を解決できなければ、結局は同じことになると、そうお伝えするためだよ。どうやって解決するのか、解決できないときはどう責任をとるのか。それをお聞きしたいものだ」

「ほう。それならばルシウス、心配はいらんというておこうかの。実はちょうどいま、解決したところでな」

 

 それは、明らかに予想外。ダンブルドアの苦悩する表情が見られるはずだったのだ。その顔を早く見たくて、わざわざ自分の家のハウスエルフであるドビーに、付き添いの『姿現し』をさせ、校長室へと直接来たのである。なのに、その顔をしているのが自分で、それをダンブルドアに見せることになろうとは。

 通常、ホグワーツの敷地内では『姿くらまし』『姿現し』はできない。そのような対策がなされているからだ。だがハウスエルフのそれは、その制限を受けない。そのことを知っているルシウスは、ドビーの腕をつかんで『姿現し』をさせることで、便乗する形で校長室へと移動したのである。

 そういえば、アルテシアが『転移』あるいは『飛ぶ』という表現をしている魔法も、この対策による影響は受けていないようだ。こちらは厳密には移動のための魔法というわけではないが、同じような結果を得ることができる。現象面だけを見るならば、ドビーたちハウスエルフの魔法と、なにか共通する点があるのかもしれない。

 

「解決した? 襲撃をやめさせたと? 犯人を捕まえたのか!」

「前回と同じ人物じゃよ、ルシウス。じゃが今回は、この日記帳をしかけた人物こそ、大いに非難されるべきじゃろう」

 

 ダンブルドアの示した、真ん中に穴の開いた小さな黒い本。それをいまいましそうに見つめるルシウス。

 

「まことに巧妙な計画じゃよ。ハリーが気づかなければ、ジニー・ウィーズリーがすべての責めを負う結果となったやもしれん。ジニーのしわざではないのだと、いったい誰が証明できようか」

 

 ルシウスの目をまっすぐ見つめ、静かな調子で続けるダンブルドア。そのときハリーは、ドビーを見ていた。ドビーは、まず日記を指差した。そして、ルシウスを指差し、自分の頭を殴る。なぜそんなことをするのかを考える。

 ドビーの行動が、前回、医務室でドビーと話をしたときと同じだとすれば、答えはすぐにでてきた。

 

「マルフォイさん。ジニーが日記を手にしたのは、あなたが本屋で彼女の荷物に紛れ込ませたからじゃないんですか。そして、今回の騒動を起こさせようとした。違いますか?」

 

 ハリーは、そう言った。即座に、ルシウス・マルフォイがハリーに食ってかかる。

 

「黙れ。バカな小娘がどこでどうして日記を手に入れたかなど、私が知るものか。ダンブルドア、失礼する。さあドビー、帰るぞ!」

 

 もちろん、そのままドビーの『姿くらまし』で校長室を去ることは出来たはずだが、さすがにダンブルドアの前では遠慮したのだろう。歩いて校長室を出ようとする。ハリーは、あわててダンブルドアをみた。

 

「校長先生、ハウスエルフを自由にするには、どうすればいいんですか?」

「そうじゃの。この場合はルシウス・マルフォイがドビーに、なにか身につけるもの、着るものをプレゼントすれば、ドビーは自由となれるじゃろう」

 

 瞬間、ハリーは考える。

 

「ダンブルドア先生、この日記帳をマルフォイさんにお返ししようと思うのですが」

「よいとも、ハリー。きっとうまくいくじゃろう」

 

 まさか、ダンブルドアも同じことを考えているのか。だが、ゆっくりしてはいられない。ハリーはソックスを脱ぐと、日記帳に挟んだ。そして、大急ぎで校長室を出る。

 

 

  ※

 

 

「え! じゃあドビーは、もうマルフォイ家のハウスエルフじゃなくなったのか」

「そう言っただろ、ロン。とにかくこれで、ドビーはマルフォイ家から解放されたんだ。ドビーのやつ、喜んでたよ」

「それでハリー、ドビーとはなにか話したの?」

 

 そこには、ハーマイオニーもいた。ハーマイオニーは、マンドレイク薬によって回復し、病室から解放されたばかりなのだが、さっそく3人は湖のそばへと出かけ、ベンチに座って今回のことについて話し込んでいた。

 

「もちろん、一番気になることは、ちゃんと聞いた。アルテシアのことだろ」

 

 ハーマイオニーだけではない、ロンもそのことは知りたかった。ドビーの言葉からアルテシアを疑うようなことになり、そこから生じた溝は、いまだに残ったままだ。これで、それが解消できればいいのにと、ロンはそう願っていた。

 

「ドビーは、こう言ったんだ。『クリミアーナを守らねばならないからでございます』ってね」

「どういうこと、分からないわ」

「ハーマイオニーとおんなじことを、ドビーに聞いたよ。あいつが言うには、クリミアーナのことを知られないため、らしい。ああ、わかってる。なぜ? 誰に? だろ。ぼくも、そう聞いたんだよ」

 

 そうしてハーマイオニーの質問を封じておき、ハリーは話を続ける。マルフォイ家から解放されたことにより、何か言うたびに自分を罰する必要のなくなったドビーだが、その説明はあいまいでわかりにくいままだった。

 要するにドビーは、闇の側の魔法使いをクリミアーナ家に近づけたくなかったらしい。『闇の側に奪われたなら大変なことになってしまうのです』という、その大変なことの具体的な意味などハリーにはわからなかった。だがドビーは、そうならないようにするためには、そうする必要があったのだと言う。悪い魔法を知られないために、悪い魔法を近づけないために、あえて距離を置かねばならない。そうすることが一番いいと言うのだ。

 

「なんだかよくわかんないけど、つまりそれって、アルテシアは闇の魔法とは関係ないってことだよ。そういうことだよな。そりゃそうだよな。いままで、あいつにどれだけ助けてもらったか。あいつのせいでひどいことになった、なんてことは一度もないんだ。知ってたか、ハーマイオニー。あいつがぼくの折れた杖を直さなかったのだって、きっとこのためなんだ」

「はいはい、わかってるわ、ロン。でもね、杖のことは無関係だと思う。アルテシアだって、ロックハート先生がそんなことする人だと知ってたはずないもの」

「だろうね。でもハーマイオニー、ぼくたち、アルテシアと仲直りするべきだと思う。そうするべきだよ。キミもそう思うよね?」

 

 ドビーのことがあったから、というわけではないが、アルテシアとは友だちでいたいとハリーは思っていた。友だちでいる限り、アルテシアは闇の側に行ってしまうことはないという思いもある。たとえヴォルデモート卿に誘われるようなことがあったとしても、アルテシアは、ここにいてくれるはずだ、と。

 ハリーの目には、ハーマイオニーが少し不思議そうな顔をしているように見えた。それは、わざわざ仲直りをするという必要を感じていないということか。もしかするとハーマイオニーは、そんなことをしなくてもアルテシアと普通に話せているのだろうか。

 ハリーは、そんなことも考えた。すくなくともハリーのほうは、ここしばらくアルテシアとまともに話をしていないのだ。

 

「ねぇ、アルテシアはどこにいるの? なにか話をした?」

「あ、ええと、わからないんだ。昨日からアルテシアの姿は見ていないんだよ」

 

 もし、その姿を見かけたなら。ハリーは、すぐにも仲直りをしようと思っていた。たとえハーマイオニーが反対しようとも、きっとそうするだろう。おそらく、反対はされないだろうけど。

 ドビーが、最後に言ってた言葉を思い出す。

 

『偉大なるハリー・ポッターが、クリミアーナを守ってくださるのだとしたら。ああ、こんなにすばらしいことはありません。どんなにか安心できることでしょう』

 

 その言葉は、ハーマイオニーとロンには、伝えていない。だってぼくは、偉大でもなんでもない。ごくふつうの男の子なんだ。ハリーは、そう思っていた。

 

 

  ※

 

 

 秘密の部屋が閉じられたことで、学校の日常は、いつもどおりに戻ることになる。だがもちろん、すべてが同じということにはならない。誰もが、この事件を経験したからであり、そのことが消えることはないからだ。だがそれを乗り越えたことは、大きな糧となるのに違いない。

 一番の被害者であったジニー・ウィーズリーはすっかり元気となり、犯人だと疑われたハグリッドも、戻ってきた。ロックハート先生は聖マンゴ病院に入ることになったので、闇の魔術に対する防衛術の担当教師は、変わることになる。

 ハリーとロンがダンブルドアから、それぞれ200点ずつ合計400点を得たことで、寮対抗優勝杯は2年連続でグリフィンドールが獲得。だがそれを喜ぶグリフィンドール生たちのテーブルに、アルテシアの姿はなかった。

 秘密の部屋でのことが解決したときから、アルテシアの姿を見た者はいない。そのことが問題にならないのは、すでに家に戻ったとマクゴナガルが報告したからである。なんでも、クリミアーナ家より迎えの人が来て、事情を説明し、連れ帰ったというのだ。

 その事情とは、なんなのか。そのことについては、マクゴナガルはただ一言、体調不良と言ったのみだった。

 

「クリミアーナ家から迎えの人? そんなことってあるの?」

 

 ハーマイオニーは、そんな疑問をハリーたちにぶつけた。たしかにクリミアーナ家には、パルマという人がいた。だから迎えに来るのは可能だ。それを否定はしないが、マクゴナガルの説明には疑問がある。ハーマイオニーは、そう主張したのだ。

 

「けど、あいつがいないのは確かだぜ。みろよ、パーバティを」

 

 ロンに言われるまでもなく、パーバティのようすが変なのは、ハーマイオニーも気づいていた。もちろん、ハリーもだ。

 

「だって、ロン。あなたは秘密の部屋に入っていくアルテシアをみたのよね。あのソフィアって子と一緒に、たしかに入っていったんでしょ」

「ぼく、何回もそのこと、説明したと思うけどな」

「あたしは、医務室にいたのよ。次の日にあたしがマンドレイク薬で元に戻ったとき、アルテシアは病室にいなかったわ。体調を崩したというのならいてもいいはずだし、いるのが普通だと思わない?」

「そうだけど、ベッドはいっぱいだったんだ。だからクリミアーナ家に戻ることにしたんじゃないかな」

 

 ハリーのように考えることはできる。パーバティとパドマの姉妹2人ともがふさぎ込んでいるのも、体調を心配してのことなのだろう。だがハーマイオニーには、どこか納得のいかない部分が残っていた。ハリーの言うとおりだとしても、次の日の朝くらいは、医務室にいてもよかったのではないか。迎えに来たところを、アルテシアが連れ帰られるところを、誰か見たとでもいうのだろうか。

 そんな疑問とは関係なく、ホグワーツ特急の出発時刻が迫ってくる。ホグワーツの生徒たちが、ぞくぞくと乗り込んでいく。パチル姉妹、ハリーにロン。そしてもちろん、ハーマイオニーも。

 ともあれ、秘密の部屋に悩まされた1年は終わったのだ。アルテシアにとってのホグワーツでの2年目は、こうして終わりを告げたのである。

 




 これで、原作第2巻が終わり、ということになります。読んでいただき、ありがとうございます。
 いったいアルテシアはどこに行ったのか、なんて言わなくても、内緒にする意味がないくらいわかりやすいですね。ともあれ、第3巻へと話は続くのかどうか。どーやって? それが問題ですね。

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