ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

33 / 122
第33話 「青い瞳」

 ホグワーツに、穏やかな日々が戻っていた。というのも、ジャスティンと「ほとんど首無しニック」の襲撃事件のあと、誰も襲われてはいなかったのだ。それに加えて、マンドレイクの発育が順調であることも報告された。石にされた人たちの復活も近いというわけだ。

 いったい、スリザリンの継承者はどうしたのか。「秘密の部屋」の怪物は、どうしているのだろう。もちろんそんなことがささやかれてはいたが、事件が起こらないので、少しずつ不安感も薄れていくこととなった。

 ロックハートなどは『今度こそ部屋は、永久に閉ざされましたよ。犯人は、私に捕まるのは時間の問題だと観念したのでしょう』などと公言していたが、そのことばを信じていない人は、教師側や生徒側を問わず、大勢いた。というより、信じている者のほうが圧倒的に少数であることは疑いようがない。

 ハリーも信じていない側の1人だったが、ロックハートのことなどどうでもよかった。それに、事件が起こらないことはいいことには違いなかった。そんな静かな日々が続くなか、そのことに気づいたのは偶然のなせる技だったのかもしれない。マートルのトイレで見つけた日記帳が、どうにも奇妙なのだ。

 きっかけは、ドラコ・マルフォイとのいさかいだ。廊下の真ん中で日記帳の奪い合いになってしまったし、鞄のなかではインク壷が割れ、鞄に入れていた本がみなインクに染まってしまうという悲劇にもあった。だが1冊だけ、あのリドルの日記帳だけが、まったくインクの被害を受けていなかったのだ。

 これは、明らかにおかしい。なにかある。調べる必要がある。そう思ったハリーは、その夜、誰よりも先にベッドに入り、何も書いていないページをめくってみた。どこにも、インクのしみ一つない。

 

(どういうことなんだろう)

 

 今度は、ベッド脇の物入れから、新しいインク壷を取り出し、羽ペンを使って日記の最初のページに、一滴だけインクを落としてみる。インクは紙の上で一瞬明るく光ったが、やがて、ページに吸い込まれるように消えていく。

 

(これは、ぜったいおかしい)

 

 この、へんな日記帳をどうするか。このときハリーが思ったのは、アルテシアだった。アルテシアにも、見てもらう必要がある。そして、意見を聞くべきだと。だがアルテシアとは、あのとき以来、一言も話していない。どうにも気まずくて、話しかけられないでいるのだ。ロンもハーマイオニーも、そうであるらしい。では、どうすればいいのか。

 ハリーは、もう一度羽ペンにインクをつけ、今度は日記帳に文字を書いてみた。

 

『どうすればいいんだ』

 

 その文字も、さきほどと同じく紙の上で輝いたかと思うと、またもや、あとかたもなり消えてしまった。だが今度は、それだけでは終わらなかった。

 

『事情を説明してくれれば相談にのりますよ』

 

 そんな言葉が、浮かび出てきたのだ。いったいこれを、どう解釈すればいいのか。ハリーは迷った。ここは男子寮だ。ハーマイオニーやアルテシアを連れてくるわけにはいかない。どうすればいいのか。

 思い切ってハリーは、もう一度、日記帳に書き込んだ。

 

『悩みは2つあります。秘密の部屋のことと、友人のアルテシアのことです』

 

 この文字も、光ったあとで消えていったが、日記帳からの返事は返ってきた。

 

『秘密の部屋のことなら、知っていますよ。ぼくの学生時代に、実際に開かれたのです。怪物が生徒を襲い、ついに1人が殺されました。部屋を開けた人物はぼくが捕まえ、その人物は追放されました』

 

 おどろくような内容だった。ハリーは、大慌てて羽ペンにインクをつけた。

 

『今、またそれが起きているのです。どうすれば、解決できますか。あなたのときは、どうやって犯人をみつけたのですか?』

『お望みだったら、お見せできますよ。ぼくの思い出のなかの、犯人を捕まえた夜にご招待できます』

 

 ハリーは迷った。いくらなんでも、これは怪しすぎる。だが、この機会を逃すと解決の手段が得られなくなるかもしれない。日記のページに、文字が浮かび出た。

 

『どうしますか?』

 

 ほんの一瞬、ハリーはためらったが、日記帳に『見せて』と書き込んだ。すると、日記のページが風にあおられたかのようにパラパラとめくれた。そしてとまったところは、6月13日と書かれたページ。それを見ていると、なんだかわからないうちに、体が前のめりとなっていき、ベッドを離れてページのなかへと入っていく。そんな感じがしただけかもしれないが、ハリーは見た。夢だ、とすることもできるだろう。だが、ハリーは体験したのだ。目を開けるとベッドに寝ていたが、ハリーはあわてて起き上がった。いま見たこと、いま体験したこと。それが本当だとするなら、ハリーは50年前の6月13日へと行ってきたことになる。

 校長はダンブルドアではなかった。その校長のところへ、リドルがやってくる。リドルは、16歳ほどの少年で、監督生の銀色のバッジを胸につけていた。リドルは、夏休みの間も学校に残りたいと校長にお願いしていたのだが、それを断られてしまう。秘密の部屋にまつわる襲撃事件の発生がその理由だった。T・M・リドルとは、トム・マールヴォロ・リドルだとわかった。

 

『トム、学期が終わったあとキミをここに残すことはできない。襲撃事件のことで、魔法省は学校の閉鎖すら考えておるのだから』

『では先生。もしその何者かが捕まったら……衝撃事件が起こらなくなったら……』

 

 そうすれば、夏休みも学校に残れるのか。そのときリドルは、必死に考えていた。そしてようやく決めたのだろう。地下牢教室に隠れ、襲撃者を待った。犯人がルビウス・ハグリッドであり、襲っていたのが当時のハグリッドが育てていた巨大なクモであることがわかったところで、ハリーは目が覚めた。いや、この場合、ベッドに戻ってきたというべきか。

 たしかに、リドルの日記は見せてくれた。50年前の犯人が捕まるところを見せてくれた。それがハグリッドだとは思わなかったが、そのハグリッドが動物好きであることを、ハリーはよく承知していた。だが、誰かを殺そうなどとは思わなかったはずだ。ハリーはそう考えた。

 翌日になってハリーは、ロンにそのことを話して聞かせた。それはハーマイオニーも知るところとなり、3人であれこれと相談が繰り返される。

 

「リドルは犯人をまちがえていたかもしれないわ。みんなを襲ったのは別な怪物だったかもしれない」

 

 そうハーマイオニーが言うと、ロンがうんざりした顔をみせる。

 

「それじゃ、ホグワーツには何匹も怪物がいることになるぜ」

「ハグリッドが杖を折られて学校を追い出されたってことは、聞いたことがある。そのあと、森番になったんだ。きっとハグリッドが追い出されてからは、誰も襲われなくなったに違いない。だからリドルは、学校から表彰されたんだ」

 

 あまりにも都合の良すぎる話じゃないか。ハリーはそう思った。このことでリドルは、夏休みの間も学校に残れるようになったはずなのだ。犯人も簡単に見つけているし、リドルにとってはあまりに都合が良すぎるように思われた。そのままを信じてしまうには抵抗がある。

 

「ハグリッドのところに行って、全部、聞いてみるのはどうかしら?」

 

 そのハーマイオニーの意見は、とりあえず保留ということにされた。3人とも、ハグリッドが犯人だとはとうてい思えなかったからようすをみることにしたのである。それからは、静かな日が続くことになった。

 

 

  ※

 

 

 校長室に来たのは何度目だろうか。それほど多くはないはずだが、はっきりと覚えてはいなかった。今回は、アルテシアのほうから会いたいと申し入れたもの。そしてダンブルドアは、その約束のときを土曜日の午後と指定してきたのだが、予定通りには始まらなかった。この話し合いの約束がされたあとで、またもや事件が起ったからだ。その対応もあって、遅くなってしまったのである。被害者は、レイブンクローの監督生であるペネロピー・クリアウォーターと、そしてハーマイオニー。2人とも、図書館の近くで石になっているところを発見された。

 ハリーによれば、何かに気づいたかのようにして『図書館に行かなくちゃ』と言って駆けていったらしいが、そのすぐあとで襲われたのだろう。そう、もうずいぶんのあいだ途絶えていた襲撃事件は、決して終わってはいなかったのだ。

 その前兆とでもいえばいいのか、前日には、ハリーの部屋が荒らされてリドルの日記が持ち去られるという事件も起こっている。だがこの件のことは、アルテシアのところにまでは伝わってこなかった。まだハリーたちとアルテシアとのあいだにあるわだかまりが解消されてはいなかったし、その現場を目撃した人たちのあいだで、話をひろめないようにしたこともある。なにしろ犯人は、グリフィンドール生である可能性が高いのだから。

 

「それでお嬢さんは、決着をつけるというのじゃな」

「はい。準備ができ次第に、そうするつもりでいます。無断ですすめることのないようにと言われてましたので、報告にきました」

「いやいや、約束を守ってくれたことはとても嬉しいのじゃが、どうやって。問題はそこですぞ。それに、知っておろうがまたも事件は起こった。危険だとは思わんのかね」

 

 ダンブルドアは、どんなつもりでそう言ったのか。表情を見る限りは、ふだんどおりのにこやかなものだ。そしてアルテシアのほうも、ほのかに笑みを浮かべた普段通りの表情。

 

「危険かどうかが問題なのではありません。安心して過ごせなくなること。それがイヤなんです。これ以上の放置は、できません」

「しかし、の」

 

 言いながら、マクゴナガルを見る。マクゴナガルも、アルテシアの付き添いのようなものとして校長室にいたのだ。アルテシアはパーバティも一緒にと思っていたのだが、それはマクゴナガルが認めなかったし、パーバティ自身も遠慮したのでここにはいない。

 

「秘密の部屋に入ってみれば、いろいろなことがわかるのではないかと思っています。校長先生、わたしたちを襲っている怪物ですが、怪物はこの50年、どうしていたんでしょうか」

「なんじゃと、それはどういう意味かね?」

「50年前にも、秘密の部屋が開かれたと聞いています。当時の怪物は、どうなったのでしょうか。同じ怪物であるのなら、この50年のあいだどうしていたのか。なにか封印のようなことがされていたのなら、もう一度そうすることができるかもしれません。それとも退治するしかないのでしょうか。先生は、どうお考えですか?」

「なるほどの」

 

 自身のひげをなでながら、感心したようにそうつぶやく。ダンブルドアとて、そんなことを考えなかったわけではないのだろうが、秘密の部屋の怪物は、この50年、このホグワーツに存在し続けていたことになる。そういえば退治されてはいないのだし、秘密の部屋も確認されていない。犯人が捕まり、事件は起こらなくなっただけなのだ。

 

「それらを解決するつもりであると、そういうことじゃな」

「はい。先生にもさまざまお考えはおありだと思いますが、決着をつけたいのです。このさき、50年、100年。どれだけ時がたとうとも安心できるようにしたいのです」

「キミの名前は、アルテシア・クリミアーナであったな。そうなれば、その名前はホグワーツの歴史に刻まれるじゃろう。50年前にも、秘密の部屋の件で『特別功労賞』をもらった生徒がおる。キミは、それを望むのかね?」

 

 どういうつもりでダンブルドアがそんなことを言ったのかはともかく、そのときアルテシアの表情から笑みが消えた。その理由を、あるいはスネイプであれば読み取れたのかもしれない。だがアルテシアは、すぐに微笑みを取り戻した。マクゴナガルは、そんなわずかな空気の変化に気づいたのか気づかなかったのか、とにかく何も言わず、そこに座ったままであった。

 

「わたしが望むのは、日々のおだやかな暮らしです。大切な人、守りたいと思う人、そんな人たちが幸せに暮らせる場所。そこで皆が笑っていられるのなら、おだやかに暮らしていけるのなら、それでいいと、わたしはそう思っています」

「ほう」

「そのためにできることは何か、自分には何ができるのか。何をしなければいけないのか。とにかくわたしにできることをやっていくつもりでいます」

「ふむ、まあよい。ところでハリーのほうは、なにか言っておるかね?」

「ハリー・ポッターは、重要なカギを手に入れています。それに、ハーマイオニーは気づいたはずなんです。そのことをたしかめようとして図書館へと向かったんだと思います。ならばハリーも、いずれは真相にたどり着くはず。そんなに先のことではないと思います」

「キミも、その真相とやらに気づいておると?」

「いいえ、わたしの場合は想像するだけです。かもしれない、と」

 

 しっかりと、ダンブルドアの目を見る。これまでダンブルドアと話すときには、目をそらしていたり、うつむいたりしていることの多かったアルテシアだが、このときばかりは、まっすぐに顔を向けていた。

 

「マクゴナガル先生、あなたの意見も聞いておこうかの」

「ダンブルドア、このままでは、学校が閉鎖される可能性があります。襲撃事件を解決しない限り、そうなってもおかしくはありません。それに、被害はこれで終わらないかもしれない」

「ふむ。たしかにそうじゃ。つまりミネルバ、あなたはお嬢さんにやらせてみようという考えなのじゃな」

「アルテシアには、約束させています。身に危険が及ぶようなことはしないと。そのうえで、秘密の部屋に入らせてみてもいいのではないかと考えています。この子ならできます。おそらく、この子にしかできないでしょう。もし万が一のことがあれば、わたしが責任をとります」

 

 すでにマクゴナガルとアルテシアの間では、話がまとまっていたということだろう。ふだんから約束している、クリミアーナの魔法使用に関する取り決めは、もちろんそのままで、ということになる。

 

「しかしミネルバ。責任といってものう。この場合は、わしがそうするべきだと思うがの」

「いいえ、校長先生。マクゴナガル先生にもお断りしておきますが、これはわたし自身の責任です。生意気などとは思ってほしくないんですが、わたしが、わたしの責任において、そうするだけです。もしあのとき、必ず相談したうえでと約束していなければ、今日こうして来ることもなかったでしょう」

「言い過ぎですよ、アルテシア」

「すみません、先生」

 

 それがアルテシアの本音であろうことに疑いはないが、ダンブルドアと相談しながらやっていくことを約束したのも、アルテシア自身。そのことを、少しも後悔などしていない。マクゴナガルと、魔法使用に関しての約束を交わしたことについても、それでよかったと思っているのだ。

 

「とはいえ、お嬢さん。どうやって秘密の部屋に入るつもりかね。その方法や場所すら、わからんのではないかね」

「それは」

 

 アルテシアがなにか言おうとしたとき、ふいに校長室のドアが、開けられた。ノックもなにもなし。無遠慮に入ってきたのは、2人の男。ひとりは、背は低いが横幅のある体型に白髪頭の男であり、もう1人は真っ黒の旅行用マントを着込んでいた。その一瞬、空気の流れが止まったようだ。その場にいた誰もが、そう感じた。

 

 

  ※

 

 

「こんばんわ、みなさん。おやおや、女子生徒へのお説教の真っ最中、だったようですな。これは失礼」

 

 その言葉どおりに悪びれた様子を見せてくれていれば、そのマントの男に対するアルテシアの印象も、また違ったものとなっていたかもしれない。そんなようすを察したのか、マクゴナガルは、軽くアルテシアの身体をつついて振り向かせ、小さく首を横に振ってみせた。何も言うな、何もするな、ということなのだろう。

 

「いったいどうしたのかね、ルシウス。それにコーネリウスも。2人は一緒に来たのかね」

「いや、偶然にも、そこでお会いしましてね」

 

 マントの男は、ルシウス・マルフォイ。ドラコの父親だ。そしてもう1人が、コーネリウス・ファッジ。魔法省の大臣である。それぞれが別に来たということは、その目的もまた、それぞれ別にあるのだろう。

 

「ともあれ、席を用意しましょうぞ。そうじゃの、お嬢さんはもう寮へと戻ったほうがいいじゃろう」

「わかりました」

 

 まだ話の途中ではあったのだが、来客では仕方がない。アルテシアは、素直にそう言って席を立った。いや、立とうとしたのだが、それをルシウスが止めた。

 

「待ちなさい、お嬢さん。たしかに夜遅い時間だが、この瞬間を、ぜひ見ていきなさい。もしかすると、校長先生と会える最後のときとなるかもしれんのでね」

「どういう意味ですか?」

 

 すかさずアルテシアが尋ねる。ほぼ同時に、マクゴナガルがアルテシアのローブを引っ張る。何も言うな、というメッセージの代わりだ。ルシウスは、そんなアルテシアを見て満足そうな笑みを浮かべた後で、視線を、ダンブルドアへと向ける。

 

「こちらの魔法大臣は、今夜、ルビウス・ハグリッドを連行なさいましたぞ」

「なんじゃと。ハグリッドを」

「さよう。今回のことで魔法省が動いた結果ということですな。そして私ども理事も、遺憾ながら、学校の現状に満足してはおりません。今日もまた2人、襲われたそうですな」

 

 言いながら、長い羊皮紙の巻紙を取り出す。そしてその羊皮紙の巻物をちらちらとさせつつ、ルシウスは楽しげに言葉を続ける。

 

「12人の理事を代表し、あなたにお伝えする。私ども理事は、あなたの『停職命令』に署名した。これは、理事全員の意思によるもので、わたしはそれを届けに来ただけ。この調子では、ホグワーツにマグル出身者はいなくなるでしょう。学校として望ましいことではない」

「ちょっと待ってくれ、ルシウス。それはいかん」

 

 止めたのは、コーネリウス・ファッジ。ダンブルドアの停職は、ファッジも全然知らぬことだったらしい。もちろん驚いたのは、ファッジだけではない。アルテシアとマクゴナガルもそうだし、ダンブルドアもそのはずだ。それに、ハグリッドのこともある。聞き流せるようなことではない。

 

「ダンブルドアを『停職』にするなど、とんでもない。ダメダメ……今という時期に、それは絶対困る……」

「ですが、魔法大臣。理事会の決定事項ですぞ。校長の任命、停職については理事会に権限がある。ダンブルドアは、今回の襲撃事件になすすべもなかったのだから」

「待ってくれ、ルシウス。ダンブルドアでさえ食い止められないなら、いったい誰に――。誰にも止められないのでは」

 

 ファッジは鼻の頭に汗をかいていた。

 

「それは、やってみねばわからないでしょうな。ともかく、後任者がうまくやってくれることを望むばかりだ」

「し、しかし。ルシウス、代わりの校長に考えはあるのかね」

「それは、まだだ。とにかく正式に決まるまで、副校長が代理ということになる。よろしいですかな、マクゴナガル先生」

「もちろん、断る理由はありません。ですが学校のことを考えるなら、いまダンブルドアが学校を去るのはいいことではありませんよ。せめて学期末まで待つべきだと考えますが」

「いや。まあ、それは。とにかくもう、決まったことですからな」

 

 返事に困ったのか、それとも面倒になったのか。ルシウスは、アルテシアへと目をむけた。

 

「ところで、お嬢さんのお名前は? 先生方に怒られていたようだが、勉強はちゃんとやらねばいかんよ」

 

 だがアルテシアは、すぐには答えない。視線をマクゴナガルへと向ける。許可を求めてのことだろうが、マクゴナガルは小さく首を横に振ってみせる。その仕草は、ルシウスには気づかれなかったようだ。

 

「どうかしたかね?」

「失礼しました。わたしは、アルテシアです。アルテシア・ミル・クリミアーナ」

「ほう、これはまた。なんとなんと、クリミアーナのお嬢さんだったのかね。これは驚いた。いや、驚く必要はないな。そういえば、ホグワーツに入学したという話は聞いていた」

 

 もう一度アルテシアが、マクゴナガルを見る。だがマクゴナガルは、相変わらず首を横に振ってみせるだけ。これ以上は話すなということだ。ダンブルドアが、前に進んでくる。

 

「ルシウス。そのお嬢さんのことを知っておるのかね」

「ああ、息子の友人だよ、もちろん。それ以外になにがあるというのかね」

「ふむ、まあよい。話を戻すが、理事全員の署名じゃと言うたな」

「そのとおりだよ、ダンブルドア。納得したなら、すみやかに学校を出て行けばどうかね」

「よかろう。理事たちがわしの退陣を求めるというのなら、わしはもちろん退かねばなるまい」

 

 ダンブルドアの明るいブルーの目が、じっとルシウス・マルフォイの冷たい灰色の目を見つめる。ややあって、ダンブルドアが口を開く。

 

「覚えておくがよいぞ。わしがほんとうにこの学校を離れるのは、わしに忠実な者が、ここに誰もいなくなったときだけじゃ。覚えておくのじゃぞ。ホグワーツでは、助けを求める者には必ずそれが与えられる」

 

 気のせいかもしれないが、そのときアルテシアは、自分に言われているような気がした。ダンブルドアが、自分をみたような気がしたからだ。ダンブルドアの目の色が青であることに、アルテシアは気がついていた。そういえば、アルテシアの瞳も青色なのだ。ダンブルドアとは少し違うが、透き通るように澄んだ青色であり、それでいて濃く深い青。なんとも表現のしづらい、不思議な色だ。その、とりあえず青と表現するしかない瞳が見つめるなかで、ダンブルドアはルシウスに促されるようにして校長室を出ていった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。