ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 ブルックさんから、第1話の感想いただきました。ありがとう。
 たしかに、ハリポタ小説はたくさんありますね。私が書いてみようと思ったのは、あの『野望の少女』の物語に触発された感はありますね。このごろは更新ないですが『魔法の世界のアリス』にも感心させられました。

 さて、本作で主人公が魔法力を発動させるのはいつになるのか。作者はそれを楽しみにしています。



第2話 「母のおもかげ」

 アルテシアたちは、クリミアーナ家の門の外に立っていた。

 マクゴナガルの計画どおりであれば、いまごろは教材購入のための場所であるダイアゴン横丁を歩いているはずだったのだが、いまだ足止め、といったところである。

 マクゴナガルが言うには、このクリミアーナ家では『姿くらまし』『姿あらわし』といった移動のための魔法が使えないらしい。そのため、クリミアーナ家の敷地の外へと出てきたのだ。

 

「不審なものが勝手に出入りできないようにと、ホグワーツでも敷地内での『姿あらわし』は予防魔法によってできなくしてあります。それと同じようなものでしょう」

「すみません、先生。わたしに魔法が使えれば、そんなことは問題にならないはずなのに」

「それはしかたがないことですから、気にしなくてよろしい。しかし、クリミアーナ家のご先祖は、高位の魔法使い揃いだったようですね」

 

 お世辞ではなく、マクゴナガルは、本心からそう思った。『姿くらまし』『姿あらわし』を防ぐだけではない。ほかにも、いくつもの保護魔法がかけられている。おそらくはあの家には、そのなかにいる人を守るための保護魔法がかけられているのだ。しかもアルテシアだけではなく、来訪した客までもがその対象となっているのではないかと思われる。それが居心地のよさにも通じていたのだろう。こうして外に出てきた今、それがはっきりとわかる。この家は、いろんな意味で不思議だ。

 

「それはさておき、マグルの電車で行くには時間がかかりすぎます。煙突ネットワークもムリだし、どうしても『姿くらまし』しないと」

 

 敷地外であれば『姿くらまし』はできるのだろう。だがその場合、その瞬間をマグルたちに見られるかもしれないという問題がある。外に出てくれば、あちこちにマグルの姿があるのだ。こちらを注目している人はいないようだが、それでも安心はできない。念のために目くらましの魔法をかけておくにせよ、その過程も、目撃される可能性はあるわけだ。

 ともあれ杖を取り出すと、それを見ていたアルテシアが微笑む。

 

「マクゴナガル先生、このあたりの人たちになら、見られても平気ですよ。みんな、クリミアーナ家が魔女の家系だと知っていますし、わたしが魔女であると理解してくれています。クリミアーナに不思議はつきもの、なにがあっても気にしないこと、と納得してくれますから」

 

 そんなことがあるのか、とマクゴナガルは思った。いろいろ言いたいことが頭の中をよぎるが、ともあれそれらをすべて振り払う。そして、アルテシアの腕を掴んだ。

 

「あなたも、わたしにしっかりつかまりなさい。『姿くらまし』します」

「はい」

 

 続いて目を閉じるように言われ、そうした瞬間に、不思議な感覚が身体を包む。そして、目をあけたとき。そこは魔法族の街だった。

 

「うわあ、ここがそうなんですか」

 

 商店が並び、多くの人が行き交っている。さまざまな品物がならび、買い物客の話し声も聞こえる。

 

「まずは、制服を買いに行きましょう。仕立て直しの時間が必要になるでしょうから、そのあいだに教科書を買うことができますからね」

「はい」

 

 制服は、マダム・マルキンの洋装店が取り扱っているらしい。店も書店などより近くにあるという。マクゴナガルに連れられ、その店に入っていく。

 店には、他の客はいないようだった。アルテシアたちの来店に気づいたすこし太めの魔女が出てくる。この人がマダム・マルキンなのだろう。藤色の服を着ていた。

 

「おや、マクゴナガル先生。今日は、どうされたのです?」

「新入生を連れてきたんですよ。必要な制服をそろえてくださいな」

「まあ、新学期は明日からでしょうに、いまごろ? なにか不都合でもあったんですか?」

 

 そう言いながらも、巻尺を取り出し、アルテシアの背丈などの採寸に取りかかる。魔法界においては驚くようなことではないのだろうが、巻尺は、それ自体が意思を持つかのように自在に動き回る。結局のところ、必要な採寸作業はこの“生きた”巻尺がすべて行い、マダム・マルキンの出番はなかった。そのためなのかどうか、マダム・マルキンは、アルテシアが着ている白いローブに注目していた。

 

「先生、この子はどういった子なんです?」

「どういった、とは? なにか気になりますか」

「いえね、ちょっと。ただ、お嬢ちゃんの着ているローブの生地がね」

「ローブの生地? それがどうしたのです」

 

 考えるようなそぶりをみせたのは、ほんのわずか。そのすぐあとで、笑顔をみせた。

 

「先生。お嬢ちゃんのローブは、おそらくエウレカ織りですよ。それも、最高級の逸品。間違いないわね」

 

 そのときマルキンの手元へ、巻尺と寸法が記録された羊皮紙とが戻ってきた。アルテシアが、ようやく“生きた”巻尺から解放されたのだ。

 

「お嬢ちゃん、採寸はこれでおわり。あとは制服をそれに合わせて仕立て直しってことになるんですけど、ちょっと待ってもらっていいですかねぇ、先生」

 

 最初はアルテシアへ、そしてマクゴナガルへと顔を向けながらである。仕立て直しの時間が必要であることはわかっていた。その間に教科書を買いに行くつもりにもしていた。なのでその問いかけには、ただうなずくだけでよかったはずなのに、マクゴナガルは質問を返した。それほど気になったのだろう。

 

「待つのはかまいませんが、つまり、どういうことなんです?」

「いえね、ちょっと事情がありまして。ええと、ちょっとお待ちくださいな」

 

 そして、店の奥へ。待てと言われた以上は待つしかないのだが、どういうことなのか、マクゴナガルにはさっぱりわからなかった。それは、アルテシアも同じであったろう。

 ほどなくして、マダム・マルキンが戻ってくる。その手には、数着のローブと手紙とがあった。そのままアルテシアの前に立つ。

 

「間違ってたらごめんなさいね、あなた、マーニャさんの娘さんでしょう?」

「えっ! 母を、母をご存じなんですか!」

 

 アルテシアが驚くのはムリもないことだろう。初めて訪れた場所での、初めての店。その初対面の店主から母の名が出てきたのだから。

 

「直接、お会いしたことはないわ。手紙をもらっただけ。ほら、これよ」

 

 持って来たローブの上においてあった手紙をアルテシアへと手渡すと、マダム・マルキンはマクゴナガルへと顔を向けた。

 

「先生、制服はすぐにお渡しできるようです」

「どういうことなんです? 彼女の母親をご存じだったようですが」

「はい。もちろん説明させてもらいますが、少し長い話になりますよ」

 

 マダム・マルキンが語ったこと。それは、いまアルテシアが読んでいる手紙が、マダム・マルキンのもとへ届けられたことに始まる。

 

 

  ※

 

 

「まあね、そういうこともあるでしょう。魔法というつながりがあるのですからね」

 

 マダム・マルキンの洋装店を出て、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと向かう途中。いまの言葉は、マダム・マルキンの話を聞いたマクゴナガルの、いわば感想である。マダム・マルキンがアルテシアの母であるマーニャからの手紙を受け取ったのは、およそ10年まえのこと。そして、1年ほどにわたって手紙のやりとりは続いたのだという。

 それは、ローブの仕立て方についての教えを請う手紙で、娘の成長にあわせた大きさにしたい、すなわち3歳のとき、5歳のもの、7歳、10歳、15歳などではどのような寸法にしておけばよいか、何に気をつけたらよいか、といった相談からはじまったのだという。

 

「あなたのお母さまからは、そんな話は聞いていないのですね」

「はい。でもたしかにわたしのローブは、成長にあわせた大きさのものがいくつも作ってあります。マダム・マルキンのおっしゃられたとおりなんだと思います」

 

 アルテシアには、マダム・マルキン特製のローブが手渡された。もちろんホグワーツの制服として仕立てられたものなので、布地がさきほどの話のなかに出てきたエウレカ織りの特別製であったとしても、学校で着るのには何の問題もない。使用された布地は、マダム・マルキンがアルテシアの母であるマーニャから貰ったもので、ローブの仕立てについての相談に応えたお礼であったらしい。

 そのお礼のエウレカ織りを受け取ったマルキンは、とても驚いたという。いったいどこで、誰がこの織物を作っているのか。さすがの彼女も、このような立派な布地は見たことがなかった。そして、考えた。マーニャが魔女であることに疑いはない。ならば、この布は魔法に関するものかもしれないし、その娘も魔女に違いない。であれば、いずれホグワーツで学ぶことになり、こうして制服を買いに来るだろう。そのとき、他の一般的な生地のローブではなく、このエウレカ織りで仕立てた制服を渡してやろうと。

 

「ともあれ、制服は手に入りましたからね。次は教科書です」

 

 みれば、すぐ前にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店。いたるところに本が並び、天井にとどこうかというところまでぎっしりと積み上げられている。その書店に一歩入るやいなや、店主がやってくる。

 

「これはこれは、マクゴナガル先生。お元気そうでなによりです」

「ありがとう。今日は、新入生を連れてきたんです。1年生用の教科書をひとそろいお願いしますよ」

 

 そこで、店主の視線はマクゴナガルの後ろのアルテシアへ。だがひと目見ただけだった。

 

「あの、マクゴナガル先生。実はその、もう明日が新学期ですしね、そんなわけでその、あれなんですよ」

「なんです、どうしたというのですか?」

「いえ、そのう。新学期は、明日ですからね。いまごろ新入生がくるとは思わないもんですから」

「まさか、教科書がない、なんてことはないでしょうね」

 

 その、まさかだったらしい。店主は、もう新入生もいないだろうからと、教科書用の本の追加補充をしていなかったのだ。もっとも、その全部ではなくごく一部、1冊だけらしいが。

 

「では、揃うものだけ揃えてくださいな」

「は、はい。それはもう」

「それで、不足しているのは何の本ですか?」

「え! ええと、その」

 

 なおも言い渋る店主だったが、やがて隠しとおせるものではないと観念したらしい。しぶしぶながら、こう言った。

 

「ないのは、そのう。『変身術入門』です」

「その他は、全部あるのですね」

「はい、それはもう」

「他の本はそろっているのに、よりによって『変身術入門』だけがないというのですね」

「え、ええ、まあ、そうなんですけど」

「わたしが学校で、どの教科を教えているのか、ご存じですか?」

「あ、あの、存じております」

「なのに、よりにもよって『変身術入門』だけがない、というのですね」

「はい。そのう、先生の教科ですのに、大変申し訳ないことで」

「よろしい。では『変身術入門』はわたしがなんとかしましょう。すぐにその他の本をそろえてください」

 

 そんなこんなで大騒ぎ、というほどでもないが、とにかく教科書を買い求め書店を出る。その間、終始不機嫌な様子をみせるマクゴナガルだったが、店を出たところで、その表情にわずかに笑みが浮かぶ。その一瞬を、アルテシアは見逃さなかった。見逃さなくてよかったと思った。

 

「さて、あとは杖ですが」

 

 言いながらアルテシアを見て、言葉が途切れる。アルテシアの楽しそうな笑顔に、ふといぶかしさを感じたのだ。なにがそんなに楽しいのかと。だが、この子がニコニコと微笑んでいるのはいつものこと。とくに、気にすることもないのだろうと思い直したところへ、こんな言葉が返ってきた。

 

「マクゴナガル先生、ちょっとしたイジワル、なんですよね?」

「なんのことです?」

「いいです、答えてくれなくても。先生がとてもいい先生なんだって、あらためてわかりましたから」

「ミス・クリミアーナ、何の話をしているのです」

「わたしが、ホグワーツでもなんとかやっていけそうだって、そういう話です」

 

 マクゴナガルは、何も言わなかった。話はそれまでとばかりに背筋をピンと伸ばし、通りを歩く。そのあとをアルテシアが続き、最後の買い物のために訪れたのは紀元前382年創業・高級杖メーカーとの掲示がされた店だった。

 通称、オリバンダーの店。実はアルテシアが一番楽しみに思い、そして不安に感じていたのがこの店だった。はたして自分に杖が買えるのか、杖を売ってもらえるのか。

 いざ店を目の前にしてみると、不安のほうがどんどんと大きさを増していくような気がする。不安の理由は、いわゆる魔法族と自分とでは、魔法が違うということにある。少なくともアルテシアは、そう思っている。その端的な例といえるのが、杖。その理由のひとつが、魔法の杖にある。

 まだマクゴナガルにも言っていないことだが、クリミアーナ家の魔女は、杖を必要としないのだ。通常、魔法族は魔法使用の際には魔法の杖を使用するが、クリミアーナ家歴代の魔女たちのなかに、魔法の杖を使用していた者はいない。そんな記録も言い伝えも、クリミアーナ家には残っていないし、もちろんアルテシアの母も、杖など持ってはいなかった

 そんなアルテシアの不安がマクゴナガルにも伝わったのだろう。そっと、アルテシアの肩に手を触れる。

 

「大丈夫ですよ、アルテシア。あなたに合う杖は、きっとこの店に置いてあります。いままで杖が買えなかった、なんていう生徒を、わたしは一度もみたことがありません」

「はい、マクゴナガル先生。でもわたしには、杖は必要ないのかもしれません。だってわたしの家は」

「まあ、お待ちなさい。昨晩もあなたは、杖に関して何かしら気にしていたようですが、ともあれお店に入ってみませんか。杖が買えるかどうか、その答えはすぐそこにあるのです。あなたに合う杖は、きっとあるはずです」

 

 マクゴナガルがドアを開け、アルテシアを先に店の中へと入らせる。どこか奥のほうでチリンチリンとベルが鳴った。

 

 

  ※

 

 

「むずかしい客じゃの。……さて、次はどうするかな」

 

 そう言って、傍らのショーケースの上に杖の入った細長い箱を置く。それは、オリバンダーによってアルテシアには不向きと判断された杖である。これでもう、6個め。

 その数が増えるたび、アルテシアの不安は強くなる。やはり自分は杖など持てないのだという思い。たとえ杖がなくとも、クリミアーナ家の娘にとっては、なんら不都合はない。もちろんアルテシアは、そのことをよく理解している。だがそれでも、気持ちは落ち込んでいく。その表情からは、笑みなどとっくに消え失せていた。

 

「では、これを試してみなさい。26センチ、不死鳥の羽根にマホガニーの組み合わせ。振りやすく、妖精の呪文にはぴったりの杖じゃ」

 

 だがその杖もこれまでの6本同様、オリバンダーの判断は早かった。アルテシアの手に触れた瞬間に、と言えば大げさかもしれないが、それほどの短い間に取りあげられ、ショーケースの上に並ぶことになる。

 

「どうもいかんな。じゃが、心配はいらぬよお嬢さん。必ずあなたに合う杖をお探ししますでな。……さて、次はどうするかな。……おお、そうじゃ。たしかあれが……」

 

 それは、店頭には出されていなかったらしい。オリバンダーが、いったん店の奥に入って行く。

 

「ミス・クリミアーナ。とにかく、オリバンダーに任せましょう。そうするしかありません」

「はい、先生。でもオリバンダーさんは、なにを基準にして、あの杖がダメだとおっしゃるのでしょうか」

 

 ショーケースの上の7つの箱。その中の杖にアルテシアが触れたのは、どれもほんの一瞬のこと。ただ1度、その手に持ったというだけなのに、それでいったいなにが分かるというのだろう。

 

「わたしの経験からいって、あなたと杖とのあいだにつながりが見えなかった、ということだと思いますよ」

「つながり、ですか」

「ええ、杖と魔法使いは共に助け合うような関係です。互いの信頼が必要になるのだと思いますよ」

 

 そのあたりの理屈は、アルテシアにはよくわからなかったが、オリバンダーが戻ってきたので尋ねることはできなかった。

 

「お嬢さん、この杖を試してみなされ。これならきっと大丈夫」

 

 渡された杖を、アルテシアが手に取る。その瞬間、ほんの一瞬ではあるのだが、杖が光ったのを3人は目撃した。だがその一瞬を除けば、それまでの7本と同じ。少なくともアルテシアはそう思った。手にした感触などは、これまでの杖とまったく同じだったのだ。だがオリバンダーは、そうではないらしい。

 

「すばらしい。いや、よかったよかった。じゃが、さて。さて、さて、これはいったいどういうことになるのか」

 

 これまでのようにあっという間というわけではないが、アルテシアの手から杖を取りあげて箱に戻すと、茶色の紙で包んでいく。どうやらこれが、アルテシアの杖、ということであるらしい。オリバンダーはそう判断したのだ。

 

「良質でしなやかなヒイラギの木なのですじゃ。めったにないとてもいい材質の木を使った杖で24センチ」

 

 そこまで言って、アルテシアを見る。包み終わった杖の箱をアルテシアへと差し出し、握手を求める。マクゴナガルが近づいてくる。

 

「いまの説明には、杖の芯についてのことが抜けていたように思いましたが」

「ああ、気づかれましたか。たしかに、芯のことには触れてません。杖には、強力な魔法力を持った物が芯に使われます。一角獣のたてがみ、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線。ですが、この杖に使われた芯が、はたして何なのか。それがわからんのですから、説明のしようがない」

「わからない?」

「さようです。もう10年ほど前のことになりますかな、われながらとてもいい杖ができたと思ったもんです」

 

 オリバンター老人は、コツコツと足音をたてて店内を歩きながら話を続けた。

 

「一角獣も、ドラゴンも、不死鳥も、みなそれぞれに違うし、素材の木にしてからも同じものではない。すなわち、一つとして同じ杖はない」

「それは、よく知っていますが」

「マクゴナガルさん、考えてもみなさい。杖が魔法使いを選ぶのです。となればわしはあの日、今日のために、このお嬢さんのためにこの杖を作った、いや作らされたということになる。いったい、この杖とお嬢さんとのあいだにどんな縁《えにし》があるのやら」

 

 いったいオリバンダーはなにが言いたいのか。結局のところ杖の芯がなんであるのかはわからないらしいが、それでちゃんと杖として機能するのだろうか。気になるのはそこだ。

 

「マクゴナガルさん、心配はいらない。この杖は、わしの作ったなかでも最高のできばえの杖なのじゃから」

「でも、使われた芯が何かわからないのでしょう?」

「そう、それはそのとおり。じゃがそれは、呼び名がわからぬというだけのことでしてな。杖の芯となるべき素材としては申し分のないもの。それは確かなのですぞ。じゃからお嬢ちゃんが気にする必要はないのじゃよ」

 

 アルテシアはべつに、杖の素材については気にしてはいなかった。というのも、何度か触れたが、彼女にとって杖は重要なものではないからだ。必要ではないと言ってもいい。クリミアーナ家の娘としてはそれでいいのだが、これからはホグワーツで魔法を学ぶのだ。この先の学校生活を考えれば、杖が必要となるのはあきらか。だから、杖が欲しかったのだ。たとえ素材が不明であっても、ちゃんとした杖であればそれでよかった。

 

「まあ、そういうことならばいいでしょう。ミス・クリミアーナ、あなたもそれでいいですね?」

 

 杖の代金を支払い、オリバンダー老人に見送られて店を出る。これで買い物は終わった、ということになる。マクゴナガルに連れられるようにして、アルテシアはダイアゴン横丁を、戻っていく。

 

「ところで、ミス・クリミアーナ」

「あ、はい先生。なんでしょう」

 

 いまごろ、と言っていいだろう。ダイアゴン横丁を歩き、書店の前を通りすぎようとしたときになって、ようやくアルテシアがなにも荷物を持っていないことに気づいたのだ。アルテシアは、巾着袋をぶら下げているだけ。そのひもは長めにしてあり、ちょうど肩掛けのポシェットとでもいった感じで左肩からたすき掛けにし、腰の右側にくるようにしてあった。

 

「あなた、荷物は? 教科書などはどうしたのです?」

 

 教科書だけではない。そういえば制服も持っていないし、いま買ったばかりの杖までも。つまりアルテシアは、巾着袋以外は何ももっていない。手ぶらなのだ。

 

「教科書なら」

 

 だがアルテシアは、慌てた様子もなく、腰の横に提げられた巾着袋に手を伸ばす。とても教科書が入るとは思えない大きさのその巾着袋の中から、ミランダ・ゴズホーク著「基本呪文集(一学年用)」が取り出される。続いてバチルダ・バグショット著「魔法史」。

 

「そのなかに、教科書が入っているのですか」

「はい。そうですけど」

 

 制服や杖も、その中ということなのだろう。なるほど、秘密はあの巾着袋か。おそらく空間拡大の魔法かなにか、収容に関するものがかけられているのだろう。古くから続く魔女の家系なのだ。そんな物があっても不思議ではない。そういえば、こんなことを言っていた。クリミアーナには不思議がつきもの、なのだと。そう考えると、なんだか気持ちが楽になったようだ。ともあれ必要な準備は終わったのだ。あとはこの少女をクリミアーナ家へと送り届けるだけ。それで、ひとまずの役目は終わる。

 マクゴナガルは、アルテシアの手をとった。ここはダイアゴン横丁だ。この場所からでもかまわない。

 

「しっかりつかまりなさい。『姿くらまし』します」

 




 第2話は、女子2人でのお買い物となりました。原作では、大鍋ですとか、ほかにも買うべきものはいくつかありましたが、主要3品お買い上げ、に限らせていただきました。ペットについては、最初から考慮はしませんでした。ペットよりも、パートナー。友人など相手役との関わりに重きをおきたいと思っています。
 主人公には、どれも良い物を持たせたい。特に杖は・・ との気持ちが働いたのは否定しません。でも制服だって、重要なアイテムなんです。教科書のほうは、主人公が魔法書愛読者であるため、登場場面はほとんどないかもしれません。


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