原作では登場してなかったと思うので、勝手に創作させていただきました。その人とのおしゃべりからのスタートです。よろしくお願いします。
キングズ・クロス駅の構内にある、さほど広くもない喫茶店。ここでアルテシアは、パチル姉妹の叔母と会うことになっていた。このあと、新学期のホグワーツへと向かう特急列車に乗らねばならないので、さほど長い時間がとれるわけではない。だが、せっかく会えるのだ。できるなら、発車のギリギリまでいろいろ話を聞きたいと、そう思っていた。だが、アルテシアが思い描いていたとおりには、運ばなかった。
アルテシアは、パーバティやパドマも一緒に来るだろうと思っていた。だが、やってきたのはパチル姉妹の叔母さんだけ。そのことをいぶかしく思いつつも、40歳くらいだと思われるその人と、初対面のあいさつを交わして、席に着く。
その女性の名は、ナディア。彼女は、ナディアとだけ名乗った。
「パーバティとパドマも一緒に来るんだと思っていました」
「そう思うのはあなたの勝手だけど、こちらにもいろいろと事情があるのよ」
アルテシアは温かいココア、ナディアはレモン・ティー。それにサンドイッチが少々。そのレモン・ティーを、一口飲んだ。
「あなたがどう聞いているのかは知らないけど、今日のことはあの姉妹には言わないようにね。そのほうがいいと思うわよ」
「どういうことでしょうか」
「あわてないで。お互い、初めて会うんだもの。ゆっくりと話していきましょうよ。それよりあなたも飲んだら。温かいうちにね」
ホグワーツ特急が出発するまで、あと1時間半といったところか。列車に乗り込むための時間も考えると、それほど余裕があるとはいえないので、あまりゆっくりとはしていられない。そう思いつつ、ココアを飲む。
「最初にいくつか、確かめておきたいことがあります。いいですか?」
「ええ、もちろんよ。わたしのほうにもあるんだけど、あなたが先でいいわ」
「それではお聞きしますけど、ブラック家、ルミアーナ家、クローデル家。このなかでご存じの家はありますか?」
ティーカップを口元へと運ぶ手の動きが止まった。ほんの一瞬のことではあったが。
「なぜ、そんなことを?」
「ナディアさんが、おっしゃらなかったからです。その3家のどれかが、ナディアさんの名字ではないですか。たとえば、ナディア・ブラック。あるいは、ナディア・ルミアーナ…」
「残念だけど、違うわね。わたしは、ナディア・マーロウ。ブラックなんて名字じゃないし、ましてやミルアーナでもクローデルでもない」
「そうですか。失礼しました」
アルテシアとしても、あれこれと考えてはみたのである。クリミアーナ家の書斎にあるたくさんの本はもちろん、家系図も何度も調べた。結果、いくつか新たな名前を見つけることにはなったが、それに自分の知る知識とを考え合わせてみたとき、どうしても、この3つの家のことが分からなかったのである。魔法とは無関係の家なのかと考えてもみたりもしたが、それもしっくりとはこない。
「でも意外ね。あなたが、ルミアーナ家のことを知ってるとは思わなかったわ。名前だけ? それともいろいろ知ってるの?」
「名前だけです。もしなにかご存じなら、教えてもらえませんか」
だがナディアは、微笑んでいるだけで何も言わない。教えるつもりはないのかな、とアルテシアは思う。あるいは、何も知らないのだろうか。ゆっくりと時間だけが過ぎていく。
「もう一つ、聞いてもいいですか」
「あら、ルミアーナのことはもういいの?」
「いいえ、教えていただけるのなら、お願いしたいのですけど」
からかわれているのだろうか。たぶんそうだと思ったアルテシアだったが、表面上は、そのことを気にしていないようなそぶりをみせる。これがスネイプ相手であったなら、たぶん無駄な努力に終わるのだろうけれど。
「その前に教えて。あなたの家に、つまりクリミアーナ家にだけど、よそから来た人が入り込んだ、なんてことはあるのかしら? もちろん、あなたの知っている範囲でかまわないんだけど」
「それは、幾度かあったと聞いています。例えばわたしの母は、わたしを出産するとき、身の回りのことなど手伝ってもらえる人に来てもらっています」
「ああ、そういうことね。なるほど、そんなことはあったのか」
「それで、ルミアーナ家のことですけど」
言いながら、アルテシアは思う。たとえばパルマのような人は、家系図には載らない。アルテシアがパルマを追い出したとしても、記録されることはないのだ。仮にマーロウ家がパルマと同じような立場であったのなら、家系図を調べても意味はないことになる。記載されない家のことを、知ることはできないからだ。それでもブラック家などの3つの名前を知ることはできたので、まったくの無駄足だったということにはならないのが救いではあるけれど。
「たしかにルミアーナとは、交流があるわ。あった、と言った方がいいのかしらね」
「どういうことでしょう」
「あなたも知ってるでしょ。例のあの人、名前を言ってはいけないあの人のこと」
「あぁ、それは聞いたことがあります」
聞いたことがある、だけではない。アルテシアは、その人と遭遇したことさえあるのだ。その場にはハリー・ポッターもいたし、クィレル先生もいた。クィレル先生は、例のあの人に支配されていたのだ。
「いちおうお断りしておくけど、ルミアーナ家に関することには、うわさや推測が入り交じってるわ。確認できないので、事実かどうかはわからないの。そのつもりで聞いてほしい。いいわね?」
「はい」
「例のあの人には、経歴不明の部分があるわ。そのあいだに部下を集めたり、闇の魔法の研究をしていたんじゃないかって言われてる。そしてあの人が本格的に動き始めるまでの間、ルミアーナ家は、あの人の近くにいた。例のあの人と関係があった。そんなうわさがあるのよ。あなたはどう思う?」
「わたしは……」
それ以上、言葉はでてこなかった。返事のしようがない、といったところだろう。ルミアーナ家のことも知らなければ、例のあの人であるヴォルデモートのことも、よくは知らないのだから。
「当時、わたしは幼い子どもだったけど、覚えてるわ。いきなり、ルミアーナとは縁を切るって言われたの。それまでは細々とだけど、交流はあったんだけどね」
「絶縁したってことですか」
「ええ。例のあの人は死んだってことにはなってるけど、ほんとうにそうかしら。ホグワーツの校長先生なんかは、まだ生きている。力を失っているだけだ、なんて言ってるそうよ。あ、そのことは、当然あなたも知ってるのよね?」
「はい。なんていうのか、実態のない影みたいな、そんな存在らしいです」
これは、ダンブルドアから聞いたというよりもアルテシアの実感としての感想だろう。
「じゃあもう、これ以上は言わなくてもわかるわよね」
「え?」
「あらら、けっこうニブイのかな。こういう話はしたくないんだけど、まぁいいわ。私は、こう考えてるの。ルミアーナは例のあの人に力を貸したのよ。そのおかげであの人は、大きな力を得た。だからマーロウ家は、ルミアーナと絶縁したの。例のあの人がその後にしたことを考えると、当然のことだったと思うわ。あなたも、そう思うでしょ?」
そうなのだろうか。力を貸したというが、どうやって。納得するより先に疑問を感じるアルテシアであった。そんなアルテシアをしげしげと見たあとで、ナディアが言葉を続ける。
「ねぇ、例のあの人が魔法書を学んだのだとしたらどう? そしていま、なくした力を取り戻すために、また魔法書を使おうとするのだとしたら?」
「それは……」
例のあの人に操られていたクィレルが、魔法書を要求したのは事実だ。なぜクィレルが魔法書のことを知っていたのか。アルテシアはこれまで、パチル姉妹の話を盗み聞きしたのだと思っていた。だがもしかすると、事実はそうではないのかもしれない。
「例のあの人は、また、魔法書が欲しくなりました。さて、どこにあるのかな。もしそうなったとき、あの人はどうするのかしら。当然、さがすよね」
両手で包み込むように、ココアの入ったカップを持つアルテシア。これで手の冷たさをなんとかしようとしたのだろうが、すでにココアは冷めてしまっていた。
「クリミアーナには近づくな、あの家とは付き合うな。これで、なぜパチルの双子にそんなことを言ったのか、わかってもらえたと思うんだけど」
アルテシアは、何も言えずにいた。それがわからないわけではないが、言葉が出てこなかったのだ。ナディアが、軽くため息をつく。
「はっきりと言ったほうがいいのかしら」
「わたしにも、同じことを。つまり、パチル姉妹に近づくなと、そうおっしゃりたいんですね」
「うーん、まあ、そんなところかな。ニブイのかと思ったら、そうでもないのね。理解してくれたみたいで嬉しいわ」
これで話は終わった。ナディアはそう考えたらしい。椅子に預けていた身体を起こし、立ち上がろうとしたが、しおれたままのアルテシアが、気になったらしい。
「何を考えてるの? わかってくれたんじゃないの?」
うつむいたままのアルテシアが、ゆっくりと顔をあげた。
「すみません、ナディアさん。お聞きしたいのですけど、いいですか?」
「なにかしら」
「まずはこれを見てください。これが何か、ご存じですか?」
いつもの巾着袋のなかから取り出したのは、直径にして3センチか4センチくらいの、透明な玉だった。だが、ナディアからの返事はない。
「この玉に誓ってもダメですか。パドマとパーバティはこの中にいますけど、それでもダメですか。それでもダメだとおっしゃいますか? わたしには、あの2人が必要なんです。許してもらえませんか」
ナディアは、何も言わない。アルテシアが見つめてくる目を、じっと見つめ返していた。
※
「いないよね」「うん、どこにもいなかった」
ホグワーツ特急。その列車内の前方と後方、それぞれ手分けして各コンパートメントを調べたのだが、アルテシアの姿を見つけることができなかったのだ。
「乗り遅れたんだと思うけど」
「叔母さんとの話が長引いてるってことだよね」
「そうだね。でも、いいことなんだよきっと。物別れにはなってないってことでしょ」
「そうだけど、じゃあアルテシアはどうやって学校に来るの? まさか、もう来ない?」
「そんなことないと思うけど、とにかく学校に着いたらマクゴナガルに相談したほうがいいね」
「うん。だけど、いないのがバレたら問題になる、よね」
「たぶんね。それまでアルテシアがいないこと、気づかれないといいんだけど」
パチル姉妹がそんなことを話していると、すぐ横のコンパートメントのドアが開けられた。顔を見せたのは、ハーマイオニー。
「あなたたち、どこに行ってたの? ここ、使わせてもらってるわよ」
「ああ、いいわよ、そんなこと」
パチル姉妹の荷物は、このコンパートメントに置いてある。姉妹は、そうして席を確保したあとで、アルテシアの姿を求めて列車内をまわっていたのだ。
「とにかく、入ったら。気になることがあるの」
このコンパートメントは6人用だった。ハーマイオニーが、そのコンパートメントのなかにいた2人を紹介する。
「ええと、ジニーとソフィアよ。この2人も席を探してたから入れてあげたの。ジニーは、ロンの妹なのよ」
「へぇ、ウィーズリーには、妹さんがいたんだ。似てる、のかな? どう? あたしたちは、よく似てるでしょ」
にこにこと笑いながら、握手を求める。もちろん、名前も名乗りながら。
「あんたたちは、双子でしょ。似ててあたりまえなんじゃないの」
「そうだけど、ウィーズリー家にも双子がいるよね。あんまり、話したことないけどさ」
「あの2人には注意したほうがいいですよ。家でも、しょっちゅうイタズラばかりしてるんですから」
ああ、たしかに。パチル姉妹とハーマイオニーは、ジニーの言葉に思わず苦笑い。ジニーも、その反応に満足そうだ。
「それであなたたち、荷物ほったらかしで、2人して何してたの?」
「なにって、人さがし。アルテシアがどこにいるかと思って」
「ああ、なるほど。それで、アルテシアは? いちおう、その分の席はとってあるんだけど」
いま、このコンパートメントには5人。つまり、空席が1つあるのだ。
「どっかにいるとは思うんだけど、会えなかった」
「ふうん。そういえば、ロンとハリーもいないんだよね。どこ行ったのかしら」
「え! でもその人、妹さんでしょ。一緒じゃなかったの?」
後ろのほうは、ジニーへの問いかけだ。だがジニーは、首を横に振った。
「駅までは一緒に来たので、ホグワーツ特急には乗ってるはずなんですけど。どこにいるかまではちょっと」
「ま、学校に着いたら会えるでしょ。そっちの人は? 新入生だよね」
ソフィアがうなづく。うなづきながらも、ドアのほうへと視線を向けるが、そこに誰かいるわけではない。
「どうしたの?」
「ああ、いえ。皆さんは2年生なんですよね?」
「そうよ。なにかあったら、相談しなさいよ。このお姉さんは、学年トップの才媛なんだからさ」
「ちょっと、何言ってるの。ほんとうにすごいのは、アルテシアよ。あの子が魔法を使えたなら、あたしなんかより上だったはずなんだから」
ちょっぴり顔を赤らめているハーマイオニー。いまのは、新入生を前にしてさすがに謙遜してみせたのだろう。
「魔法って、やっぱり難しいんでしょうね。今のお話だと、使えない人もいるみたいですけど」
「ああ、違うよ。そんな人はいないわ。といっても、上手な人とそうでない人は、やっぱりいるかな。ねぇ、ハーマイオニー」
「ええ、そうね。でもこれは、慣れよ。練習あるのみ。ジニーの前で悪いんだけど、ロンはもう少し練習しないと」
「あぁ、はい。言っておきます」
そう言ってジニーが笑う。つられて皆が笑ったところで、コンパートメントのドアが開けられる。あたかもそれがおきまりのことであるかのように、ドラコが顔を見せて名前を叫ぶ。
「ぼくは、ドラコだ。ドラコ・マルフォイ」
そんなドラコに、2年生3人は、あきれたような顔をみせる。
「あいからわずね、マルフォイ。で、どうなの。ちゃんと練習はしているの?」
パーバティのこの言葉に、2年生3人がいっせいに笑う。パーバティたちにとっては話の続きだが、ドラコには、なんのことかわからないだろう。きょとんとした顔をしている。1年生2人は、成り行きについていけないのか沈黙したままだ。
「勝手に笑ってろ。ぼくは、そんなことにつきあってる暇はないんだ。覚えていろ、寮杯はかならず取り戻してやる。きっとおまえたちは、あっと驚くだろうよ」
「ふうん、そうなるといいね」
「必ず、そうなるさ。スリザリンがいかに優秀かをみせつけてやる」
「そのためにも、よーく練習しないとね、マルフォイ」
またも、2年生3人が笑う。
「失礼なやつらだ。そこにいるのは新入生だろうが、組み分けではぜひともスリザリンになることだ。そうすれば、こんなおろかな先輩たちのようにならずに済むだろうよ」
こうしてマルフォイをからかっている間も、ホグワーツ特急は順調に学校へと近づいていった。
※
学校についてパチル姉妹を驚かせたのは、ハリーとロンもまた、ホグワーツ特急に乗っていなかったということだった。しかもその2人は、空飛ぶ車に乗って学校にやってきたのだという。そんな作り話のような事実が、あっという間に生徒たちに広まった。どんなトラブルがあってそんなことになったのかはわからないが、これで退校処分になるともっぱらのうわさなのだ。
そのような状況に、真っ青となったのはパチル姉妹だった。なにしろ、アルテシアもホグワーツ特急に乗ってないのだ。しかもその原因には、心当たりがある。
2人は、大慌てでマクゴナガルを探した。ようやく話ができたのは、新学期の歓迎会が終わったあとだった。
「そのことなら、心配はいりません。連絡は受けています」
「そ、そうなんですか」
「ポッターたちも、そうするべきだったのです。するべきことをせず、自動車で空を飛んでくるとは。スネイプ先生は、ことのほかお怒りです」
「それで、先生。アルテシアは、いまどうしているんですか」
その対処方法を間違ったのかもしれないが、ハリーたちは、グリフィンドール寮では好意的に迎えられることになった。さすがにハーマイオニーは機嫌が悪かったが、こんな冒険話のような突飛な出来事は、とくに男子生徒には好評だったのだ。
そんなハリーたちのおかげであまり目立たずにすんだ格好のアルテシア。事実、その翌日の夕食時に姿を見せるまでにその不在に気づいたのは、パチル姉妹を別にすれば、寮で同室のハーマイオニーとラベンダーだけだったのだ。
夕食時、大広間に姿を見せた、アルテシア。いつも彼女が座っている場所は、その右となりがパーバティ。当然パーバティは、話しかけてくる。
「なにかあったの?」
「いいえ、パーバティ。なにも問題ないよ。あなたの叔母さんってさ、とってもいい人なんだね。すごく心配してるんだよ。だからわたしも、もっとしっかりしないと」
「アル。なにかあったとしても、これからなにかあるとしても、あたしたち、友だちだからね」
ほほえみながら、かぼちゃジュースに手を伸ばすアルテシア。アルテシアにとってのホグワーツ2年目は、こうして始まった。
さて、ナディアさんですが、はっきりと話をする人のようでいて、そうでもない人だという感じにしたかったのですが、皆様の印象はいかがでしょうか。
あまりうまくいってないなと、本人は思ってます。何度も書き直したんですけど、これからも書き直すことになるんでしょう、きっと。