ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第29話 「ダンブルドアの提案」

 マクゴナガルによって連れてこられたのは、ダンブルドアの校長室。ここを訪れたのは、アルテシアは2度目だが、ハリーとアーニーは初めてだ。そこは、広くて美しい円形の部屋。テーブルの上には銀の道具が立ち並び、壁には歴代の校長先生の写真がかかっていた。大きな机もあり、その後ろにある棚には、見覚えのある三角帽子が載っていた。

 

「あれ、組み分け帽子だよね。いまかぶってみてもいいと思う?」

 

 そう言ったのは、アルテシア。この問いかけはハリーに対してのものだったのだが、答えはアーニーから返ってきた。

 

「それで、組み分けをやり直そうっていうのかい。なるほど、今度こそキミは、スリザリンなれるだろうね。でも、そんなことする必要はないんだ」

「どういうこと?」

「それはキミが、今回のことで退校処分になるからさ。ジャスティンを襲ったハリー・ポッターと一緒にね」

「違う。違うんだ。ぼくじゃないんだ」

 

 もちろん、ハリーは否定する。だがいま言い合ってみても、さほどの意味はない。ハリーが何をどう弁解しようとも、アーニーは納得しないだろうし、当然ハリーは、自分が犯人だなどと認めるはずがない。2人の主張が変わることはないのだ。だがどちらも、ダンブルドアがきて裁定が下されるであろうことはわかっているので、言い争いが長く続くようなことにはならなかった。

 それをみとどけ、アルテシアが組み分け帽子のほうへと歩いて行く。

 

「アルテシア、ほんとに帽子をかぶるつもりなのかい? ならそのあとで、ぼくにもかぶらせて」

「ねえ、ハリー。組分け帽子って、たぶんホグワーツ創立のころからあるんだと思うの。ということはこの帽子は、ホグワーツに入学した人全員と出会っているということでしょう。その全員は無理だとしても、目立った人のことは覚えてるんじゃないかしら。そう思わない?」

「それが、なんだ。それがどうした」

 

 アーニーの声だ。アルテシアが、アーニーのほうをみる。ハリーもだ。

 

「帽子は、誰のことだか知ってるんじゃないかしら。スリザリンの継承者だってはっきりとわからなかったとしても、スリザリンにすごく近い人とか、そんなことを感じた人はいたんじゃないかしら。あの帽子は、かぶった人の性格や資質、考え方なんかを読み取れるんだと思う。そうでなきゃ、組み分けなんてできないでしょ。誰がそうなのか、もしかすると気づいているのかも」

「そ、そうだね。たしかに、そうだ」

 

 だからもう一度かぶってみたいんだ、とハリーは自分だけに聞こえるような声でつぶやいた。組み分けのときハリーは、スリザリンはイヤだと、帽子に訴えている。もしそうしなかったなら、自分はスリザリン寮となっていたのかどうか。スリザリンとなるべきだったのか。ハリーは、それを組み分け帽子に確かめたいのだろう。

 

「もしかすると、スリザリンの継承者が誰なのかわかるかもしれないよ」

 

 だが、視線を向けられたアーニーからは、返事がない。ためらっているのか、視線をあちこちへとふらふらさせている。なるほど、この部屋には興味を引きそうなものがいくらでも置いてある。もちろん組み分け帽子もそのなかの1つだ。アーニーが何も言わないので、アルテシアは組み分け帽子へと手を伸ばした。

 

「やめなさい、アルテシア」

 

 声で制止したのは、マクゴナガル。ダンブルドアの姿もある。どうやら、さきほどアーニーが視線をふらふらさせていたのは、ダンブルドアがそこにいることに気づいたからであるらしい。ということは、少し前から、アルテシアたちの話を聞いていたということか。

 

「なに、どうしてもかぶりたいというのであればかまわんよ。じゃがいまは、今日の出来事についての話をしたいのじゃ。よろしいかな?」

 

 そのためにここへと連れてこられたのだから、否やのあろうはずがない。3人は、指示されるままにテーブルの前に座った。

 

「さて、おおまかにはマクゴナガル先生に聞いておるのじゃが、これ以上の事件は、なんとしても防ぎたいのでな。もう少し、話を聞かせてもらうよ」

 

 ダンブルドアも、アルテシアたちの向かい側に座った。マクゴナガルは、その少し後ろに立っている。

 

「アーニー・マクミランくんじゃな。キミは、ハリー・ポッターが生徒を襲うのを見たのじゃな」

「あ、ええと。実際に見たわけではありません」

「なんと、現行犯だと言ってたそうじゃが、そうではないのかね」

「その瞬間は見ていません。でもすぐあとで、見たんです。ハリー・ポッターは、現場にいました。それにアルテシア・クリミアーナは、自分がスリザリンの継承者だと言っていたのです。ぼく、ちゃんと聞きました」

「ふむ」

 

 そういうことであれば、判断はくだせない。それだけでは、犯人だとすることには無理がある。ダンブルドアは、そう説明した。それが彼の出した結論であった。

 

「そのように考えるべきなのじゃよ。疑わしいのは確かじゃが、ハリーの場合は、不幸にも偶然にその場に居合わせることとなったのかもしれん。あの場所にキミが先に着き、直後にハリーが来たのであれば、立場は逆じゃよ。わかるかね?」

「でも先生。ハリー・ポッターは、その少し前からジャスティンを探していたんです。それって、襲おうとしていたってことですよね」

「それとて、ハリーが犯人じゃと証明するには、ちと難しい。そうは思わんかね?」

 

 どうやらダンブルドアは、ハリー・ポッター犯人説には乗り気ではないらしい。事情を聞いているというよりは、アーニーを説得しようとしているようだ。そんなダンブルドアが相手では、アーニーも、自分の主張を押し通すことは難しい。

 

「わかりました、校長先生。とにかく、十分に注意したいと思います。ぼくは純血ですが、いつ襲われないとも限りませんから」

 

 ついにそう言ったのだが、そのときハリーとアルテシアを、じろりとにらみつけることは忘れなかった。すべて納得したわけではないのだろうが、これでアーニーは校長室から教室へと戻ることを許された。アーニーは、マクゴナガルに付き添われて校長室を出る。これで、残ったのはハリーとアルテシア。ダンブルドアは、まずハリーに言葉をかけた。

 

「ハリー、いちおう聞くが、キミが犯人ではないのじゃな」

「ぼくは襲ったりしていません。ぼくがあの廊下に来たときには、もうあの状態だったんです」

「ではお嬢さん、あなたはどうかね? スリザリンの継承者は自分だと言ったそうじゃが、なぜ、そんなことを?」

「あれは、たんなる冗談なんです、校長先生。パーバティと冗談でそんなことを言いあっていたのを、ハッフルパフの人たちに聞かれてしまったんです」

「なるほどの。まあ、キミがスリザリンと関係があろうとは思わんが、不用意であったことはたしかじゃな」

 

 もしこのあとでアルテシアが何も言わなければ、『2人ともこれからは十分に気をつけるように』と、そう言われるだけで済んでいたのかもしれない。ダンブルドアはそうするつもりだったようだが、話は、ここで終わりとはならなかった。

 

 

  ※

 

 

 校長室の扉の、室内側のほうに金色の止まり木があった。ハリーもアルテシアも、そこに鳥がいたことなど気づいていなかったが、その鳥が、ダンブルドアが難しそうな顔をして腕を組んだときにゲッゲッと妙な鳴き声をあげたのだ。なんの声かとアルテシアたちが振りむいたとき、その鳥が炎に包まれた。

 ハリーとアルテシアが、ほぼ同時に驚きを声をあげる。鳥は、またたく間に火の玉となっていく。

 

「先生、あれは…… どうなったんでしょうか」

「心配はいらんよ、ハリー。お嬢さんも、よくみておくといい。ちょうど今日が『燃焼日』だったのじゃよ」

 

 ダンブルドアにうながされ、ハリーとアルテシアが、その場へと近寄っていく。3人が見守る中、火の中から一声、鳴き声がした。そして次の瞬間には、跡形もなくなってしまい、ひとかたまりの灰だけが残った。

 

「不死鳥なのじゃよ。死ぬときが来ると炎となって燃え上がり、そして灰の中からよみがえる。もうそろそろじゃよ、見ててごらん」

 

 その言葉のとおり、ハリーとアルテシアが見ている前で、小さなくしゃくしゃの雛が、灰の中から頭を突き出した。

 

「名前は、フォークスじゃ。いつもは実に美しい鳥なのじゃよ。羽は見事な赤と金色をしておる。驚くほどの重い荷を運ぶことができるし、涙には癒しの力がある。ペットとしては実によい生き物なのじゃよ」

 

 不死鳥が、その身を炎で焼いて生まれ変わる瞬間に立ち会えることなど、めったにあるものではないはずだ。ハリーとアルテシアは、しばしフォークスに見とれた。だがもちろん、話の続きが残っている。

 

「さて、では席に戻ってくれるかの。もう少し話がしたい」

 

 雛のフォークスは、どれくらいで大きくなるのだろう。すぐに飛べるようになるのだろうか。そんなことを思いつつ、アルテシアは席に戻る。ハリーもだ。

 

「とはいっても、お嬢さんの考えを変えさせるのは容易ではなかろうな。じゃがもちろん、この件を解決したいと思っているのは同じでな。そこで提案なのじゃが」

 

 ダンブルドアは、一度ハリーを見たあとで、あらためてアルテシアの顔をのぞきこんだ。

 

「それぞれ、力をあわせたほうがいいと思うのじゃよ。個々にではなく、協力して解決する。そうするべきじゃと思うが、いかがかな?」

 

 だがアルテシアは、何も返事をしなかった。ダンブルドアの言いたいことがわかっているからだ。その言葉には、勝手に動くなという意味が含まれているのだ。報告と相談と、そして指示・実行。そんな手順を求められているのであり、それに同意するかを尋ねられているのに違いないのだ。そのことにアルテシアは、即答できなかった。それゆえの無言なのである。

 

「どうにかしたかね、お嬢さん」

「いえ、校長先生。先生のおっしゃりたいことはわかります。つまり、わたしに勝手なことはするなと、そういうことですよね」

「いやいや、そうではないよ、お嬢さん。力をあわせて解決しようと、そう言っておるのじゃよ」

 

 フォークスの燃焼による再生が起こる少し前、アルテシアは、ダンブルドアに宣言していた。もちろん、今回の一連のできごとについてである。その解決にむけて動き出すつもりなので、そのことを承知しておいてほしいと言ったのだ。他の生徒には気づかれないようにし、迷惑とならないように気をつけるとも言ったのである。

 そのときハリーは、そんなことを言わなければいいのに、とそんなことを思った。そして、自分なら絶対にそんなことは言わないだろうと考えた。勝手にやればいいだけのことだし、むしろ、知られていないほうが行動しやすいはずなのだ。なのに、わざわざ言う必要などどこにあるのか、というわけだ。

 だがもちろん、アルテシアにはアルテシアの考え方があってのことなのだろう。

 

「わかりました、先生。先生のおっしゃるとおりにします。ですが先生」

 

 結局、そう言うしかなかった。ここはホグワーツという学校なのであり、相手は校長先生なのだから。

 

「おお、それはありがたい。じゃが、まだ言いたいことがあるようじゃな」

「わたしとマクゴナガル先生とで、約束していることがあります。先生は、そのこと、ご存じなのでしょうか」

「ああ、例の魔法使用に関しての取り決めじゃな。聞いておるよ」

「そうですか。そのことも必ず守りますので、しばらくは自由にやらせていただけませんか」

「ふむ。まあ、そのことはこれから相談していくとしましょうぞ」

 

 やはりダンブルドアは制限をかけようとしているのだ、とアルテシアは思った。もちろん、無謀なことをさせないためにそうするのであり、危険なことから遠ざけるためだとわかってはいるのだが、クリミアーナの娘であるアルテシアにとっては、もどかしく感じるだけのことである。だが、教師と生徒という立場上、それは仕方のないことだと納得するしかなかった。マクゴナガルからも、何度となくそう言われているのだから。

 

「その相談ですが、校長室をお訪ねすればいいのでしょうか」

「そうじゃの。そうしてもらってかまわんが、お嬢さんの場合は、マクゴナガル先生でもかまわんよ。そのほうが話しやすいじゃろうしの」

「そうですか。では、そうさせていただきます」

 

 もちろん、マクゴナガルからはダンブルドアへと報告がされ、指示が返ってくることになるわけだ。二度手間ではあるが、間にマクゴナガルが入ることにより、報告と指示が、100%そのまま行き来するわけではなくなる。そこには、マクゴナガルの判断という、いわばフィルターがかかることになる。

 そのことをアルテシアは、良いことだと思っているし、ダンブルドアもそう考えているのだろう。そのダンブルドアが、ハリーに顔を向けた。

 

「さて、ハリー。キミも、力を貸してくれるのじゃろうな」

「あ、ええと。はい、それはもちろん」

「なによりじゃ。ところで、なにか言うておきたいことはあるかね?」

 

 だがハリーには、何を言ってよいかわからなかった。自分がジャスティンを襲っていないことを、ダンブルドアは承知してくれている。なので、言い訳は必要ない。あと、思いつくことと言えば。

 

「いいえ。先生、何もありません」

 

 だがハリーは、そう答えていた。

 

 

  ※

 

 

 ようやく校長室から解放されたアルテシアを待っていたのは、1人の少女。その場にはハリーもいたのだが、そのことは、少女にとって問題ではなかったらしい。気にするのなら、わざわざ顔を見せたりはしなかっただろう。

 

「校長室に連れて行かれたと聞いたものですから、心配になって来てみたのですよ」

 

 そう言って、ほほえむ。だが言葉どおりには、心配しているようにみえなかった。

 

「お気づきだとは思いますけど、スリザリンの継承者だとのうわさを流したのは、わたしですよ」

「でしょうね。そうだろうと思ってた。でもなぜ? そうじゃないって知ってるはずなのに」

 

 その少女は、いくぶんはにかんだ様子で、うつむいた。それだけを見ていると、少しは後悔しているようにもみえる。

 

「ちょっといいかい? キミは誰だい? アルテシアがスリザリンの継承者だって? どういうことなんだい?」

 

 おそらくハリーには、なにがどうなっているのか、さっぱりわからなかったのだろう。そのためか、いきなり疑問だらけの言葉でその少女に対する。だが少女は、返事をしなかった。ハリーには軽く頭を下げただけで、アルテシアを見た。

 

「あ、ごめんなさい。紹介するわ。この人は、ハリー・ポッター。たぶん、知ってるのよね?」

「そうですね。お名前だけは存じてます。魔法界では有名人ですからね」

「ハリー、あの人は、ルミアーナ家の人よ。わたしもずっと知らなかったんだけど、今年の新入生なの。決闘クラブがあった日の夜、医務室にお見舞いに来てくれたの」

「お見舞い? キミは入院してたのかい?」

「ええ、一晩だけね」

 

 そのことは、ほとんどの人が知らないのだ。もちろんハリーもそうなのであり、そのことを、アルテシアは忘れていたようだ。だがアルテシアは、そんなことは気にしない。すぐに話を続けた。

 

「あなたは、どこの寮になったの? グリフィンドールじゃないよね?」

「ええ、違います。どこの寮になるかは、賭けみたいなものでしたね。同じ寮になってしまえば、あなたのことを調べることができなくなる。あなたの本当の姿が見えなくなる。そう思っていましたから」

「その結果、わたしをスリザリンの継承者だと判断したんだとしたら、笑えない冗談だわ」

「すみません。こんなうわさがたったとき、あなたがどう対処するのか、それを見たかったんです」

 

 いったい、どういうことなのか。この少女は何が言いたいのか。あいかわらずハリーには、わからなかった。だが、このままほおっておけば、目の前で意味不明の会話がどんどんと進んでいくことになる。ハリーは、思い切って声をあげた。

 

「待ってくれ。まずキミの名前を教えてくれないか。ルミアーナ家の、なんていう人なんだい?」

 

 さすがに、ルミアーナの少女は驚いた顔でハリーをみた。それは、アルテシアも同様だった。

 

「わたしの名前が、それほど重要なのですか?」

「いいだろ、別に。ふつう、名前くらい聞くんじゃないか」

 

 たぶんハリーとしては、2人の会話に割り込むことさえできれば、話題はなんでもよかったのだろう。たまたまそれが、少女の名前だったというところか。

 

「まあ、いいです。でも、この人に聞こえるところで名前を言うのは、ちょっと怖いんですよね」

「なぜだい」

 

 この人とは、アルテシアのことだろう。アルテシアの前で名前が言えない。それはどういうことなのか。どうやらアルテシアにも、その意味はわからないようだ。

 

「ハリー・ポッターさんのご友人、ハーマイオニー・グレンジャーさんには、言ってあるんです。ホグワーツ特急で会ったときに。そのこと、聞いたことはありませんか?」

「ああ、ええと。わからないな。ぼくは、ホグワーツ特急には乗れなかったんだ」

「そうですか。まあ、いいです。わたしの名前はソフィア。ソフィア・ルミアーナです」

 

 ハリーに対してそう言いながらも、ちらちらとアルテシアをみているソフィア。だが言い終わるやいなや、その目は、しっかりとアルテシアへとむけられた。どう反応するのか、それを見逃すまいとでもするかのように。

 

「待って、ソフィアって言ったわよね。ソフィアでしょ、ソフィア」

「聞き覚えがありますか?」

「知ってる。知ってるわ。ソフィアなら知ってる。知ってるわ」

「ほんとですか。よかった。この名前も、あなたのなかにあるんですね。うわ、でもそうすると、どういうことになるんだろう」

 

 この展開を、どう理解すればよいのか。ハリーは、ますます混乱していた。わからないことだらけなのだ。アルテシアも、なにやら考え込んでいるようだ。

 

「説明してくれないか、ソフィア。わからないことだらけなんだよ。頼むから、わかるように説明して」

「いいえ。もうこれ以上は、わたしからは何も申し上げません。だって、あなたはハリー・ポッター。生き残った男の子なんでしょ。わたしなんかが、話をしてよい人ではありませんから」

「どういうことだ。キミは、何を言ってるんだ」

 

 ソフィアと名乗った少女の言い方は、ハリーをいらいらとさせるのに十分であった。案外ハリーは、こういうときには短気なほうなのかもしれない。だがソフィアは、そんなハリーのことなどどうでもいいとばかりに、アルテシアに近づいていく。

 

「わたし、これで失礼します。今度会うときは、どんな話ができるのでしょうか。ともあれ、また会いましょう。では」

 

 パッと、その少女の姿が消えた。もちろんそれを、ハリーは目撃した。いくらここが魔法学校であったとしても、いくら彼女が魔女であったとしても、あのようにして姿が消えていいはずがない。その光景は、ハリーには信じられないことだった。

 

「アルテシア、キミは説明してくれるよね? キミには、分かってるんだよね?」

 

 もしここでアルテシアに拒否されたなら、きっとハリーのストレスは、身体中からあふれ出していただろう。だが幸いにも、アルテシアは、首を横には振らなかった。

 

「ごめんなさいね、ハリー。わたしにもよくわからないところはあるんだけど、ルミアーナ家っていうのは、その昔、クリミアーナと関係があった家で、彼女は、その家の人なのよ。わたしの家の系図に、ルミアーナの名が記されていたわ」

「いや、ぼくが知りたいのはそういうことじゃなくて」

 

 結局のところ、ハリーが望んでいるのは、もっと具体的な説明なのだ。たとえばソフィアが、今回のことにどう関係しているのか。あるいは、なぜ無用なうわさをひろめたりしたのか。名前を言うのをためらったのは、なぜなのか。なぜ彼女は、それらをハリーに説明しなかったのか。

 そのことに気づいたアルテシアだったが、だからといって、くわしく説明することなどできなかった。アルテシアにも分かっていないことは多かったのだ。

 


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