ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第112話 「スクリムジョールの提案」

 その日の朝に掲示板に貼り出された告知は、6年生にとってはちょっと驚きの嬉しいニュースだ。すなわち、魔法省の特別講師による『姿現わし』修得のための練習コースが開催されるというもの。申し込みが必要で、費用は12ガリオン。

 

「あなたはどうするの?」

 

 その告知を見ていたパーバティの後ろから声をかけたのはハーマイオニーだ。

 

「どうって、受講するかって意味? そういうことなら」

「わたしは申し込むけど、あなたにはそんな必要はないんだろうなって、そう思っただけよ」

 

 どういう意味か。それがパーバティには分からなかったが、それを考える間もなく話が進んでいく。

 

「たぶんだけど、あなたたちには何か別の魔法的な手段があるのよね。きっと『姿現わし』よりもお手軽なもの。そうよね? アルテシア、だよね」

「なにが言いたいのよ、ハーマイオニー」

「あたし、魔法省じゃなくてアルテシアに教えて欲しいと思ってるの。連絡、できるんでしょう?」

 

 連絡はできるにしても、何をどう言えばいいのか。ハーマイオニーが言うのはアルテシアが使う転送魔法のことであり、クリミアーナ家の魔法を教えろということになるのだ。パーバティ自身はアルテシアからさまざまなことを学んでいるのだが、アルテシアが得意としている光系の魔法は習得していない。

 ソフィアですらも知らない魔法があると言っているのに、そんなことができるのか。それを、アルテシアに言わなれければいけないのか。パーバティは困惑した顔でハーマイオニーを見る。

 

「あたしは1度、クリミアーナ家に行ってる。そのとき、パーバティも一緒だったよね」

 

 それは、2年生のときのこと。そのときハーマイオニーは、クリスマス休暇のほとんどをクリミアーナ家の書斎に閉じこもり、本を読みながら過ごしている。

 掲示板の前が混んできたこともあり、どちらともなく掲示板の前からはずれ、部屋の隅へと移動していく。

 

「いま思えば、なんだけど」

「なによ」

「あなたたちと初めて会ったのは、ホグワーツ特急よね。アルテシアも乗ってたけど、おかしいわよね」

「なにが? 普通でしょ」

 

 そのことだけを見れば、おかしなことではない。だがハーマイオニーの指摘は、クリミアーナ家を訪れたときは徒歩での帰宅だったという点にある。あのときはアルテシアに連れられ、歩きながらクリミアーナ家へと向かっている。所要時間が数十分ほどだったのは、途中でアルテシアが転送の魔法を使ったから。

 そういうことで間違いないのだが、さてハーマイオニーは何を言おうとしているのか。そのことにパーバティは、次第に緊張してきたようだ。なるほどアルテシアは、学年の初めと終わりのときこそホグワーツ特急を利用しているが、クリスマスやイースター休暇のときは利用していない。早く家に帰って森を散歩したいというのがその理由だ。

 

「歩いて帰れるほどクリミアーナ家が近いのなら、ホグワーツ特急に乗る必要なんてないでしょ。あのときは気づかなかったけど、なにか別の移動手段を使ったんじゃないか。そう思ったのよ」

「でも、だからってそれが何なの?」

「休暇中に学校の勉強を一度もしなかったことなんて初めてよ。とにかく時間をかけてアルテシアのことをじっくりと考えてみたから気づけた。そういうことなんだけど」

 

 その結果として導き出したモノは、そのことだけではない。アルテシアは他にも難しい魔法が使えることは間違いないし、学校で起こったいろんな騒動にも関わっていたはずだというのだ。このことは疑いようがないとまで言い切った。

 

「実は、これまでにもそう思ったことは何度かあるんだけど、深くは考えてこなかったのね。だけど、これからはそういうことじゃいけない。だからこの休暇中に、アルテシアと会ってからのことを整理してみたってわけ」

「それで」

「結論から言うと、アルテシアがいなければ解決できなかった事件はあったことになるの。少なくともシリウス・ブラックは助けることができなかっただろうし、秘密の部屋のときジニーを助けたのはアルテシアだってことになる。そうなんでしょ?」

 

 その通りだが、そんなことをなぜ今ごろになって言い出すのか。パーバティには、それがわからない。ただ、ハーマイオニーを見ているだけ。

 

「5年生のときの授業で、あなたがいとも簡単に『消失呪文』を使うのを見たわ。アルテシアとペアで『出現呪文』も使ってたわよね」

「そんなことがあったかも知れないけど、それが何だっていうの?」

「気づかなかった? あのとき、他には誰も成功してないの。あの授業で初めて習う魔法だったから」

 

 さすがにパーバティも、そんなことまでは覚えていない。だが結局、消失呪文は誰もが使えるようになったはずだ。なにしろその呪文はOWLの試験では必須のもの。

 

「たぶんだけど、あなたはそれをアルテシアに教えてもらったんじゃないかしら。違う?」

「ねえ、ハーマイオニー。あなた、何が言いたいの。そうよ、あたしはアルに魔法を教えてもらってる。だってアルは最高の魔女だもの、先生として何の不足もないわ」

「ええ、そうね。つまりあたしも、そういう結論に達したってわけ。だから、アルテシアから学びたいって思ってるの。そのためにガリオンが必要だって言うのなら、掲示板の『姿現わし』練習コースみたいに費用を払ってもいいわ」

「ちょっと待ってよハーマイオニー、それって」

「お願いだから、アルテシアに連絡とってよ。彼女の魔法を学びたいの。学ばないとダメなのよ。この先、絶対に必要になるんだと思うから」

 

 この先、必要? どういう意味かといぶかしむパーバティに、ハーマイオニーはなおも言葉を続ける。

 

「きっとアルテシアはわかってくれるわ。だって、生き残るためには必要なんだもの。例のあの人がいる限り、ハリーは生き残れないのよ」

「どういうこと?」

 

 それは、トレローニーによる予言のなかで触れられていることだ。ハリーが生まれる前のことだが、内容はダンブルドアを経由してハリーに伝えられている。その内容をハーマイオニーは聞いているが、パーバティは知らない。

 

「詳しいことは話せないけど、重要なことよ。お願いだから、アルテシアに頼んで」

「話せないのはなぜ? それ、アルテシアは嫌がるよ。ちゃんと話した方がいいと思うけど」

 

 これまでも何度か、そういうことはあった。例えば時間旅行の旅先でシリウス・ブラックを助けた一件がそうだ。いまではアルテシアもシリウスが無実であったことを知っているが、そのことを話してくれたのはハーマイオニーではないし、ハリーやロンでもない。

 

「ちゃんと事情は説明して欲しいんだよね。アルテシアにはちゃんと話してくれるよね?」

「ダメなの。誰にも言わないって約束させられてるから。でもね、ハリーが生き残るためにはあの人を倒さないといけない。いまハリーは、ダンブルドアと色々準備しているわ」

「だったら校長先生に任せておいたらいいんじゃないの。20世紀で最も偉大な魔法使い、例のあの人が唯一恐れている人物のはずでしょ」

 

 それが魔法界での一般的かつ定着した評価なのだが、パーバティやハーマイオニーはどう思っているのか。

 

「きっとアルテシアの力も必要になるって思ってるわ。だからお願いしてるの。アルテシアがいないと不安なのよ」

「つまりアルにポッターを助けて欲しいって、そういうことなのね」

 

 それがパーバティの理解。だがハーマイオニーは、首を横に振る。違う、ということだ。

 

「そうしてくれるなら、それが一番だと思う。だけどアルテシアは学校にいないんだし、これ以上の迷惑はかけられないわ。あたしたち、それができるほどにはアルテシアと仲良くしてこなかったから」

「へえ、そういう自覚はあるんだ」

「皮肉を言わないで、パーバティ。あたしだって、仲直りしたいのよ。だってアルテシアは、あたしが魔法界でできた初めての友だちだもの。今でも友だちだってあたしは思ってるけど」

 

 ハーマイオニーの言うことには、いくらかの矛盾がある。これ以上の迷惑をかけたくないのであれば、魔法を教えろとも言わなければいいのだ。パーバティはそう思ったが、それを指摘することはやめた。なにより、アルテシアがハーマイオニーを友だちだと思っているのは確かなのだから。

 

「わかった、ハーマイオニー。アルテシアには連絡するけど、内緒だからね。今度アルテシアが学校に来るとき、あたしと一緒に行こう。アルテシアと会えるようにしておくから」

 

 グリフィンドール寮の談話室でそんな話がされていることを、アルテシアは知らない。このときアルテシアは、クリミアーナ家でマクゴナガルを出迎えていた。

 

 

  ※

 

 

「アルテシア、魔法大臣から連絡がありました。まだ朝の早い時間ですが、これから魔法省の大臣室であなたに会いたいとのことです。わたしが案内しますが、いいですね?」

「え? これからですか」

「そうです。あちらの一方的な都合に合わせることへの条件として、わたしの同席を認めさせました。ソフィアには申し訳ないですが、あなたとわたしの2人で会うことになります」

 

 そのときには、ソフィアを同席させることになっていた。スクリムジョールがマクゴナガルの同席を認めないという予測によるもので、マクゴナガルはソフィアとそう約束していた。そのときのための保険として、ソフィアを同席させるつもりだったのだ。

 だが自分の同席が認められた今、ソフィアには我慢してもらうしかないとマクゴナガルは思っている。

 

「わかりました、マクゴナガル先生。でもソフィアが何か?」

「大丈夫、わたしがあとでソフィアと話をします。あなたは気にしなくてよろしい。いずれにしろ例のあの人に関する話となるはずです。スクリムジョールは、休暇中にハリー・ポッターと会っています。そういった話をしたようですから間違いないでしょう。面倒にならないよう、あなたは発言を控えるようになさい」

 

 魔法大臣に会うことで、何がどう変わるのか。それを知るためには、会ってみるしかない。マクゴナガルにしても学校の授業があるため、すぐに魔法省へと向かうことになる。スクリムジョールからは煙突飛行粉(フルーパウダー:Floo Powder)による暖炉移動で大臣室に直接来るようにと指定がされているのだが、あいにくクリミアーナ家には煙突飛行ネットワークで結ばれた暖炉はない。

 なので2人は、ひとまずマクゴナガルの執務室に移動しそこの暖炉から大臣室へ向かった。大臣室では、スクリムジョールが到着を待ちかねていた。

 

「魔法大臣、わたしに何かしろと、そういうことでしょうか」

 

 あいさつを済ませ、ソファーに座ったところでさっそくアルテシアが問いかける。発言は控えろと言われているはずだが、スクリムジョールよりは先に口を開いていた。それをマクゴナガルが視線で制する。

 

「いやいや、お嬢さんとお会いしたかっただけだよ。なんでも、学校には通っていないそうだね。そうじゃなければ、もっと早くに機会が持てただろう」

「大臣、あまり時間がなかったはずでは。わたくしも授業がありますし、さっそく本題に入ってはいかがでしょうか」

「そうだな。わかっているとも」

 

 このあと、スクリムジョールには大臣としての仕事が、マクゴナガルには授業がある。時間が自由になるのはアルテシアのみ。

 

「本題というか、私にも思い描く理想というものがあってね、魔法大臣となったからにはその実現を願い頑張ってみようと、そう思っている。だが懸念というか障害というか、そういうものがある。そこでだ」

「協力しろ、力を貸せ、そういうことになりますか。ポッターにも同じような話をされたと漏れ聞いておりますが」

「ポッターは、ダンブルドアに忠実なのだそうだ。私には協力できかねるということだった」

 

 スクリムジョールとハリーは休暇中に会っている。その折にどういう話をしたのか、その具体的な内容にまでは大臣は触れるつもりがない。

 

「彼には人気がある。生き残った男の子であり選ばれし者、つまりは英雄だよ。それを利用させてもらおうと思った。そうすることで人々に希望を与え、元気づけることができると考えたのだよ」

「ですが、断られてしまった。なので今度は、その役目をアルテシアにとおっしゃるのですか」

 

 それがアルテシアにふさわしい役目なのかどうか、マクゴナガルには大いに疑問だ。魔法界の隅々にまで知れ渡っているハリー・ポッターという名前であれば、それは可能だろう。だがクリミアーナの名を知っている人がどれだけいるだろうか。おそらくはごく少数、圧倒的に知らない人のほうが多いはず。

 

「私がお嬢さんに望むのは、そういうことではない。お嬢さんにはお嬢さんにふさわしい仕事があるのだと考えている」

「なんです、それは?」

 

 一度マクゴナガルに注意されているからか、アルテシアはスクリムジョールの視線に対して答えを発しない。受け答えをしているのはマクゴナガルだ。

 

「気づいたのだよ、たった一人なのだということにね。歴史を大きく転換させるのは一人だ。たった一人の存在が世界を変えるのだよ。魔法界の状況を変えてしまうのに必要なのは一人でよい」

「その一人が、アルテシアだと?」

 

 スクリムジョールが、わずかに笑みをみせた。相変わらず無言のままのアルテシアへと、その顔を向ける。

 

「あの人が戻ってからというもの、魔法界のようすはすっかり変わった。そう思うだろう? デス・イーターどもは、あの人が不在の間も存在していたというのに」

「あの人の存在こそが魔法界を混乱させる原因、ということですか」

「そうだとも、お嬢さん。まさにあの人だ。あの人の存在が魔法界を混乱させているのだよ。では、どうするか。どうすればいいと思うかね?」

 

 チラとマクゴナガルに視線を向けるアルテシア。スクリムジョールの言わんとすることが、なんとなく見えてきた。問いかけに答えたのはマクゴナガル。

 

「大臣、あの人への対処は魔法省が為すべきことではありませんか」

「もちろんだとも、先生。魔法大臣として対策を考えた。その結果として、こうしてお嬢さんをお招きしているのだよ」

 

 どういうことか。もちろん頭に思い浮かべたことはあるのだが、マクゴナガルは何も言わずにスクリムジョールの次の言葉を待った。アルテシアも同じである。

 

「ご存じだろうが、私は魔法法執行部闇祓い局の局長を務めていた。当時の部下にニンファドーラ・トンクスという魔女がいてね。そのトンクスから、こんな話を耳にしたことがあるのだ。ただの友人自慢だと思っていたが、実はそうでもないらしいとわかってきた」

「トンクスなら知っていますが、トンクスがどんな話を?」

 

 トンクスであれば、アルテシアも知り合いである。防衛術を教えてもらうなどの交流があり、魔法省神秘部での騒動の場に一緒にいたこともある。

 

「トンクスだけではない。お嬢さんのことを知っている者は、魔法省にも何人かいてね。それぞれ話を聞いてみたのだ」

「それは、誰のことです?」

「たとえば魔法法執行部部長のアメリア・ボーンズ。ああ、アーサー・ウイーズリーなどからも話を聞かせてもらった」

「それで、どういうことになるのでしょう?」

 

 アルテシアに関する情報を集めたのはわかったが、そこからどういう結論を導いたのか。その肝心な部分を、スクリムジョールはまだ話してはいない。

 

「ところでお嬢さん、お嬢さんは学校に戻るつもりはあるのかね?」

「は? 学校って、ホグワーツにですか」

「さよう。お嬢さんの退学処分については、撤回をする用意がある。お嬢さんが希望すれば、だがね」

「わたしが、ホグワーツにですか。魔法省がそれを許可すると……」

「処分についての経緯は承知している。当然アレは、撤回されてもいいはず。どうかね、お嬢さん。それを希望するかね?」

 

 アルテシアの頭の中を、ホグワーツでの日々が駆け抜ける。パドマやパーバティなどの友人たちの顔が浮かぶ。だがそれを条件に、何かを要求されるのであれば、簡単にハイと言えるものではない。

 

「大臣、まさかそれを、なにかの交換条件にしようということですか」

「いやいや、マクゴナガル先生。そうではないよ。さすがにそういうことはできない」

「では、なんだと言うのです? はっきりとおっしゃってください」

「学校に戻るというなら、それでいいのだよ。この場で許可をし、この話は終わりだ。だが戻らないというのであれば」

 

 であれば、魔法省に力を貸してほしい。大臣としてそれをお願いしたいとスクリムジョールは言うのだ。彼が言うところの魔法大臣としての理想、その実現の阻害要因はまさにヴォルデモート卿の存在に集約される。そのヴォルデモート復活の事実は、すでに魔法界に広く知れ渡っている。

 

「この先、配下のデス・イーターどもが活発に動くだろう。それらを封じ込めていかねばならんのだ」

「それは、アルテシアに闇祓いになれということですか」

 

 だが闇祓いには、容易なことではなれない。厳しい採用基準があるし、それを突破しても3年間の訓練課程が待っている。

 

「その気があるかね、お嬢さん? であれば大歓迎だよ。仕事に慣れるまではトンクスが面倒を見てくれるだろう」

「いえ、わたしは闇祓いにはなりません。トンクスもそのことは」

「ああ、そうとも。トンクスから聞いているよ。だが協力はしてくれると信じている。お願いしたいのは、お嬢さんがトンクスにしてくれたようなこと、それだけだ」

 

 アルテシアは、何も言わない。スクリムジョールの視線からゆっくりと目をそらし、マクゴナガルを見る。マクゴナガルが、小さくうなずいた。それを確認し、アルテシアが改めてスクリムジョールを見る。

 

「そのお返事をする前に、わたしからお尋ねしたいことがあるのですが」

「かまわんよ。言ってみなさい」

 

 学校に戻らないのであれば魔法省に来なさいと、協力という言葉を用いてスクリムジョールはそう言うのである。それに対しアルテシアは、もちろん何らかの答えを返さねばならない。だがその前に。

 

「あなたは魔法大臣、つまり魔法省を代表する方、なのですよね?」

「ああ、そういうことになる。それがどうかしたかね、お嬢さん」

「お尋ねします。それは魔法省が、わたしを魔女だと、クリミアーナを魔女の家だと認めてくれたということになるのでしょうか」

 

 アルテシアとしては、どうしてもこのことから離れることができない。クリミアーナ家の魔女であるからには、魔法省がクリミアーナをどう評価しどう対応してくるのかが、まさに大きな問題となってくるからだ。場合によっては魔法界から距離を置き、ホグワーツ入学以前に戻ることも考えねばならなくなる。

 クリミアーナ家が魔法界と疎遠にしていたことのちゃんとした理由をアルテシアは知らないが、おそらくはそういうことだったのではないかと思っている。何らかの理由により受け入れてもらえず、離れるしかなかったのではないかということ。

 ゆえにアルテシアにとって、この問いに対する答えは重要。しっかりとした返事を期待しているのだが、スクリムジョールは怪訝な表情を浮かべただけ。その意を、スクリムジョールはくみ取ってはくれないようだ。ならばと、もう少し言葉を追加する。

 

「以前ウィーズリー家の方がホグワーツを訪ねてこられたときにも、そんなお話をさせていただきました。はっきりとしたお返事はいただけなかったのですけれど」

「おお、その話は知っている。よく、あんな貴重なものを譲ってくれたものだ。ダンブルドアは、なぜアレを持っていたのか検証が必要だというが、ともあれ魔法省で大切に保管させていただいておる」

「大臣、どういうことです? 遺品のことだと思いますが、貴重なものとはなんです?」

 

 そう言ったのは、マクゴナガル。そういえばマクゴナガルは、魔法省の所有となった遺品については何も知らないのだ。シリウス・ブラックがアズカバン送りとなったマグルを巻き込んだ爆発事件で亡くなったガラティアが所持していた品物のことである。

 アルテシアのほうも、そのことは知らない。内容については知らされず、ただ所有権の委譲のみを求められたからである。そのときの話の経緯もあり、アルテシアはそのことを了承している。

 

「何って、知らなかったのかね? お嬢さんはこころよく承知してくれたと聞いているが」

 

 そんなことよりも。

 アルテシアは、自分の質問に答えて欲しかった。だがその思いもむなしく、話題は変わってしまった。スクリムジョールとマクゴナガルが進めるその話を、アルテシアは聞くとはなしに聞いているだけ。程なくして、もう一度その話を持ち出すことはなく、鼎談は終わりの時間を迎えた。

 

 

  ※

 

 

「バカだねぇ、あんた。せっかくだから学校に戻ればよかったのに」

「そうだけど、ここで戻るのはなんだか後ろ向きだって気がする」

「後ろ向きって、なんのことやら。けどさ、訓練課程の講師役なんてたいして仕事はないと思うよ。みんな、勝手に訓練するんだ。あたしも3年間、自分で自分を鍛えた」

 

 アルテシアとトンクスである。二人は、ゆっくりとホグズミード村の中を歩いていた。スクリムジョールとの話の後で、アルテシアの境遇は随分と変わることになった。アルテシアはスクリムジョールの求めに応じ、魔法省にて講師の職を得た。もちろん反対意見もあったが、いくつかの賛成意見にも支えられた魔法大臣によるごり押しの結果である。

 

「あたしとしては、あんたに教えてもらうのは嬉しいんだけど、訓練生のみんながそう思ってくれるとは限らないよ。反発もあると思うんだ」

「わかってる。でもきっと、受け入れてくれる人だっているはずよ。魔法省にわたしを、クリミアーナを認めて欲しいの。そのための役には立つと思うから」

「さあねぇ、そのあたりは分からないけど、でもしばらくはパートナーとして一緒に仕事しろって指示を受けてる。あたしは素直に嬉しいよ」

 

 次第に2人は、ホグズミード村の中心部分から外れていく。そして、叫びの屋敷へと続く道へ。実はここで、リーマス・ルーピンと会うことになっているのだ。トンクスはルーピンとは時々会っていて、アルテシアのことを伝え聞いたルーピンが希望したのである。

 

「いないね。まぁ、屋敷の外で待ってるはずもないか。中にいるんだろうね」

 

 ルーピンだけでなく、叫びの屋敷の周囲には誰の姿もない。アルテシアが右手を挙げた。

 

「わたしがやるわ」

 

 叫びの屋敷の外にいたのは、その言葉が終わるまで。次の瞬間には、2人は屋敷の中にいた。アルテシアが初めて訪れたその場所に、かつて防衛術の教授であったルーピンがいた。

 

 

  ※

 

 

「じゃあ、キミは教師の道を選んだというわけだ。うん、それはすごい。キミを教えたことがある者としては実に誇らしい気分だよ」

 

 概略をトンクスから聞いているはずなのだが、それでもルーピンは嬉しそうに笑ってみせた。アルテシアも笑顔になる。教師でなく講師だが、魔法を教えるという点では同じだ。

 

「先生、わたし、ステキに魔女になれてるでしょうか。先生の目から見て、そう思われますか?」

 

 それは、ルーピンがホグワーツを辞めるときアルテシアに残していった手紙の中で触れられていたことだ。その手紙の中でルーピンが願ったことを、アルテシアは覚えていた。

 

「もちろんだよ、アルテシア。だけどね、気になってることがあるんだよ」

「気になること、ですか」

「ああ。なにしろ、キミが魔法を使うところを1度も見たことがない。あの頃のキミは魔法の使用を禁止されていたからね」

 

 それは、魔法使用がアルテシアの体調に影響していた頃のことだ。マクゴナガルにより魔法の使用を禁止されていたのだが、次第に条件は緩和されていき、今ではそんな制限はない。

 

「キミはもう14歳を過ぎたし、お互い、ホグワーツに籍はない。あの頃のことを話してくれてもいいんじゃないかと思うんだよ」

「なになに、どういうことなの?」

 

 トンクスも興味を示してきたが、アルテシアとしては、何を話せばいいのかわからない。わからないものは、聞くしかない。

 

「わかりました、先生。でもわたし、何を話せばいいんですか?」

「そうだね、聞きたいことは幾つかあるけど、一番の疑問はキミが魔法を使うと倒れてしまうということかな。マクゴナガル先生から説明はされたけど、いくら考えても納得できないんだ。よかったらキミからちゃんとした話を聞きたい」

「でもマクゴナガル先生はすべてご存じですよ。説明があったのなら」

「いや、キミから話が聞きたいんだよ。キミが3年生の終わりの頃に起きたこと、シリウス・ブラックを助け出そうとしたときのことをね」

 

 言われて、アルテシアは迷った。何について問われているのか、それがぼやけているからだ。過度の魔法使用による体調への影響についてか、それともシリウス・ブラックの件で自分が何をしたかを話せばいいのか。

 

「シリウス・ブラックは、ぼくの学生時代の友人でね。あのあと、彼の家で話をする機会があった。シリウスは、閉じ込められていた西塔の部屋に、なぜか女子生徒が来たと言っていた。アレはキミだね?」

「ええと……」

 

 それを認めてよいものか。そんなことも思ったが、ルーピンが言うように、今さら気にするようなことではないのだろう。アルテシアは、それを認めた。

 

「やっぱりね。だけどアルテシア、あのときキミは、試験中に気を失って医務室にいたはずだ。なのになぜそんなことができたのかな?」

「そんなの、アルテシアが魔法を使ったのに決まってるよ。だってアルテシアは魔女なんだよ」

 

 なぜだろう。そのルーピンの質問に答えたのはアルテシアではなく、トンクスだった。だがそれを答えとするには、いささかムリがある。トンクスに続いてアルテシアが、あの夜のことを話し始めた。

 


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