ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第117話 「あの人のもとへ」

 クリミアーナ家の歴史が、いつから始まったのか。それを正確に知る者など、おそらくは今、この世に生きている者たちのなかには誰もいない。仮に知る者がいるとするならば、さしずめそれはアルテシア、ということになるのだろう。

 ホグワーツへと戻ってきたアルテシアは、ハリーの姿を探した。ハリーから頼まれたことのため、である。なんでも、ダンブルドアからの宿題の手助けをして欲しいとのことだった。スラグホーンから何らかの情報を聞き出すこと、その課題をなんとかしたいという相談を持ちかけられたのだが、まだ詳しい内容までは聞かされていない。

 

「ああ、ソフィア。ハリーを見なかった?」

 

 アルテシアが学校へと戻ってきたのは、この朝のこと。ちょうど朝食の時間帯だったので大広間にいるだろうと考え、来てみたのだが先に会ったのはソフィアだった。

 

「ポッターさんなら、あそこですよ」

 

 その示した先は、大広間に置かれたグリフィンドールのテーブル。ハリーがいつもの席で食事をしている姿が見えた。そばには、これもいつものようにロンとハーマイオニーとがいる。

 

「聞いてもいいですか」

「いいよ、なに?」

「決められたんですよね、これから先のこと」

 

 アルテシアがクリミアーナ家へと戻っていたことは、ソフィアも知っている。その目的も、もちろん承知しているのだ。

 

「ティアラさんが嬉しそうに言ってました。これから忙しくなるかもしれないって。きっとそうなるって」

「そう、だね。忙しくなるのかもしれない。やることは、いろいろとあるからね」

 

 そう、さまざまやることはある。だがソフィアは、それをやりたいのか。そしてアルテシアは、それを手伝わせようと考えているのだろうか。

 

「あたしは、ティアラさんとは違うんです。魔法省をどうこうって、そんなことはしないほうがいいと思っています」

「ソフィア」

「余計な面倒を背負い込むだけだって思うんですよ。そんなことしなくたって、アルテシアさまなら」

 

 その後に、どんな言葉が続くはずだったのか。ソフィアは、そこで言うのをやめた。ただじっとアルテシアの顔を見つめてくるソフィア。そんなソフィアに、アルテシアは軽く微笑んでみせた。

 

「大丈夫だよ、ソフィア。なんにも心配はいらないからね」

「アルテシアさまが何を決められたとしても、あたしはついて行きます。ずっとおそばを離れませんから」

 

 このとき2人が話したのは、ここまで。食事を終えたらしいハリーたちが、席を立ったからだ。先に用件を片付けようと、アルテシアがハリーたちへと近づいていく。ソフィアもそのあとに続いた。

 

「や、やあアルテシア。何日か姿を見なかったけど、どうしてたんだい?」

 

 そう言ったのは、ハリー。そのとき、どこか慌てたように見えたのは気のせいだろうか。アルテシアは、ハーマイオニーとロンにも目を向けながらハリーにささやいた。

 

「あなたに相談されてたことだけど」

「あ! ええと、そのことならもういいんだアルテシア」

 

 その返事が、あまりに意外だったのだろう。アルテシアの表情が、まさにそのことを示していた。

 

「どういうこと、もういいって……」

「実はさ、もう解決したんだよ。ほら、キミと話をしたあとで、ぼく、幸運になるだけでいいんじゃないかって気がついたんだ」

「幸運に、なる?」

「そうなんだ。詳しいことは話せないけど、スラグホーンからは話を聞けたよ。だから、もういいんだ。もう解決したんだ」

 

 どうしてそういう返事になるのか、それがアルテシアにはわからない。もちろん詳しい説明を求めたいところだが、アルテシアはそうはしなかった。詳しいことは話せないとハリーは言ったのだから、重ねて尋ねたところで無駄に違いない。残念なことにアルテシアは、過去に同じような経験をしたことがある。

 

「わかった、ハリー。つまりわたしにできることはもうないよって、そういうことなんだね」

「そ、そういうことになるかな。なにしろもう解決しちゃったからね」

「だったらハリー、これからわたし、自分のことをやることにするけど、それでいい?」

「もちろんだよ。キミに迷惑はかけられない」

 

 話をしたのはここまで。ハーマイオニーが何度も振り返っていたが、ハリーのあとからロンとともに大広間の外へと歩いていく。その3人を、アルテシアは何も言わずに見送るしかなかった。解決したというのだから、これで良しとするべきなのだろう。

 だけど、とアルテシアは思う。

 ハリーの相談事はいつも『詳しいことは話せないんだけど』という言葉で始まる。つまりハリーには、アルテシアに対してなにもかも話す、という選択肢はないのだ。そのくせハーマイオニーやロンにはちゃんと話をしているらしい。以前にも、そんなことがあった。

 それがなにより残念だとアルテシアは思っているのだが、だからといって、どうにかできることではない。

 姿が見えなくなってもなお、ハリーたちの去った方向を見つめているアルテシアの手を、ソフィアがそっとつかむ。

 

「アルテシアさま」

「ああ、うん。さてと、わたしたちも、やるべきことをやっていかないとね」

「わたし、たち…… たち、なんですね。そう言いましたよね」

 

 そのことに、ソフィアは何を思ったのか。アルテシアは、にっこりと微笑んでみせた。そして。

 

「もちろんだよ、ソフィア。あなたには、ずっとわたしのそばにいてほしい。ずっとずっとそばにいてね。後悔させるようなことは絶対にないから」

「はい、はい。もちろんです。わかってます。絶対に離れません」

 

 ポンとソフィアの肩を、アルテシアが軽くたたく。それぞれに成長はしているのだろうが、2人の身長は相変わらず同じくらいなまま。だから、目線の位置もほぼ同じ高さである。

 

「今夜、アディナさんに会いたいの。学校が終わったら訪ねていくって、そう伝えておいてくれる?」

「わかりました。でも夜と言わずに今からでも」

 

 アディナとは、ソフィアの母。そのアディナに用事があるということで、すぐさま伝言を伝えに行こうとしたソフィアだったが、アルテシアが軽く首を横に振ってみせた。

 

「授業があるからね。それが終わってからでいいよ」

「そんなもの……」

 

 どうでもいい、という言葉を続けようとしたのかどうかはわからない。なにしろ、ソフィアの口から出たのはそこまで。どちらからともなく微笑みあって、そのまま2人は朝食のテーブルへと座った。

 

 

  ※

 

 

 大広間を出たところで、なぜか急ぎ足となっていたハリーをハーマイオニーが呼び止める。

 

「待って、待ってよハリー。あなた、アルテシアと話をしなくていいの? 何か約束してたんだったら……」

「いいんだ、ハーマイオニー。スラグホーンのことだ。もう済んだじゃないか。話は聞けた。ダンブルドアの宿題は終わらせたんだから」

「ええ、そうね。でもハリー、もしもあの課題のことでアルテシアに協力を頼んでたんだとしたら…… だったら、ちゃんと結果も知らせなきゃいけないわ」

 

 一瞬、ハリーの顔に困惑の色が浮かぶ。少なくともそう見えたのだが、ハリーの口から出た言葉はハーマイオニーが期待したものではなかった。

 

「ぼくはちゃんと言ったよ。結果も伝えた。解決したってね。ただラッキーになるだけでよかったんだって」

「違うわ、ハリー。あたしが言ってるのは」

「わかってるさ。わかってる」

 

 いったん止まっていた足が、また動き出す。この場に残っているわけにもいかないので、ロンとハーマイオニーもその後に続くしかない。

 幸運になる、とはどういうことなのか。もちろんそのことは、この3人の間では了解済み。すなわちハリーには、いつでもその状態になれる手段があったということだ。それを飲めばなにかと幸運に恵まれるという、フェリックス・フェリシスという名の魔法薬のことである。

 ダンブルドアからの薦めもあって、ハリーはアルテシアに宿題履行への協力を求めた。だがちょうど、アルテシアがクリミアーナ家に戻ろうとしていたところであったため、学校に戻ってきたときに改めて話をすることになっていた。だがハリーは、アルテシアとその約束したあとで、幸運の魔法薬のことを思いだし、スラグホーンから情報を得るために利用できそうだと考えたのである。結果、フェリックス・フェリシスに導かれ、スラグホーンの記憶を引き出すことに成功。すなわち、宿題が完了してしまったのである。

 

「それにいま、ぼくにはそんなことをしている余裕がないんだ」

「どういうこと?」

「それは、こういうことさ」

 

 その疑問に答えたのは、ハリーではなくロンのほうだった。

 

「ハリーのやつ、ダンブルドアと出かけることになってるんだ」

「出かける? これから?」

「いや、今すぐってことじゃない。でも、もうすぐ連絡がくるはずだ」

 

 そのとき、すぐに出発したい。だから今は、ほかに何かしているヒマがない。ハリーはそう言うのである。

 

「手に入れたスラグホーンの記憶によれば、分霊箱はあと4つあるはずなんだ。全部見つけ出して壊さないと、ヴォルデモートを倒せないんだ」

「それはわかってるけど。でもね、ハリー」

「聞いてよ、ハーマイオニー。ダンブルドアが分霊箱を探してる。だけど、任せっぱなしじゃダメなんだ。ぼくも探すべきだと思うんだ。いや、ぼくも、じゃない。ぼく自身がすべきことだと思うんだ。今度出かけるときには、ぼくも連れて行ってくれることになってる。今夜あたり、出発できそうだってダンブルドアが言ったてたんだ」

 

 それにもし、とハリーはなおも言葉を続ける。分霊箱の捜索が大変であることは疑いようがないのだし、危険が伴うことは十分に考えられる。その危険にアルテシアを巻き込んでしまうことになるかもしれない。そういうことにはしたくないのだと。

 

「そうかしら。むしろ、ひっぱり込んだほうがいいって思うわ。あたしたち、きっとアルテシアのそばを離れちゃいけないんだと思う」

「いや、これはぼくの問題だ。助けてもらうんじゃなくて、自分で解決しなきゃいけないんだよ。だからアルテシアには何も言わないほうがいいんだ」

「そ、それはそうかもしれないけど。でもハリー……」

 

 ハリーの言うことはわかる。だけどアルテシアなら…… その先の言葉をハーマイオニーは声に出さずに飲み込んだ。なるほどこれは、ハリーに大きく関わる問題なのだ。そのハリーが決めたのなら、反対するのは難しい。でも、それでいいのだろうか。

 ハーマイオニーが無口になったので、ハリーも前を向いて歩き始める。こんなときこそロンが何か言えばいいのだろうが、そのロンも、なにやら思うことがあるのだろう。

 3人ともに黙ったまま歩く。その最後尾を歩きながら、ハーマイオニーはあることを考えていた。なにもかもがうまくいくとは限らない。なにかしら、不都合がおきることは十分に考えられるのだ。そんな万が一の時のために、なにかできることはないのか。なにか、対策はないのか。必要なものはないのか。

 思いついたのは、おおよそ1年前のこと。魔法省の神秘部にアルテシアを呼んだ、魔法の玉のことだった。あの玉があれば。あの玉はきっと、いや必ず役にたつだろう。ハーマイオニーはそう思った。推測でしかないが、アルテシアはあの人よりも強い。おそらくはダンブルドアよりも。そしてもちろん、自分たちなどよりも。

 

「けど、もう一度もらえるのかな」

 

 そのつぶやきはハリーとロンの耳には届かなかったようだが、そんな不安がハーマイオニーを包む。だけど、なんとかしなければいけない。2人の後をゆっくりと歩きながら、ハーマイオニーはそのことを考え始めた。

 

 

  ※

 

 

 午前中の最後の授業は、3年生の闇の魔術に対する防衛術。これが終われば昼食時間なのだが、スネイプの助手としてこの授業を終えたアルテシアは、すぐには大広間へと行くことはできなかった。

 スネイプに呼び止められたからである。

 

「今夜だ。吾輩が案内するが、どうなるかわからんぞ。すなわち、おまえ次第ということになる。それでいいか」

 

 スネイプに話しかけられ、アルテシアは、首をかしげる。そして。

 

「それって、例のあの人のことですか。会わせていただけるってことですよね」

「午後の授業を終え、夕食を済ませたら出るぞ。何か用事があるのならそれまでにかたづけておけ」

「わかりました。でも先生、出発は学校の外で待ち合わせしてから、ということでいいですか」

「なぜだ」

 

 スネイプには当然の疑問だろうが、アルテシアにはルミアーナ家を訪ねる予定がある。ソフィアがすでに実家に伝えたかどうかはともかく、アルテシアには予定をキャンセルするつもりはないらしい。そのことを、スネイプに説明する。

 

「そうか。ではそうしよう」

「すみません、先生」

「それはさておき、会うための前提条件として約束をしてもらわねばならんことがある」

「なにか約束しないと会わないと、あの人がおっしゃったのですか」

 

 スネイプからの声による返事はない。ただじっとアルテシアの顔を見つつ、わずかにうなずいてみせただけ。

 

「わかりました。どんな約束をすればいいのですか」

 

 その返事に、スネイプがふっと軽く口元を緩めたように見えた。あるいは笑ったのかも知れないが、人差し指を一本たててみせた。

 

「いいのか。おまえにとって不利になりこそすれ、得はしないぞ」

「構いません。それで、何を約束すれば」

「約束するのは、ただ一つ。おまえが魔法を使わぬこと。それだけだ」

「あの、それは今回限り、ということでいいですか」

 

 今後一切、などということになれば、それは無理難題でしかない。当然のことながら、約束などできない。

 

「今夜だけだ。おまえを屋敷に連れて行き、そこから連れ帰るまで。それでかまわんな」

 

 すぐには、アルテシアからの返事はなかった。だが、それもわずかのあいだだけ。すぐに、緊張感が浮き出た顔が縦に揺れた。

 

 

  ※

 

 

「えっ! じゃあアルテシアは」

「学校にはいないわよ。ルミアーナ家って分かる? ソフィアの実家だけど、そこに行ってる」

 

 ホグワーツの女子寮である。ハーマイオニーは、アルテシアと話がしたかった。するべきだと思っていたのだが、肝心のアルテシアが夕食時に大広間に姿を見せなかったのだ。なのでハーマイオニーは、食事を終えてからマクゴナガルの執務室を訪れた。公式にはホグワーツでのアルテシアの部屋はマクゴナガルと同じ部屋とされているからで、実際にマクゴナガルの部屋で起居することもあるからだ。だがこのとき、そこに彼女はいなかった。なので女子寮に戻り、パーバティに居所を尋ねたという流れである。

 

「何をしにって、聞かないの?」

「あ、えっと。もちろんだけど、それより戻ってくるのよね?」

 

 そんな問いを発したハーマイオニーに、パーバティが軽く笑って見せた。

 

「さすがね。ちゃんと、そこに気づくんだ」

「どういうこと? まさか戻ってこないとか」

「どうなるか、なんてあたしには分からない。でも、たぶんだけど、心配はいらないと思う」

「どういうことなの、パーバティ。ちゃんとわかるように説明して」

 

 意識してのことではないのだろう。だがハーマイオニーの声は、明らかに大きくなっていた。このとき浮かんだパーバティの笑みは、きっと苦笑に違いない。

 

「落ち着いてよ、ハーマイオニー。あなたが誰にも言わないって約束してくれるのなら、話してもいいけど」

「なによ、それ」

 

 この部屋には、もう1人いる。ラベンダー・ブラウンである。チラとハーマイオニーの視線が向けられたのを機に、ラベンダーが話に入ってくる。

 

「話してあげたら、パーバティ。結局のところ公然の秘密ってやつでしょ。何日かしたらハリーやロンにだって知られちゃうんだと思うけど」

「つまり、あなたも知ってるってことね。だったら、あなたが教えてよラベンダー。アルテシアはどこに行ったの?」

 

 ルミアーナ家に行ったと最初に言ってあるのだが、ハーマイオニーはそんな言い方をした。もちろんその目的を尋ねたものだろうが、パーバティは軽くため息。

 

「わかった、ハーマイオニー。だけど質問なんかはナシ。余計なことは言わないこと。いいわね?」

「そんな約束、しないわよ。とにかく、教えなさい。アルテシアはどこに行ったの?」

「ルミアーナ家よ。それから例のあの人に会いに行くことになってる。今ごろはあの人のところにいるのかもしれないけどね」

「あの人? あの人って、あの人? 名前を言ってはいけないあの人のこと?」

 

 そうだ、という返事はない。軽くうなずいてみせただけのパーバティと、それを見つめるハーマイオニー。ラベンダーは、ハーマイオニーのほうを見ていた。そのハーマイオニーが口を開く。

 

「それ、危ないと思う。いくらアルテシアでも危険じゃないかしら」

「だけど、あの人にはどうしても会う必要があるの。あたしは、アルがそうする理由を知ってる。それに、絶対に安全な方法を取ることになってる」

 

 絶対に安全な方法? そんなものあるはずがないと、ハーマイオニーは思う。だが、もしも。アルテシアならば、そんなこともあり得るのだとしたら。仮にそうなら、役に立つだろう。

 

「パーバティ、その安全な方法のことだけど、あたしたちにもできるの?」

 

 ハーマイオニーがこんなことを言い出したのは、今夜あたり、ハリーが分霊箱を探すために出かけることになっているからだ。ダンブルドアと一緒ではあるのだが、まったく危険がないとは言い切れない。なので、少しでも安全になればと考えてのこと。だがパーバティからは期待した答えは返ってこなかった。すなわち、否の返事である。

 

「あんなこと、あたしにはムリ。アルテシアだからこそできるのよ」

「でも、パーバティ。アルテシアに色々と教えてもらってるじゃないの」

「それを言うなら、あんただってアルのノートを持ってるでしょ。勉強会にだって参加するようになったんだし、立場は変わんないと思うけど」

「けど、だけど」

 

 本当にそうだろうか、とハーマイオニーは思う。たしかに黒いノートからは様々なことが学べるし、アルテシアたちとの勉強会もとても有意義なものだ。だけどハーマイオニーは、それらを最近始めたばかりでしかない。ようやく学び始めたところだが、それだけでも、魔法書のすごさはよく分かる。そんな魔法書を、アルテシアは幼いころよりずっと学んできている。そしてパーバティは、そのアルテシアとホグワーツ入学以来いつも一緒にいた。

 そんなパーバティと自分とが、同じだと言えるだろうか。なおも、ハーマイオニーは考える。なるほど、学校の評価でいけば上になる。1年生のときからずっと、成績優秀のレッテルはハーマイオニーの側に貼られていた。常に実技ランクの上位にいたのも、ハーマイオニーだ。だけど。

 パーバティは、1年生の頃よりずっとアルテシアのそばで、アルテシアを見ていた。話を聞いていた。おそらくは1年生の頃より、さまざまなことを学んでいたのだろう。そしてそれは、いまではかなりの差となっているのではないか。そんな思いがハーマイオニーの中をよぎっていく。

 

「ねえ、パーバティ。あたしに力を貸してくれない?」

「あらあら。そう来ましたか」

「えっ? どういうこと」

 

 この疑問の声はハーマイオニーだが、質問された方のパーバティから、すぐさま疑問が返される。

 

「どうせ、ポッター絡みなんでしょ。でも今、それをあたしに言うのは間違ってる。なぜアルテシアに言わなかったの? 協力して欲しいのなら、ポッターがちゃんと事情を説明して頼めばよかったんじゃないの。アルと話をして相談するべきだったのよ。そうしてればアルは」

「待って、待ってよ。ハリーはなにも秘密にしてるわけじゃないわ。誰にでも話せるようなことじゃないし、ハリーは、アルテシアを危険に巻き込みたくないって思ってるのよ。だから」

「待つのはそっちだよ、ハーマイオニー。あたしに力を貸せってことは、あんたの言う危険に巻き込まれてくれってことでしょ。そう聞こえるんだけど」

 

 なるほどハーマイオニーの言い分は、そのように受け取ることができる。だがパーバティは、なにもそんな皮肉めいたことが言いたいわけではなかった。

 

「アルテシアのことだから頼まれれば協力してたと思うけど、でも今からは無理だよハーマイオニー。これからアルテシアは、自分のことだけで精一杯になると思う。それが終わるまでは、他のことはなんにもできないんじゃないかな」

「だから何をしてるの? たしか、あの人のところに行くって言ってたけど本当なの?」

「とりあえずあの人と話をするため、なんだけどね。そのあとどうなるにせよ、これはクリミアーナの重要な問題だから決着するまで待つしかないよ」

「話をするって、そんなことができる相手じゃないのよ、パーバティ。あなた、忘れてない? あの人は、アルテシアの魔法書を狙っていたことがあるのよ」

 

 それは1年生の時のことだろう。パーバティはそう思ったが、何も言わなかった。なるほど、ヴォルデモートに支配されていたクィレル教授がアルテシアに魔法書を渡すようにと迫ってきたことがあった。でもそれだけだ、とパーバティは思っている。誰であろうと魔法書を奪うなどできるはずがないし、仮にできたとしても、そのことにそれほど意味があるとは思わない。

 

「ただ危険に飛び込んでいくだけだわ。絶対に安全な方法なんて、あるはずもないし」

「確認と交渉のためだよ。言わないと納得してくれないだろうから言うけど、確認っていうのは、あの人の闇の魔法にクリミアーナが関係しているのかいないのか。交渉は、周りに迷惑をかけるようなことはするなってこと。説得のほうが近いのかな」

「まさか。そんなことできるはずがないわ」

 

 ヴォルデモートが交渉に応じるはずがないし、説得を受け入れるなんてあり得ない。それがハーマイオニーの正直な気持ちだろう。だがもし、そんなことができるのだとしたら……

 

 

  ※

 

 

 魔法界には、古くから続く旧家がいくつか存在する。クリミアーナ家の歴史もかなりのものだが、そのほとんどは魔法界とは別に歩んできたものであり、その長い歴史のなかで、それら旧家との交流などはほとんどなかった、と言ってもよい。

 そんな旧家の一つを今、アルテシアが訪れていた。スネイプとともに、この家の玄関前へと姿現わししたところである。もちろん魔法使いの屋敷であり、相応の歴史を持つ旧家である。

 

「おまえは、この家には来たことがあるのだったな」

「そうですけど、あの人はこの家にいるのですか」

 

 アルテシアは以前、この家の息子に誘われて訪れたことがある。そのときのことを思い出すかのように屋敷を見上げるアルテシア。

 

「もっとも今、この家の本来の住人はいない。ゆえに初めてとさほど変わりはないか」

「中には、デス・イーターの人たちもいるのですか?」

「いないだろう。今夜は皆、別の用件で出ているはずだ。いや、一人はいるのか。あやつも一応、デス・イーターのつもりでいるだろうからな」

 

 誰のことか。それをアルテシアが尋ねなかったからか、スネイプのほうもそのことには触れず、話を進めていく。

 

「それよりも、ベラトリックス・レストレンジという名に覚えがあるか。なにやら、おまえとの因縁があるようなことを言っていたが」

「ベラトリックス? さあ、どうでしょう。わたしには覚えがありませんけど」

「そうか。まあ、それでよかろう。あの女が、おまえをどうこうできるとは思えんからな」

 

 別に呼び鈴を押すでもなく、そのままドアを開けて屋敷の中へと入っていく。誰の出迎えもないかと思いきや、そこには人の姿があった。

 

「どうぞ、こちらへ。しばらくお待ちいただくことになります」

 

 あいにくと、ヴォルデモートは食事の時間であるという。終わるまで待つようにと客間へ通されたのだが、スネイプだけは、すぐにヴォルデモートのいる食堂へと行かねばならないらしい。一瞬顔色を変えたスネイプだったが、ヴォルデモートの指示だということで、すぐに部屋を出て行った。

 

「さすがに不安になるだろう。こんな場所で一人にされて」

「いいえ、そんなことはありませんよ」

「ふん。強がるのもいいが、それがセブルス・スネイプが戻ってくると思ってのことだったら無駄だぞ」

「戻らないってことですか。どういうことでしょう?」

 

 目の前でにやにやと笑っている男のことを、アルテシアは知っていた。ヴォルデモート復活の儀式のとき、その手伝いをしていた男であり、ネズミに変身することができる動物もどき。

 

「他に大事な用事がある。わが君の、闇の帝王のご命令なのだ」

「あなたはいいんですか? そんな大事な用事があるのに、こんなところにいて」

 

 精一杯の皮肉、とでも受け取ったのだろう。その男の表情が明らかに変わったが、それだけだった。

 

「くそっ、生意気な女だ。これがご命令でなければ、おまえなど相手にするものか」

「そうですか、それは失礼。でも、そんなこと気にする必要はないですよ。わたしは、逃げたりはしません。あの人が夕食を終えるまで待っていますから」

 

 つまりその男は、監視役。ヴォルデモートから、そのような命令を受けているのだろう。事実はさておき、アルテシアはそう判断した。

 

「それで、スネイプ先生が戻らないとは、どういうことなのでしょう?」

「だから言っただろう。他に用事があるのだと」

「その用事って、なんです?」

「ばかめ、それを教えると思うのか。とにかくあの男はもう、この屋敷にはいない。おまえは置いていかれたのだ。わが君のご命令でな」

 

 なおも、アルテシアは考える。スネイプがこの屋敷にいない、というのは本当なのだろう。ヴォルデモートの命令でどこかへ行ったようだが、それはつまり、何らかの用事で出払っているデス・イーターたちと合流したと考えるのが自然だ。それが何かは不明だが、自分もそちらへ行くべきなのか、それとも予定通りにヴォルデモートと会ったほうがいいのか。

 

「どうした。さすがに心細くなってきたんだろう」

「いえ、このあとどうしようかと。それを考えています」

「言っておくが、逃げだそうとは思うなよ。見ろ、俺は杖を持っているんだぜ」

「杖? それが何です?」

 

 たしかに、その男は杖を持っていた。だが、それだけのことだ。アルテシアは不思議そうな顔で、その男を見る。

 

「たしかおまえは、魔法の使用を禁止されてるはずだよな。この俺にだって、勝ち目はあるってことだ」

「そんなことまで知ってるんですね。でもなぜ?」

「なぜ、俺が知っているか。それを知りたいんだろうが、お嬢ちゃんよ。知らない方がいいってこともある」

 

 答えなど聞かされずとも、その意味はわかる。それが、スネイプからの情報だということぐらい。

 

「それにおまえは、逃げたりしないと言ったはずだ。食事を終えるまで待つとな」

 

 たしかにそうだった。もちろん気にする必要などないことなのだが、ヴォルデモートと話をすることは、アルテシアにとって意味のあること。その意味では絶好の機会なのである。アルテシアは、このままヴォルデモートが来るのを待つことに決めた。

 




 クリミアーナの森で色々と考えてきたアルテシアですが、まだ、すべてが決したわけではありません。基本方針が決まったといったところ。学校へと戻ってきて、まずはハリーと会いますが、相談相手とはなりませんでした。それではと、アルテシアは自分のことに取りかかっていきます。まずは、あの人のところへ。
 デス・イーターの方々がどこへ行っているのかは、たぶん、想像なさったとおりです。
 次回は、あの人とご対面です。

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