ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第32話 「スネイプの微笑み」

 これまでにも何度か入り込んだことのある、空き教室。そこでアルテシアたち2人組と、ハーマイオニーたち3人組とが、顔を合わせる。もちろん友だちどうしであり、普段から話もしているのだが、このときばかりはふたつに分かれ、反発しあっているといったふうにみえる。

 その原因は、ハーマイオニーだ。いつもとはほど遠い、厳しい顔つき。いまにも怒り出しそうな、そんなハーマイオニーに、アルテシアたちだけではなく、その後ろに立っているハリーやロンも、気後れしているようなのだ。

 

「どうしたの、ハーマイオニー。顔がこわいよ」

 

 わざとパーバティが、そんなことを言ってみる。だが、場の雰囲気がなごむことはなかった。ハーマイオニーの表情は変わらない。

 

「怖かったら、寮にもどっていればいいでしょ。話があるのはアルテシアだから」

「ちょっと。その言い方は気に入らないわ。言い直してくれる?」

 

 そんな、いらだちまぎれに言い返すパーバティも、めったに見られるものではない。少なくともアルテシアには、見覚えはなかった。このままでは、ほんとうにケンカとなってしまう。あわてて、パーバティを押しとどめる。

 

「待って。ちょっと落ち着こう。ええっと、わたしに話があるんだよね。なに?」

 

 とにかく話を先に進めようとしたアルテシアだが、それをパーバティが止めた。

 

「ごめん、アル。もう落ち着いたから。でも、ちょっと待ってくれる? ハーマイオニーもいいよね?」

 

 言いながら、出入り口のほうへと歩いて行く。

 

「パーバティ、寮に行くの?」

「ああ、違うよアル。戻るとしたら、あんたと一緒だから」

 

 ガラッと音を立て、ドアを開く。そして、その外側に視線を向ける。ややあって満足したのか、ドアを閉めて戻ってくる。

 

「前にね、盗み聞きされてたことがあってさ。一応、用心のためにね。大丈夫みたい。お待たせ、ハーマイオニー。話を進めて」

「盗み聞きって、誰がそんなことを?」

「わかんない。あのときは、逃げ出す後ろ姿を見ただけ。それもちらっとしか見えなかった」

「でも、そんなことをしていた誰かがいたってことよね」

 

 いったい、誰が。皆がそう思う中、アルテシアは1人の少女のことを思い浮かべた。ソフィアのことだ。そんなことをしたのは、ソフィアではないのか。だがその考えには、違和感が残る。パーバティは、その後ろ姿を見たと言ったのだ。そんな失敗をするものだろうか。気づかれずに済むような、そんな対策をほどこすのではないだろうか。

 

「じゃあ、話を進めるわ。アルテシアに質問があるの。全部きちんと答えてちょうだい」

「それは無茶よ。答えられないことだってあると思うわ、きっと」

「パーバティは、黙ってて。ああ、もう。なんであなたが怒ってるのよ。怒ってるよね? でも、怒りたいのはこっちのほうなのよ」

 

 それは、パーバティにとっては意外な言葉であったのだろう。不機嫌そうな顔から急転したパーバティの、その問いかけたそうな表情に対し、ハーマイオニーは質問を待たずに答える。

 

「学校に戻ってくるなり、この2人がなんて言ったと思う?」

「そんなの、わかるわけないでしょ」

「あたしはね、ハリーたちの言ったことで、こんな考えにとりつかれてしまった自分に腹を立てているのよ」

「だから、それはどういうことなの?」

 

 話をしているのは、もっぱらハーマイオニーとパーバティ。アルテシアとハリーたちは、その成り行きを聞いている。

 

「そんなこと、ハリーに言われるまで気づきもしなかった。ハリーと同じことを知ってたのに、そんなこと考えもしなかった。そんな自分に腹が立つって言ってるのよ」

「ハーマイオニーともあろう人が、なによ。それじゃ、何を言いたいのか全然わからない。もう少し、わかるように話してくれない?」

「ぼくが言うよ。いいだろ、ハーマイオニー」

「いいえ、だめよ。これはあたしとアルテシアとの問題なの。とっても大切なことだから」

 

 2人だけではなく、みんなの問題だと思うのだが、これでハリーは、何も言えなくなってしまう。ロンもどこか不安げにしているのだが、口を挟むようなことはしなかった。

 

「だからアルテシアには、ぜひとも答えてほしい。全部、正直に、隠さずに」

「わかった、ハーマイオニー。それで、何に答えればいいの? あなたは何を考えたの?」

「もちろん、聞かせてもらうわ。あなたの家、つまりクリミアーナ家のことよ。たしか、古くから続く魔女の家系だって言ってたよね」

 

 もはや、パーバティも邪魔はできない。だがパーバティは、アルテシアの少し前の立ち位置を変えようとはしなかった。話によっては、すぐにも止めるつもりなのだろう。

 

「誤解しないでほしいんだけど、あなたがそうだとは言ってない。でも、歴代のクリミアーナ家の魔女は闇の魔法に関わっていたんじゃないかってこと。そういう事実はあるの?」

「ごめん、ハーマイオニー。そういう質問には答えられない。ご先祖がどんな魔法を使ったのかなんて、さすがにそれは」

「わからないというのね」

「ええ。記録が残っているご先祖もいるけど、全ての人のものは残されていないのよ」

 

 アルテシアの言う記録とは、つまり魔法書のことである。クリミアーナの魔法書は、クリミアーナ家の魔女が、自身の得た知識、その魔法力のすべてを詰め込んで作るもの。すなわち、その魔女の記録と言えるものなのだ。

 

「それ、ヘンだと思わない? クリミアーナ家は歴史のある家だし、全部読んだわけじゃないけど、あの図書館みたいな部屋にはあんなにたくさんの本があったのに、クリミアーナのことが書かれた本は1冊もなかった。あってもいいはずよ」

「そうだけど、ないものはしょうがないでしょ。アルテシアのせいじゃないわ」

「そんなこと、わかってるわ。でもね、パーバティ。クリミアーナのことを書いた本はあるのよ。あたし、1度だけ見たことあるんだから」

「だから、それがなんなのよ。いったい何がいいたいわけ?」

 

 結局、パーバティとハーマイオニーの言い合いとなってしまうのは、どういうわけなのか。だが今度は、さっきのようにはならなかった。すぐにハーマイオニーが話を続けたからだ。

 

「じゃあ、ズバリと言うわ。魔法書のことよ。アルテシアは、魔法が使えなかったわよね」

「でも、使えるようになったでしょ」

「そうよね。でもそれは、魔法書を学んだから。そうよね、アルテシア」

「そうだけど、それが問題なの? 魔法書のなにが問題なの?」

 

 いったい、ハーマイオニーに何を言われるのか。さすがにアルテシアも、不安な気持ちが隠せない。

 

「たしか、3歳のときからずっと魔法書を学んでいるのよね。そう言ってたよね」

「ええ、それで間違いないわ」

「あたしが心配しているのは、クリミアーナ家では、魔法書で魔法を学ぶということよ。アルテシアはホグワーツに入学したけど、クリミアーナ家の人たちは、これまで誰もホグワーツで学んだりしていない。ということはつまり、その人たちは魔法書でしか、魔法を学んだことがない。そうよね、アルテシア」

「そういうことになると思うけど」

 

 ハーマイオニーが何を言いたいのか、まだアルテシアには分からなかった。もちろん、クリミアーナに生まれた娘が魔法書で学ぶのは事実だ。もしあのときマクゴナガルがクリミアーナ家を訪ねて来なければ、アルテシアはホグワーツには入学しなかっただろう。そしていまも、魔法の勉強の場は、クリミアーナ家の書斎に限られていはずなのだ。

 

「もし、もしもよ。あなたの魔法書に闇の側の教えが書かれていたとしたら。そしたらあなたは、知らずに闇の魔法を学んでいることになる。それが魔法書に書かれていれば、そうなるわけでしょ。あたしが気づいたのは、そこなのよ。ハリーも、そのことが気になったんだと思うわ」

「え! ぼくが、なんだって……」

 

 ここで自分の名前が出てくるとは思っていなかったのだろう。そんな声と、表情。ロンも、同じ顔をしてハーマイオニーを見ている。

 

「そういう前提で考えてみると、いくつかのことが、うまく説明できるのよ。たとえば、ドラコ・マルフォイ」

「ドラコ?」

「そうよ。ドラコは、あなたにはふつうに話をするわよね。あたしたちみたいに憎まれ口を言うことなんてないでしょ。なぜだろうって思ってた」

 

 ここで何かを言うべきかもしれないが、アルテシアは何も言わずにハーマイオニーを見ていた。その顔からは、笑みは消えている。その手がパーバティの方へと動き、ローブをつかんだ。

 

「ドラコのマルフォイ家は、例のあの人の部下だったそうよ。つまり、闇の陣営に荷担していた。ドラコにも、その影響はあるでしょうね。どこかでクリミアーナの名前を聞いてたんだとしたら、説明ができると思わない?」

 

 ここでハーマイオニーは、ハリーへと目をむけた。ハリーがハーマイオニーに指摘した点は、もう1つあるのだ。

 

「ドビーっていうハウスエルフがいるの。ホグワーツで秘密の部屋が開かれるって予言をしたんだけど、そのドビーが言ったのよ。クリミアーナに近づいてはいけない。離れていなければいけないって」

「そんな話、初めて聞いたわ」

 

 返事をしたのは、パーバティ。初めてと言ったのは、もちろんドビーに関する話のことだろう。アルテシアは、表情を固くしたままで、パーバティのローブを握りしめている。

 

「ずっと、その意味は分からなかったの。でもそれだって、説明がつくわ」

「どういうふうに? あたしにはわからないわ」

「過去には、クリミアーナの魔女が闇の魔法に関わっていたからよ。そう考えれば、ドビーたちが近づかないようにしていたことも納得できるでしょ。それに気になることはまだあるわ」

「なによ」

「アルテシアには、先祖から受け継がれてきた目標みたいなものがあるって聞いたわ。クリミアーナの娘である限り、やらなきゃならないこと。それってなに? そのための魔法ってどういうこと?」

「それはアルテシアの個人的なことでしょう。あなたに、なんの関係があるのよ」

 

 返事を返しているのはパーバティ。アルテシアは、ずっと黙ったままだ。そんなアルテシアを不安げに見ているのは、ロン。ハリーは、もうこの話をやめてくれればいいのに、とでも言いたげにハーマイオニーをみていた。

 

 

  ※

 

 

「ねえ、パーバティ。闇の魔法って言うけど、それって『人を傷つけたり、命を奪ったりする魔法』という理解でいいのよね? 防衛術の授業では、そんなの出てこないけど」

「いいと思うよ。ハーマイオニーにはいろいろ言われたけど、気にしても仕方がないよ。あんなふうに考えることもできるっていう、1つの例でしょ。もちろん、違うようにも解釈できるんだから」

 

 闇の魔法と言われるものはさまざまあるが、なかでも「服従の呪文・インペリオ(Imperio)」「磔の呪文・クルーシオ(Crucio)」「死の呪い・アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra)」の3つは、特に「許されざる呪文」とされており、人間に対して使用することが禁じられている。使用した場合、当然にして罰せられることになる。

 

「でも『クリミアーナには近づくな』か。まいったね。あたしのほうはなんとかなりそうだけど、ほかでも言われてるなんて思わなかった」

 

 空き教室に、ハーマイオニーたちの姿はない。パーバティとアルテシアの2人だけだ。しばらく前からただぼんやりと、近くの席に座ったままの2人だったが、しーんとした教室にようやく声がした。

 

「わたし、ハリーが手に入れた黒い小さなノートの話をされるんだと思ってた。あれで何かわかったから、そのことを教えてくれたり、協力を頼まれたり。そんなことだとばかり思ってた」

「ああ、あのソフィアとかいう1年生が見たっていうノートだよね。あれ、絶対に秘密の部屋に関係してるよね」

 

 ソフィアとのことは、もちろんパーバティには報告済み。もちろんソフィアにも、そうすることの了承は得ていた。

 

「ねぇ、パーバティ。あなただから言うけど、クリミアーナにも『人を傷つけたり、命を奪ったりする魔法』はあるわ」

「ええっ、それ、ほんとに?」

「クリミアーナには『失われた歴史』がある。その昔、クリミアーナ家を作ったご先祖が、どこで生まれ、育ったのか。クリミアーナ家の成り立ちに関する歴史を知っている人は誰もいないわ。分かっているのは、クリミアーナ家として定着してからの歴史だけ」

 

 その『失われた歴史』が知りたいと、アルテシアは思っていた。ずいぶん前から調べてはいるのだか、分かってはいない。もしかするとスネイプが知っているかもしれないと思ったことはあったが、結局は、スネイプもそれを知らなかった。

 

「おそらく『失われた歴史』のころの魔法だと思うけど、そんなことができる魔法があるわ。もしかすると、これが闇の魔法のもとになったのかもしれない。そう考えることは、不自然じゃない気がするんだよね」

「え? でも、おかしいよ。闇の魔法といえば、例のあの人でしょう。その人と魔法書は関係ないじゃん。クィレル先生のときだって、魔法書は守ったでしょう」

「ええ、そうね。でもね、パーバティ。例のあの人には、学校を卒業したあとに10年くらいの経歴不明のときかあるの。そのあいだに部下を集めたり、闇の魔法の研究をしていたって言われてるわ。そしてそのころ、あの人に魔法書を提供した人がいる。そんなうわさがあるの。あなたの叔母さまから聞いたことだけどね」

 

 パーバティは、何も言わなかった。それが驚きのためであるのか、ほかに理由があってのことかはわからない。アルテシアがことばを続けた。

 

「あの人は、魔法書によって魔法力を得て、闇の魔法を作り出した。もし、そうだとしたら」

「つまり、ハーマイオニーの指摘は当たってたってことになるんだね。でもそれ、ほんとかどうかわかんないわ」

「ええ、それはそうなんだけど…… ねぇ、パーバティ。わたし、どうしたらいいかな。どうするべきだと思う?」

「ああ、うん。そうだね。とりあえず、あたしと一緒にいること、かな。1人になっちゃダメだよ。1人でいると、気持ちが後ろ向きになっちゃうから。とにかくなにか、話をしよう。そのほうがいい」

「そうだね。でも、なにがどうだったとしても、わたしのやることは決まってる。決めたことは、ちゃんとやるよ」

「あたしも、一緒だからね」

 

 よく見れば、2人は手をしっかりと握りあっていた。その手を離すつもりはないらしい。そして2人は、ゆっくりと席を立つ。いったい今は何時ごろか。しばらくの間ぼんやりしていたことを考えると、ずいぶん遅い時間となっているはずだ。

 

「そうだ。スネイプ先生が、闇の魔術に詳しいって聞いたことあるよ。話をきいてみるのもいいんじゃない?」

「そうするわ。闇の魔法って、本当はどういうものなのか、ちゃんと知っておきたい。わたしたちの魔法と同じなのか、それとも違うものなのか。ちゃんと知っておきたい」

「アルテシア。いちおう言っておくけど、これって、あんたが気にするようなことじゃないんだからね」

「ああ、うん。わかってはいるんだけど、気持ちの問題っていうか、知っておかないといけない気がするんだよね。もう、前に進めないかもしれない」

 

 その言葉の意味するところ、その本当のところを、パーバティだけではなく言った本人すら、わかっていなかったのかもしれない。

 そのころハーマイオニーたちは談話室にいた。談話室に人がいなくなるのを待っていたのだが、ようやく少なくなってきたところで隅に集まり、話を始めた。戻ってこないアルテシアたちのことは、もちろん気になっていた。

 

「戻ってこないな、あいつら」

「さすがに言い過ぎたんだよ。アルテシアのやつ、顔が真っ青になってた」

「わかってるわ。でも、止まらなかったのよ。パーバティに調子を狂わされたんだと思う。途中で気がついたんだけど、でもあそこまでいってたら同じことでしょ」

 

 あたかも、アルテシアが闇の魔法使いであるかのように決めつけ、一方的に非難してしまったのかもしれない。ハーマイオニーとしては、クリミアーナ家の先祖たちにそんな可能性があるのかどうかさえわかれば、それでよかった。だが魔法書というものの存在が過去と現在を結びつけることとなり、結果として、アルテシアもそうなのだと避難するような形となってしまったのだ。

 

「これから、どうするんだい? アルテシアと会ったら、何を言えばいいかなぁ」

「それは…… とにかく、疑問は疑問としてあるんだから、はっきりさせるべきじゃないかしら。これだけはゆずれない」

 

 ロンの疑問は、3人ともが共通に持っていた疑問であったかゆえに、そのままの形で残ることとなった。ややあって、ハリーが口を開く。

 

「なぁ、ハーマイオニー。それって、図書館では調べられないんじゃないかな。アルテシアにだって、もう聞けないだろうし。そういえば、クリミアーナのことを書いた本があるって言ってたよね?」

「ええ。移動図書館で見たことがあるわ。でも、ホグワーツに入る少し前のことで、まだアルテシアのことを知らなかったから、ざっとしか読んでないのよ」

 

 もう一度、あの本が手に入れられたら。きっとハーマイオニーは、そんなことを考えているのだろう。そんなハーマイオニーに、ハリーはぽつりと言った。

 

「『T・M・リドル』の日記帳のこと話しておきたかったんだけど、あとにしたほうがいいよね」

「なんですって?」

「拾ったんだ。ロンが言うには、このリドルって人は、50年前に『特別功労賞』をもらってる。その盾を、処罰のときに磨かされたことがあるらしいんだ。どうやら日記帳らしいってことだけはわかったんだけど」

「待って。50年前ですって。50年前といえば『秘密の部屋』が開いたのも、50年前よね」

 

 ハーマイオニーが興味を示したようなので、ハリーは、あわててT・M・リドルの日記をとりだした。そして、あれこれと日記を調べていくハーマイオニーに、それを見つけたときの様子を話して聞かせる。その話に3人が夢中になっているころ、アルテシアとパーバティが談話室に戻ってきたのだが、互いに気づくことはなく、アルテシアたちは、部屋へと戻っていった。

 

 

  ※

 

 

「ふむ。おまえの言いたいことはわかった。だがなぜ、吾輩なのだ。マクゴナガル先生でもよかろうと思うが」

 

 それはそうだろう。もしくは、ダンブルドアでもいいわけだ。だがアルテシアは、真っ先にスネイプのところに来たわけではなかった。

 

「マクゴナガル先生には、話してあります。たぶんダンブルドア先生にも、この話は伝わるでしょう」

「そうか。おまえも、いろいろと大変なようだな。紅茶を用意した。飲むがいい」

 

 アルテシアのまえにあるテーブルに、ティーカップが現われる。そしてスネイプも、そばにあるいすに座った。

 

「吾輩の意見を言えばいいのだな」

「お願いします」

「だがそのまえに、一言いわせてもらおう。おまえ、それを本気で聞いているのか。吾輩は、魔法書なるものを一度も見たことがない。なので、そこに闇の魔法に関する記述がされているかどうかなど、知りようがない。一番よく知っているのはおまえだろう」

「そうなのですが、わたしには、闇の魔法というものがわかっていません。どういうものなのかがわからなければ、魔法書に闇の魔法があるのかどうか、気づくこともできないと思うのです」

 

 ここは、スネイプの研究室だ。この紅茶をスネイプ自身が入れたのかどうかは不明だが、アルテシアの口には合うものだった。マクゴナガルの部屋で飲むものと比べても、見劣りのするものではない。

 

「なるほど、そうかもしれん。だが、ミス・クリミアーナ。前にも言ったと思うが、仮にそうだったとしても、それがなんだというのだ。肝心なのは、今のおまえだ。過去にとらわれる必要などない。ましてやおまえの場合、仮定の話だろう。事実かどうかはわからんのだぞ」

「それは、わかっています。知りたいのは、闇の魔法とは具体的にどのようなものなのか、ということです」

「それこそ、ダンブルドアに聞くべきだろう。あのお方は、闇の魔法使いとも戦ってきた人だ。吾輩よりも詳しいとは思わんのか」

「そうだとしても、どうにも校長先生とは話がしにくいのです。スネイプ先生に教えていただけるものならそのほうがいいんです」

 

 そこでスネイプは、なんとも表現しづらい表情をみせた。どうやら微笑んでいるらしいが、そんなこととは思いもしないアルテシアが、それに気づくことはなかった。その、笑っているようには見えないスネイプの顔が、いつもの無表情へと戻る。

 

「おまえ、自分の言っていることがわかっているのか。それが校長を避けているということであれば、まさに闇の魔法使いであると自分で言っているようなものだぞ。まあ、多少こじつけに過ぎる解釈ではあるが」

「そうなのでしょうか。やはり、闇の魔法はクリミアーナの魔法書から出たものなのでしょうか」

「まあ、待て。そう結論を急ぐな。そもそもの話となるが、たしかおまえは、こうも言っていたな。クリミアーナの魔法は、魔法界のものとは違うと。似てはいるが、違うものだと」

 

 それをスネイプに言ったことはないような気がするが、マクゴナガルを通して伝わっているのかもしれない。マクゴナガルには、確かにそう言ったことがある。

 

「この一点だけをみても、おまえは無用な心配をしていることになる。吾輩はそう思うのだが」

「先生のおっしゃることはわかります。そのことは、わたしも考えました。でもそれだけでは、友だちを納得させられない気がするんです」

「友だちよりもおまえが納得することが肝心だと思うがな。それから、もう1つ。その友だちというのがグレンジャーやポッターのことであれば、ほおっておけばいい。それよりもおまえは、あのパチルとかいう娘を大事にせよ。ああ、理由の説明はしない。面倒だ」

 

 途中で問いたげなそぶりをみせたアルテシアを制止しながらそう言い、またもやスネイプは、笑ってみせた。といっても、先ほどよりはいくぶんそう見えるというだけのものでしかないが、もしかしたらそうかな、とアルテシアに思わせることはできたようだ。2度目ということで慣れてきたのかもしれない。

 スネイプは、ゆっくりとテーブルのティーカップを手に取った。

 

「ときにおまえは、ソフィア・ルミアーナという娘を知っておろうな。あの娘は、ときおり妙な魔法を使う。杖を使わぬ魔法だ。ばれていないつもりのようだが、吾輩にはわかる。あの魔法こそ、おまえと似ていると」

「あの、先生。それは」

「おまえのことも、ちゃんとみているぞ。おまえの杖は本物だが、あの娘の持つ杖は、ただの木ぎれにすぎん。魔法使いの杖ではない」

「ソフィアと会ったのは最近なのですが、わたしのクリミアーナ家とソフィアのルミアーナ家とは、その昔、つながりがあったようです」

「ほう。それは興味深い情報だ。今度、あの娘にいろいろと聞いてみよう。それを手がかりとして、なにかしゃべらせることができるかもしれん」

「どういうことですか。まさかソフィアは、スリザリンなのですか」

 

 ソフィアの所属寮を、アルテシアはまだ知らなかった。なぜかソフィアはそれを明かさなかったのだが、思わぬところで判明するのかもしれない。

 

「いや、スリザリンではない。あの娘はレイブンクローだ」

「レイブンクロー? そんなはずは。そうならパドマが知ってるはずなんですけど」

「おまえは、本当に知らぬようだな。なるほど。たしかにあの娘はさまざま秘密を抱えている。なにも聞いても、しゃべりはしない。だが寮まで秘密にするなど、吾輩には理解できぬことだ」

「秘密にしている、ということではないと思います。わたしが聞きそびれているだけで」

「そうか。そういうことでもよいが、あの娘はスリザリンだ。レイブンクローといったのは冗談だ」

 

 今後こそスネイプは、笑った。微笑み程度のものだが、アルテシアだけでなく、10人のうちの半分くらいはそう思うほどには笑えていた。

 




 「スネイプはんが、わらわはるなんて、めずらしーこともあるもんやわ。けど『ア』はん、最初っから気づいてあげんとスネイプがかわいそうやで。せっかくの努力も水の泡になるやんか。」
 「そない言うけど、『パ』だって、絶対に気づいてへんと思うわ。誰が、微笑むなんて思う? けっこう深刻な話してたんやで。そんなときにスネイプがそんなんするなんて、だーれもおもわんわ。」
 「そらそやけど、ハーマイオニーには、きっつい指摘されたやんか。あんなんで、これから先の友だち関係大丈夫なん? ちょっと心配になってもーてんけど。」
 「そやねぇ。けど『パ』はそばにいてくれんねやろ。それなら、なんとかなるんちゃう。そのうち、仲直りもできる思うし。」
 「けど、実際のところはどうなん? クリミアーナは、あっち系ってことでええのん? それらしいことも言ってたような気がするけど。そうそう、あの人に魔法書を提供したのって、ルミアーナ家やってんね。」
 「まだ確かめてへんねけど、それ、はっきりさせんとアカンわ。ソフィアは、このこと知っとんのやろか。聞いてみたいねんけど、いっつもあっちのペースになってまうからなぁ。聞きそびれんねん。」
 「おやおや。まぁ、がんばりやー。」

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