ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第115話 「スネイプの行き先」

 土曜日の朝食後である。大広間は片付けられ、各寮の寮監である4人と魔法省から派遣された『姿現わし』の指導官である小柄な魔法使いとが、そこに集まった生徒たちの前に立っていた。

 申し込みを済ませた6年生たちへの、第1回の『姿現わし』練習が行われるのである。

 

「みなさん、おはよう。私はウィルキー・トワイクロスです。これから12週のあいだ、皆さんに『姿現わし』を指導し、全員が『姿現わし』の試験に合格できるようにしていくつもりです」

 

 指導官のあいさつの間も、生徒たちの中では、ヒソヒソ話が絶えない。マクゴナガルが一喝し、ようやく静かとなる。トワイクロスの話が続く。

 

「知ってのとおり、ホグワーツ内では通常『姿現わし』も『姿くらまし』もできませんが、それではこの講習が成り立たない。よって特別措置を講じておりますのでご安心を」

 

 まずは全員が、それぞれ間隔を開けて並ぶことからはじまった。そしてトワイクロスが杖を振ると、全員の前に木の輪っかが現れた。

 

「よろしいかな、皆さん。『姿現わし』で覚えておかなければならない大切なことは3つの『D』。まずはどこへ行きたいか、しっかり思い定めること。今回は、この輪っかの中ですぞ。その他はダメです。よろしいか、『どこへ』に集中してください」

 

 そして第2のステップとして『どうしても』。トワイクロスによれば、どうしてもそこに行きたいという決意を目的の空間に集中させる必要があるようだ。第3のステップは、回転。その中に入り込む感覚で『どういう意図』でその場へ行くのかを考えながら動くとよいらしい。

 

「では、皆さん。やってみましょう。輪っかの中へ、ですぞ。さあ集中して。いち、に、さんの号令に合わせて。では、いち、にぃ、さん!」

 

 いきなりの『姿現わし』要求に、誰もがとまどったのか成功した者はいなかった。もう一度やっても同じだった。

 

「よいよい、最初からできるとは思ってないからね。なにしろ12週の予定だ。そんなに慌てないで、といったところだろう」

 

 そして、3回目の挑戦。誰もがそう思ったが、トワイクロスは見本を見てもらおうと言い出した。

 

「皆さんにとっては、とてもいい経験となるでしょう。この『姿現わし』は必見ですぞ」

 

 そして、なにかしら合図を送る。それをどこかで見ていたのだろう。トワイクロスの前にある輪っかの中に現れたのは、なんとアルテシア。一応、ボンッという特有の音はしたのだが、この場合、本当に姿現わしだったのかどうかは疑わしい。だがトワイクロスは、いまのを見本として忘れずにいるようと生徒たちに告げた。

 

「彼女も私と同じく魔法省派遣ですが、私と違ってホグワーツの常勤です。だから、いつでも『姿現わし』の極意を聞くことができるという訳です。なにしろこのお嬢さんは、ものの1時間で『姿現わし』を習得していますからね。その秘訣を聞くといいと思って、今日は特別に来てもらい、実演してもらったという訳です」

 

 どうやらアルテシアは、事前に魔法省より『姿現わし』の講習を受けていたらしい。となるとあれは、転送ではなくちゃんとした『姿現わし』だったのか。

 

「今日のところはここまで。我々はまた次の土曜日にということになりますが、先ほども言ったようにこのお嬢さんは残るのです。可能な範囲で話を聞いておけばきっと役立ちますよ」

 

 杖を一振りして輪っかを消し、トワイクロスが教師陣に付き添われて大広間を出ていった。するとたちまち、アルテシアのまわりに人だかりができていく。もしかすると『姿現わし』のことだけではなく、退学処分のことや講師としての復帰のことなども聞いてみたくて集まっているのかもしれない。

 

 

  ※

 

 

 アルテシアがホグワーツの講師となって、1カ月が過ぎた。すでに周囲の状況も落ち着きをみせており、いつしか、そこにアルテシアがいることが普通のことになってきていた。

 そのアルテシア本人だが、いろいろとやることが増えてしまったためもあり、忙しくなっていた。クリミアーナ家にいるときであればゆっくりと散歩ができたし、じっくりと考える時間もあった。だがホグワーツでは、魔法薬学の授業がある。助手であるがゆえに授業前の準備などにも手を取られるし、スラグホーンではなくアルテシアに質問してくる生徒も少なからずいるため、なにかと大変なのだ。

 だけど。

 ホグワーツにいるからこそ、できることもある。アルテシアは、授業と並行しつつそちらのほうも進めていた。

 まずは灰色のレディ、ヘレナ・レイブンクローのことだ。ヘレナは何か知っていて、それをアルテシアに話す機会をうかがっていたはず。それで間違いないため、どうしてもヘレナと会わねばならなかった。

 だがヘレナは、再会してもその話をしなかった。パーバティと約束したからというのがその理由で、学校にいられることになったのだから、あわてなくてもいいじゃないかと言うのだ。これには、アルテシアも苦笑するしかなかったが、いずれその日はやってくる。ちなみにパーバティとは、学校内に生徒がいなくなる学年末から新学期にかけての休みの期間に、という話になっていた。

 次に、アルテシアが独自にやろうとしている勉強会。まだ準備中といったところだが、日曜日の10時から防衛術の教室を借りて行うことが計画されている。いまのところ、参加希望者は10人にも満たない数だ。もっといても良さそうなものだが、アルテシアの魔法のノートを持つ人を中心に意向を聞いただけなので、そんな程度なのは仕方がない。そもそも魔法のノートは、まだ8冊しか配っていないし、そのうち2冊はスネイプとマダム・ポンフリーなのだ。

 そして、ドラコのこと。

 ドラコがいわゆるネックレス事件の犯人であり、ダンブルドアの殺害とともにホグワーツへの侵入経路の確保を命令されていることは承知している。ドラコによれば学年末まで猶予があるらしいのだが、早急になんとかする必要がある。手っ取り早いのは、ヴォルデモートとの直接交渉だ。今のところアルテシアは、その方法を考えている。居場所については、そのうちティアラから報告が来ることになっていた。

 

 

  ※

 

 

「間違いなく、昼間に起きた事件のことでしょうな。吾輩もそうでしたから」

 

 その事件後から数時間。夕方になってから、ダンブルドアより校長室へ来るようにとの指示が、スネイプを介してマクゴナガルに届けられた。これから向かうことになるが、スネイプはマクゴナガルに伝えに来ただけであり、すでにダンブルドアとは話を済ませているという。

 

「関係した生徒がすべてグリフィンドールですからね。当然のことだと思いますよ」

「あの娘がいないときに事件が起こった、それはどうです? これも偶然なのですかな」

「ええ、偶然だと思いますね」

 

 その事件とは、つまりこういうことになる。ロミルダ・ペインという女子生徒が、ハリー・ポッターに思いを寄せるあまり惚れ薬入りのチョコレートをプレゼントしたのだが、惚れ薬のことに気づいていたハリーは食べずに置きっぱなしにしていた。それを、ロンが食べてしまったのである。

 惚れ薬の影響が出始めたロンの扱いに困ったハリーは、ロンを引き連れスラグホーンのもとに駆け込んだ。さすがにスラグホーンである。すぐに惚れ薬の解毒剤を用意し、ロンに飲ませて一件落着。ちょうどロンの誕生日の朝であったこともあり、その祝いとして乾杯しようという話になった。

 そして飲んだのが、スラグホーンの手持ちの飲み物のなかにあった蜂蜜酒という訳だ。真っ先に飲んだロンの容態が急変し、とっさにハリーがベゾアール石をロンの口に突っ込み、最悪の事態は回避された。スラグホーンの部屋であり、スラグホーンの持ち物の中にベゾアール石があったこと、それをハリーが素早く見つけられたことなど、いくつもの幸運が重なっての結果である。

 

「だがいずれ、あの娘もこの話を耳にすることになる。そのとき、事態は動くことになりますかな」

「さあ、どうなりますか。わたしはむしろ、あの子が魔法省に出入りせねばならないことのほうが心配なのですけどね」

「ほう。それはつまり、あのお方の存在があるからですかな。しかし当然、あの娘も承知しているはず。いまさらではないですかな」

 

 校長室へ行かねばならない。なのでマクゴナガルは席を立っているのだが、スネイプの話は終わらず、マクゴナガルも返事をすることになる。スネイプのいうあのお方とは誰のことなのか。魔法省にいる人物であるようだが、その名前が出てこないのは、それが誰のことを指しているのか互いに了解しているからだろう。

 

「この事件に、例のあの人が無関係であるはずはありません。つまりあのお方は、事件とは無関係。ですけれど」

「あの娘が誤解をしてしまう、というのですかな。それほどあほうだとは思いませんが」

「そのようなことを心配しているのではありません。気になるのは、あの子が魔法省に不審を抱くこと。その可能性です」

「ほう」

「魔法省の依頼だからこそ、アルテシアは引き受けたのです。あの子にとって魔法省は、いわば魔法界。その魔法界の最高責任者である人物からの依頼は、たとえばマグル生まれの魔女にホグワーツへの入学案内が届いたようなものですからね」

 

 そこで断ればどうなるのか。それは魔法界への招待状を破棄する行為に等しく、その入り口を閉ざす結果につながりかねない。そういう想いが、アルテシアのなかにはあるのだという。正確に何世代となるのかなど、わからない。だがかなりの長期にわたり、クリミアーナが魔法界から離れていたのは確かなのだ。

 

「確かに教師という仕事に興味を持ってはいるのです。ですが、今回のような形での講師などを望んではいません」

「そういえば、闇祓い局の見習いたちへの指導ということだったそうですな」

「ええ。ですがなぜか、派遣先はホグワーツ。仮にですよ、このことがその裏でなにやら計画されてのことだとしたら。それをアルテシアが知ったなら」

「しかし、ダンブルドアが申し入れたからこその結果なのでしょう。あの娘も、そのことは知っているのでは」

 

 もちろん、そうだ。だから、マクゴナガルもうなずいてみせた。だがマクゴナガルには、どうしても払拭できない疑念があるのだという。

 

「どこかにウソが紛れてはいないのか。都合良く利用しようとしているのではないか。もしそうなら、あの子が気づくより早く、それを知り対処する必要があります。もちろん杞憂であってくれれば、それがなによりなのですが」

 

 スネイプとの話も、これで一区切り。今度こそマクゴナガルは、自身の執務室を出た。

 

 

  ※

 

 

「何があったのか、スラグホーン先生からも話は聞いています。結果としてひどいことにならなくてよかった」

「そうじゃな。わしも、そう思うておる」

 

 校長室である。他には誰もいない。校長室には歴代校長の肖像画という目と耳があるが、今はそれを気にする必要はない。

 

「どうやら原因は、オーク樽長期熟成の蜂蜜酒にあったようでの。スラグホーンは、それをこのわしへのプレゼントとするために手に入れたと言うておったが」

「それは三本の箒のもの、ですか。マダム・ロスメルタの」

 

 ダンブルドアが、ゆっくりとうなずく。スラグホーンの証言により、それは明らかなのだ。

 

「そこへ何者かが毒物を仕込んだ、ということになる。犯人の目的は、おそらくはネックレス事件と同じじゃろうと思う」

「では、またも失敗したということですね。それは、お目当ての人物へは届かなかった」

「仮に届いておれば。わしの好物じゃからして、今ここで、こうして話などしていなかったかもしれんのう」

 

 そう言い笑ってみせたが、もちろん笑えない冗談だ。仮にそうなっていたら、ホグワーツのみならず、魔法界に緊張が走っていただろう。

 

「犯人捜しをされるのですか」

「いいや。それなりの目星はついておるゆえ、必要はなかろうと思う」

「ドラコ・マルフォイではない、とわたしは考えていますが」

「ふむ。たしかに実行犯は変わったのかもしれんのう。じゃが、元は同じであろ」

 

 ネックレス事件を仕掛けたのはドラコだ。このことはダンブルドアも承知しているが、あえてそれは放置したままとしている。そして、今回の事件が起こったのだ。

 

「アルテシア嬢は、何か言っておらなんだかの。きっと何か、知っておるはずじゃと思うが」

「この事件のことは、まだ知らないはずです。今日は、朝からトンクスと出かけていますから」

「そう言えば、週末はホグワーツ不在であったか。なんとも忙しいことじゃの」

 

 毎週土曜日、闇祓い局においてアルテシアは、闇祓いになろうとする者への指導を担当している。なぜか自由参加とされているため出席率は低いのだが、参加している者に対してはおおむね好評なのである。また、キングズリー・シャックルボルトなどの正式な闇祓いも顔を見せるなどしている。

 

「犯人の目星はついたにせよ、今回も見逃されるのですか。それではいつまでも解決しないのでは」

「心配はいらんよ。解決のめどもつけてある。スネイプ先生の手を煩わせることにはなるが、なんとかなるじゃろう」

 

 つまり、そのための打ち合わせはすでに終わっているのだ。そういうことになると、マクゴナガルは思った。だが、その内容を伝えるために呼ばれたのではないのだろうとも、思っている。もしそうなら、スネイプと一緒に校長室に呼ばれていたはず。つまり、別の用事があるということだ。

 

「わたしには、何をしろとおっしゃるのですか」

「もちろん、アルテシア嬢のことじゃよ。あのお嬢さんは、いまだにヴォルデモート卿に会いたいと考えておるようじゃの」

「ええ。ですがこれは、仕方のないことです。あの子の場合、そうするだけの理由が」

「ミネルバ。どんな理由があるにせよ、とても危険なことだと思わんかね。あのお嬢さんをヴォルデモート卿に差し出すようなものじゃろう」

 

 そのとき、アルテシアの身に危険が及ぶ可能性、そしてヴォルデモートの側に寝返ってしまう危険性とがあると、ダンブルドアが指摘する。この2つのリスクを避けるためにも、ヴォルデモートに会わせるべきではないのだと。

 

「あなたが説得するべきだと思うがの。あのお嬢さんを手放すようなことをしたくはないじゃろう」

「ええ、それはもちろん。ですが、ダンブルドア。わたしは会わせるべきだと、そう考えているのですが」

「まさか、本気で言うておるのではあるまいの。いったい、どういうことじゃね」

「あの子にとって必要なことだと、そう思っているからです。避けては通ることなどできないのです」

 

 その意味がわかったのかどうか。ダンブルドアは、軽く頭を振ってみせた。

 

「ともあれ、よく考えてみてはどうかの。この先、闇の陣営との対立は激しくなろう。まさに、ヴォルデモート卿を避けては通れぬ状況になる。わしは、ハリーとお嬢さんとの協力が必要じゃと思うておる。万が一にも、あのお嬢さんを奪われるわけにはいかぬ」

「それはつまり、アルテシアがデス・イーターになってしまうと? そんなことはありえませんよ」

「じゃが、可能性としてはあるじゃろう。闇の魔法にも興味を持っていたはず。ヴォルデモート卿に説得されてしまうやもしれん」

「可能性としてはそうかもしれません。ですが、例のあの人に加担する、すなわちデス・イーターになるなど考えられません。あり得ないと言ってよいと思いますけど」

 

 だが、ダンブルドアはそれで納得はしなかった。さらに懸念すべき点を挙げていく。

 

「うまく言いくるめられ、従わされるかもしれん。アンブリッジ女史によって、まさにそういう状況に陥ったことがあるからの」

「前例がある、というわけですか。たしかにあのお方は面倒な存在ですが、その名前を出すのであれば、他にもっと心配すべきことがあります」

「ほう。なんじゃね、それは」

「アルテシアが、魔法省を見限ることです。そうなってしまったなら、どうしようもありません。また500年ほども待つことになるのかもしれませんよ」

「待ちなされ、それはどういうことかの?」

 

 今回の、アルテシア講師就任に関して。マクゴナガルは、自らが気になっている点を告げた。アルテシアをだまし、都合良く利用しようとする部分があるのかないのか。仮にそれをアルテシアが納得しなかった場合、どういうことになるか。

 

「どうなるというのかね?」

「ただ、クリミアーナに戻ってしまうだけでは済まないという可能性があります」

 

 可能性という言葉を使ったのは、わざとだろう。おそらくは、さきほどのダンブルドアを真似て皮肉ってみせただけのこと。可能性ということを言い出せば、なんであれ、どんなことであれ、あり得るのだから。

 

「この頃、ようやく分かってきたような気がするのです。あの子から笑顔を奪うようなことはしてはならないのです。誰だって、あの子に忘れられたくはないでしょうから」

「ほう、それはまた」

「今はまだ、ホグワーツに友人たちがいますからね。そう、ひどいことにはならないとは思うのですけれど」

 

 そこでマクゴナガルは、席を立った。ダンブルドアも、あえて引き止めることはしなかった。

 

 

  ※

 

 

 セブルス・スネイプが姿現わしをした場所は、リトル・ハングルトンの小高い丘。どうやら目的地は、そこから少し離れた場所に建つ古ぼけた屋敷であるらしい。この村の人たちから『リドルの館』と呼ばれていたその屋敷へと、スネイプがゆっくりと歩いていく。

 なぜ、スネイプがこんな場所へと来たのか。その屋敷に、どんな用があるのか。

 その屋敷の中では、ヴォルデモート卿と数人のデス・イーターたちが広間に集まり、話をしていた。そこへスネイプは、堂々と入っていった。

 

「来たか、セブルス。ここへ座れ。隣へ来い」

「はい」

 

 指示したのは、ヴォルデモートだ。その右隣の席に、スネイプが座った。

 

「閣下、蜂蜜酒による毒殺は失敗したと、そうご報告せねばならぬのを残念に思っております」

「気にするな。成功するなどとは思っておらん。所詮は、子どもの考えたことだ。そんな程度だろう」

「はっ」

 

 どうやらスネイプは、騒動の結果を報告しに来たらしい。部屋にはデス・イーターたちの姿もあるが、誰も口を挟もうとはしない。

 

「おまえの提言を受けてルシウスのせがれを任務から外したが、後任の者も、たいしたことはできぬようだな」

 

 そう言ってヴォルデモートは、デス・イーターたちへと目を向けた。そのなかの一人が、慌てたように声を上げた。

 

「わ、わが君、しかし、もう1つの任務のほうは目処がたったと聞いております」

「ほう、ホグワーツへの侵入経路が見つかったと言うのか」

「はい。一人ずつとなりますが、確実に姿現わしができると」

「朗報だな。だが、もっとよく確かめるのだ。その後、改めて詳細を報告せよ」

「はっ」

 

 ニヤリと笑みをみせたあとで、ヴォルデモートはまたもスネイプへと顔を向けた。

 

「セブルス、どうやらおまえの提言が功を奏したようだな」

「はっ、なによりでございます」

「だがセブルス。このオレがおまえの提言を受け入れたのは、別のことを期待しておるからだぞ」

「わかっております。この件の効用もあり、すでに例の娘を言いくるめることには成功しております。いつでも閣下の前に」

 

 そのスネイプの言葉に、またもやヴォルデモートは、表情を緩めた。

 

「なんと。ルシウスのせがれに意外な使い道があったものだ。では間違いなく、あの娘をオレさまの前に連れてこられるのだな」

「そのとおりです、閣下」

「ダンブルドアに気づかれる可能性はどうなのだ」

「その心配はありません」

 

 スネイプがそう断言したところで、デス・イーターたちのなかの一人が立ち上がった。きつい目をした魔女だ。

 

「その女には、あたしも会わせてくれ。一度、勝負がしてみたいんだ」

「勝負だと」

「ああ、そうさ。決闘するんだ。徹底的にたたきのめしてやらないとね。なにしろその女は、あたしの杖に何かした。あのとき、おかしなことをしたはずなんだ。何をしたのかも白状させてやる」

「ああ、まことに残念なことだが」

 

 そのデス・イーターへの受け答えをしているのはスネイプだ。スネイプも立ち上がっている。

 

「吾輩から、そのようなことはしないほうがよいと、そう申し上げておこう」

「なんだと。どういう意味だ?」

「まず第一に、あの娘と対決しても勝てないということだ。ゆえに、たたきのめすことも、白状させることもできぬだろう」

「このあたしが、あんな小娘に負けるっていうのかい!」

 

 その、感情的な叫び声にも似た声に、スネイプはふふんと鼻で笑ってみせた。

 

「負けるでしょうな。本気になったあの娘には誰も勝てはしないのだ。吾輩はそう思っている」

「その考えが間違ってることを、あたしが証明しようじゃないか。いつだ。あの女はいつ来るんだ?」

 

 それを決めるのはヴォルデモートだ。誰もがそう思っているらしく、視線が集中する。その視線の先で、またもや笑みが浮かぶ。

 

「おまえでも負けるというのか、セブルス」

「実はホグワーツの授業で、生徒たちの前での模擬戦に、あの娘を引っ張り出したことがあるのです」

「模擬戦だと」

「敵と戦う、ということを実体験させるための授業で、生徒たちへの手本とするべく、わたしの相手をさせました」

「結果はどうだったのだ?」

「正直、苦労をさせられました。なにしろ魔法省より、闇祓いになろうというものへの指導を任させているほどですから」

 

 スネイプの授業では、パチル姉妹も、それぞれ模擬戦の相手をさせられている。ちなみにどちらも勝者はスネイプだ。

 

「その話なら聞いているが、あれはダンブルドアの策略であろう。ホグワーツに引き入れ、自身の手元に置くためだ。魔法省にしても、本気で闇祓いどもの育成を任せようなどとは考えておるまい」

「なるほど。ではあの娘、良いように利用されていると」

「そうだとも。このオレも、そうしてやるのだ。その価値を知らぬ者どもに使いこなせるはずがない。だがこのオレは違うのだ」

 

 いったいヴォルデモートは、何を知っているのか。その場にいる者たちにもそう思ったはずだ。デス・イーターたちの中から、そんな疑問の声が出た。

 

「わが君、どれほどの価値がその娘にあるのでしょうか。なにゆえ、その娘をわざわざ連れてこなければならぬのでしょうか?」

 

 そう言った男を、ヴォルデモートがジロリとにらんだ。

 

「よかろう、話してやるとしよう」

「ありがとうございます」

「若い頃のことだが、その分家に滞在したことがある。あの家の魔女は特殊な魔法を使うのだ。そのことに興味を持ち、それを身につけようと考えた。しばらく滞在し秘密を探った結果、知り得たこと。それが魔法書だ。あの家には、魔法書があるのだ」

 

 ヴォルデモートの言う分家とは、おそらくはルミアーナ家のことだろう。クリミアーナ家とのつながりを考え、分家と表現したものと思われる。すなわち本家は、クリミアーナ。

 そのルミアーナ家で、ヴォルデモートはクリミアーナの魔法を学ぼうとしたらしい。だが素直に教えを受け、地道に修行するといった手段は選ばなかった。その秘密を繰り、手っ取り早く盗み取る。そんなつもりで滞在を続けていたところ、魔法書の存在に気づいたというのだ。

 クリミアーナの魔法は、魔法書によってしか学べない。その全ては魔法書のなかにあり、それを読み取っていくしかないのだ。

 

「1年にも満たぬ滞在の間ではさほどの理解もできなかったが、全ての秘密は魔法書にあることは間違いない。それさえ分かれば、もうその家にいる必要はなかった」

「まさか、その魔法書を」

 

 そう言ったのは、スネイプ。ヴォルデモートは、静かにうなずいた。

 

「そのとおり。魔法書さえあれば、なんとでもなる。そう考え、頃合いを見計らって魔法書を持ち出したのだ。だが、見事に失敗した。魔法書はオレさまの元を去り、その家にはもう二度と行けなかった。そのような仕掛けがされていたことに、不覚にも気づかなかった」

 

 つまりヴォルデモートは、ルミアーナ家から魔法書を持ち出し、逃走したということになる。だが魔法書には、それが読まれる状況にない場合、元の書棚へと戻るという処置がされている。そのことを知らなかったため、夜に眠り、朝に目を覚ましたとき、魔法書は手元から消えていた。ならばと魔法書を取りに戻ろうとしたものの、今度はルミアーナ家を見失ったということになる。

 

「それ以来、ずっと忘れていたのだが、ホグワーツでその名を聞いたのだ。クリミアーナの名を。本家の娘の名を。おう、たしかその娘と決闘がしたいと言っていたな。やりたければやってみるがいい。だがあの魔法はやっかいだぞ」

 

 そして、スネイプを見る。スネイプは、静かにうなずいた。そして。

 

「その魔法を使ってはならぬと禁じておけばよろしいかと。あの娘は、そういったことは守ります。そういう性格をしておるのです」

「ほう。仮に自分の身が危うくなろうとも、約束を優先するというのか。よもや、そんなことはあるまい」

「かも知れません。ですが、閣下。実際にあの娘は、ホグワーツの教師とその約束をし、忠実に守っていたことがあるのです」

「いずれにせよ、実際に会ってからだ。魔法書のなんたるかも知らねばならん。本家の娘にどれほどの利用価値があるのかも知らねばならん。全てはそれからだ」

 

 話は終わり、ということか。スネイプやデス・イーターたちからも、何も言葉はなかった。

 


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