ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 今回は、マクゴナガル先生とのお勉強のシーンを入れてみました。もっと早くにそうしたかったけれど、入れるタイミングが合わなかったんですね。2人は、こんな感じで交互に先生役となりながら、お互いの魔法を学んでいます。どちらも完全に身につけたなら、きっとすごい魔法使い、いや魔女か。そうなるんでしょうね。では、どうぞ。



第15話 「探検調査」

 羊皮紙5枚。スネイプに、処罰として提出を命じられたレポートを書くためのものだ。とにかく用意はしたものの、まだ1文字も書いてはいなかった。いったい何を書けばいいのか。スネイプは、何を望んでいるのか。

 羊皮紙を前に、アルテシアは、そんなことを考えていた。この処罰のレポートが、空き教室に入り込んでしまった件とは無関係であることくらい、アルテシアにはわかっていた。そこには、別の意味があることも、そしてその意味をも、アルテシアには理解していた。だが、その理由がわからない。なぜスネイプは、そんなことに興味を持つのだろう。

 スネイプの研究室で話をしたとき、スネイプは、クリミアーナ家が魔法界と距離を置いてきた理由を知っているのかと聞いてきた。アルテシアは、知らないと答えた。事実、知らなかったのだ。そこをスネイプは誤解したのだろうか。それとも、休暇中に知らなかったことを調べたはずだと予想し、なにかわかったのなら教えろと、そう言っているのだろうか。

 後者である可能性のほうが高いのだが、もしそうなら、レポートは出さなくてもいいのではないか。直接話をしたほうが。部屋のドアが開かれる音に、振り返る。

 

「ハーマイオニー、どうしたの?」

 

 あきらかにいらついている。一見しただけでそれがわかった。

 

「どうした、ですって? …どうもしないわ」

 

 途中、一拍だけ間を取ったのが気になるといえば気になるが、ハーマイオニーは自分のベッドに腰かけ本を手に取ったので、アルテシアは机に向き直る。さて、この5枚の羊皮紙をどうするか。これがいつもの宿題なのであれば、すぐに埋めてしまえる量ではあるのだけれど。

 羽根ペンを手にとる。スネイプは『休暇中に学び知り得た』ことをまとめろ、と言った。そうすれば添削して返すと。それはつまり、お互いの情報を交換したいということにならないか。もちろん先に提供するのがアルテシアであり、添削がなされるのかどうかは不透明。加えて、休暇中に新たに判明した事実などないのだから、レポートはまったく進まない。書けるとすれば、正式にクリミアーナ家を継いだことくらい。そんなことに、スネイプが興味があるとは思えないけれど。

 ふと、人の気配を感じて、横を見る。ハーマイオニーが立っていた。

 

「なにしてんの、アル」

「あ、レポート書かないといけないんだけど」

「宿題? そんなのあったっけ」

 

 正確には宿題ではないのだが、それよりもいま。目を見開いたアルテシアに、ハーマイオニーは、いくらか照れくさそうだった。

 

「いいでしょ、べつに。パーバティのまねしたわけじゃないわよ。あたしも、そう呼びたいの」

「そ、そうなんだ。うん、いいけど」

「で、なんの宿題なの、それ」

「ああ、これはスネイプ先生から書くように言われたの。処罰なんだけどね」

「処罰。あんたが?」

「うん」

「ふうん。アルテシアが処罰を、ね」

 

 アルと呼ぶ、のではなかったのか。まぁ、ハーマイオニーであれば、なんと呼ばれようとかまわないのだけれど。

 

「ねぇ、アルテシア。あなたの本、見せてよ」

「え?」

「ほら、あなたがよく読んでる黒い表紙の本よ。あれ、どこにあるの? ちょっとね、調べたいことがあるの」

「えっと、何を調べるの?」

 

 ハーマイオニーが言うのは、魔法書のことだろう。もちろんあの本のことを、ハーマイオニーが知っていても不思議ではない。毎日読む必要があったので、とくに隠そうなどとはしてこなかったのだ。なのでハーマイオニーには、これまで何度も読んでいるところを見られている。たぶんハーマイオニーも、そのページくらいは何度か見たことがあるのではないか。

 

「もう、ずっと調べてるんだけどわからないの。クリスマス休暇中も調べてたのよ。でもわからないの。ハリーはどこかでみたことあるっていうんだけど、それがどこなんだか」

「なにを調べてるの? わたし、わかるかもしれないよ」

 

 相手は、ハーマイオニーだ。本を見せても問題ないだろう。だがいまは、クリミアーナ家の本棚にあるのだ。つまりハーマイオニーに、それを呼び寄せるところをみせることになる。それでもかまわないとは思うのが、それよりもハーマイオニーの疑問を解消してしまえばいい。そのほうが手っ取り早い。

 

「ニコラス・フラメル。詳しいことはいえないけど、その人のことが知りたいの。知ってる?」

「ああ、お会いしたことはないけど、その人は… えっ! そうか。そうだわ。わたし、なんで今まで気がつかなったのかしら」

「ど、どういうこと。どうしたの」

「ああ、ごめんなさい。わたしもね、昔のことを調べてるの。サー・ニコラスにも聞いてみたけど、500年くらい前でしょ。でもこっちのニコラスなら600、ううん700年くらいかな。もう少しなにか分かるかもしれない」

 

 たしか、そんな年齢だったんじゃないか。うろ覚えだが、大きく違ってはいないはず。サー・ニコラスより、もう少し昔のことが聞けるのではないかと思ったのだ。だが、どうやればその人から話を聞けるだろうか。

 

「ニコラス・フラメルのこと、知ってるのね、アルテシア」

「知ってるけど、知識としてよ。実際にはお会いしたことはないし、お住まいも知らないんだけど」

「それでいいわ。ヒントだけでいいの。あとは自分で調べるから」

「ニコラス・フラメルは、錬金術に関係したひとで、金属変成や賢者の石の製造に成功したって言われてる人よ。たぶん、あなたのベッドのところにある、あのおっきな本にも載ってたはず」

「え?」

 

 ベッド? ハーマイオニーの机の上は、すでにたくさんの本でいっぱいだ。そこにおけなくなったからなのか、それとも読みながら寝るためか、あふれた本は、ベッドの上にまで広がっている。そこに、厚さが15cm、縦は1mほどもある大きな本があった。

 

「これだわ。ずいぶん前に図書館から借りてそのままになってたの。わたし、どうして忘れてたのかしら。そうよ、この本はまだ調べてなかった。忘れてたと言えばアルテシア、あなたにはなにも言わないつもりだったのも忘れてた。だからあなたは、このことは忘れるのよ。いいわね」

「え… あ、待って、ハーマイオニー」

 

 だがハーマイオニーは、その本を抱えて部屋を飛び出していった。きっと、ハリーとロンに知らせに行ったのだろう。アルテシアは苦笑するしかなかった。

 

『あなたにはなにも言わないつもりだった』

 

 過去形だ。つまり、いままではそうでもこれからは違う。きっとそうなのだと思いたい。でもハーマイオニー、そうじゃなかったとしても、あなたはずっと、わたしのそばにいてほしい。

 アルテシアは、あらためて机上の羊皮紙に目を向けた。

 

 

  ※

 

 

「今日は、あなたの番ですね、アルテシア」

「はい。ですがその前に、相談があるのですが、いいですか」

「いいえ、ダメです。あなたが何を言いたいのかくらいわかっていますが、話はあとです」

 

 話はあと。それはつまり、相談を聞いてくれるということだ。望みがあるのかな、とアルテシアは思う。ただ話を聞くだけ、ということにはならないはずだ。少しは進展するのかも。

 アルテシアとマクゴナガルは、週末の1日、その午後に勉強会を開いていた。お互いがお互いの先生であり生徒となって、それぞれの魔法を学ぶのである。今日はアルテシアが先生役、マクゴナガルが生徒側となる順番にあたる。

 

「では、マクゴナガル先生。今回は、クリミアーナでの魔法の仕組みについてお話しします」

「このあいだの続きですね」

「そうなります。といっても、実際に魔法がどのようにして実現されていくのかなんてわかりません。ただ実感として感じるだけですけど、わたしたちの魔法は自然界の協力なくしてはありえない、そう思っています」

「なるほど。魔法書にやたらに森や湖などが出てくるのはそのため、クリミアーナ家が森のそばにあるのはそのため、ということですね」

「はい。わたしは、自然を愛せない人にこの魔法は使えない、と思っています。実際にはそんなことはないみたいですけど」

 

 では、無関係ではないのか。それが、魔法というものの仕組みとどんな関係があるというのだろう。そんな説明で、マクゴナガルは納得できているのだろうか。

 

「たとえば、ここにあるティーポット。それを見ることができるのは、光のおかげです。まったく光のない暗闇では見ることはできません」

「あたりまえのことのように思えますが」

「そうですね。でも、こうするとどうでしょうか」

 

 右手の人差指。それで、鼻の頭を軽く2度たたく。見方によれば、静かにせよと示しているように思えるが、もちろんそんなことではない。そのまま人差指で、ティーポットを指さす。

 

「消えましたね」

「はい。でもティーポット自体はそこにありますよね」

 

 マクゴナガルが、手を伸ばす。なるほど、触感ではたしかに、そこにティーポットがあった。手に持つこともできた。だが、相変わらず見えはしない。

 

「見えるというのは、つまり、物体にあたった光がはね返ってきて、目に入る。だから見えるのです」

「なるほど。たしかにそうですが、それがどういうことになるのです。このポットはなぜ見えないのです?」

「タネあかしは、光の操作です。物体にあたるべき光を、そのまま透過させます。当然、はね返ってくる光はありません。かわりに本来ならティーポットの影に隠れる部分からの光がティーポットを通り抜けて目にやってきますから、そこにあるはずのものは見えない。相変わらず説明がヘタですけど、わかりますでしょうか?」

「ええ、わかりますよ。なるほど、それが光の系統の基本なのですね」

「はい。透過率の調整もできますし、方向を変えてやるとか、順番を変えるとか、いろいろ応用はできます」

 

 2人の話は続いていく。実はこれらのことは魔法書を読めばそこに書かれている。おそらくアルテシアの説明よりは具体的であり、より分かりやすいのだろうが、まだマクゴナガルは、そこまで魔法書を読めてはいない。だがアルテシアのアドバイスに従い、とにかく知識として頭に入れておくことにしたのだ。そうすれば、より早く魔法書が読めるようになるらしい。つまり、その知識をあらかじめたくさん持っている人ほど、魔法書をより早く身に着けることができるということ。

 だからアルテシアは、魔法学校の教授であるマクゴナガルであれば、魔法書をスラスラと読めるのではないかと思っていた。だが実際は、そううまくはいかなかった。魔法族の魔法とクリミアーナのそれとでは、やはり違うのだ。似てはいるのだが、どこか違っている。承知しているはずだったが、そのことは確かな現実として、そこにあった。

 だから2人は、こうして定期的に勉強会の時間をとり、互いに教えあうこととした。この場合は逆もまた成り立つわけで、クリミアーナの魔女として目覚めたアルテシアではあっても、魔法族の魔法に関しては、それこそ1年生。まだまだ未熟なのだから。

 

「そろそろ時間ですね。これまでとしましょうか」

「はい」

「さて、なにか言いたいことがあるのでしょ。クィレル先生とのことは、スネイプ先生から聞いていますよ」

「え、そ、そうなんですか」

「あたりまえです。こういったトラブルは寮監には報告されるものなのです。すでに話したと思いますが、あなたとハリー・ポッターのことは要注意とされているのですから、なおさらです」

 

 これはスネイプの告げ口といったことではなく、学校側のシステムということだろう。寮への加点や減点が、教師がそう決め発言した時点で自動的に行われることにも似ている。

 

「ですが、あなたの口から聞きたかったですね」

「もちろん、お話しするつもりでした。そのうえで、お願いしたいことがあります」

「あなたとわたしとの約束は、これからもキチンと守りたい。そう考えています。ああ、お待ちなさい。あなたの言いたいことは分かりますが、わたしが言えるのは、なにかあったとしても教師が生徒を全力で守るということです」

 

 マクゴナガルにしても、クィレル先生が怪しいのは承知しているのだ。ダンブルドアも同意見ではるあるが、いまはようすを見るという判断がされている。この返事は、それらの事情を踏まえたもの。そのことを良しとしてはいないが、危険なことにアルテシアを巻き込みたくはない、というのも本音なのであった。

 

「でも、先生」

「正直に言いますが、まだあなたは、魔法力に目覚めて日が浅いのです。杖の扱いにも、もう少し慣れる必要があるでしょう。あぶないことはさせたくありません」

「練習はしています。パーバティが手伝ってくれています」

「それでも、クィレル先生にはかなわないでしょう。授業は仕方ありませんが、あの先生には近づかない、関わらないと約束なさい」

 

 自分を心配してくれてのこと、それはよく分かっている。それだけに強く反論もしにくいが、このまま引き下がるわけにもいかない。

 

「では、先生。せめて例の場所を見に行かせてください。その場所を見たいのです。どういうふうに保管されているのかを、見ておきたいのです」

「ですから、あぶないことをさせるわけにはいかないと」

「あぶなくないです。あぶないことはしません。約束は守ります」

 

 せめてこれだけは。これ以上は譲れない。そんな思いでマクゴナガルを見る。しばし見つめ合う形となったが、マクゴナガルが先に折れた。

 

「いいでしょう。こんなとき、クリミアーナの娘が何を考え、どう行動しようとするものなのか。わたしも魔法書を勉強していますから、少しは理解できるつもりです。我慢などできないのでしょうね」

「マクゴナガル先生」

「ただし、杖を使用するという原則は変えません。よほどのトラブルでもないかぎり、クリミアーナの魔法は禁止です。身の危険があるなどの緊急時に限り、使ってよろしい」

「あ、ありがとうございます」

「危険が予想されるときは、事前にわたしに言うのですよ。場合によってはわたしが付き添いますからね」

 

 マクゴナガルが、そこまで心配性だとは思わなかった。それがアルテシアの感想だった。だがもちろん、心配をかけているのは自分だ。まだまだ頼りないと思われているからだ。もっとしっかりしなければ。もっと、魔法を学ばねば。

 思いの行きつく先は、いつもそこだった。

 

 

  ※

 

 

 アルテシアにとって、三頭犬を見るのは生まれて初めてであった。ここに三頭犬というものがいると、あらかじめ知っていたからこそ、こうして静かに観察していられるが、もし知らなかったなら、悲鳴どころではすまなかっただろう。

 頭が3つもある、巨大な犬。それぞれに大きな口と牙がある。ヒクヒクと動く鼻やギョロリとした目も、どれもとても大きい。そんな巨大な犬が仕掛け扉の上にいるのだ。なるほど、これでは中には入れない。仮に犬をなんとかできたとしても、扉の先には、いくつものトラップが仕掛けられているそうだから、マクゴナガル先生が、完全に守られていると言うだけのことはあるようだ。

 だけど。

 アルテシアは、人差し指でその犬の指さし、そのままくるっと輪を描くように動かした。同時に、三頭犬の低いうなり声が聞こえなくなる。いや、聞こえないわけではない。うなり声はしているが、なんとも間延びした妙な音になった。せわしなく動いていた鼻や口の動きも、ひどくゆっくりとしたものになっている。

 パン、と手を打ち鳴らす。その瞬間、アルテシアの立ち位置と三頭犬の位置とが入れ替わった。いま仕掛け扉の上にいるのは、アルテシアだ。すぐに屈んで、仕掛け扉にある引き手を引っ張る。扉が跳ね上がった。

 

「ごめんね、三頭犬さん。毎日、警備ご苦労さま」

 

 扉の中に飛び込む。同時に扉が閉まり、三頭犬も、元の位置に戻っていた。うなり声の調子も、いつもどおり。これでアルテシアは、三頭犬の守りを突破したことになる。

 本来ならば、扉の中へと飛び込んだ者は、そのまま落下し、薬草学のスプラウト先生が仕掛けた植物の上へと落ちることになっている。だがこのときのアルテシアは、ゆっくりゆっくりと、落ちていた。いや、これでは降りていたと言うべきか。三頭犬の動きを遅らせたように、今度は自分の動きを遅らせているのだ。おかげで『悪魔の罠』と言われるトラップに捕らえられることはなかった。もちろん、事前知識があってこその、回避策。植物のつるのからまる様子などをじっくりと観察。

 そこからは、一本道になっていた。少し、下り坂だろうか。周囲を見回しながら、通路を進む。なにやら羽音のようなものが聞こえ始めると、出口についた。そこは、かなり広い部屋だった。天井も高く、見上げるとキラキラとした無数の小鳥が飛び回っていた。羽音は、この鳥たちのものだ。部屋の奥に扉がある。

 

「次は、あの扉ね」

 

 アルテシアはひとりだ。いちいち言葉で言う必要もないのだろうが、もちろん、無意識であろう。扉には、カギがかかっていた。ここでアルテシアは、ニコリと微笑むと、いつも持っている巾着袋に手を突っ込んだ。取り出したのは杖。

 

「開くかな? アロホモラ!」

 

 さすがに、ムリだった。これはなにも、アルテシアの魔法が未熟すぎる、ということではないのだろう。つまりが、開けることのできるカギを入手せねばならないのだ。天井を見上げる。とうぜん、そのカギはあの飛び回る小鳥たちのなかにあるはず。

 両手の親指と人差し指とで四角形をつくり、そのなかを通して小鳥たちを見る。できるだけたくさんの小鳥をとらえたところで、軽くウインク。あたかも、カメラのシャッターのようだ。これで記憶した、らしい。

 賢者の石を盗み出そうとする侵入者はカギを探してこなければならないが、アルテシアの場合、とくにカギなど必要としない。だが扉の向こう側がどうなっているのかわからないので、ひとまず扉の向こう側をこちらへ。それは、真っ暗な空間だった。少し、首をかしげて考える。暗いだけで、危険な場所ではないようだ。だが、真っ暗だと思ったその場所は、アルテシアが侵入した瞬間、光が満ちた。

 

「あ、これって」

 

 巨大なチェス盤。その駒は、まるで石像だ。なるほど、そういうことかと納得する。前夜、マクゴナガルとここへ来るにあたっての打ち合わせをしたあとで、『わたしとチェスをしましょう』と誘われた。アルテシアはチェスなどしたことはなかったが、ルールは覚えさせられたのだ。それは、この罠のためだったのだろう。

 では、この罠を正面から突破するのはムリだ。ルールを覚えたあとでマクゴナガルと対戦してみたが、手も足も出なかった。これはマクゴナガルの仕掛けたものなのだから、勝てるはずがない。この罠を正面から突破するのはムリだ。

 とはいえ、これで戻るのはあまりにもったいない。このときだけとの条件付きではあるが、せっかくいつもの魔法を解禁してもらったのだ。できるだけ抵抗させてもらおう。

 どれかの駒となって、対戦に参加し勝つ。これが突破条件だ。アルテシアはナイトを選んだ。一手、二手と手が進む。アルテシアは必死で考える。勝つのだ。なんとしても勝つのだ。

 こんなことは可能だろうか。あの駒とこの駒を入れかえる。そうすれば、あの邪魔な白のクイーンをとることができる。もちろんインチキだけど、と秘かに笑う。驚いたのは、それが可能だったことだ。たぶん盤面も含めての入れかえだからだろう。となれば、もう敵はいないようなもの。相手のキングが王冠を脱ぎ、前方の扉への道が空いた。

 次の部屋には、トロールがいた。以前、ひどい目にあった覚えがある。さすがに身がすくむ。引き返したくなったが、ここががまんのしどころ。あのときは、まだ魔法が使えなかった。なので実際にはできなかったが、思い描いた対処法はまだ覚えている。ということで、その動作速度を10分の1に制限したトロールが相手となった。それでも恐怖に足が震えていたこともあり、あぶない場面もあったがなんとか逃げ切った。

 次の部屋に入ると、通ってきたばかりの入口で火が燃え上がった。そして、出口とおぼしき前方のドアの前でも黒い炎が上がる。

 

「あらっ、閉じ込められたってわけね」

 

 トロールにおびえ震えていた足は、すっかり元通り。炎に閉じ込められたことは、恐くも何ともないらしい。楽しそうな顔で、部屋の中にあるテーブルの、その上に置かれていた7つの瓶を見る。添えられた巻紙に、それぞれの瓶のことが書かれていた。それによると、7つの瓶のなかのどれかが前方をさえぎる炎を突破できる薬であり、どれかが後方の炎を乗り越えることのできる薬であるらしい。残りは、イラクサ酒と毒入りなので、適当に選んでは失敗する確率が高い。巻紙に書かれた内容がヒントとなるが、答えを得るには、およそ魔法とは関係なさそうな論理的思考が必要となる。それが苦手な人には、どうすることもできない罠だ。だが、幸いなことにアルテシアは、それが苦手ではない。答えは、すぐに見つかった。

 次の部屋には、いや、部屋ではと言うべきか。そこには、ダンブルドアが立っていた。

 

「さすがじゃの。数々の罠もキミには簡単であったようじゃな」

「あの、ご存じだったんですか」

「キミが魔法の力に目覚めたことかね? むろん、気づいておったとも。マクゴナガル先生はまだまだ未熟だと言っておったがの」

 

 アルテシアが尋ねたのは、この立入り禁止エリアに侵入したことについてだ。だがいまさら、そんなことを聞くまでもない。

 

「最後の難関、であってほしいとは思っておるが、最後は、このわしの仕掛けを突破せねばならんのじゃよ。さもなくば、石は手にはいらん」

「石、やはりフラメルさんの石なのですね」

「ほう。キミは、ニコラス・フラメルを知っておるのかね」

「お会いしたことはありません。知識として知っているだけです」

 

 こうなっては、何をしても同じとばかり、アルテシアはダンブルドアのいる場所へ近づいていく。すぐ横にある姿見のような大きな鏡が、最後の難関なのだろう。どうせなら、よく見ておきたい。

 

「鏡は、見ぬ方がよいぞ。これには見た人の『のぞみ』が映る。キミになにが見えるか興味はあるが、いまはこうさせてもらおう」

 

 杖を振って、鏡に布のカバーをかける。

 

「キミは、魔法の力に目覚めた。もう、教えてくれてもよかろうと思うがの」

「なにを、でしょうか」

「魔法書というものがあるのじゃろ。あれが秘密のカギじゃとわかった」

「秘密?」

「キミの友だちが、このことを話しておった。それで、おおまかじゃが、理解はできた。もちろん、仕組みはわからんがの」

「友だちが? どういうことでしょうか」

 

 友だちといえば、パドマとパーバティ。それにハーマイオニー。あとは、ハリー・ポッターたちやスリザリンの数人。

 

「双子の姉妹じゃよ。なにか言い争いのようなことをしておった。そのときのに」

 

 そういえば、2人は仲直りしたのだろうか。パーバティがそうすると言ってくれたことで安心し、確認していなかった。それはともかく、魔法書だ。なぜ、そんな単語が2人の間で出てくるのだろう。2人は、魔法書のことを知っているのか。たしかに、本は何度も見ているだろうが、それが何の本かは教えたことはなかったはずだ。

 

「2人にはぜひとも仲直りしてほしいが、さしあたっての問題は、このことをクィレル先生が聞いたかもしれんということじゃ。ああ、クィレル先生のことは知っておるじゃろうの」

「はい」

 

 いろいろ、マクゴナガル先生から聞いているし、自分でも実際に体感した。あの先生は、ヘンだ。

 

「すこし、キミと話をするべきじゃろうと思う。今夜、校長室へ来るといい」

「あの、校長先生」

「ん? ああ、わかっておるよ。すぐに戻りたいのじゃろ。自分で戻るかね。それとも」

「お願いします。校長先生」

 

 ダンブルドアは、にっこりと微笑んだ。もちろん、アルテシアも。自分の魔法で一瞬にして校舎内へと戻ることはできるが、いまは、目の前にダンブルドアがいるのだ。お願いしたほうがいいに決まっている。

 




 あの三頭犬からはじまる教師陣のトラップの連続を、主人公に体験してもらいました。もちろん、下調べという意味合いです。チェスの試合では、明らかなズルをしてしまいましたが、もし主人公が「賢者の石」を取りに行ったなら、こんな感じになるんでしょうね。最後の部屋では、待っているのがダンブルドアではなくクィレルにする、という案も考えたんですが、クィレルと決着をつけるのはハリーなので、やめておきました。でも、必ずしもハリーである必要もないわけで、悩むところです。次回は、パチル姉妹とのお話となるでしょう。ではまた。

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